大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10972号 判決

原告 エヴェレット・スティームショップ・コーポレーション・エス・エイ

日本における右代表者 エッチ・エル・ファーマー

右訴訟代理人弁護士 丸山武

同 中村治嵩

被告 上原不二夫

右訴訟代理人弁護士 上野久徳

同 林鉱太郎

同 矢野欣三郎

同 木戸口久義

主文

被告は原告に対し金三三万六一三五円およびこれに対する昭和四四年一〇月二三日以降右完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

一  原告は主文第一・二項同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  原告は訴外株式会社上原商事の依頼により昭和四三年八月一九日運賃金一二万八五八五円の約束で、同月三〇日運賃金二〇万七五五〇円の約束で、東京からカナダ国モントリオール市所在のトメックス社宛に商品の航空貨物運送をした。

(二)  右訴外会社は貿易業を目的として昭和四一年二月二〇日資本金一〇〇万円で設立されたのであるが、被告が設立当初から代表取締役となって会社の業務一切を統轄し、他の取締役は登記簿上の名のみの取締役である。そして、昭和四三年春頃にあっては社長である被告のほか従業員としては男子二名女子一名で株主総会取締役会も開催された様子はない。

以上のように、訴外会社はいわゆる個人企業で法人格が形骸に過ぎないものであるから、法人格否認の法理により訴外会社と原告との右運送契約による航空運賃は被告において支払うべきものである。

(三)  仮りに右運賃支払義務が被告にあるといえないとしても被告は訴外株式会社上原商事の代表取締役として商法第二六六条の三により右航空運賃相当額を原告に賠償支払うべきである。即ち、

被告は訴外会社の代表者として前記航空運送を原告に依頼したのであるが、当時訴外会社の資産状態は悪化し、航空運賃を支払うことはできない状態にあった。被告は右事情を現実に知り、もしくは容易に知り得たに拘らず注意を怠り支払可能と軽信し、前述のとおり原告に航空運送をなさしめたところ、右訴外会社は昭和四三年一〇月倒産したため、原告は右運送賃の支払を得られず、同額の損害を蒙った。よって、被告は、右訴外会社の代表取締役としての任務を行うにつき重大な過失があり、これによって原告に損害を及ぼしたものである。

(四)  よって、原告は被告に対し右運送賃の支払または損害の賠償として、金三三万六一三五円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和四四年一〇月二三日以降右完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

(一)  原告主張(一)の事実は不知(二)(三)の事実は争う。

(二)  訴外株式会社上原商事は昭和四一年二月二四日貿易業を目的として資本金一〇〇万円をもって設立され、被告がその代表取締役となり、訴外山田勝次同大塚一郎が取締役となり、その事務所を中央区銀座西八丁目九番地第五秀和ビルに設置し、その従業員は昭和四三年頃迄は約九人であった(尤も同年春頃は原告主張のとおり男子二名女子一名となった。)。

以上のように訴外会社は規模としては小企業ではあるが、代表取締役である被告とその他の取締役監査役との間には親族関係はなく、事務所も被告の住所とは別に設けられており、人的構成、物的構成において被告個人とは截然と区別された実体を有し、会社としての法人税の申告もし、財務諸表も作成している。そして、開業後一年八ヶ月の期間中年間約九七〇〇万円の売上実績があったのであるが、この取引にあっても、対外的にも株式会社上原商事の商号をもってし、被告個人と誤認又は混同を生ぜしめるような行為を一切行っていないのである。したがって、法人格否認の理論が仮りに認められるとしても、被告と訴外会社とは截然と区別された実体を有しているから、右理論の適用される余地はない。

訴外会社は訴外山形縫製株式会社および関口繊維株式会社から買付けた商品をトメックス社に荷送りすることを原告に依頼して原告主張の運送契約をしたものであるところ、本件航空運賃は右買付先の二社が負担する約束になっていたから、被告において右代金を支払不能にして第三者を害する意図や、その点についての重大な過失はなかった。

また、訴外株式会社上原商事は原告主張のとおり、昭和四三年一〇月倒産したのであるが、倒産というよりは寧ろ休業というべきもので原告以外の債権者に迷惑をかけてはいない。原告との取引は本件以外はすべて決済せられている。

三  原告は、訴外上原商事株式会社の登記簿上の取締役が被告主張のとおりであり、その事務所所在地が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の被告主張事実はすべて争うと述べた。

四  立証≪省略≫

理由

一  請求原因(一)の事実は当事者間に争いないところ、原告はまず、法人格否認の法理により、被告に航空運賃支払義務があるという。

法人が客観的にみてその背後にある個人または法人と実質的に同一であると認められるときは当該法人の債務について背後にある個人または法人に責任を負わしめることが特定の団体または財団に法人格を認める法の目的、即ち、これらのものに社会的に価値ある有用な機能を果さしめ、社会の便宜と利益に資せしめる目的に合致するものというべきであろう。そして法人とその背後にある個人または法人との間において財産を混同し、業務活動、経理上の処理において混同することが反覆継続して行われ、法人について法が要求している諸手続が無視されているというような場合は当該法人とその背後にある個人または法人とは実質的に同一であるとみるべきであろう。しかし、法人が実体上他の人格と区別せられて存立しているに拘らず単に実際上一人の意のままに運営されているというだけで、かかる支配者が法人格を不当違法の目的で法人格を利用していないのに当該法人の独立性を否定すべきではないと考える。

≪証拠省略≫によると訴外株式会社上原商事は貿易等を主たる目的として、昭和四一年二月二四日資本金一〇〇万円、発行する株数二、〇〇〇株(一株五〇〇円)で本店所在地を中央区銀座西八丁目九番地第五秀和ビル一〇階に設置することとして設立され、被告が持株一〇〇〇株で代表取締役となり訴外山田勝次(持株四〇〇株)大塚一郎(持株二〇〇株)が取締役同関根郁三(持株一六〇株)が監査役に就任した。しかし、被告以外の役員(被告の友人)は出社せず、会社の業務は被告のほか七人の従業員で運営され、被告が輸入部門但馬孝雄ほか二人が輸出部門の営業担当で、経理部門は女子の社員一人に委ねられ、他に総務(または庶務)という部門の担当者はなく、被告が一人営業全般を切り廻していた。

以上のとおり認められ、右認定事実によれば、訴外会社上原商事は被告が主宰し、その意のままに運営されてきたものとみるのが相当である。しかしながら、被告が法人格を不当、違法な目的で利用してきたことを窺わしめるべき資料はなく、被告と右訴外会社との間に業務活動、経理処理の面において継続して混同されてきたあとを認めるべき証拠もない。してみると、右訴外会社が形骸化した法人格だとか、被告が法人格を乱用していると断ずることはできないから、訴外会社の法人格は否定せられるべきだという原告の主張は採用できない。

尤も、訴外会社において株主総会、取締役会が現実に開かれておったかどうか疑わしい面もある(前認定の会社運営の実態に徴すると乙第八、第九号証が果して真実開催された株主総会、取締役会の議事録であるとすることは疑問である。)が、このことだけで前記判断を左右することにはならない。

二  次に、原告は被告は商法第二六六条の三により損害賠償責任があるという。

訴外株式会社上原商事が昭和四三年一〇月倒産したことは当事者間に争いがなく、原告は右訴外会社より前記運送賃の支払を受け得られないことも弁論の全趣旨によって明らかである。そこで、本件運送契約のなされるに至るまでの経過について検討する。

≪証拠省略≫によると、

訴外株式会社上原商事は営業を開始した昭和四一年度は月商一〇〇〇万円あり、同四二年度および四三年度は月商七~八〇〇万円であるが、実際の利益はこれに伴わず、赤字累積し、昭和四二年末の決算時において六八五万円余、昭和四三年末の決算時には一二六一万円余の欠損金が計上され、利益を生み出せることの期待されていた輸入部門すら不振を続けていた。ところで、右訴外会社は昭和四三年二月頃カナダ国モントリオール市のトメックス社からの注文により同年四月頃を納期として輸出することとなっていたのであるが、訴外会社の買付先メーカーである山形縫製、関口繊維の二社から納品が遅れ、トメックス社から送付するようしきりに要求され、キャンセルするとまでいわれるに至った。そこで、右両メーカーと打合せたところ、運賃は買付先が今後の取引で月賦で支払うということであったのでトメックス社の諒解を得て取引を継続し航空便で送ることとし、原告と本件契約を締結した。

以上のとおり認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。

右認定の事実によれば、被告は訴外会社が赤字累積して経営困難となり営業を継続することはできなくなることを予見すべきであったのに、運送賃は訴外会社との今後の取引により清算して月賦返済とするというメーカーの申出に拘らず、安易に原告に対する運賃支払は可能であるとして原告と本件運送契約をしたものというべきである。

してみれば被告が訴外会社の代表取締役として任務を行うにつき重大な過失があり、これにより、原告をして運賃支払を受け得ざるに至らしめたものというべきであるから、原告に対して右運賃相当の金員を損害の賠償として支払うべき義務がある。

三  しからば、被告に対し右運賃相当の金三三万六一三五円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和四四年一〇月二三日以降右完済まで年六分の割合による法定遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由あるをもって正当として認容し民事訴訟法第八九条、第一九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男)

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