大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(モ)2506号 判決

申立人 三浦ふみ

右訴訟代理人弁護士 土屋公献

同 今村嗣夫

同 高谷進

被申立人 市原義一

右訴訟代理人弁護士 是恒達見

主文

債権者坂上真一郎と債務者三浦ふみ間の当庁昭和二六年(ヨ)第四、七六四号不動産仮処分申請事件について、当裁判所が昭和二六年一一月一六日にした仮処分決定は、これを取り消す。訴訟費用は被申立人の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

一  申立人訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、申立の理由として次の通り述べた。

(一)  坂上真一郎は、本件申立人を仮処分債務者として、昭和二六年一一月一六日当裁判所に対し、当時申立人が所有していた

東京都千代田区神田神保町一丁目四六番地の二所在

家屋番号 同町四六番の一一

一、木造瓦葺二階建事務所一棟

建坪五坪 二階五坪

(以下、本件建物という。)につき、その敷地(以下、本件敷地という。)の所有権に基く本件建物収去土地明渡請求権を被保全権利として、譲渡その他一切の処分を禁止する旨の仮処分命令を申請し、前同日、これを認容する主文第一項記載の仮処分決定を得た(同月一七日仮処分登記。)

(二) 申立人は、これより先同年一〇月二日、安村善太郎に対し、本件建物を売り渡していたが、昭和二七年三月二五日に至り、所有権移転登記手続を了した。

(三) 坂上真一郎は、昭和二七年四月三〇日、申立人の安村善太郎に対する本件建物の譲渡を承認し、安村善太郎との間に、本件建物の所有を目的として本件敷地の賃貸借契約を締結した。

(四) かくて、被保全権利、すなわち、坂上真一郎が申立人に対して本件敷地所有権に基き本件建物収去土地明渡を請求する権利は消滅したから、本件仮処分決定は事情の変更により取り消されるべきである。

(五) しかるところ、坂上真一郎はその後である昭和二七年一一月一五日本件敷地を被申立人に譲渡し、昭和二八年四月二七日に所有権移転の仮登記を、昭和三四年一月九日にその本登記を経由した。

被申立人は、そこで、同年三月三日仮処分債権者坂上真一郎の特定承継人として、本件仮処分命令につき承継執行文の付与をうけ、執行債権者たる地位を承継した。

(六) しかしながら、被申立人は坂上真一郎が主張しえたであろう権利以上のものを取得するいわれなく、同人が安村善太郎に対して本件敷地を賃貸したという実体上の行為を撤回することはできない。

また、安村善太郎は坂上真一郎に対し本件敷地の借地権を有し、その地上にある本件建物につき所有権取得登記を経由していたのであるから、その後に土地所有権を取得した被申立人に対しても右借地権を対抗しうるものであって、たまたま建物所有権取得登記の前に処分禁止の仮処分登記があるとの形式的な一事をもって、別異に解すべき理由は全くない。

よって、申立人は本件仮処分債権者たる地位を承継した被申立人に対し本件仮処分命令の取消を求める。

二  被申立人訴訟代理人は、本件申立却下の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  申立の理由(一)を認める。

(二)  同(二)のうち、本件建物につき申立人から安村善太郎に対し所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(三)  同(三)は知らない。

(四)  同(四)は争う。

(五)  同(五)は認める。

(六)  同(六)の法律上の主張は争う。

本件仮処分の被保全権利は本件敷地所有権であり、仮処分債権者坂上真一郎およびその承継人たる被申立人がこれを所有しつづけてきたのであるから、未だかつて被保全権利が消滅したなどということはない。

かりに、被保全権利が本件敷地所有権に基く建物収去土地明渡請求権であり、坂上真一郎が申立人に対してこれを放棄したことがあったとしても、被申立人が坂上真一郎と申立人間のかような一種の債権債務関係を承継するいわれはさらにない。仮処分債権者が坂上真一郎から被申立人に変更したことにより、一旦消滅した被保全権利は復活したのであり、被申立人が申立人に対して、本件敷地所有権にもとづく建物収去土地明渡請求権を有することは明らかである。被保全権利が存在しないのに承継執行文が付与されるはずがない。

また、安村善太郎は坂上真一郎から本件敷地を賃借し、その上に存する本件建物に登記がなされている以上、同人はその借地権を被申立人に対しても対抗しうる旨の申立人の主張は、本件仮処分の存在を無視した議論であり、本件仮処分が取り消されてはじめて成り立つ主張といわなければならない。

よって、本件申立は却下されるべきである。

三  疎明関係≪省略≫

理由

一、本件訴訟手続の経過にかんがみ、実体的な問題に立ち入る前に、まず手続上の問題、ことに、事情変更による仮処分取消申立事件における正当な当事者および取消判決の効力の主観的範囲につき、もちろん本件の判断に必要な限度で、当裁判所の見解を略述したい。

いうまでもなく、事情変更による仮処分取消制度は、仮処分命令の発令後に事情の変更があり、現在においては仮処分命令を維持すべきでないことになったとき、債務者側の申立によって仮処分命令を取り消す手続である。その機能において、それは本執行の債務名義に対する請求異議の訴に相当する。しかし、請求異議手続においては単に債務名義の執行力を排除するだけであるのに、仮処分取消手続においては、債務名義たる仮処分命令の執行力を排除するというに止まらず、命令そのものを取り消してしまう。かような法律的効果の点では、仮処分取消手続は、むしろ、確定判決の取消を目的とする再審手続に類似する。

正当な当事者および取消判決の効力の主観的範囲を考える場合にも、かかる観点に立ち、請求異議ないし再審手続との対比類推において考察を進めることが許されよう。

(一)  まず、本件において仮処分債務者たる申立人が取消申立権を有することは、多言を用いるまでもなく明らかである。

仮処分命令発令後に債務者側に特定承継があり、その承継人が仮処分債務者とは別個に独立して仮処分の取消を申し立てうるとしても、そのことによって仮処分債務者が取消申立権を失うということはない。けだし、仮処分債務者は依然仮処分命令の名宛人としてその効力をうけつづけるからである。

(二)  仮処分債権者である坂上真一郎が事情変更による仮処分取消手続において被申立人たりうることは論をまたない(発令後に債権者側に特定承継があっても、その適格性を失わないことについては、前項の記述がそのまま妥当しよう)。

しかし、本件被申立人もまた、仮処分命令発令後の特定承継人として、債務名義たる本件仮処分命令の効力をうけ保全執行債権者たりうる地位を取得した以上、同人との関係において仮処分命令を取消すため、仮処分債権者とは別個に被申立人たる適格を有するものといわなければならない。

仮処分異議手続は仮処分申請事件の続行手続にすぎないから、仮処分命令発令後債権者側に特定承継があったときも、仮処分債権者を無視して特定承継人のみに対し異議を申し立てることは許されないが、仮処分取消手続は仮処分申請事件とは別個独立の手続であるから、これと同日に論ずることはもとよりできない。

また、仮処分取消手続は保全訴訟手続の一部を形成するものであって、保全執行手続に属するものではない。したがって、被申立人が当事者適格を有するか否かは、専ら同人が債務名義たる本件仮処分命令の効力を受けるか否かによってきまる問題であって、同人が保全執行上承継執行文の付与を受けることはこれを必要としない(本件において被申立人は既に承継執行文の付与をうけているが、当事者適格の問題に関するかぎり、これはさしたる意味をもたない。)。

(三)  結局、本件当事者はいずれも仮処分取消申立事件における積極消極の当事者適格を有するものというべきところ、この間でなされた仮処分取消判決の効力の主観的範囲は如何。それが(訴訟上の)形成判決であることにかんがみれば、その効力は当事者間に限られず、第三者(ことに、本件においては、仮処分債権者たる坂上真一郎)に対しても当然に及ぶのではないかとの疑問もないではないが、請求異議ないし再審事件の判決がいずれも当事者間にかぎられる相対的な効力しか持たないことに思いを致せば、機能および法律的効果の面でこれらに類似する事情変更による仮処分取消判決の効力もまた当事者間に限られると解するのが正当であろう。したがって、本件において仮処分取消の判決があっても、その効力は申立人と被申立人との間に限られ、坂上真一郎には及ばない。同人との関係で仮処分命令が取り消されるべきか否かは、同人を被申立人とする手続において判断されなければならない。

仮処分取消判決の効力をこのように相対的なものにすぎないと解すると、つぎに、保全執行裁判所はいかなる場合に仮処分登記の抹消を嘱託すべきかの問題に当面する。しかし、これは保全執行取消の一場合であり、まさに保全執行手続上の問題であるから、現に保全執行債権者の地位にある者が、仮処分債権者であるかその承継人であるかによって決せられるべきである。本件において仮処分取消判決がなされた場合、現に執行債権者の地位にあるのが被申立人であれば、執行裁判所は仮処分登記の抹消を嘱託すべきであり、仮処分債権者たる坂上真一郎がいまなお執行債権者の地位を保持しているのであれば、仮処分登記の抹消を嘱託すべきではない。しかして、仮処分債権者の承継人たる被申立人が、仮処分裁判所であると同時に執行裁判所でもある当裁判所において、承継執行文の付与をうけていること当事者間に争いのない本件においては、――記録によれば、当裁判所がした、仮処分登記に対する承継執行文付与に基く附記登記の嘱託は、登記すべき事項にあたらないとして却下されたもののようであるが――被申立人が現に執行債権者の地位にあるものということができるから、仮処分取消判決がなされたときには、職権で仮処分登記の抹消を嘱託すべきである。

二  つぎに、実体的な問題について検討する。

(一)  申立の理由(一)の事実および同(二)のうち昭和二七年三月二五日本件建物につき申立人から安村善太郎に対し所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫をあわせ考えれば、申立の理由(二)(ただし、前記争いのない事実は除く。)および(三)の事実を一応認めることができ、これに反する証拠はない。

右の事実によれば、仮処分債権者坂上真一郎の申立人に対する被保全権利は消滅したものということができる。すなわち、本件被保全権利は坂上真一郎の本件敷地所有権にもとづく本件建物収去土地明渡請求権であり、申立人が本件敷地上に本件建物を所有して本件敷地を占有していることがその発生要件の一つであるところ、坂上真一郎は申立人の安村善太郎に対する本件建物の譲渡を承諾したのであるから、申立人は坂上真一郎に対して、本件仮処分登記の存在にもかかわらず、本件建物の譲渡(したがって、申立人はすでに本件建物を所有していないこと)を対抗することができる。かくて、本件被保全権利はその発生要件の一つを欠き消滅するに至った(なお、坂上真一郎に対する関係のみを問題とするのであれば、より端的に同人の保全意思の放棄をもって事情変更の一事由とみることもできよう。)。

(二)  申立の理由(五)の事実は当事者間に争いがない。

そこで、本件被保全権利が被申立人との関係においても消滅したか否かが問われなければならない。しかしながら、被申立人が本件敷地の所有権を取得したことは、申立人の認めて争わないところであるから、問題の核心は、ここでも、申立人が本件建物の譲渡を被申立人に対抗しうるか否かにある。

しかるところ、処分禁止の仮処分命令は、右命令に違反してされた処分行為の相手方たる第三者の権利取得をもって仮処分債権者の被保全権利に対抗することをえないとする効果を生ずるにとどまり、この範囲を超えて、右第三者の権利取得が、仮処分命令違反の故をもって仮処分債権者に対する関係において全面的に否定されるべきものとなるわけではないとするのが判例の態度である。これを敷衍すれば、仮処分債権者の被保全権利が消滅した以上、仮処分命令に違反してなされた処分行為も仮処分債権者との関係で否定されることは皆無に帰する。被保全権利が消滅すれば、仮処分命令が取り消されなくとも、当然に、仮処分債権者は仮処分債務者の処分行為を制限しうる権限を完全に喪失する。したがって、たとえ形式的に仮処分登記が残存していても、それは全く実体を伴わない内容空虚な登記に堕したものといわなければならない。

これを本件についてみれば、被保全権利が消滅したこと既述のとおりであるから、仮処分債権者坂上真一郎は申立人の処分行為を制限しうる権限を完全に喪失したものというべく、被申立人は仮処分債権者の承継人として坂上真一郎のかかる地位をそのまま引継いだものとみるのが相当である。そして、このことは、被申立人が仮処分登記を信頼し、坂上真一郎がいまなお申立人の処分行為を制限しうる権限を保持していると信じて本件敷地を譲り受けたか否かにかかわらない。

被申立人は、仮処分債権者が坂上真一郎から被申立人にかわったことにより、一旦消滅した右処分制限の権限が復活したかのように主張するもののようでもあるが、かように解すべき法律上の根拠はない。地上権を負担する不動産の所有者は、たとえ放棄によって地上権が消滅した場合でも、その旨の登記を経由しておかなければ、地上権の譲受人に対してその消滅を対抗することはできない。しかし、被申立人は、この例における地上権の譲受人のように、坂上真一郎が本件仮処分命令により取得した処分制限の権限の消滅につき、登記の欠缺を主張しうべき第三者には該当しない。このことは、仮処分登記に対する承継執行文付与に基く附記登記ができないことによっても裏づけられる。

されば、被申立人もまた、本件仮処分登記の存在にもかかわらず、申立人の安村善太郎に対する本件建物の譲渡を否定しえないから、申立人はすでに本件敷地上に本件建物を所有してこれを占有するものとはいえず、結局被申立人との関係においても、本件被保全権利は消滅したものということができる。

三  よって、申立人の本件申立は理由があるから、主文第一項記載の仮処分決定を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐久間重吉)

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