大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和37年(レ)279号 判決

控訴人 染谷ふさ

右訴訟代理人弁護士 筒井清五郎

被控訴人 丸岡浅男

右訴訟代理人弁護士 中山新三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(争いのない事実)

控訴人の請求原因とする事実及び被控訴人の抗弁事実のうち、訴外山口璽一が昭和二五年六月三〇日控訴人の亡父染谷権太郎から本件土地を含む同番地宅地一九三坪を貸借したところ、被控訴人は昭和二六年五月一六日山口から本件土地を転借したこと、権太郎は昭和三〇年一一月二二日死亡し、その妻とめも三三年一月四日死亡した結果、子供である控訴人が本件土地を含む右一九三坪に関する権利関係一切を相続したものであることはいずれも当事者間に争いがない。

(転貸借に対する承諾)

一、成立に争いない乙第二号証≪中略≫によれば、山口は石鹸工場を建設する考えで本件土地を含む同番地宅地一九三坪の借地権を訴外村野から昭和二四年一二月三一日頃譲り受け翌二五年六月三〇日控訴人の父権太郎に名義書換料を支払つてあらためて期間二〇年賃料坪当り一ヶ月金四円の約束で借り受け早速整地にかかり作業用の釜を据えつけるべく土地を掘り起したところ湧水が甚しく工場用地としては適当でないことが判明したので借り受け後一ヶ月かそこらでこれを住宅敷地として転貸することに計画を変更し、程なく右一九三坪を八区劃に分けて転貸し、それぞれ転借人が家屋を建築し居住するようになつたこと(被控訴人の転借は昭和二六年五月一六日)、その後昭和三四年三月三日頃本件土地上の被控訴人所有家屋等が焼失するまで約八年間というものは控訴人ないしその父権太郎等から右の土地使用について格別の異議も出ず円満に山口から地代を徴収してきたこと(とくに控訴人自身が被控訴人方に地代を取り立てに行つたことがある点は原審証人染谷三郎の証言に明らかである。)しかも右三〇九番地は控訴人や亡権太郎が住んでいた同町一九八番地と同町内にあるのは勿論、直線距離にしても三百メートル前後の近さであること(原審証人吉田安之助も控訴人と被控訴人とは目と鼻の先に住んでいることを証言する)、また賃借人山口も右三〇九番地の隣地に居住していたことがそれぞれ認定できこれを覆すに足る証拠はない。

二、そうすると控訴人の父権太郎やその家族が地代の取立に山口方を訪れた折など(斯る機会のあつたことは証人染谷三郎の当審における証言でも明らかであり、なお同証言によれば控訴人の一家にとつて右三〇九番地の土地を除き他に格別賃貸するような土地はないことが認められる)を通じて、少くも右八年の間には前示認定のような土地の利用状況(本件土地のそれを含む)を知る機会は十二分にあつたものと推認されるところ、前示のように昭和三四年三月までは控訴人等から格別の異議も述べられていない点に照らせば、原審及び当審において証人山口重一が証言するところの工場用地として適しないことが判明したので借り受けが一ヶ月位してこの旨を権太郎に告げ住宅敷地として転貸することを承知してもらつたとの供述も一応措信すべきものと認める。また右の供述は暫くおくとしても前示認定に照らせば遅くとも本件土地上の火災がある頃までには本件転貸借につき控訴人の父権太郎もしくはその相続人等が黙示の承諾を与えていたものと認めるのが相当である。この点に関し、証人染谷三郎は当審において右三〇九番地上の各家屋は山口の家作と信じていたから転貸しているとは思わなかつたと供述するけれども、同人及び控訴人やその家族にそのような誤信を生ぜしめる特段の事情があることを認めるに足る証拠はないから、未だ前示判断を左右するに至らず他にこれを覆すに足る証拠もない。

(原賃貸借の合意解約)

証人山口重一≪中略≫によれば控訴人と山口との間で昭和三四年四月一日前示賃貸借契約を解約する旨の合意が成立したことを認定できこれに反する証拠はない。

(右合意解約と被控訴人の転借権)

(一)  控訴人は山口が無断転貸したのでこれを闇売した結果、話合の形で右解約が成立したのであつてその実質は無断転貸を理由とする解除権の行使にほかならないと主張するけれども、既に認定したごとく本件は無断転貸と目すべきものでないから右主張はその前提において失当であり採用できない。

(二)  そこで右合意解約により被控訴人の転借権に消長を来すべきものかどうかにつき考えるに、先ず原審第一、二回≪証拠省略≫を総合すると、火災により本件土地上の建物等が焼失した後、偶々区議会議員に立候補中の山口に対し、控訴人の夫染谷三郎が、山口は前記土地を無断転貸し権利を二重取している旨を言い触らすとか土地を返還せねば選挙でいかなる不利益を受けるかも知れない等と仄めかし、山口が選挙後まで土地に関する話合は一時留保しておいてもらいたいとの要請を一蹴し暗に合意解約に応じなければ選挙期間中に反対運動に出るような勢威さえ示して遂に合意解約の要求に応ぜしめ「返地書」と題する甲第一号証を作成させたことが認められる。(これに反する証人染谷三郎の原審及び当審における供述の部分は措信できないし、他に右認定を左右する証拠はない。)そうすると右が法律上の強迫に該当するかどうかは兎も角としても、元来適法に解除することのできない場合であるのに(無断転貸でないことは前示のとおり)転貸の承諾を証明する方法が不備である点及び選挙の立候補者の心理につけ込んだような方法で且つ多少の勢威さえ示して合意解約に応ぜしめたことは明らかであり、斯る合意解約によつては適法な転借人の地位を覆滅することはできないと解するのが信義の原則に照らし相当である。

(三)  これに対し控訴人は解除原因の存否の判定等具体的な場合を想定して右のように転貸借関係のみを存続せしめる見解は背理であるかの如く主張するけれども、斯る関係の生じ得べきことはすでに借家法第四条、借地法第八条でも予想されているところであり、単に転借権が賃借権に基礎を置くという法技術的な構造にのみとらわれて前示の結論を否定するのは妥当でない。むしろ転借権は賃貸人の承諾を得ることにより賃貸人との関係ではその承諾の範囲内で使用収益を保障されたものであり、これによりいわば賃貸借当事者の恣意的な支配を脱脚するに至つたものというべく(賃借人が一方的に転借権を消滅せしめ得ないことは言うまでもない)、斯る意味において、賃貸人に対抗できる転借権は正当な(転借人に対抗できる)理由を有しない合意解約によつては当然には消滅しないものと解するのが相当である。

(四)  それゆえ合意解約は原賃貸借の当事者間ではこれを無効に扱う理由はないけれども、適法な転借人に対してはこれを対抗できないものと解さざるを得ないから、結局その後の法律関係としては、承諾の範囲内で(承諾の内容がいかなるものかは具体的事案によつて異るが本件の場合には事前もしくは黙示の承諾であつて転貸借の内容を認知してなされた承諾ではないから原賃貸借が基準と解する。)賃貸人は転借人に使用収益をなさしめる義務を負い、一方転借人は賃貸人に転借料を賃借料の限度で且つ賃借料の支払期限までに支払うべき義務を負うことになるものと解するのが妥当であり、これに対応して法定解除、解約原因、賃料増額請求権の存否等も賃貸人と転借人との間の問題として判断すれば足るものというべきである。(このように賃貸人が賃借料の限度で実質的には転借料の支払を請求し、また賃貸借終了の場合に直接転借人に目的物の返還を求め得る等の法律関係に立つことは民法第六一三条の解釈上認められているところであり、合意解約の結果賃貸人と転借人との間に前示のような法律関係を生じるのもまた承諾の効果と解して妨げない。)

しかしながら転貸の承諾があつても転借権が賃借権に基礎を置くという本質に変更を生じるわけではないから、原賃貸借が適法に(転借人に対抗できる理由で)終了した場合には特段の事情がない限り転借人の地位もまた消滅することとなるのと同様、合意解約された原賃貸借の期間が満了すべき時には、それより長い存続期間を定めてあつた転借権もまた終期が到来することになるのは当然である。(それゆえ合意解約があつても賃貸人は転貸人の地位を承継するものではないし、また本件のように転借期間が先に満了し更新せられないときはこれによつて転借権が消滅することになるが、転借について借地法の適用がある場合は引き直した期間をもつて終期の到来及び更新事由等の存否を判断すべきことになる。なお借地法第八条参照)

(五)  以上のとおり解せられるから必ずしも控訴人の主張するように法的安定の上から忍び難い混乱を生ずるものではなく、むしろ法的安定のため適法な転借人が正当な保護を受けるにすぎないものというべきであつて、所論は採用できない。

(結語)

それゆえその余の被控訴人の主張につき判断するまでもなく、控訴人の合意解約の主張は失当であり、これと同趣旨に出て控訴人の請求を棄却した原判決は正当であり本件控訴は理由がないから民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 滝田薫 山本和敏)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com