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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)772号 判決

原告

顔福来

代理人

小林弥之助

被告

日本出版販売株式会社

代理人

田中康道

鎌田俊時

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  双方の求める裁判

(一)  原告―「被告は原告に対し五八二万二八〇〇円および昭和四四年二月五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言

(二)  被告―主文同旨の判決

第二  請求原因とその認否

一  原告の請求原因

(一)  原告は訴外コダマプレス株式会社に対し昭和四二年二月一日金二四〇〇万円を左記内容で貸付けた。

(1) 元金は同年三月から毎月一日限り四〇万円ずつ六十回に分割して弁済する。

(2) 利益は年一割五分とし、毎月弁済日までの分を支払う。

(3) 期日に割賦元金を弁済しないとき、または期限の利益を失つたときは、その翌日から完済まで日歩八銭の損害金を付加して支払う。

(4) 特約。一回でも割賦元金または利息の支払を遅滞したときは期限の利益を失い、通告を要しないで直ちに元利益を皆済する。

そして右契約に基づき、同年二月七日東京法務局所属公証人伊藤勝によつて昭和四二年第三七三号債務弁済契約公正証書を作成した。

(二)  しかるに訴外会社は三九万円を支払つたのみで債務の履行をせず、同年三月一日期限の利益を失い、元金銭二三九一万円とこれに対する同月一日以降日歩八銭の割合による損害金支払義務が生じた。

(三)  そこで原告は前記公正証書の執行力ある正本に基づき、同年六月一一日訴外会社を債務者とし、被告を第三債務者とし、左記内容の債権を目的とする当庁同年(ル)第二六四六号債権差押金並に取立命令を得、その正本は同一三日被告に対し、同一五日訴外会社に、それぞれ送達された。

昭和四二年五月三一日現在訴外会社が被告に対して有するフオノシート・出版物、新書版漫画本の売掛金残合計二二〇六万二六五三円九〇銭也の内五八二万二八〇〇円也

(四)  原告は以上により右債権取立の権利を被告に対して得たものであるところ、被告は支払を拒むので本訴に及ぶ。

二  右に対する被告の認否

(一)  第一項は不知。

(二)  第二項も不知。

(三)  第三項中、原告主張の債権差押並に取立命令正本が原告主張の日に被告に送達されたことは認めるが、差押の効力発生は争う。債権の表示は原告主張とやや異なり、次のとおりである。

金五八一万二八〇〇円也。ただし債務者が第三債務者に対する昭和四一年一二月一日より昭和四二年六月一〇日までの間に売渡した書籍・雑誌の売損代金の内頭書の金額。

第三項中、その余の事実は不知。

(四)  第四項中、原告が被告に対し主張の債権取立の権利を得たことは否認する。

第三  争点その一(債権額の否認)

一  原告主張

(一)  訴外会社は被告に対し、昭和四二年五月三一日当時、売損代金債権九三六万〇四六一円を有していたものである。

(二)  昭和三四年一一月二四日以来の訴外会社と被告間の契約が被告主張のような図書類の委託販売契約であることは争わないが、この契約においては、納入翌月から起算して六ケ月後に清算し支払をすることが商慣習となつている。期限切すなわち六ケ月経過後に返品することは右商慣習に反するし、受託者としての被告の善良なる管理者の注意義務にも反することになるので、被告は小売店から受け取る義務はないのである。

(三)  そこで、本件の場合、昭和四一年五月末の時点から六ケ月遡つた昭和四一年一一月三〇日以前の発行品については既に清算済であるし、また訴外会社は昭和四二年六月一日から同月一〇日までは何の発行もしなかつたので、原告主張の「昭和四二年五月三一日現在」という表示と、被告主張の「昭和四一年一二月一日より同四二年六月一〇日までの間」という表示とは、同一意義である。結局昭和四二年一一月末の時点における確定債権額も、前(一)と同様、九三六万〇四六一円である。

二  被告主張

(一)  訴外会社はその出版ないし発行にかかる漫画本とソノシートにつき、書籍雑誌等の委託取次販売を業とする被告に対し、昭和三四年一一月二四日から同四二年七月三一日まで継続的に委託販売取引をしたものであつて、被告がこの契約に基づき、昭和四三年一〇月一五日の清算時において訴外会社に対して有した債務の額は、二四万五七〇五円に過ぎない。

(二)  原告は六ケ月云々の商慣習をいうが、そのようなものはない。この六ケ月というのは、委託の目的達成促進のためと委託者である板元の金融の円滑を狙いとした便宜上の計算期に過ぎない。当事者間に委託販売取引が次々に継続している途中では、搬入後六ケ月以内に返送してこない委託商品については、一応売捌かれたものと仮定してその対価相当額を板元に交付するのであるが、結局売れずに返品された場合には、先に交付されたその対価相当額が板元の赤字として次の支払分から控除されるのである。訴外会社との取引においてもその例外ではない。

(三)  特に、板元の倒産ないし合意による取引中止の場合には、右の清算方式によれないので、取引のできなくなつたときから、取次店の見込により大体一年間は返品の戻るのを待ち、返品があれば返品処理入帳して清算結了する。本件訴外会社は倒産したので、この場合にあたる。本件での返品は大部分入帳処理し、残部は留置した後、返品請求権を譲受けた譲受人らの合意の下に任意売却処分して、その代金を債務弁済に充当した。

(四)  原告は、訴外会社が昭和四二年五月三〇日に委託販売商品を被告に搬入したのが最後である、と主張するが、実は、それ以後も昭和四二年七月三一日まで搬入していたものである。

第四  争点その二(先順位譲渡の抗弁)

一  被告主張

(一)  訴外会社の債権の譲渡についても次のとおりの事実がある。

(イ) 訴外会社は、昭和四二年六月一〇日付内容証明郵便で被告に対し、債権を三幸株式会社に譲渡した旨通知し、これは同月一三日午前一一時一〇分に被告に到達した。そして、債権は左記のように表示されていた。

訴外会社が被告へ販売を委託するため納入した出版物(ソノシートその他を含む)等の同社に対する売掛債権の内一、〇〇〇万円

(ロ) 原告主張の本件債権差押並に取立命令正本は、右書面到達の後すなわち同日午後四時二五分被告に到達した。

(ハ) 訴外会社は、また、同月一三日付内容証明郵便で被告に対し、債権を株式会社博報堂に譲渡した旨通知しこれは同月一四日被告に到達した。そして、債権は左記のように表示されてい。

(1) 昭和四二年五月三一日現在の売掛債権七八万一六〇七円

(2) 委託販売契約に基づき昭和四二年五月三一日までに委託した物品に関する販売代金一四二八万一〇四四円也の請求権ならびに委託品返還請求権

(ニ) 右株式会社博報堂は、同年八月五日付被告宛内容証明郵便を以つて、右譲受債権を訴外会社債権者委員会委員長である東京ホリマー産業株式会社社長西島晃彦に転譲渡した旨通知し、これは同月七日被告に到達した。

(二)  従つて、少なくとも、代金債権を三幸株式会社に譲渡したとの通知は、原告主張の差押並に取立命令の送達より先であるから、原告は取立権を取得しえなかつたものである。

(三)  なお、三幸株式会社への譲渡の通知の確定日付は昭和四二年六月一二日午後零時から六時までの間であつて、原告の差押並に取立命令送達を執行官が受任した確定日付は一日遅れているから、この点でも、三幸株式会社が権利者として優先する。

(四)  原告主張の債権譲渡禁止の特約の存在は知らない。しかし、民法第四六六条は本件の場合にはあてはまらない。

二  原告主張

(一)  右一(一)の(イ)の事実は争う。(ロ)の本件差押並に取立命令送達の時刻は午後四時一〇分である。(ハ)および(ニ)の事実は不知。

(二)  (再抗弁の一)原告は、訴外会社に貸附けた二四〇〇万円の債権の行使方法として、昭和四二年二月六日訴外会社との間で、「昭和四一年一二月二五日現在同社が被告に対して有する雑誌書籍の売掛代金債権三〇〇四万二四七〇円六〇銭の内二四〇〇万円」を原告に譲渡する旨の契約を結んだが、その際、訴外会社は、被告に対する債権を第三者に譲渡しない旨原告に誓約した。この譲渡禁止の特約を被告は昭和四二年六月初め頃、三幸株式会社は同年二月末頃知つていたものである。従つて、民法第四六六条により、訴外会社から三幸株式会社への債権譲渡は無効である。

(三)  (再抗弁の二)訴外会社の社長田中宏は、昭和四二年六月一一日一二日、三幸株式会社によばれ、債権譲渡の書類を書けと強要された。同人ははじめ拒絶したが、当時は長期間債権者委員会の管理下に置かれて苦労を続け、不眠および極度の精神疲労状態にあつたため、債権譲渡の真意なしに、詑びの気持で、自己の記名ある下に押印した。その記名「田中京之介」は本名でなく、また右印章は訴外会社代表者印でなく個人印であつた。三幸株式会社は右田中の意思を知つていた。故に、民法九三条により、三幸株式会社への債権譲渡は無効であり、これは被告に対して対抗できる。

第五  争点その三(和解契約の抗弁)

一  被告主張

(一)  先に、第四の一(一)で述べたように、本件債権について利害関係ある債権者として結局、三幸株式会社、原告、西島晃彦の三名残つたが、三者は利害調整をはかつて、昭和四三年七月一五日三者協定(乙第八号証)をし、被告に対し、左の趣旨の確認ないし誓約を内容とする念書を差入れた。

(イ)(A) 本件委託取引上の帳尻は赤字であることを確認する。

(B) 返品については被告において任意に売却処分せられることに異議ないこと。

(C) 右処分によつて得られた金員についてはまず帳尻上の赤字に充当すること、その結果残額あるときはこれを三者に交付せられたいこと。

(ロ) 本件に関しては、この協定によるものの外は、被告に対し一切請求しないことは勿論、本件に関しては一切三者で責任を負い、被告に迷惑をかけないこと。

(二)右の協定は民法六九五条の和解契約であつて、原告はこれによつて被告に対する関係では請求権を放棄したものである。

二  原告主張

(一)  被告は、原告に対する支払義務と無関係な残存返品商品を売却するに念書が必要である旨原告に申出たので、それに限つて原告が売却を委任したが、原告の承諾を得て売却することを条件としておいた。

(二)  しかるに被告は約旨に反して無断で処分したので、原告は契約違反を理由として昭和四三年八月二四日付書面で、右協定書の契約を取消す旨意思表示し、これは同月二六日被告に到達した。

(三)  故に右協定書における意思表示は効力を有しない。

第六  証拠関係〈略〉

理由

一~三〈略〉

四そこで、争点その一の判断に入る。原告は、昭和四二年五月三一日当時訴外会社の売掛代金債権は九三六万〇四六一円で刻つたと主張している。〈証拠〉を総合すると返品が六ケ月以後は認められないという前提をとる限り、昭和四二年一一月三〇日現在における売掛代金の値は、最大値九三六万〇四六一円、最小値三六一万三二六六円五〇銭の間に落ちることが算数上納得できるのであるか、問題はその前提である。

五これについては、被告の立てた飯島徳蔵証人の供述と原告申請にかかる田中宏証人すなわち訴外会社の社長だつた人の供述とが対立している。〈証拠〉の各文書についての両者の説明に注意しつつ、両供述を比較検討してみると、田中証人の供述の方が納得できる。飯島証人は、六ケ月後の返品も自由である旨強調するが、これは、自社にも類似のものが存すると供述する甲第一四号証のような「書籍返品不能明細票」すなおち買切品または期限品であるからとして取次店(ここでは東京出版販売株式会社であるが、取次の仕方において大手の取次五社に相違がないことは田中証言によつて認められる事実である。)から小売店へ返品を突き返すための伝票が存在する事実(これは、当然、板元から取次店に対してもそれが可能なことを推測させるものであるし、田中証人はこれを確言する。)とまつたく牴触するのであつて、この一事でも、飯島証人の右供述部分は採用できないと考える。田中証人の供述によると、小売店対取次店の間では返品期限四ケ月、精算期限五ケ月とされており、取次店対板元の間では、その両者とも六ケ月と定められている。そこで、返品期限後のものは引取を拒絶しうるのであるが、小売店が返しそこなつて特に板元に事前に引取方の了承を求めてそれを承諾る場合とか、返品を拒絶しているうちに相当部数が取次店の手許に溜つてので、今後の取引を円滑にするため、改めて伝票を起して(例外的にノー伝票のこともあるが)やすく買い取つた上、別の出版物を搬入するとか、あるいは右引き取つた品を奥付を取り替えて新商品としてもう一度取次いで貰うとか、結果的には取引拒絶の原則の例外となる事態もあるのである。飯島証人の供述は、このような例外的事態の少なくないことを以て、引取拒絶権がないように強弁したものであると理解できよう。〈証拠〉によるも、右認定は左右されない。両供述のもう一つの顕著な相違点は、「精算後返品」という用語の意味内容であつて、飯島証人によれば、それは六ケ月の返品期限即精算期限を過ぎて以後の返品を意味するというのであるが、田中証人は、取次店は、板元との間では返品期限六ケ月であつても、小売店との間では五ケ月を精算期限として一旦締めてしまうので、それ以後一ケ月は、板元との間での返品期限が来ていない期間がある、まだ、搬入時に板元に仮払いしているため、小売店との関係では正規の返品期限に返品されて来ても、過払している計算になるときがあり、これも精算後返品の項目で処理される、と供述するのである。この点についても、田中証人の供述を採用する。

六そうすると、先に第四節で注目した期限後返品拒絶との前提は、原則として肯定されることになるのであるが、第四節の結論は、この前提が厳守された場合のことであるのに、前節で見たように、実際には例外があつたのであるから、前節認定から直ちに第四節の結論に飛躍することはできない。のみならず、本件訴外会社は、倒産したのであるから、ノーマルな形式での取引が継続されていることを前提としての前節の認定を本件にそのまま用いることにも問題があるとせねばならない。そして、このような倒産の場合についての飯島証人の供述は、前節におけると異なり、田中証人の対立的供述もなく、内容的にも不自然な点が少ないから、これを採用すべきである。これによると、一年ほど小売店からの返品期限を延し、入帳預りとして帳簿上の残額を減殺することになるのであるが、結果的に赤字となる場合、あるいは既に過払ある場合は預り品を処分して弁済充当することとなるというのである。〈証拠判断略〉従つて、第四節の原告主張の数字は、この倒産による例外的事態ということを見誤つたもので採用しえない。むしろ、〈証拠〉を総合すると、入帳処理の結果一旦は訴外会社の債権はゼロになり逆に赤字三二万七一四〇円を生じたが、被告が八木商店を通じ昭和四三年八月から一〇月にかけて留保中の返品を処分した結果、結局、同年一〇月一五日、帳簿上二四万五七〇五円の黒字が訴外会社の被告に対する債権額として残されるに至つたとの心証を得ることができるのである。

七ただ、原告の差押並びに取立命令が送達された時点はそれよりずつと早い昭和四二年六月一三日なのであるから、継続的取引における流動的な債権債務額をその時点において確定すべきで、いきなり、終局的に決済せられた後の二四万余円を以て右時点における訴外会社債権額すなわち差押・取立の対象となつた債権の範囲と考えることには躊躇される。

八しかしながら、ここでは、右時点における債権額確定を留保したまま、他の争点の考察にうつることとする。けだし、右時点およびその前後において債権譲渡や債権差押が重なつたため、それら債権者間の優先劣後ないし利害調節の問題を生じ、それが本件他の争点となつているのであるから、その判断いかんでは、前記時点における債権額の確定それ自体無意味な作業になつてしまうからである。そして、右と同様の配慮から、争点その二、その三のうち、前者をさしおいて後者から考察してみることとする。事実その二については判断を省略するが、争点その三の考察に必要な限度で事実関係を認定しておく。すなわち、争点その三においては、原告のほか、三幸株式会社と西島晃彦とが利害関係人として登場していることが前提となるが、三幸株式会社については、乙第一号証(成立に争いない。)および前記田中宏証人の供述を総合して、訴外会社倒産時における債権額四〇〇〇万円という最大の債権者であり、しかも好意的に無担保で来ていた関係で、強引に田中宏(田中京之助とあるのはペンネームと認められる。)に債権譲渡および乙第一号証の譲渡通知書を作成させたことが認められる(事実摘示第四の二(二)および(三)の再抗弁については、ここでは判断する必要がない)。また、西島晃彦については、〈証拠〉によれば、西島は、個人としてでなく東京ポリマー産業株式会社社長で、訴外会社の債権者委員長としての資格で株式会社博報堂から乙第四、第五号証のような債権を譲受けたものであつたことが認められる。

九従つて、三幸株式会社と原告と東京ポリマー産業株式会社(債権者委員会委員長)との三者は、その優先劣後の関係はともあれ、いずれも訴外会社から被告に対する債権を譲受け、あるいはこれを差押えて取立権を得たものとして、被告に支払を迫る立場にあつたのであるが、その三者連名で被告に差入れた体裁をとつている乙第八号証の念書(成立に争いない。)の意味と効果とがここでの問題である。

一〇〈証拠〉を総合すると、次のような経過が認められる。訴外会社が倒産した当時、債権者委員会が作られ、東京ポリマー産業株式会社の社長であつた西島は、その委員長となり、第八節判示のように株式会社博報堂から債権(この中には、返品請求権も含まれている点に注目すべきである。)譲渡を受けたのであるが、倒産後一年の日時を経て――つまり被告側での返品の入帳処理がそれだけ進行して――被告側帳簿尻が赤字となつていることを知らされ、返品を処理して黒字になつてもそれほど大きな額は期待できないことが分つて来た頃、被告側竹内から、残債権処理協定書の作成およびそれに、三幸株式会社のほか、債権者委員でない原告をも加えて欲しい旨申出られ、承諾した方が残務処理も早いと予想されることで、それを承諾した。三幸株式会社の方も異論なかつた。原告は、はじめ両者と歩調を一にせず、独自の取立を考えていたが、昭和四三年七月上旬被告方で顧問弁護士(本件被告訴訟代理人田中康道)から、他の債権者に劣後している事情(事実摘示第四の一の被告主張参照)を聞かされ、むしろ他の両債権者と並んで、返品処理後の黒字分を三者で配分してはどうかという同弁護士の提案を了承した。そこで、被告会社側で乙第八号証のような文案を作り、まず、東京ポリマー産業株式会社の、次に三幸株式会社の、それぞれ記名捺印を持ち廻りの形式で求め、最後に原告に示して署名捺印させた。これが七月中旬である。被告は、この協定事項の念書が差入れられたので、先に述べた八木書店を通じての返品処分に踏み切つたのであるが、八月二〇日頃事前に三者に念の為の了解を求めたところ、東京ポリマー産業株式会社および三幸株式会社からは乙第九号証の八、九どおり、異存がない旨の返事があつたが、原告は、甲第一二号証のように念書における意思表示を取消す旨通告して来たので、被告は乙第一三号証のように応答した。

事実関係は右のように認定される。原告本人の供述は、乙第八号証の成立に関し、これは返品処理の関係上被告に要請されて形式的に作つた書面であるとか、処分する前に事前に了解を求める条件つきであつたとか、右認定と全く異なる趣旨のものであるが、必ずしも措信しえない。

一一右の事実認定に基づいて、乙第八号証の協定内容(事実摘示第五の一(一)参照)を見ると、少なくとも、被告に対しては原告は一切の請求権を放棄したことが明らかである。

一二原告は、この意思表示の取消を主張するが、返品の処分が契約違反であつたとの事実は、右認定からは認容することができない。のみならず、甲第一二号証の文面は、文意明確を欠くとは言え、契約違反よりむしろ他の債権者との優先劣後関係の誤認を理由とするもののように読めるのである。しかし、乙第九号証は、債権者三者間で和解を行なうことと、その三被告への意思表示をすることが別々になされ、前者が後者の前提とされていたわけでなく、前認定の経緯に鑑み、その体裁にかかわらず、むしろ、四者間でなされた和解と見るべきものであるから、かりに債権者三者間の優先劣後関係に誤認があつたとしてもそれは和解の対象となつた事項として民法第六九六条の制約下にあることとなるから錯誤による無効を主張すべき限りではないし、もとより詐欺による取消の要件も主張立証されていない。従つて、乙第八号証の意思表示の甲第一二号証による取消をいう原告主張は採用できないのである。

一三そうすると、その余の被告主張を判断するまでもなく、また先に留保した訴外会社の債権額を確定するまでもなく、原告の本訴請求は失当であり、これを棄却すべきである。よつて、訴訟費用は敗訴当事者の負担として、主文のとおり、判決する次第である。

(倉田卓次)

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