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東京地方裁判所 昭和44年(刑わ)6142号 判決

主文

一  被告人Aを懲役一年四月に処する。未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入する。ただし、同被告人に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用〈略〉

二  被告人Bを懲役一年二月に処する。未決勾留日数中二六〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

三  被告人Cを懲役一年六月に処する。未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

四  被告人Dを懲役一年四月に処する。未決勾留日数中二二〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

五  被告人Eを懲役一年二月に処する。未決勾留日数中二二〇日を右刑に算入する。ただし、同被告人に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用〈略〉

六  被告人Fを懲役一年二月に処する。未決勾留日数中二一〇日を右刑に算入する。ただし、同被告人に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用〈略〉

七  被告人Gを懲役一年四月に処する。未決勾留日数二一〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

八  被告人Hを懲役一年六月に処する。未決勾留日数中二六〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

九  被告人Iを懲役一年四月に処する。未決勾留日数中二三〇日を右刑に算入する。ただし、同被告人に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用〈略〉

一〇  被告人Kを懲役一年四月に処する。夫決勾留日数中一三〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

一一  被告人Jを懲役一年二月に処する。未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

訴訟費用〈略〉

理由

(罪となる事実)

被告人らは、昭和四四年一〇月二一日のいわゆる国際反戦デーに際し、

第一  被告人Aは、多数の者と意思相通じたうえ、

一  同日午後六時二〇分ころから六時四四分ころまでの間、東京都新宿区角筈一丁目七八八番地埼玉銀行新宿支店前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第八機動隊所属の約一〇〇名の警察官らに対し、多数(少くとも数百個)の石塊を投げつけ(被告人A自らは約五〇メートル離れたところから少くとも六回にわたつて石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害し、

二  同日午後六時一〇分ころから午後六時四四分ころまでの間、前記場所の道路上に、ガードレール、道路標識、看板、トタン板、はしご、材木などを車道幅一杯に積み上げ、かつその付近に多数の者とともに集まり立ち塞がつて、車両などの通行を不能にし、もつて陸路を壅塞して往来の妨害を生ぜしめた。

第二  被告人Bは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後六時三〇分ころ、第一記載の路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第四機動隊所属の数十名の警察官らに対し、多数(少くとも数十個)の石塊を投げつけ(被告人B自らは約四〇メートル離れたところから少くとも一回石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第三被告人Cは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後九時一五分ころ、同区新宿二丁目五一番地付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁四谷警察署所属の約五〇名の警察官らに対し、多数(少くとも数十個)の石塊を投げつけ(被告人C自らは、約二〇〇名ぐらいの集団の先頭に位置して、後方の者に指示して石を運を運ばせたうえ、これを路上に叩きつけて割り、その石を約二、三〇メートル離れたところから一〇数回にわたつて投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第四被告人Dは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後一〇時ころ、同区三光町三八番地三光町交差点付近において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第三機動隊所属の約二五〇名の警察官らに対し、多数(少くとも数十個)の石塊を投げつけ(被告人D自らは約二〇メートル離れたところから約三回にわたつて石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第五被告人Eは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後八時ころ、同区角筈二丁目小田急百貨店別館前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第一機動隊所属の約一二〇名の警察官らに対し、多数(少くとも一〇〇個以上)の石塊を投げつけ(被告人E自らは約三〇メートル離れたところから約三回にわたつて石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第六 被告人Fは、多数の者と意思相通じて、同日午後七時すぎころ、同区角筈一丁目七八八番地埼玉銀行新宿支店前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第四機動隊所属の約一〇〇名の警察官らに対し、多数(少くとも一〇〇個以上)の石塊を投げつけ(被告人F自らは約四〇メートル離れたところから少くとも一回石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第七 被告人Gは、同日午後八時ころ、同区歌舞伎町一六番地大和銀行新宿支店前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第二機動隊所属の約五〇名の警察官らに対し、数メートルの至近距離からその足もとに火災びん一本を叩きつけ発火災上させて暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第八 被告人Hは、多数の者と意思相通じて、同日午後六時四五分ころ、同区角筈一丁目七八八番地埼玉銀行新宿支店前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第四機動隊所属の数十名の警察官らに対し、多数(少くとも一〇〇個以上)の石塊を投げつけ(被告人H自らは約二回にわたつて石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務を執行を妨害した。

第九 被告人Iは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後六時二七分ころ、同区角筈一丁目七八八番地埼玉銀行新宿支店前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第四機動隊所属の約一二〇名の警察官らに対し、多数(数十個)の石塊などを投げつけ(被告人I自らは約二〇メートル離れたところから石塊一個をおよび数メートル離れたところから液体入りのびん一本をそれぞれ投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第一〇 被告人Kは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後七時三〇分ころ、同区柏木一丁目七三七番地国際ビル前付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第四機動隊所属の約二〇〇名の警察官らに対し、多数(数百個)の石塊を投げつけ(被告人K自らは一〇数メートル離れたところから約三〇回にわたつて石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

第一一 被告人Jは、多数の者と意思相通じたうえ、同日午後七時ころから同二〇分ころまでの間、同区柏木一丁目一〇一番地先歩道橋付近路上において、学生らの違法行動を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第八機動隊所属の百数十名の警察官らに対し、多数(数百個)の石塊を投げつけ(被告人J自らは約三〇メートル離れたところから十数回にわたつて石塊を投げつけ)て暴行を加え、よつて右警察官らの職務の執行を妨害した。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

1  罰条

(1)  判示第一の一(被告人A)、第二(同B)第三(同C)、第四(同D)、第五(同E)第六(同F)、第(同H)、第九(同I)、第一〇(同K)、および第一一(同J)の各所為につき

各刑法六〇条、九五条一項(懲役刑選択)

(2)  判示第一の二(被告人A)の所為につき

同法六〇条、一二四条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(懲役刑選択)

(3)  判示第七(被告人G)の所為につき

刑法九五条一項(懲役刑選択)

2  併合罪加重(被告人A)

同法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第一の一の罪の刑に加重)

3  未決勾留日数の算入(被告人全員)

同法二一条

4  刑の執行猶予(被告人A、同E、同F、同I)

同法二五条一項

5  訴訟費用の負担(被告人全員)

刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑理由)

本件は、昭和四四年一〇月二一日のいわゆる「国際反戦デー」に、多数の過激派学生、労働者らが、警察機動隊を打ち破り新宿周辺を騒乱状態に陥れる意図のもとに企てた大規模な集団暴力事犯の一環として行なわれたものであり、その法秩序無視の甚しさ、よつて社会にもたらされた多大の迷惑、また最近このような政治的な暴力行動がますますその過激さの度を増していること等に鑑みると、被告人らがいずれも将来性に富む青年であることを考慮に入れても、被告人らの本件各行為に対しては、厳しくその責任を問わなければならない。

また、被告人らは、いずれも、本件審理の過程で、当裁判所に対し、次々と不当な要求を出し、当裁判所が逐一これに対し詳しく理由を述べて判断を示した後においても、これを不満として同じ要求を執拗にくり返して、訴訟指揮に従わず、暴言その他不当な振舞を重ねて審理を妨害し、そのため実質審理をする公判期日においては毎回退廷命令を発せざるを得ない喧騒な状態に法廷を陥め、その結果被告人全員が証拠調べの際には一時たりとも在廷しなかつた。このような事情は、被告人らが本件犯行後も依然として「法の支配」を無視し、自己の主観的な考えを法規を無視してでも貫こうとする態度をとつているあらわれとして、本件量刑上到底見のがすことができない。

以上のことは、本件各被告人につき共通する量刑事情であるが、次に各被告人ごとに情状を考える。

被告人Cは、犯行現場において集団中の者に石集めを指示し自ら集団の先頭に立つて石を叩き割り十数回投石するなど積極的、指導的に本件を遂行したものと認められるのであり、本件前にも三回の犯歴があり、被告人Hは、本件当日一隊のリーダーとして、予め周到な準備計画のもと多数の火災びんを用意して上京し、本件犯行に及んだものであり、被告人Dは、自らの本件行為としては投石約三回であるが、本件犯行前に同種事犯で四回の検挙歴を有するものであり、被告人Bは、自らの行為としては投石一回を現認されているのみであるが、本件はいわゆる東大安田講堂事件で保釈中の犯行であり、かつ右事件についてはその後実刑判決の言渡を受けたものであり、かつ右四名は、いずれも、本件公判廷において示した審理妨害の態度にも積極的なものが認められたこと等に鑑みると、被告人C、同Hの両名が本件審理中に結婚したこと、被告人DBは体が必らずしも丈夫といえないこと等の事情を考慮しても、右四名に対しては、刑の執行を猶予するのは相当でなく、それぞれの犯情に応じ、主文記載の実刑に処するのが相当である。

また、被告告人Gについては、火災びんを使用しての本件犯行はその態様が悪質といわざるを得ず、被告人K、同Jについても、本件における投石回数が多く積極的に犯行に及んだものというべきであり、かつ右三名の当公判廷における態度も前記四名のそれとほとんどかわりなく悪かつたことを考慮すると、被告人Gには妻子があるうえ、父親が被告人の指導に一応の熱意を示していること、被告人K、同Jについては、いずれも、これまで犯歴がないこと等を斟酌しても、右三名に対してはいまだ刑の執行を猶予するのは相当ではなく、主文記載のとおりの実刑に処するのが相当である。

次に、被告人Aについては、本件犯行態様は悪いが、同被告人は捜査段階において本件を反省しており、母親からの当裁判所への手紙によつて認められる同被告人の最近の生活状況、心情に照らすと再犯の危険はないと思われ、また被告人Eについては、前歴もなく、母親の証言によると、同被告人は本件を反省している様子もうかがえるうえ、被告人Aおよび同Eの両名とも、公判廷における審理妨害等の態度も他の被告人らとは若干違つて消極さが認められ、他の被告人らや傍聴人の手前、あえて他の者に追随して同一行動をとつて騒いでいるものとうかがえるふしが再三見られたこと等を考慮すると、いずれも、刑の執行を猶予するのが相当である。また、被告人Fについては、自らの犯行態様が比較的軽微であるうえ犯歴もないこと、被告人Iについては、犯行態度必らずしもよくないが、これまで犯歴なく、かつ父親からの手紙等によると、同被告人は身体の不自由な父親と暮らしており、現在の職業に精を出して励んでいて、再犯の虞は乏しいと認められること等の事情を、それぞれ考慮すると、右両名に対しても刑の執行を猶予するのが相当である。

(本件審理経過と国選弁護人不出廷問題について)

一  被告人らは、本件の国選弁護人らが不出廷の状態のもとで、当裁判所が公判を開廷してきたのは、憲法三七条三項に違反すると主張している。この主張に対しては、当裁判所は、すでにくり返し書面あるいは口頭で詳細に回答してきたが、なお被告人らには誤解があり、また最近公判された雑誌等を見ると、世間の一部にも当裁判所の真意を誤解している者があると思われるので、ここに重ねて右主張に対する判断およびこれに関連する若干の事柄についての説明を示しておくこととする。

二  本件については、当初、被告人全員の弁護人である三名の私選の統一弁護人(もつとも、それは昭和四四年のいわゆる一〇・一一月事件の被告人らのうち五百数十名の被告人ら全員についていたものである)と被告人一ないし三名の弁護人である計一〇名の私選弁護人とがついていたところ、昭和四五年六月一〇日ころから同月一八日ころにかけて全員辞任した結果、同月一五日から七月三日までの間に被告人全員から国選弁護人選任の請求があり、所定の手続に従つて、同年一〇月二一日に甲、丁、丙の三弁護士を、また同年一一月一〇日に乙弁護士を、それぞれ被告人全員の国選弁護人として選任したものであるが、第一回公判期日(同年七月六日)には国選弁護人の選任が未了であつたため、実質審理を行なうことなく、国選弁護人選任手続の説明、審理方式に関する被告人らの意見聴取と裁判長からの説明などをしたのみで終り、第二回公判期日(昭和四六年一月一八日)には、国選弁護人も出廷のうえ、まず氏名を呼び上げ被告人らに返事をさせる等してその人定をなした後(被告人らはいわゆる人定質問には応じなかつた)、審理方式その他の問題について詳細な問答をし、さらに第三回公判期日(同年三月四日)にも国選弁護人出廷のうえ同様に審理方式その他の問題について問答したのみで終つたのであつた。

三  ところで、本件がその一部をなしているいわゆる一〇・一一月事件については、その大部分に統一弁護団がついていた当時から、審理方式について統一公判の強い要望があり、その点についての交渉のための統一折衝の場の設定が求められていたけれども、裁判所側としては、東大事件、四・二八沖繩デー事件の経験から統一折衝の場を設けることは適当でないと判断し、また、裁判官の認識能力、物的人的設備、裁判の長期化の防止、法廷の秩序維持等の諸点に加え、一〇・一一月事件は、訴因で見ると、いろんな場所で、多数の集団によつて、時間を異にし、対象を異にして犯されたものとされていることに鑑み、すでに東大事件について採用していた適正規模のグループ別審理によるのが相当であると判断し、その方針に従つて被告人らをグループ分けするべく、関係弁護人にグループ分けについての具体的提案があれば申し出るように検察官側の案を添えて、首席書記官名義で書面により(一〇月事件関係については、昭和四五年二月三一日付で)照会したのであつた。これに対し、一部弁護人からは回答があつたけれども、統一弁護団から何ら具体的な回答がなかつたので、裁判所側は、検察官側の案や右の回答のあつた弁護人らの意見を参照して、適当と認めるグループ案を作成し、裁判官会議の議を経てグループ別に各部に配点し、担当部で関係被告人らと事前準備に入つたわけである。本件は、右のような経過をたどつて当部に配点された(当初の被告人数一四名)ので、所定の手続で統一弁護団に打合せのための出頭を求めたけれども出頭がなかつたから、昭和四五年五月二三日公判期日(同年六月一二日午後一時および七月六日午後一時)を指定し、併せて事前準備を促す通知をしたわけである。

ところが、これより先一〇・一一月事件についてすでに公判審理に入つていた他部の法廷で生じた統一弁護団の弁護人の法廷等の秩序維持に関する法律違反による制裁事件を契機として、統一弁護団は、突如それらの部の事件についてのみならず、当部担当の本件についても、前記のように辞任の挙に出たのである。

その辞任の理由が何であつたかは、当時明らかにされなかつたし、当部ではその理由説明のための出頭を求めたけれども出頭もなかつたので、その真の理由が何であつたかは正確には判明せず、ただ、被告人らが、辞任理由は裁判所が慣行であつた統一折衝を拒否してグループ別審理を強行し、被告人の防禦権および弁護権を侵害しているから弁護人として責任のある活動をなし得ないというにあると主張しているにとどまる。

元来、統一弁護団は、現在に至るまで被告人らはもし裁判所側の態度が改められ、右弁護団が責任をもつて弁護活動をしうる状況になつたら再度弁護を依頼することを熱望するとまでいつている(被告人らの国選弁護人選任理由についての照会に対する回答者、その他被告人らの提出した意見書)弁護人であるが、そういう弁護人が責任をもつて弁護活動をし得ないとして辞任した後で、国選弁護人が十分弁護しうる筈はないではないかと、被告人らの戦術の誤りを指摘する者もある。もし、辞任についての統一弁護団の見解と被告人らが称しているものが正しいものとすれば、論理的には右指摘も一理あるけれども、統一弁護団の見解は(統一折衝がなくかつグループ別審理が行われたことを除き)当つていないし、国選弁護人は被告人らの請求があれば(自ら弁護人を選任することができない限り)選任せられなければならないから、本件においても選任せられたわけであり、被告人らとしては、四名の弁護人を信頼して、事実関係についても十分情報を提供し、無条件で弁護人らが最善と考える弁護を受けるべきものである。

それが国選弁護を保障した憲法の精神であり、弁護人としても、一旦選任せられた以上は、できる限り被告人との間に主観的信頼関係を確立すべく努力するとともに、万一思想的な立場の相違から、被告人らから不信頼の意思を表明せられても、弁護活動を諦めることなく、可能な範囲で活動を続けることこそ、社会正義の実現を使命とする法曹のとるべき態度であるといわなければならない。

ところで、一〇・一一月事件については、最初からら統一公判の要望が強く、裁判所側の東大事件以来のグループ別審理方針とは正面衝突する宿命にあつたわけで、統一弁護団の辞任もつまるところはその点の要望が実施不可能になつたことによるものと見るべきであろう(全部で十数名の弁護人で五百数十名の弁護をするためには、統一公判しかあり得ない)。

かかる状況の下に登場したのが、国選弁護人であつたのである。

四 国選弁護人らが、被告人らの接触するにつれて、統一公判の要望が強いこと、しかしそれは実際問題として不可能であること等を知つた結果、裁判所と被告人らの考え方の妥協の方法としていわゆる代表者法廷案なるものをまとめた努力自体は、高く評価しなければならない。しかしながら、それは最も重要な点で裁判所が到底飲むことができない構造を含んでいた。それは、簡単にいえば、弁護側総論立証先行の計画であつた。すなわち、被告人らの行動の正当性、決起の正当性、警備情況等の立証を検察官側の立証に先立つて行おうとするところである。およそ世界の文明国の裁判史上、被告人が検察官側の立証に先立つて公判廷でまず自己の行動の正当性、決起の正当性、警備状況等について立証するというような裁判形式を採用したことがあつたであろうか。そんなことは絶対になかつたであろう。裁判の場は表彰式の場ではない。どんな社会においても、犯罪行為は価値否定を受けるべき行為であり、そういう行為が果してあつたかどうか、あつたとすれば程度如何を確定してその責任の有無程度を定めるべき刑事裁判は、どれ程人権の保障に留意するとしても、まずその犯罪行為があつたとする側の主張・立証から始めるのが常識であり、その健全な常識に基づいて、文明国の刑事訴訟法は、まず起訴状朗読から始められ、かつまず検察側が有罪の証拠を提出するのが例となつているのである。ところが、代表者法廷案は、この常識に重大な変更を加えようとしている。こんな異例な手続をなぜ採用しようとしているのであろうか? その理由については、明確にしたものはないようであるが、諸般の状況から推測するところ、技術的な理由と思想的な理由とがあるようである。しかし、その内容に立ち入ることは、ここでは直接その必要がないから省略する。ただ、はつきりいいうることは、もしこのような手続順序の逆転が実際に行われるならば、刑事裁判の様相は一変してしまうであろうし、また、一度でもそれが実施されたら将来同種の事件で常に前例として援用され、刑事裁判は甚だしく混乱してしまうであろうということである。ともかく、裁判所としては責任のある立場であるから、そういう異例な手続を容認するわけにはいかないという見解で、当部は代表者法廷案を拒否したのである。

その外、九項目の申入れや、その焼直しのような合同協議事項の提案があつたけれども、その中には、話題によつては裁判の独立に反し兼ねないものがあり、また、訴訟指揮権で法廷警察権の行使に枠をかけるような事項もあり、合同協議に親しまない事項があつたので、必要なものは各部毎に関係の国選弁護人と担当裁判官の間で随時協議すべきものとして、結局、合同協議の提案をも拒否し、また、そのために設けられた会場にも出席しなかつたのである。

五  こういう裁判所の態度は、国選弁護人に対して甚だ悪い印象を与えたことは間違いないことで、事柄の性質上まことにやむを得なかつたものの、不幸な事態であつたことは認めざるを得ない。そして、国選弁護人世話人代表が、「裁判所に対して行なつた提案はすべて容れられなかつたから、この後裁判所は国選弁護人の弁護権が全うされるような法廷の実施について自ら努力を重ねられることを望むし、現状のまま各部法廷を遂行するらならば、この後の事態に対して国選弁護人はその責を分かち負うことができない」旨の決議(決議機関であるかどうか疑問はあるが)をした心情も理解はできるのである。

六  ところで、本件の国選弁護人のうち甲、乙、丙の三弁護人は、昭和四六年四月五日付で国選弁護契約解除通知書により国選弁護契約を解除したとして、また、J弁護人は同月一九日は辞任届を提出し、甲、乙、丙の三弁護人は同月五日の第四回公判期日より、丁弁護人は同月二六日の第五回公判期日より、いずれも今日に至るまで全く公判期日に出頭しなくなつたことは記録に明らかである。

ところで、何故同弁護人らが出頭しなくなつたかの理由については、甲、乙、丙三弁護人から同年四月二〇日に提出された国選弁護契約解除理由書または丁弁護人の辞任届に記載せられた理由と、それには現れていない裏面の真実の理由とがあると思われるから、その双方を比較検討して正確にこれを掴まなければならないのである。

そこで、まず国選弁護契約解除理由書を見るに、そこには、被告人らに事前に右理由書を見せたためもあつてか、冒頭で裁判所のあり方一般を問題にして現在の裁判所の姿勢一般を非難している部分はあるけれども、具体的に裁判所が本件についてとつた態度を非難している点はないのみならず、そのあとでは、「今弁護人に残されている道は、裁判手続の中にあつて或いは反対尋問権を行使し又或いは裁判長の訴訟指揮等に異議申立てる等法律によつて許された権利を行使し、刑事司法による正義の実現に向けて努力し、機を見て再度審理方式等につき裁判官と話合うことだけである」と正しい考え方を示し、その後で再転して、一応従来は右のように考えたけれども、被告人らと意見を交換した結果、意見の一致を見るに至らなかつたため、遂に「被告人らの意思に反して弁護活動を行なうことは被告人らに被告人らの主張の機会を失わせることになり、ひいては被告人らに納得のいく裁判を受ける機会を失わせるという点に気がついた」から、自分らは先に述べた弁護方針を貫くことは弁護人の良心に照らしできないとの結論に達したというのである。すなわち、国選弁護契約の当事者である弁護士の責に帰すべからざる事由による弁護不能として民法六五六条、六五一条により契約を解除するというのである。しかしながら、公法上の第三者のための契約説は、学界でも認められていないし、判例もない到底無理な考え方であるが、それはともかく、決して裁判所の責に帰すべき事由によるものではなくして、被告人らの意思に反して弁護活動を行なうことが結局被告人らの納得のいく裁判を受ける機会を失わせるだというのである。しかのみならず、当裁判所が右三名の弁護人と直接面接し事実の取調として聴取したこところおよび裁判官が丙弁護人から聴取したところによれば、当裁判所がいよいよ実質審理に入る予定である旨告げてあつた四月五日の公判期日の直前である三月三一日、四月一日、同月三日に弁護人らと被告人数名とが打合せをした際、「実質審理に入つても、あくまで法廷内にとどまつて訴訟法で弁護人に許された権利を最大限に行使する」という弁護人らの考え方と、「実質審理は受けるわけにはいかない」とする被告人らの考え方が対立し、弁護人らがいくら説得を図つても被告人らは聴き容れず、その際被告人らは「法廷に出て審理を進めることは被告人の不利益になる」「法廷に出ること自体裁判所の弁護人となることであつて、われわれの弁護人ではない」「退廷には体をはつて阻止してくれ」「起訴状朗続を阻止してくれ」とか「被告人らが退廷させられたら、弁護人も退廷してくれ」「在廷命令が出てもこれを振切つて退廷してくれ」「処分懲罰になつてもやってくれ」「もし在廷して裁判所の手続進行に協力するなら自分達が懲戒の申立とする」などと弁護人に無理難題を要求したこと、四月五日の公判の開廷前に弁護人らが被告人ら全員に確認した際も、本件被告人全員が前記数名の被告人らと同じ態度をとるということが判つたため、三弁護人としては「このまま弁護人としてやるわけにはいかない」と感じ、その日辞任に踏み切つたことが認められる。

また、丁弁護人の辞任届によれば、「被告人らは、四月五日の公判期日に起訴状朗読が行われた際の同弁護人の行動を非難し、真の弁護人であるためには抗議の退廷をし、或は実力により検察官の起訴状朗読を阻止すべきものとし、それをしない弁護人は、刑事訴訟という儀式の立会人ないしロボットに過ぎず、被告人の弁護人ではなく裁判所の弁護人として検察官とともに被告人に敵対するものであると断定する。被告人から敵視され、事実関係も語つてもらえない状態では、良心的な弁護ができず、たえられない屈辱である。そうといつて法廷秩序に反してまで実力行動をとることは自分にはなおさらできないので、国選弁護人を辞任するほかない」旨の記載があり、さらに当裁判所が同弁護人から事実の取調として聴取したところによれば、同弁護人は、他の三弁護人が前記国選弁護契約解除通知者を提出した後も、なお少なくとも二、三開廷は出廷して弁護できるものと思い、ひとり弁護人として残り四月五日の法廷に出廷したところ、右公判の後被告人らのうち四名が来て、「四月二六日の第五回公判期日には立ち会うことは絶付よしてくれ」「残つて審理に協力することはわれわれに対する敵対行為である」「この前検察官の起訴状朗読を許したのは、けしからん。どうして検察官の口をふさがないのか」などと弁護人に無理難題を要求し、また「他の弁護人が辞めたのに、……何故残つているのだ」などといつたため、同弁護人としては、被告人らの右態度から、「これは弁護人を辞めてくれという意思表示である。被告人らの態度が自分の予想外に強硬で、到底弁護人としてとどまつていられない」と感じた等の状況が窺われるのである。

右のような状況から見れば、被告人らは正常な意味で弁護人の適法な弁護活動を期待しているのではなくて、自らほしいままに自己の利益と考えるものを守るために、法曹としての弁護人が到底できないような無理難題を要求し、それがために、四名の本件国選弁護人をして前記のとおり辞任申出するのやむなきに至らせたものと認定することができるのである。

もつとも、被告人らは、本件国選弁護人らが辞任したのは、裁判所が国選弁護人らから出された各種の提案や申入れを拒否し、国選弁護人の努力を無視して、強権的な法廷の運営をなしたことに原因があると主張するが、本件国選弁護人四名については決してそうでないことが、前示のところから明らかである。(もし、国選弁護人らが、被告人らの主張するような理由で辞任申出をした場合、そのことが辞任の正当な理由になるかというと、そういうことはあり得ないと思われる。何故ならば、国選弁護人の提案は、いずれも裁判所の訴訟管理についての具体的な提案であつて、それを容れるかどうかは、裁判所の裁量に委されているから、仮にその処置に不満があつたとしてても、異議申立をしたり上訴審において争いうる場合は格別、当該審級においてはそれに従うべきであり、それに抗議する姿勢の具体化として辞任を申し出るようなことはできないものであるからである。弁護人は、むしろ訴訟の内部にとどまり、法的に許容されている手段方法をもつてこれを糺明することが、弁護人としての職責であり、それをつくすことが有効な弁護活動に外ならないからである。)

七 もともと、国が国選弁護を保障するということは、国が弁護人を選任することにより、被告人がその弁護人を自己の弁護人として利用可能な状況に置くことであり、実際にその弁護人を利用すると否とは被告人の自由であるから、前認定のように、被告人らがすでに付された弁護人らに無理難題を要求して出廷できないような状況を作り出し、それがため弁護人不出廷のまま訴訟が進行したとしても、それは被告人らの自業自得であつて、その場合でもも国選弁護の保障は果たされているといわざるを得ない。(それに加えて、本件において、今日に至るまで、被告人らが、自己の弁護人に対してさえも、事実関係については全く情報を提供しなかつたことから見ても、被告人らが誠実な気持で国選弁護人の弁護活動を欲したのではなくて、ただ単に訴訟引延しと裁判所に対する不当な抵抗のための道具として国選弁護人を利用しようとしていたのではなかつたかという疑いを払拭することができない。その意味では、国選弁護人請求自体が権利濫用的ではなかつたかという疑問も途中からもたれたが、ともかく選任が行われていたので、一応それを前提として進むことにしたのである。また、前記のような被告人らの言動からすれば、正常な活動をするための用員としては、弁護人らはむしろ法廷に出ないことを被告人らは希望しているのではないかと思われる。そうなれば、選任請求の撤回を認定することもできそうであるが、そこまで積極的に認定するのは、今はさし控えることにする。)

八  なお、前記のとおり、被告人らの弁護人らに対するひどい言動があつたのであるから、弁護人の気持としては、改めて被告人らから無条件の弁護活動の依頼があれば格別、それがない以上、良心的に弁護人として法廷に出られないというのも十分理解可能である。しかし、だからといつて、弁護人らの不出頭が当然であるとか、許されるとかいつているわけでもなく、当裁判所としては、甲、乙、丙三弁護人からの国選弁護契約解除通知はもちろん、丁弁護人からの辞任届に対しても、いまだ被告人らから弁護人らに対し暴行、脅迫等が加えられたり、またそのさし迫つた危険が存する等の事情がない状況の下では国選弁護人を解任するに足る正当事由がないし、また被告人らか実質審理を拒否し具体的な防禦行為を行なおうとしない審理状況の下では国選弁護人の弁護活動の必要性は少なくないと判断し、国選弁護人らを解任しないことに決定し、その旨を弁護人らに通知した(昭和四六年四月二七日)のであるから、むしろ、弁護人らは、一応辞任申出をしている他部関係の大多数の弁護人がしているように、やはり出廷してできる限りの弁護活動をする義務があつたのである(もつとも、被告人らの前記言動があつた事情は、弁護人らの不出頭に対する懲戒等が問題になる場合には、事情として大いに斟酌すべきものであることは勿論であろう)。

九  以上のような見地に立つて、被告人らの言動が原因となつて弁護人が出頭しなくなつた結果の不利益は被告人らが自ら負うのは当然であるとの考えから、当裁判所は、四弁護人の不出廷にもかかわらず審理を進めてきたのであり、途中でも度々被告人らに、弁護人に対し無理な要求をやめ、無条件で弁護してもらうようにお願いすることを勧告したにかかわらず(例えば、七月一日の第八回公判)、被告人らはなかなかそれに従わなかつた。そして、七月段階ではとくに詳しい説明をし実質審理に応ずべき勧告の手紙を出し、被告人らも八月段階では一旦裁判所に対し、釈明要求書の準備を約するなど応訴の気配を示したが、結局その申し合せを破棄し、五月一〇日の第六回公判から一二月二〇日の第一二回公判まで、実質審理が始まると必らず騒き出して退廷命令のやむなき状況を作り出しては退廷命令を受け、遂に一度も実質審理に応じなかつたのである。

一〇  なお、被告人らは、当裁判所の審理の進め方について、当裁判所がみだりに発言禁止命令や退廷命令を発し、被告人らの防禦権を無視して被告人不在のまま審理を進めるなど、余りにも強権的で違法であるとも主張するが、右主張は全く当つていない。本件審理経過を見ると、前記のとおり、第一ないし第三回の各公判期日には、実質審理をすることなく、当裁判所と被告人らとの間の審理方式等に関する問答に終始し、起訴後約一年五ケ月後の第四回公判期日(昭和四六年四月五日)において、弁護人問題等に関する問答をした後にようやく起訴状朗読だけをすませ、弁護人全員が出頭しなくなつた第五回公判期日はまた実質審理をすることなく、弁護人問題についての問答とこれに関する裁判所からの被告人らに対する説得に費し、検察官の冒頭陳述以降の証拠調に入つたのは、起訴後約一年半を経た第六回公判期日(同年五月一〇日)からである。この間において、当裁判所は、被告人らから出される意見や質問に対しては、これを真剣に受けとめ、慎重に検討したうえ、逐一正面から書面または口頭で詳細な回答をなして判断を示してきた。およそ裁判手続においては、前述のとおり、裁判所の判断が示された以上、当事者においていかに不満があろうとも、これに従つて次の段階の手続に進むべきである(異議または抗告が認められているものについては、その方法により、当該裁判所の再度の判断または上級審の判断が受けられるが、その判断が出た以上はそれに従うべきである)が、被告人らは、当裁判所が再三そのことを教えて議論の蒸返しをやめるようにいつたにもかかわらず、同じ議論をくり返し、そのため当裁判所も被告人らが法律の素人であること等を考慮して、一定の限度で同じ問題について説明をくり返し行なうことさえした(実質審理を行なうに至つた第六回公判期日以降においても、ほとんど毎回公判期日の冒頭には被告人らとの問答を行なつた)。しかし、被告人らは、毎回果しなく議論を蒸し返し、実質審理に応じようとせず、実質審理の手続に入ろうとするや、口口に勝手な発言をしたりして審理妨害の態度に出るので、やむなく当裁判所は発言を禁止し、なお従わない者に退廷を命ずる措置に出ざるを得なかつたのである。そうでなければ、法廷の秩序は保つことができず、本件裁判は進行しなかつたからである。被告人らが、当裁判所の審理の進め方を前記のように非難するのは、自己の非を棚に上げて、その結果として生じた現象のみをとらえて「異常法廷」だと騒ぎたてるに過ぎないものである。いうまでもなく、被告人の防禦権というものは、法規の定めるルールに則つて防禦すべき権利のことであつて、本件公判を通じて終始そのような態度に出なかつた被告人らには、防禦権を云々する資格はないものといわなければならない。

ただそうはいうものの、被告人らにいささかでも反省する気持があり、本当にルールに則つて防禦する気持があるならば、できる限りその実質的回復を図る意図で、詐年七月段階で再考を促したのを初めとし、その後も、法廷の開かれる都度勧告を続けたが、被告人らはそれもきかなかつた。

今はもう裁判所としては判決する外ないとして、今回の判決に踏み切つたわけである。

(熊谷弘 金谷利廣 門野博)

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