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東京地方裁判所 昭和36年(行)10号 判決

原告 栗宮教宗

被告 内閣総理大臣

訴訟代理人 家弓吉己 外三名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

原告は「被告が原告に対し、原告の昭和三五年四月二二日付訴願につき同年一二月三日付でした裁決はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、原告は、請求の原因として次のとおり陳述した。

一、原告の長男善積貞宗(以下単に貞宗という。)は、昭和一九年七月二八日旧軍人として戦死したが、原告は昭和二八年法律第一五五号恩給法の一部を改正する法律(以下単に昭和二八年法律第一五五号という。)に基いて昭和三四年四月一七日総理府恩給局長(以下単に恩給局長という。)に対し扶助料の請求をしたところ、恩給局長は、同年一一月二八日付で原告は貞宗の死亡当時同人とその属する戸籍を異にしていたので昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項に規定する「公務員死亡ノ時之ト同一戸籍内ニ在ルモノ」に該当しないとの理由によつて原告の請求を棄却する旨の裁定(以下本件扶助料請求棄却裁定という。)をした。そこで原告は右裁定を不服として同年一二月一〇日恩給局長に具申をしたが、恩給局長は昭和三五年三月二四日付で右具申を棄却する旨の裁決をしたので、原告はさらに右裁決を不服として同年四月一四日付で被告に対して訴願したところ、被告は同年一二月三日付で右訴願を棄却する旨の裁決(以下本件訴願裁決という。)をした。

二、本件扶助料請求棄却裁定は次のような理由によつて違法であり、したがつてこれを認容した本件訴願裁決も亦違法である。

(一) 昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項は「本法ニ於テ遺族トハ公務員又ハ之ニ準スヘキ者ノ祖父、祖母、父、母、夫、妻、子及兄弟姉妹ニシテ公務員又ハ之ニ準スヘキ者ノ死亡当時之ト同一戸籍ニ在ルモノヲイフ。」と規定していたが、原告は貞宗の死亡当時同人と同一戸籍にはなかつたので、同項にいう公務員の遺族に該当する者でなかつた。しかして右規定にいう「公務員……ノ死亡当時之ト同一戸籍ニ在ルモノ」という要件は、単に所属戸籍が同一か否かによつて扶助料の受給資格を左右しようとするものであるから、「家」に関する規定であることは明らかであるところ、昭和二二年法律第七四号日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律(以下応急措置法という。)は、その第三条、第一〇条にそれぞれ「家に関する規定はこれを適用しない。」、「この法律の規定に反する他の法律はこれを適用しない。」旨の規定を置き、右法律は日本国憲法の施行の日である昭和二二年五月三日から施行されたので、これとともに前記改正前の恩給法第七二条第一項の規定のうち前記「家」に関する部分は廃止され、原告は右規定にいう公務員の遺族に該当するにいたつた。その後昭和二三年法律第一八五号によつて恩給法第七二条第一項のうち「之ト同一戸籍ニ在ル」は「之ニ依リ生計ヲ維持シ又ハ之ト生計ヲ共ニシタル」と改正されたが、同法はその附則第七条に「昭和二二年一一月三一日において現に扶助料を受ける権利又は資格を有する者についは従前の例による。」との経過規定を置いているので、改正前の恩給法第七二条第一項は、改正後も「家」に関する規定として廃止された前記部分を除き改正前に死亡した公務員の遺族の定義に関する規定として有効にその効力を保有している。

(二) しかし、旧軍人の遺族に対する扶助料は昭和二一年勅令第六八号恩給法の特例に関する件(以下単に昭和二一年勅令第六八号という。)によつて廃止されたので、原告は前述のとおり恩給法にいう公務員の遺族に該当するにいたつた後においても扶助料の支給を受けることができなかつたが、昭和二八年法律第一五五号によつて旧軍人の遺族が再び扶助料を受ける権利を賦与されることとなつたので、原告は右法律の規定に基いて前述のとおり恩給局長に扶助料の請求をしたものである。

(三) しかるに恩給局長は、前述のとおり原告は貞宗の死亡当時同人と同一戸籍に所属していなかつたので昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項にいう公務員の遺族に該当しないとの理由で原告の扶助料請求を棄却した。しかし、右規定のうち「公務員……ノ死亡当時之ト同一戸籍ニ在ルモノ」を遺族の要件としている部分が「家」に関する規定であつて応急措置法によつて廃止されたことはすでに述べたとおりであり、かかる「家」に関する認定の廃止は右規定が国民に基本的人権の享有を保障する憲法第一一条、国民が個人として尊重されるべきことを規定する同法第一三条、家族に関する事項に関しては個人の尊厳に立脚して法律を制定すべきことを規定する同法第二四条に違反するので、憲法施行後においてはこれを有効な規定として存続せしめることが許されなくなつたことによるものであるから、前記昭和二八年法律第一五五号の規定に基き旧軍人の遺族として扶助料を受ける権利を有する者に当るかどうかを決定するに際しても、右の廃止規定をなお有効に存続するものとしてこれを適用することは許されない筋合であるにかかわらず、恩給局長がこれを適用して本件扶助料請求棄却裁定をしたのは違法といわなければならない。

(四) 仮りに昭和二八年法律第一五五号の規定の趣旨が、旧軍人の遺族に対して扶助料の受給権を認めるに当り新憲法の施行前と施行後とを区別し、施行前に死亡した旧軍人の遺族については当該死亡軍人と同一戸籍にあることを受給権者たる要件の一つとし、施行後に死亡した旧軍人の遺族についてはかかる要件を課さない趣旨であるとすれば、少くとも右規定のうち前者の部分、すなわち旧軍人の死亡当時これと同一戸籍にあることを要件とする部分は、法の下における平等を宣言する憲法第一四条に違反し、また「家」の制度を是認するものとして同法第一三条、第二四条に違反し無効といわなければならない。したがつて、いずれにしても原告を昭和二八年法律第一五五号規定による旧軍人の遺族として扶助料を受ける権利を有する者に該当しないとした恩給局長の裁定は、違法たるを免かれない。

第二、被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり陳述した。

一、請求原因一記載の事実は認める。同二記載の主張のうち昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項に原告主張のような規定があつたこと、昭和二二年五月三日以降「家」に関する規定が廃止されたことは認めるが、その余の主張は争う。

二、昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条第一項第二号によると、旧軍人(昭和二一年法律第三一号による改正前の恩給法第二一条に規定する軍人をいう。)もしくは旧準軍人(以下両者をあわせて単に旧軍人等という。)の遺族で当該旧軍人等の死亡後従来施行されていた恩給法に規定する扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由に該当しなかつた者は、この法律施行の時から扶助料を受ける権利又は資格を取得する旨定められているが、同法は従来遺族でなかつた者にあらたに遺族として扶助料を受ける権利又は資格を与えようとするものではなく、右法律にいう遺族の範囲は、当該旧軍人等が新憲法施行の日(昭和二二年五月三日)以前に死亡した者である場合には改正前の恩給法第七二条の規定によつて定められるものと解すべきである。けだし、昭和二八年法律第一五五号附則においては、とくに旧軍人等の遺族の定義を定めていないが、これは同法が恩給法の一部を改正する法律であるという理由で同人が遺族に該当するかということについては本来の恩給法の定めるところによる趣旨と解されるのであり、恩給法においては扶助料を受くべき遺族は一般文官たると旧軍人たるとを問わずこれらの者の死亡当時の状態において確定する建前をとつている。このことは改正前の恩給法第七二条においても又改正後の同条においても「本法ニ於テ遺族トハ……公務員又ハ之ニ準スヘキ者ノ死亡当時……ヲ謂フ。」というような規定の仕方をしていることによつて明らかであり、一般に身分関係についてはその身分の異動の生じた時における法律によつて律せられるべきであるということからも当然のことであるといえる。しかして原告はその長男貞宗の死亡当時同人と同一戸籍内にはなかつたのであるから、改正前の恩給法第七二条第一項にいう遺族には該当しないものというべく、したがつて原告は昭和二八年法律第一五五号施行後においても扶助料を受ける権利を取得しなかつたものといわなければならない。(原告が貞宗の死亡後同法施行前まで扶助料を受ける権利を有しなかつたことはいうまでもない。)

昭和二一年勅令第六八号によりいわゆる軍人恩給が廃止された結果、従来旧軍人等の遺族に認められていた扶助料を受ける権利又は資格は一旦失わしめられたものの、旧軍人等の遺族は昭和二八年法律第一五五号によつて再び扶助料を受ける権利又は資格を賦与されることとなつたのであるが、同法によつて扶助料を受ける権利又は資格を有する遺族かどうかは当該公務員の死亡当時に有効に存在した恩給法の規定に則つて決せられるものと解すべきこと前述のとおりである。しかして右のように解すると、本件のようにたまたま旧軍人(貞宗)の死亡当時これと同一戸籍になかつた実父(原告)が扶助料を受ける権利を与えられないという事態も生ずるけれども、これはたまたま貞宗の死亡当時施行されていた恩給法に「家」に関する規定があり、そして右規定に基いてその実父(原告)が当時遺族であつたかどうかが判定されることの結果にすぎず、昭和二八年法律第一五五号があらたに「家」の観念を認めたということにはならない。したがつて同法附則第一〇条は憲法第一三条、第一四条等に違反するものではない。

三、以上のとおりであるから、恩給局長が原告の扶助料請求を棄却した本件扶助料請求棄却裁定は適法であり、したがつて被告が右決定を正当と認めて原告の訴願を棄却した本件訴願裁決も亦適法である。

理由

一、原告の長男貞宗が旧軍人(昭和二一年法律第三一号による改正前の恩給法第二一条に規定する軍人をいう。以下同じ)であつたところ、昭和一九年七月二八日死亡したこと、原告が昭和三四年四月一七日恩給局長に対し旧軍人の遺族として扶助料を請求したところ、恩給局長は同年一一月二八日付で原告は昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項にいう「公務員死亡ノ当時之ト同一戸籍内ニ在ルモノ」に該当しないとの理由で原告の扶助料請求を棄却する旨の裁定(本件扶助料棄却裁定)をしたこと、原告は右裁定を不服として同年一二月一〇日恩給局長に具申したが、恩給局長は昭和三五年三月二四日付で右具申を棄却する旨の裁決をしたので、原告はさらに右裁決を不服として同年四月一四日付で被告に対して訴願したところ、被告は同年一二月三日付で右訴願を棄却する旨の裁決(本件訴願裁決)し直したことは当事者間に争がない。

二、旧軍人等の遺族に対する扶助料は昭和二一年勅令第六八号によるいわゆる軍人恩給の廃止によつて支給されないこととなつたが、昭和二八年法律第一五五号はあらたに同法附則第一〇条第一項第二号に掲げる旧軍人等の遺族に対し扶助料を受ける権利又は資格を賦与した。本件において原告が昭和二八年法律第一五五号に基いて扶助料を受ける権利があると主張するのは、要するに原告が同法附則第一〇条第一項第二号にいう旧軍人等の遺族に該当するという主張に外ならないと解せられるので、原告が果して右規定にいう旧軍人等の遺族に該当するかどうかについて検討する。

昭和二八年法律第一五五号は、同法附則第一〇条にいう旧軍人等の遺族が何人を指すかについて何らこれを定義する規定を設けていないが、同法附則第二八条が「旧軍人若しくは旧準軍人又はこれらの者の遺族に給する恩給については、この法律の附則に定める場合を除く外、恩給法の規定を適用する。」と規定しているところからみると、右規定にいう「遺族」とは、恩給法にいう「遺族」と全く同一の趣旨に解すべきことが明らかである。もつとも、恩給法上の遺族の定義については、昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項は、「本法ニ於テ遺族トハ公務員又ハ之ニ準スヘキ者ノ祖父、祖母、父、母、夫、妻、子及兄弟姉妹ニシテ公務員又ハ之ニ準スヘキ者ノ死亡ノ当時之ト同一戸籍ニ在ル者ヲ謂フ」と規定していたが、右規定中死亡者と同一戸籍に在ることを要件としている部分は、新憲法の施行と同時に施行せられた応急措置法第三条にいう「家に関する規定」として同条により適用せられないこととなり(扶助料受給権の要件として死亡者と同一戸籍に在ることを要求していたのは、「家」の制度を尊重し、死亡者と一定の親族関係にある者でも、これと家を同じくする者でなければ扶助料を与えないこととしたものであるから、右は応急措置法にいわゆる「家に関する規定」に該当するものというべきである。)、次いで昭和二三年法律第一八五号は右第七二条第一項の規定を改めて、「本法ニ於テ遺族トハ公務員ノ祖父母、父母、配偶者、子及兄弟姉妹ニシテ公務員ノ死亡当時之ニ依リ生計ヲ維持シ又ハ之ト生計ヲ共ニシタルモノヲ謂フ」と規定しているので前記昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条にいう旧軍人等の「遺族」の概念につき上記各定義のいずれによるべきものであるかは、同法附則第二八条の規定のみからは必ずしも明白ではないといわなければならない。しかしながら、上記各定義規定のいずれをとつてみても、恩給法は改正の前後を問わず一貫して扶助料を受くべき公務員(又は準公務員)の遺族の範囲を当該公務員の死亡当時におけるその公務員との一定の関係の存否という基準によつて確定しようとする建前をとつていることが明らかであり、このことはまた、扶助料の性質およびこれを与える目的からいつても当然のことといえるのであるから、このような恩給法の態度から推せば、一般に恩給法上特定の者が公務員の遺族となるかどうかは特段の規定のない限り、もつぱら当該公務員の死亡当時に施行されていた恩給法の規定に基いて決定すべきものと解するのが相当であり、したがつて昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条第一項にいう旧軍人等の「遺族」についても、これと異別に解すべき特段の理由のない以上、やはり当該旧軍人等の死亡当時施行されていた恩給法における「遺族」に関する定義規定によつて決定されるものと解するのが相当というべきである。そしてこのような解釈が妥当な解釈であることは、同規定の内容自体からも知られるのである。すなわち、例えば右附則第一〇条第一項第二号イによれば、旧勅令第六八号(旧軍人等に対する恩給を廃止した昭和二一年勅令第六八号)施行前に扶助料を受ける権利の裁定を受けた者は、その後扶助料を受ける権利を失うべき事由に該当していない限り、当然に扶助料を受ける権利を有することとせられているが、右の裁定を受けた者がその当時の恩給法上の遺族、すなわち死亡者と同一戸籍に在る者として扶助料を受ける権利を認められたものであることは明らかであり、したがつて旧軍人の死亡当時その者に対する親族関係の点のみからいえば先順位者たるべき者(甲)が存在していても同人が死亡者と同一戸籍になかつたために死亡者と同一戸籍にあるこれより後順位の者(乙)が扶助料権者として裁定を受けたというような場合もありうるわけであるが、かかる場合でも右第一〇条の規定により扶助料受給権を取得するのは乙であつて甲ではない。もし同条が旧軍人の遺族に対し扶助料受給権を認めるに当つて、当該旧軍人の死亡当時の恩給法の規定にもかかわらず、その者と同一戸籍に在ることという要件を適用しないという趣旨であつたとすれば、右のような場合には当然乙でなく甲を受給権者とするような規定を設けたのであろうと考えられるが、現実にはかかる規定はどこにも置かれていないのである。これからもうかがわれるように、同法は、旧勅令第六八号によつて廃止された軍人恩給やその遺族の扶助料につき、かつてその受給権を有していた者に再びこれを与え、又は右の廃止がなかつたなら当然受給資格を取得したであろうところの者にかかる受給資格を与えようとしたものであつて、この趣旨に照らしても、同法附則第一〇条にいわゆる旧軍人等の遺族とは、当該旧軍人の死亡当時施行されていた恩給法にいう遺族を指す趣旨であると解するのが妥当であるといわなければならない。原告は、昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項の規定のうち「公務員・・・・ノ死亡当時之ト同一戸籍ニ在ル」ことを遺族たる身分取得の要件としていた部分は憲法第一一条、第一三条、第二四条に違反し、同法施行後はこれを有効な規定として存続せしめることはできなくなつた結果、憲法施行と同時に施行せられた昭和二二年法律第七四号(応急措置法)第三条によつて廃止されたので、前記昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条の規定を適用するに当つても、右の廃止ないしは無効となつた遺族の定義規定によることは許されないと主張するが右応急措置法第三条による「家に関する規定」の適用の排除は、同法施行後においてかかる規定を適用しないというだけのことであつて、同法施行前の法律状態の下において特定の者が恩給法に規定する遺族の範囲に含まれる者であつたかどうかの問題とはなんらの関係のないことである。そして昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条にいわゆる旧軍人等の遺族が当該旧軍人等の死亡時における恩給法上の遺族に該当する者を指す趣旨であることは右に説示したとおりであるから、同規定が新憲法施行前に死亡した旧軍人等の遺族扶助料受給権ないしは受給資格附与の要件として応急措置法によつて一部その適用を廃止される以前の恩給法上の遺族たるべき要件、すなわち当該死亡旧軍人等とその当時同一戸籍にあつたことを要求すること自体憲法に違反するものということができない限り、右規定の趣旨に従つてかかる要件を具備するかどうかにより同条にいう遺族に当るかどうかを決定すべきことは当然であつて、これが許されないとする原告の主張は理由がない。

三、よつて進んで、前記附則第一〇条の規定中新憲法施行前に死亡した旧軍人等の遺族として扶助料を受くべき権利又は資格を有する者を当該軍人等の死亡当時これと同一戸籍に在つた者に限定した部分が、原告の主張するように、憲法第一四条の法の下の平等の規定に反し、また「家」の制度を認めるものとして同法第一三条、第二四条の各規定に違反するかどうかを検討する。

一般に公務員の死亡後当該公務員といかなる血縁関係その他の関係を有する者をその遺族としてこれに扶助料を受ける権利を賦与するかは立法政策の問題であるが、新憲法が前述のとおり個人の尊厳と男女の本質的平等を根本的な原則とし、社会的身分等によつて差別されることはないとして旧憲法、旧民法時代における「家」の制度を全く認めない立場に立つている以上、その新憲法のもとに判定される法律において、昭和二三年法律第一八五号による改正前の恩給法第七二条第一項と同様な「家」の観念を前提としてこれに基いて遺族の要件を定め公務員の死亡の際かかる要件にあてはまる者のみに扶助料を受ける権利を賦与する規定を設けることは、原告の主張するように、憲法第一四条、第一三条、第二四条の各規定に違反するのではないかとの疑いを生ぜしめうるものであることは確かである。ことにその法律の規定が当該法律施行後に死亡する公務員の遺族に扶助料を支給する趣旨のものである場合においては、むしろその違憲性の疑いはかなり濃いものがあると考えられるかもしれない。何となれば、かかる規定自体が直接従前の「家」の制度をそのまま復活せしめるものではないとしても、少くとも「家」の存在を前提とし、かかる「家」に属する者に対してのみ新たに一定の権利、利益を賦与しようとする点において、「家」の制度を積極的に是認し、将来におけるその復活の一礎石をおくものであるとの疑惑を生ぜしめうるものであるから、少なくとも憲法第一三条、第二四条の各規定の精神に反し、またもつぱらかかる「家」の構成員であるかどうかのみを理由として扶助料を受けうるかどうかを区別する点において、憲法の精神に合致しない不合理な差別待遇を認めるものとして同法第一四条の規定に違反するものとも考えられないではないからである。しかし法律が遺族扶助料を認めるに当つて「家」の存在を認めたような規定を設けたからといつて、そのことから当然にその規定が憲法の上記各規定に違反するものということはできないのであつて、これを肯定しうるためには、少なくとも当該規定が上に述べたように「家」の存在を是認し、又はこれを復活するごとき意味ないし機能をもつこと、ないしは、かかる「家」の存在を肯定し、これを尊重するということ以外にその合理的な存在理由を見出しえないような場合でなければならないものというべきである。

本件における問題は、昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条の規定中新憲法施行前に死亡した旧軍人等の遺族に扶助料受給権ないしは受給資格を付与するに当り、その遺族の範囲を当該死亡当時における恩給法の遺族に関する規定に従い、その旧軍人と一定の親族関係に立つ者で、かつ、これと同一戸籍に在る者に限定した部分が憲法の上記各規定に違反するかどうかの問題であるが、この場合においても、右規定における遺族概念中に「家」を前提とする部分が含まれていることは、当然には右規定が家の制度を是認し、これを復活せしめるものであるとか、あるいはもつぱらかかる観点からのみ扶助料を受けうる者としからざる者とを区別する合理的理由なき差別待遇であるということにはならないのはもとよりであつて、果してそうであるかどうかは、このような規定が設けられた趣旨、目的を仔細に検討したうえで慎重に決せられなければならない。

そこで前記附則第一〇条の制定の趣旨ないし目的を考えてみるに、同条が昭和二一年勅令第六八号によるいわゆる軍人恩給の廃止がなかつたとすれば当然恩給又は扶助料を受ける権利又は資格を失わず、あるいはかかる権利又は資格を取得したであろうところの旧軍人等又はその遺族に対し、これらの者がその後その恩給又は扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由に該当するというようなことのない限り、一定額の恩給又は扶助料を受ける権利又は資格を与えようとするものであることはすでに述べたとおり同条の規定の内容自体からもうかがわれるところであり、その意味においては、法律上は新たな権利の付与であるが、実質的にはこれらの者が過去において有していた既得の権利ないしは期待的利益の喪失に対して、部分的にその復活をはかつたものということができる。それ故同条の規定が、前記のように、新憲法施行前に死亡した旧軍人等の遺族に対する扶助料につき、その当時の恩給法の規定に則つてかかる扶助料の受給権ないしは受給資格を取得した者およびこれを取得したであろう者に対してのみその受給権ないしは受給資格を与えたのも、主として右のごとき既得権ないしは期待的利益の復活という見地から出たものと考えられる。また、新憲法施行前に死亡したいわゆる文官の遺族扶助料については、軍人の場合におけるような恩給廃止がなかつた関係上、その死亡当時における恩給法の規定により、そこにいう遺族に該当する者のみが扶助料受給権を取得していたことにかんがみ、これとの均衡をはかるということも旧軍人等の遺族扶助料の受給資格を右のごとく定めた理由の一つをなすものと思われる。すなわち上記規定は、右のような合理的な趣旨ないし目的のために設けられたものであると考えられるのであつて、単にいわゆる「家」の制度を積極的に是認し、その部分的復活をはかろうとする目的に出たものと認むべき根拠は見当らず、したがつて、また、これをもつて理由なき差別待遇をしたものと目することはできない。この点においては、上記設例のように今後はじめてこのような遺族扶助料を認めようとするごとき立法とは同視し難いものがあるといわなければならない。なお、右附則第一〇条の規定が「家」の制度の復活ないしはその発展強化をもたらす可能性を有するかどうかを考えるに、同条の規定により、死亡した旧軍人と同一戸籍に在つた者のみが扶助料の受給権ないしは受給資格を有するとせられているのは、当該旧軍人が新憲法施行前に死亡した場合のみに限られること前示のとおりであり、その結果これらの者が軍人恩給の廃止の結果失つた権利ないし利益を部分的に復活せしめられるにとどまること前示のとおりであるから、その適用を受けるべき者の範囲は限定され、将来において無制限に増加する可能性をもつものではなく、むしろ、時の推移とともにその適用を受ける者の数は漸次減少し、早晩一人もいなくなることが予想されるのである。このような点からみれば、同条の規定により旧軍人等とかつて同一戸籍にあつた者のみがそうでない者に対して特別の利益を受けるという状態がある期間継続するからといつて、これにより憲法第一三条又は第二四条に違反するような「家」の制度の復活をもたらす可能性をもつものということはできない。もつとも旧軍人等の遺族扶助料の受給資格につき、上述のような既得利益の尊重や文官遺族との均衡等の考慮によつてこれを定め、これらの既得利益が旧家族制度を前提として存在していたものであることに対し特別の考慮を払つていないかにみえること(その結果本件原告のような場合の生ずること)に対しては、新憲法下の立法としてその当否を問題とすべき余地がないとはいえないであろうが、しかしさればといつて、これを「家」の制度の肯定ないしは尊重ということ以外になんらの合理的理由を発見しえない立法として憲法に牴触するものとすることは、当を得た見解ということはできない。

以上のとおりであるから前記附則第一〇条の規定が憲法第一三条又は第二四条の規定に違反するものであるとすることはできないし、また憲法第一四条に違反するものであるとすることもできない(なお、右規定が憲法第一一条の規定の趣旨に反するものでないことも叙上の説明によりおのずから明らかである)。よつて原告の主張は、理由がない。

四、右の次第で新憲法施行前に死亡した旧軍人等の遺族が昭和二八年法律第一五五号附則第一〇条第一項第二号の規定により遺族扶助料を受ける資格を有するためには、その者が旧軍人等の死亡当時施行せられていた恩給法の定める遺族でなければならないものというべきところ、本件において、原告の長男貞宗が死亡したのは前述のとおり昭和一九年七月二八日であり、その当時の恩給法の定める遺族は死亡者の祖父母、父母、夫、妻、子又は兄弟でこれと同一戸籍に在る者であつたのであり、しかもその当時原告が右貞宗と戸籍を異にしていたことは原告の自認するところであるから、原告は右附則第一〇条第一項第二号にいわゆる遺族として扶助料を受ける資格を有する者ではなく、したがつて恩給局長が原告のした扶助料の請求を棄却する旨の裁定(本件扶助料請求棄却裁定)をし、さらに原告の具申を棄却する旨の裁決をしたのは適法であり、被告が原告の訴願を棄却する旨の裁決(本件訴願裁決)をしたのもまた適法といわなければならない。よつて本件訴願裁決を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して原告の負担とする。

(裁判官 位野木益雄 中村治朗 小中信幸)

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