大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5465号 判決

原告

梅津真由美

外三名

代理人

加藤雅友

被告

株式会社奥村組

代理人

黒笹幾雄

主文

一  被告は、原告梅津秀に対し金五九二万八、六三三円、同梅津真由美に対し金一、〇三七万九、六六六円、同梅津タマノに対し各金一三〇万円および右各金員に対する昭和四五年二月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告らの被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、原告梅津秀について金三〇〇万円、同梅津真由美について金五〇〇万円、同梅津タマノについて各金一〇〇万円の限度で、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  被告は、原告梅津真由美(以下原告真由美という。)に対し金一、六九七万六、八七〇円、原告梅津秀(以下原告秀という。)に対し金一、二四八万八、四三五円、原告梅津仁(以下原告仁という。)、同梅津タマノ(以下原告タマノという。)に対し各金二五九万円および右各金員に対する昭和四五年二月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言

(答弁)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一 当事者と事故の発生

被告は土木建築工事等を業とする会社であり、訴外梅津藤一(以下藤一という。)はその従業員であつたが、昭和四五年二月一一日午後六時二五分ごろ、東京都品川区南大井三丁目二六番一八号地先の東京都下水道局から被告が請負つて施工中の下水道工事現場において、地盤崩落事故が発生し、地下堀削作業に従業中の藤一は土砂に埋没し、胸腹部圧迫のため同日死亡した。〈以下省略〉

理由

一請求の原因第一項の事実(本件事故の発生と藤一の死亡)は当事者間に争いがない。

二そこで本件事故の原因と被告の責任について検討する。

(一)  本件事故が、下水道管埋設のための隧道掘削工事に際し発生したものであることは当事者間に争いがないが、隧道が民法第七一七条にいう土地の工作物であることは明白であり、右掘削工事を施工中であつた被告がその占有者であることも明らかである。

(二)  本件事故の原因

隧道上部の土砂が崩落した原因については、隧道自体の土止め工事の瑕疵の有無は別として、証拠上、以下のような様々な見解がみられる。(以下の書証はすべて成立に争いがない。)

1  労働基準監督官作成の災害調査復命書(甲第一四号証)

(1) 隧道を掘るまでの、反対側からのシールド工法の掘進圧のため地盤に相当前押しの(手掘り側への)ゆがみが残つていたと思われること

(2) 隧道を掘り始めた縦坑には既設の下水管が入つており、工事に支障があつたので右縦坑掘削時に方向変更したが、そのジョイント部分付近から水もれがあり、また縦坑の脇の側溝の一部が損壊しておりその漏水等が掘削面に廻り、これら遊水のため地盤が軟弱化したと思われること

2  被告の事故報告書既設の下水道管、ガス管等に伝わる遊水が、山囲用パイル打設の際の振動により生じた隙間に滲透し、在来の強固な地盤を軟弱化していたが、これを山囲工のため発見できなかつたのが原因である。

3  近藤武文の司法警察員に対する供述調書および堀川藤夫の検察官に対する供述調書

地山が堅いと過信したこと、上部に地下埋没物(在来の下水道管、ガス管等)がありその上に埋め戻しの土があつたこと等が原因である。

4  山崎暉夫、堀川藤夫、宮川勝美の司法警察員に対する各供述調書および証人堀川藤夫の証言

地質が固い、良好な状態であるとの予測のもとに掘つたところ、上部からの遊水があり、これが土地に滲透し地山がゆるんだことが原因である。

証拠上原因とされているものは以上であり、他に崩落の原因と考えられるものは証拠上うかがわれないから、以上の一部ないし全部がその原因であるものと推認し得る。

(三)  ところで、隧道の掘削工事に当つては、当該箇所の地山にかかる地質、地層の状態、付近の遊水、含水の有無等の具体的情況に対応して、土砂の崩落のおそれのない堅固な構造の土止め設備をなすべきものであつて(労働安全衛生規則一六三条の三八参照)、本件事故の原因となつた前記のような事態の発生をも予想してこのような場合にも崩落を防止し得るような設備をなすべきが社会通念上当然である。けだし前記のような事情は到底不可抗力とはいい難いからである。

したがつて、このような設備を有していなかつたため土砂の崩落という事態を招来した本件隧道は、その本来具えるべき設備を欠いたものとして、設置上の瑕疵があつたものといわざるを得ない。

なお〈証拠〉によれば、本件事故の直前、隧道内に第一の鳥居型支保工を設置し、天端に矢板を打ち込みながら掘進していたが、矢板は支保工の側だけが支えられている状態であつて、その切羽側は、地山を少し掘つて矢板を支えることあるいは次の支保工を入れるまで仮補強のポストを設けて支えることをせず、地山が全面的に掘られてしまつていたため、支えられていなかつたことが認められ、きわめて脆弱な土止め設備であつたことはこの一事からしても明らかであつて、本件隧道はその本来具えるべき設備を有するというには程遠いものであつたといわなければならない。

(四)  以上のとおり本件事故は被告の占有する土地工作物の設置の瑕疵によるものであり、被告が損害の発生を防止するに必要な注意をなしたことを認めるに足りる証拠はないから、被告は本件事故による損害を賠償する責任を免れない。

三次に原告らの損害額について判断する。

(一)  得べかりし利益

1  農業による収入

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 藤一の一家は同居の家族は藤一、原告秀の夫婦とその両親であつたが、農業生産には主として藤一が当り父親の原告仁(現在五五歳で病身である。)と母親の原告タマノが同人を多少手伝う程度であつて、それ以外には手伝いを依頼することなく、田二町二反五畝を耕作し、収穫した米を昭和四二年度は一万三、八〇〇キログラム(二三〇俵)、四三年度は一万五、七二〇キログラム(二六二俵)、四四年度は一万五、七八〇キログラム(二六三俵、その価額は二一四万九、六五四円)を農業協同組合を通じて政府に売渡した。

四二年度の売渡し量が例年よりやや少ないのは、新規に開設した田があつたためと水害のためであつて、水害は平均して三年に一回位はある。

(2) ところが、藤一死亡後の昭和四五年度からは、東京に就職していた原告仁の二女が帰郷して農業に専念しかつ近所の人に手伝いを依頼したにもかかわらず、前記水田全部を耕作することはできず、ようやく四五年度は耕作面積一町三反(売渡し量は一三五俵、価額は一一〇万四、四五〇円)、四六年度はさらに多数の人手を頼んで一町五反を耕作することができたにとどまつた。

(3) 四四年度の農業諸経費は、消毒費四万六、六三二円、肥料代九万八、九二〇円、除草剤代八、〇八〇円、機械償却費八万五、〇〇〇円、機械油代四、五〇〇円、水利費一万一、一七〇円、麻袋二六三俵分四万一、〇二八円で、合計二九万五、三三〇円であり(原告の計算は誤つている。)、四五年度はそれぞれ三万〇、七七三円、六万三、五三〇円、九、三六〇円、八万五、〇〇〇円、四、五〇〇円、一万一、三〇〇円、一万二、九六〇円で合計二一万七、四二三円であつた。

以上認定の事実によれば、藤一の農業による得べかりし利益は、少くとも藤一死亡前の農業純益と死亡後の純益との差額を下廻ることはないと認めるのが相当である。

そして、死亡前の生産量は、水害が三年に一度位はあることを考慮し、四二年度から四四年度までの三カ年の平均によるのが相当というべく、これを算出すると二五一俵となる(一俵未満切捨て)。四四年度は二六三俵で価額二一四万九、六五四円(一俵平均八、一七三円となる。)であるから、二五一俵では二〇五万一、四二三円である。

諸経費は、耕作面積が同一である以上、毎年それ程の差異はないと思われるから、四四年度の諸経費合計二九万五、三三〇円を控除することとし、藤一の死亡前の純益の平均は一カ年一七五万六、〇九三円となる。

これに対し四五年度の純益を計算すると八八万七、〇二七円であるから、四四年度以前の純益との差額は八六万九、〇六六円となる。(この金額は、四四年度以前の純益の約五割であつて、前記認定のような農業経営の実情からみて、藤一の一家の農業経営における藤一の寄与率としては、きわめて控え目な数字であることが明らかである。)

2  出稼ぎによる収入

〈証拠〉によれば、藤一は高等学校卒業後毎年出稼ぎをしていたが、その期間は一一月末ないし一二月始めから翌年三月半ばないし三月末までであること(四四年度は、被告との間で、同年一二月一七日から四五年三月一〇日までの契約期間のもとに稼働していたが、この年は何らかの事情があり、特に出発が遅れたものである。)、藤一と同じく山形から季節労務者として上京し本件現場で働いていた土田巧の場合は四四年一一月一八日に上京し、翌年四月一一日に帰郷する予定であつたこと、本件現場では三二、三名の山形県および鹿児島県からの出稼ぎ労務者が働いていたが、稼働期間はおおむね一一月中旬から翌年四月中旬までであつたこと、藤一は将来も引続き出稼ぎをする予定でいたこと、藤一の付近の農家では五〇歳位まで、強健な人の場合は五五歳位まで出稼ぎをしていることが認められる。

以上の事実によれば、藤一は毎年遅くとも一二月始めから早くとも翌年三月半ばまで季節労務者として稼働したはずであるということができる。

そして、〈証拠〉によれば、本件職場ではあらかじめ休日は定つていなかつたことが認められるが〈証拠〉によれば藤一は四五年一月は二六日間、二月は死亡(一一日)までに一〇日間働いていることが認められるから、この事実から推測すれば、右出稼ぎ期間(三カ月半、一〇五日)中の実働日数は、少くとも九〇日はあるとみるのが相当であり(七日に一日の割合で休日がある計算となる。労働基準法三五条参照)、生活費を控除した三〇日間の純益が六万三、五四〇円であることは当事者間に争いがないから出稼ぎ期間中の純益の総額は一九万円となる(千円未満切捨て)。

3  生活費の控除

山形県人事委員会算出の昭和四三年四月の山形市における独身男子(一八歳程度)の標準生計費は一万七、二二〇円(食料費八、一六〇円、住居・光熱費二、六九〇円、被服費一、三八〇円、雑費四、九九〇円)であるが(労務行政研究所刊、全国都市別標準生計費)、これと比較対照して藤一の生活費を検討すると、藤一の場合住居費は不要であり、農家であるから食料費も安価であることは推測されるが、一カ月三万円程度とみるのが相当であり、右金額を越えることはないと思われる。

藤一が農業に従事している間の生活費は右数額によることになり、三カ月半出稼ぎするとすれば年間二五万五千円、出稼ぎに全く行かないとすれば年間三六万円となる。

4  稼働期間

藤一が死亡当時満二五歳であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば藤一は健康な男子であつたことが認められるから、同人は六三歳までの三八年間農業に従事し得たものであり、五八歳までは毎年前記認定の収益をあげ得たものというべきであるが、五八歳から六三歳までの最後の五年間は収益は半分程度に減少するものと認めるのが相当である。なお右五年間は生活費も半額で足るものと認められる。

次に出稼ぎによつて前記認定の程度の収益を得ることができるのは、前記認定の事実によれば、確実なところ五〇歳までの二五年間とみるのが相当である。

5  以上のまとめ

以上を総合すると、藤一は毎年次のとおりの利益を得たはずである。

(1) 二五歳から五〇歳まで

農業純益      六一万円

(八六万九、〇六六円から八カ月半の生活費二五万五、〇〇〇円を控除し、一万円未満を切捨てた金額)

出稼ぎによる純益  一九万円

(2) 五〇歳から五八歳まで

農業純益      五〇万円

(八六万九、〇六六円から、一年間の生活費三六万円を控除し、一万円未満を切捨てた金額)

(3) 五八歳から六三歳まで

農業純益      二五万円

(右金額の半額)

そして、ホフマン式(複式)計算により中間利息を控除して一時金に換算すると、別紙計算式記載のとおり、総額一、四八一万九、五〇〇円となる。

6  相続

藤一の相続関係は当事者間に争いがないから、右得べかりし利益は原告秀が四九三万九、八三三円、原告真由美が九八七万九、六六六円をそれぞれ相続したことになる。

(二)  慰藉料原告秀、同タマノの各本人尋問の結果によれば、原告秀は藤一との結婚後一年足らずして夫藤一の死亡にあつたこと、死亡時原告真由美を懐胎しており死亡の約一週間後に出生したこと、藤一は原告仁、同タマノ夫婦の唯一の男子であつて家業を支えていたことが認められ、その他諸般の事情を斟酌すると、慰藉料は原告秀が一〇〇万円、同真由美が五〇万円、同仁、同タマノが各一二五万円とするのが相当である。

(なお、藤一死亡後に出生した原告真由美に慰藉料請求権はないとの被告の主張は採用できない。)

(三)  労災保険金の控除

原告秀が本件事故により、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償一時金として九一一、二〇〇円を受領したことは当事者間に争いがないから、これを同原告の損害額から控除すべきである。

(四)  弁護士費用

〈証拠〉によれば、原告らは被告と本件損害賠償について交渉したが、被告は何ら具体的数額を提示せず解決が困難であつたので、やむなく原告ら代理人に委任して本訴の提起に至つたものであることが認められ、弁論の全趣旨により原告ら主張のような報酬契約を締結していることが認められる。

そこで本件における事案の難易(被告従業員に対する労働基準法違反被告事件の刑事確定記録を援用し得たため、原告らとしては訴訟の追行、立証にさほどの困難はなかつたものと推測される。)、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して、本件不法行為と相当因果関係に立つ金額としては一〇〇万円(前記認容額の総計一、七九〇万八、二九九円の約六パーセント)が相当というべきであり原告秀については九〇万円、原告仁、同タマノについては各五万円と認められる。

(五)  結論

以上述べたところによれば、原告らの損害額は次のとおりである。

1 原告秀   五九二万八、六三三円

2 原告真由美 一、〇三七万九、六六六円

3 原告仁、同タマノ 各一三〇万円

四よつて原告らの本訴請求は、以上認定した金額およびこれに対する不法行為の翌日である昭和四五年二月一二日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書、仮執行の宣言(主文掲記の限度で認めるのが相当であり、その余の部分については失当であるから却下する。)について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。(矢崎秀一)

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