大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)70161号 判決

原告 野村克寮

被告 シマダ化学工業株式会社

右代表者代表取締役 島田正雄

右訴訟代理人弁護士 松尾翼

同 古谷明一

同 糠谷秀剛

同 竹内康二

同復代理人弁護士 中根祥一

主文

原被告間の当庁昭和四六年(手ワ)第一一六号約束手形金請求事件の手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  請求の趣旨

被告は原告に対し金八二万円およびこれに対する昭和四六年一月二四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の原因

原告は被告振出しにかかる別紙手形目録一記載の約束手形一通を所持している。

よって原告は被告に対し右手形金八二万円とこれに対する昭和四六年一月二四日(訴状送達の翌日)から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  請求の原因に対する答弁

請求原因事実を認める。

五  抗弁

(一)  被告は原告主張の約束手形(以下本件手形という)を、その受取人である訴外東洋特機工業株式会社(以下訴外東洋特機という)に対し、いわゆる交換手形として振出した。すなわち被告は本件手形を訴外東洋特機に対し振出すのと交換に訴外東洋特機から金額は同じ、満期はこれより一〇日早い別紙手形目録二記載の約束手形の振出をうけ、その際訴外東洋特機が振出した右手形の支払をしなければ被告も本件手形の支払をしない旨を約した。ところが右訴外東洋特機振出しの手形は満期に支払われなかった。

(二)  一方本件手形は受取人東洋特機がこれを訴外株式会社東海銀行に裏書譲渡し、割引を受けた。同銀行はこれを満期に支払場所に呈示したが、振出人である被告は右のとおり交換手形が不渡となっていたので支払を拒絶した。そこで東海銀行は訴外東洋特機の代表者でその銀行取引契約上の債務の連帯保証人であった訴外早乙女健一に本件手形を買戻させ、同人に対し期限後に無担保裏書により本件手形を譲渡した。原告は右早乙女健一からその後さらに本件手形の期限後裏書譲渡を受けた。ところで右早乙女健一は訴外東洋特機の代表取締役であって前記(一)の事情を知りながら本件手形を取得したものである。

(三)  このような場合、被告は訴外東洋特機が手形を買戻し、東海銀行から戻裏書を受けた場合その後の手形取得者に支払を拒絶できるのと同様に訴外早乙女健一に対し前記交換手形についての悪意の抗弁を主張して手形金の支払を拒むことができると解すべきである。

したがって同人から期限後裏書を受けた原告に対しても支払を拒絶できる。

六  抗弁に対する答弁

抗弁事実は認める。しかし、

(一)  本件手形振出について被告の主張する事情はいわゆる融通手形の抗弁であって、これは被融通者以外には善意、悪意を問わず対抗することができない。

(二)  本件手形の第二裏書人である訴外株式会社東海銀行は善意の第三者で、これに対して被告は人的抗弁を対抗できないのであるから、これから本件手形の裏書譲渡を受けた訴外早乙女健一に対してはその善意悪意を問わず人的抗弁を対抗できないというべきである。

理由

一  請求原因、抗弁とも事実関係は当事者間に争いがない。

二  いわゆる交換手形に関する悪意の抗弁の成否について

甲および乙が互いに相手方を受取人として同金額の約束手形を、いわゆる融通手形として交換的に振出し、各自が振出した約束手形はそれぞれ振出人において支払いをするが、もし乙が乙振出の約束手形の支払をしなければ、甲は甲振出の約束手形の支払をしない旨約定した場合において、乙がその約束手形の支払をしなかった時は、甲は右約定および乙振出の約束手形の不渡り、あるいは、不渡りになるべきことを知りながら甲振出の約束手形を取得したものに対し、いわゆる悪意の抗弁をもって対抗することができる、と解すべきである(最判昭和四二年四月二七日集二一巻三号七二八頁参照)。本件において、争いのない抗弁事実によれば、被告は本件手形を右のようないわゆる交換手形として訴外東洋特機に対し振出したところ、これと交換に被告が訴外東洋特機から振出を受けた約束手形は満期が本件手形より一〇日早かったが、その満期に不渡りとなり、訴外東洋特機の代表取締役である訴外早乙女健一はその後右事情を知りながら本件手形を取得したというのであるから、被告は右早乙女健一に対し、いわゆる悪意の抗弁を対抗することができ、したがって同人から期限後裏書により本件手形を取得した原告に対しても右抗弁を対抗することができると解すべきである。

三  手形の善意取得者の介在による人的抗弁の切断について

ところで、「人的抗弁の存在につき手形所持人の前者が善意であるため、手形債務者が右前者に対し人的抗弁を対抗しえなかった場合は、手形所持人が右人的抗弁の存在を知って手形を取得しても、右人的抗弁の対抗を受けない。」とする見解がある(最判昭和三七年五月一日集一六巻五号一〇一三頁、最判同年九月七日集一六巻九号一八七〇頁等参照)。本件において、早乙女健一の前者である東海銀行が被告主張の人的抗弁の存在につき善意で本件手形を取得したことは当事者間に争いのないところであるから、右のような見解によれば、善意の第三者である東海銀行が介在したことにより人的抗弁が切断され、被告は訴外東洋特機に対する人的抗弁について善意の取得者である早乙女健一に対し、これを対抗できないと解すべきことになる。

しかし、人的抗弁の直接の相手方と、これにつき悪意で手形を取得した所持人との間に善意の第三取得者が介在している場合、手形債務者は所持人に対し、人的抗弁を対抗することが常に一律に許されないと解すべきではなく、これを許される場合と許されない場合を区別すべきである。すなわち、右の場合、その介在者が所持人に対し、裏書人として遡求義務を負担している場合には所持人が人的抗弁につき悪意で手形を取得しても、手形債務者は抗弁の対抗を許されず、しからざる場合、すなわち介在者が、裏書によらず前者の白地式裏書のまま引渡により手形を譲渡したり、または無担保裏書、期限後裏書、戻裏書等によって裏書譲渡した場合のように、所持人に対し遡求義務を負担していない場合には、抗弁の対抗を認めるべきである。けだし手形法一七条但書の規定は悪意者を保護せずとする法の基本的趣旨を明らかにしたものであるが、手形所持人と人的抗弁の相手方との中間に所持人に対し遡求義務を負う善意取得者が介在する場合には、手形債務者から所持人に対し悪意による人的抗弁の対抗を認めるとすれば、所持人は右介在者に請求し、介在者から債務者に再遡求することによって結局同一の結果となり、無益を強いることになるから、このような場合に人的抗弁の対抗を認めることは無意味であって、これを認めるべきではない。しかし、これと異なり、善意者が介在しても、前記例示の各場合のようにその介在者が所持人に対し遡求義務を負わない場合には、右のように迂路によって同一結果を招くという無益を強いることもなく、その他このような場合にまで手形法一七条但書の解釈上の例外として、悪意取得者を保護しなければならない実質的理由はない。よってこの場合には手形債務者の所持人に対する人的抗弁の対抗を認めるべきである。

本件において、争いのない事実によれば、訴外東洋特機に対する被告の人的抗弁について訴外早乙女健一は悪意で本件手形を取得した者であり、訴外東洋特機と右早乙女の中間には、右人的抗弁について善意の手形取得者である訴外株式会社東海銀行が介在しているが、同銀行は右早乙女に対し、期限後かつ無担保裏書により本件手形を裏書譲渡したというのであるから、同銀行は本件手形について遡求義務を負わないものであって、そうである以上被告は訴外早乙女健一に対し前記人的抗弁を対抗でき、したがって同訴外人から期限後裏書を受けた原告に対してもこれを対抗し、手形金の支払を拒絶することができるというべきである。

四  よって被告主張の抗弁は理由があり、被告に対し本件手形金の支払を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきであるから、民訴法四五七条一項本文、四五八条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

〈以下省略〉

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