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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3386号 判決

判   決

東京都港区芝白金猿町五九番地

原告

花岡徳吉

外三人

右四名訴訟代理人弁護士

辻仙二

同都練馬区中村南三丁目二二番地

被告

荻原好之助

右訴訟代理人弁護士

松島政義

右当事者間の請求異議並に登記抹消請求訴訟事件について、当裁判所は昭和三八年四月一五日終結した口頭弁論に基いて、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

当庁昭和三七年(モ)第五、七一五号強制執行停止決定(同年五月一七日付)は、これを取消す。

この判決は、前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  、当事者の申立。

原告訴訟代理人は、「原告等並に亡花岡徳太郎を被告とし、被告の被承継人株式会社吉沢五郎商店を原告とする東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第五二一二号建物収去土地明渡請求事件の執行力ある口頭弁論調書(和解)正本に昭和三五年一二月一四日附与せられた承継執行文に基いて被告が別紙目録物件に対して為した強制執行はこれを許さない。

被告は原告花岡徳吉に対し別紙目録(一)、(二)の土地について東京法務局芝出張所昭和三五年八月一九日受附第一〇五四八号を以て為した同年八月一〇日共有物分割による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張。

一、原告の請求原因および被告の主張に対する答弁。

(請求異議の点について)

(一) 原告の本件請求異議の対象である債務名義(請求趣旨(一)記載の和解調書、以下本件和解調書と称する)の存在および内容は別紙(一)「請求の原因」(訴状記載の一部を引用)の第一項記載のとおりであり、被告が右債務名義における執行債権者吉沢商店の地位を承継した経緯は、同第二項記載のとおりである。

(二) しかしながら、本件和解は、その当事者であつた原告らにおいて次のように法律行為の要素に錯誤があつたから、民法第九五条により無効である。

(1) 本件和解においては、その和解条項第一項において原告徳吉(本件和解のできた前記昭和三二年(ワ)第五二一二号事件被告)が本件土地全部を訴外吉沢五郎商店(右事件原告)の所有であることを認め、それを前提として、以下右物件を徳吉が買戻すこと(和解条項第二項)等の和解条項が取りきめられたのであるが、右の本件土地全部を吉沢商店の所有であるとした点に徳吉および右事件における同人の訴訟代理人であつた橋本四郎平弁護士の錯誤があつた。しかして右錯誤は民法第六九六条の適用ある場合でなく、いわゆる要素の錯誤ある場合として同法第九五条に則つて判定さるべきである。

なおこの点の原告の主張の詳細は、別紙(一)「請求の原因」第三項(一)、(二)の記載および別紙(二)「準備書面」(被告準備書面の一部を引用)2記載のとおりである。

(2) 更に原告徳吉が本件和解条項第二項において代金六五〇万円でこれを買戻すことを約して本件和解を成立せしめたのは、原告徳吉において右買戻金の調達が不能であるにかかわらずそれが可能であるものと錯誤していたからである。しかして、右代金調達の方法は和解契約において当事者間に表示されていたものであるから、本件和解契約の内容をなしていたものである。

なおこの点の原告の主張の詳細は、別紙(一)「請求の原因」第三項(三)および別紙(二)「原告準備書面」1記載のとおりである。

(三) そこで形式上存在せる本件和解調書の執行力の排除を求めるため、本件請求異議に及んだ。

(所有権移転登記抹消請求の点について)

(一) 本件各土地は、もと原告花岡徳吉の所有で、登記簿上も同原告の所有名義であつたが、その後訴外吉沢五郎商店の所有名義となり(昭和三〇年四月一二日受付第三七二二号)、更に請求趣旨第二項記載の所有権移転登記によつて、右吉沢商店から被告の所有名義に移つている。

(二) しかし原告花岡徳吉は、登記簿上の被告の前主である吉沢五郎商店に対し、何ら本件物件を処分したことはなかつた(いきさつは別紙(一)の第三項、(一)のとおり)のであるから、同商店の本件土地に対する所有権取得登記は実体関係の伴わない無効のものである。したがつて、本件土地は未だ原告徳吉の所有であり、その後右吉沢商店と被告との間に如何なる法律行為が行われたにせよ、被告は右吉沢商店から何ら権利を承継するに由ない。(本件和解が成立していることは認めるが、それが無効であることは前記原告主張のとおりである。)

(三) そこで、原告徳吉は本件土地の所有権者として、登記簿上の権利の表示を実体関係に近ずけるため、被告に対し請求趣旨第二項の所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを求める。

二、被告の答弁および抗弁。

(請求異議の点について)

(一) 原告の主張(一)の点は認める。

(二) 同(二)の本件和解について、法律行為の内容に錯誤があるとの点は否認する。すなわち、

(1) 原告主張(二)の(1)の点については、原告らにその主張のような錯誤があつた事実は否認する。(かつて本件各土地が原告徳吉の所有であつたことは認めるが、本件和解当時これら所有権が吉沢五郎商店に移転していなかつたものではない。)

なお、前記当庁昭和三二年(う)第五二一二号訴訟事件において、審理の途上訴外吉沢五郎商店と原告らとが本件土地所有権の帰属を激しく争つた末、互いに譲歩して、本件各土地を右商店の所有とすることを確認する等の本件各和解条項により解決したものであつて、仮にこれに反する証拠が出たとしても(さような可能性は全くないのであるが)、民法第六九六条の法定効果として、もはやこの和解解条項に反する法律効果を主張することはできない。

(2) 原告主張(二)の(2)の点については、原告主張の代金調達方法が当事者間に表示されていたとの点は否認する。またかような買受代金調達上の錯誤はいわゆる縁由の錯誤であつて民法第九五条の要素の錯誤とはならない。

(三) よつて本件請求異議は理由がない。

(抹消登記請求の点について)

(一) 原告の主張の(一)点は認める。

(二) 同(二)の、原告が吉沢五郎商店に対して本件物件を処分していないとの点は争う。

すなわち被告の前主である右吉沢五郎商店は、当時現実に本件土地二筆の所有権の移転を受けていたものであるが、仮にこの点が認められないとしても、本件和解の成立によつて同商店は原告らから本件土地所有権の確認を受けたものである。(本件和解に原告主張のような無効原因のないことは、前述のとおりである。)

(三) よつて吉沢五郎商店が本件土地所有権を取得しなかつたことを前提とし本件移転登記抹消請求は失当である。

第三、証拠。《省略》

理由

一、(請求異議の点について)直ちに争点である本件債務名義(当庁昭和三二年(ワ)第五二一八号訴訟事件において昭和三四年六月一一日訴外吉沢五郎商店と原告らとの間に成立した和解調書)の無効原因について検討する。

(一)  原告らは、本件和解の和解条項第一項(原告らにおいて本件土地の所有権が右吉沢商店にあることを認めたもの)は、本件和解において当事者間に争いとなつておらず、当然の前提として予定されていた事項であるところ、この点について、原告らに錯誤があつたと主張する。

しかし、(証拠―省略)を綜合すると、右訴訟事件において原告であつた吉沢商店は本件土地の所有権を主張し、本件原告らに対し建物収去、土地明渡を訴求したのに対し、右訴訟事件において被告であつた本件原告らは、本件におけるとほぼ同様の理由(別紙(一)「請求の原因」第三項(一))で本件土地を処分をしたことはないと主張し、その所有権の帰属を争つて来たこと、その結果この点を解決するために双方互譲して、一応本件土地を吉沢商店の所有とした上(和解条項、第一項)、ただ原告らに対し一定期間内に買戻権を与える(和解条項、第二項以下)ということで解決をはかつたことが認められる。右の認定に反する証拠はない。されば右和解条項第一項は、第二項以下の買戻と一体となつて和解(互譲による紛争の解決)の内容をなしたものであつて、到底これだけを切り離して争の前提として予定されていた事実と観ることはできないから、この点に関する原告の主張は採用できない。(なお原告花岡徳吉本人尋問の結果によれば、少くとも別紙物件目録(二)の土地は当時前記吉沢五郎商店の所有に帰していたと言い得る。)

(二)  次に原告は、本件買受代金(六五〇万円)の調達の可能性について錯誤があり、この点の錯誤は法律行為の要素の錯誤である、と主張する。

検討するに、証人(省略)の各証言によれば、和解交渉当時、原告ら(本件和解における被告)から右吉沢商店(本件和解における原告)の訴訟代理人に対し、当時徳吉らにおいて前記買戻金を直ちに支払う余裕がなく、他から借入れて支払うものである旨表明していたことは認め得られるが、その以上に、原告主張のような具体的な融資先が和解契約において相手方(吉沢商店側)に表示されていた事実を認めるに足る証拠はない。また原告花岡徳吉本人尋問の結果によつても、当時徳吉が代金調達につき本件原告主張の融資先(別紙(二)の1)からの融資のみを信頼したわけではなく、それが都合つかない場合に備えて他の融資先からの借入れも準備していたことが認められるのである。

つけ加えると、或る私法上の合意において一定期日までに一定金額の金銭の支払いが約束された場合においては、ただそれだけが合意の要素をなすのであつて、右合意に至る過程において、支払者側の資金調達のための具体的な方法が相手方に伝えられたとしても、特段の事由のない限りは、右は資金調達の一つの予定として支払金額や支払期日を取決めるための交渉の資料となつたにすぎず、当該金銭支払の合意の内容をなしているとは認められない。まして本件和解においては、徳吉が代金を支払えないときに備えて、その場合には本件各土地を明渡す旨の条項(第三項)まで定めているのであるから、いよいよ徳吉の資金調達の可能性の存否が本件和解全体を無効にする意味で和解(法律行為)の内容をなしているとは解せられない。

よつて、この点の原告主張も失当である。

右(一)、(二)に検討したように、原告主張の無効原因はいずれも採用できないから、本件和解調書に対する請求異議は理由がない。

二、(登記抹消請求の点について)

本件和解成立前原告徳吉が吉沢五郎商店に対し本件各土地を処分していたと言えるかどうかは暫らく措き、右に検討したとおり本件裁判上の和解が有効であるとすると、その定めるところ(和解条項第一項)に従い、当時原告らと右吉沢五郎商店との間で本件土地所有権が吉沢商店に帰属することが確認されていたことになる(原告徳吉には、前述和解条項第二項の買戻権が留保されていたわけであるが、原告らにおいてそれを行使したとの主張、立証はない)。

すると原告徳吉は現在本件各土地の所有権者であるとは言えないし、右徳吉から吉沢商店への所有権移転登記は実体関係に副わないものではないことになるから、これに反する主張を前提とした本件原告徳吉の所有権移転登記抹消請求は理由がない。

以上の次第で、原告らの請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の取消と仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項、第五四八条第一、二項を各適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第三一部

裁判官 内 田 恒 久

物件目録(省略)

(別紙(一))(別紙(二))(省略)

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