大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和38年(行)37号 判決

原告 岡キクエ

被告 国

訴訟代理人 片山邦宏 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

「(一)被告は原告に対し一四八、三三九円および内金二二、三四〇円に対しては昭和二三年七月一二日から内金七七、七四〇円に対しては昭和三四年一二月一九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」

その判決

二、被告

主文同旨の判決

第二、請求原因

一、原告の亡夫岡長二郎(以下「岡」という)の職歴は、次のとおりである。

一、昭和四年五月二七目 司法官試補

一、同 七年七月 一日 台湾総督府法院判官

一、同二一年五月三一日 昭和二一年勅令第二八七号により退職

一、同二一年九月一九日 判事

一、同二三年七月一一日 死亡退職

二、1 岡の報酬は昭和二三年六月までは月額三、二九六円であつたが、昭和二三年法律第七五号裁判官の報酬等に関する法律により月額一三、〇〇〇円に改められて昭和二三年一月一日にさかのぼつて支給され、更に昭和二三年法律第九六号昭和二三年六月以降の判事等の報酬等に関する法律により月額一六、九〇〇円に改められて同年六月一日にさかのぼつて支給されるに至つた。したがつて、岡の相続人たる原告および岡と原告との間の六名の子(以下「原告ら」という)は、右各改正法による報酬合計八七、九八四円からこの間すでに支給を受けた旧法による報酬合計二〇、九六二円を控除した六七、〇二二円を相続により岡死亡退職の日である昭和二三年七月一一日に支給を受ける権利を取得した。

2 被告は原告らに対し同人らが同日その支給を受けることができるよう、これに必要な諸手続(右支給金額の決裁、その発令、原告らあて日本銀行を支払人とする小切手の振出交付等)を同日中に完了すべき義務を負担するに至つた。

3 しかるに被告は、現在まで右支給手続を完了していない。

三、1 国家公務員等退職手当法(昭和二八年法律第一八二号)(以下「退職手当法」という)附則第四項および同法施行令(同年政令第二一五号。以下「施行令」という)附則第五項は、昭和二〇年八月一五日現に外地官署所属職員であつた者で、昭和二一年勅令第二八七号により退職させられ、その後再び職員となつた者の外地官署所属職員であつた期間を後の職員としての在職期間に引き続いたものとみなすについての条件等を規定しているが、その適用を受けうる職員を「昭和二八年七月三一日に現に在職する」者に限定し、岡のようにその以前すでに死亡退職した者を除外していることは何ら合理的理由がなく、右限定部分は、すべて国民は法の下に平等であつて差別されない旨の憲法第一四条の規定に違反するものであるから、無効である。したがつて、原告らは岡が外地官署所属職員であつた期間一七年(司法官試補の期間を含む)と判事であつた期間一年九月計一八年九月を基準とし、退職手当支給準則(昭和二二年三月二九日給発第四七五号)第二条、第三条により計算した退職手当二五八、五七〇円の支給を前記退職の日に受けうる権利を取得した。

2 被告は、原告らに対し同人らが右退職の日にその支給を受けうるよう、前記二、2と同様な諸手続を同日中に完了すべき義務を負担するに至つた。

3 しかるに被告は、退職手当法および施行令の解釈を誤り、岡が外地官署所属職員であつた期間を勤続期閥に加算しないでその退職手当を計算し、岡の退職の頃四、九四四円、昭和三四年一二月一八日二〇、四〇六円の各支給手続をおえたが、残額二三三、二二〇円については現在に至るまでその支給手続を完了していない。

四、1 原告らは被告が上記のとおり報酬および退職手当支給手続を怠つたためそれらの支給を受けることができなくなり、次の額の損害を被るに至つた。

(一)  六七、〇二二円(報酬相当額)およびこれに対する昭和二三年七月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金

(二)  二三三、二二〇円(退職手当相当額)およびこれに対する昭和三四年一二月一九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金

(三)  一四四、七七七円(退職手当総額二五八、五七〇円から岡死亡当時支給を受けた額四、九四四円を控除した残額二五三、六二六円に対する岡死亡の翌日から二〇、四〇六円支給の日まで一一年五月間((七日分放棄))の年五分の割合による金員)

2 右支給手続に関する事務は、最高裁判所長官および会計法第二四条に定める支出官の職務であり、右損害はこれらの者が職務を行うに当り原告らに加えたものであるから、被告は国家賠償法第一条第一項により原告らに対しその賠償の責に任ずべきである。

3 なお、原告は、本訴提起に当り原告代理人から聞くまで、右加害の事実を知らなかつた。

五、よつて、原告は被告に対し右損害金の三分の一(原告の相続分)の支払を求めるため本訴に及ぶ。

第三、被告の答弁および主張

一、請求原因に対する認否

1  第一項の事実は認める。

2  第二項のうち、岡の各報酬月額およびその改正経過が原告主張のとおりであること、原告らが六七、〇二二円の報酬請求権を取得したことは認めるが、その他は争う。

3  第三項のうち、被告が原告主張の時期に岡の退職手当として原告主張の額を各支払つたことは認めるが、その他は争う。

4  第四項は争う。

二、被告の主張

仮に原告主張のとおり原告らに対しその主張のような報酬および退職手当の支給手続をしなかつたことが支出官の職務怠慢であり、違法な不作為に該当するものであるとしても、右不作為と損害との間には何ら因果関係がないから、原告の主張はそれ自体失当である。

理由

一、報酬に関する損害賠償について

1  岡の妻子である原告らが、昭和二三年七月一一日同人死亡の日に相続により、原告主張の六七、〇二二円の報酬請求権を取得したことは、当事者間に争いがない。

2  原告は、被告は原告らに対し同日その支給を受けうるよう、これに必要な諸手続を完了すべき義務を負担したのにかかわらず、現在に至るまでその支給手続を完了しないため、その主張のとおりの額の損害を被つたと主張するので、検討することとする。

(一)  会計法第三〇条によれば、公法上の金銭債権は、国の権利であると国に対する権利であるとを問わず、他の法律に規定がない限り、五年間これを行使しないときは時効により消滅するものとされ、同法第三一条において右消滅時効の中断、停止その他の事項に関しては、他の法律に規定がない限り、民法の規定を準用するものとするほか、同条第一項において「別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができない」旨を特に明らかにしている。

ところで、一般に時効制度は、ある事実状態が永続した場合に、それが真実の権利関係に合致するかどうかにかかわりなくその状態を尊重し、これに法律上の保護を与えることにより、法律生活の安定を図るためのものであつて、その根本の趣旨とするところは、私法、公法を通じて共通であるといえる。ただ、公法上の金銭債権については、債権債務の不安定な状態をなるべく速かに排除し、国の会計上の決済を早期に完了させるという公益上の必要性から、昭和三四年法律第一四八号(昭和三五年一月一日施行)による会計法の一部改正により、同法第三一条中に前記第一項の規定が付加される以前においても、時効の援用に関する民法の規定の準用はなく、時効期間の経過をもつて権利の絶対的消滅原因と解するのが通説の見解であり、前記公益上の理由を考慮すれば、右見解はこれを首肯することができる。

しかして消滅時効の期間は別段の規定がない限り、権利者が現実に権利発生の事実を知ると否とにかかわりなく、法律上の障害なく当該権利を行使することができると考えられる時からその進行を開始するものと解すべきである。

(二)  そこで本件報酬請求権について考える。

岡の報酬が昭和二三年六月まで月額三、二九六円であつたこと、昭和二三年法律第七五号により月額一三、〇〇〇円に増額されて同年一月一日にさかのぼつて支給されるようになつたこと、更に昭和二三年法律第九六号により月額一六、九〇〇円に増額されて同年六月一日にさかのぼつて支給されるようになつたことは当事者間に争いがなく、右法律第七五号が昭和二三年七月一日から(同法附則第一二条)、同法律第九六号が同年七月六日から(同法附則第三条)、それぞれ施行されたことは明らかである。

ところで、裁判官の報酬の支給に関しては、前記昭和二三年法律第七五号に「裁判官の報酬が増額された場合には、増額された日からあらたな額の報酬を支給する。」(第四条第二項)、「裁判官が死亡し、又はその地位を失つたときは、その日まで、報酬を支給する。」(第五条)、「裁判官の報酬は毎月、最高裁判所の定める時期に、これを支給する。但し、前条の場合においては、その際、これを支給する。」(第六条)と規定されているが、右第六条に基づいて制定された最高裁判所規則にも、毎月の報酬がさかのぼつて増額された場合における増額分の支給時期については特に定めるところがない。他に増額分の支給時期についての法令の定めは見当らず、報酬の増額は社会経済の変動等に即して行われるのが常であり、かつ報酬は裁判官の唯一の生活の資であることを考慮すれば、増額分は特段の事情がない限り、改正法律が公布施行された日にこれを支給すべく、同日がその履行期であると解するのが相当である。

果してそうだとすれば、前記当事者間に争いのない改正法による報酬額合計八七、九八四円からこの間すでに支給を受けた旧法による報酬額合計二〇、九六二円を控除した六七、〇二二円のうち、法律第七五号による増額分の履行期は昭和二三年七月一日、法律第九六号による増額分のそれは同年七月六日であるというべきである。しかして、右報酬請求権が公法上の金銭債権であることは明らかであるからその消滅時効の期間は、前記(一)において説示したとおりの理由で、原告らが右報酬増額の事実を知ると否とにかかわりなく、上記の各履行期からその進行を開始し、時効の中断、停止等については何ら原告の主張がないから、右請求権は被告の時効の援用をまつまでもなく、原告らが五年間これを行使しなかつたことにより、それぞれ昭和二八年七月一日および同月六日の各経過とともに消滅したものというべきである。

(三)  そこで、原告らの右報酬請求権が以上のように時効により消滅した事情を考えてみるに、最高裁判所の支出官としては、特段の事情がない限り、岡の報酬が前記各改正法によりそれぞれ増額されたこと、岡が死亡した事実およびその家族関係等は職務上当然知悉しまたは知悉しているべき筈のものであるから、岡死亡後直ちに原告らに対し前記報酬の支給に必要な諸手続をとるべき義務があつたものというべく、かかる手続をとらないままに五年を徒過したことは職務上の義務に違背したものであつて、そのことが原告らの有する報酬請求権の時効による消滅を来たす一斑の原因となつたことは否定すべくもなく、特段の事情の窺われない本件において、右職務違背は支出官の故意または過失に基づくものと推認するほかはない。

(四)  ところで、原告は右消滅時効による報酬請求権の喪失が支出官の故意または過失に基づくものであるとして右相当額の損害賠償を求めるのであるが、以下述べる理由から、右原告の請求は、なおこれを認めるわけにはいかない。すなわち、(1) 時効制度の本旨は、前述のとおり、一定の長期間にわたつて継続した事実状態を法律状態に転化することによつて社会秩序の安定に資するにあり、消滅時効はもつぱら一定期間の権利不行使の事実に着目してこれに権利消滅の効果を帰せしめるものであつて、右権利に対応する義務の長期にわたる不履行について義務者に帰責事由があるかどうかは、右効果の発生と何らのかかわりもない。にもかかわらず、不履行の責を帰すべき義務者に対してなお時効による権利消滅の結果につき損害賠償の資を問うことができるものとするならば、法律の所期する消滅時効の効果は全く有名無実に帰し、上記時効制度の本旨を没却することとなる。(2) もつとも、義務者が単なる義務の不履行にとどまらず、権利者に対し害意をもつて不当な積極手段を弄することにより権利不行使の事実状態を招来せしめたような場合には、時効による権利喪失の損害について不法行為の責任を問う余地もあると考えられるが、原告が本件損害賠償請求の理由として主張し、かつ前認定にかかる支出官の職務違背の態様は単なる不作為(それが支出官の故意または過失に基づくものだとしても、損害賠償の縁由とならないことは、(1) に述べたとおり)にとどまり、国家賠償法第一条第一項の違法な加害行為に当るものとはいえない。(3) 国に対する権利者はその債務が法令に従い誠実に履行されることに懸念を抱かないのが常であり、ことに煩雑な報酬規定の改正を的確に了知して国に対し適時に権利行使することを原告らに期待することは困難であるから、本件のような公法上の債権について権利不行使の結果をもつぱら原告らの損失に帰せしめることはやや酷の感を免れないけれども、時効制度の本旨、とくに公法上の金銭債権について時効の完成を権利の絶対的消滅原因と定めた前示公益上の事由を考えると、またやむを得ない結果といわざるを得ない。

二、退職手当に関する損害賠償の請求ついて

1  被告が岡の退職手当として同人死亡退職の頃四、九四四円、昭和三四年一二月一八日二〇、四〇六円をその遺族たる原告らに支給したことは、当事者間に争いがない。

2、(一) 原告は、岡の退職手当算定の基準となる在職期間については、施行令附則第五項に従い同人が外地官署所属職員であつた期間を判事であつた期間に加算した一八年九月と解すべきところ、右期間を加算しなかつたのは退職手当法および施行令の解釈を誤つたものであるとし、その理由として、退職手当法附則第四項が岡のように昭和二八年七月三一日以前に死亡退職している者について右施行令附則第五項の適用を除外する趣旨を定めているのは何ら合理的理由のない差別であるから憲法第一四条に違反し無効であると主張する。

(二) 退職手当法附則第一項、第四項、施行令附則第五項(昭和二九年政令第一二号により新設、昭和三六年政令第二〇〇号により一部改正)の各規定の文理解釈に即すれば、原告の自認するとおり、昭和二八年七月三一日現に在職しない職員については、施行令附則第五項の適用はなく、したがつて、岡のように同日以前に死亡退職した職員と同日以後退職する職員との間に退職手当算定の基準となる在職期間の計算が外地官署所属職員であつた期間の通算の有無によつて差異の存することは、明らかである。

(三) 原告は両者の職員につき退職金の計算方法を異にすることは法の下の平等に反すると主張し、憲法第一四条第一項に規定する差別禁止の拘束が国の立法権に対する拘束をも含む趣旨と解すべきことは原告の主張するとおりであるが、上記職員の間の退職手当計算基準の差別が右規定に掲げる人種、信条、性別、社会的身分、門地による差別でないことは明らかであるのみならず、職員の退職の時期の異なるに従い退職金の額やその計算方法につき差異を設けることは、国の経済、財政事情等の変遷に思いをいたすだけでもむしろ合理的理由を有するものと考えられるから、右の点を捉えて憲法第一四条第一項に反する不合理な差別であるとする原告の主張は採用することができない。

(四) してみれば、憲法第一四条に関する独自の解釈を前提とし、被告が退職手当法および施行令の解釈を誤つたものであるとする原告の主張は、その他の点の判断をまつまでもなく失当である。

三、以上のとおりであるから、原告の本件請求は、すべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおの判決する。

(裁判官 橘爵 吉田良正 三枝信義)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

本サイトは報道(不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること)を事業としており,掲載された全ての情報は報道等に活用することを目的としています。

©daihanrei.com