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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6674号 判決

原告

岩崎正雄

<ほか三名>

右四名訴訟代理人

渡辺良夫

四位直毅

被告

中央燃料林産株式会社

右代表者

相良孝平

被告

笹原通安

右両名訴訟代理人

西部健次

右訴訟復代理人

池内精一

主文

一、被告らは各自原告岩崎正雄に対し金四八〇、〇〇〇円、原告岩崎範太郎、同岩崎富士子、同岩崎次博に対し、各金二八〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和三九年七月二八日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告ら「被告らは各自原告岩崎正雄(以下原告正雄という。)に対し金一、六六四、五〇六円、原告岩崎範太郎、同富士子、同次博(以下順次、原告範太郎、同富士子、同次博という。)に対し各金九七六、三三六円および右各金員に対する昭和三九年七月二八日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言。

被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決。

第二  請求原因

一、(事故の発生)

被告笹原通安(以下被告笹原という。)は、昭和三九年三月二五日午後五時二〇分頃、小型三輪貨物自動車(ダイハツ六二年式品六す一五〇二号)(以下本件自動車という)を運転して横浜市戸塚区東保野町一〇七五番地先道路を藤沢方面から保土ケ谷方面に向けて進行中、同道路を横断歩行中の訴外岩崎シン(以下シンという。)に本件自動車前部を衝突させ、よつて同女を路上に転倒させて、頭蓋骨骨折等の傷害により、同月二九日死亡するに至らせた。

二、(被告笹原の過失)

およそ自動車運転者たるものは、運転に際し横断歩道付近を通過する場合には、道路を横断しようとする歩行者の存在を確かめ、これがいるときは横断歩道の手前で停車して歩行者の横断を待つか、少なくとも徐行をして状況により何時でも停車して衝突事故防止等を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、被告笹原はこれを怠り、時速四〇数粁で漫然進行し、シン外四名の者が本件自動車の前方を左側から右側に(本件自動車から見て)向かつて横断歩道(以下本件横断歩道という。)上を歩行しているのに気付かず、その直前になつて同人等を発見して急制動の措置をとつたがその他に何らハンドル操作をなすことなく、自車を滑走させたことにより本件事故を惹起させるに至つた。

三、(被告中央燃料林産株式会社(以下被告会社という。)の地位)

被告会社は当時本件自動車を自己のため運行の用に供する者であつた。

四、(損害)

(一)  シンの失つた得べかりし利益

シンは大正一〇年八月二五日生まれの健康な女子で、本件事故当時は四二才余りであり、訴外宝製菓株式会社(以下訴外会社という。)に勤務するほか、出勤前および帰宅後は主婦として炊事、洗濯、掃除、裁縫、育児その他一般の家事労働に従事していたものであり、それらの同女の労働により年額金二七三、六五九円(そのうち金一五三、六五九円は訴外会社からの給料および賞与であり、残金一二〇、〇〇〇円(日額金三三三円強)が家事労働の対価相当額である。)の収入があり、又その生活費は年額金八四、〇〇〇円であつたから、年額純収益は金一八九、六五九円であつた。同女と同年令の女子の平均余命は三一・七年であり、同女も同程度生存して稼働しえたものと思われるので、シンの失つた得べかりし利益の合計額は右純利益の三一年分の合計額に相当する金額と同程度と考うべきところ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除してシンの死亡時におけるその現価を求めると金三、四九三、五一八円(円未満切り捨て)となる。

(二)  原告らの相続

原告正雄はシンの夫、原告範太郎、同富士子、同次博はそれぞれシンの子であつて、同女の死亡により、原告正雄は三分の一、その余の原告ら三名は各九分の二の相続分をもつて、その有する権利を相続により取得した。したがつて原告らの取得した右得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権は、原告正雄については金一、一六四、五〇六円、その余の原告ら三名については各金七七六、三三六円である。

(三)  原告らの慰藉料

1 原告正雄の慰藉料

原告正雄は本件事故により妻を奪われ多大の精神的苦痛を受けたのであり、これる慰藉するものとして金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

2 原告範太郎、同富士子、同次博らの慰藉料

右原告ら三名は本件事故によつて母を奪われ、多大の精神的苦痛を受けたのであり、これを慰藉するものとして各金二〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(四)  よつて被告ら各自に対し、原告正雄は(二)、(三)の合計金一、六六四、五〇六円、原告範太郎、同富士子、同次博は(二)、(三)の合計各金九七六、三三六円および右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和三九年七月二八日から右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因第一項記載の事実中、同女を路上に転倒させたとのことは争いその余は認める。

二、同第二項記載の事実中被告笹原に過失があるとのことは否認する。すなわち、被告笹原は本件横断歩道の手前二〇米位の地点で時速四〇粁位から時速三六粁位に減速し、更に先行車が横断歩道手前で減速したので時速三四粁位に減速していた。他方シンは本件横断歩道上を歩行していたものではなく、横断歩道北辺から北方七、六米の地点にあつて本件自動車の先行車が面前を通過した直後を右横断歩道に備え付けられている黄色い旗をもたずに小走りに斜めに道路横断をはじめ、一旦中央線付近まで進んだ後あとずさりしてきて本件自動車に接触したのである。被告笹原はシンが歩道に小走りに出てくるのを発見し横断歩道手前で急ブレーキをかけたが、当日は小雨が降つていて路面が濡れており、横浜方面に向かつて現場はゆるやかな下り坂となつていたため直ちに停止することができずスリップして本件自動車をシンに接触させてしまつたのであり、同被告には本件事故発生について過失はない。

三、同第三項は認める。

四、同第四項記載の事実中、シンが大正一〇年八月二五日生まれの女子であつて、訴外会社に勤務していたこと、生命表上同年令の女子の平均余命が三一・七年であることと、原告らがそれぞれ同女の夫または子であつてシンを相続したことは認め、その余はすべて否認する。

原告ら主張のシンの逸失利益の請求は不当である。元来家事労働には対価性がないのであり、仮りに対価性があるとしても、シンの従事していた家事労働は、訴外会社に勤めるかたわら原告らの協力を受けてなされていたものであつて一般の主婦とは質量ともに相違がある。

第四、被告らの抗弁

一、(過失相殺の抗弁)

前記のとおりシンの過失が本件事故の重大な原因をなしているので、被告らの賠償すべき額を定めるについては右過失を斟酌すべきである。

二、(弁済の抗弁)

被告会社は原告らに対し本件交通事故に基づく賠償の一部として金七九〇、〇〇〇円(うち金二九〇、〇〇〇円については自己出費で、金五〇〇、〇〇〇円については保険金で)を支払つた。そしてその際金一八〇、〇〇〇円をシンの得べかりし利益に、金一三〇、〇〇〇円をシンの慰藉料に、金一二〇、〇〇〇円を原告正雄の慰藉料に、金一五〇、〇〇〇円をその余の原告の三名の慰藉料に、金二〇〇、〇〇〇円をシンの医療費、葬儀費に充当した。

第五  抗弁に対する原告らの認否

一、過失相殺の抗弁に対して、シンに過失があつたとのことは否認する。

二、弁済の抗弁に対して、弁済の事実は認めるが、充当関係を争う。

第六  証拠<略>

理由

一(事故の発生)

<証拠略>によると、シンは本件自動車に衝突されたことにより路上に転倒した事実が認められ、請求原因第一項の事実中、その余はすべて当事者間に争がない。

二(被告笹原の過失)

(一)  <証拠略>を総合すると次の事実が認められる。

1  現場の状況

本件横断歩道は国鉄戸塚駅の南西方約四・五粁の国道一級一号線東海道道路(以下本件道路という。)上にある。本件横断歩道付近の状況は次のとおりである。本件道路は藤沢方面から戸塚方面に向かつてほぼ南南西から北北東に走つており、歩車道の区別のない(白線によつて歩道の表示がなされている。)幅員二〇・八米の平坦な舗装道路であり、戸塚方面にゆるやかな下り坂となつていて略直線で見通しよく最高速度は時速五〇粁に制限され、中央線部分は、本件横断歩道から戸塚寄り約一〇米のあたりから緑地中央分離帯となり、戸塚方面に向かう道路(以下上り線という。)と藤沢方面に向かう道路(以下下り線という。)とは各一方通行となり、上り線は戸塚方面に向かつていくぶん左カーブしている。訴外会社に通じる幅員五・六米の通路が上り線から西に分岐し、上り線と同通路との南西角から南方約七・六米の地点に幅員三・七米の本件横断歩道の西北端があり(現在は約二米ばかり南方に移動されている。)、同横断歩道の標示は、白線で、両側が画され内側には斜線がしかれている。右横断歩道東南端から下り線上南方約一五米の道路端に藤沢方面行きのバス停留所がある。本件横断歩道付近には街路灯は存在しなかつた。

事故当時小雨が降つており本件道路は濡れていた。

2  被告笹原の本件自動車運転状況

被告笹原は本件自動車を運転し上り線を時速約五〇粁で走行し、本件横断歩道から一〇〇ないし一五〇米ばかり藤沢寄りの地点で時速四〇粁に減速した頃、緑色の小型ダットサン(以下先行車という。)に追い抜かれ、その後は先行車との車間距離を二〇米ばかりとつて進行した。先行車が本件横断歩道の手前で減速したので被告笹原も時速約二五粁に減速し、本件自動車が右横断歩道の手前二〇米位にきて初めて横断歩道の存在に気付き、更に五米ばかり進行したとき先行車の通過した陰からシン外二、三名の者が小走りに横断歩道付近を横断し始めたのを発見し、直ちに急制動の措置をとり衝突寸前ハンドルを左に切つたが、小雨のため道路が濡れかつ下り坂となつていたため、スリップして停車が遅れ(停車位置は横断歩道北方端から戸塚寄り六米弱の地点)たため、シンを避けることができず本件事故を惹起させた。<証拠説示部省略>

(二)  以上の認定事実をもとにして被告笹原の過失の有無を案ずるに、被告笹原は本件横断歩道に気が付くのが遅すぎ、かつ横断歩道寸前における減速の不十分があつた過失があり、その結果先行車の陰から横断歩道付近において道路を横断しようとして出てくるシンらの発見が遅れて本件事故に致つたというべきである。

三(被告会社の責任)

請求原因第二項の事実は原告らと被告会社間に争いがないので、被告会社は自賠法第三条によつて後記損害を賠償する責任がある。

四(被害者の過失)

前記第二項(一)において認定した事実、<証拠>によれば、シンのとつた行動は次のとおりであることが認められる。シンは訴外会社の勤務を終え、傘をさしカバンを持つて前示訴外会社に通じる通路を同僚四名(訴外丸山英子、同塚原友子、同高木喜美子、同奥山君子)とともに歩行し、本件道路へ右折する以前に藤沢行のバス(シンはこのバスで帰宅する。)が戸塚方面から走行して前示停留所に停車しようとするのを認め、小走りに本件道路へと右折し、本件横断歩道西端付近の地点まで進んだところ上り線を前示先行車が走つてきたのでその場で一時停止して同車の通過を待つた。その項前記バスは停留所に停車して客を下ろしたいたが、シンは訴外丸山英子が「乗れないよ…。」と言つたのに対し、「乗つてみせる…。」と言いながら、先行車が通過するや、左手に傘とカバンを持ち、右手を肩のあたりまで上げて横断の合図をしながら訴外高木喜美子とともに同地点から小走りに横断を開始した。本件自動車はこのとき既に横断歩道まで約一五米の位置に迫つていたのであるが、同女は同車が停車すると思つたのか或いは同車が来るまでにその前面を通り抜けられると思つたのか、そのまま前進を続けて本件事故に遭つたのである。信号機のない地点の道路横断に際しては仮りに横断歩道上であれ、或いはその近接したところであれ、歩行者としては十分左右を見て交通の安全を確認することが要求されるのであつて、歩行者優先の原則をたてに漫然横断をすることは許されないのである。しかるにシンは先行車が通過するや、後続車の状況に十分意を払うことなく、時速三五粁位の速度をもつて走行してくる本件自動車が約一五米という近距離に至つているのに対し単に右手で合図をするのみで、敢えて横断を始めたのであるから、同女にも本件事故発生についての過失が認められる。被告らはシンの過失として他に、黄色い旗を持つていなかつたこと、斜めに横断したこと、道路中央線付近からあとずさりしたこと等の事実を主張するけれども、当時本件横断歩道に黄色い旗が備え付けられていたことについてはこれを認めるに足る証拠はなく、またその他の事実については、<証拠>および前二項認定の事実に照らして、にわかに措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

右認定のシンの過失を前認定の被告笹原の過失と対比するとき、双方の過失の割合は大体において被告笹原において八、シンにおいて二であると認めるのが相当であり(なお本件全証拠によるもシンの横断した地点が本件横断歩道の上であつたか、或いは同横断歩道から五、六米北方であつたかを、断じえないが、横断地点が右のいずれであつても見通しのよい横断歩道付近における人車の衝突事故である本件においては、右割合に消長をきたすものではない。)、シンの右過失は被告らが賠償すべき損害額を算定するについて斟酌されるべきものと認められる。

五(損害)

(一)  シンの蒙つた財産上の損害

シンが大正一〇年八月二五日生まれの女子であつて、死亡当時訴外会社に勤務していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>および当事者間に争いのないシンと同年令の者の生命表上の平均余命が三一・七年であることを総合すると、シンは家計を助けるため訴外会社に勤務し、その給料は賞与をも加えると年平均金一五〇、〇〇〇円を下らなかつたこと(税金等は控除しないのを相当とする。)、シンは平素健康であつたから、もし本件事故に遭わなければ、訴外会社の停年である五〇才までなお七年余勤務を続け、引続き同程度の給料および賞与の支給を得たであろうこと、また同女は勤務のかたわら、その出勤の前後に原告ら家族(夫である原告正雄、同原告の先妻の子弥栄子(昭和一六年生)、同原告とシンとの間の子である原告範太郎(昭和二〇年生)、同富士子(昭和二二年生)、同次博(昭和二六年)生の家事一般を主となつてとりしきつていたこと、同女の生活費は月平均金八、〇〇〇円(年額金九六、〇〇〇円)程度であつたこと、同女死亡後約一か年間一か月のうち一五日ないし二八日間原告らは近所の訴外坂口ヨシを手伝いとして頼み、食事、洗濯、掃除等の家事に従事させたがその費用は一日五〇〇円の割であつたこと、その後は家事は原告ら親子が分担して過していることが認められる。よつて少なくともシンは本件事故に遭つたことにより訴外会社からの収入よりその生活費を差し引いた年金五四、〇〇〇円の純益の以後定年までの七年間(端数月は切り捨て)分を失つたものである。これをホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して事故当時の現価に引き直すと金二一〇、〇〇〇円①(金一〇、〇〇〇円未満切り捨て)とする。

次に原告らはシンが一般家事労働にも従事していたことによるその対価相当額の得べかり利益を失つたと主張するので判断する。一般に主婦の家事労働は全体としては経済的に評価できない性質のものではあるが、本件においてはたまたま前認定のように原告らはシンの死亡によつて家事の主たる担当者を失い、前示のとおり家事手伝人をシン死亡後一か年間に亘り依頼し一日金五〇〇円の出捐をし、それ以後は原告らで家事を分担し処理していることから考え、シンの家事労働のうち少なくとも右の家事手伝人の労働により補填することのできた範囲に関しては十分経済的評価が可能ということができる。もちろんそうであるからといつてシンは家事手伝人の賃金相当額を他から収受したわけでもなく、また原告ら夫その他の家族から受取つたわけでもないから、通常の意味における得べかりし利益を有したものとはいうことができないが、しかしシンのなした家事労働のうち右に見た経済的評価可能部分が本件事故により失われたのであるからいわば得べかりし利益の喪失に準ずるその相当額の財産上の損害を蒙つたと認めることができよう。そこで前示家事手伝人の一日の賃金、原告らの家族構成、シンの年令等を考慮に入れると、シンの当時の家事労働中の評価可能部分はおよそ一か月平均金九、〇〇〇円(年平均金一〇八、〇〇〇円を下らず、また右のように評価可能の家事労働をすることができるのはおおむねシンが五六才に達する頃までと認めるのを相当とする。(仮りにシンが五五才を過ぎても主婦として労働するような場合については、その家事労働は以前のものとは単に減量するばかりか変質するものと考うべく、もはやこれを経済的に評価しうべき蓋然性に乏しいものである。)

以上によつてシンの蒙つた得べかりし利益の喪失に準ずべき財産上の損害額を算定するについて四二才余の死亡時から五〇才までと、五〇才から五五才までとの二期に分けてそれぞれ計算することにする。

1  第一期の死亡時から五〇才まで(七年として計算する。)は前示金一〇八、〇〇〇円を基礎とし、その七年分につきホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を年毎に控除して事故時の現価に引き直すと金六三〇、〇〇〇円②(金一〇、〇〇〇円未満切り捨て)となる。

2  第二期の五〇才から五五才までは訴外会社からの収入はもはやないので、家事労働の年間対価相当額金一〇八、〇〇〇円から年間生活費金九六、〇〇〇円を控除した残金一二、〇〇〇円を基礎とし、その五年分につきホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を年毎に控除して事故時の現価に引き直すと金四〇、〇〇〇円③(金一〇、〇〇〇円未満切り捨て)となる。

従つて右①ないし③の合計金九八〇、〇〇〇円がシンの事故時における消極的な財産損害の現価である。しかるに本件事故については前示のように被害者たるシンに過失があるので、これを斟酌するときは、被告らに賠償額は、そのうちの八一〇、〇〇〇円とするのを相当とする。

(二)  原告らの相続

原告正雄がシンの夫であり、その余の原告ら三名が同女の子であつてシンの死亡によりこれを相続したものであることは当事者間に争いがないので、原告正雄は前記金八一〇、〇〇〇円の三分の一にあたる金二七〇、〇〇〇円、その余の原告ら三名は各九分の二にあたる金一八〇、〇〇〇円の損害賠償請求権をそれぞれ相続によつて承継取得したと認められる。

(三)  原告らの慰藉料

原告らは、その妻であり、また母であるシンの死亡によつて多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところでありこれを慰藉する金額としては本件にあらわれた諸般の事情から見またシンの前認定の過失を考慮してもなお原告正雄について金五〇〇、〇〇〇円、その余の原告ら三名について金二〇〇、〇〇〇円をそれぞれ下らないと認めるのが相当である。

六(一部弁済)

被告会社から原告らに対し本件交通事故に基づく賠償の一部として金七九〇、〇〇〇円の支払があつた事実は当事者間に争いがない。そして被告会社代表者尋問の結果によればそのうち金二〇〇、〇〇〇円はシンの医療費、葬儀費として支払がなされた事実が認められるからこれを別とし(本件では医療費、葬儀費の請求はなされていない。)残額金五九〇、〇〇〇円については本件全証拠によるも被告ら主張のような弁済充当の事実を認めることはできない。そこで右金額のうち金二九〇、〇〇〇円については原告正雄の慰藉料に、うち金三〇〇、〇〇〇円についてはこれを三分しその余の原告ら三名の慰藉料に各金一〇〇、〇〇〇円づつ充当されたと見るのが相当である。そうすると原告正雄の慰藉料は金二一〇、〇〇〇円、その余の原告らの慰藉料は各金一〇〇、〇〇〇円が残存することとなる。

以上により原告らの被告らに対する請求は、原告正雄については財産上の損害金二七〇、〇〇〇円、慰藉料の金二一〇、〇〇〇円の合計金四八〇、〇〇〇円、その余の原告ら三名については各財産上の損害金一八〇、〇〇〇円、慰藉料の金一〇〇、〇〇〇円の合計金二八〇、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三九年七月二八日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(吉岡 進 薦田茂正 原田和徳)

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