大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)15522号 判決

原告 早川照宣

被告 津軽三年味噌販売株式会社

主文

一  原告が被告に対し別紙記載の内容の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し昭和五七年一〇月から同五九年一一月まで一か月金四一万七五〇〇円の割合による金員及び右各金員に対するその各該当月の翌月一日からその支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は原告に対し昭和五九年一二月一日からこの判決の確定に至るまで毎月末日限り一か月金七五万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求にかかる訴えを却下する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告

1  原告が被告に対し別紙記載の内容の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し昭和五七年一〇月から同五九年一一月まで一か月金四一万七五〇〇円の割合による金員及び右各金員に対するその各該当月の翌月一日からその支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し昭和五九年一二月一日から第一項の労働契約が存続する限り一か月金七五万五〇〇〇円の割合による金員を毎月末日限り支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第二、三項につき仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告会社は、主として味噌醤油の販売を目的とし、肩書地に本社を、他に東京営業所等を置く株式会社であり、その社長が他に経営するかさね味噌株式会社の首都圏進出のため昭和五二年七月二七日設立されたものである。

原告は、大学卒業と同時に渡辺製菓株式会社(以下単に「渡辺製菓」という。)に入社し、同社がカネボウ食品東京販売株式会社(以下単に「カネボウ食品」という。)に合併されたことに伴つてカネボウ食品の社員として勤務していたが、同社を依願退職して昭和五五年四月一日被告会社に入社したものである。

2  右のように、原告が被告会社に入社するに至つたのは、被告会社社長の依頼を受けた原告のかつての上司であり、かつ人生の大先輩である武井光男(新光商事株式会社社長)から半年間にわたる懇請を受け、親族、友人との数次に及ぶ協議の結果によるものである。

3  原告と被告会社間で、昭和五五年二月七日、次のとおりの労働契約が締結された。

(1) 給与(賃金)、初年度はカネボウ食品における現職給与の一三〇パーセントとし、以後は被告会社の賃金アツプ率により賃金をアツプする。

(2) 一〇年以上身分保障(労働契約期間一〇年以上)。

(3) 退職金は退職時の年収の一二分の一に勤続年数を乗じた額とする。

4  右労働契約に基づいて、原告は同年四月一日から被告会社に勤務し、月額金七五万五〇〇〇円の賃金の支払いを受けてきた。

5  ところが、昭和五六年七月一日以降被告会社は原告に対し、原告の賃金を一方的に月額金五八万三〇〇〇円に減額し、原告がこれに応じない場合には解雇するとして、原告を経済的、精神的に威迫するに至つた。

右の被告会社の所為は明らかに前記3の契約に反するものであるから、原告は被告会社に対し直ちに賃金の差額金の支払いと待遇について確認を求めたところ、差額金の追加支払を認めたものの、その後も引き続いて原告を圧迫し、退社を迫つている。そして、昭和五七年五月に至り被告会社の取締役打田悌治が社長の意を受けて原告に対し明らかに退社するよう迫つてきた。

6  しかるところ、被告会社は原告に対し、同年一〇月一日以降何らの理由もなく賃金として月額金三三万七五〇〇円を支払うだけでその余の支払いをしない。

7  よつて、被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの労働契約上の権利を有する地位の確認と賃金等の支払いを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3のうち、原告と被告会社間の契約が労働契約であるとの点及び労働契約期間一〇年以上との点は否認するが、その余の事実は認める。

4  同4のうち、原告に対し月額金七五万五〇〇〇円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同5のうち、昭和五六年七月一日月額金五八万三〇〇〇円に減額したこと、その後差額を追加支払いしたこと及び昭和五七年五月三〇日被告会社の取締役打田悌治が社長の意を受けて原告に対し明確に退社を求めたことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同6のうち、同年一〇月一日以降原告に対し月額金三三万七五〇〇円を支給していることは認めるが、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  被告会社は東京営業所を設け、ここに専務取締役を常駐させ、同人は東京・大阪両営業所と本社との連絡、対外的社用に当たり、その傍ら味噌製品(インスタント味噌、生味噌)販売のセールスマンの監督に当たつていた。

東京営業所は、一五名のセールスマンが年間四億五〇〇〇万円前後の売上げを計上していたが、赤字経営であり、売上げは伸びなやんでいた。

2  そのような状況の昭和五五年一月頃、武井光男が被告会社社長に対し、原告が渡辺製菓、カネボウ食品の食品販売に携わり、東京首都圏市場に詳しいので、被告会社でどうかとの趣旨で原告を売り込んできた。

そこで、被告会社社長は、原告と話し合い、原告が、被告会社の味噌製品を東京首都圏市場の販路拡張により、東京営業所の前年度売上高の三倍増と社業の発展に貢献するとの約束のもとに、原告を被告会社の常務取締役として招へいし、その仕度金として金三〇〇万円を原告に贈り、同営業所を担当、同営業所所属セールスマンを指揮、監督下において、自ら市場開拓の緒を開き、セールスマンを指示し、販売成績を挙げるとの合意に達した。その際、被告会社社長は、原告に対し、右の販売成績が挙がるようであれば一〇年以上取締役として被告会社にとどまるよう要請したが、これは他から引き抜かれないためであつた。

3  被告会社は原告を迎え入れるため、同年四月一日から東京営業所に所長制を設け、原告は同日被告会社の常務取締役、東京営業所長に就任し(但し、取締役の登記は同月一二日となつた。)、そして、被告会社は原告に対し前記仕度金三〇〇万円を同月四日原告の口座に振り込んだ。

4  被告は、原告と協議し、昭和五五年度(同年四月一日から昭和五六年三月三一日まで)の販売目標を次のように立て、市場開拓に対応すべくセールスマンを一〇名増員した。即ち、

販売目標 テーブル味噌 二二万八二〇〇ケース

この金額   金一一億四一〇〇万円

生味噌    二三九九トン

この金額   金五億四九七万四〇〇〇円

5  原告は、毎月本社の販売会議には出席したが、東京営業所の売上額は、販売目標をはるかに下回り、このことを指摘されると委せてくれと言い、原告発案の一〇〇万食キヤンペーン、サンプリングセツトに要した経費は金三九一九万六一〇〇円、その他原告の就任を機に宣伝経費として金一億余円を投じたが、昭和五五年度における東京営業所の売上実績は左記のとおり売上目標の約三分の一、前年度程度の惨たんたるものであつた。

売上実績 テーブル味噌 四万一五七七ケース

この金額   金二億三九二〇万三〇〇〇円

生味噌    七八七トン

この金額   金一億九七六六万円

6  昭和五六年度(同年四月一日から昭和五七年三月三一日まで)の販売目標を左のとおり前年度より大幅に縮小し、前々年度の実績をやや上回る程度とし、原告に一層の手腕をと望みをかけた。そして、増員した一〇名は年度中に逐次減員した。即ち、

販売目標 テーブル味噌 五万五二〇七ケース

この金額   金三億三六三万七〇〇〇円

生味噌    九六〇トン

この金額   金二億三一三八万四〇〇〇円

7  しかるに、原告が東京首都圏市場の開拓に専念したとは到底認められず、同年八月に至つて販売目標の責任は負わないなどと発言するようになり、これを注意したこともあつた。かくして、同年九月末までの売上実績が前記6の販売目標の六〇パーセントと落ち込んだため、被告会社は同月末をもつて東京営業所における所長制を廃止し、これに同意した原告に対し市場開拓に専念するよう重ねて要請し、他のセールスマンは従前どおり各自の受持ち範囲の受注販売に努力するよう指示した。

8  昭和五六年度の売上実績は左記のとおり、前年度より金一億一〇〇〇万円余、前々年度より金一億二〇〇〇万余といずれも減少した。

売上実績 テーブル味噌 二万一三八ケース

この金額   金一億八七四万四〇〇〇円

生味噌    八三七トン

この金額   金二億一七九九万二〇〇〇円

9  被告会社の定時株主総会が昭和五七年五月二九日開催されたが、原告は以上のような経緯から取締役に再任されなかつた。したがつて、このことにより被告会社と原告との間の前記3の契約は終了した。

10  被告会社は、同月三〇日、取締役打田悌治をして原告に対し、原告が約束どおりの売上実績を挙げることができず、そのために取締役に再任されず、その結果その間の契約関係が終了し、被告会社との関係がなくなつたところで、その善処方を促した。

11  ところが、原告は従前どおり東京営業所に出勤し、被告会社において給与係に適切な指示をしなかつたため、従前どおり給与を支給していたことが同年六月になつてはじめて判明し、原告の処遇についての検討と併行して、原告の昭和五六年一〇月から同五七年七月までの間における東京営業所における動静を追跡調査したところ、次のことが分つた。

(一) 東京首都圏市場の開拓運動はしておらず、東京営業所の各セールスマンがその受持範囲の得意先を回る前に訪れ、注文を少しは取つていたこと。

(二) 昭和五七年六月以降も、常務取締役、開発部長(かかる職名は被告会社にない)の名刺を使用していたこと。

(三) 原告が提出した右(一)の訪問店出張報告日報に、現実には行かないのに行つたように記載し、旅費を受領していたこと。

12  原告は右11(三)の指摘をうけて、東京営業所早川照宣として昭和五七年七月六日、被告会社に始末書を提出した。この時点で原告は被告会社の一社員(セールスマン)として勤めたい意向であると被告会社は受取つていた。

13  ところが、原告は、被告を相手方として、豊島簡易裁判所に原告は東京営業所長として労働契約上の権利を有することの確認を求める旨の調停を申し立てた。これにより、被告は原告の真意をはかりかねた。

(一) 第一回の同年九月七日の調停期日では、何の調停か焦点が不分明なまま、次回期日一〇月二日に続行となつた。この間、被告会社から原告に対し、原告が取締役に再任されず、これにより原被告間の契約は終了しているが、原告が同年六月一日以降も出勤しているのは一般社員として働きたいものと思われるが、そうであれば、給与は月額金三三万七五〇〇円となるが、これについて四、五日中に返事するように申入れたが、回答はなかつた。

(二) 第二回の調停期日に原告は退社することを前提として退職金額が焦点となり、被告会社は金五〇万円程度と答えたが、これに対しなお熟考を要請されて、次回期日は一二月二日と指定された。右期日まで調停委員に原、被告直接交渉の了解を得て、被告会社は原告に対し右(一)の後段記載のとおりのことを四、五日中に返事してくれるよう再度申入れたが、回答はなかつた。被告会社としては、原告の一般社員としてなお勤務したいとの意思を尊重し、同年一〇月分の給与を一般社員と同様に支給し、今日に至つているものである。

四  被告の主張に対する原告の認否、反論

1  被告の主張1の事実は、原告の入社前あるいは入社時の時点におけるものとして認める。但し、売上げが伸びなやんでいたの点は不知。

2  同2の事実は否認する。

3  同3のうち、原告が東京営業所長に就任したこと及び金三〇〇万円を受領したことは認めるが、原告が常務取締役に就任したとの点は否認し、登記の点は不知。

原告が受領した金三〇〇万円は、原告をカネボウ食品から引き抜くに当たり住宅ローン弁済のため、原被告間の入社契約により支払を受けたものである。

4  同4の事実は否認する。

市場開拓のためセールスマン一〇名を増員するなどということは被告会社社長の権限と責任に属することであり、しかも原告の入社前に決定されていたことであつて、何ら原告の関知しないところである。

5  同5の事実は否認する。

原告はその職務上販売促進のアイデアを提言したことはあるが、いろいろの案の中から採用を決定し、投資をしたのは被告会社社長である。原告の入社以前は、首都圏においては被告会社はローカル・メーカーのイメージが強かつたが、食品界の一流メーカーに育てるために問屋を対象に特約店会、幹事店会、二次店会等の組織化を図り食品界の注目を浴びるに至つたことは経済界の認めるところである。

6  同6の事実もすべて被告会社社長の決定したことである。

7  同7の事実は否認する。

8  同8の事実もすべて被告会社社長の決定したことである。

9  同9の事実は否認する。

原告は、入社以来一度も株主総会はもとより役員会を知らされたこともないので、実際それらが開催されているのかどうか知る由もない。

10  同10の事実は否認する。

取締役打田からその頃再度にわたつて退職を促されたことはある。

11  同11の事実は否認する。

原告は、市場開拓に連日活動しており、担当区域はもとより、セールスマンと事前協議のうえ、セールスマンが訪問不足のところをカバーしている。

開発部長の名刺は、昭和五六年一〇月、被告会社専務取締役(社長の子息)が決定したことである。

被告会社では原告を排除すべく、精神的、経済的に圧迫を加え、原告がノイローゼになるほど混乱に陥し入れていた頃、業務日報に誤記のあつたことはあるが、そのことをもつて、始末書の提出を強要したりしているのである。

12  同12の事実は認めるが、右のとおりの困窮、混乱の中で強要されて、始末書を提出しないと直ちに解雇され、一家が路頭に迷うことをおそれて提出したものである。

13  同13については、原告は被告会社からの圧迫に抗しかねてやむなくその救済を求めて調停申立てをしたものであるが、その後においても被告会社からの圧迫が是正されないため本訴に及んだものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  次の事実は、当事者間に争いがない。

1  被告会社は、主として味噌醤油の販売を目的とし、肩書地に本社を、他に東京営業所等を置く株式会社であり、その社長の経営するかねさ味噌株式会社の首都圏進出のために昭和五二年七月二七日設立されたものである。そして、右東京営業所には専務取締役が常駐し、東京、大阪両営業所と本社との連絡、対外的社用に当たり、その傍ら味噌製品販売ーセールスマンの監督に当たつていた。

昭和五五年四月一日当時、右東京営業所には、一五名のセールスマンがいて年間四億五〇〇〇万円前後の売上げを計上していたが、なお赤字経営であつた。

2  原告は、大学卒業と同時に渡辺製菓に入社し、同社がカネボウ食品に合併されたことに伴つて同社の社員として勤務していたが、同社を依願退社して昭和五五年四月一日被告会社に入社したものである。

3  原告が被告会社に入社するに当たり、昭和五五年二月七日、その間において次のような契約が締結された。

(1)  給与・初年度はカネボウ食品における現職給与の一三〇パーセントとし、以後は被告会社の賃金アツプ率により賃金をアツプする。

(2)  一〇年以上の身分保障

(3)  退職金は退職時の年収の一二分の一に勤続年数を乗じた額とする。

4  かくして、原告は、昭和五五年四月一日から被告会社の東京営業所長として同社に入社し、約定どおり毎月七五万五〇〇〇円の給与の支給を受けていた。

二  いずれも成立に争いのない甲第一号証、同第三号証、同第四、五号証の各一、二、同第六号証、同第七、八号証の各一、二、同第一一号証、乙第一号証、同第二号証の一ないし三、同第七号証の一、二、同第一一号証の二の一、同号証の三の一、同号証の五の一、同号証の七の一、同号証の八の一、同号証の一〇の一、同号証の一一の一、同号証の一二の一、同号証の一三の一、証人武井光男の証言によりその成立を是認し得る甲第二号証、原告本人尋問の結果によりその成立を是認し得る甲第九号証、被告会社代表者阿保定吉、原告本人の各尋問の結果及び弁論の全趣旨によりいずれもその成立を是認し得る乙第八号証の一ないし六(但し、同号証の四ないし六については原告の押印部分につき争いがない。)、同第九号証の一ないし六(但し、同号証の三、四については原告の押印部分につき争いがない。)、同第一〇号証の一ないし一三、同第一一号証の一、同号証の二の二、同号証の三の二、三、同号証の四の一、二、同号証の五の二ないし六、同号証の六、同号証の七の二、同号証の八の二、三、同号証の九の一、二、同号証の一〇の二、同号証の一一の二、同号証の一二の二、同号証の一三の二、被告会社代表者阿保定吉尋問の結果によりその成立を是認し得る乙第一三号証、証人武井光男、同阿保建司、同打田悌治の各証言、原告本人、被告会社代表者阿保定吉尋問の結果(但し、証人阿保、同打田、原告本人、被告会社代表者阿保の各供述中、後記の信用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告が前記のとおり被告会社に入社するに至つたのは、被告会社の東京首都圏における販売成績が思うように挙がらなかつたため、被告会社の社長阿保定吉は、昭和五四年頃から右の成績を挙げ得る東京首都圏における販売の責任者を探していて、かねてから被告会社とも取引があるばかりでなく、被告会社の東京首都圏での営業活動等について相談者の立場にいた武井光男にその旨相談したところ、同人から同人の渡辺製菓時代の後輩で、当時カネボウ食品の東京販売会社の取締役副支配人をしていた原告を紹介され、原告に対し被告会社の前記状況を訴えて被告会社への入社を再三にわたり強く要請し、その条件も原告が当時カネボウ食品から得ていた一か月五〇万円弱の一三〇パーセントに相当する一か年七五万五〇〇〇円の賃金(甲第三号証、同第四号証の一の給与明細書、乙第七号証の一、二の給与支給台帳ではいずれも給与とされていて役員報酬等とは扱われていない。)、カネボウ食品の定年退職年令が六〇歳とされていて、当時原告が五〇歳であつたところから、原告が被告会社に入社してから短かくとも一〇年間の身分を保障し、退職金も退職時の年収の一二分の一に勤続年数を乗じた額とする、原告がカネボウ食品から住宅資金として借り入れている三〇〇万円の返済に充てるため三〇〇万円を被告会社への入社仕度金として原告に支払う(かかる約定がなされ、そのとおり支払われたことは当事者間に争いがない。)、さらに原告が十分に東京営業所において営業活動をなし得るようにわざわざ東京営業所に所長のポストを新設し、原告を被告会社の常務取締役、東京営業所長とし、そこでの業績を挙げることを原告に一任する旨提示し、結局原告もこれを了承し、右の条件で前記のとおり被告会社に入社するに至つた。

2  原告が右のように被告会社に入社することは、被告会社がカネボウ食品から原告を引き抜いたようになり、かくてはカネボウ食品としても原告の円満退職を承諾し得ないところから、形式上、カネボウ食品と被告会社との間で、昭和五五年四月一日、同日から同年九月三〇日までの間、カネボウ食品が原告を被告会社に派遣し、右期間満了後は原告がカネボウ食品を退職し、被告会社に移籍すること等の「販売技術指導員派遣契約書」を作成した。

3  原告は被告会社に入社した後、およそ月一回程度は販売会議に出席するため被告会社の本社のある青森市に出向き、また、被告会社の社長も月一回程度東京営業所に出向いていた。そして、東京営業所にはその責任者として、被告会社社長の息子でその専務取締役である阿保建司が常駐していて、東京営業所長となつた原告とは相互に上下の関係はなく、すべては被告会社の社長が決裁していた。

4  かくして、原告は、被告会社の東京首都圏における販売責任者としてその成績を挙げるべく期待されてこれに従事し、被告会社もこれに全力を傾けて協力したが、目標とした成績を挙げることができず、そのため、昭和五六年七月に至り、被告会社社長から退職を迫られ、これに応じないときは賃金を減額する旨申し渡され、結局一方的に同月分の賃金から一か月五八万三〇〇〇円に減額され(この点は当事者間に争いがない。)、その後においても依然として目標とした成績を挙げることができなかつたため、同年一〇月に至り東京営業所長としての地位も奪われ、さらに翌昭和五七年五月二九日の被告会社の株主総会において取締役に再任されず、ついには同年一〇月分の賃金から一か月二七万六五〇〇円と一方的に減額されたまま現在に至つている(この点は当事者間に争いがない。)。

5  以上1ないし4の各事実を総合的に検討すると、原告は、被告の主張するように、被告会社に役員(常務取締役、東京営業所長)としてだけ迎え入れられたものではなく、むしろ、主としては被告会社の従業員としてその東京首都圏での販売成績を挙げることを目的に雇用されたもので、役員としての右肩書や地位は右の従業員としての業績向上に役立たせる程度の副次的なものであり、原告に毎月支給される金員は役員報酬ではなく賃金であること、また、原告の右雇用に際しては、被告会社の東京首都圏における販売成績の挙がらないことがその重要な動機であるところから、被告会社社長から原告に対しその間の事情が十分に説明され、原告もこれを了承して右の販売成績を挙げることを約して被告会社に雇用されたものであるが、その販売成績が具体的、確定的数字等で示され、これに達しない場合においては、被告会社において一方的に原告の労働条件等を原告に不利益に変更することができるというほど具体的なものではなく、仮にそれほどに重大事であれば、その旨を被告会社社長の作成した原告の労働条件等を記載した書面(甲第一一号証、乙第一号証)に具体的に記載すべきであるがそれが記載されていないので、右のとおり原告と被告会社社長との合意は単に抽象的に被告会社の東京首都圏での販売成績を向上させるべく原告が努力することを約した程度のものであつたと認めるを相当とする。

6  以上の事実を認めることができ、この認定に反する趣旨の証人阿保建司、同打田悌治、被告会社代表者阿保定吉、原告本人の各供述部分は前掲各証拠と対比すると信用することができず、乙第三、四号証の各一、二、同第五号証の一ないし三、同第一四号証の一、二、同第一五号証の一ないし三の各記載も右の認定を左右するに足りず、そして他に右の認定を覆すに足りる証拠はない。

三  以上認定のとおり、原告と被告会社との関係が雇用契約関係であり、しかも原告が一定の具体的業績を挙げることがその労働条件維持の前提ともなつていないものであるから、被告会社としては、原告との間に特約があるとか、就業規則等にその旨の定めがあるとかの特段の事情の存しない限り、一般的に法律上許容されている他の手段によるものであれば格別として、原告の意思に反してその間の労働条件を原告に不利益に一方的に変更(雇用契約内容の一方的変更)することは、いかに原告が被告会社社長の予期した業績を挙げなかつたからといつても、許されないものというべく、本件においては右の特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告は被告に対し別紙記載の内容の労働契約上の権利を有する地位にあるというべきところ、被告がこれを争つているので、この地位の確認を求める原告の請求は理由があるから、これを認容することとする。

四  さらに、以上の事実によれば、原告は被告に対し、一か月分の賃金として、毎月末日限り金七五万五〇〇〇円の支払いを求める権利を有するものというべきところ、原告の賃金請求のうち、昭和五七年一〇月一日から同五九年一一月末日までの分については毎月三三万七五〇〇円の支払いを受けているので、その差額一か月当たり金四一万七五〇〇円が未払賃金となるので、その支払いを求める原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、その余の賃金請求(昭和五九年一二月一日以降の分)のうち、本件口頭弁論終結の日(昭和五九年一二月一〇日)以降の分は将来の請求であるが、この判決の確定に至るまでの分については予めこれを請求する利益と必要があるものと認められるが、その後の分については、原告が被告に対し別紙記載の内容の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認されることとなり、被告の対応も当該現在とは異なるものとなるであろうことが予測されるので、特段の事情のない限り、現時点において予めこれを請求する利益も必要もないものと認められるところ、本件記録を精査するも、右の特段の事情は認められないので、原告の右賃金請求のうち、この判決確定に至るまでの分については理由があるから認容し、その後の分は不適法として却下することとする。

五  よつて、原告の本訴請求については、主文第一ないし第四項のとおりとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用し、なお、仮執行の宣言は不必要と認めるのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊昭)

(別紙)

労働契約上の権利の内容

一 賃金 一か月金七五万五〇〇〇円(但し、ベースアツプは被告のベースアツプ率による。)

二 昭和五五年四月一日から最低一〇年間の身分保証。

三 退職金 退職時における年収の一二分の一に勤続年数を乗じた金額。

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com