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東京地方裁判所 昭和44年(刑わ)2588号 判決

被告人 萩森正一 外一八名

主文

被告人林公門を懲役二年に、被告人伊與田耕治を懲役一年六月に、被告人土谷宜弘、同田中和明、同小笠原照也を各懲役一年二月に、被告人小川志郎、同松野俊孝、同村岡孝彦、同山本恵司、同黒島善輝、同横井健、同和田博壽、同朝日野昇、同土屋憲雄、同近浦能夫、同阪本七郎を各懲役一年に、被告人石亀千比朗、同萩森正一、同挾間孝を各懲役一〇月にそれぞれ処する。

未決勾留日数のうち、被告人林公門に対しては四一〇日、被告人松野俊孝に対しては二三〇日、被告人小笠原照也、同山本恵司に対しては各一九〇日、被告人土屋憲雄に対しては一七〇日、被告人小川志郎に対しては一五〇日、被告人阪本七郎に対しては一二〇日、被告人田中和明に対しては一〇〇日、被告人土谷宜弘、同朝日野昇に対しては各八〇日、被告人横井健、同近浦能夫に対しては各六〇日、被告人黒島善輝に対しては四〇日、被告人村岡孝彦に対しては三〇日、被告人石亀千比朗、同挾間孝に対しては各二〇日をそれぞれ右の刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人村岡孝彦、同山本恵司、同黒島善輝、同横井健、同和田博壽、同朝日野昇、同土屋憲雄、同近浦能夫、同阪本七郎に対しては各四年間、被告人石亀千比朗に対しては三年間、被告人萩森正一、同狹間孝に対しては各二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人黒島善輝、同朝日野昇に対し、右猶予期間中いずれも保護観察に付する。

訴訟費用(略)

理由

(罪となる事実)

昭和四四年四月当時、被告人伊與田耕治、同土谷宜弘、同田中和明、同小川志郎、同松野俊孝、同村岡孝彦、同山本恵司、同黒島善輝、同萩森正一はいずれも広島大学、被告人林公門は立命館大学、被告人小笠原照也は岡山大学、被告人横井健は香川大学、被告人和田博壽は米子工業高等専門学校、被告人朝日野昇は島根大学、被告人土屋憲雄は九州大学、被告人近浦能夫は久留米大学、被告人阪本七郎は富山大学、被告人狹間孝は信州大学にそれぞれ在学し、被告人石亀千比朗は高校卒業後大学受験の準備中で、いずれもいわゆる全学連の中核派に所属もしくは同調していた者であるが、同年四月二八日のいわゆる四、二八沖繩デーに際し、ほか多数の学生らとともに、日米安全保障条約の破棄および沖繩の即時無条件返還を目的とする闘争を盛り上げるため、内閣総理大臣官邸の占拠と首都の制圧を標榜する行動に参加しようと決意し、その前日ごろ上京し、

第一、千数百名の学生らが、共同して投石、殴打などの暴行により警察官らの警備を排除して内閣総理大臣官邸の占拠などしようと企て、翌四月二八日午後五時ころ、東京都千代田区丸の内一丁目一番地国鉄東京駅第三ホーム上に、大多数が、ヘルメツトをかぶり、タオルで覆面したうえ、鉄パイプ、角材丸棒、石塊などの兇器を携えて集合し、午後五時三六分ころ、意思を通じて、同ホームから一せいに線路上にとびおり、「官邸に突入するぞ」「新橋へ行くぞ」「安保粉砕」などと叫んで気勢をあげながら、右各兇器を携えつつ山手線、京浜東北線、東海道線の線路上をかけ足で進行し、国鉄有楽町駅を経て同都港区新橋二丁目一七番国鉄新橋駅に至り、同駅ホーム付近に集合していた学生らと意思を通じ、ともども午後六時一五分ころまで同駅ホーム上および付近の右各線路上に滞留し、もつて午後五時ころから午後六時一五分ころまでの間多数共同して人の身体に危害を加える目的で兇器を準備して集合するとともに、線路上にとびおりた午後五時三六分ころから午後六時一五分ころまでの間、東京駅と新橋駅の間の右各線の電車および列車の運行を不可能にし、国鉄東京南鉄道管理局運転部司令係長橋本勝ら運転関係職員をして、その間に右各駅を発着すべき電車および列車の運行を停止させ、威力を用いて、日本国有鉄道の輸送業務を妨害した際、被告人林はかしの丸棒、被告人伊與田、同田中、同小笠原、同村岡、同山本、同横井はいずれも鉄パイプ、被告人黒島、同狹間はいずれも角材および石塊、被告人石亀は鉄パイプおよび石塊、被告人和田、同朝日野はいずれも角材を所持し、かつ右多数の学生らと意思を通じてその集団に加わり、被告人土谷宜弘、同小川、同松野、同土屋憲雄、同阪本、同近浦、同萩森はいずれも兇器の準備あることを知りつつ、右多数の学生らと意思を通じてその集団に加わり、兇器を準備し又は準備あることを知つて集合するとともに、威力を用いて日本国有鉄道の輸送業務を妨害し、

第二、被告人土屋憲雄は、多数の学生らと共謀のうえ、同日午後六時二九分ころ、同都千代田区有楽町一丁目六番地先の国鉄線路上において、折柄、線路内に立入つている前記の多数の学生らを排除および検挙する職務に従事中の警視庁第七機動隊所属の警察官らに対し投石し、もつて右警察官らの職務の執行を妨害し、

第三、被告人林公門は、前記新橋駅付近のホーム上および線路上において警察官らが学生らに対する排除および検挙活動を開始した同日午後六時一五分ころ、他の中核派の学生ら約五〇名とともに同駅の外に出て、右学生集団が、同都港区西新橋一丁目交差点付近で、鉄パイプ、丸棒、石塊などを携えつつ、じぐざぐ行進や坐り込みをし、さらにこれを規制しようとした警視庁第四機動隊所属の警察官らに投石している間これに加わつていたが、同日午後七時ころ右警察官らが公務執行妨害、兇器準備集合等の現行犯として右学生らを検挙しようとするや近くの日本信託銀行前の路上まで逃げ出し、七時三分ころ、同所で同機動隊員警視庁巡査次田久夫から現行犯逮捕されようとした際、所持していたかしの丸棒をふるつてその右前腕部を一回殴打し、もつて右警察官の職務の執行を妨害し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、該当法条

(一)  判示第一の兇器準備集合(被告人全員)刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号

(二)  判示第一の威力業務妨害(被告人全員)刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号

(三)  判示第二および第三の各公務執行妨害(被告人土屋および同林)刑法九五条一項、六〇条(被告人土屋)

二、観念的競合

判示第一の兇器準備集合と威力業務妨害 刑法五四条(一〇条により重い威力業務妨害罪の刑で処断)検察官は両罪の関係は併合罪であると主張し、弁護人は威力業務妨害罪のみが成立する(兇器準備集合は吸収される)と主張するが、両罪はその保護法益を異にし、現に本件の事実関係のもとにおいては明らかに異なる法益を侵害しているから、別罪を構成し、その関係は、本件のように兇器を準備し集合しているその集合が同時に威力に当り威力業務妨害罪をも成立させるときは、観念的競合と解すべきである。

三、刑の選択

いずれも懲役刑を選択(判示第一の威力業務妨害罪および判示第二、第三の各公務執行妨害罪につき)

四、併合罪加重

被告人土屋の判示第一、第二、の罪および被告人林の判示第一、第三の罪 刑法四五条前段、四七条、一〇条(公務執行妨害罪の懲役刑に加重)

五、未決勾留日数の算人

刑法二一条

六、執行猶予

刑法二五条一項

七、保護観察

刑法二五条の二第一項前段

八、訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条(連帯負担の分につき)

(量刑の事情)

量刑にあたり特に考慮したのは次の諸点である。

一、本件犯行は、判示のとおり、千数百名の学生らが、事前の計画にもとづき、白昼、しかもラツシユ時に、手に手に鉄パイプ、角棒、丸棒、石塊などを所持して東京駅ホームに結集したうえ、一せいに線路上にとびおりて線路上を新橋駅まで進行し、機動隊員に規制、検挙されるまで付近一帯を実力占拠し、国鉄各線の運行を全く不能にしたものであつて、その行為の態様自体、極めて悪質であるばかりでなく、国民全体に与えた損害や不安感も大きく、責任は重大である。被告人らの政治的主張は何であれ、その主張を推進するため首相官邸を暴力で占拠し、首都を制圧することを標榜し、しかも主張の実現と直接の関係のない国鉄線路内でかかる暴力的行動に出たことは、意見表明の手段の行きすぎとして軽く評価するにはあまりにも無謀であり、厳しい非難に価するものといわざるを得ない。

二、被告人らは、個人的なニユアンスはあるものの、本件審理につき統一審理方式又はこれに代るいわゆる統合方式を主張してゆずらず、裁判官会議の決議にもとづく形態での審理にも抵抗し、毎回のように法廷の秩序を乱す行動にでて退廷、拘束などの処分を受け、さらには後述するとおり、被告人らの請求で付した国選弁護人を解任せざるを得ないような状況まで生ぜしめたものであつて、このような、自らの要求を実現するためには裁判所をも闘争の場としてはばからぬ態度は、量刑にあたつても考慮せざるを得ない。

三、殊に、被告人林は立命館大学の中核派のリーダーであり、その軍団長として学生らを組織して犯行に加担させ、東京駅においてアジ演説や合唱の指揮をとり、さらに西新橋一丁目交差点付近でも指揮者的立場で違法行為をくり返し、被告人伊與田は広島大学の全共闘議長であり、同大学の中核派の最高責任者として学生ら約一五〇名を組織して犯行に加担させ、東京駅においてアジ演説をするなどし、被告人土谷宜弘は広島大学中核派のリーダーの一人として被告人伊與田らと協力して学生らを組織し、東京駅ホーム上で坐り込みの位置を指示するなどしたほか、昭和四四年一〇月一四日広島地方裁判所に公務執行妨害罪で起訴され保釈中に本件犯行に出たという事情にあり、被告人田中和明は広島大学教養部自治会の執行委員長代行であり、同大学中核派のリーダーとして被告人伊與田らと協力して学生らを組織し、上京した際中核派の本部と連絡をとるなどして学生らを引卒し、被告人小笠原照也は岡山大学理学部自治会の執行委員長であり、同大学中核派のリーダーとして学生らを組織して犯行に加担させ、東京駅ホームにおいて移動などの指示をしたほか、昭和四四年六月二六日、岡山地方裁判所に本件犯行の直前である三月四日の建造物侵入の罪で起訴されているという事情にあり、被告人小川志郎は広島大学等の学生らが上京するにあたり旅費の集金などを担当して、組織化に協力し、被告人松野俊孝は広島大学中核派のリーダーの一人として被告人伊與田らに協力して学生らを組織したほか、本件犯行後昭和四四年九月九日広島地方裁判所に兇器準備集合、建造物不退去、公務執行妨害で起訴されたという事情にあるものであつて、これら被告人に対しては、本件犯行において果した役割、再犯の危険性の程度などの点にかんがみ、他の被告人らより一段と重い量刑をもつて臨まざるを得ない。

(国選弁護人再選任請求却下の経過と理由)

当裁判所は、本件の審理の途中で国選弁護人を解任し、その後くり返し行なわれた被告人らからの再選任請求を却下し、国選弁護人を付さないまま審理を終了したので、ここにその経過と理由を説明しておく。

一、本件は昭和四四年四月二八日のいわゆる四・二八沖繩デーの闘争に関連して発生した事件の一部である。東京地方裁判所に起訴された被告人は全部で約二四〇名であり、このうち主に分離公判を希望した約一五〇名の被告人は、起訴後比較的短期間に主として単独部において審理を受け終つたが、裁定合議事件として合議部に係属した事件の被告人のうち、本件の被告人を含む約九〇名は、一〇名の私選弁護人を選任したうえ、いわゆる統合方式、すなわち一つの部が全事件を担当して弁論の併合、分離をくり返す方式をあくまでも主張し、数か部にグループ別に配点するという裁定合議委員会の案に対しては一切具体的な意見を述べようとはしなかつた。そのため、近い将来に合理的で具体的な結論が得られる見通しがたたないので、一二月三日裁判官会議は、諸事情を検討したうえ最終的なグループ別の配点を決議した。ところが、右の弁護人らはこの措置を非難して全員弁護人を辞任し、被告人らは一せいに国選弁護人の請求をするに至り、以後これらの被告人は、今日まであらゆる機会をとらえて執拗に統合方式又はこれにかわる統一審理方式を主張してきたのである。

二、当裁判所は、裁判官会議の決議に従つて配点された本件の被告人らを、被告人伊與田ら一〇名(のちに一名を分離)の広島大学学生のグループ(Aグループ又は広大グループと略称している)と、被告人林ら一〇名のその他のグループ(Bグループ又は山楽グループと略称している)に分けて審理を進めることとし、いずれも昭和四五年三月二七日に第一回の公判期日を定めた。ところが、その直前の三月一八日、右に述べたような経過で、私選弁護人は全員辞任し、右第一回公判期日の当日被告人らは国選弁護人を請求した。そこで第一回公判期日はいずれも人定質問を行なつたのみで続行し、Aグループについては、四月二三日辻村精一郎氏ら三名を国選弁護人に選任し、その請求により被告人らとの打合せのため公判期日を一回延期したのち、七月一五日に第二回公判を開いて証拠決定までを行ない、一一月四日の第五回公判までの四回の公判期日における証拠調べと期日外の証人尋問により、このグループのみに関連する検察側立証をすませ、Bグループについても、四月二三日山本実氏ら三名を国選弁護人に選任し、その請求により被告人らとの打合わせのため公判期日を一回延期したのち、七月二二日に第二回公判を開いて冒頭手続をし、一一月六日の第五回公判までの三回の公判期日と期日外において、Bグループのみに関連する検察側立証を終えた。そして、一二月一六日の第六回公判において、弁護人および被告人らの希望も考慮して、AB両グループを併合し、両者に共通する検察側の証拠調べに入り、昭和四六年七月一日の第一四回公判で検察側の全立証を終了し、八月二三日の第一五回公判をもつて審理を終了した。

三、六名の国選弁護人が「国選弁護人辞任理由書」により詳細な理由を付したうえ辞意を表明したのは、検察側の立証が終る予定の五月二六日の第一〇回公判の開廷前であつた。当裁判所は、この辞意に対する態度を決定するため、当日公判廷において被告人らに右の事態を告げて意見を述べる機会を与えたほか、弁護人らからさらに詳細に事情を聴取した(この内容は弁護人から提出された「辞任理由追完書」に記載されているとおりである)。このような事実調べの結果、解任すべき正当な理由があると認められたので、当裁判所は、六月四日国選弁護人を全員解任した。その後、被告人らから国選弁護人を再び選任するよう請求があつたので、当裁判所は、この再選任請求に対して決定をするため、六月九日の第一一回公判において、被告人の一人一人に対し、「国選弁護人辞任理由書」に記載されている事実についての弁明をあらためて、求めるとともに、このような行為を今後はしないことを確約できるか否かたずね、ひき続き判事室に被告人らを個別に呼んで、右の二点につき調査を行なおうとしたが、被告人らはこれを拒否した。そこで当裁判所はこの段階で事実調査を打切り、翌六月一〇日の第一二回公判の冒頭、再選任請求却下の決定をし、その理由を次のように述べた。

『被告人らは、あらためて国選弁護人を選任するよう希望していますが、当裁判所は、これを選任せずに審理を進めることと決定しました。その理由は概略次のとおりです。

(一)  国選弁護人に関する憲法および刑訴法の趣旨について

憲法三七条三項後段は、「被告人が自らこれ〔資格を有する弁護人〕を依頼することができないときは、国でこれを附する。」と定め、刑訴法三六条本文は、この規定をうけて「被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所は、その請求により、被告人のため弁護人を附しなければならない。」と定めています。この憲法の趣旨は、最高裁大法廷判決(昭二四、一一、三〇)が明らかにしているように、被告人が弁護人の保護を求める意思を有しているのに貧困その他の事由により自らこれを選任することができない場合に、その請求により国がこれを附することを定めたものであり、被告人が貧困その他の事由で弁護人を依頼できないときでも、弁護人の選任を請求しないときは、国がこれを選任する義務を負うものではありません。すなわち、国選弁護人の選任は、憲法上は被告人の自由意思に委ねられているのであつて、刑訴法三六条本文は、この趣旨を明らかにしたものであります。したがつて、刑訴法二八九条が、いわゆる必要的弁護事件について、被告人の意思にかかわらず、また、請求の有無にかかわらず国が職権で弁護人を附することとしているのは、最高裁大法廷判決(昭二八、四、一)が判示するように、憲法上の要請を超えて、法が別に定めた制度なのであります。

さて、必要的弁護の規定はしばらくおき、憲法および刑訴法三六条について当面する問題は、貧困その他の事由により、自ら弁護人を依頼することができず、かつ、被告人らが国選弁護人の選任を請求する場合には、憲法は常にこれを附しなければならないものとしているか、という点にあります。被告人らは憲法三七条三項前段に「いかなる場合にも」という文言があることを理由として、そう主張しています。しかし、これはいかなる場合にも被告人は自ら弁護人(いわゆる私選弁護人)を選任できることを規定したにとどまり、国選弁護人の選任について適用があるものではありません。当裁判所は、被告人らが自らの責に帰すべき事由により、国選弁護人の選任またはその保護を受ける機会を失わせた場合には、憲法および刑訴法が保障している国選弁護人の選任を受ける権利を放棄したものであつて、その責に帰すべき事由が消滅しないかぎり、国は国選弁護人を附す義務を負わないものと解します。すなわち、すでに述べたように、憲法三七条および刑訴法三六条による国選弁護人の選任は、被告人の意思とは無関係な国の義務ではなく、被告人の自由意思に委ねられ、放棄の認められるものであります。したがつて、被告人が選任請求権を行使しない場合はもとよりのこと、たとえ被告人が請求をした場合であつても、自らの責に帰すべき事由により、国の選任行為をさまたげ、または一旦選任を受けながら自らの責に帰すべき事由により、国選弁護人を解任するの止むなきに至らしめたようなときは、自らの意思で国選弁護人の選任請求権を放棄したものと評価するほかはありません。このことは、憲法三七条二項が保障する証人審問権の場合と同様であります。刑訴法三四一条は、「被告人が……秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたときは、その陳述を聴かないで判決をすることができる。」と規定していますが、この規定は何ら憲法三七条二項に違反するものとは解されていないのであります。被告人らの責に帰すべき事由により国選弁護人を解任するの止むなきに至つたような場合にも、あらためて国選弁護人を選任しなければならないと解するのは、被告人らの恣意的行動により、刑事司法を無用に混乱させることを容認することに帰し、到底許されません。憲法一二条が、憲法の保障する権利はこれを濫用してはならないと明記していることに留意すべきであります。なお必要的弁護事件について刑訴法は弁護人の在廷を開廷の条件とし、被告人の意思にかかわらず国選弁護人の選任を国に義務づけています。したがつてこの場合に被告人の責に帰すべき行状のあるときは、国選弁護人の選任と在廷を可能ならしめるよう、法廷警察権などにより被告人に対し必要な措置をとることが前提となりましようが、任意的弁護事件については、こうした措置をまつまでもなく、権利の性質上当然にこれに対応する国の義務を消滅させると解すべきであります。

(二)  本件において国選弁護人をあらたに選任しない理由について

被告人らの請求により選任していた辻村精一郎氏ら六名の国選弁護人がいずれも資格のある有能な弁護人であつて、選任以来、被告人らのために真剣かつ有効に訴訟活動等を行つてきたことは当裁判所に顕著な事実であります。しかるに、被告人らは、当初から、いわゆる統一公判の実現を要求するのみで、国選弁護人から弁護のために必要であるとしてなされていた具体的な要求に一切応じなかつたばかりでなく、五月一八日の代表者打合わせ会においては、弁護人は信用できず、その冒頭陳述は期待していないなどといい、さらに五月二五日の代表者打合わせ会においても、弁護人の弁護活動を誹ぼう罵倒する発言をしたほか、定刻をはるかに超えたため退席しようとした山本実弁護人に対し「一寸待て、このまま帰るのか、これで明日の弁論ができるか、我々を監獄に入れる気か」と口々にののしりながら暴力を加えて引きもどし、弁護人らを罵倒し続けるなど、いちじるしい非礼をかさね、ために国選弁護人全員は、もはや被告人らには誠実に弁護人らの弁護を求める気持がないばかりでなく、弁護人らにおいて弁護を続けるべき関係を被告人ら自身があえて破壊したものと判断し、五月二六日当裁判所に対し辞任の意思を表示したのであります。以上の事実は当裁判所の事実調べにより明白に認められます。この事実によりますと、被告人らは自らの責に帰すべき事由により国選弁護人が辞任をせざるを得ない状況を現出させたことが明らかであり、国選弁護人の選任を請求する権利を自ら放棄したものというほかはありません。裁判所が国選弁護人らを解任したのはまさにそのためであります。しかるに被告人らは、今日に至るまで、自らの非を反省することなく、一方的に弁護人を非難するのみであります。被告人らがこのような態度を一体となつて維持する限り、被告人らは国選弁護人の選任権を放棄したものというべきであつて、国があらためて国選弁護人を選任する義務はないものというべきであります。』

四、その後、結審まで二回、結審後一回、被告人らから国選弁護人の再選任請求がなされたが、当裁判所はいずれもこれを却下した。すなわち、初めの請求に対しては、七月一日の第一四回公判で、先の却下決定理由で認定したような行為をくり返さないことを確約するならば、その理由で明らかにしているとおり再選任をする旨を告げて被告人らの意思を確かめたが、被告人らは、右の事実は無根であるうえ、無条件で弁護人を選任するのが裁判所の義務であるから、このような質問には応じられないと答えるのみであつた。当裁判所はさらに慎重を期し、同日付書面で、右の点につき調べをする必要があるから七月一九日までに裁判所に出頭するよう被告人らに連絡したが、被告人らは連署した書面でこれを拒否してきたので、七月二〇日公判外で請求却下の決定をした。その後またなされた再選任請求については、八月二三日の第一五回公判で、前回と同様被告人らの気持をただし、事実が無根であるうえ、請求があれば事情のいかんをとわず選任するのが裁判所の義務である旨の主張がくり返されるのみであつたので、その公判において請求を却下した。結審後にも再び再選任請求がなされたが、以上の経過にかんがみ、これを却下した。

五、被告人らは、当裁判所の却下決定を違憲、違法であると主張し、その理由として、事実認定および認定手続が不当であることおよび国選弁護人の選任請求権についての解釈が誤つていることをあげているので、以下簡単にこの二点につき見解を述べておく。

(一)  まず被告人らは、六月一〇日の却下決定の理由で認定されたような行動をしたことはなく、また当裁判所が被告人らの弁解や意見を聞かずに弁護人らの一方的な申立を信用してその事実を認定した点も不当であると主張している。しかしながら、先に説明したとおり、当裁判所は、二度にわたり弁護人らから詳細に事情を聴取し、重要な点につきそれぞれ書面の提出を受けているほか、解任命令を発する前に公判廷において被告人らからこの点について意見を聞き、さらに解任命令を発した後、国選弁護人の再選任請求に対して許否を決する前に、公判廷において被告人らに弁解や意見を述べる機会を十分に与え、引き続き、自由な雰囲気の下での発言を期待して被告人らを個別に判事室に呼ぶという配慮をしているのである。ところが、被告人らは、この調査のための呼出しに対し、代表を通じ、請求があれば無条件に国選弁護人を付すのが裁判所の義務であるから裁判所の調査には一切応じられないし、被告人らの一部から裁判所に対し事実認定にあたり参照してほしいとの要望のあつた、弁護士会に提出した本件弁護人の懲戒申立書も裁判所には見せたくない旨の申し入れをし、連署した書面により重ねて判事室に来ることを拒否したため、当裁判所は、この段階で事実調査を打切るのを相当と認め、前記の決定を行うに至つたものである。以上の経過は、公判調書ならびに添付の関係書類により明らかであり、事実認定の手続につき違法な点はもとよりのこと、不当な点も全く存しないものと考える。また、以上の事実調査により、決定理由で述べた事実が明白に認められることは、調査結果に関する公判調書ならびに添付の関係書類の示すとおりであり、この点についての被告人らの主張も理由がない。

(二)  次に被告人らは、国選弁護人は被告人の請求があれば無条件に付すべきであると主張し、いろいろの観点からこの点についての当裁判所の見解を非難しているので、被告人らが重視していると思われる二、三の点につき、前記の決定理由を補足しておく。まず被告人らは、国選弁護人請求権を放棄した事実はないのにこれを放棄したものと評価したのは違法であると非難している。被告人らが請求権を放棄するとは述べておらず、かえてこれを行使する旨の意思を表示しているのは確かである。しかしながら、被告人が請求権を放棄する旨の意思を表示した場合に限らず、被告人が請求権の行使が正当と認められないような状況をあえて現出させた場合にも、権利の行使を被告人自らが否定し、放棄したという意味で、請求権の放棄があつたといいうるのであり、本件被告人らが国選弁護人の請求権を放棄したと評価したのも、この後の意味においてである。もつとも、重要なのは、これを請求権の放棄と呼ぶか否かではなく、当裁判所が認定したような状況を被告人らが現出させた場合には、国選弁護人の請求は正当性を失い、裁判所はこれに応ずる義務を負わないものと解すべきか否かという点にある。被告人らは、当裁判所の義務を負わないという解釈を非難し、憲法および刑事訴訟法が国選弁護人の請求権につき明文で右のような限定ないしは条件を付していないから、請求があれば無条件で弁護人を付すべきであると主張している。しかしながら、明文による限定がないことは憲法および刑事訴訟法がこのような制約を予定していないことを意味するものではない。たとえば、前記の決定理由にも指摘したように、被告人は在廷して証人審問を行なう憲法上の権利を有しており(憲法三七条二項)、この権利の行使が制限される場合は憲法に明記されてはいない。それにもかかわらず、被告人が法廷の秩序を乱して裁判長から退廷を命ぜられるときは、被告人はこの権利を失うものと解されるのであり、この場合被告人の陳述を聴かないで判決をすることができると規定している刑事訴訟法三四一条はこのような憲法解釈を前提として規定されているのである。そうして、同条がこれと併せて、許可を受けないで被告人が退廷したときはその陳述を聴かないで判決をすることができる旨を規定しているのは、権利放棄の意思表示が明らかになされたことを理由としているのに対し、右の場合は、秩序を乱し退廷を命ぜられるような行動に出るときは、もはや在廷権、証人審問権は保障されず、被告人があえてかかる行動に出るときは前記の第二の意味における権利の放棄があつたものと評価できることを理由としていると解されるのである。憲法上の権利も無制限ではなく、このように他の権利等との調和を保つために一定の内在的制約を受けることは、むしろ当然の事理である。のみならず、本件で問題となる国選弁護人請求権の制約は、他の権利等との利益衡量の結果としてではなくして、請求権本来の性質を理由として導きだされるものだけに、これを肯定することは一層容易である。すなわち、それは明らかに国から弁護人を選任してもらう特権であるから、国の選任行為を被告人がさまたげたときは、これによつて生ずる不利益は被告人が甘受すべきはいうまでもなく、このような事態が存続する以上国の側に選任する義務は生じないものというべきである。一旦国選弁護人の選任を受けながら、自らの責に帰すべき行為によりこれを解任せざるを得ない状況を生ぜしめたときも、国選弁護人の再選任行為をさまたげる行為をしたという意味において、このような行動をくり返さないという見通しがないかぎり、右と同様、国は選任の義務を負わないものというべきである。国は平均的な能力をもつ弁護人を選任する義務を負うているにとどまるから、本件のような特別な行動に出る被告人らの弁護をもあえて引受ける弁護士がありうるとしても、右の結論に変りのないことはもちろんである。本件被告人らは、今日に至るまで、自らの非を反省することなく、一方的に弁護人を非難し、裁判所に対し、選任の請求をした以上無条件で選任をするのが当然であるとの主張をくり返している。このような態度を被告人らが一体となつて維持する以上、再選任を求める権利を放棄しているものと評価したのは当然であり、また弁護人を選任しなければ一切の反証を行なわないとの態度を固持している以上、反証のなされないまま結審したのもやむを得ないことというほかはない。

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