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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7195号 判決

原告 中央製版株式会社破産管財人 鈴木多人

被告 新井智祐

右訴訟代理人弁護士 飯塚孝

真壁英二

主文

被告は原告に対し別紙目録の不動産について昭和四〇年八月三日浦和地方法務局受付第二二四七〇号抵当権設定登記の否認登記手続をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

「被告は原告に対し別紙目録の不動産について昭和四〇年八月三日浦和地方法務局受付第二二四七〇号(共同担保目録(あ)第二二三九号)原因同年五月一五日金銭消費貸借、同日設定契約債権額金三〇〇万円、利息日歩二銭三厘、債務者中央製版株式会社なる抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求原因

一  訴外中央製版株式会社(以下、破産会社という。)は昭和四〇年七月三一日支払停止をしたため、同年八月二六日破産の申立を受け、同年一二月二二日東京地方裁判所において破産宣告を受けた。

原告は同日同庁によりその破産管財人に選任された。

二  被担保債権の不成立

1  破産会社の所有する別紙目録の不動産について請求の趣旨記載のとおり、被告のため抵当権設定登記がなされている。

2  右登記は、被告と破産会社との間に昭和四〇年五月一五日金三〇〇万円の消費貸借がなされたことを登記原因とするものであるが、右両者間にかかる貸借がなされたことはない。

3  従って、右抵当権設定登記は、被担保債権の成立がないのになされた抵当権設定行為に基くものであるから、右登記に相応する実体を欠くものというべきである。

よって、被告は右登記の抹消登記手続をすべきものである。

三  抵当権設定行為の否認

1  仮に被告と破産会社との間に前記金三〇〇万円の消費貸借が成立し、これに基く被告の破産会社に対する貸金債権を担保するため、破産会社が被告のため別紙目録の不動産について抵当権を設定することを約したとしても、この抵当権設定行為は破産法第七二条第一号の規定により否認さるべきものである。

2  破産会社は昭和四〇年六月中旬その従業員組合から夏期一時金の支給の要求を受け、団体交渉の結果基本給一ヶ月プラス金七〇〇〇円で妥結したものの、その支払に苦しみ同月二一日以降従業員八七名に対して支払う月額四〇〇万円の賃金債務にさえも遅滞し、その頃から同年七月上、中旬に亘って訴外東洋印刷株式会社外数社に資金的な援助を求めたがいずれも奏効せず同年七月三一日手形不渡を出して支払の停止をしたものである。

破産会社はかかる支払停止直前ともいうべき同年七月一日から同月一〇日頃までの間に被告のため前記抵当権設定行為をしたものである。

なお、破産会社の支払停止当時における債務は、訴外東華色素化学工業株式会社外二二〇名に対し合計一六九〇〇万円に達し、その反面破産会社の当時の資産で換価、処分、取立可能なものは僅か二〇〇〇万円に過ぎなかったのである。

かかる時期において、破産会社が被告に別紙目録の不動産に抵当権を設定することは、その債権者を害する行為に該当し、破産会社もこのことを熟知しながら敢てかかる行為をしたものである。

よって、原告は破産法第七二条第一号に基き本訴において破産会社の右抵当権設定行為を否認し、請求の趣旨記載の抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

四  抵当権設定登記の否認

前述のとおり、請求の趣旨記載の抵当権設定登記は、破産会社が支払停止をしたのちである昭和四〇年八月三日になされたものであるが、右の抵当権設定契約は、前述のとおり同年七月一日から同月一〇日頃までの間になされたものである。従って抵当権の設定があった日から一五日以上経過した後にその設定の登記を経由したことに該当する。

しかも被告は破産会社の右の支払停止の事実を知りながら前記抵当権設定登記をなしたものである。

よって、原告は破産法第七四条第一項に基き右の登記を否認し、請求の趣旨記載の抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

第三請求原因事実に対する被告の認否

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  請求原因第二項1、2のとおり、破産会社所有の別紙目録の不動産について、原告主張の抵当権設定登記がなされたことは認める。

右登記に相応する消費貸借、抵当権設定契約の成立したことは後記第四の一のとおりである。

三  請求原因第三項のうち、破産会社と被告とが原告主張の抵当権設定契約をなしたのは昭和四〇年七月一〇日頃であること、その頃破産会社の財産状態が必ずしも良好であるとはいえなかったこと、破産会が社同年七月三一日支払停止をしたことは認めるが、その余は争う。

破産会社は昭和四〇年七月初旬資金繰りが苦しくなっていたが、それは自己資金が少なかったため、金利に追われたためであって、業績そのものは良好であった。

破産会社は諸所に金融を依頼した結果、同月中旬には某会社が債務を肩代りして破産会社を存続させることにきまりかけていた。破産会社所有の別紙目録の不動産も当時二〇〇〇万円以上の価値があるのに巣鴨信用金庫のため八〇〇万円の担保に供しただけであって、余剰担保価値も十分あったのである。

ところが同年七月二八日に至って、某会社が債務の肩代りをする話が突然破談となったため、破産会社は苦境におちいったが、それでも同月末には訴外河内屋洋紙店、破産会社代表者らが奔走して巣鴨信用金庫大塚支店から金三〇〇万円の融資を受ける話ができ、更に手形不渡を出さずにすむように別に一〇〇万円の資金の準備もできたのであるが、大口債権者の反対のため、一変して同月末頃不渡が出るに至ってしまったのである。

以上の経緯から判明するように同年七月一〇日頃は、破産会社側の人々も倒産などの事態を全然予想していなかったので、その頃被告のため前記の抵当権を設定することが債権者を害する行為であるなど毛頭思っていなかったのである。

第四被告の抗弁等

一  被担保債権の成立と抵当権設定契約

被告は昭和四〇年五月一五日頃破産会社に対し金三〇〇万円を利息の定めなく、弁済期は同月末頃行われる増資手続完了後という約定の下に貸付けた。破産会社は同年六月一六日増資手続完了後もその返済が不可能なため同年七月一〇日頃取締役会の議を経て、破産会社は被告に対し右貸金に原告主張の利息を付すること、これらの債務を担保するためその所有の別紙目録の不動産について抵当権の設定をすることを約したものである。

二  被告の善意(破産法第七二条第一号の主張に対する。)

被告は破産会社から前記抵当権の設定を受けた当時債権者を害すべき事実を知らなかったものである。

前記第三の三記載のとおり、被告が右抵当権の設定を受けた昭和四〇年七月一〇日頃は、破産会社の役員ですら同社の倒産などは全く念頭になかったのであるから、被告も右抵当権の設定を受けることが債権者を害するに至ることは全く知らなかったものである。

三  破産法第七四条の主張に対する法律的主張

1  破産会社と被告が本件抵当権設定登記手続を河田司法書士に依頼したのは、支払停止前である昭和四〇年七月二六日であった。これが同年八月三日に至って右の登記申請がなされたのは、同司法書士の事務繁忙のためであって、破産会社や被告の関知するところではない。

破産法第七四条第一項による否認は、支払停止後における破産者らの行為により対抗要件が具備されたことが要件となるが、本件においては、破産会社らの行為は支払停止前に完了しているのであるから、本件抵当権設定登記は右条項により否認さるべき筋合ではない。

2  破産法第七四条が原因行為より一五日以上経過した対抗要件充足行為を否認し得るとした趣旨は、登記権利者が設定契約をしながら、設定者に恩恵を与えるため一五日以上の登記留保をした場合など登記権利者の意思に基き登記手続を遅らせた場合にのみ否認の対象としようとするに在る。

しかるに本件では、別紙目録の不動産の登記済権利証が一番抵当権者である巣鴨信用金庫に保管されていて、その取戻しに時間を要したことと、前述の河田司法書士の事務繁忙のため登記手続が遅れ、結局設定行為から一五日以上経過して登記がなされたものである。従って、被告らの意思によって一五日以上経過した場合でないから、右登記は同条項による否認の対象とならないものである。

第五抗弁事実に対する原告の認否

被告の抗弁一のうち被担保債権成立の事実と同二の事実は否認する。

第六証拠関係≪省略≫

理由

一  原告の請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二  破産会社の所有する別紙目録の不動産について請求の趣旨記載のとおり被告のため抵当権設定登記がなされたことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、破産会社は昭和四〇年五月一二、三日頃被告から金三〇〇万円を借受けたこと、破産会社は同年七月中(その日時の確定はしばらく措く。)被告に対し右貸金に日歩二銭三厘の利息を付して支払うこと、右貸金と利息の両債務を担保するため、破産会社所有の別紙目録の不動産について抵当権を設定することを約したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

従って、右の被担保債権の不成立を理由とする原告の右抵当権設定登記の抹消登記手続を求める主張は理由がない。

三  次に原告の右抵当権設定登記の否認の主張について判断する。

1  破産会社が昭和四〇年七月三一日支払停止をしたこと、前記抵当権設定契約に基く登記が同年八月三日請求の趣旨記載のとおりなされたことは当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  破産会社は昭和四〇年五月一二、三日頃被告から金三〇〇万円を無利息、無担保で借り受けたが、当時破産会社は同年六月頃までに増資をすることを計画していたので、被告に対しその増資手続が完了したとき右三〇〇万円を返済することを約したこと。

(二)  ところが右増資手続が完了しても、被告に対して右三〇〇万円を返済することができない事態となったので、破産会社は同年七月一日から同月九日までの間に被告に対し前認定のとおり右借入金に日歩二銭三厘の利息を支払うことを約すると共に、別紙目録の不動産について右借入金等の債務を担保するため抵当権を設定することを約したこと。

(三)  被告と破産会社は右抵当権設定のための必要書類を調えて同年七月二六日破産会社の社員であった梶博を通じ司法書士河田幾造に右の登記申請方を依頼し、同司法書士は被告と破産会社の代理人として同年八月三日抵当権設定登記の申請をしたこと。

(四)  被告は同年八月一日破産会社が同年七月三一日手形不渡を出して支払停止をしたことを知ったこと。

以上のように認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の経緯から見ると、本件抵当権設定登記は、支払停止後なされたもので、しかもその設定行為があったときから一五日以上経過したのちになされたことに該当し、更に右登記当時被告は右の支払停止について悪意であったといわなければならない。

3  被告は、被告と破産会社としては、支払停止前である昭和四〇年七月二六日司法書士に登記申請の依頼をすることによりその行為が完了しているから、かかる場合は支払停止後における破産者らの行為により対抗要件を具備させた場合と異り否認の対象とならないという。

しかし、右司法書士は両者の代理人として登記申請行為をしたのであるから、支払停止前に両者の行為が完了したと称し得ないこと当然であって、司法書士が前認定のとおり昭和四〇年八月三日両者の代理人として登記申請をしたことは、支払停止後における被告らの行為により対抗要件を具備させたことに該当するものというべきである。

4  次に被告は登記権利者が設定者に恩恵を与えるため、一五日以上の登記留保をした場合などのように、登記権利者の意思により登記手続を遅らせた場合でなければ、破産法第七四条の否認の対象とならないという。

しかし、同条の立法趣旨は、当事者が第三者に対抗するに必要な登記等の行為をしないでいるため、第三者において破産者の財産状態を信用し、これと取引をすることがあるので、かかる第三者に不測の損害を与えないためにあるとするのが最も合理的と解せられるから、登記権利者が故意に登記を遅らせた場合にのみ、同条により否認することができるとすることは十分な根拠があるとは解せられない。蓋し登記権利者が登記申請のための必要書類を調えるのに時間を要したり、或いは代理人である司法書士の事務繁忙のため登記が遅れた場合でも、破産者の財産状態を信用した第三者が不測の損害を受けることに変りはないからである。

むしろかかる第三者と登記権利者との利害の対立関係の調節として、破産法はその七四条の定める要件の存する限り、かつ、その要件が存する以上登記等の遅れた事情が那辺にあるかを問わず対抗要件を否認できるものとしたと解するのが相当である。

従って、本件抵当権設定登記は破産第七四条により否認さるべきものである。

四  結論

原告は前記抵当権設定登記を否認して、その抹消登記手続を求めているが、かかる場合は破産法第一二三条第一項後段により否認の登記をなすのが本則と考えられる。

もっとも、両者の効力には大差がないので、原告が抹消登記手続を求めているのに、否認の登記の限度でこれを認容することは差支えないものと考える。

よって、原告の本訴請求を主文第一項の限度でこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫)

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