大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6160号 判決

原告

ニチバン株式会社

右代表者代表取締役

大塚光一

右訴訟代理人弁護士

高井伸夫

石嵜信憲

西本恭彦

末啓一郎

被告

前順二

右訴訟代理人弁護士

川島仟太郎

加藤康夫

広瀬隆司

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と被告との間に雇用関係が存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は肩書地に本店を置き、医薬品、医療用具、粘着テープ、粘着シート、接着剤及びその他の接着製品の製造、販売等を目的とする株式会社であって、昭和五二年一二月当時において、資本金一八億円、年間売上約一八〇億円、従業員約一〇〇〇名であった。原告会社の事業所は、その当時において、本社のほかに工場として埼玉工場、安城工場及び大阪工場を、研究機関として埼玉工場内に研究技術部を、販売組織として一三支店(東京、札幌、仙台、大宮、横浜、金沢、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、高松、福岡)と七出張所を有していた。

被告は、島取県出身で、昭和四五年三月に国立米子工業高等専門学校工業化学科を卒業し、同年四月に原告会社に入社し、プロジェクト部、技術管理部を経た後、埼玉工場製造課に勤務している従業員である。また、被告は、合成化学産業労働組合連合に加盟している合化労連ニチバン労働組合(以下「組合」という。)の組合員であり、その組合役員歴としては埼玉工場のある組合入間支部の支部長、支部執行委員を経て同支部書記長の地位にある。

2  被告に対する配転の発令

原告会社は、昭和五二年一二月二一日、被告に対して、広島支店への配転を行うことを前提として、まず営業業務の研修を行うために東京支店への配転を命ずる辞令を発し、同月二三日から東京支店に赴任するよう指示をした。被告は、当初配転を拒否していたが、その後異議をとどめて東京支店に勤務した。その後、原告は、昭和五三年七月一九日付けで最終的に広島支店に赴任するよう指示し、その旨の辞令を発した(以下「本件配転」という。)。原告が、被告に対して本件配転を命じたのは次の理由によるものであり、原告会社の人事権に基づく正当なものである。

(一) 原告会社の業績と本件配転に至る経緯

原告会社は、昭和四七年下期(上期とは前年一二月から当年五月までをいい、下期とは当年六月から一一月までをいう。)以降、昭和四九年上期を除き、毎年赤字が続き、昭和五一年度における累積赤字は約二七億円にも達した。そこで、原告会社においては、早急に再建策を講じなければ企業としての存続はあり得ないとの経営判断の下に、昭和五一年一〇月に、倒産を回避し、企業を再建するために、新経営改善計画を立て、昭和五二年度以降三年間で累積赤字を一掃し、復配可能な態勢を作ることを目標とした。そして、右計画に基づき、原告会社は、昭和五二年一月二九日、組合との間に会社再建に関する協定(以下「再建協定」という。)を締結した。右協定においては、再建期間は昭和五四年末までとされ、その期間において、原告会社は、組合員の雇用を保障するとともに、賃金についての物価上昇に見合う分の昇給と賞与の年間四か月分の保障を行うことを約し、かつ、労使問題は平和裏に解決することが約され、また、「再建期間中は、所期の販売・生産量の達成及び原価低減目標達成のため、販売体制、生産体制及び勤務態様の変更等について、生産性を高める方向で会社・組合協議し、現実に即して弾力的に運営する」旨が定められた。

そして、昭和五二年二月には、営業力の強化と工場のコストを低減して、販売競争力を強化するため、いわゆる間接部門から営業拠点への配転が実施され、その結果、同年上半期の売上高は目標の九五パーセントに当たる九二億円に達し、資産の売却等を加えて曲がりなりにも七〇〇万円の黒字を計上することができた。

(二) 本件配転の必要性

ところが、昭和五二年度下半期においては、期首の六月以降極度の売上げ不振に陥り、同期の売上高は一〇一億円の予算に対し実績は、八二億八〇〇〇万円にとどまり、新経営改善計画においては昭和五二年度では収支均衡を目標にしていたにもかかわらず、経常利益において上期下期通期で六億九二〇〇万円もの大幅な赤字を計上し、同年一一月末には資金ショートが見込まれるに至った。そして、既に昭和四九年以降金融機関から多額の融資を受けていたため、原告会社には、担保とし得る資産も皆無となっており、今後企業の存続を図るには、昭和五三年度上期以降においては一切の赤字の計上が許されず、そのためには生産原価の低減と販売収入の増大を図るほかなく、緊急に生産部門から余力人員を生み出してこれを販売の第一線に投入して売上げの増進を図らなければならないという事態となった。

そこで、原告会社は、昭和五二年八月、組合に対して従前の一日七時間の労働時間を一日一時間延長することを申し入れて、これを同年九月から実施した。あわせて原告会社は、工場の生産体制につき、従前の四班三交替制を三班三交替制に、休憩二交替制を三交替制に改めるという施策及び組織の統合、簡素化を実施することによって工場現場において余剰人員を生み出すことにし、こうして全社で七三名の人員を三工場(このうち埼玉工場からは二九名)からねん出することとし、同年一一月一五日の中央労働協議会において組合に対してこの人員につき工場から販売の第一線への配転の申入れを行った。これが本件配転である。

(三) 配転人員の人選

(1) 人選基準

人選に当たっては、まず、人員の削減にもかかわらず工場においてより効率的に生産活動が行われるよう、能力、勤務態度等において優れたものを要員として確保配置し、一方、販売部門への配転者としては営業適性即ち対人折衝能力、説得力、労苦をいとわぬ迅速な行動力、粘り強さと俗にいう土地カン等があることを考慮し、また、転勤が多く含まれることから、個人的、家庭的事情等もしん酌することとした。このように、人選は工場要員として適性な者を残し、一方より営業適性のある者を配転者として選定するという総合的相対的判断によって行った。そして原告会社は、このような配転人選に先立って全配転対象者について既に提出してある身上書の内容の再確認を行い、ついて今後の自分の仕事に対する意見、希望の有無を打診するという予備調査を行った。

こうして具体的な人選が進められることとなったが、まず、女性については営業への配転の対象から除外し、男子全員を営業への配転検討対象者とした。その上で、まず、工場残留者の人選に入り、工場の少数精鋭化に基づき、製造課の業務運営がグループ単位で行われていることからそのリーダー一七名を残し、組織の統合等により余剰となったリーダー六名を配転要員とし、リーダーと息の合った補佐役としてサブリーダーとこの両名の組み合わせの関係でどうしても機械の運転に必要不可欠な者を工場要員として人選した。この結果四〇名の人間が工場要員として営業配転者から除外された。続いて原告会社は、個人的、家庭的事情から配転に支障のある者(病気療養中、四五歳以上、共働きの者等)二〇名を工場に残置させることとし、こうして残る約七〇名の者の中から営業配転者として二九名が人選されることになった。

(2) 配転者二九名の人選

この二九名の人選は、昭和五二年一〇月半ばころから行われ、一一月半ばに確定することになった。ここでは、前記の基準に基づいて人選を行ったが、その際、予備調査において営業への配転について前向きの意向を表明した者にはこれに極力沿うこととし、更に地方転勤が多い実情からみて独身者、ことに間もなく廃止の予定のある独身寮の在寮者を優先的に充てることとし、独身者(二九名中二〇名にものぼっている。)によっては二九名を賄うことができない分を妻帯者の中から選んだ。そして、その過程において配転効果を迅速に上げるよう出身地についてもできるだけ考慮し、妻帯者については極力通勤可能な地域にある営業拠点に配置割り当てすることにした。

こうして決定された営業配転者のうち被告が人選された理由は、被告が、当時独身寮に居住していた独身者であり、従前同人が従事していた紙粘着テープの裁断包装工程における段ボール箱組み立て作業が機械化により要員配置が不要となることが予定されていたこと、更に、同人がその以前に生産技術課でクレーム処理を担当していて各製品に精通していたことや対人折衝力に優れ温厚な性格であることから、営業適性があるものと考えられたことによるものである。そして、同人は広島支店が管轄する島取県の出身であることから広島支店に配属することとしたものである。

(四) 本件配転の発令

原告会社と被告との労働契約二条においては、従業員は、「就業規則その他の諸規則を承認し、これを順守し、誠実に職務を遂行する」と規定されており、就業規則四五条においては、「必要あるときは従業員に対し出張、転勤、出向又は職場の変更を命ずることができる。この場合、正当な理由がないときはこれを拒むことができない。」と定められており、これによって、原告会社は、勤務地及び職種を変更することができる権限を有している。原告会社は、この権限に基づいて本件配転の発令をしたものであって、前記のような配転の必要性が存し、かつ人選は合理性を有するものであるから、本件配転は正当なものである。

3  被告に対する懲戒解雇

本件配転について被告を除く者は、昭和五三年六月までには、異議をとどめながらも赴任地に赴任した。組合の入間支部の書記長である被告については、当時原告会社の安城工場における配転について、名古屋地方裁判所が同年三月三〇日に組合の安城支部の書記長の配転を不当とする決定をしたので、原告会社は、この決定に不服があったもののこの決定の内容を考慮して、毎年八月に行われる組合の役員改選までを一つの目安として被告の広島支店への赴任を保留することとした。その後、組合の佐藤委員長が同年六月五日埼玉県労働委員会において被告についても赴任に応じさせる旨の証言を行ったことから、原告会社は被告に対して同年七月一二日付けで同月一七日に着任するよう命じ、同月一九日付けをもって辞令を発した。そして、その後も原告会社は、同年八月四日、昭和五四年四月一〇日、五月一〇日にそれぞれ着任するよう命じた。

しかし、被告は本件配転命令が不当労働行為であるから拒否するとの態度に終始したので、原告会社は、やむなく懲戒委員会を開催して被告の懲戒問題を検討し、あわせて社長名の書簡を送って赴任に応じるよう最後の呼び掛けをした。ところが、被告はこれに対しても何らの応答もすることがなかったので、原告会社は、被告を就業規則一一〇条一三項に該当するものとして同年六月二二日付けで懲戒解雇することとした。

4  しかし、被告は、なおもこの懲戒解雇の効力を争っている。

5  よって、原告は、被告に対して、被告と原告との間に雇用関係が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因第一項(当事者)の事実は認める。

2  同第二項(本件配転命令の発令)冒頭の事実中被告に対して本件配転が命じられたことは認めるが、それが正当なものであることは争う。

(一)の事実中再建協定が締結されたこと、昭和五二年二月に配転が実施されたこと、及び原告会社の経常利益や累積赤字の数字は認めるが、その余の事実は不知又は否認する。

(二)の事実中新経営改善計画が存在したこと、労働時間の延長が実施されたこと、及び原告会社が本件配転を計画したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(三)の事実中、営業配転者の人選基準として営業適性を有する者、家庭事情及び出身地に近く単身赴任可能な者との三項目を基本方針とし、工場運営に不可欠の者を残し、販売適性を有する者を配転要員として人選をしたことは否認し、その余の事実は知らない。

(四)の事実中労働契約及び就業規則の規定の内容は認めるが、原告会社に勤務地及び職種を変更することができる権限があること及び本件配転が正当であるとの主張は争う。

3  同第三項(被告の懲戒解雇)の事実中被告が本件配転による広島支店への赴任を拒否したこと、名古屋地方裁判所の決定があって原告会社が被告に対する赴任命令を留保したこと、佐藤委員長が原告会社主張のごとき証言をしたこと、社長名の書簡が送付されたこと及び被告が本件配転命令に従わなかったことを理由に本件懲戒解雇をされたことは認めるが、その余の主張は争う。なお、佐藤委員長の証言は同人の錯誤に基づくものである。

4  同第四項の事実は認める。

5  被告の反論

(一) 原告会社の業績と労務政策について

原告会社は主力製品であるセロテープのほか格別の新製品もないまま安易な計画の下に次々と経営政策の失敗を繰り返し、昭和四九年には想像を絶する過剰在庫を抱え、全く見通しのない経営によって危機的状況だけが作り出されてきていた。このような状況下で昭和五〇年に出された経営改善計画に対しては組合は約五〇〇名にものぼる人員削減にも応じて会社に協力をしてきた。ところが、原告会社は昭和五一年四月になって第三者割り当てによって大鵬資本と資本提携を図った後、労働組合を敵視し、従業員に対して極端な倒産の危機意識をあおり会社の施策に協力しないと職場を失うとして従業員の協力を取り付け、労働組合の存立価値をなくし労働組合を解散に追い込むことを目的とした労務政策をとるようになった。原告会社は、同年一〇月に新経営改善計画を立てたが、これは何ら新製品もなく具体的な経営施策もないままただ単に販売人員がそろえば売上げが増進するという現実の生産、販売を全く無視した非現実的なもので、抜本的な経営施策の改善は何一つなく、その意図するところは人件費の切り下げと各種労働条件の改悪、更に長期的には組合組織の無用化、弱体化をねらったものにほかならなかった。

(二) 本件配転の必要性について

原告会社の業績は右のようにその経営施策の失敗から過剰在庫を抱えて悪化してはいたが、昭和五二年上期では前年同期に比べると売上高七五億円が九二億円に増加し期間損益では黒字転換し、同年下期では経常損失が約七億円あったものの資産売却等により約三億円の利益を計上し前年同期の累積赤字約二七億円が約二四億円に減少するなど経理状況には好転の兆しがうかがわれ、一方、年間約四億円近い設備投資を行い、一部返上していた役員報酬の返上額を減額したり、営業用自動車を一挙に新車に切り替えるなど危機的状況とはほど遠いものがあったし、更に、原告会社自身においても会社の資金的な問題については何ら問題がないことを言明したりしていた。そして、会社の業績は昭和五一年が底で、昭和五二年以降年を経るごとに回復しており、昭和五五年一一月期で累積赤字が完全に解消された。原告会社の業績はこのようなものであったから、本件配転を早急に行わなければならない緊急性、必要性は全く無かったのであり、本件配転は販売の増強のために行われたものではなく、組合を敵視し、組合活動家を排除するとの労務政策に基づいて行われたものにほかならない。

(三) 配転人員の人選について

(1) 本件配転人員の人選の基準についての原告会社の説明は何ら一貫したところがなく、また、その基準は、抽象的、漠然としたもので人選の具体的な基準とはなり得ないものであり、しかもそのような基準によるあてはめの段階においては各基準を一律に適用するというものではなく、人選の際の考慮の要素又は目安であって特にどこにウエイトを置いたというのではなく総合的、相対的判断をしたというのであるから、いかようにもし意的な人選が可能であり、到底公正妥当な人選は行われなかったものである。実際にも、工場要員として本来最も適性を有するはずのリーダー、サブリーダーの中から一二名もの人員を配転要員としており会社の説明は合理性を欠いている(この一二名中配転を希望した二名を除く一〇名はいずれも後述の会社署名拒否者である。)。一方、営業適性についていえば、ニチバンの販売員は特に資格、技能は不要であってわずか四日間の研修で工場要員を販売要員に転換できるといった程度のものと会社自身が考えていたのであるから、いうなれば工場の従業員全員が適格者であるともいえるし、逆に本来ならば営業適性を客観的に判定し得る運転免許の有無や工業高校卒かどうか等は全く考慮されていないのである。結局、人選の基準として原告会社が主張するところは全くの虚偽であって、真実は、勤務態度の良くない者、危険思想の持ち主及び会社が昭和五二年九月二一日から実施した会社の施策に協力する旨の署名活動に反対をした者を基準として配転要員を選別したものにほかならない。また、原告会社は人選に当たっては事前の予備調査を行ったとしているが、これは営業への配転の調査であることを伏せて単に身上書の内容に変更がないかどうかを聞くにとどまったものにすぎない。

(2) 被告は、工業高校卒業者であり、また、運転免許を持っていないのであって、営業に不向きということができる。原告会社は、被告の人選の理由として従前従事していた職場が機械化によりなくなることを挙げているが、同職場には五名の者がいたところ、その後も従前の職場にいる者や工場内の他の職場へ配転された者がいるのであるから、これも理由とはなり得ないものである。

三  抗弁

1  労働契約違反

被告は、職種は技術部門、勤務地はプロジェクト部との原告会社の入社案内をみて原告会社に応募して採用され、その後配転により埼玉工場で製造部門に勤務していたものであり、製造部門要員として賃金規定上作業職という職種を特定され、勤務地も埼玉工場(移転前は東京工場)に特定されているのであって、これが労働契約の内容となっている。

ところで、工場における製造部門と営業所における営業部門とは職務の内容がまったく異なり、賃金体系においても作業職である工場要員とセールスマンである事務職とは明確に区別されているのであって、両者は職種が異なっているから、本件配転のように職種が変更される配転命令については本人の同意が必要とされるところ、被告は本件配転について同意をしていないから、本件配転は労働契約に違反して無効である。また、前記のように被告の労働契約においては、その勤務場所が埼玉工場として特定されているところ、本件配転命令は勤務場所の変更を伴うものであるから本人の同意を要するところ、同意がないから、この点においても本件配転命令及びこれを前提とする本件懲戒解雇は無効である。

2  労働協約違反

原告会社と組合との間には、配転について、〈1〉昭和四九年七月二六日付け覚書(以下「配転・転勤に関する覚書」という。)、〈2〉昭和五二年一月二九日付け覚書(以下「一・二九付け覚書」という。)、〈3〉昭和五二年一一月三〇日付け覚書(以下「一一・三〇付け覚書」という。)、〈4〉昭和五二年一二月二日付け確認書(以下「一二・二付け確認書」という。)の四つの労働協約があり、また、これらの外に、そこには明記されていないもののその前提として配転については配転者本人の同意が必要であるとの労使慣行がある。

これらの労働協約のうち「配転・転勤に関する覚書」は、東京工場から埼玉工場への移転を機に配転の手続に関する協議が行われ、次第に配転手続が整備されていたものを昭和四九年七月二六日付けで整理し書面化した配転に関する労働協約であって、配転については、会社の組合に対する配転の申入れ、会社の該当者への意向打診、組合と該当者との協議、組合と会社との協議の上での覚書の取り交わし、会社の辞令交付といった五段階の手続きを踏むべきことを内容としている。この協約はその後においても、現実に実行され、再建期間中に締結されたその余の三つの労働協約にも引用され有効な労働協約として確認されているもので、本件配転にも適用されるものである。即ち、一・二九付け覚書は、昭和五二年一月からの再建期間中の配転手続きについて、配転・転勤に関する覚書及び労使慣行に則り実施するものと定めており、また、一一・三〇付け覚書は、本件配転に関し直接労使間で協議して成立した協約で、配転については従来のやり方に考慮を払う旨が明記されている。ここでいう従来のやり方とは配転・転勤に関する覚書及び一・二九付け覚書を指していることは明白である。そして、この一一・三〇付け覚書は原告会社社長と組合本部委員長との間の労働協約であるので、その細部の手続きについて埼玉工場長と組合入間支部長との間で協議し成立したのが一二・二付け確認書である。そして、実際にも本件配転以前の配転においてはこれらの労働協約や労使慣行に従って何らの問題もなく配転がスムースに行われてきた。

しかし、本件配転については、原告会社は、昭和五二年一二月八日に組合に対して配転名簿を提示して配転の申入れを行って以来、組合及び本人の抗議と再三にわたる組合からの支部協議会開催の申入れにもかかわらずこれを拒否し、組合の同意も本人の同意も得ず、労使間の覚書もないまま同月二一日に当初提示した配転名簿のとおりの配転の命令を発しているのであって、配転・転勤に関する覚書に反することが明らかである。また、組合からの支部協議会開催や配転名簿の差替え要求に対しても何ら誠意をもって協議していないから、一一・三〇付け覚書にも違反し、更に配転問題の解決後に工場の生産新体制の下での具体的班編成を行うとの一二・二付け確認書にも違反している。したがって、本件配転は、原告会社と組合との四つの労働協約に違反し、特にその規範的部分である本人の同意を得ることなく強行されている点において無効であり、これを前提とする本件懲戒解雇も無効である。

3  不当労働行為

組合が従来原告会社の再建のための諸施策に対して人員削減に応じ、スト権を放棄するなどして協力してきたこと、昭和五一年五月大鵬資本が資本参加して以降反組合的な労務政策がとられるようになったことは前記のとおりである。会社の労務政策の特色は従来の労働協約を一方的に破棄し、業務命令をもって会社の施策を強行することにあり、このような労務政策はその後会長の小林幸雄が昭和五二年七月に労務部を直轄するようになってからより一層露骨になって、極めて悪意に満ちた組合批判、組合執行部批判が展開され、組合員に対して組合の指導に従わないことを求めるようになった。こうした状況のもとに、まず、原告会社は同年八月にこれまでの労働時間を一日一時間延長するとともに土曜休日の職場を隔週土曜休日とするように改めたい旨の申入れを行い、組合との合意もないまま翌九月にこれを実施した。次いで、組合がこれに対して就労強制禁止の仮処分の申請を行うと(この仮処分申請はその後認容の決定が下された。)、原告会社は、組合にゆさぶりをかけ現執行部を壊滅に追い込む目的で、会社再建のために会社が行う諸施策に対して協力するとの会社誓約書への署名活動を開始し、就業時間中に上司が組合員と個別に面接して、「署名しなければ今後君のことは保証出来ない、会社に協力してくれた人に会社は全面的にバックアップする」などと署名を働き掛けた。このような反組合的な動きは更に組織化され、各支部において、組合員である主任らが会社の援助の下に反組合活動を公然と行うようになり、安城工場では「安工新しい流れの会」が結成されるなどした。組合は、これに対して会社の署名活動は裁判闘争に対する介入行為で、組合員を組合から離脱させることを目的とした支配介入行為であるとして会社署名の拒否を指令したが、このような会社の行動の結果、組合は会社署名の署名者とその拒否者とに分断され、事実上の分裂状態となった(このような会社の署名を集める行為は労働委員会において不当労働行為である旨判断されている。)。

こうした状況下で本件配転が行われたものであって、配転者は、二九名中二七名が会社署名の拒否者であり(残る二名は配転の希望者である)、しかも、この二七名は現職の組合役員八名、元組合役員一五名のほか会社の署名活動に反対し妨害した者であり、これを埼玉工場の従業員全体の中で占める比率からいうと、現職又は元の組合役員、署名拒否者が配転された割合がその他の者に比して異常に高率である。更にこの配転については前記のように組合との労働協約に違反し組合との協議を実質的に一切拒否しており、原告会社はこの人選に最後まで固執し、差替え、撤回は一切行わなかった。

このように本件配転手続きについては、配転に至る経緯、会社の対応、配転の内容とその後の経過等をみると、原告会社が組合役員又は積極的な組合活動家を排除しようとの不当労働行為の意図のもとに本件配転を行ったものであることが明らかであって、無効なものである。そして、このような配転命令に従わなかったことを理由にされた被告の懲戒解雇についても、明らかに本件配転と同一の意図の下に行われたものであって、当時被告は組合員からの信任が厚く支部書記長という組合にとっての中心的な要職についていたことや最後まで本件配転に合理性がないとして赴任を拒否していたことからされたものであり、同様に不当労働行為として無効である。

4  権利濫用

以上の1ないし3の事由が仮にそれぞれ独立しては本件配転又は本件解雇を無効とする理由としては不十分であるとしても、これらを総合すれば明らかに原告会社は配転命令権を濫用したものといわなければならない。特に原告会社は、組合との間で一一・三〇付け覚書、一二・二付け確認書を作成しながら組合との協議を拒否し、原告会社の人事異動権を認めるよう組合に迫り、本人の希望、同意を無視して一切の変更を加えることなく当初発表どおりの人選を強行したこと(本件配転に先立つ昭和五二年二月の配転では組合からの協議要求に応じて協議の上適宜差替え、変更をするなどして平穏に配転が実施されているのである。)、本件配転が被告と会社との間の労働契約に明確に違反し、その人選もし意的で合理性がなく、不当労働行為意思の下に行われ、その結果埼玉工場においては本件配転後欠員が生じ、有能なベテラン製造課員を営業に配転しながら欠員を新規採用やパートの募集で賄っている状態に陥っていることによれば、会社の本件配転及び本件懲戒解雇は権利の濫用であって、無効とされるべきことは明らかである。

四  抗弁に対する認否と原告の反論

1  抗弁1の主張は争う。使用者は採用時に職種、勤務地を明示するよう義務づけられているが、それによって職種、勤務地が限定される特約が成立したということになるものではない。また、原告会社においては給与体系上職群が事務職、技術職、作業職に区分されているが、職群の違いによって賃金が異なるということはなく、配転によって賃金、労働時間といった労働条件の基本的部分は何ら不利益を受けることはない。

2  抗弁2の事実中、被告主張の労働協約が締結されたことがあることは認めるが、配転・転勤に関する覚書が本件配転についても適用されるとの点は否認し、その余の主張は争う。

配転・転勤に関する覚書はそもそも昭和四九年七月二六日に三年間の期間で更新された事前協議協定に付帯するものとして締結されたもので、昭和五二年七月二七日に事前協議協定が期間満了によって失効したのに伴って当然失効したものであり、その後念のため原告会社から組合に対して右覚書が失効したことを通知している。また、一・二九付け覚書も、配転・転勤に関する覚書が有効であることを前提に締結されたものであって、配転・転勤に関する覚書の失効後まで拘束力を有するという趣旨のものではない。そして、原告会社は、本件配転の申入れに当たり、会社による主導的な新しい配転ルールの確立を目指した。この結果協定されたのが一一・三〇付け覚書であって、ここにおいては組合は配転・転勤に関する覚書が失効したとの会社主張を前提として、「配転問題については従前のやり方に考慮を払い、個々人への説明は職制が行い、組合を通じて苦情申立てがあれば会社は誠意をもって労使協議し解決に当たる。」と規定され、会社の人事権の確立と事後の苦情処理が新しいルールとして採用されたのである。そして、一二・二付け確認書は、一一・三〇付け覚書の実施運用の仕方を確認したものにほかならない。そして、組合からは個別の苦情申立てもなかった。その上、会社は本件配転の申入れ後一か月にわたって配転対象者に対する個別のカウンセリングを行い、また、任地変更を希望した五名の者についてはその意向にそって任地変更をしている。従って、本件配転は就業規則、労働協約に基づいたものであって何らこれらに違反するものではない。

3  抗弁3の事実中、原告会社が労働時間の延長を申し入れたこと、組合が仮処分申請をして認容の決定がされたこと、会社が署名活動を行ったこと、労働委員会でこれが不当労働行為とされたこと(ただし、右仮処分決定及び労働委員会の命令については、不服があり、裁判所で係争中である。)、安工新しい流れの会なるものが結成されたこと(もっとも会社はこれに関知していない。)は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

被告は原告会社が組合や組合執行部を敵視する労務政策をとっていた旨主張するが、これは会社の施策になにがなんでも反対するという組合の教条的姿勢に問題があるものであって、原告会社には不当労働行為を行う意思は全くない。本件配転対象者中に会社署名拒否者が多いということも、本件配転に当っては前記のように人選にあたって独身者、独身寮居住者を優先的に選出したところ、これらの者は従来組合活動に熱心で会社署名に応じなかった者が多いので(独身寮居住者三八名中会社署名に署名したものはただ一名にすぎない。)、結果的に署名拒否者に集中したにすぎないのであり、これらの者を署名拒否者という理由で選出したものではない。また、組合役員が多いということも役員だからといって配転の対象とはならないということはないし、会社の当面している事態からすれば役員を除外して人選を行うということはできなかったものであり、会社は組合役員についても支部長、副支部長は配転の対象としてはいないし、埼玉工場には入間支部とともに組合の本部があって本件配転によっても組合活動に格別の支障をきたすものではない。

4  抗弁4の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因第一項(当事者)の事実及び原告が被告に対して広島支店への本件配転を命じたところ、被告がこれに応じなかったので、これを理由に本件懲戒解雇がされたことは当事者間に争いがない。

二  配転に関する労働契約及び就業規則の定め

(証拠略)によれば、被告は就業規則その他の諸規則に定める労働条件によって雇用されるとの労働契約のもとに原告会社に入社しているところ、原告会社の就業規則四五条は、「会社は、必要があるときは、従業員に対し、出張、転勤、出向または職場の変更を命ずることがある。この場合正当な理由がないときは、これを拒むことができない。」旨規定していることが認められる。

三  本件配転の必要性について

1  本件配転に至る経緯

(一)  本件配転以前の労使関係

(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告会社はセロテープその他の接着製品の製造、販売の老舗としてこれまで業績も良く、労使関係においても昭和四五年に東京工場を閉鎖して埼玉県入間市に埼玉工場を移転するのに伴い、組合との間で従業員の完全雇用と組合との事前協議制を定めた昭和四六年一月二一日付けの事前協議協定を始めとして、従業員の労働条件に関する事項について多数の労働協約を締結し、労働時間の短縮に努めるなど従業員にとって比較的良好な労働環境が整備されていた。

この事前協議協定はその後三年の期間満了に伴い失効したが、中央労働委員会のあっ旋もあって、昭和四九年七月二六日に再締結がされた。ここで締結された事前協議協定においては、原告会社が工場閉鎖等の経営上重大な変更を行うときは中央労働協議会において組合と事前に協議すること(第一項)、原告会社が新規設備の導入その他労働条件に影響を及ぼす諸施策を実施する場合は労働条件の維持向上、安全衛生条件の優先を基本として、事前に組合と協議決定すること(第二項)、協定の有効期間を三年間とすること(第三項)が定められ(以下この協定を「事前協議協定」という。)、また、これと同日付けで原告会社の人事部長代理と組合の中央書記長との間で二通の覚書が取り交わされた。そのうちの一通の覚書(配転・転勤に関する覚書)は、「配転・転勤に関し、昭和四六年一月二一日の中央労協の確認に基づき、会社は該当者に打診程度にとどめ、労使協議しまとまった後、覚書を交わし辞令を出すものとする。」というものであり、他の一通の覚書は、「事前協議協定第二項には、機械の導入等による配転、転勤は含むが、通常の配転、転勤は含まない。」というものであった。

その後原告会社においては数回の配転が行われたが、その際にはいずれも配転・転勤に関する覚書にのっとって、〈1〉会社が組合に対して配転の具体的な申入れをする、〈2〉会社が配転予定者にその意向を打診する、〈3〉組合が配転予定者から事情を聴取する、〈4〉会社と組合との間で協議を行う、〈5〉協議成立後にその内容について配転予定者の応諾の意思表示を得た上、会社と組合との間で覚書を作成し、会社が発令をする、という一連の手続によって実施された。

(二)  原告会社の業績の悪化

(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告会社は製造コストが高いことや製品の販売力がぜい弱であったことから、昭和四七年下半期(会社は前年一二月一日から当年一一月三〇日までを一年度としている。)以降、いわゆる狂乱物価による黒字が出た昭和四八年下半期と昭和四九年上半期を除いて赤字経営が続き、昭和五一年一一月末には累積赤字が約二七億円にも達する事態となった。

この間、原告会社は昭和五〇年二月二六日、経営の減量とその基盤の上に立った販売力の強化、市場の開発をめざし、大阪工場の売却と希望退職者の募集等を行うとの第一次の経営合理化計画を組合に申し入れて約五五〇名の人員を削減し、ついで同年九月一九日に経営改善計画を策定して、翌年度からの黒字経営への転換と昭和五三年度までに累積赤字を解消することを目標とするなどの施策を実施した。しかし、原告会社は昭和五一年度も約七億円の大幅な赤字を出して、同年五月一日に増資をして全株式を大鵬薬品工業株式会社に時価で割り当てることによって、ようやく債務超過の事態に陥るのを回避するという状況にあった。

原告会社は大鵬薬品との資本提携を行ったことやこれに際し経営改善計画の一つの柱であった大阪工場の売却を中止したこと等から、新たに以上のような状況を打破するための施策として昭和五一年一〇月二三日に新経営改善計画を策定しこれを組合に申し入れた。この計画は、従来の原告会社の再建施策が人員削減や生産設備の売却によるいわゆる縮小均衡策によっていたものを積極的に雇用確保、販売拡大を目指すいわゆる拡大均衡策に転換し、翌昭和五二年度上半期から経常利益段階で黒字に転換し、昭和五四年度末までに累積赤字を解消することを目的とするものであった。すなわち、同業他社と比較して従業員一人当たりの売上高が低く、逆に労務費分配率、売上高人件費率が高いことなど、原告会社の経営上生産コストが高いことと販売力が弱いことを問題として、これを是正するために、当時生産部門と販売部門の人員比率が約三対一であったのを、生産部門から販売部門に従業員を配転することによって販売員を増強することとして将来的にはこれを一対一に近づけることを考えた。まず、昭和五一年一二月一日に本社販売間接部門と生産部間接部門から約一〇〇名を販売部門に配転し、その後も再建の実施状況に応じて販売員の強化を図ることとし、他方、生産部門では積極的な設備投資によって生産の機械化を進めて人員配置の効率化を図ることとして、勤務形態を従前の四班三交替、休憩二交替制から三班三交替、休憩三交替制へと変更するというものであった。同時に、この計画では、昭和五一年度下半期から昭和五四年度下半期までを再建期間として、その間の一時金を給与の二か月分とするなど従業員及び組合に対して理解と全面的協力を求める一方で、従業員全員の雇用を保障することとしていた。

そして原告会社は、この計画を組合に申し入れるとともに再建期間中は事前協議協定の効力を凍結したい旨申し入れた。これに対して組合は、同年一一月下旬から翌年一月一二日までストライキを行った。

(三)  再建協定の締結と原告会社の業績

(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

昭和五二年一月二九日、原告会社と組合は会社再建について、〈1〉昭和五四年度末までを再建期間とし、同期間中は労使問題は平和裏に解決する、〈2〉会社は再建期間中組合員の雇用を保障し、賃金引上げは物価見合い分とし、年間の一時金は給与の四か月分とする、〈3〉再建期間中は、販売体制、生産体制及び勤務態様等について、生産性を高める方向で、会社と組合が協議し、現実に即して弾力的に運用する、〈4〉新経営改善計画に基づく販売部門への配転については、会社の提案に基づき実質的解決の方向で早急に協議する、〈5〉事前協議協定の運用は弾力的に行う、との協定(再建協定)を締結した。また、同日、会社の人事部長と組合の中央書記長は、配転については配転・転勤に関する覚書及びそれによる労使慣行にのっとり実施する旨の覚書(一・二九付け覚書)を取り交わした。

そして、この後、昭和五二年二月一四日までに前記の新経営改善計画に基づく販売部門強化のための配転が行われ、その結果、生産部門と販売部門の人員比率は約二対一となった。そしてこの配転手続は従来と同様の手続きで短期間に平穏に行われ、当初販売部門へ配転が予定された警備職の者については工場内への配転に変更されたり、配転予定者の名簿発表後配転希望者の募集を行ったり、配転先を変更するなどの措置がとられた。

こうして、原告会社の新経営改善計画は、売上げの拡大が経営の根幹であるとして販売即経営とのスローガンの下に、約二か月程度の遅れで実施に移されることとなり、組合も長期間のストライキによる生産の減少を補うために、同年五月末までの間、従来隔週毎に休日とされていた土曜日にも割増手当を要求せずに組合員を工場で稼働させるなど会社の再建に協力する姿勢を示し、その結果、同年度上半期の会社の業績はわずかながらも好転し、経常利益段階で約七〇〇万円の黒字となった(原告会社はその後も引き続き土曜日の休日出勤の継続を希望して組合に申し入れたが、組合はこれを拒絶した。)。

ところが、同年度下半期に入ると、景気が停滞してきたことや上半期にかなりの押し込み販売を行ったことの反動から、売上は、同年六月、七月には一転して当初の販売予算に対して約七〇パーセント弱という極度の販売不振に陥り、一方生産部門では上半期と同様のフル生産を続けたため、会社の適正在庫である二〇億円の倍近い三九億円の在庫を抱えるといった事態が生じ、そのために、売上げの減少による収入減と過剰在庫の原材料費の支払のアンバランスによって、同年一一月末には約三億円の資金のショートを来すことが予想される事態に至った(なお、結果的には、同年度下半期の経常利益段階での損益は約七億円の赤字になった。)。そこで、会社は、生産調整を実施し、生産部門で生じた剰員を販売への応援に派遣するなどしてこれに対処する一方、会社に残っていた不要資産の早期売却や金融機関からの特別融資を要請するなど特別の対策を迫られることになった。この資金ショートは結果的にはこれらの特別対策の実施により回避することができたが、もはや原告会社には売却可能な資産もなくなり、また、金融機関からは今後赤字補てんのための融資は一切行わないとの条件を付されることとなった。

(四)  事前協議協定の失効と労働時間の延長、誓約署名

(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告会社は、前記のような会社の実情にかんがみ、再建策を実施するには時宜に応じた適切な経営がされなければならず、そのためには事前協議協定の存在がこれを阻害する傾向にあったので、同協定の有効期間が昭和五二年七月二六日に満了することになっていたところから、同月二二日、組合に対して有効期間満了後は改めて事前協議協定を締結する意思がないことを通知した。これに続いて原告会社は、同年八月一六日、組合に対して、企業再建のため、常日勤職場の労働時間を給与は従前のままに一日七時間から八時間に延長することを申し入れた。これに対して組合は反対を唱えたが原告会社は一時間の延長が最低限のものであるとし、最後に組合は一日三〇分程度の延長には応ずるとしたものの、原告会社はこ息な妥協案であるとしてこれを拒否したため交渉は決裂し、原告会社は同年九月一三日から業務命令によって労働時間の一時間延長を実施した。そこで、組合は、再建協定で争議行為を行わない旨約していたので、やむを得ず、原告会社の一連の措置に反対してその違法性を裁判で明らかにする方針を立て、同月二三日東京地方裁判所に延長された時間内の就労の強制禁止を求める仮処分の申請を行った(同裁判所は、昭和五四年六月四日に申請を認容する決定をしたが、原告会社は異議を申し立てている。)。原告会社は、組合が裁判闘争に出たことを原告会社の再建方針に対する挑戦であるととらえてこれを批判し、また、原告会社の四名の専務取締役は、昭和五二年九月二一日、従業員に対して、裁判闘争に訴えるという組合執行部の行動は原告会社として断じて容認できないものであると主張するとともに、「私は企業再建に係る会社諸施策の具体的実施に当たり、誠意をもって対処し、且つ業務の遂行に当たっては、誠実に遵守し履行することを誓います。」とのいわゆる誓約署名に署名して、会社再建への協力を示すよう社内報や管理職を通じて呼び掛け、管理職全員に対しては呼び掛けの趣旨を部下に説明し署名を集めるように命じた。その結果、翌日から同年一〇月上旬にかけて各事業所で管理職が部下である組合員に対して勤務時間中公然と署名を行うようにとの説得活動を行った。これに対して組合は、右署名活動は労働組合の運営に対する支配介入行為であるとして、組合員に対し署名の拒否を指令し、同年九月末からは誓約署名に対抗して組合への団結を表明する団結署名を集める活動を行い、また、埼玉県、大阪府及び愛知県の各地方労働委員会に対して不当労働行為救済の申立てを行った(この救済申立てはその後いずれも組合の主張を認める救済命令が発せられ、愛知県地方労働委員会の救済命令については中央労働委員会も原告会社の再審査申立てを棄却している。)。このような一連の経緯によって、原告会社と組合との対立が深刻化した。また、組合内部においても、同年一一月ころ安城工場の管理者により組合の方針に反対する「安工新しい流れの会」なるものが結成され、原告会社会長あての嘆願書への署名活動を行いこれが全社的に波及し、これらの動きの中で組合の中央書記長や九段支部長が辞任するなどの事態が生じる等、誓約署名に署名した者と団結署名に署名した者との間で対立が生じ、組織上重大な問題が生じていた。

(五)  原告会社の本件配転実施の決定

(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

原告会社は前記(三)のような会社の業績に照らし、同年八月ころ生産本部会議を開き、赤字の解消と雇用の確保を実現するためには新経営改善計画で予定したとおり、同年一二月一日から工場の三交替職場に三班三交替、休憩三交替制を実施し、同計画で再建の実施状況に応じて行うとされていた販売部門への第二次の配転を約一〇〇名をめどに実施すること及びこの配転では第一次の配転の対象とならなかった生産部直接部門からこの合理化によって生ずる剰員をもって賄うことが早急に必要であると判断し、同年一〇月下旬には、三工場長と各部門の部長などから成る再建計画策定委員会を発足させ、第四次の再建策として中期経営計画を検討させた。同委員会においても、全社挙げての販売応援、増強体制を図るものとして右の配転を七三名の規模で行うべきとの結論に達し、同年一一月二八日このような各種施策を含む中期経営計画を作成した。

2  以上の事実によれば、原告会社はその数次にわたる再建施策の策定、実施にもかかわらず、業績の回復をみることができず、特に原告会社の抱える問題点を積極的に是正し再建を進めていこうとした新経営改善計画の実施にもかかわらず、昭和五二年一一月末日には約三億円の資金ショートをきたし、その結果既に売却可能な資産もなく、金融機関からの融資も今後受け難い状況の下で、原告会社内部で経営努力を行うこと以外には再建のめどがたたないというべき事態に至ったもので、その方策として労働時間の延長及び新組織編成とこれにより生じた剰員をもって販売要員に充てることとし、本件配転を行ったものであり、本件配転を行うことについてはその業務上の必要性が極めて大きかったものということができる。被告は、これに対して、原告会社が同年中にも設備投資を行ったりセールスカーを購入したりするなど経営が危機的状況にあるというには程遠かっもので、現に原告会社の業績はその後順調に回復しているのであるから、本件配転を行う必要性はなかった旨主張しており、(証拠略)によれば被告指摘のように原告会社が同年中に設備投資を行ったり、セールスカーを購入した事実を認めることができる。しかし、他方で、(証拠略)によれば、原告会社の設備投資といっても機械の維持管理その他の投資で従前のそれの約半額の二億円にとどまり、セールスカーも原告会社の緊急の要請であった販売力の拡大の手段として増強したものであることが認められることや、前記のとおりの原告会社の業績、業務内容、当時の状況を考慮すると本件配転後に原告会社の業績が回復したからといってこのことが直ちに本件配転の必要性を阻却するものではなく、被告の主張は採用することができない。

四  本件配転の人選について

1  配転対象人数の決定、予備調査

(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

生産本部会議の本件配転の実施決定後、埼玉工場においては高綱工場長の指示により昭和五二年一〇月下旬から配転の準備として男子従業員全員を対象とした予備調査を行った。この予備調査は、同月三〇日ころから約一週間、管理職が手分けをして男子従業員約二二〇名全員に個別に面接して行う方法で実施され、その際担当の管理職は、従業員からあらかじめ提出を受けていた身上書に基づき身上関係についての質問を行ったが、特に配転のための調査であることは明らかにはせず、配転や配転先についての従業員の希望について質問をすることはなかった。しかし、従業員の中には配転が行われるであろうことを察知して自ら配転・配転先についての希望を述べる者もおり、このようなことは配転に当たっての資料とされた。

また、同工場長は、草賀製造課長に対して人員のねん出と組織の編成替えを行うように命じ、同課長は七人の製造課係長とともにその検討に着手し、配転先である販売部門との連絡調整の上、埼玉工場からは二九名(ほかに工場内配転一名)の要員を配転の対象とすることができる旨の結論に達した。これは、当時埼玉工場には、総務課八名、管理課一三名、生産技術課一〇名、工務課一二名、製造課一七〇名がいて一応この全員を配転の対象として検討を開始したが、その結果、製造課の人員構成の中において、まず、労働時間の延長と三班三交替、休憩三交替制の導入により従来の四班三交替制の場合に比べて一つの機械につき八名の削減が可能となり、また、製造課のうち一係と二係を、四係と六係をそれぞれ統合して一つの係とし、全体の係を六つから四つに簡素化し併せて運転要員の見直しを図ること及び設備の改善と合理化(MT(マスキングテープ)自動裁断機の導入)によっても更に要員の削減が可能となったことによって、製造課内部から二九名の人員削減をすることができるとの見通しがついたことによるものである。他の工場においても同様に検討の結果、配転の対象人員として大阪工場からは一六名、安城工場からは二八名の要員数が決定された。そして、このような検討の結果を受けて、原告会社は、同年一一月一〇日ころに、本件配転の案を具体化し、各工場従業員の出身地の分布を考慮して、埼玉工場からは主として関東以北の、大阪工場からは主として京阪神及びその周辺の地方の、安城工場からは主として中部、中国、九州地方の各支店等へそれぞれ配転するとの方針をたてた。埼玉工場からの配転者については、札幌、仙台支店に各五名、大宮支店に四名、八王子、千葉出張所に各三名、相模原、静岡出張所に各二名、新潟、東京、金沢、広島、福岡支店に各一名、それぞれ配転することとした。

2  本件配転対象者の人選

(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

配転対象者の具体的な人選については、工場の新組織編成の下で生産力の確保を図る必要から少数精鋭主義により生産の確保に資する者を残し、他方、販売力強化に適する者を販売部門に配転することを主眼として、次のような事由を総合的、相対的に考慮して行うこととされた。すなわち、配転から除外して工場に残す方向で考慮する者としては、〈1〉他の者に代替することのできない指導者や技術習熟者、〈2〉夫婦共働き、病気療養中あるいは高齢者その他家庭的事情のある者が挙げられ、他方、配転者に加える方向で考慮する者として、〈1〉販売部門への配転を希望する者、〈2〉いわゆる営業適性を有する者、〈3〉前記配転予定地周辺の出身者(その土地の気候、風土、言語その他につきいわゆる土地カンがある者)、〈4〉地方への配転が多いことから身軽な独身者(特に近く廃止が予定されていた独身寮居住者)を主体にし、やむを得ず妻帯者を選出するときはできるだけ通勤可能圏に配転することとされた。なお、組合の役員であるかどうかについては人選の基準の設定の際に特に配慮を加えるということはしなかった。

こうして具体的な人選に入ったが、まず、工場に残す人員としては、〈1〉の要員としてリーダーが四係で一七名必要なのでこれを残し(従来は六係二三グループあったので六名が剰員として配転の対象者となった。)、次にこのリーダーとの組合わせや組織構成を考慮してサブリーダーと一般の運転要員をそれぞれ約一〇名選出した。また、〈2〉の家庭的事情のある者には約二〇名が該当したのでこれを残し、以上の者を除いた約七〇名の製造課の従業員の中から本件配転の要員を選出することとした。販売への配転要員として選出された二九名は、製造課の一係から五名、二係から三名、三係から四名、四係から三名、五係から七名、六係から七名であって、前記〈1〉の配転についての意向を尊重した者として五名が、同〈3〉の独身者が二〇名(このうち独身寮居住者は製造課に二六名いたところその中から一四名が選出されている。)、妻帯者が四名となっている。

被告は、こうして本件配転者から除外すべき事由はなく、むしろ配転者に加えるべき者として選出された。これを具体的にみると、その理由は、当時被告は、独身寮に居住していた独身者(もっとも、配転申入れ直前に結婚して独身寮を出ており、原告会社もその旨を了知し得る状況にあった。)であって、当時従事していた六係の業務が機械化により縮小され他に異動を行うほかはないと考えられたところ、同人は工業高等専門学校を卒業して技術管理部、生産企画部などで製品の苦情処理に関する業務に長く従事していたことから営業適性もあり、工場内での異動よりはこのようにして得られた商品知識や営業支店とのつながりを生かして行くのが最適であると考えられたことによるものである。そして、配属先については、出身地の島取県を管轄するのが広島支店であるところから同支店に配属とした。なお、製造課内で広島に関係があるとされる者は他に石川宜寛がいるだけであるが、同人は妻帯者で家を持ち両親と同居しているという事情があった。

3  以上に認定した事実に基づいて本件配転の人選の合理性について検討する。

埼玉工場からの本件配転の対象人員数として原告会社が組織の編成替え、合理化等によって製造課から二九名をねん出することができるとの方針を決定したこと及び埼玉工場からの配転先としておもに関東以北の支店、出張所を予定したことについては、被告も特別その合理性を争っておらず、また、前記認定した事実からして合理性を有するものと認めることができる。ただ、埼玉工場からの配転先として他に距離的にも近接した大阪工場や安城工場が存在しているのにもかかわらず広島及び福岡支店にもあえて配属先を求めたことの理由については原告会社において十分な説明もなく、多少疑問がないではないが、この点については一連の交渉の過程において組合及び被告が格別問題とした形跡もなく、また、このような配属先予定地の決定それ自体が合理性を全く欠くというものでもないから、このことだけをとらえて右のような原告会社の方針決定がすべて合理性を有しないものということはできない。

次に、人選の基準の合理性について検討すると、被告はこれについて、人選基準の設定に当たっては運転免許の有無とか工業高校卒とかの客観的な基準を考慮すべきであるのに原告会社が行った人選基準は種々の要素につき相対的、総合的な判断を行ったというにすぎず、し意的な人選を可能とするものであって合理性を有しない旨主張する。しかし、いわゆる配転の際の人選基準なるものについては唯一絶対の客観的基準が存在するものではなく、当該会社の業務内容、配転人員数、配転の実施前後における会社の組織運営に対する影響度その他の会社を取り巻く状況等を勘案して合理的なものと認められれば足りるものと解されるところ、前記認定の人選基準は一応合理的なものと認めることができる(運転免許の保有の有無については〈証拠略〉によれば、中期経営計画によってセールスカーの増強が図られたとはいえ必ずしも販売員全員にセールスカーが行き渡っているものではないことが認められるし、運転免許の取得はそれほど困難なものでないことは公知の事実であるから、人選の時点において運転免許を保有しているか否かをそれほど重視する必要はない。また、工業高校卒であることが直ちに販売員として不適格であるということもできない。)。また、被告は原告会社の真実の人選基準は原告会社にとっての危険思想の持ち主、誓約署名に抗議した者、工場にとって不要の者というものである旨主張し、(証拠略)にはこれに沿う部分があるが、右証拠中の被告の供述はその内容において一貫しておらず、直ちに信用することができない。

そして、以上のような事情に加えて原告会社が被告を本件配転の対象者として選出した前記認定の理由とされる内容を考慮すると、原告会社が被告を配転対象者として選定したことについてはその合理性を肯定することができる。

五  そこで、抗弁について判断する。

1  労働契約違反との主張について

被告は、被告の労働契約は、職種を製造部門(当初技術部門)、勤務場所を埼玉工場と特定しているのであり、本件配転は職種及び勤務場所を変更するものであるからこれを行うには被告の同意を必要とするところ、原告会社はこのような被告の同意を得ていないのに本件配転命令を発したものであって、本件配転命令は労働契約に違反して無効である旨主張する。

しかし、被告と原告会社との間では前記二で認定したとおり、被告が就業規則その他の諸規則に定める労働条件によって雇用される旨の労働契約を締結しているところ、(証拠略)によれば、労働契約及び就業規則上被告の職種あるいは勤務場所を限定する定めはなく、かえって就業規則上、「必要があるときは、出張、転勤、出向または職場の変更を命ずることがある。」旨定められていることが認められるのであること、及び(証拠略)によれば賃金体系上製造部門である作業職と営業部門である事務職とは区別がされてはいるものの、賃金の額は両者で全く同一であるとされていることが認められることからすると、労働契約上被告の職種及び勤務場所が限定されていて、本件配転のように企業の再建を図るためにやむを得ない配転についてまで被告の同意がない以上配転を行い得ないものとは到底解することができない。被告は、被告が原告会社に応募し採用された経緯からしても労働契約上職種及び勤務場所が限定されていると解すべきであると主張しているが、仮にそれが労働契約締結上の動機をなしているものとしても、このことが労働契約の内容となっているとまでは解し得ないことは前記の点から明らかであって、被告の主張は失当である。

2  労働協約違反との主張について

(一)  原告会社と組合との間には前記三1に認定したとおり配転・転勤に関する覚書及び一・二九付け覚書が存在しているところ、被告は、本件配転の手続はこの各覚書に違反している上、本件配転の実施に先だって締結した一一・三〇付け覚書及び一二・二付け確認書にも違反しているもので無効である旨主張している。そこで、本件配転の申入れとその後の交渉経緯について検討する。

(証拠略)を総合すれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告会社は、昭和五二年一一月一五日に開催された中央労働協議会の席上、組合に対し、同年一二月一日から三班三交替、休憩三交替制を実施すること及び本件配転を実施することの申入れを行った。そして、本件配転の手続については、原告会社は、事前協議協定が同年七月二六日期間満了により失効したことに伴い、これに付属する配転・転勤に関する覚書も失効しているとの見解をとっていた。組合はこれに対して、当初休憩三交替制はやむを得ないものとしていたが、三班三交替制には反対し、また、配転は配転・転勤に関する覚書に基づく従来の手続によって行うべきものである旨主張した。

その後、一一月二五日の代表者交渉で両者は互いに歩み寄り、組合は三班三交替制を認め、原告会社は組合の要求である安城工場のボイラー業務の外注化を取りやめ配転者数を七〇名とするなどしたが、配転の手続については見解が対立し、続いて同月二六日、二九日にも代表者交渉が行われた。この間、原告会社は、まず、前記のように配転・転勤に関する覚書が失効したとの前提の下に配転は「従来のやり方に考慮は払うが現今の厳しい現状に鑑み迅速に実施することが必要であり、かつ、基本的には会社の経営権、人事権に属することを再確認し、会社の計画を中心に会社主導によって進める(個々人への説明説得は職制が行い、組合を通じての苦情申立てがあれば、会社は誠意をもってその苦情処理につき組合との協議に応ずる。)。」との提案を行ったところ、組合は同覚書がなおも効力を有するとの前提に立って配転手続は同覚書及びそれによる慣行によって行われるべきであるとしてこれを拒否した。そして、組合は、「配転問題については、従来のやり方を基本に個々人への説明は職制が行い、組合を通じての苦情申立てがあれば会社は誠意をもって労使協議し解決する。」との提案を行い、これに対し、原告会社は、「配転問題については従来のやり方に考慮は払うが個々人への説明は職制が行い、組合を通じての苦情申立てがあれば会社は誠意をもって労使協議し解決に当たる。」との提案を行うという交渉が行われた結果、同月三〇日に「配転問題については従来のやり方に考慮を払い、個々人への説明は職制が行い、組合を通じての苦情申立てがあれば会社は誠意をもって労使協議し解決に当たる。」との覚書が締結された(一一・三〇付け覚書)。なお、埼玉工場にある組合の入間支部においては、埼玉工場長と入間支部長との間で同年一二月二日に一一・三〇付け覚書に基づいて、「配転・転勤については従来通りのやり方で実施する。三班三交替、休憩三交替は、配転・転勤の問題が解決した時点で、新たに具体的な班編成を行い、それに基づき実施する。」との確認書が締結され(一二・二付け確認書)、また、同月八日には埼玉工場において三班三交替、休憩三交替制に伴う定員、業務内容についての合意が成立した。

なお、支部は、原告会社に対して、同月五日付けで、本件配転については中央執行委員及び支部三役の配転を行わないようにとの申入れをした。

(2) 原告会社は、同月八日に、原告会社の各工場において組合の各支部に対して配転予定者の名簿を提示し、また、配転予定者の上司からは順次各人に対してその旨の内示をした。入間支部は、この名簿受領後直ちに、この配転予定者はほとんどの者が組合運動の活動家で誓約署名の拒否者であって、配転の理由が薄弱であり不当な配転であるとの見解を表明し、翌九日には配転に同意している二名を除く二七名が草賀製造課長に配転理由を明らかにするように申し入れを行った。支部は、その後、事務局折衝を行って原告会社の人選に抗議したり配転希望者を募ることを要求するとともに、この問題についての入間支部協議会の開催の申入れを幾度となく行った。これに対して原告会社では、本件配転は会社の業務上の必要から行うもので、異議はあろうともとにかく配転に応じてもらうのが原則であるとの考えにたち、草賀課長らが配転予定者に対して個別に配転理由の説明と配転に応じて赴任するようにとの説得を行い、事務局折衝においては、本件配転が販売力の強化のために行われるものであって組合の弱体化を意図したものではないことを説明し、また、個別的、具体的な苦情があれば誠意をもって対処する旨の意向を表明し、入間支部協議会については開催の必要がないとしてこれを拒否していた。支部は、これに対して本件配転が不当配転であるとの態度を変えなかったことから事務局折衝はほとんど抗議の場に終始し、また、配転予定者も集団で管理職の下に押し掛けて抗議を行うだけで、個別的な苦情申立ては全く行わなかった。

こうして両者の主張は対立したままで同月一六日に至り、埼玉工場長は支部に対して同月二〇日から三班三交替制を実施すること及び同日に本件配転の発令をすることを申し入れ、併せて同月一七日に入間支部協議会の開催を申し入れた。しかし、こうして開催された協議会においても支部は配転予定者の差替えを要求し、原告会社は、差替えは行わないこと、三班三交替制は同月一九日から実施することを主張するなどして、両者の主張は平行線をたどったままであった。その後、原告会社は、同月末に二名の退職者が生じる予定となったことからその範囲で工場に残留させるとの提案をしたが、支部は二七名中赴任先変更希望者五名、残留が必要な者六名、退職せざるを得ない者八名がいるとして人選の差替えを要求したため、結局交渉は決裂した。

(3) こうして原告会社は同月二一日二九名につき本件配転の発令を行い、また、同月二三日から三班三交替制を実施したところ、当初は二七名がこれを拒否したが、同月二六日に、一二名はこれに従って東京支店に赴任したが被告を含む一五名(その後一名は退職した。)はこれに応じなかった。そこで、埼玉工場長はその後赴任に応じない者に対して翌年一月二三日までの間、自らがカウンセリングと称する個別的な面会、説明、説得の機会をもったがその納得を得るには至らず、その後原告会社からの度重なる要請(最後には懲戒処分もありうるとの内容のものを含む。)や自宅待機命令を経た後、同年二月二四日に被告を含む一四名は全員異議をとどめて東京支店に赴任するに至った。

(4) 東京支店に赴任後、被告を含む一四名は同年四月五日まで営業の教育研修を受けた。その後、原告会社は配転対象者の要望や業務上の都合を勘案して、四名の配転先を変更し、一名を埼玉工場に再配転することとし、また、病気入院した者と名古屋地方裁判所で安城支部の書記長の配転が不当労働行為である旨の仮処分決定を受けたことの配慮から支部書記長である被告の赴任を一時保留した。そして、残る七名については当初の発令どおりの赴任を業務命令により指示し、そのため七名は異議をとどめて最終赴任地へ赴任した。そして、被告については、その後同年七月一九日付けで広島支店への辞令を発令し赴任を指示したが、被告はこれに従わなかった。

(二)  以上の認定事実及び前記三1の(一)ないし(四)の事実に基づいて考えると、本件配転の手続は配転・転勤に関する覚書及び一・二九付け覚書に定める手続によらずに行われたことは明らかである。そして、配転・転勤に関する覚書が事前協議協定とは内容的に関連する事柄を定めるもので相互に関連性を有するものであるとしても、その形式上全く別個の労働協約であることからして、事前協議協定の期間満了による失効に伴って当然に同覚書の効力が消滅するものか否かについては疑問の余地がある。また、特に本件配転が新経営改善計画及び再建協定による再建期間中に同計画においてその実施が予定されていた配転計画のひとつとして決定、実行されたものであることからすると、少なくともその手続は本来は一・二九付け覚書(及びそれが引用する配転・転勤に関する覚書)によって規律されるべきものと考えられないわけではない。

しかし、本件配転は前記のように新経営改善計画の実施後、昭和五二年度下半期当初の販売不振等を原因とする資金ショートによる倒産の危機を迎えるといった事態に直面して、原告会社が再建のための経営の弾力的運営といった観点から、事前協議協定の失効後に新たに原告会社の経営権、人事権に基づく原告会社主導による配転手続を行うことの申入れを行い、その結果組合との間で締結された一一・三〇付け覚書に基づいて行われたものであることもまた前記認定のとおりである。そして、この一一・三〇付け覚書が締結されるに至った経緯及びその文言並びに他の覚書と異なりこの覚書では配転・転勤に関する覚書による旨の明記をしていないことに照らせば、この覚書は、本件配転の手続については配転・転勤に関する覚書による従来の五段階の配転手続には考慮を払うもののこれによることなく、原告会社の主導の下に実施し、事前あるいは事後に苦情の申立てがあれば労使協議の上で会社が解決に当たる旨を定めたものと解するほかはないというべきである(被告はこれと異なる趣旨である旨主張し、〈証拠略〉中にはこれに沿うものがあるが、右の点からして採用することができない。)。そうすると、本件配転の手続に関する限り、右の配転・転勤に関する覚書及び一・二九付け覚書は、一一・三〇付け覚書により、実質的に変更されたものというべきであって、配転対象者の同意を得ることが必要であると解することはできない。なお、この点について、一二・二付け確認書には配転・転勤については従来通りのやり方で実施する旨の定めがあるところから、一一・三〇付け覚書の趣旨は従来の配転・転勤に関する覚書による五段階の手続によるべきことを定めたものにほかならないと解する余地がないではないが、他方で、この一二・二付け確認書が組合と原告会社との前記認定の経緯による中央交渉の成果としての一一・三〇付け覚書に基づくものであることはその前文からして明らかであり、更に原告会社が会社の人事権の確立等を図った上で合意した一一・三〇覚書の内容と反するような確認をたとえ支部委員長と工場長との間であるとはいえ締結するものとは到底解することができないことからすると、一二・二付け確認書は、その文言上不適切のきらいはあるものの配転の実施に伴う工場単位での細目についての定めをしたものにとどまるものと解するのが相当である。

そこで、次に、原告会社がこの一一・三〇付け覚書に則って誠実に労使協議を行ったものということができるかどうかについて考える。なるほど、本件配転の申入れ後、原告会社は原則として配転対象者の差替えは行わないとの立場にたって、人選についての積極的な交渉や配転希望の聴取など組合の要求を拒否し、組合との合意を十分に得ないまま本件配転の発令を行っており、この点において組合の意見を十分に聞き入れようとする姿勢に欠けたとのそしりを免れない。しかし、本件配転は、前記のように原告会社の再建のための必須の施策として行われたもので業務上の必要性があり、また、その人選においても一応の合理性を有しているものなのであるから、原告会社においてはこれを早期に実施すべき必要からあらかじめ人選した者に受諾を求めることを原則とすることはあながち不当とはいえないし、それに代わるものとして個々人の苦情についてはこれを取り上げて処理するとの態度を表明し、現に配転申入れ後の草賀課長や配転発令後の工場長のカウンセリングなどを通じてその機会を持ち、また、二名の範囲ではあるものの工場に残留することを考慮したり、その後配転対象者の希望等を考慮して配転先の変更を行ったりしていることを考えると、原告会社の措置が同覚書に違反しており、そのことの故に本件配転が無効であるということは到底できないというべきである(なお、本件配転についての問題が未だ解決をしていないのに、原告会社が三班三交替制等の実施に踏み切ったことは、一二・二付け確認書の定めに反しているものというほかないが、この点に協約不履行があるからといってこのことが直ちに本件配転を違法にするものでもない。)。したがって、本件配転の手続が労働協約に違反するとの被告の主張は失当である。

3  不当労働行為との主張について

被告は、本件配転が不当労働行為によるもので無効である旨主張するのでこの点について検討する。本件配転は前記のように業務上の必要性が認められ、また、人選についてもその基準及び具体的人選の合理性が一応首肯し得るものであるから、これを不当労働行為であると評価するためには、その配転対象者の組合活動を嫌悪し、その者を配転することによって組合がその活動に重大な障害を受けるなどの事情があるにもかかわらず、使用者たる原告会社が配転によって組合に対してそのような打撃を与えるといういわゆる不当労働行為意思の下に配転を行ったことを肯定することができ、このことが配転の決定的な理由となっているものと認められることが必要であるというべきである。

このような点から検討すると、本件配転は、前記三1(四)で認定したように原告会社と組合との間で、労働時間の延長問題や後に労働委員会でも不当労働行為である旨認定された原告会社による誓約署名の収集活動とこれに対抗する組合の団結署名の収集活動等によって、組合と原告会社との間で深刻な対立が生じ、また、そのために組合内部においても組織上重大な事態に至っていたとの状況の下に行われたものであること、及び(証拠略)によれば、本件配転の対象者で異議をとどめて赴任した一四名のうちには現職の支部書記長一名、支部三役経験者三名、現職の支部執行委員四名、支部執行委員経験者七名、新旧青婦部役員九名(以上は重複して計上してある。)が含まれており、配転対象者二九名のうち配転に同意をしていた二名を除く二七名全員が誓約署名を拒否した者であることが認められることからすると、原告会社が組合の活動に従事している者や誓約署名を拒否して原告会社の再建に協力を表明していない者を嫌悪してされたものではないかとの疑いをもつことができる。更に、特に被告については、前記のように人選基準や具体的な人選全般においては一応の合理性が認められるとはいっても、埼玉工場からあえて広島支店への配転を考案した理由が疑問の余地がないとはいえないこと、本件配転の申入れ以前に原告会社は被告が結婚したのを知っているのに本件配転の人選に当たって単身者であることを前提に人選を行ったこと、及び、当時組合と原告会社とが激しい対立をしており、組合内部でも重大な組織問題が生じていたという状況の下で、これまで支部三役の配転の事例がないのにもかかわらず、組合及び支部の活動に中心的な地位を占める支部書記長である被告を遠隔地である広島に配転することとしたことは、組合活動に著しい障害を生ぜしめるものというほかはないこと等の事実が認められることからすれば、被告に対する配転は、原告会社の不当労働行為意思がその決定的な理由となって行われたものと推認するのが相当であり、他にこれを覆すに足りる証拠もない。よって、被告に対する本件配転は、不当労働行為であって無効であるというべきである。

六  本件懲戒解雇の効力

以上のとおり、被告に対する本件配転命令は無効であるから、被告において右の配転命令に応ずる義務はなく、したがってこれに応じないことを理由に行われた本件懲戒解雇は無効であるというほかはなく、被告は、原告会社との間で労働者たる地位にあるものというべきである。

七  結論

そうすると、原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 星野隆宏 裁判官片山良廣は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 今井功)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com