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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2946号 判決

原告

門馬千恵子

ほか五名

被告

日本国有鉄道

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告門馬千恵子に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和四八年七月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告門馬克志、原告門馬孝司、原告門馬利夫、原告籠橋由美子及び原告門馬まゆみに対し、それぞれ金六〇万円及びこれに対する昭和四八年七月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決並びに原告ら勝訴の場合につき、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二請求の原因等

原告ら訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  運送契約の締結及び事故の発生

被告は、鉄道による旅客運送を業として行う公法人であるところ、亡門馬正志は、昭和四八年七月一〇日午後九時五〇分頃、被告との旅客運送契約に基づき、国電飯田橋駅(以下「飯田橋駅」という。)において、一番線に停車中の国電総武線津田沼行第二一〇二B電車(以下「本件電車」という。)の前から五両目に乗車しようとした時、同電車の乗降口の扉(以下「扉」という。)が急に閉まつたため、扉に接触して電車とホームの間に転落し、発進した同電車に轢過され、死亡した。

二  責任原因

被告は、旅客運送人として、旅客である亡正志を安全にその目的地まで運送すべき運送契約上の責務があるにもかかわらず、これを怠り、運送の過程で亡正志を死亡させたものであるから、商法第五九〇条第一項の規定に基づき、本件事故により亡正志及び原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  相続

原告門馬千恵子は亡正志の妻、その余の原告五名はいずれも同人の子で、他に同人の相続人は存しないから、原告らは法定相続分に従つて、原告門馬千恵子において三分の一、その余の原告五名において各一五分の二ずつ亡正志の損害を相続した。

四  損害

亡正志及び原告らが本件事故により被つた損害は、次のとおりである。

1  葬儀費用

原告門馬千恵子は、亡正志の葬儀を執り行い、御布施、葬式費及び雑費として、金三四万四一七円を支出し、同額の損害を被つた。

2  逸失利益

亡正志は、本件事故当時、五二歳であり、年間金一四一万一、六二五円の収入を得ていたものであるところ、本件事故に遭わなければ六三歳まで一一年間にわたり稼働しえて、毎年右金額を下らない収入を得ることができたはずであり、この間の同人の生活費は年収額の三割とみるのが相当であるから、以上を基礎とし、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して同人の逸失利益を算定すると、金八二〇万七、八六一円となる。しかして、原告らは、右逸失利益の損害賠償請求権を、前記のとおり法定相続分に応じて、原告門馬千恵子において金二七三万五、九五一円、その余の原告五名において各金一〇九万四、三八二円ずつ相続した。

3  亡正志の慰藉料

亡正志は、本件事故で一命を失つたことにより多大な精神的苦痛を受けたものであるところ、これに対する慰藉料は金一〇〇万円が相当である。しかして、原告らは、右慰藉料の損害賠償請求権を、前記のとおり法定相続分に応じて、原告門馬千恵子において金三三万三、三三五円、その余の原告五名において各金一三万三、三三三円ずつ相続した。

4  遺族固有の慰藉料

亡正志の死亡によつて、原告門馬千恵子は妻として、その余の原告五名は子として、いずれも精神的苦痛を受けたものであるところ、これに対する慰藉料としては、原告門馬千恵子につき金一〇〇万円、その余の原告五名につきそれぞれ金四〇万円が相当である。

以上によれば、被告に対し、原告門馬千恵子は1ないし4の損害合計金四四〇万九、七〇三円を、その余の原告五名はそれぞれ2ないし4の損害合計金一六二万七、七一五円を請求しうべきところ、本訴においては、原告門馬千恵子は内金二〇〇万円を、その余の原告五名はそれぞれ内金六〇万円を請求する。

五  よつて、被告に対し、原告門馬千恵子は、金二〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和四八年七月一一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、その余の原告五名は、それぞれ金六〇万円及びこれに対する前同日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告の無過失の主張に対する答弁

被告の無過失の主張事実は、争う。亡正志が本件電車に乗車しようとした時、本件電車はいまだ停車中であり、扉は開いていた。ホームで客扱いに当たる駅務係としては、旅客の安全乗降に十分の注意を払うべき義務があり、殊に飯田橋駅のホームは湾曲し、ホームと電車との間隔が本件事故発生地点では一九センチメートルも開いており、旅客が転落する危険の大きい構造となつているのであるから、尚更細心の注意をすべきであるにもかかわらず、本件電車の客扱いに当たつていた駅務係は右注意を怠り、旅客が安全に乗降したかどうかを確認することなく、乗車しようとしていた亡正志を看過して客扱終了の合図を発した過失により本件事故を発生させたものである。仮に、亡正志が発車合図後に本件電車に乗車しようとしたとしても、その場合には、駅務係は、この乗車を見合わせるよう制止するか、又は車掌に合図して発車を制止し扉を開かせて亡正志を安全に乗車させる措置を採るべき安全上の注意義務あるにかかわらず、右駅務係は、これを怠つた点において過失があるというべきである。また、駅務係は、被告の内部規定により、電車がホームを通過するまで確認し、異常があればランプで知らせるべき義務があるところ、前記駅務係は、これを怠り、本件電車がホームを離れる前に折柄二番線に進入してきた電車の方へ移動したため、亡正志の転落の発見が遅れ、本件電車の発車中止又は急停車の信号を発信できなかつた過失がある。更に、本件事故は、被告がホームにおいて列車監視及び客扱いに従事する駅職員(以下「ホーム要員」という。)の適正な配置を怠つた過失にもよるものである。すなわち、飯田橋駅のようにホームの両側に電車が発着する構造のもとでは、ホーム要員が当務駅長のほか駅務係一名のみでは、ホーム両側に同時に電車が入線した場合、片方の客扱いが等閑視され、旅客の安全乗降の確認や発車合図後に乗車しようとする者に対する適切な措置及び乗客が線路上へ転落した場合の緊急措置を採ることが困難となり、本件のような事故が発生する危険性は大であり、殊に、飯田橋駅のホームは、前記のような危険な構造をしているのであるから、被告には、同駅ホームに十分な数のホーム要員を配置して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきところ、これを怠り、本件事故当時、同駅ホームには、当務駅長及び駅務係一名の合計二名という不十分な数のホーム要員しか配置していなかつた点に過失がある。

第三被告の答弁等

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一項の事実中、被告が鉄道による旅客運送を業として行う公法人であること、亡正志が原告ら主張の日時頃被告との旅客運送契約に基づき、被告運行の電車を利用せんとしたこと、及び亡正志が飯田橋駅一番線ホームにおいて、本件電車と同ホームとの間に転落し、同電車に轢過され、死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。なお、本件事故発生時刻は、午後九時五五分頃であり、本件事故の態様は、後記のとおりである。

二  同二項の事実は、争う。

三  同三項の事実は、知らない。

四  同四項の事実は、争う。

五  無過失の主張

本件事故は、以下に主張するとおり、専ら亡正志の過失により発生したもので、被告及びその被用者は運送に関し注意を怠らなかつたから、被告には損害賠償責任はない。すなわち、本件事故当時、飯田橋駅ホームでは当務駅長(助役(箭柏秀一、駅務係栗原英雄及び同鹿野川政司の三名が列車監視及び客扱いの職務に従事しており、栗原は一番線に到着した本件電車の列車監視及び客扱いを行い、本件電車の旅客の乗降が終了し、他に乗車しようとする旅客が認められなかつたため、同じく本件電車の列車監視及び客扱いに当たつていた箭柏に客扱終了の合図を送り、車掌は箭柏からの客扱終了の合図に従つて本件電車の扉を閉め、電車の側灯が消え、本件電車は発車したものであり、栗原はホームの停止白線外側(線路側をいう。以下同じ。)に旅客のいないことを確認したうえで、折柄、反対側の二番線に進入してきた新宿方面行電車の列車監視及び客扱いのためホーム二番線側に向かつたところ、既に発車し、動き出していた本件電車に飲酒状態にあつた亡正志が突然よろめくようにして接触したため、これを発見した栗原は、急拠備付けの列車非常停止警報器を作動させるとともに、電車停止の手信号(赤色灯)を振りながら車掌に大声で「危い。止めろ。」とさけんで本件電車を急停止させる措置を採り、本件電車は急制動をかけたが及ばなかつたものである。したがつて、本件事故の発生は、飲酒していた亡正志が不注意により本件電車に接触したことに起因するものというべく、被告のホーム要員は、旅客の安全乗降の確認を怠つたことはなく、亡正志の本件電車への接触を制止することは不可能であつたし、同人の転落後の措置についても何らの過失はない。更に、ホーム要員の配置も、本件事故発生時は、ラツシユ時を過ぎてホーム上に旅客のさほど多くない時間帯であつたから、ホーム要員としては前記三名で十分であつた。

第四証拠関係〔略〕

理由

(運送契約の締結及び事故の発生)

一  被告が鉄道による旅客運送を業として行う公法人であること、及び亡正志が原告ら主張の日時頃、被告との旅客運送契約に基づき被告運行の電車を利用しようとし、飯田橋駅一番線ホームにおいて、本件電車と同ホームとの間に転落し、同電車に轢過されて死亡したことは、当事者間に争いがない。

(被告の責任の有無について)

二 右争いのない事実によれば、被告は、商法上の旅客運送人として、旅客である亡正志を安全にその目的地に運送すべき責務があるものというべく、亡正志は、本件事故で死亡した結果、被告の運送契約違反により損害を被つたものというべきところ、被告は、本件事故につき、被告及びその被用者が運送に関し注意を怠らなかつたから、被告には損害賠償の責任はない旨主張する。よつて、以下この点につき審究することとする。

1  原本の存在及びその成立に争いのない甲第二号証、成立に争いのない同第六号証、乙第一、第二号証、第三、第四号証の各一、二、第五、第六号証、第七号証ないし第九号証の各一ないし三、第一〇号証の一ないし四、第一一、第一二号証、第一三号証の一ないし三及び第一四号証並びに証人田辺仁三郎、同栗原英雄、同箭柏秀一、同小林文治及び同城田真一の各証言(乙第一、第二号証及び第三号証の二並びに証人田辺仁三郎、同栗原英雄及び同小林文治の各証言中、後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)飯田橋駅のホームは、全長が二一九・五メートル、幅員が駅長事務室付近で七・六五メートルの細長い構造で、水道橋(千葉方面)に向かつて右側にかなりの程度湾曲しており(曲線半径三一二メートルないし三二〇メートル)、国電総武線千葉方面行電車が一番線に、同線新宿方面行電車がホーム反対側の二番線に発着することとなつており、ホームのほぼ中央には地下道から新宿方面に向けてホーム上に通じる階段(以下「旧階段」という。)が、その水道橋寄りには右地下道から千葉方面に向けてホーム上に通ずる階段(以下「新階段」という。)が、また、新宿方面寄りホーム先端からホーム内約六四メートルの位置に駅長事務室が設置されており、一〇両編成の千葉方面行電車(一両の長さは約二〇メートルである。)が一番線に所定のとおり停車した場合、電車最前部はホーム水道橋寄り先端から二四・四メートルの地点に、電車最後部はホーム新宿寄り先端からホーム内四メートルの地点に位置するようになつていること、(二)同駅においては、ラツシユ・アワーに当たる午前八時一五分ないし同八時五〇分の間は駅長以下五名の同駅職員がホーム上で列車監視及び客扱いの職務に当たるが、これ以外の時間帯においては、同駅職員を二名又は三名右職務に当てており、本件事故発生時刻頃の時間帯は、当務駅長及び駅務係一名がホーム上で放送設備のある場所である駅長事務室の水道橋寄り側の地点で(通称「中立ち」という。)、他の駅務係一名がホーム上で一番見通しの良い新階段と旧階段の間の地点で(通称「階段立ち」という。)、前記職務に従事するものとされていたこと、(三)本件事故当時は、既にラツシユ・アワーを過ぎており、ホームの旅客は夜間帯にしてはやや混んでいた程度で、ホーム上では、当務駅長である助役箭柏秀一、駅務係栗原英雄及び同鹿野川政司の三名が列車監視及び客扱いの職務に従事し、箭柏が一番線側で中立ちを、鹿野川が二番線側で中立ちを、栗原が階段立ちをしていたところ、一番線に一〇両編成の本件電車が定刻通り到着したため、箭柏及び栗原はホーム一番線側の所定位置において旅客の乗降の監視に当たり、栗原は、右乗降が終了し、他に乗降客がなく、ホームの停止白線の外側に旅客のいないことを確認して、箭柏に対し所定の方法(合図灯を高く掲げて上下に動かす。)により客扱終了の合図を送り、これを受けた箭柏も、自己の視界内で(本件電車の進行方向は、栗原の位置する付近まで見える。)、旅客の乗降の安全及び停止白線の外側に旅客の危険のないことを確認したうえで、本件電車の最後部に乗務している車掌に対して前同様の方法で客扱終了の合図を送り、車掌はこれを受けて本件電車の扉を閉め、各扉の上部にある側灯が全部消灯した後、本件電車を発車させたこと、(四)栗原及び箭柏は、本件電車が発車後約八〇メートル走行する間、前記各所定位置において、同電車の走行及び停止白線の外側に異常のないことを確認したが、折柄、二番線に新宿方面行電車が進入してきたので、同電車の列車監視及び客扱いを行うため、右両名は二番線側の所定位置に移動したところ(被告は、本件のようなホーム要員の配置で電車の発着が競合した場合には、出発電車に客扱終了の合図を送つた後、必ずしも同電車が完全にホームを通過する前であつても、ホーム停止白線外側に旅客の危険が認められない限り、すみやかに到着電車の監視に移るよう指導していた。)、本件電車に乗車すべく旧階段からホーム上に昇つてきて、既に発車していた同電車に乗り遅れた亡正志が、飲酒酩酊のためふらつきながら、いまだホームを通過し終わつていない同電車と旧階段のホーム上への出口の一番線側付近を歩いていた旅客の間を通つてホームの水道橋側へ移動しようとして停止白線の外側にはみ出し、誤つて本件電車に接触し、一回転して再接触した直後、ホームの湾曲により車両の継ぎ目付近で開いているホームと車両の間隙から線路上に落下し、本件電車により轢過されて致命傷を受けたこと、(五)亡正志の本件電車との接触を発見した栗原は、前記列車監視の所定位置に設置してある列車非常停止警報器を作動させ、更に、本件電車最後部の車掌に対し合図灯により急停車の合図をするとともに右車掌に対し「危い。止めろ。」と叫び、これにより異常事態を知つた車掌が手もとの電磁弁を引いて非常制動をかけた結果、本件電車は、亡正志の接触後約八〇メートル走行してホームに一両半程度を残して停止したが及ばなかつたこと、以上の事実を認めることができ、甲第一号証の二及び四、乙第一、第二号証及び第三号証の二の各記載並びに証人田辺仁三郎、同栗原英雄及び同小林文治の各証言中叙上認定に反する部分は、右認定に供した各証拠に照らし、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  上叙認定した事実に徴すれば、本件事故は 専ら、亡正志が飲酒酩酊のため、国電のような高速度で大量輸送の交通機関を利用する旅客としてホームを通行する際に要求される通常の注意を欠き、本件電車が既に発車し、ホームの傍を走行中であるにかかわらず、停止白線の外側にはみ出して本件電車に接触した過失により発生したものと認めるべきであつて、被告及びその被用者には、本件事故発生につき、以下に述べるように、旅客運送に関し注意を怠らなかつたものと認めるのが相当である。すなわち、箭柏及び栗原は、本件電車が出発後約八〇メートル走行する間停止白線の外側に旅客のいないことを確認したうえで、二番線側に移動したもので、この時点においては、亡正志は、いまだホーム一番線側停止白線の外側にはみ出していなかつたこと、亡正志が本件電車に接触し、ホーム外に転落した状況及びその地点、本件電車の事故発生時点での走行状況並びにその当時の箭柏及び栗原の位置等叙上認定の事実を総合すれば、箭柏はもとより栗原においても、一瞬の出来事である亡正志の停止白線外側へのはみ出し及び本件電車への接触、ホーム外への転落を予見して、これを制止又は防止することは到底不可能というべく、亡正志の右接触、転落による轢過死は不可避であつたものと認めるべきであるから、箭柏又は栗原が亡正志の本件電車への接触、転落を制止又は防止しなかつたことをもつて同人らの過失とすることはできない。また、叙上事故状況に、箭柏及び栗原の一番線側列車監視所定位置(なお、右監視位置をもつて不適当とは認めえない。)を考え併せれば、仮に右両名が本件電車がホームを通過するまで同位置に止まつていた場合であつても、本件事故は回避不能と認められるから、右両名が二番線側へ移動したことは本件事故発生とは何ら因果関係がないのみならず、箭柏及び栗原は、本件電車が発進後八〇メートル走行する間、ホーム一番線側の旅客の安全を確認したうえで、入線してきた電車の進入に伴う危険に対処するため二番線側に移動したものであるから、この点についても何ら過失はなかつたものと認めるのが相当である。また、栗原が亡正志の本件電車への接触を看過した事実はなく、本件全証拠によるも、栗原の本件事故後の措置が不適切であつたために、亡正志が死亡したものと認めることもできない。更に、国電のような大量輸送の交通機関の駅ホームにおけるホーム要員の配置は、当該駅における利用旅客数及びその時間的変動、電車の発着状況、ホームの構造等を総合考慮して、旅客の乗降の際その他ホーム上において通常予想される危険から旅客を保護しうるだけの人員を適正な位置に配置することを要し、かつ、これをもつて足りるものと解すべきところ、飯田橋駅における本件事故当時の時間帯の利用旅客数、電車の発着状況、同駅のホームの構造及びホーム要員の配置状況並びにホーム上が旅客で混雑する時間帯以外の時間帯において、既に電車が発車してホームの傍を走行している時に、旅客が停止白線外側にはみ出て走行中の電車に接触するようなことが通常予想しえないことにかんがみれば、本件事故当時の同駅におけるホーム要員の配置は、旅客を通常予想される危険から保護する措置において何ら欠けるところはなかつたものと認めるを相当とし、亡正志の本件におけるような一瞬の動作を制止しうるだけのホーム要員をホーム上の随所に配置すべき義務があるものとは到底認めることはできない。したがつて、被告には、本件事故当時、ホーム上への適正な職員の配置を怠つたとの過失はなかつたものというべく、その他、本件ホームにおける旅客の安全に関し被告又は被告の被用者の措置に格別欠けるところがあつたものということはできない。

してみれば、被告及びその被用者は旅客の運送に関し注意を怠らなかつたものというべきであるから、被告には商法第五九〇条第一項の規定に基づく損害賠償責任はないものといわざるをえない。

(むすび)

三 以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないものというほかはない。よつて、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項及び第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

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