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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)6019号 判決

原告

近藤利孝

右訴訟代理人

飯田幸光

永瀬精一

土生照子

城口順二

嶋田隆英

船尾徹

篠原義仁

平山知子

渡部照子

藤井篤

被告

新日本ヘリコプター株式会社

右代表者

佐竹義美

右訴訟代理人

柏崎正一

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和四九年八月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一当事者

請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、

被告会社の業務は、東京電力株式会社、中部電力株式会社のヘリコプターによる送電線巡視業務のため、両社の監視員を同乗させたヘリコプターを航行することを主とするものであり、他に送電線の建設工事等に際しての物資輸送も行なつていること、被告会社は、昭和三八年頃までは、ヘリコプター四機(機番JA七〇三八、同七〇六一、同七〇六六、同七〇七六)を保有するのみであつたが、その後二機(JA七三七二、同七三九八)を新たに備え、合計六機体制を採るようになつたこと、被告会社におけるヘリコプターの整備業務は、大別して、基地のヘリポートにおいて各機の飛行時間が三〇〇時間、六〇〇時間、一二〇〇時間に達した段階毎に行われる整備並びに故障等の際の臨時の重整備(以下これらの整備を「工場整備」という。)と、送電線巡視等のための飛行作業にともない出張先の臨時のヘリポートで行なわれる整備(以下「飛行整備」という。)との二つに分けられること、飛行整備には飛行前後の点検のほか、一〇〇時間以下の点検(例えば五〇時間点検、二五時間点検等)も含まれていること、被告会社は、昭和三五年七月発足してから暫くは他社所有の格納庫を借りて整備を行つていたが、六機体制を採ることとなつた昭和三八年頃、自社専用の格納庫を建築所有する計画を建て、工場整備業務もそれまで三〇〇時間点検どまりであつたものを六〇〇時間点検をも実施する方針の下に、昭和三九年春頃から東京都江東区辰己二―一―八〇所在の東京ヘリポートにおいて辰己ヘリポートの建設にとりかかり、同年九月頃、同所に事務室等の付属設備を備えた格納庫(以下「本件格納庫」という。)を建築完成させたこと、原告は、同年一〇月二日、オーバーホールの経験のある整備士ということで被告会社に採用され、当初運航部整備課に配置されて、事実上工場整備担当の責任者となつたこと、原告は、その後昭和四〇年六月一日同課主任の辞令を受けたが、昭和四一年一〇月二〇日飛行整備係に配置換えとなり、昭和四二年四月一日同係長待遇、昭和四四年八月一日運航部第一整備課課長代理となつた後、昭和四五年四月一日再度運航部検査課長に配置換えされ、昭和四六年四月一日には課長待遇整備士、担当検査管理課付となり、同月四アルキル鉛中毒症として労災認定患者となつた後、同年八月一日整備部付となり、以後現在に至るまで傷病休務中であることを認めることができる。

二労災認定までの経緯

〈証拠〉によれば、原告は、前記認定のとおり昭和三九年一〇月二日被告会社に雇傭されたが、同年一二月半ば頃から体調不調をおぼえるようになり、翌四〇年二月自宅近くの天下堂医院雨宮医師の診療を受け、次いで江原病院内科に通院したほか、同年夏頃から鍼灸治療を受け、更に昭和四一年二月頃からは漢方薬の処方を受けてこれの服用を続け、その間昭和四二年末には世田谷保健所で胸部X線撮影検査、ツ反応検査等を受けたこともあり、また、昭和四二年六月以後二、三回財団法人癌研究会附属病院(以下「癌研附属病院」という。)に通院して診察治療を受けたが、いずれの診断治療にも満足できないまま、昭和四五年一〇月一二日、氷川下セツルメント病院で山田信夫医師の診療を受けたところ、四アルキル鉛中毒症と診断され、直ちに労災保険給付の申請をなし、昭和四六年四月一三日、四アルキル鉛中毒症患者としていわゆる労災認定を受け、労働者災害補償保険法に基づく休業補償給付を受けるに至つたことを認めることができる。

三四アルキル鉛中毒症

〈証拠〉によれば、四アルキル鉛中毒症につき次の事実を認めることができ〈る。〉

1  四アルキル鉛は、有機性鉛化合物で無色可燃性の油状液体をなし、常温で揮発し、有機溶剤に溶け、水には不溶性である。主としてアンチノック剤としてオクタン価向上のためガソリンに混入して使用されるが、四アルキル鉛それ自体は非常に猛毒であり油溶性で、揮発性のあることにより呼吸系及び皮膚から直接容易に吸収され、また経口的にも吸収される。即ち、蒸気を吸入して気道や肺から体内に吸収されるのは勿論のこと、誤つて口から飲込んだ場合には消化管からほぼ一〇〇パーセント吸収され、また皮膚に触れたときにも容易に皮膚を通過して体内に吸収される等あらゆる経路から人体に吸収される。そして体内に吸収されると脳細胞との親和性が強く、主として精神神経系統及び肝、骨髄等を侵すものであり、しばしば致死的に作用し、かつ、急性中毒をきたしやすいものである。加鉛ガソリンについても、程度の差はあるものの、含有する四アルキル鉛(ガソリン一リットルにつき1.3ミリリットルの割合まで混入が許容されている。)が同様の作用を及ぼし得るものである。四アルキル鉛中毒症の主要自覚症状としては、不眠、多夢、食欲不振、嘔気及び嘔吐、めまい、頭痛等の症状を呈し、重症の場合には、不安、狂暴、不眠、意識混濁、幻覚、知覚過敏、痙攣発作等の症状を呈し、死に至ることがある。他覚症状としては、顔面蒼白、血圧低下、体温低下、体重減少、構語障害、振顫、好塩基点赤血球増加、鉛縁、血中、尿中鉛量増加等が認められる。

2  公衆衛生学上の定説としては次のようにいわれている。即ち、四アルキル鉛は体内に吸収されると一定期間を経て肝臓で一部三アルキル鉛に変化し、三アルキル鉛は脳血液関門を通過して一部脳に移行し、脳細胞の脂肪組織に溶け、脳細胞の機能を障害するため、四アルキル鉛中毒症特有の急性激裂な中毒症状を起こす。そして、三アルキル鉛はそのまま排泄されるほか、二アルキル鉛を経て無機鉛になり排泄されるが、その排泄量は、体内の蓄積量に比例し、四アルキル鉛の吸収量が平均的な場合には、四アルキル鉛の半減期から限界蓄積量致達期間、同蓄積量等を算定しうるものである。体内蓄積量がある一定の値(閾値)を超すと四アルキル鉛中毒症を発症するが、その後吸収量が減少した場合、蓄積量が減少し閾値を下回れば四アルキル鉛中毒症特有の症状は喪失する。吸収された四アルキル鉛三アルキル鉛は、脳に機能的障害を与えるのみで、器質的変化を与えるものではないから、これらが脳から消失すれば、脳の機能は回復し、いわゆる後遺症害は残さないもので、これらが排泄されることなく体内に除々に蓄積された結果発症し、その状態が以後も継続するという形態のいわゆる慢性鉛中毒というものは通常考えにくい。ただし、四アルキル鉛が無機鉛になり、これが体内の骨等に蓄積された結果、慢性の無機鉛中毒症状を呈することが理論上は考えられないではないが実際上はかかる症状は報告されていない。理論上、四アルキル鉛(三アルキル鉛)は限界蓄積量に達した時点から半減期の五倍の期間を経過すると、ほぼ完全に体内から排泄されてしまうが、半減期は、剖検例、動物実験等からおよそ一四日から二〇日とされ、体内に蓄積されていた四アルキル鉛(三アルキル鉛)がほぼ完全に体外に排泄されるまでの期間は、その五倍の七〇日から一〇〇日程度で、多目にみても一五〇日位と推定されている。

3  これに対し、学説上は、予後は一般に良好ではあるが、中毒が慢性化すると通常の慢性中毒と同様となるとして、四アルキル鉛中毒についても慢性中毒の存在を認め、また、症例検討の結果、自律神経症状が著明であることに加えて、幻覚妄想状態及び錐体外路症状があることから、脳幹部に高度の障害があるとし、錐体路症状や巣症状もあるので大脳皮質の広範囲にわたる障害とみるべきであるとして、後遺症の存在を認め、予後に関しなお検討の余地があることを指摘するものもあり、また、四アルキル鉛中毒による死亡患者の剖検例として、大脳一般に充血が著明で、蜘蛛膜下出血或いは異常神経細胞の出現がみられるものがあるとの報告もなされており、白鼠、家兎、犬に対し四アルキル鉛を投与してした動物実験の結果としては、これら動物の中枢神経細胞にかなり広範囲にわたり著しい退行性変化が惹起されているとの報告がなされている。

4  しかし、一般には、重篤な中毒症のうち最も激裂な場合には呼吸中枢障害による呼吸麻痺で死の転帰をとることもあるが、幸いにして死を免れた場合には、体内の四アルキル鉛(三アルキル鉛)が排泄されていくにともない、漸次四アルキル鉛特有の精神病様症状は軽快していき、軽い神経衰弱のような症状の時期を経て完全に治癒するもので、大体二、三か月で退院することができ、重くても半年すれば復職もできるし、後遺症も残さない例が殆んどである。

5  但し、四アルキル鉛中毒の初期において、軽症の場合は、主として自覚症状のみがあらわれ、他覚的な所見は発見が困難であり、その初期においてよくみられる精神的混乱又は行動の変化、不眠、興奮及び動揺(神経症)、食欲不振、吐気、腹痛、手の震え等の症状は、医者又は上司や同僚にもしばしば気づかれないままであることがあるから、四アルキル鉛中毒症の診断にあたつては、既往歴、特に、四アルキル鉛に曝露する機会があつたか否かが重要であり、これに加えて、右の自覚及び他覚症状の有無、血中、尿中の鉛量等の正常以上の増加の有無並びに癲癇又は精神病若しくは神経衰弱等の私的原因による疾病の有無に留意すべきこととされている。

四四アルキル鉛曝露の有無

そこで、次に原告の四アルキル鉛曝露の有無及びその程度について検討する。

1  被告会社勤務前

〈証拠〉によると、原告が被告会社に就職する以前の経歴としては、原告が請求原因2(二)(1)ないし(9)で主張するとおりの事実を認めることができ、加鉛ガソリンと接触する機会は殆んどないか、極めて稀であつたことが認められ〈る。〉

2  工場整備従事期間中

〈証拠〉によると、原告は、被告会社に就職した昭和三九年一〇月二日から昭和四一年一〇月一九日までは前記認定のとおり工場整備に従事し、その間、主としてその都度整備点検計画実施者として指定を受けた三〇〇時間、六〇〇時間点検作業をしていたが、右作業期間外には、その他の機体の整備の手伝い、格納庫内のペンキ塗りなどの修繕その他工具類の考案、製作、手入れ等をも行なつていたこと、被告会社の所有し、使用する前記六機のヘリコプターは、いずれも四アルキル鉛を混入した加鉛ガソリンを燃料として使用するものであること、整備点検作業においては、機体の各部位につき分解作業を経たうえで計測等の点検を行ない、異常の有無を確認し、異常ある部品の取替等を行なうが、これを行うにあたつては、部品の洗浄を行ない、部品に付着したゴミ等を落とすことが必要不可欠な作業であること、製造会社の作成にかかるヘリコプターの取扱説明書によると、洗浄作業は、概ねドライ・クリーニング・ソルベント・米国連邦規格P―S―六六一を用いることとされ、部品によつてはケロシンを使用しても良い旨指示されていたが、被告会社では、右ドライ・クリーニング・ソルベントを使用することなく、これと同等品ということで、すべてケロシンをもつて代用し、点検計画の都度供給していたが、実際には、整備士らにおいて洗浄効果の高い燃料用の加鉛ガソリンを専らあるいはケロシンと併用して洗浄用に使用しており、このことは被告会社の幹部においても承知していたふしがあること、本件格納庫の所在していた辰己ヘリポートの当時の環境は、同所が埋立てたばかりの砂地で、付近をダンプカー等が砂塵を巻きあげて頻繁に通行するといつた状況であつたため、工場整備に際しては砂塵を避けるため格納庫の大扉を閉めることもあり、蒸発した加鉛ガソリンが同格納庫に充満し易い状態にあつたこと、また原告は、洗浄作業中等に殆んど手袋を使用することなく、素手で加鉛ガソリンに触れており、更には作業後の手指の油汚れ等を加鉛ガソリンで洗うこともあつたことを認めることができ〈る。〉

従つて、原告が昭和三九年一〇月二日から昭和四一年一〇月一九日までの工場整備従事期間中に相当量の加鉛ガソリンに曝露したことは否定できないものといわなければならない。

3  飛行整備期間中

〈証拠〉によると、原告は、昭和四一年一〇月二〇日から昭和四五年三月三一日まで従事していた飛行整備の間、各地に出張して、ヘリコプターを使用しての送電線のパトロールに同乗し、燃料補給、飛行前後の点検整備をするとともに、一〇〇時間以内の点検整備作業に従事していたこと、出張先の臨時のヘリポートにおける燃料補給には、ビニールホースをヘリコプターの脇に立てたドラム缶(五〇ガロン=二〇〇リットル入り)からヘリコプターの燃料タンクの注入口にのせた燃料漏斗にさしこみ、ポンプでドラム缶内の加鉛ガソリンを吸上げて行なう方法(以下「ドラム缶給油」という。)と、五ガロン缶(2.0リットル入り)を燃料漏斗上に逆さにして給油する方法(以下「五ガロン缶給油」という。)の二つの方法があるが、五ガロン缶給油は、ドラム缶の陸上運送ができない冬場の積雪時等のような特殊な場合に限られ、通常はドラム缶給油の方法で行なわれていたが、この方法では、ドラム缶から吸上げられた加鉛ガソリンはビニールホースを通つて燃料タンク内に入るため、給油中誤つて加鉛ガソリンの飛沫を浴びる可能性は殆んどないこと、飛行前後の点検整備においても部品の洗浄を行なうが、その作業内容は、工場整備に比べて比較的軽作業であり、一〇〇時間以内の点検整備についても同様にいうことができること、昭和四三年三月二八日、四エチル鉛等危害防止規則(昭和三五年労働省令第三号)が全部改正されて、四アルキル鉛中毒予防規則(労働省令第四号)となり、同規則において、加鉛ガソリンを洗浄用その他内燃機関の燃料用以外の用途に使用する業務に労働者を従事させる場合が規制の対象とされるに至り、被告会社では、従来事実上洗浄用に使用されていた加鉛ガソリンを無鉛ガソリンに徐々に切り換えていくこととし、工場整備等辰己ヘリポートにおける整備では、昭和四四年五月以降加鉛ガソリンを洗浄用に使用することは取りやめたが、現地ヘリポートにおける飛行整備では、同様の方向で検討されたものの、その後もしばらく従来どおり加鉛ガソリンを用いて洗浄することもないではなかつたが、前述のとおり比較的軽作業に限られていたため、これによる加鉛ガソリン曝露の量はさしたるものではなかつたことを認めることができ〈る。〉

従つて、飛行整備従事期間中の原告の加鉛ガソリン曝露量はさしたるものではないということができる。

五原告の四アルキル鉛中毒症罹患の有無

そこで、進んで原告の四アルキル鉛中毒症罹患の有無について検討する。

1  〈証拠〉によると、原告が、昭和三九年一二月頃から頭痛、眼痛を覚え、寝付が悪く寝汗をかくようになり、翌昭和四〇年一月頃からは食欲不振、口内金属臭、同年二月頃からは腹痛、手の震え、悪寒、耳鳴、疲労倦感等も加わり、よく物忘れをするような状態であつたことはこれを肯認することができるから、これを前記認定の四アルキル鉛中毒症の一般症状及び工場整備従事期間中における原告の加鉛ガソリン曝露の程度に徴するときは、その頃には原告が四アルキル鉛中毒症に罹患していたものとみて誤りないといえる。

2  しかしながら、原告が主張し、その本人尋問においても述べる如き極めて激烈、多彩な症状が継続的に出現していたとのことは極めて疑わしいものといわなければならない。その理由は以下のとおりである。

(一)  〈証拠〉によると、原告は被告会社に勤務した昭和三九年一〇月以降、原告の主張によれば加鉛ガソリンとの接触の度合が最も大きかつたという昭和四一年一〇月までの二年間の工場整備期間中、一度も病気欠勤したことはなく、その後も労災認定を受けて休務するに至るまで殆んど病気欠勤していないこと、工場整備期間中、三〇〇時間、六〇〇時間点検整備という極めて複雑困難な、肉体的にも精神的にも負担のかかる作業の現場責任者として、これらに積極的に取り組み、延べ一一機のヘリコプターの整備を遂行していること、原告は、被告会社に雇傭されて以来一貫して、同社における整備作業の体制づくり等の改善に対する熱意に溢れ、昭和四〇年二月頃から「七三七二号機の六〇〇H点検の結果について」、「会社の現状に鑑み工場整備は如何に在るべきか」、「一二〇〇時間OH実施上の必須の事項について」等と題する会社宛の上申書を、その都度数ページに亘る詳細な内容を盛り込んで作成したうえ、会社宛に頻繁に提出していること、もし原告がその主張にかかるような激烈な症状に悩まされていたとすれば、日常接していた原告の上司、同僚も当然にこれを窺知し得べきものというべきところ、誰もこれに気付いておらず、原告もその種の症状を社内の誰にも訴えていないことを認めることができること、

(二)  〈証拠〉によると、原告が飛行整備に従事中の昭和四三年八月一四日と同年九月五日の二回、被告会社に就職する直前まで原告が勤務していた訴外朝日ヘリコプター株式会社から被告会社に対し、原告を名指しでそれぞれ物輸作業とS六二型機のオーバーホール作業の応援のための派遣を求められた際、右物輸作業は通算一六日以上を要する作業であり、オーバーホールは徹底した分解点検を要する困難な作業で、一〇日間位の日数を要したが、原告は意欲的にこれらの作業に従事し、朝日ヘリコプター株式会社の整備士らは原告に異常があるとは気付かなかつたことを認めることができること、

(三)  右(一)、(二)の点は、原告にその主張の如き激烈、多彩な症状が存したとすれば、単に原告がいうが如き原告の勤勉さ、責任感の強さをもつてしては到底説明をなし得ず、首肯し難いものといわざるを得ないこと、

(四)  また、〈証拠〉によれば、原告は、昭和四七年二月から昭和四八年一月にかけて八回にわたり、雑誌「航空技術」に「四アルキル鉛の中毒について」「自分の体を点検しよう」との論稿を投稿し掲載していることが認められること、

(五)  更に、〈証拠〉によると、原告は、前記認定のとおり、昭和四〇年始頃から頭痛、腹痛、腰痛等を訴えて、近所の医院を訪ねたり、鍼灸を試みたり、漢方薬の処方を受けていたものの、この頃通院した病院等においては、原告が主張するような激烈、多彩な症状を訴えた形跡は窺われないこと、原告は、昭和四二年六月一四日癌研附属病院内科に、数年前からの食事とは無関係の上腹部痛、腹部重圧感、交替性便通異常があることを主訴として受診したが、医師の問診に対し、食欲は良好、嘔気、嘔吐、胸やけはなく、睡眠もよくとれる旨述べ、慢性胃腸炎と診断されていること、次いで、昭和四三年三月二三日、半月来の腹痛と、三日に一回程度の軟便を訴えて受診し、胃腸炎と診断され、その後同年四月二五日には睡眠障害を訴え、同年五月二〇日には原告の妻が代わりに来院し、通勤中に嘔気のあつたことを訴え、昭和四五年一〇月六日には、同年五月頃から上腹部痛、下腹部に持続性疼痛軽度、下痢と便秘が反覆し、短い間眩暈があるとして受診しているが、その際同時に食欲は正常であり、体重は殆んど不変である旨述べているほか特段の症状を訴えておらず、結局原告は、同病院における診察に際しては、その主張する多彩な症状については何ら触れることなく、わずかに昭和四三年四月二五日と昭和四五年一〇月六日の二回にそれぞれ睡眠障害と短い間の眩暈があるといつた程度の訴えしかしていないことを認めることができること(〈証拠〉によれば、前掲甲証は、いずれも本訴提起である昭和五〇年頃に、原告の依頼に基づき、当時のカルテ等の資料に基づかず、概ね原告のいうがままの内容を記載したものにすぎないものであることが認められるから、右各診断書上の症状記載は採用できない。)

以上の諸点を考慮するときは、その主張の如き激烈、多彩な症状が存した旨の前掲甲第二九九号証の記載及び前掲原告本人尋問中の供述は信用できないものといわざるを得ず、他に原告主張の如き激烈、多彩な症状の存在を証するに足りる的確な証拠はない。

3  次に、被告会社の職場環境について検討を加える。

〈証拠〉によると、原告が工場整備期間中その作業場としていた本件格納庫には、前記大扉の他通風、採光のための開口部としては、同格納庫の南側、事務所への出入口の両側床上一メートルの位置に、縦一メートル、横1.85メートルの窓が二つずつ、計四つ設けられ、事務所への出入口は縦二メートル、横二メートルの観音開きの戸で常時開けており、また、採光のため同格納庫の東、南、西側各上部(地上3.5メートル)に、縦八五センチメートル、横壁一杯の硬質塩化ビニール板の窓が設けてあつたが換気扉の設置はなかつたこと、本件格納庫は、幅一六メートル、奥行き16.5メートル、高さ5.7メートルの規模で、天井も高く、かなりの容積をもつ建造物であること、その後本件格納庫をほぼそのまま解体、移築した現在の被告会社の格納庫内において気中鉛濃度を労研式測定法に基づいて測定した結果は、四アルキル鉛が不検出であり、これは測定点における気中鉛濃度が0.02mg/m3以下であつたことを意味し、気中鉛濃度に関する許容濃度は0.100mg/m3であるから、右測定結果は許容限度を大幅に下回つていること、被告会社では、その従業員に対し、昭和四六年九月及び同年一一月に第一回目の、昭和四八年一〇、一一月に第二回目の、昭和五一年二月及び同年四月に第三回目の鉛取扱者特殊健康診断をそれぞれ実施したが、第一回目の検査結果によると、受診者の血中鉛量の値は17.5から46.8μg/100gの間にあり、正常値の範囲にあるが、平均29.6μg/100gであつて、鉛曝露のない人の平均値よりもやや多く、鉛曝露を全く否定することはできないものの、健康障害を起こすほどではないとされ、第二回目の検査結果では格別の異常は認められないとされ、第三回目の検査結果は、血中鉛量の平均値が13.7μg/100gとほぼ正常値に近くなつていたことを認めることができる。

4 以上認定判示したところを総合して判断するに、(1)原告が被告会社に勤務する以前においては、加鉛ガソリンと接触する機会は殆んどなかつたか、あつたとしても極めて稀であつたこと、(2)原告は、昭和三九年一〇月以降、被告会社における工場整備に従事中、ヘリコプターの三〇〇時間点検等をなすに際し、部品類の洗浄にしばしば加鉛ガソリンを使用し、しかも、手袋を使用することは少なかつた上に、手指の汚れをも加鉛ガソリンで洗つたことがあること、(3)また、当時本件格納庫においては、大扉を閉鎖して作業することも多く、蒸発した加鉛ガソリンが充満し易い状態にあり、前記気中鉛測定結果及び鉛取扱者特殊健康診断結果に徴しても本件格納庫内の気中鉛濃度は一般の作業場に比しやや高度であつたと認められること、(4)従つて、原告は工場整備従事中には相当量の加鉛ガソリンに曝露し、呼吸器及び皮膚を通して四アルキル鉛を体内に吸収する可能性が多分に存したこと、(5)原告に発現したと認められる症状は、自覚症状を主体としたもので、当時の上司、同僚等にも殆んど気づかれない程度のものであるが、四アルキル鉛中毒の軽度の症状として一般に承認されているものと概ね合致すること、(6)そして、右症状発現の時期は、原告が工場整備に従事し、加鉛ガソリンに曝露し始めた時期とほぼ合致することからすると、原告は、昭和三九年一二月半ば頃軽度の四アルキル鉛中毒に罹患し、ほぼ継続的に四アルキル鉛を含む加鉛ガソリンに曝露していた工場整備期間中は概ね同様の症状を呈していたものと認めるのが相当である。

しかし、(1)その後、飛行整備に従事するに至つてからは、以後の点検整備は比較的軽作業で、部品洗浄の機会も格段に少くなつており、出張先の臨時ヘリポートでの燃料補給に際して加鉛ガソリンに触れる可能性も極めて乏しく、総体的にみて四アルキル鉛曝露の機会が殆んど無くなつたこと、(2)四アルキル鉛中毒は軽症の場合、曝露の機会が無くなれば、体内に吸収された四アルキル鉛が次第に排出されて減少するに伴い、中毒症状は軽快し、やがて消失して完全に治癒するに至るのが一般であること、(3)公衆衛生学上四アルキル鉛(三アルキル鉛)の半減期は一四日から二〇日とされ、体内に蓄積されていたものがほぼ完全に排泄されるまでの期間は、その五倍の七〇日から一〇〇日、最大限で一五〇日と推定されていること、(4)多くの症例報告では、四アルキル鉛中毒症状罹患後大体二、三か月で退院でき、重くても半年すれば復職できるとされていることからすると、原告に発現した四アルキル鉛中毒症は、遅くとも昭和四二年中には消失し治癒したものとみるべきである。

六山田信夫医師の診断、労災認定について

原告が昭和四五年一〇月一二日氷川下セツルメント病院の山田信夫医師の診察を受け、四アルキル鉛中毒症と診断され、その後昭和四六年四月一三日、四アルキル鉛中毒患者として労災認定(以下「本件労災認定」という。)を受けたことは前記認定のとおりである。

そこで、次にこの点について検討を加える必要がある。

1  〈証拠〉によれば、山田信夫医師は、本件労災認定手続において、昭和四六年一月二六日付で中央労働基準監督署に対し、原告の病名を四エチル鉛中毒症とし、昭和四五年一〇月一二日初診時の所見として、全身の皮膚の黄染及び振顫が著明で、不眠、食欲不振、嘔気及び嘔吐、めまい、頭痛の訴えがあり、筋力の低下があるとし、臨床検査所見として、同年一〇月一二日検査の結果は、尿中コプロは強陽性で、CaEDTA一g静注誘発二時間後の尿中鉛量は四三五μg/l、同月二〇日検査の結果は、血中鉛量は二五μg/dl、CaEDTA一g静注誘発二時間後の血中鉛量は三五μg/dlであり、尿中鉛量は、二五μg/l、CaEDTA一l静注誘発二時間後の尿中鉛量は一八四μg/lであつたとし、考察として、患者(原告)による労働環境申立、現在の臨床自他覚症状の多様さ、臨床検査に示された鉛蓄積の程度から原告は慢性の四アルキル鉛中毒症であると断定する旨の意見書を提出していることを認めることができる。

右書面と前掲証人山田の証言によれば、山田信夫医師は、(1)原告の説明によれば原告は四アルキル鉛曝露のおそれのある劣悪な労働環境の下で労働しているものであること、(2)原告には強い外因性の精神障害が認められること、(2)右血中鉛及び尿中鉛検査結果により明らかな体内における鉛蓄積の程度の三点から、原告が慢性の四アルキル鉛中毒症に罹患しているとの診断を下したものであることが認められる。

2  しかし、前掲証人山田の証言によつては、原告のおかれていた労働環境に関して山田信夫医師の得た知見がいかなるものであつたかは必ずしも明らかであるとはいい難く、むしろ、同証言によれば、その認識は何ら客観的な資料を介してのものではなく、単に原告の申立を鵜呑みにしたものとみられるふしがあり、同医師が原告を初診した昭和四五年一〇月当時原告のおかれていた労働環境が前記認定のとおりのものであつたことからすると、山田信夫医師には、まずこの点の認識に誤りがあるものといわなければならない。

3  次に、原告の自覚症状については、前掲証人山田の証言によれば、山田信夫医師としては、初診時、原告に非常に強い精神症状を認めたが、原告の愁訴には了解不能のところがあり、強い異常感を抱いたというのである。しかし、これとほぼ時を同じくする昭和四五年一〇月六日及び同年四、五月頃の癌研附属病院における原告の受診態度が前記認定のとおりのものであつたことに加えて、山田信夫医師が当時の診察結果を記載したカルテ等の資料の提出に応じていないことに徴するときは、右証言にはにわかに信を措き難いものがあるといわざるを得ない。

4  更に、血中鉛及び尿中鉛の排出量に関する臨床検査結果については、〈証拠〉によると、労働基準法施行規則第三五条第一四号に掲げる「鉛、その合金または化合物(四アルキル鉛を除く)による中毒」の認定基準は、括弧書きにおいて記載されているように四アルキル鉛中毒症には適用されるものではないが、右適用除外の理由は、四アルキル鉛中毒は急性症状を呈しやすく、諸種の臨床症状とその発現の時期、作業環境等を総合すれば判定が比較的容易であることによるものであり、本件における原告主張のような慢性的症状を呈する四アルキル鉛中毒症の存否の判定については、右認定基準に記された各種の検査結果、ことに尿中鉛量の検査は重要な意味をもつものであること、そして、体内に吸収された四アルキル鉛が無機鉛に変化し、無機鉛として蓄積され、慢性の無機鉛中毒の症状を呈するに至ることも理論上は考えられるが、かかる場合の判定方法としては右認定基準がそのまま適用されるべきこと、右認定基準では、①鉛中毒を疑わしめる末梢神経障害、関節痛、筋肉痛、腹部の疝痛、便秘、腹部不快感、食欲不振等の症状が二種以上認められること、②尿一l中に、コプロポルフィリンが一五〇μg以上検出されるかまたは尿一l中にデルタアミノレブリン酸が六㎎以上検出されるものであること、③血液一dl中に、鉛が六〇μg以上検出されるかまたは尿一l中に、鉛が一五〇μg以上検出されるものであることのいずれの条件にも該当するものであること(ただし、②または③のいずれかが基準値に満たない場合には、当分の間本省にりん伺することとされている。)が必要とされていることが認められるところ、前記のとおり原告の昭和四五年一〇月二〇日における血中鉛量は二五μg/dl、尿中鉛量二五μg/lであり、前掲乙第一号証の八によると、本件労災認定手続中における原告本人の中央労働基準監督署係官に対する申立によれば、昭和四六年一月二二日の氷川下セツルメント病院における検査では、血中鉛量三μg/dl、尿中鉛量μg/lであることが認められ、いずれも基準値を下回る数値となつている。また、本項冒頭掲記の各証拠によれば、右認定基準では、鉛中毒症の診断に当り、誘発法を行なう場合には、通常CaEDTAの二〇㎎/㎏(体重一㎏当り二〇㎎)を五パーセントブドウ糖二五〇mlから五〇mlにとかし、一時間以上かけて徐々に点滴静脈注射し、注射開始から二四時間の全尿を採尿して尿中鉛量を測定する方法で行ない、注射開始から二四時間の全尿については、五〇〇μg以上の鉛が検出され、かつ、鉛の作用を疑わしめる末梢神経障害、腹部の疝痛等の症状が認められるか、又は血液検査の結果貧血が認められることが必要とされていることが認められるところ、前掲証人山田の証言によると、原告の昭和四五年一〇月一二日のCaEDTA誘発後における尿中鉛量四三五μg/l、同月二〇日一八四μg/lはCaEDTA一gを静注した後の二時間尿中鉛量を単位一lに換算した数値であり、二四時間に排泄される量は右尿中鉛量の二ないし五倍の値、即ち、一〇月一二日については九〇μg/lないし二〇〇μg/l、同月二〇日については四〇μg/lないし九〇μg/lと推定し得ることが認められるが、これらの値は右認定基準の五〇〇μg/lという値の半分にも満たないものであり、原告本人の前記申立にかかる昭和四六年一月二二日の検査結果たる数値は、これをさらに下回るものとなつている。更に〈証拠〉によれば、本件労災認定手続において提出された昭和四五年一〇月二七日付山田信夫医師作成の診断書には、昭和四五年一〇月一二日尿中コプロポルフィリン陽性との記載があることが認められ、また前記中央労働基準監督署宛の山田信夫医師の意見書にも右一〇月一二日の臨床検査所見として尿中コプロポルフィリン強陽性との記載があるが、右尿中コプロポルフィリン測定法等右結論に至つた経緯については、カルテ等の診療関係の書類の提出がないため明らかではなく、このことが直ちに鉛の影響によるものとは断じ難い。従つて、山田医師がその診断の根拠の一としてあげる各検査結果は、いずれも原告が四アルキル鉛中毒症に罹患していることの指標とはなし得ないものであるといわなければならない。

5  以上検討したところによれば、山田信夫医師の診断は合理性あるものとして採用し難いものであるといわざるを得ない。

6  〈証拠〉によると、本件労災認定に際しては、山田信夫医師の診断書の他に、労働衛生サービスセンター所長の久保田重孝、東京労災病院の午尾耕一医師の意見書が参考とされたことを認めることができるが、右意見は、(1)症例の内容に四エチル鉛による中毒症状と一致するものがあること、(2)四エチル鉛中毒を否定するような他の疾病が見当らないことの二つの理由により業務上とすることを妥当と考えるとするもので、業務上の認定であることに一応の理由をつけるだけの形式的な意見を羅列したものにすぎず、結局本件労災認定は、専ら山田医師の診断に基づいて下されたものというべきところ、山田医師の診断を採り得ないことは前判示のとおりであるから、本件労災認定の存在も、当時原告が四アルキル鉛中毒症に罹患していたことの証左とはなし得ないものといわなければならない。

なお、〈証拠〉によると、本件労災認定後の昭和四七年一一月頃、労働省労働基準局長の委嘱を受けた専門家会議において、慢性四アルキル鉛中毒症の業務上外の認定に関する検討がなされた結果、慢性四アルキル鉛中毒症の発症は殆んど考えられないこと、四アルキル鉛曝露の有無を判断する際には尿中鉛量の検査が重要であることが確認され、これに基づき、前記山田信夫医師により慢性四アルキル鉛中毒患者と診断されたタンクトラック運転手等の申請にかかる六件の労災認定申請につき慢性四アルキル鉛中毒症とは認められないと判定されて、右労災申請はいずれも却下され、その後も慢性四アルキル鉛中毒症で労災認定を受けた例は存在せず、本件労災認定後における労働行政実務上の取扱は大きく変つてきていることが認められる。

7  更に、〈証拠〉によると、癌研附属病院の丸山雅一医師作成の昭和五〇年二月二二日付診断書には、原告の症状は鉛中毒症状に極めて類似したものである旨の記載のあることが認められるが、〈証拠〉によれば、右診断書も本訴提起後原告の依頼に基づき作成されたもので、原告が、山田医師に四アルキル鉛中毒症と診断され、その臨床症状として尿中コプロポルフィリンが陽性である等申立てたところ、同病院では、尿中コプロポルフィリンの検査等をすることなく、右原告の申立をそのまま容れて作成されたものにすぎないことが認められるから、右診断書の存在も以上の認定に妨げとなるものではない。

七松沢病院における診察について

〈証拠〉、前掲証人金子の証言によると、原告は、氷川下セツルメント病院の山田信夫医師の紹介で、昭和四七年二月二二日から翌四八年七月一〇日までの間、脳波等の各種検査を受ける目的で東京都立松沢病院で数回受診したこと、同病院のカルテには傷病名(診断名)として四アルキル鉛中毒との記載があること、同病院における脳波検査の結果は、低電圧、低電位で軽度の異常があるとされたこと、記銘力の検査では有関係語における記銘力の成績は非常に良いが、無関係語については、それに比べて劣つているとされたこと、クレペリン検査の結果は、初頭努力欠如、後半神経的弛緩がみられるとされたことを認めることができるが、同証人の証言によれば、右症病名の点は紹介者山田信夫医師の診断を引継ぎ、これをそのままカルテに記載したにすぎないものであり、また、同カルテの発病以来の症状及び経過欄の記載も右山田医師の紹介書の引写しにすぎないこと、原告の右脳波所見は、特定の疾患あるいは脳の器質的な障害の存在を推認させるものではなく、脳の全般的な機能が若干低下していることを示すものにすぎないこと、また記銘力等の検査結果も特段の異常所見を示しているものではないこと、知能診断の結果は、非常に良好な成績であつたこと、脳のOTスキャンの検査結果は異常所見というほどのものを示していなかつたこと、原告の心気的訴えの奇妙、多彩、執拗さは、非常に几帳面で執拗であるという元来の性格に基づくものとみる余地が多分に残されていることを認めることができ、また、同証人は、四アルキル鉛中毒によつても器質的変化は惹起され、後遺症を残すことはあり得るとの医学的立場に立つものであるが、原告が現在広い意味で精神科の対象となりうる状態であるとはいい得るとしても、これをもつて、四アルキル鉛中毒に罹患したことによるものであると断ずることはできないものであることを認めることができる。

八被告会社の責任

加鉛ガソリンは、程度の差はあるものの、四アルキル鉛原液同様有毒性をもつものであること前記認定のとおりであるから、これをヘリコプター運航用の燃料として使用する被告会社としては、その有毒性に十分留意し、ヘリコプターの点検整備に当り、部品の洗浄用に加鉛ガソリンを使用することは危険であることを従業員らに十分周知徹底させるとともに、ケロシン等の洗浄剤を十分供給して、これを使用するよう励行し、やむをえず加鉛ガソリンを使用する場合は、保護手袋を着用し、換気に留意する等の指示をなすほか、換気設備の設置等にも配慮すべきであつたものであるところ、前記認定のとおり、被告会社は、一応洗浄剤としてケロシンを供給してはいたものの、その使用を励行せず、かえつて、換気設備も十分とはいい難い本件格納庫において原告ら整備士が洗浄に加鉛ガソリンを使用するのを黙認し、原告をして四アルキル鉛中毒症に罹患せしめたものであるから、被告会社にはこの点において、その雇傭する労働者が安全な職場環境の下で労働し得るよう配慮すべき義務違背があつたものというべきであり、被告会社は、右債務不履行の結果原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。

なお、〈証拠〉によれば、加鉛ガソリンに関して昭和二七年労働省労働基準局労働衛生課監修の下に編集、発行された衛生管理教範には、四アルキル鉛は原液が有毒であるので、既にガソリンに混入されている場合には殆んど有毒でない旨の記述のあることが認められるが、猛毒性を有する四アルキル鉛原液が、いかに少量とはいえ、ガソリンに混入されたとの一事によつて有毒性を失うと速断できないことは明らかであり、〈証拠〉によると、早くは昭和二七・八年頃から昭和三〇年代の前半から中頃にかけて、加鉛ガソリンも、程度の差はあるが四アルキル鉛原液と同様の有毒作用を及ぼすことが、医療関係者のみにとどまらず、一般向けの職業病に関する文献や、燃料工学等の石油関係の文献にも記載されていることが認められることからすると、被告会社としても、当然に加鉛ガソリンの有毒性を知つていたものとみて誤りないものというべきであり、仮に、この点に関する知識に欠けるところがあつたとするならば、かかる業務に携わる者として過失があるものというべきであるから、被告会社に帰責事由がない旨の抗弁は採用することはできない。

九損害

1  慰藉料

前記認定の原告の四アルキル鉛中毒症の態様、罹患の期間、被告の責任原因の態様等本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、右慰藉料の金額は、金二〇〇万円をもつて相当と認める。

2  未払賞与金

原告は、被告会社の安全配慮義務違反に基づき四アルキル鉛中毒に罹患したことによる損害賠償金として、昭和四六年度以降の未払賞与金相当額の支払を求めるが、原告の罹患した四アルキル鉛中毒は遅くとも昭和四二年中には治癒したものとみるべきことは前判示のとおりであるから、それ以後においては、右疾病に罹患したことによつて原告主張の如き損害の発生する余地はないものというべきであつて、この点の原告の主張は援用することができない。

3  なお、原告は治療費、交通費、雑費の支払を求め、原告がかかる費目の下になにがしかの出捐をなしたであろうことは、これを肯認するに吝ではないが、その金額を確定するに足りる的確な証拠がないから、この請求は認容するに由ないものであるというほかはない。従つて、この点は前記慰藉料の算定に当り考慮するにとどめた。〈以下、省略〉

(落合威 樋口直 杉江佳治)

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