大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(合わ)248号 決定

被告人 村上明

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する殺人被告事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一、検察官の証拠調請求にかかる被告人作成の自供書(検察官証拠請求目録乙1)、被告人の司法警察員に対する昭和四五年六月一三日付(同乙2)および同月一七日付(同乙3)各供述調書、被告人の司法警察員に対する弁解録取書(同乙7)ならびに被告人の検察官に対する弁解録取書(同乙8)については、いずれも却下する。

二、検察官請求にかかる被告人の検察官に対する供述調書(同乙4)を証拠として採用する。

理由

一、検察官から、本件被告事件の証拠として、主文一、二項掲記の各証拠の取調の請求があつたところ、被告人の弁護人らは、右各証拠は強制により得られたもので、いずれも任意性がない旨主張する。

二、(当裁判所の判断)

(一)  被告人作成の自供書(検察官請求証拠目録乙1)について第五回公判調書中の被告人の供述部分、第二回公判調書中の証人藤枝克彰の供述部分、第三回公判調書中の証人田村金也の供述部分、証人藤枝克彰および大田普二の当公判廷における各供述ならびに記録在中の司法警察員荒武義作成の逮捕状請求書、裁判官作成の逮捕状および勾留状によれば、被告人は、本件発覚直後である昭和四五年六月一二日午前二時半すぎ頃、田村金也巡査らによつて、その際就床中の部屋から渋谷警察署に同行され、同日午後七時すぎ頃まで同署二階六号調室の椅子に坐らされたままの状態で留め置かれたこと、その間、当初は右田村巡査により、次いで、午前四時頃から同七時三〇分頃まで藤枝克彰巡査部長および清水巡査部長により、さらに午前八時頃から同日午後二時頃までの間主として大田普二巡査部長によつて取り調べられ、しかも右取調に際しては応援に来署していた警視庁機動捜査隊員らが常に何名か右調室を出入し、これらの警察官からもしばしば発問を受けたこと、取調べにあたり当初からすでにかなりの嫌疑をかけられながら参考人取調べという名目のため、当初は供述拒否権について告げられることもなく、午前八時ごろ前記大田巡査部長からその取調べを開始されるに際し、わずかに「いいたくなきやいわなくてもいいんだ」という趣旨のことを告げられたにとどまること、右午前三時前ごろから午後七時すぎごろまでの間、被告人は横臥はもとより、睡眠をとる機会も与えられず、被告人のかなり疲れた様子を看取した捜査官から、時おり机の上にうつぶせとなつて休むことを許されたのにすぎないこと、そして、被告人は午後一時ごろようやく自供を始めたこと、またその際の自供については取調官の作成した供述調書という形式がとられることなく、ことさらに被告人の自筆の自供書を作成するよう命じられたこと、一方、法的な手続としては、こうして被告人の自供書が得られたのちにはじめて、いわゆる通常逮捕状の請求手続がとられ、午後七時一〇分ごろようやくこれに基づく逮捕状によつて逮捕、留置されるに至つたことなどの事実が認められる。

してみると、なるほど本件のように、深夜に発覚した事件においては、捜査に必要な知識を有すると思われる者に直ちに同行を求め事情を聴取することは勿論やむをえないにしても、右認定のような状況のもとで行なわれた被告人の取調は、任意捜査としての限界を越えるものといわざるをえず、とりわけ午前八時以後の取調は、全く法律上の手続によらない事実上の逮捕下における被疑者の取調であると考えられる。従つて、かかる違法な強制に基づく取調によつて得られた被告人の自白は、すでにそれだけで証拠能力を欠くものと認めざるをえず、さらに、右認定のように精神的にも肉体的にも疲労している被告人に対し、明確に供述拒否権を告げることもなく、長時間にわたつて多数の警察官らが交互にかなり厳しい追及を行なつた場合においては、その結果得られた自供書は、刑訴法三一九条一項にいう任意にされたものでない疑のある自白というべく、その意味でもこれを証拠として許容することはできない。

(二)  被告人の司法警察員に対する各供述調書(同乙の2、3)同弁解録取書(同乙の7)および検察官に対する弁解録取書(同乙の8)について、

前記自供書は、右のとおり違法なかつ強制的な取調に基づき得られた、任意性に疑いのある自白を内容とするものであると認められるところ、前掲各証拠によれば、被告人の司法警察員に対する弁解録取書は、右のように長時間にわたる事実上の違法な拘束に引き続いた逮捕の当初に作成されたものであつて、いわば自供書の延長線上にあるものであること、また、被告人の司法警察員に対する各供述調書は、いずれも右自供書の作成からさほど隔たらない日に作成されたものであるばかりか、逮捕の翌日である同月一三日の調書の作成にあたつては、これに先立つ取調において被告人はいつたん供述をひるがえして否認したのにもかかわらず、前日に自供しているのではないかと右自供書を持出され、ついに再び自白するに至つたものであること、そしてその取調には前日に右自供書を作成させた前記大田巡査部長らが立会つていること、同月一七日付調書は右同月一三日付調書を基礎にしてその補充という観点から取調がすゝめられ作成されたものであること、さらに被告人の検察官に対する弁解録取書は右各司法警察員調書の作成の中間の時点において、警察での取調の影響について格別の配慮をすることなく作成されたものであることが認められる。

従つて、右のような経緯からすれば、右各供述調書等は、その作成にあたり右自供書作成の際に加えられた違法な強制の影響が遮断されたことを窺わせる事情は認められず、むしろその影響がかなり強く残つていたことを窺わせる状況にあるから、結局、これらについてもその任意性について合理的な疑を持たざるをえない。

(三)  被告人の検察官に対する供述調書(同乙の4)について、

前掲各証拠および証人三野昌伸の当公判廷における供述によると、右供述調書は同月二二日に作成されたものであること、その際の取調において、被告人は、その内心の思惑の有無はともかく当初から全く否認することなく、自発的な形で供述していること、被告人において自供書等の作成事情について検察官に特段の供述ないし訴えをしたことは認められないこと、検察官において格別に被告人に対し強制的な言動を行なつたことも窺われないこと等の状況が明らかである。

そうすると、同供述調書作成に際しては、一応、前記自供書等の作成の際に存した強制的要素の影響がほとんど失われていたものと推認することが許され、結局、現段階においては、本件供述調書に関する限り一応その任意性についてその証明があつたものというべく、その証拠能力を肯定することができる。

三、(結論)

以上のとおり被告人作成の自供書、被告人の司法警察員に対する各供述調書、被告人の司法警察員に対する弁解録取書および被告人の検察官に対する弁解録取書は、いずれもその供述が任意にされたものでない疑があると認められるので、刑訴法三一九条一項、刑訴規則一九〇条一項により、その各証拠調請求を却下することとし、被告人の検察官に対する供述調書については、刑訴規則一九〇条一項により、これを証拠として採用することとする。

よつて、主文のとおり決定する。

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