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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)12401号 判決

原告

毛利正人

原告

毛利健太郎

原告

毛利基樹

右両名法定代理人親権者父

毛利正人

同母

毛利幸枝

右三名訴訟代理人弁護士

渡辺良夫

鈴木利廣

須網隆夫

被告

山田主税

右訴訟代理人弁護士

高田利広

小海正勝

主文

一  被告は、原告毛利正人に対し金九六四万七三七〇円、原告毛利健太郎及び原告毛利基樹に対し各金九〇九万七三七〇円並びに右各金員に対する昭和五三年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告毛利正人に対し金二四〇一万円、原告毛利健太郎及び原告毛利基樹に対し各金二二九一万円並びに右各金員に対する昭和五三年五月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告毛利正人(以下「原告正人」という。)は、亡毛利繁子(以下「繁子」という。)の夫であり、原告毛利健太郎(以下「原告健太郎」という。)、原告毛利基樹(以下「原告基樹」という。)はいずれも原告正人と繁子との間に生まれた子である。

(二) 被告は、肩書住所地において、山田産婦人科の名称をもつて、産婦人科を診療科目とする診療所(以下「被告診療所」という。)を開設している医師である。

2  診療の経過

(一) 繁子は、昭和一八年一月二日に出生し、昭和四四年一〇月一三日に原告正人と婚姻し、昭和四六年一二月一五日に練馬総合病院において帝王切開により原告健太郎を出産した。

(二) 繁子は、昭和五二年八月ころ妊娠の徴候があり、同年一〇月一五日に被告の診察を受けて妊娠(出産予定日昭和五三年五月二二日)と診断され、その際、被告との間で、出産についての診療契約を締結した。

(三) 繁子は、同日以降、被告診療所において被告の定期検診を受けていたところ、出産予定日とされていた昭和五三年五月二二日に陣痛が発来し、同日午後七時五〇分、分娩のために被告診療所に入院し、翌二三日午前三時三八分、経膣分娩により原告基樹(出産時体重二九六〇グラム)を出産した。

しかし、繁子は、胎盤娩出直後の同日午前三時五〇分ころから出血が始まり、止血されることなく同日午前七時四五分、失血により死亡した。

3  繁子の死亡原因

繁子の死因は出血により失血したことによるものであるが、右出血の原因は、瘢痕性子宮破裂が起きたことによるものである。

このことは、繁子の出血が間歇的でなくて間断なく持続し、その色が鮮紅色であつたこと、繁子が前回の出産の際に帝王切開術を受けていること(帝王切開既往歴のある妊産婦の場合、術後の瘢痕が子宮破裂の原因となるものである。)を総合すれば、推認することができる。

4  被告の責任

(一) 被告の繁子に対する処置には、以下に記載するような診療契約上の不適切な措置又は過失があり、仮に被告が繁子の出産について帝王切開による分娩を実施していれば、瘢痕性子宮破裂による出血を回避することができ、また、繁子の分娩介助に当たり出血に対する事前若しくは出血時の適切な措置を講じていれば、繁子の死の結果を回避することができたということができるから、繁子の死亡は、被告の不適切な措置又は過失に基づくものであるというべきであり、従つて、被告は、原告らに対して、債務不履行又は不法行為に基づき、繁子の死亡により生じた損害を賠償すべき義務がある(原告らは、これにつき、債務不履行責任と不法行為責任とを選択的に主張する。)。

(1) 分娩方法の選択について

① 被告は、繁子との間で、昭和五三年五月一一日ころ、繁子の分娩の方法につき、帝王切開による分娩を行うことを合意したにもかかわらず、これを履行せず、経膣分娩を実施した。

なお、被告は、帝王切開によるとの合意が変更された旨反論するが、一般に、診療方法について合意があつてこれを変更する場合、右変更により一定の蓋然性をもつて悪しき結果の発生が予想され、あるいは死亡等重大な結果の発生が予想されるならば、医師としては、患者に対し、病状、変更する診療方法の内容、必要性、発生の予想される危険性等について、当時の医療水準に照らして相当と思料される事項を説明し、患者が十分に考量のうえ診療方法の変更を受けるか否かを選択することができるようにすべきであるところ、被告は、帝王切開によるとの合意を経膣分娩に変更するに当たり、繁子に右の点について十分に説明せず、また、繁子も、陣痛による痛み、不安等により、説明を理解し自ら選択することができるような状態ではなかつたのであるから、経膣分娩によるとの有効な合意の変更はなされていないものである。

② 妊産婦の出血による死亡は、繁子死亡の前年である昭和五二年において年間一〇四件発生しており、また、同年における最近一〇年の産婦人科邦文誌六誌に報告された妊産婦死亡例(九六例)についてみると、子宮破裂及び弛緩出血に基づく出血による死亡例は、出血による死亡例全体の約四一パーセント、妊産婦死亡例全体の一二・五パーセントを占めている。

そして、子宮破裂は、産科出血の中でもこれによる死亡の危険性が高い疾患であるが、帝王切開既往歴のある妊産婦の場合には術後の瘢痕が子宮破裂の原因となり、かような帝王切開術後の瘢痕を原因とする子宮破裂(瘢痕性子宮破裂)が子宮破裂一般に対して占める割合は、七〇パーセントとも五六パーセントともいわれている。

そこで、瘢痕性子宮破裂による失血死の危険性に鑑み、帝王切開既往歴のある妊産婦については瘢痕性子宮破裂を防止するために反復帝王切開術を実施することが知られているところ、被告診療所が、後述のように子宮破裂等の緊急事態が発生した場合の出血対策が十分でないことに鑑みれば、被告としては、繁子の分娩の方法につき、反復帝王切開による分娩を行うべきであり、経膣分娩を選択すべきではなかつたものといわなければならない。

しかるに、被告は、医師としての裁量権を適切に行使することなく、瘢痕性子宮破裂の危険性について何ら考慮せずに、漫然と経膣分娩方法を選択、実施した。

③ 妊婦、ことに帝王切開既往歴のある妊婦は、出産に当たり経膣分娩によるか、帝王切開によるかを自ら選択することのできる権利(患者の自己決定権)を有しているのであるから、被告としては、繁子に対し、反復帝王切開術及び経膣分娩についてそれぞれ利益、不利益を説明して、その自由な意思に基づく分娩方法の選択の機会を与えるべきであつたのに、これをしなかつた。

(2) 分娩前の措置について

① 仮に被告が分娩方法として経膣分娩を選択したことに不適切な措置又は過失がないとしても、経膣分娩を実施した場合には瘢痕性子宮破裂が生ずる危険性があり、このような事態が発生したときは、被告診療所の人的、物的設備ではこれによる失血死等を回避することが不可能又は困難なことが予想できたのであるから、被告としては、繁子に対し、その旨説明して、設備の整つた医療機関の下で最善の医療を受ける機会を与えるべきであつたのに、これをしなかつた。

② 分娩時出血が発生すれば、これによる出血のために短時間のうちにショック状態に陥り失血死に至る危険性があるのであるから、被告としては、事前に、血管確保、裂傷縫合、手術等のための医療機器、補液、止血剤、強心剤、副腎皮質ホルモン等の薬剤、保存血等の準備及び看護要員、応援医師(産婦人科医、外科医、麻酔医)の確保等止血、輸血及びショック対策につき万全の準備をなすべきのみならず、被告診療所のように人的設備が乏しく、また、保存血を常備していない開業産婦人科医においては、短時間に保存血を取得することができる施設の確保及び供血者のリスト作成、短時間に麻酔医又は麻酔実施の訓練を受けた産婦人科医、外科系医師の協力を得られる体制の確保、対処不能となつた場合に短時間で搬送することができる病院等の確保等分娩時大出血に対する対策を講じておかなければならない。

しかるに、被告は、次のとおり瘢痕性子宮破裂による大出血に対する対策をほとんど講ずることなく経膣分娩を施行した。

(ア) 被告は、輸血に関し、保存血を予め準備せず、また、仮に保存血の事前の準備が必要ではないとしても、注文からこれを取得するまでに二五分をも要する献血供給事業団にのみ依存し、近隣病院との協力関係を確保せず、また、供血者のリストの作成もしていない。

(イ) 分娩時出血に対する保存的止血措置が奏効しない場合には最終的止血措置として全身麻酔下で開腹のうえ子宮全摘術又は血管結紮術(以下「子宮全摘術等」という。)を施行しなければならないところ、短時間に開腹手術を施行するための応援医師の確保、手術機器の準備もなされていない。

(ウ) 看護体制も、バイタルサインの点検、診療記録の記載すらできない状態であつた。

(エ) 被告は、輸血、輸液、薬剤静注用の二連球の予備の準備もしていない(現実にこれが故障し、このため輸液、輸血のスピードが半減したものである。)。

(3) 分娩時出血に対する措置について

① 出血原因の誤診

繁子の失血は瘢痕性子宮破裂によるものであるにもかかわらず、被告は判断を誤り、弛緩出血と診断して保存的止血措置を講ずるにとどまり、最終的止血措置である開腹手術による子宮全摘術等を実施する機会を失した。

② 輸血判断の遅延

繁子は、胎盤娩出直後の午前三時五〇分ころから大量の出血が始まつたのであるから、この時点で速やかに輸血の準備をすべきであつたにもかかわらず、被告は判断を誤り、保存血を直ちに手配をせず、午前四時一五分ころに至つてはじめて輸血の必要を認めて、献血供給事業団に対し、保存血の注文をした。

③ 薬剤投与の誤り

被告は、繁子に対し、硫酸スパルテイン及びオキシトシンを投与しているところ、硫酸スパルテインは子宮破裂や循環不全の副作用があるので心疾患のある患者には禁忌とされ、帝王切開既往歴のある患者に対しては全身状態の観察を十分に行つて慎重に投与するとともに強心剤との併用を避けなければならないものとされ、また、オキシトシンは子宮破裂の危険があるので帝王切開既往歴のある患者には絶対禁忌とされている。

しかるに、被告は、繁子に対し、繁子が期外収縮の心疾患及び帝王切開の既往歴を有しているにもかかわらず、強心剤であるビタカンファ及びネオフィリンとともに右各薬剤を投与したものである。

④ バイタルサインの不点検

出血に対する最終的な止血措置は開腹手術による子宮全摘術等であり、右手術実施時期を適切に判断するためには、繁子の出血量、心電図、血圧、呼吸数、心拍数、尿量、中心静脈圧、体温等のバイタルサインを経時的に測定して繁子の全身状態の観察を十分に行うべきであるにもかかわらず、被告はその測定を十分に行わなかつた。

⑤ 開腹手術による子宮全摘術等の不実施

繁子の大量の出血は胎盤娩出直後の午前三時五〇分ころから持続していたのであるから、被告としては、保存的止血措置による止血が不可能と判断される場合には、開腹手術による子宮全摘術等を実施すべきであるにもかかわらず、漫然保存的止血措置を講ずるにとどまり、開腹手術による子宮全摘術等を実施しなかつた。

(二) 仮に繁子の死亡が被告の主張するように弛緩出血により失血したことによるものであるとしても、被告の繁子に対する処置には、以下に記載するような診療契約上の不適切な措置又は過失があり、仮に被告が繁子の出産について帝王切開による分娩を実施していれば、弛緩出血による出血を回避することができ、また、繁子の分娩介助に当たり出血に対する事前若しくは出血時の適切な措置を講じていれば、繁子の死の結果を回避することができたということができるから、繁子の死亡は、被告の不適切な措置又は過失に基づくものであるというべきであり、従つて、被告は、原告らに対して、債務不履行又は不法行為に基づき、繁子の死亡により生じた損害を賠償すべき義務がある。

(1) 分娩方法の選択について

請求原因4(一)(1)①ないし③と同旨。

(2) 分娩前の措置について

請求原因4(一)(2)①、②と同旨。

(3) 弛緩出血に対する措置について

弛緩出血に対する保存的止血措置としては、①腹壁と膣腔からの子宮双合圧迫法(双手圧迫法ともいう。以下「双手圧迫法」という。)、腹壁を通して行う子宮静脈圧迫法、②子宮底のマッサージ、腹壁からの圧出法で子宮内に貯留した凝血、残留物の排出、③子宮収縮剤及び止血剤の静脈注射、さらには直接子宮筋注射法による投与があるところ、被告は、最も効果的な止血法である双手圧迫法を行わず、また、子宮収縮剤等の静脈注射による投与をしたものの、より効果のある直接子宮筋注射法による投与をしていない。

(4) 分娩時出血に対する措置について

請求原因4(一)(3)②ないし⑤と同旨

5  損害

原告らが繁子の死亡により被つた損害は次のとおりである。

(一) 繁子の損害

(1) 繁子の逸失利益

繁子は死亡当時三五歳で、本件事故がなければ六七歳までの三二年間家事労働に従事し、かつピアノ教室を経営して収入を得ることができたものであり、この間の家事労働の評価額及びピアノ教室経営による予想収入額は合計して昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計女子労働者高専・短大卒年齢階級別平均給与額表の年間給与額を下らず、右期間中の繁子の生活費は右金額の三〇パーセントとみるのが相当であるから、以上を基礎として新ホフマン式により中間利息を控除して繁子の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり合計金四一四九万円(一万円未満切捨)となる。

35歳から39歳まで

2,778,600×0.7×4.3643=8,488,650

40歳から44歳まで

2,928,500×0.7×3.5806=7,340,050

45歳から49歳まで

3,180,900×0.7×3.0359=6,759,826

50歳から54歳まで

3,486,200×0.7×2.6354=6,431,272

55歳から59歳まで

3,579,700×0.7×2.3281=5,833,729

60歳から64歳まで

3,262,300×0.7×2.0853=4,762,011

65歳から66歳まで

3,462,300×0.7×0.7767=1,882,417

合計 41,497,955

(2) 慰謝料

繁子は、本件事故がなければ原告らと暖かい家庭を築くことができたものであり、ことに幼い子供らに母親としてなすべきことをなしえないままに死亡したことの悲嘆、痛恨は計り知れない。繁子の右精神的苦痛に対する慰謝料は金一二〇〇万円が相当である。

(3) 右(1)、(2)の合計金五三四九万円が繁子の被つた損害であるところ、原告正人は夫として、原告健太郎及び同基樹は子として、繁子の権利を法定相続分に従い、それぞれ右金額の三分の一に当たる金一七八三万円宛相続した。

(二) 原告ら固有の慰謝料

原告正人は繁子の夫として、原告健太郎及び同基樹はそれぞれ繁子の子として、繁子の死亡により甚大な精神的苦痛を被つた。原告らの右精神的苦痛に対する慰謝料は各金三〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告正人は、繁子の葬儀費用として、金一〇〇万円を支出した。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起及び追行を弁護士に委任したが、これに要する費用のうち、原告正人について金二一八万円、原告健太郎及び同基樹について各自金二〇八万円は、いずれも被告が負担すべき損害である。

よつて、原告らは、被告に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告正人については金二四〇一万円、原告健太郎及び原告基樹については各金二二九一万円並びに右各金員に対する債務不履行又は不法行為の日の後である昭和五三年五月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(診療の経過)の事実は認める。

なお、被告の繁子に対する診療経過は次のとおりである。

(一) 繁子は既往分娩歴一回(昭和四六年一二月一五日、練馬総合病院)であり、このときは、続発性微弱陣痛のため腹式帝王切開術を施行した。

被告は、昭和五二年一〇月一五日、繁子を診察したところ、子宮の大きさは三か月初めくらいであつた。

その後、繁子は来院して被告の定期検診を受けたが、母体、胎児とも順調に経過した。

(二) 昭和五三年五月二二日午後六時三〇分ころ、繁子から産徴がある旨の電話連絡があつたので、被告は直ちに来院を指示したところ、繁子は同日午後七時五〇分ころ来院し入院した。入院時、子宮口四指開大で軟らかく伸展度良好、胎胞形成、児心音とも良好で、経膣分娩によるべく様子を観察した。同日午後八時、陣痛発作四〇秒、間歇三分で、子宮口四指開大で軟らかく伸展度良好であり、経膣分娩による分娩可能と判断した。

(三) 繁子は、同月二三日午前〇時一〇分自然破水、同日午前三時三八分に男児(原告基樹)体重二九六〇グラムを分娩し、さらに、同日午前三時五〇分に胎盤を娩出した。

(四) 胎盤娩出直後大量出血が始まつたので、被告は、用手清掃により胎盤が完全に娩出されたことと遺残がないことを確認のうえ、双手圧迫法を行い、他方、妻に対して産婦人科医である山田陽久医師(以下「陽久医師」という。)に応援を依頼するよう、看護婦に対して献血供給事業団に保存血一〇本を取り寄せるよう、それぞれ指示し、また、被告は、メディカットカニューラを使用して血管を確保し、左右肘静脈から代用血漿ヘスパンダー五〇〇ミリリットル二本、フィブリノーゲンミドリ一グラム二本の点滴を始め、子宮収縮剤、止血剤を投与した。

しかし、繁子の大量出血は止まらず、同日午後四時ころには二〇〇〇ミリリットルにも達した。

(五) 被告は、繁子の子宮を内診したが頸管裂傷、膣壁裂傷はなく、そこで、アリス氏鉗子三本で内子宮口付近にかけて挟んで止血を試み、さらに、外子宮口付近から頸部側の縫縮術を施行した。

しかし、繁子の血圧は低下し、同日午前四時一〇分ころには最高血圧が七〇mmHg(以下、血圧値の単位は省略する。)以下になり、強心剤投与、酸素吸入をするも、脈拍はやや遅く微弱になり、血管はこう縮し細くなつてきた。

このころ、陽久医師が到着し、肘静脈、足静脈のいわゆる静脈切開術を施行し、また、被告は、ショックに対して輸液を行い、子宮収縮不全に対して輪状マッサージ、腹壁からの圧迫、さらに子宮圧迫タンポンを行い、氷嚢も使用して腹部を冷やした。

(六) 同日午前四時四〇分ころに保存血が到着したので、被告は直ちに輸血を行つたが、なお出血は続いてショック状態は回復されず、同日午前五時ころには意識やや混濁の状態、最高血圧五〇以下となり、同日午前七時ころには輸血がほとんど入らず、同日午前七時四五分に繁子の死亡が確認された。

3  同3(繁子の死因)の事実中、繁子の死因が出血により失血したことによるものであることは認めるが、右出血の原因が瘢痕性子宮破裂が起きたことによるものであることは否認する。

被告は、胎盤娩出直後に子宮腔内の用手清掃を行つたが、子宮の完全破裂はなかつた。そして、完全子宮破裂であるとすると、直ちに開腹手術を実施しなければ胎児は死亡し、また、母体もともに失血死することがありうるが、本件においては、分娩は順調に経過し、胎児も無事に出生しているのである。

なお、前回帝王切開瘢痕部の一部不完全破裂に近い状態があつたか否かは、解剖所見のない本件では不明である。

右の点に加えて、繁子の出血が胎盤娩出直後に始まつたものであり、また、胎盤遺残、頸管裂傷、膣裂傷等が認められなかつたことに鑑みれば、臨床的には、繁子の出血の原因は、弛緩出血によるものであると考えるのが相当である。

仮に繁子の出血の原因が弛緩出血によるものではないとしても、繁子は、羊水栓塞に続発する血管内血液凝固症候群(以下「DIC」という。)によるものである。

4  同4(被告の責任)の被告の不適切な措置又は過失に関する原告らの主張は全て争う。

被告の反論は以下のとおりである。

(一) 分娩方法の選択について

(1) 請求原因4(一)(1)①の主張に対して

被告は、繁子から、昭和五三年五月一一日、帝王切開により分娩することを希望する旨の申出を受けたので、同月一九日に術前検査を実施し、その結果により帝王切開による分娩を行うこともありうるとしたにとどまり、分娩方法として帝王切開によることまでをも合意したものではない。しかも、繁子は、同日に被告診療所に来院せず、また、その後同月二一日に来院した際には帝王切開により分娩することを希望する旨の申出をしていないのである。

仮に被告と繁子との間で分娩方法として帝王切開によることを合意したものであるとしても、後記のように、被告は、繁子の入院時の所見からみて経膣分娩による分娩が可能と判断し、その旨繁子に説明して、その同意を得て経膣分娩を実施しているのであり、これにより右合意は変更されている。

(2) 同4(一)(1)②の主張に対して

現代の医療水準においては、特定の妊婦について瘢痕性子宮破裂を具体的に予見できないのが実情であり、しかも、子宮破裂の発生頻度は少なく(浜田病院の例では〇・〇九二パーセントとされる。)、帝王切開既往歴のある妊婦の分娩方法としては、経膣分娩によるとするのが産科学界の大勢である。そして、繁子については、前回の帝王切開が陣痛微弱によるものであつて、帝王切開の絶対的適応にあるのではなく、入院時には、子宮口四指開大で軟らかく伸展時良好、胎胞形成、児心音とも良好で、むしろ経膣分娩を適応とした状態にあつたものであり、本件分娩経過において子宮破裂を具体的に予見させるような徴候は認められなかつた。

(3) 同4(一)(1)③の主張に対して

被告は、繁子の入院時の所見が、子宮口四指開大で胎胞形成し児頭下降が良好であつたことから、経膣分娩による分娩が可能と判断し、前回帝王切開の適応、今回経膣分娩によることの可能性、有利性等を繁子に説明して、その同意を得て経膣分娩を実施したものである。

(二) 分娩前の措置について

同4(一)(2)②の主張に対して

(1) 被告は繁子の分娩に先立ち保存血を予め準備していなかつたけれども、一般開業産科医において、分娩介助に際して保存血を予め準備しておくということは、一般の医療水準に照らして期待できない。

(2) 被告診療所は、医師が被告一名、看護婦は五名で、陽久医師が随時応援可能な体制にあつたもので、人的設備が乏しいというものではなかつた。

(三) 分娩時出血に対する措置について

(1) 同4(一)(3)①の主張に対して

被告は、胎盤娩出直後に子宮腔内の用手清掃を行つたが、子宮の完全破裂はなく、これに加えて、繁子の出血が胎盤娩出直後に始まつたものであつて、また、胎盤遺残、頸管裂傷、膣裂傷等が認められなかつたことなどから、出血の最大原因として弛緩出血によるものであると考えたのであり、しかも、原因を弛緩出血と断定したものではない。

そして、被告が開腹手術による子宮全摘術等を実施しなかつたのは、後記のとおり、繁子の一般状態の下では手術を行うことはできなかつたからである。

(2) 同4(一)(3)②の主張に対して

被告は、繁子の大量出血が始まつた午前三時五〇分ころの直後に、看護婦をして献血供給事業団に対して保存血の注文をさせたが、そのころたまたま同事業団の係員が不在であつたため午前四時一五分ころに至つて注文の連絡が通じたものである。

(3) 同4(一)(3)③の主張に対して

被告は、繁子に対して強心剤であるビタカンファ及びネオフィリンとともに子宮収縮剤である硫酸スパルテイン及びオキシトシンを投与しているが、繁子には心疾患の既応歴は認められず、また、子宮収縮剤は分娩後出血時において使用し、強心剤はショック状態に対して使用したものであつて、いずれもその使用に誤りはない。

(4) 同4(一)(3)⑤の主張に対して

被告は、繁子の出血に対する抜本的対策が開腹手術による子宮全摘術等であることは承知していたが、出血の原因として主因的に弛緩出血が疑われたので、子宮収縮及び保存的止血措置によりショック状態の改善を期し、これを待つて開腹手術を実施することを考えていた。しかし、各種の療法を施行したにもかかわらず、繁子のショック状態は改善されず、その一般状態の下では手術を行うことはできなかつた。

(5) 同4(二)(1)の主張(弛緩出血に対する措置)に対して

被告は、繁子に対して、双手圧迫法を行つている。診療録等の医療記録中には、双手圧迫法の実施に関する記載はなされていないが、これは、被告が用手清掃とともに行つたものであるため、記載を忘れたにとどまる。

また、被告は、子宮収縮剤等の静脈注射による投与に加えて、直接子宮筋注射法による投与はしていないけれども、子宮収縮剤の直接子宮筋注射法は、当時、大学病院系列の病院レベルで応用試行の段階で、文献上も散見する程度であり、被告は右投与法を知らなかつたものであり、しかも、仮に直接子宮筋注射法による投与をしたとしても、大量の出血に対しては効果はなかつた。

5  同5(損害)は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二繁子の本件出産の経過

請求原因2(診療の経過)の事実は当事者間に争いがなく、以上の当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、繁子の本件出産の経過と被告診療所における措置は次のとおりであつたことが認められる。

1  繁子は、昭和一八年一月二日生まれの女性であり、昭和四四年一〇月一三日原告正人と結婚し、昭和四六年一二月一五日に練馬総合病院において原告健太郎を出産したが、このときは、続発性微弱陣痛のため腹式帝王切開術を施行している。

2  繁子は、昭和五二年八月ころ妊娠し、同年一〇月一五日に被告の診療を受けて右妊娠を知り、かつ出産予定日昭和五三年五月二二日と診断された。

被告は、診察の際、問診により、繁子には二二歳のころに心臓の期外収縮の病歴があることを知つたが、聴診によると期外収縮が認められないことから、右病歴は、今回における分娩に支障となるものではないと判断した。

また、被告は、同様に、繁子が前回の出産に当たり練馬総合病院において陣痛微弱の適応により腹式帝王切開術を施行していることを知つた。

その後、繁子は、出産に至るまでの間一か月に一回くらいの割合で被告診療所に通院し、被告の診察を受けていたが、妊娠九か月のころに軽度の妊娠貧血症の症状が認められたほかは良好な状態にあり、母体、胎児とも順調に経過した。

3  繁子は、昭和五三年五月一一日に定期検診(妊娠三九週)を受け、このとき児頭下部、児心音良好であつたが、子宮口伸展は不良であつた。

繁子は、右検診の際、被告に対し、前回の出産に当たり帝王切開術を施行していることから今回の出産に当たつても帝王切開術を施行してほしい旨申し入れた。被告は、前回の出産が陣痛微弱という帝王切開の絶対的適応でない理由により帝王切開術を施行していることから、今回は経膣分娩による出産が十分に可能であると判断していたが、軟産道強靱で子宮口の開きが悪いなど分娩に至る進行が思わしくないときには帝王切開術を施行する場合もありうると考え、繁子の右申入に対し、その術前検査のために同月一九日に来院するよう指示し、その後の経過如何により帝王切開を行うこととする場合には同月二四日にこれを予定する一方、できる限り経膣分娩によることが好ましいと考え、子宮頸管の成熟度を増すためにエストリール製剤一アンプルを投与した。

繁子は、術前検査のために指定された同月一九日には被告診療所に来院しなかつた。

4  繁子は、出産予定日とされていた昭和五三年五月二二日午後六時三〇分ころに陣痛が発来し、同日午後七時五〇分ころ分娩のために被告診療所に入院した。右入院時の繁子の所見は、一般状態は良好であり、内診によれば子宮口四指開大、伸展度良好、胎胞形成、児心音とも良好、陣痛発作四〇秒、間歇三分であり、被告は、右所見に照らして、経膣分娩による出産が可能であると判断した。

このころ、繁子から、再度帝王切開術施行の希望が述べられたが、被告は、右のとおり入院時の所見により経膣分娩による出産が可能であると判断していたことから、繁子に対し、子宮口が四指まで開大し、児頭の下降状態からみて帝王切開術の必要はなく経膣分娩による出産ができる旨説明し、繁子もこれを納得した様子でうなずいた。

被告は、繁子を分娩室に移し、テレミンソフト三号により排便をはかるとともに、前記エストリール製剤二アンプルを投与した。被告は、児心音を確認し、その後、看護婦に経時的に観察させるとともに、自らも同日午後一一時ころまで経過を観察した。

5  被告は、翌二三日午前一時(以下、同日のことについては時刻のみを記載する。)ころから、再び分娩室に戻り、繁子の経過を観察したが、繁子の状態は良好で、午前一時一〇分ころに自然破水、午前三時一分ころに排臨となり、会陰切開のうえ、繁子は、午前三時三八分、経膣分娩により原告基樹(出産時体重二九六〇グラム)を出産した。

被告は、その直後、臍帯搏動が停止してから子宮収縮剤であるメデルギン一ミリリットルを静脈注射した。

6  午前三時五〇分ころに胎盤が娩出され始めたが、三分の二程度娩出されたところで停滞し、繁子はその時点から出血が始まつた。そこで、被告は、胎盤を除去するため、繁子の子宮内を用手清掃したところ、破損のないきれいな胎盤が娩出され、また、その際に子宮内を内診したが、子宮壁、子宮頸管に裂傷は認められなかつた。繁子の出血は持続的で大量であり、ところどころに凝血を含み、その色は鮮血に近い色であつた。

そこで、被告は、子宮収縮剤であるパルタンを皮下注射し、オキシトシン、硫酸スパルテインを筋肉注射した。

7  被告は、繁子の出血が動脈血に近いことから、子宮筋層付近からの出血を疑つたが、内診によると子宮壁にも子宮頸管にも裂傷が見当らないため、出血の原因は弛緩出血によるものと考え、直ちに双手圧迫法により、約一〇分にわたつて、繁子の子宮を腹壁と膣腔から圧迫して止血を図つたが、余り効果がなかつた。

被告は、そのころ、献血供給事業団に対し、看護婦をして電話で保存血を注文させたが、たまたま同事業団の係員が出動中であつたために連絡がつかず、また、同じ町内に居住する弓立医師に応援を依頼する電話を掛けたが、結局同医師が不在であつたために連絡がつかなかつた。

被告は、看護婦に指示して、メディカットカニューラを使用して血管を二か所確保させ、左右肘静脈から代用血であるヘスパンダー五〇〇ミリリットル、さらにサヴイオゾール一〇〇〇ミリリットルを後述の輸血開始まで順次点滴静注したが、この間も繁子の出血は続き、胸内苦悶を訴える等ショック状態を呈してきたので、午前四時一〇分ころ、繁子を分娩室内の手術台に移した(このころには繁子の出血量は少なくとも一〇〇〇ミリリットルを超えていた。)。

被告は、このころ、妻を通じて陽久医師に応援を依頼するとともに、繁子の出血の状態から子宮全摘術等施行の必要が生じることを予想し、看護婦に対し、右手術の準備を命じたが、開腹鈎、止血鉗子の消毒等で、右手術実施まで約五〇分程度を必要とした。

8  被告は、繁子を手術台に移した後、膣鏡で再度子宮を内診したが、このときも子宮壁、子宮頸管に裂傷は認められなかつた。そこで、被告は、アリス氏鉗子で内子宮口付近を挟んで止血を図つたが奏効せず、さらに子宮口縫縮術を施行した。

このころ、繁子は、子宮の収縮が悪く、子宮底も高くなつており、一般状態も、胸内苦悶、顔面蒼白、意識やや朦朧としており、ショック状態にあり、そして最高血圧は七〇以下に低下し、強心剤投与、酸素吸入をするも、脈拍はやや遅く微弱になり、血管はこう縮し細くなつてきた。

9  午前四時一五分ころ、ようやく献血供給事業団と連絡がつき、保存血一〇本(二〇〇〇ミリリットル)を注文した。

外子宮口付近から頸部側の縫縮術を施行した後も繁子の出血は持続し、子宮内に血液が貯留して子宮底が高くなつてきたので、被告は、右子宮口の縫合部分を開放した。

被告は、この間、繁子に子宮圧迫タンポンを実施するとともに、強心剤であるカルニゲン、副腎皮質ホルモン剤であるオルガドロン、止血剤であるフィブリノーゲン等を投与した。

10  午前四時二〇分ころ、輸液のために使用していた二連球が故障して使用できなくなつたため、被告の妻が、付近の医院から借りてきた。

このころ、陽久医師が到着し、輸血の血管確保のため足静脈のいわゆる静脈切開術を施行し、また、子宮収縮を図るため腹部の輪状マッサージ等の措置を行つた。

11  午前四時四〇分ころに保存血が到着したので、被告は、交叉試験を行つたうえ、同四五分ころから直ちに輸液に代えて輸血を左右肘静脈及び足静脈の三か所から開始したが、足静脈は輸血液の流入が不調のため、両肘静脈からの輸血に頼つた。

他方、被告は、陽久医師が腹部の輪状マッサージを繰り返すかたわら、氷嚢を使用して腹部を冷やし、また、強心剤であるビタカンファー、カルニゲン、ネオフィリン、止血剤であるトランサミン、カルバゾン、アドナ、前記フィブリノーゲン等を投与した。

12  かようにして、被告は、繁子の止血及びショック状態の回復を図つていたが、繁子の出血は持続し、また、右各措置、ことに輸血による繁子の一般状態の顕著な改善は認められなかつたところ、被告は、この状態のままで繁子に対する開腹手術による止血措置を施すことは、危険が大きく不可能であると判断し、その後、被告は、輸血を続けるとともに、前記ビタカンファー、カルニゲン、ネオフィリン等の投与を続けるに止まつた。

13  午前六時二三分ころ、被告は、さらに献血供給事業団に対し、保存血一〇本(二〇〇〇ミリリットル)を追加注文し、午前七時ころ、これが到着し、間断することなく輸血を続行した。

しかし、繁子は、既に午前六時ころから意識を消失しており、午前七時ころには輸血がほとんど入らない状態となつて、午前七時四五分に死亡するに至つた。

なお、繁子に対する輸血量は、死亡するまでに合計二四〇〇ミリリットルに達している。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠は以下に述べるようににわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  陽久医師の被告診療所への到着時刻について、原告正人本人の供述中には、午前五時三〇分ころに被告の親戚の医者が到着した旨の部分があり、乙第三号証(診療録)中にも、「輸血(原文はドイツ語で記載。)施行(AM4:45開始)」との記載に続いて「Dr・H・YAMADAに緊急応援依頼」と記載されていて輸血施行後に陽久医師が到着したような内容になつている。

しかし、被告本人は、陽久医師は、被告診療所に到着してから、輸血の血管確保のため足静脈のいわゆる静脈切開術を施行し、さらに、子宮収縮を図るため腹部の輪状マッサージ等の措置を行つた旨陽久医師のとつた措置について具体的に供述しており、また、前記7で認定した事実によると、被告は、繁子の出血開始直後、看護婦に指示して弓立医師に応援を依頼し、さらにその後に自ら同医師に応援を依頼しているのであるから、同医師が不在のためその応援を期待できないことが判明した時点で、陽久医師に応援を依頼したことは推認するに難くなく、さらに、被告本人尋問の結果によれば、陽久医師は、被告診療所から夜間自動車で一五分くらい離れた距離に居住していることが認められることを合わせ考えると、原告正人が供述するように陽久医師が午前五時三〇分ころに到着したというのは、陽久医師の準備に要する時間を考慮したとしても、不自然であるといわなければならない。さらに、〈証拠〉については、被告本人尋問の結果によれば、〈証拠〉の診療録は、被告の行つた措置に合わせて逐一記入されたものではなく、繁子死亡後の午前九時から午後二時にかけてまとめて記入されたものであつて、その記載順序は必ずしも正確なものではないことが認められ、被告本人は、前記「Dr・H・YAMADAに緊急応援依頼」との記載は同号証中の「アリス氏鉗子にて子宮口縫縮術施行」との記載に続くものである旨供述していることに照らせば、〈証拠〉の前記記載は陽久医師の到着時刻に関する前記10の認定に反するものとはいえない。

右判示したところに照らすと、原告正人本人の前記供述部分はにわかに措信し難く、他に陽久医師の被告診療所への到着時刻について前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  また、〈証拠〉中には、いずれも前記認定に反する記載部分があるが、これらはいずれも前掲各証拠に照らして誤記と認められる(〈証拠〉については、前記のとおり、被告の行つた措置に合わせて逐一記入されたものではなく、繁子死亡後の午前九時から午後二時にかけてまとめて記入されたものであり、また、被告本人尋問の結果によれば、〈証拠〉も、看護婦がそれぞれ繁子死亡後にまとめて記入したものであることが認められ、被告らが繁子の大量出血に対する措置に忙殺されていたことを考えれば、記憶違い等によりその記載が正確性を欠くところがあるとしても、これをもつて不自然であるとはいい難いところである。)。

3  なお、繁子の出血量について、被告本人の供述中には、繁子を手術台に移すころには既に一五〇〇ないし二〇〇〇ミリリットルくらいあり、最終的には四〇〇〇ミリリットルに達した旨の供述部分がある。

〈証拠〉を総合すれば、後産期においては、胎盤が子宮壁から剥離して母体から排出され、この際に胎盤付着部の剥離創から性器出血が起こるが、正常分娩における出血量は二〇〇ないし三〇〇ミリリットルにとどまり、後産期出血の正常上限は五〇〇ミリリットルとも五五〇ミリリットルとも報告されていることが認められるところ、前記認定した繁子の経過に照らすと、繁子は右のような出産に伴う通常の出血量を超える相当量の出血をしたものであることは容易に推認することができるけれども、前記7で認定した以上に具体的な出血量については、被告の前記供述を除く本件証拠からはこれを確定するに足りず、また、被告の前記供述も、それ自体輾転としているうえ、出血量を具体的に測定していなかつたことを自認しているのであるから、右出血量に関する被告の供述は被告の推測にとどまるもので多分に主観的であり、たやすく措信し難いといわざるをえない。

してみると、繁子の出血量及びその推移は、前記以上に今日これを計数的に確定することはできないというほかはない。

三次に、前項で認定した事実に基づき、繁子の死亡原因について検討する。

1  繁子は胎盤娩出直後から始まつた大量の出血が止血されることなく失血により死亡したものであることは前記確定したとおりである。

2  繁子の右出血の原因について検討するに、被告本人尋問の結果によれば、本件においては、死亡後、繁子の解剖がなされていないことが認められるのであるから、右出血の原因を検討するについては、主として臨床症状によらざるをえない。

(一)  本件では、被告は、繁子の出血の原因として弛緩出血を考えていたのであるから、まず、これについてみるに、〈証拠〉によれば、弛緩出血に関する医学上の知見は、次のようなものであることが認められる。

弛緩出血は、分娩第三期(胎児娩出の完了から後産娩出を完了するまでの時期)又はその直後において、子宮弛緩症(胎児娩出後又は胎盤娩出後に子宮筋が正常に収縮しない状態)が起こり、これにより、子宮筋の収縮や退縮が妨げられ、子宮壁は柔軟となり、胎盤剥離部の断裂した子宮胎盤血管や子宮静脈洞が圧迫閉鎖されえないために生ずる強出血であるが、出血の一次的原因が他にあり、これによる出血が重篤なため二次的に子宮筋の弛緩を起こすこともある。

その症状としては、①胎児又は胎盤娩出後、徐々に又は突然出血し、間歇的に噴出することが多いが、持続的に間断なく流血することもあり、血液は静脈血成分を多く含むため暗赤色で、多くは凝血が混じり、一部は子宮内に貯留することが多い、②一般に子宮の収縮は不良で柔軟であり、子宮底は高く、ときにその触知がむずかしいことがある、とされ、出血は大量で(高度の場合には二〇〇〇ミリリットルにも及ぶとされる。)、産婦は急速に貧血の症状を呈し、止血できずに急激に大量の失血をきたすと出血性ショック症状を示し、短時間で死亡するといわれる。

その診断は、前記①のような出血の態様等と柔軟な子宮体の触知によりなされるが、弛緩出血と思われたものが、低線維素原血症であつたり、子宮破裂、頸管深部の裂傷、胎盤片遺残であつたりすることもあるので、赤沈測定、内診又は膣鏡診、子宮腔内用手探索等により、除外診断に努める必要がある。

以上のとおり認められるところ、前記二で認定したとおり、繁子の出血は胎盤娩出直後に突然始まり、出血も大量で、血液中にところどころ凝血を含んでいたうえ、繁子の子宮の収縮は悪く、子宮底は高くなつていたものであり、しかも、被告が内診及び膣鏡診を行つたところ、子宮壁、子宮頸管には裂傷が認められなかつたというのであるから、右事実に照らすと、繁子が弛緩出血を起こした可能性は十分あるということができる。

しかし、他方、繁子の出血は鮮血に近い色で動脈血に近く、被告自身も当初、子宮筋層付近からの出血を疑つたことは前記認定したとおりであることを考え合わせると、前段の事実から直ちに繁子が、当初から弛緩出血を起こしたと断定することまではできない。

(三)  そこで、次に、出血が動脈性鮮紅色とされる軟産道損傷、子宮破裂についてみるに、〈証拠〉によれば、軟産道損傷性外出血及び子宮破裂に関する医学上の知見は、次のようなものであることが認められる。

(1) 軟産道損傷性外出血は、会陰、膣頸管、子宮下部の裂傷により起こる外出血であり、その症状としては、胎児娩出直後から出血が間断なく持続するもので、血液は動脈性のため鮮紅色であるとされ、その診断としては、局部の視診又は内診によるとされる。

(2) 子宮破裂は、その起こり方により、腹膜を破つて子宮筋が断裂する完全子宮破裂と腹膜を残して子宮筋が断裂する不完全子宮破裂とに分類され(ただし、臨床的には全く意味がないとして右分類を否定する見解もみうけられる。)その症状は、典型的には、まず、前駆症状(破裂切迫症状)として、①過強な、ときにけいれん様の陣痛の発来、②収縮筋の上昇、③下腹部の持続的疼痛、④子宮体部の厚く硬い収縮、⑤子宮下部の破裂切迫部に該当する激しい圧痛、⑥子宮腔部の腫脹等の症状があつたのちに破裂が起こり、このとき、下腹部に激痛が突発し破裂部の著明な圧痛があつて産婦自身も破裂音を聞くことがあり、その後、破裂後症状として、①陣痛が微弱、停止し、②腹腔内出血による悪心嘔吐等の腹膜刺激症状が発生し、③子宮壁断裂による血管の損傷又は胎盤付着部の破裂があつた場合には、大量の内出血を起こし、急性貧血ショック症状を呈する(しかし、かような症状が極めて軽度か、全くなく発生する無症状性子宮破裂と呼ばれるものもある。)。子宮破裂による出血は持続的で、ときに搏出する感があり、その色は鮮紅色を呈する。

しかし、不完全子宮破裂の場合には、一般に症状が非定型的であることが多いといわれ、破裂時の疼痛は完全子宮破裂に比べて弱く、破裂後も、陣痛は弱まるが完全に歇止せず、急速にショック症状に陥ることもないとされ、破裂部腹膜も損傷がないため腹腔内に出血することがないので外出血が完全子宮破裂に比べて多く、また、分娩終了後初めて大出血をきたし異常を認めることもあるといわれている。

また、破裂が前回帝王切開瘢痕部に生ずる瘢痕性子宮破裂は、一般に破裂が徐々に進行するため、右前駆症状を示さない場合が多く、破裂症状も微弱であるとされる。

なお、子宮破裂の多くは分娩終了前に起こるが、経膣分娩終了例にも起こりうるものであり、正常な分娩経過を経て胎盤娩出直後から大量の持続性ある大出血があり、これを弛緩出血と認めたが、ショック症状を呈していたため転送したところ、転送先の病院で、内診により不完全子宮破裂の発生が認められたという事例も紹介されている。

子宮破裂の診断は、典型的な子宮破裂であれば、ショック症状、腹部の所見等、前駆症状及び破裂症状により確認でき、疑わしい場合でも速やかに内診すれば多くは破裂創縁を触知することができるので、その診断はそれほど困難ではないが、不完全子宮破裂の場合にはその診断は容易でなく、用手的に子宮腔内を探索することによつて確認すべきであるとされ、しかも、これが唯一の診断上の手掛かりとなるとされる。

以上のとおり認められる。

これを本件についてみるに、前記二で認定したとおり、繁子の出血は胎盤娩出直後に始まつたもので、被告が内診及び膣鏡診を行つたところ、子宮頸管には裂傷が認められなかつたというのであり、また、被告が子宮口の縫縮術を施行した後も繁子の出血は持続し、子宮内に血液が貯留して子宮底が高くなつてきたのであり、これらの事実に鑑定の結果を総合すれば、繁子の出血の原因が軟産道損傷性外出血であるとの可能性は否定してよいと考えられる(もつとも、鑑定の結果中には、産道損傷の可能性があるとすれば、その損傷は前回帝王切開時の切創付近で古い傷の離開のみならず、新しく延長したもので広範囲ではないが大きな血管を損傷したと考えるのが妥当であろう(古い切創の離開のみであれば、一般に出血が甚だしくないのが普通である。)との記載部分があるけれども、右部分は、繁子の出血が産道損傷によるものであると仮定した場合にその損傷の原因を推測しようとするにとどまるのであるから、これをもつて繁子の出血の原因が軟産道損傷性外出血であるとの可能性を肯定しているものとはいい難い。)。

次いで、子宮破裂についてみるに、前記二で認定したとおり、繁子の出血は胎盤娩出直後に始まり、被告は、直ちに子宮内を用手清掃し、さらに内診及び膣鏡診を行つたところ、子宮壁には裂傷が認められなかつたというのであり、また、繁子には子宮破裂の前駆症状及び破裂症状と認められる種々の徴候がみられないのであるが、他方、子宮破裂が経膣分娩終了例にも起こりうるものであること、被告は子宮内を用手清掃しているが、これは胎盤を娩出するためになされたもので、子宮破裂の可能性を疑つて子宮腔内を精査したものではないこと、繁子の出血は間断なく持続したものであり、出血した血液の色は鮮血に近い色であつたこと、被告はこれが動脈血に近いことから、当初、子宮筋層付近からの出血を疑つていたこと(ただし、子宮破裂までは考えなかつた。)、繁子の出血が動脈性出血であるとすると、本件証拠からは、子宮(不全)破裂以外に動脈損傷の原因が考え難いこと、繁子は帝王切開既往歴があり、〈証拠〉によれば、帝王切開既往歴のある妊婦につき経膣分娩を選択した場合にもつとも危惧されるのは、既往帝切創の癒合不全に起因する瘢痕性子宮破裂であることが認められること、瘢痕性子宮破裂の場合には、子宮破裂の前駆症状を示さない場合が多く、また、破裂症状も微弱であるとされていること、本訴における本人尋問でも被告は繁子に子宮不全破裂があつた可能性を否定していないこと、以上の諸点を指摘することができ、これらに鑑定の結果を総合すれば、繁子が瘢痕性子宮破裂を起こした可能性もなお残るものというべきであり、さらに、瘢痕性子宮破裂による出血が重篤なため、二次的に、子宮筋が弛緩してこれによる弛緩出血を起こした可能性もこれを否定できないものというべきである。

(四)  被告は、さらに、繁子の出血の原因として、DICを主張するものであるところ、〈証拠〉によれば、DICに関する医学上の知見として次のようなことが認められる。

DICとは、種々の原因で血液の凝固性が異常に亢進し、主として微小循環系で大量の血液が凝固し、播種性の微小血栓を形成することであり、DICに罹患すると、諸臓器に出血性壊死像や機能不全が認められるとともに、右血液凝固に当たつて消費される繊維素原、プロトロンビン、血小板等が低下し、多因性凝固障害が起こつて出血し、また、血栓を溶解しようとする二次的防衛反応として線溶現象の亢進がみられ(消費性凝固障害)、ときに著明な出血傾向が発現する。さらに、重症のときは血中のFDP(Fibrin Degradation Products. 繊維素や繊維素原が分解されたときに生ずる分解産物。)が出現して、血小板機能を抑制するなどするためにますます止血機能が低下することがある。

妊産婦は、ことに妊娠末期では高脂血症もあるのに加えて、血液の凝固性が亢進し線溶現象は起こりにくい状態にあるので、DICを起こしやすい傾向にあるとされ、DICを起こしやすい基礎疾患としては、常位胎盤早期剥離、羊水栓塞症等が挙げられるが、後産期出血が多量になると、二次的にDICに移行することもあるとされている。

その症状としては、①持続的な強出血が起こり、従来の種々の止血法によつては止血し難く、出血した血液はさらさらして凝固せず(軽症の場合には、ゆるやかにやわらかく凝固するがすぐに溶解してしまう。)、②無尿となり、③静注等の注射部位の紫斑形成傾向が著明であり、さらに、④重症例ではショック症状に陥り、意識がなくなるのが早い、などが挙げられる。

その診断としては、簡易凝固観察試験(Clot observation test)、赤沈の遅延、出血時間の延長等により、おおよその判断はできるが、最終的な診断のためには、線維素原、プロトロンビン、血小板等の測定が必要である。

以上のとおり認められるところ、繁子の出血した血液には、ところどころに凝血を含んでいたことは既に認定したとおりであり、被告本人も出血の状態からみてDICの可能性を明確に否定する供述をしていることに照らせば、繁子がDICに罹患していたものと考えるのは困難である。

(五)  そして、右(二)ないし(四)で検討した原因の他に、繁子の出血の原因の存在を窺わせるような事実を認めるに足りる証拠はない。

(六)  以上検討したところによれば、解剖所見のない本件においては、繁子の出血の原因として、弛緩出血によるものである可能性の外、瘢痕性子宮破裂を起こした可能性もあり、さらに、瘢痕性子宮破裂による出血が重篤なため、二次的に、子宮筋が弛緩してこれによる弛緩出血を起こしたことも考えられるといわざるをえず、結局のところ、本件全証拠によつても、繁子の出血の原因を明瞭に確定することはできないといわなければならない。

四そこで、前二項で認定判示したところに基づき請求原因4(被告の責任)について判断する。

1  分娩方法の選択

請求原因4(一)(1)及び同4(二)(1)の主張は、いずれも要するに被告が帝王切開によらず経膣分娩の方法を採つたことの不適切を前提とするものであるところ、繁子の出血の原因が弛緩出血と瘢痕性子宮破裂(あるいはその双方)のいずれによるものか本件全証拠によるも確定できないことは前記判示したとおりであり、被告が帝王切開を実施していれば弛緩出血が生じなかつたものと認めうる確たる証拠はないから、仮に経膣分娩の方法を採つたことが不適切であつたとしてもこれから直ちに右方法の選択と繁子の死亡との間の因果関係を肯認することはできない。そこで、右主張の当否についての判断はさて措き、繁子の出血原因が前記いずれの場合であつても問題となる責任原因の主張の当否について判断する。

2  分娩前の措置

(一)  原告らは、子宮破裂等の緊急事態が発生したときは、被告診療所の人的、物的設備ではこれによる失血死等を回避することが不可能又は困難なことが予想できたのであるから、被告としては、繁子に対し、その旨説明して、設備の整つた医療機関の下で最善の医療を受ける機会を与えるべきであつたのに、これをしなかつた旨主張する。

しかしながら、仮にかような義務があるとしても、後述するように、被告診療所の人的、物的設備では子宮破裂等の緊急事態が発生した場合にこれによる失血死等を回避することが不可能又は困難なものであるとは必ずしも認め難いところであるから、原告らの主張はその前提を欠き理由がない。

(二)  分娩前の準備について

(1) 原告らは、被告が分娩時大出血に対する対策をほとんど講ずることなく経膣分娩を施行した旨主張する。

〈証拠〉を総合すれば、分娩時大出血は、妊産婦死亡のもつとも重要な原因のひとつとされ(成立に争いのない甲第一八号証によれば、繁子が死亡した昭和五三年において、妊産婦死亡総数三七八名のうち出血を原因とするものは一〇〇名であり、妊娠中毒症を原因とする死亡数一二一名に次ぐものであることが認められる。)時間を問わず突発的に発生し、しかも、その発生についての予測が困難であり、一旦発生するや緊急措置を要するものであることが認められる。

従つて、分娩の介助に当たる医師としては、かかる出血がありうることを常に念頭に置き、分娩中にかような事態が発生した場合にはこれに対して迅速的確に対処しうる態勢を整備して、分娩に臨むべきであるといわなければならない。しかも、本件においては、繁子は帝王切開既往歴のある妊婦であり、〈証拠〉によれば、このような場合に経膣分娩を実施するに当たつては、瘢痕性子宮破裂の発生が危惧されており、この場合に経膣分娩を試みるとしても、子宮破裂等の緊急事態に対処しうる態勢の下で実施すべきであり、それが不備であれば反復帝王切開の方が安全であるとされることが認められるのであるから、かような分娩に臨む被告としては、一般の場合に比してより一層緊急事態に対処しうる態勢を整備しなければならないというべきである。

(2) そして、〈証拠〉によれば、分娩、ことに帝王切開既往歴のある妊婦につき経膣分娩を実施するに当たつての出血に対処するために、(ア)人員の確保、(イ)救急セットの常備点検、使い方の習熟、(ウ)救急薬品の点検(特に子宮収縮剤の常備)、(エ)輸血の対策、(オ)救急手術の手配等の態勢を整備する必要があることが認められるので、右各点について以下検討する。

① 人員の確保

原告らは、短時間に開腹手術を施行するための応援医師が確保されず、また、看護体制も、バイタルサインの点検、診療記録の記載すらできない状態であつた旨主張する。

被告本人尋問の結果によれば、被告診療所は、医師が被告一名で、看護要員としては看護婦及び准看護婦が四名、補助の看護婦が二名であること、緊急時においては、被告診療所と同じ町内で自動車で六分くらい離れた距離に居住し、清瀬市内の武谷病院(被告診療所とは自動車で一五分くらい離れた距離にある。)に勤務している弓立博医師及び自動車で日中は二〇ないし三〇分、夜間は一五分くらい離れた距離に居住する陽久医師との間で、応援を依頼する態勢をとつていたこと、繁子の出産に当たつては、看護要員として四名が立ち会い、さらに、繁子の出血が始まつてから一名加わつていることが認められ、また、繁子の出血が始まつた直後、弓立医師に応援を依頼したが、同医師が不在であつたため、陽久医師に応援を依頼し、同医師は午前四時三〇分ころに到着したことは前記のとおりである。

以上の事実に、鑑定の結果によれば、開腹手術を実施する場合の人員として、医師が執刀医、助手、麻酔医(ただし、緊急の場合には術者が兼ねることもやむをえない。)各一名、看護要員が手洗い看護婦、いわゆる外回り各一名が必要とされ、さらに、輸液、麻酔その他の看護要員が一名いるのが好ましいとされるにとどまるものであることが認められることを合わせ考えると、繁子の出産に当たつて被告診療所における応援医師との協力体制、看護体制等人員の確保が不十分であるということはできない。

② 救急セットの常備点検、使い方の習熟

原告らは、被告が輸血、輸液、薬剤静注用の二連球の予備を準備せず、現実にこれが故障し、このため輸液、輸血のスピードが半減したものである旨主張するところ、鑑定の結果によれば、右二連球は、救急措置以外に使用されることが一般にほとんどなく、通例一個あれば足りるものであることが認められ、また、被告が使用した二連球が故障したことは前記のとおりであるが、これがために輸液が不可能となつたわけではなく、直ちに付近の医師からこれを借りることにより、輸液及びその後の輸血を実施したものであるから、これらによると、被告が二連球の予備を準備していなかつたことをもつて直ちにこれについての準備が不十分であるということはできない。そして、本件全証拠によつても、他に前記の点について、被告に準備の懈怠があつたことは窺われない。

③ 救急薬品の点検(特に子宮収縮剤の常備)

本件全証拠によつても、標記の点について、被告に準備の懈怠があつたことは窺われない。

④ 輸血の対策

(ア) 原告らは、輸血について、被告が保存血を予め用意していなかつたことの不備を主張する。

被告本人尋問の結果によれば、被告は、繁子の分娩に先立ち保存血を予め用意していなかつたことが認められるけれども、〈証拠〉を総合すれば、分娩時の異常出血は一〇〇例の分娩のうち一ないし二例にとどまるものであること、保存血は、生物学的製剤であつて有効期間及び保存の問題からいつたんこれを取り寄せると原則として返品ができないものであることが認められ、右事実によると、一般産科医において、分娩に当たり常に予め保存血を用意すべきであるとすることは、輸血を必要とするような事態の発生が予め具体的に予測される場合であれば格別、そうでない場合には難きを強いるものといわなければならない。

そして、前記認定した繁子の分娩に至るまでの経緯の中で、輸血を必要とする事態の発生を予め具体的に予測せしめるような事実があつたことは認められず(妊娠九か月のころに妊娠貧血症の症状が認められたが、これのみをもつて分娩時の大量出血を予測せしめるような事実とは認め難い。)、そうであれば、被告が保存血を予め用意していなかつたことをもつて、準備の懈怠があつたということはできない。

(イ) 次に、原告らは、仮に保存血の用意が必要でなかつたとしても、注文からこれを取得するまでに二五分をも要する献血供給事業団にのみ依存し、近隣病院との協力関係を確保せず、また、供血者のリストの作成もしていない旨主張する。

〈証拠〉によれば、被告は、輸血を必要とする場合には、当初は西巣鴨にある血液研究所から保存血を取り寄せていたが、この場合事前に預血しておくか、事後に血液を返還するかしなければならなかつたことから、本件事故の三年くらい前から、財団法人献血供給事業団武蔵野支所から保存血を取り寄せていること、同支所では通常の当直時において、受注後五分以内に緊急出動をしており、被告診療所には二〇分くらいで到着していること、被告は、保存血が到着するまでの間はヘスパンダー、サヴイオゾール等の代用血により輸血を必要とする緊急事態に対処していること、被告は、保存血の取寄せについて近隣病院との間で格別の協力態勢はとつていなかつたが、当時、救急病院である久保田病院(大泉学園駅前にある。)から、三本くらいであれば、これを取りに行くことにより手配することができたものであることが認められ、他方、本件においては、胎盤娩出直後の午前三時五〇分ころから出血が始まり、そのころ、被告の指示により看護婦が献血供給事業団に電話で保存血の配達を依頼したところ、たまたま同事業団の係員が出動中であつたために連絡がつかず、午前四時一五分ころ、ようやく献血供給事業団と連絡がついて、保存血一〇本(二〇〇〇ミリリットル)の配達を依頼し、午前四時四〇分ころに保存血が到着して、同四五分ころから直ちに輸液に代えて輸血を開始していることは、前記のとおりである。

ところで、〈証拠〉によれば、輸血は、副作用等による事故防止の見地からは原則としては保存血が好ましいが、緊急の場合には保存血が直ちに入手できるとは限らないので、新鮮血によることもやむをえず、そのため供血者のリストアップをする等して一〇〇〇ミリリットルの新鮮血がいつでも入手することができるような態勢を整えておくべきであるとされていることが認められるが、仮に被告が供血者のリストを作成していたとしても、リストの中から適当な者を選んで被告診療所に呼び集めたうえ、さらにその者らから血液を採取してこれを検査したうえで輸血をしなければならないものであり、以上のことを行うには血液検査を必要最小限度にとどめるとしても、相当の時間を要すると考えられ、そうであれば、本件の下で、供血者のリストの作成及びこれによる新鮮血の手配が、献血供給事業団からの保存血取寄せに比べてより有効な手段であつたとは即断し難い。してみると、被告が、主として輸血用血液確保の方法として献血供給事業団に依存し、供血者のリストを作成していなかつたとしても、これをもつて被告に準備の懈怠があつたとは断定できないといわなければならない。

⑤ 救急手術の手配

原告らは、短時間に開腹手術による子宮全摘術等を施行するための手術機器の準備がなされていなかつた旨主張する。

〈証拠〉を総合すれば、分娩時出血に対する種々の保存的止血措置が奏効しない場合には最終的止血措置として子宮全摘術等の開腹手術を施行しなければならないこと、一般的に医師が手術施行を判断してから二〇分くらい後には手術を開始することができることが認められるところ、被告が、午前四時一〇分ころ、繁子の出血の状態から子宮全摘術等の施行の必要が生じることを予想し、看護婦に対し、右手術の準備を命じたが、開腹鈎、止血鉗子等の消毒等で、右準備完了まで約五〇分程度を必要としたことは前記のとおりである。

分娩時大出血が発生すれば短時間のうちにショック状態に陥り失血死に至る危険性があるのであり、分娩を介助する医師としては、当然にかかる出血を常に予測すべきであるのみならず、繁子は帝王切開既往歴のある妊婦であり、これについて経膣分娩を実施するに当たつては、瘢痕性子宮破裂の発生が危惧されているのであるから、被告としては、開腹鈎、止血鉗子等の消毒等を予め行つて子宮全摘術等の必要が生じたときは速やかに手術を開始しうるような態勢を整備したうえで、繁子の分娩介助に当たるべき注意義務があるものというべきところ、前段認定の事実によれば、被告にはこの点で懈怠があつたというべきである。

3  分娩時出血に対する措置

次に、分娩時出血に対する措置について検討する。

(一)  原告らは、繁子の出血は瘢痕性子宮破裂によるものであるにもかかわらず、被告は判断を誤り、弛緩出血と誤診して保存的止血措置を講ずるにとどまり、子宮全摘術等を実施する機会を失した旨主張する。

しかしながら、前記三で判示したように、繁子の出血の原因については瘢痕性子宮破裂による可能性があるにしても、これによるとまでは確定できないものである。してみると、被告が繁子の出血の原因を弛緩性出血によるものと判断したことが誤診であるとは判断できないものであつて、原告の右主張は理由がない(なお、被告が子宮全摘術等を実施する機会を失したとの原告らの主張については、後に判断する。)。

(二)  原告らは、繁子は胎盤娩出直後の午前三時五〇分ころから大量の出血が始まつたのであるから、この時点で速やかに輸血の準備をすべきであつたにもかかわらず、被告は判断を誤り、同四時一五分ころに至つてはじめて輸血の必要を認めて、献血供給事業団に対し、保存血の注文をした旨主張する。

しかしながら、前記二で認定したところによると、被告は、右出血が始まつたころ、看護婦をして献血供給事業団に電話で保存血の配達を依頼している(ただし、たまたま同事業団の係員が出動中であつたために連絡がつかず、午前四時一五分ころ、ようやく献血供給事業団と連絡がついて、保存血一〇本(二〇〇〇ミリリットル)の配達を依頼したものである。)のであるから、被告に輸血の必要性の判断についての遅延はないというべきであり、原告らの右主張は理由がない。

(三)  原告らは、被告が、繁子に対し、繁子が期外収縮の心疾患及び帝王切開の既往歴を有しているにもかかわらず、強心剤であるビタカンファ及びネオフィリンとともに禁忌とされる硫酸スパルテイン及びオキシトシンを投与した旨主張する。

被告が繁子に対し、硫酸スパルテイン及びオキシトシンを投与した後、ビタカンファ及びネオフィリン等の強心剤を投与していることは、前記認定のとおりであるが〈証拠〉によれば、硫酸スパルテインは、心筋に対する直接作用を有し、特に静注により血液循環動態に影響を及ぼして、不整脈等の刺激伝導系異常を起こすことがあることが副作用として問題とされ、静脈注射を行わないとされていることが認められるところ、被告が筋肉注射の方法によりこれを投与しているものであることは前記認定のとおりであり、さらに〈証拠〉によれば、硫酸スパルテインによる死亡例として〈証拠〉において紹介されているものは、(ア)ラボナール静麻下で人工妊娠中絶術(妊娠三か月)施行に際し、硫酸スパルテイン一〇〇ミリグラムを静注したところ、心停止をきたしそのまま三ないし五分で死亡した、(イ)硫酸スパルテイン一〇〇ミリグラムを静注したところ、約四分後にチアノーゼを生じ、二〇分後に死亡した、というものでいずれも急死例であることが認められ、これは前記認定した本件における繁子の死亡に至る経緯とは異なり、しかも硫酸スパルテインを繁子に投与した後これに起因するとみられる症状が発生したことは本件全証拠からも窺うことはできないから、硫酸スパルテインを繁子に投与したことと同人の死亡との間に因果関係を認めることはできない。次に、〈証拠〉によれば、オキシトシンは、これを使用したことによる子宮破裂(これによる死亡)が多く、そのため、同剤の絶対的禁忌として、子宮体部等に手術(ことに、帝王切開等)瘢痕がある場合が挙げられていることが認められるけれども、被告が繁子に同剤を投与したのは、胎盤が娩出され出血が始まつた後であるから、出血原因が確定できないことはさて措いても、同剤を繁子に投与したことによつて子宮破裂をもたらしたものとは到底認め難く、してみると、繁子に帝王切開既往歴があるからといつて、オキシトシンを繁子に投与したことが、当然には被告の過失とはならないというべきである。

従つて、これについての原告らの主張はいずれも理由がない。

(四)  原告らは、被告には繁子のバイタルサインの点検を十分に行わなかつた過失がある旨主張するので、この点について判断する。

被告本人は、血圧、脈拍については看護婦一名をしてこれを測定させ、随時報告をなさしめていた旨供述する。しかしながら、右供述は測定結果について具体性を欠き、〈証拠〉にはいずれもその記載がないことに照らせばその信用性には疑問が残る。更に、呼吸数、体温、尿量、出血量等の測定をしていなかつたことは被告自身、本人尋問において認めるところである。

ところで、本件のような分娩後の大出血の場合に保存的止血方法によつて止血することができないときは、機を逸しないで開腹手術により子宮全摘術等を行い、最終的に止血を図ることが必要となることは後記(五)で認定するとおりであり、〈証拠〉を総合すれば、右手術の要否、その時期の判断に当たつては、出血量、その速度、血圧の推移が重要な要素となることが認められるから、最低限出血量と血圧については頻繁に測定すべき注意義務があるものというべきところ、前段認定の事実によれば、被告にはこの点で懈怠があつたものというべきである。もつとも、被告及び看護婦らは繁子の大量出血に対する止血措置に忙殺されていたことは推認するに難くないけれども、右測定の重要性にかんがみれば、右の点は被告の右懈怠を正当化するものとはいえない。

(五)  次に、原告らは、保存的止血措置による止血が不可能と判断される場合には開腹手術による子宮全摘術等を実施すべきであるにもかかわらず、漫然保存的止血措置を講ずるにとどまつて、開腹手術による子宮全摘術等を実施しなかつた旨主張するので、この点について判断する。

これまでに認定、判示したところによれば、被告は、保存的方法については、一応止血措置を尽くしたということができるが、これによる止血は結局のところ効を奏しなかつたものであるから、本件においては保存的止血措置によつては繁子の出血を止血することが不可能であつたとみざるをえない。

そして、〈証拠〉によれば、保存的止血方法による出血の止血が不可能と判断され、輸血を実施しているにもかかわらず、ショックが回復しない、意識混濁や意識消失が始まる等症状悪化がみられる場合には、出血原因を想定しつつ開腹手術による止血を考慮、実施すべきものであるとされ、また、大量出血があつてこれにより血圧が逓減しているような場合に、理想としては全身状態の改善を待つて開腹手術を実施するのが好ましいものの、血圧が逓減し、最高血圧が七〇程度にまで低下したときには、開腹手術の実施に踏み切るべきであるとされていることが認められるのであるから、被告としては、保存血が到着し、輸血を開始した段階で速やかに開腹手術を施行し、これによる止血措置を講ずるべきであつたものというべきである。

しかるに、被告は、保存的方法による止血措置では繁子の出血は止血しえなかつたにもかかわらず、繁子の一般状態から開腹手術を行うのは不可能であると速断し、その後も保存的止血措置を講ずるにとどまつて、開腹手術による子宮全摘術等を実施しなかつたものであるから、この点について、被告に過失があつたものといわなければならない。

4 以上に検討したように、被告には、帝王切開既往歴のある妊婦の経膣分娩を介助するに当たり、開腹鈎、止血鉗子等の手術用器具の消毒等を予め行つて子宮全摘術等施行を判断した場合には速やかに手術を開始しうるような態勢を整備すべき注意義務、出血量、血圧を頻回点検すべき注意義務、さらに、保存的止血措置による止血が不可能であつたのであるから、輸血の実施に伴い開腹手術による子宮全摘術等を実施すべき注意義務をいずれも怠つた過失があつたものとみるのが相当である(前二者の過失が結局のところ被告の開腹手術の必要性及びその時期の判断を誤らせることとなつたものと認められる。)。

五そこで、進んで因果関係の有無について検討する。

被告は、繁子の一般状態から開腹手術を行うのは不可能であつたと判断しているところ、なるほど、繁子の一般状態については、前記二で認定判示したところによると、出血開始後しばらくして胸内苦悶を訴える等ショック状態を呈するようになり、手術台に移した後には、胸内苦悶、顔面蒼白、意識やや朦朧としてショック状態に陥り、午前四時四五分ころから輸血を開始したけれども、直ちにはこれによる繁子の一般状態の顕著な改善は認められなかつたというものである。

しかしながら、〈証拠〉を総合すれば、分娩に際して大量出血が発生した場合に、保存的止血措置を行つても止血しえないときには、開腹のうえ、子宮全摘術等を行うことによつてこれを止血することが可能であり、かつその方法によるしかないことが認められ、これらの点に鑑定の結果を合わせ考えると、被告は、前記判示した注意義務に従い、開腹鈎、止血鉗子等の手術用器具の消毒等を予め行つて子宮全摘術等の施行を判断した場合には速やかに手術を開始しうるような態勢を整備して繁子の分娩介助に臨み、出血量及び血圧を頻回測定することにより繁子の出血が保存的止血方法のみによつては止血できないものであることをその出血量及び血圧の推移から確定的に判断したうえで(現に被告は午前四時一〇分ころ看護婦に対し開腹手術の準備を命じているのである。)、遅くとも輸血開始の段階で開腹手術を施行すべきであつたのであり、かつそれが可能であつたものと認めるべく、そして、右輸血を開始した段階で直ちに開腹手術を施行したとしてもこれにより繁子の出血を止血し、ひいては繁子の死の結果を回避することができなかつた可能性を窺わせるような具体的な事情を認めるに足りる証拠はないから、被告の前記各過失と繁子の死亡の結果との間には相当因果関係があるということができる。

従つて、被告は、原告らに対し、民法七〇九条に基づき、繁子の死亡により生じた損害を賠償する義務がある。

六損害

そこで、繁子の死亡により原告らが被つた損害について判断する。

1  繁子の損害

(一)  繁子の逸失利益

前記二1で確定した事実に〈証拠〉を総合すれば繁子は昭和一八年一月二日生まれで死亡当時三五歳の主婦であり、かつその当時自宅でピアノ教室を開いて四〇名位の生徒にピアノを教え、相応の収入を得ていたことが認められるから、そうすると、繁子は、本件事故がなければ、六七歳までの三二年間家事労働に従事する傍らピアノ教室を営んで、その間、昭和五三年(死亡時)から昭和五八年までは当該各年度の、昭和五九年以降は昭和五九年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計女子労働者全年齢平均給与額を下らない額の収入(家事労働の評価額及びピアノ教室からの収入を合計して)を毎年得ることができたものと推認するのが相当であり、右年収から生活費として四〇パーセントの割合による金額を控除し、以上を基礎にライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、繁子の逸失利益は、次の計算式のとおり、合計金一八八三万二一一〇円(一円未満切捨)となる。

昭和53年

1,630,400×0.6×0.9523=931,577

昭和54年

1,712,300×0.6×0.9070=931,833

昭和55年

1,834,800×0.6×0.8638=950,940

昭和56年

1,955,600×0.6×0.8227=965,323

昭和57年

2,039,700×0.6×0.7835=958,862

昭和58年

2,110,200×0.6×0.7462=944,778

昭和59年以降

2,187,900×0.6×(15.8026−5.7863)=13,148,797

合計 18,832,110

(二) 慰謝料

繁子が本件事故により精神的苦痛を被つたことは明らかであり、本件における諸般の事情を考慮すれば、繁子の右精神的苦痛に対する慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(三) 右(一)、(二)の合計金二一八三万二一一〇円が繁子の被つた損害であるところ、原告正人が繁子の夫であり、原告健太郎及び同基樹が繁子の子であることは当事者間に争いがないから、右事実によれば、原告らは、法定相続分に従い、各自三分の一の割合により、繁子の右被告に対する損害賠償請求権を相続したものであり、右損害賠償額を計算すると、原告らにつきいずれも金七二七万七三七〇円となる。

2  原告ら固有の慰謝料

原告正人は繁子の夫として、原告健太郎及び同基樹はそれぞれ繁子の子として、繁子の突然の死亡により甚大な精神的苦痛を被つたことは明らかであり、前記認定した繁子の死亡に至るまでの経過、被告の過失の態様、その他本件における諸般の事情を考慮すると、原告らの右精神的苦痛に対する慰謝料は、原告ら各自につき金一〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告正人が繁子の葬儀費用として合計金一〇〇万円を支出したことが認められるところ、原告正人及び繁子の社会的地位等から考えて、右金員のうち金五〇万円をもつて繁子の死亡と相当因果関係にたつ損害とするのが相当である。

4  弁護士費用

原告らが本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、本件訴訟の経緯、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にたつ費用としては、原告正人について金八七万円、原告健太郎及び同基樹について各金八二万円が相当である。

七結論

以上によれば、被告は、不法行為による損害賠償として原告正人に対して合計金九六四万七三七〇円、原告健太郎及び同基樹に対して各合計金九〇九万七三七〇円並びに右各金員に対する不法行為の日の後であることが明らかな昭和五三年五月二四日からいずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担していることになる。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村重慶一 裁判官信濃孝一 裁判官髙野輝久)

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