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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)970号 判決

原告 入谷幸江

〈ほか二名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 加藤了

右訴訟復代理人弁護士 中村一郎

被告 破産者岡野病院こと岡野巖破産管財人 永井津好

右訴訟代理人弁護士 高田利広

同 小海正勝

主文

一  破産者岡野病院こと岡野巖に対する不法行為に基づく損害賠償債権として、原告入谷幸江が一〇七九万四二五二円、原告入谷光晴、同入谷明子が各四四二万二一二六円の破産債権を有することを確定する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告入谷幸江、同入谷光晴及び同入谷明子が、破産者岡野病院こと岡野巖に対する不法行為に基づく損害賠償債権として、原告入谷幸江につき二五一八万八五〇四円、原告入谷光晴、同入谷明子につき各九五九万四二五三円の破産債権を有することを確定する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告入谷幸江(旧姓は山口。以下「原告幸江」という。)は、亡山口誠二(以下「亡誠二」という。)の妻であったものであり、原告入谷光晴(旧姓山口、以下「原告光晴」という。)及び原告入谷明子(旧姓山口。以下「原告明子」という。)は、亡誠二の子である。

(二) 破産者岡野病院こと岡野巖(以下「岡野医師」という。)は、昭和五七年四月当時、東京都荒川区西尾久二丁目一一番一一号において岡野病院を経営し、同病院の院長として医療に従事する医師であった。

(三) 岡野医師は、昭和五九年六月二七日、東京地方裁判所において、破産の宣告を受け、同日、被告が破産管財人に選任された(同庁昭和五九年(フ)第六八二号事件)。

2  岡野医師の医療過誤による亡誠二の死亡

(一) 亡誠二は、昭和五七年四月三日午前二時一五分頃、東京都足立区小台一丁目二〇番先路上において、普通乗用自動車を運転中、ハンドル操作を誤り、導流帯分岐点の支柱に衝突して、腹部打撲、腰部打撲、胸腹腔内臓器損傷及びこれによる胸腹腔内出血の損傷を負い、救急車にて東京都荒川区東尾久一丁目三七番三号所在の小泉病院に運ばれたが、転送され、同日午前三時三〇分頃、岡野病院に搬入された。

(二) 岡野医師は、亡誠二が同病院に搬入された直後、同人を診察したものの、同人の胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の存在を知りながらその危険性を認識せず、あるいは、そもそも同人の胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の存在を認識せず、これがため、亡誠二の重大な病状を確認するための諸検査(血液検査、尿検査、血圧測定、レントゲン撮影等)を十分に行わず、漫然、鎮痛剤等を投与し、右出血状態にある亡誠二に対して早急に行うべき輸血等の治療を怠った。さらに、岡野医師は、右初診の後、同日午前一一時二〇分頃に亡誠二が容態急変するまでの間、亡誠二の経過観察を怠り、これがため、初診時においては極めて元気な様子であった亡誠二が、同日午前五時頃には胸腹腔内の大量出血のためチアノーゼにすらなりえない顔面蒼白の状態になり、また、同日午前七時三〇分ないし八時頃には手洗いの中で倒れるなど、異常かつ危険な徴候を示すに至ったのに、いずれもこれを看過した。

(三) 亡誠二は、右のとおり岡野病院に搬入後八時間近くもの間、その病状について顧みられることなく放置されていたが、同日午前一一時二〇分頃、レントゲン検査のため車椅子でレントゲン室に移動された直後、容態が急変してショック状態に陥り、岡野医師及び看護婦らによって心マッサージ等の蘇生術を施行されるも回復せず、同日午後四時二〇分、胸腹腔内臓器損傷による失血により死亡した。

3  岡野医師の過失

岡野医師は、亡誠二が救急車で岡野病院に搬入されてから同人が死亡するまで、同人の診療に際し、以下のとおり、交通事故により受傷した救急外来患者の診療に当たる医師として尽くすべき注意義務を怠ったものである。

(一) 岡野医師は、亡誠二の初診の際から、亡誠二に内臓損傷、腹腔内出血の損傷があるものと診断していた。このような重大な損傷を診断した医師としては、その危険性を十分に認識し、さらにその症状を的確に把握するため、患者及び関係者に対する十分な問診、患者の胸腹部の慎重な触診を行うはもちろん、血液検査、尿検査、血圧測定、レントゲン撮影等の諸検査を行い、これに対する迅速かつ適切な治療を施行する義務がある。しかるに、岡野医師は、右注意義務を怠り、その危険性に思いを致さず、問診、触診すら満足に行わず、また、右諸検査、治療も全く行わなかった。

(二) 仮に、岡野医師が、右内臓損傷、腹腔内出血の診断をしていなかったものとすれば、同医師には次のような診療上の過失がある。

(1) 初診時における診断・治療上の過失

交通事故により受傷した救急外来患者の診療にあたる医師においては、外傷の有無にかかわらず、常に胸腹腔内臓器損傷やこれに伴う胸腹腔内出血等が発生している可能性を疑い、十分な診察、検査を行ってその診断に努力し、適切な治療を施すべき注意義務がある。しかも、本件において、亡誠二には、基本的な問診、触診や諸検査さえ正しく行われておれば、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の存在が診断できるだけの徴候が初診時において既に存在していた。しかるに、岡野医師は、初診時において、右義務に違反し、かかる場合になされるべき基本的な問診、触診や諸検査すら怠り、ひいて、亡誠二について、単なる腹部及び腰部の打撲と軽信して胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の存在を看過し、同人に対して鎮痛剤の投与等の治療をするにとどまった。

すなわち、

ア 亡誠二には、搬入当時、既に本件交通事故による右第六ないし第九肋骨に骨折が存在していた。右は、触診及びレントゲン検査が適切に行われていれば、容易に発見できたはずであり、これが発見されれば、内臓損傷の存在の可能性は一層高くなる。しかるに、岡野医師は、右触診及びレントゲン検査を行わなかったか、行ったとしても極めて粗雑にこれを行ったため、右骨折の存在を看過した。

イ 亡誠二には、搬入当時、既に右季肋部、右下腹部等に内出血を示すかなり大きな皮膚の変色が存在していた。しかるに、岡野医師は、これをも看過しているものであり、同医師が亡誠二の外表すら十分に診察していないことは明らかである。

ウ 亡誠二は、搬入当時、腰痛及び腹痛を訴えていた。しかるに、岡野医師は、これに対して、漫然、鎮痛剤を投与したのみで、同人の主訴を十分考慮しなかったし、同人に対して、十分な問診を行わなかった。

エ 亡誠二が受傷した交通事故の状況、救出、搬送の経緯は、内臓損傷等の重大な損傷の存在を診断するための重要な資料となるものである。しかるに、岡野医師は、同行した警察官から、概括的な事故の状況を聞き及んだのみで、事故の状況及び搬入までの経緯を十分に調査しなかった。

オ 右のほか、本件のような交通事故による受傷患者の救急医療にあたり、内臓損傷、胸腹腔内出血等の重篤な損傷の存在や患者の全身的状態を診断するためになされるべき、血液検査、尿検査、血圧測定等の基本的検査も、本件においてはなされていない。

(2) 経過観察中の診断・治療上の過失

ア 仮に、初診時において亡誠二の胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血を発見することが困難であったとしても、交通事故により受傷した患者にあっては、右のような重大な損傷の症状が時の経過とともに出現することもしばしばあるのであるから、その救急医療に当たる医師としては、初診後も、呼吸、脈拍、血圧等のいわゆるバイタル・サインの頻回の検査・確認等、十分な経過観察をして患者の症状の変化に注意し、適切な診断及び治療をなすべき注意義務がある。しかるに、岡野医師は、午前三時頃の初診後、午前一一時二〇分頃の容態急変まで、自らは一度も診察を行わなかったし、また、この間、看護婦に十分な経過観察をさせるよう指示監督することも怠った。

イ しかも、本件においては、午前五時頃には、看護婦が亡誠二の顔面が蒼白であることを発見しており、また、午前七時三〇分ないし八時頃には手洗いの中で倒れるという事態が生じているのであるから、遅くともこの時点においては、岡野医師は亡誠二を診察して胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血を発見すべきであったのに、同医師は、何らの診察、検査もせず、これを放置した。

(3) 容態急変後の措置の過失

仮に、(1)、(2)が認められないとしても、亡誠二は、午前一一時二〇分頃、レントゲン室に移動された直後にショック症状が発現したが、この際、亡誠二を診察してきた医師としては、それまでの亡誠二の症状や本件交通事故の内容等から、右が内臓損傷、胸腹腔内出血による出血性ショックであることを診断し、かつ、直ちに出血性ショックに対する処置として、血管確保、血しょう代用液の点滴注射を行い、引き続き、可及的早期の輸血を行うべき義務がある。しかるに、岡野医師はこれを怠り、漫然、心マッサージを行うのみに終始した。

4  相当因果関係

亡誠二は、岡野医師が、初診時、あるいはその後の経過観察中に、内臓損傷を疑い、行うべき諸検査を行い、胸腹腔内臓器損傷及びこれによる胸腹腔内出血を発見し、かつ、これに対して、直ちに輸血等適切な処置をとっていれば、出血性ショックの発現という重大な事態に至らぬうちに救命されていたはずであり、あるいは、最悪の場合でも、同医師が、亡誠二の容態急変後、直ちにこれを内臓損傷、胸腹腔内出血による出血性ショックによるものと診断し、これに対する適切な処置をとっていれば、失血死は免れていたはずであるから、前記3の岡野医師の過失は、亡誠二の死亡に相当因果関係がある。

5  損害

(一) 亡誠二の損害 三二三七万七〇一〇円

(1) 逸失利益 二四三七万七〇一〇円

亡誠二は、死亡当時三八歳の健康な男子であって、本件医療過誤によって死亡することがなければ、少なくとも六七歳までの二九年間は就労することが可能であった。亡誠二は、死亡当時、自営の靴職工であって、その年収は二三〇万円を下回ることはなかったから、生活費を収入の三〇パーセントとして控除して(ライプニッツ係数一五・一四一)計算すれば、亡誠二の逸失利益は、二四三七万七〇一〇円である。

算式 230万円×(1-0.3)×15.141=2437万7010円

(2) 亡誠二の慰謝料 八〇〇万円

亡誠二は、適切な治療を施されぬまま、妻と二児を残し、三八歳の働き盛りの生命を失ったものであって、同人の精神的肉体的苦痛は、到底筆舌に尽くし難い。右苦痛を慰謝する額は、八〇〇万円を下回ることはない。

(3) 相続による承継

亡誠二の死亡により、原告幸江はその妻として、原告光晴、同明子はその子として、それぞれその法定相続分に従い、亡誠二の本件損害賠償請求権を相続取得した。したがって、原告幸江(法定相続分二分の一)は一六一八万八五〇四円、原告光晴及び同明子(同各四分の一)は各八〇九万四二五三円の損害賠償債権を有するものである。

(二) 原告らの固有の慰謝料

原告幸江 三〇〇万円

原告光晴・同明子各一五〇万円

原告らは、本件医療過誤により、一家の支柱であり、夫又は父である亡誠二を奪われ、甚大な苦痛を被った。右原告らの精神的苦痛を慰謝するための原告ら固有の慰謝料としては、それぞれ、原告幸江について三〇〇万円、原告光晴・同明子については各一五〇万円をもって相当とする。

(三) 葬儀費用 五〇万円

原告幸江は、葬儀費用として、五〇万円を超える費用を支出したが、本訴においては、うち五〇万円を原告幸江の損害として請求する。

(四) 弁護士費用 五五〇万円

原告らは、本件訴訟の提起を原告ら訴訟代理人弁護士らに委任し、その際、原告幸江は、着手金として五〇万円、成功報酬として五〇〇万円を支払うことを約した。原告らは、右を原告幸江の損害として請求する。

(五) 以上を合計すると、原告らの損害賠償請求債権の合計額は、それぞれ次のとおりである。

(1) 原告幸江 二五一八万八五〇四円

(2) 原告光晴及び同明子 各九五九万四二五三円

(3) 以上合計 四四三七万七〇一〇円

6  前記1(三)に記載のとおり、岡野医師は昭和五九年六月二七日、破産の宣告を受けたので、原告らは、昭和五九年七月二三日、本件損害賠償債権合計四四三七万七〇一〇円の債権の届出をしたが、破産管財人である被告は、同年九月二七日の債権調査期日において、原告らの右届出債権全額について異議の申立てをした。

7  よって、原告らは、被告に対し、本件損害賠償債権の確定を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1(一)の事実は知らない。

同1(二)、(三)の事実は認める。

2  同2(一)の事実中、亡誠二が交通事故により受傷し、救急車にてまず小泉病院に搬送され、ついで昭和五七年四月三日午前三時三〇分頃岡野病院に転送されたことは認めるが、事故の態様については否認し、その余は知らない。亡誠二は、飲酒酩酊の上乗用車を運転して、ガードレールに激突したものである。

同2(二)の事実中、岡野医師が亡誠二の搬入直後に同人を診察したこと、亡誠二が初診の際極めて元気な様子であったことは認めるが、その余は否認する。

同2(三)の事実中、昭和五七年四月三日午前一一時二〇分頃、亡誠二がレントゲン検査のため車椅子でレントゲン室に移動されたその直後に容態が急変してショック状態となったこと、岡野医師及び看護婦らが同人に対して心マッサージ等の蘇生術を施行したこと、同日午後四時二〇分に亡誠二の死亡が確認されたことは認め、その余は否認する。

3  同3(一)の事実中、一般的に、患者について内臓損傷、腹腔内出血と診断した医師が、原告主張のような注意義務を負うことは争わないが、その余は否認する。岡野医師は、初診時に、亡誠二について内臓損傷、腹腔内出血とは診断していない。

同3(二)(1)本文の事実中、一般的に、交通事故により受傷した患者の救急医療にあたる医師が、原告主張のような注意義務を負うことは争わないが、右注意義務は、病院の規模や搬送・診療の時刻等により程度が異なるものであり、岡野医師は、岡野病院のような四〇床程度の小病院に、診療時間外・深夜に救急患者が搬送された場合における医師の負うべき注意義務を十分尽くしたものである。その余の事実は否認する。

同3(二)(1)アの事実は否認する。岡野医師は、亡誠二に対し、慎重な触診及びレントゲン検査を行ったが、肋骨に骨折等の異常は認めなかった。右骨折は、亡誠二の容態急変後、蘇生措置として施行された心マッサージの結果生じたものである。

同3(二)(1)イの事実は否認する。右季肋部、右下腹部等の皮膚の変色も、心マッサージの際に生じた肋骨骨折、内出血によるものである。

同3(二)(1)ウの事実中、亡誠二が、搬入当時腰痛及び腹痛を訴えていたことは認めるが、その余は否認する。

同3(二)(1)エの事実は否認する。亡誠二は、搬入当時、泥酔状態であって、交通事故の状況、救出、搬送の経緯については、何を尋ねても要領を得なかったものである。

同3(二)(1)オの事実は否認する。岡野医師は、内臓損傷、胸腹腔内出血をも疑い、血液検査、尿検査、血圧測定を行っている。

同3(二)(2)アの事実中、一般的に、交通事故の受傷による患者の救急医療にあたる医師が、内臓損傷等の重大な損傷の症状が時の経過とともに現れる可能性に備え、初診後もバイタル・サインの検査・確認等の経過観察をして適切な診断及び治療をなすべき注意義務を負うことは認めるが、その余は否認する。

同3(二)(2)イの事実は否認する。

同3(二)(3)の事実は否認する。患者がショック状態に陥った場合で、その原因として出血が予想される場合には、診療にあたる医師としては輸血をするのが望ましいことは論を待たないが、四〇床程度の小病院である岡野病院においては、血液の備蓄はなく、必要とする都度血液銀行に依頼して届けてもらい、交叉試験を行った上患者に輸血するものであり、これには一時間以上もの時間を必要とするものである。ところが、本件においては、亡誠二は、午前一一時二〇分頃突如としてショック状態となり、午後零時四五分頃には救命不可能な状態に陥っていたものであって、そのような余裕はなかった。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は知らない。

6  同6の事実は認める。

(被告の反論)

1  亡誠二の診療経過について(請求原因2に関し)

(一) 亡誠二は、昭和五七年四月三日深夜、乗用車を運転中、酒酔運転により中央分離帯に激突して受傷し、救急車によって、まず、小泉病院に搬送されたが、同病院ではレントゲン撮影ができないとの理由で、同日午前三時三〇分頃、岡野病院に転送されてきた。

(二) 亡誠二は、搬入当時、飲酒と事故のためかなり興奮しており、問診ができる状況ではなかったが、ただ、うわごとで腰が痛い腹が痛いと訴えたので、岡野医師は、腹部打撲及び腰部打撲を疑った。亡誠二は泥酔のため体動が激しく、容易に診察、検査及び処置をさせなかったが、岡野医師は、救急隊員から交通事故の状況を聴取するとともに、看護婦二名及び救急隊員の助けを借りて、視診、聴診、腹部腰部の触診を行い、かつ、必要な諸検査を行ったところ、亡誠二の一般状態は良好であった。すなわち、亡誠二は、身体に外傷の痕跡はなく、もちろん、胸腹部に、内出血を示す皮膚の変色部位はなかったし、嘔吐もなく、脈は正常で緊張良、血圧は一五〇―八〇(やや高め)、瞳孔は左右同大で対光反射もあり、眼底、神経反射も異常がなかった。聴診するに、心音は鈍く、呼吸音は鋭く、触診するに、腹部は平担で軟らかく、圧痛を訴えることもなかった。血液検査の結果は、白血球の数が六五〇〇、尿検査の結果は、尿潜血はマイナスであった。岡野医師は自ら背部及び腰部にレントゲン検査も施行した。その結果は、脊椎、肋骨、骨盤等に骨折はなく、腹腔内に液体(血液、腹水)や胃、腸管穿孔等による遊離した空気は見られず、肝損傷・肝出血による肝臓肥大等も見られなかった。右レントゲン像は必ずしも完璧なものではなかったが、深夜、レントゲン技師もいない状態で岡野医師が撮影したものとしてはやむを得ないものであり、かつ、上記の診断をする程度には十分なものであって、同医師としてはできる限りのことをしたものである。

(三) 岡野医師は、右診察及び検査の結果に一応安心し、また、深夜であったこともあって、より精密な諸検査及び処置は、数時間後の正常診療時間帯まで待ってもさしつかえないものと判断し、とりあえず湿布、消炎鎮痛坐薬(ボルタレン坐薬五〇ミリグラム)を投与し、なお、ショック等の異常事態の発現に備え、血管確保を行い、補強止血剤(フィジオゾール、アドナ及びビタミンK)を静脈内に点滴注射した。

(四) 岡野医師は、その後翌朝までに、数回にわたり病室を訪れて診察を行い、脈拍、呼吸、顔色の診察、腹壁の触診等を行ったが、いずれも異常はなかった。亡誠二は、午前八時頃には独りで歩行して手洗いに行き、尻餅をついて看護婦と原告幸江に抱えられて帰室したこともあったが、午前八時半頃の岡野医師の回診の際には、原告幸江と元気に談笑できる状態であった。また、このほかにも、看護婦が午前四時三〇分頃、五時頃、六時三〇分頃、七時頃、九時頃と頻回にわたりバイタル・サインの検査、確認を行っているが、内出血を疑わせるような異常所見はなく、ただ、疼痛に対する処置として、ソセゴン、ヘルベックス、ボルタレン坐薬等の投薬を行った。

(五) 岡野医師は、亡誠二の経過が右のとおり良好であるものの、時間の経過とともに種々の症状が出揃うこともあるので、慎重を期して、さらに胸部、腹部、腰部等のレントゲン撮影を実施すべく看護婦に指示した。看護婦は、午前一一時二〇分頃、亡誠二を車椅子に乗せ、三階の病室から一階のレントゲン室までエレベーターで移送したところ、レントゲン室に入るや、亡誠二は瞬時のうちに顔面蒼白となり、チアノーゼ、呼吸停止、心停止の状態に陥った。

(六) 岡野医師及び看護婦は、直ちに亡誠二に対し酸素投与を行ったが、午前一一時三〇分には同人がチェンストーク呼吸になり、脈拍はふれず、冷感プラスの状態となったので、五パーセントブドウ糖五〇〇ミリリットル(補液剤)に昇圧剤ノルアドレナリン一〇筒を加えて点滴静脈注射をした。午前一一時四五分には、岡野医師が心マッサージを開始し、強心剤ボスミン二筒の心臓注射を行ったが、午後零時五分、瞳孔散大となり、亡誠二は、この時点で既に、蘇生不可能な状態に陥ったものである。

(七) その後も、ボスミン等各種薬物投与、心マッサージ等の蘇生術が行われたが、亡誠二は蘇生せず、同日午後四時二〇分、死亡が確認された。

(八) 岡野医師は、亡誠二の死亡確認の直前、腹部に穿針をしたところ、血液が吸出されたため、亡誠二の直接死因は内臓損傷による腹腔内出血ではないかとの一応の判断をして、その旨診療録に記載したが、右は、あくまで一応の診断にすぎない。むしろ、亡誠二の腹腔内から吸出した血液は少量であったこと、腹腔内出血は救命措置として行った心マッサージによって生じた可能性が高いことや、ショック直前までの亡誠二の元気な状態、諸検査の結果等から考えると、亡誠二の死因は、内臓損傷、胸腹腔内出血ではなく、心筋梗塞、主要動脈閉塞による肺栓塞等であった可能性が高い。

2  予見可能性について(請求原因3に関し)

仮に、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血が亡誠二の直接の死因であったとしても、右は、本件においては、少なくとも容態急変までは、その予見可能性がなかったものである。

すなわち、

(一) 岡野医師は、初診の際、十分な問診、触診、諸検査及び治療を行ったが、内臓損傷、腹腔内出血を疑わせる徴候はなかったのであって、この時点において胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血を予見することは不可能であった。

(二) 仮に、初診の頃は胸腹腔内臓器損傷による胸腹腔内への出血が少量で、それが徐々に持続し、午前一一時二〇分においてこれが極限に達したものとすれば、患者が、経過観察中に呼吸、循環の異常を訴えないはずはない。そのような事情のない本件において、容態急変前にこれを予見することは不可能であった。

(三) また、仮に、当初は、胸腹腔内臓器損傷による胸腹腔内への出血が損傷部位の大網膜による圧迫によって止血されていたものが、その後、車椅子でレントゲン室に移動する等の体動によって、圧迫がはずれ、瞬時の大出血を来したとすれば、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の存在は、初診時はもちろん経過観察中の診察、諸検査によっては発見することはできないものであるから、これもまた、容態急変前に予見することは不可能であった。

3  救命可能性について(請求原因4に関し)

胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血による出血性ショックの対策は、究極的には開腹手術によって破損部位の血管を修復すること以外にはない(輸血はその前提として手術に至るまでの体力の保持及び手術に耐える体力の増強のために必要とされるものである)。本件においては、亡誠二は、容態急変後わずか数十分で蘇生不可能な状態に陥ったものであって、同人の胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血は、時間的にも(輸血用の血液を取り寄せるだけでも一時間以上の時間を要する。)、また、医療技術的にも、そのような手段による救命が不可能な、急激、かつ、重篤なものであったことが明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(二)、(三)(順次に、岡野医師の地位、被告の地位)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同1(一)(原告らの地位)の事実が認められる。

二  亡誠二の死亡に至る経緯について

まず、亡誠二の死亡に至る経緯についてみるに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  交通事故による受傷及び岡野病院への搬入

亡誠二は、昭和五七年四月三日午前二時一五分頃、東京都足立区小台一丁目二〇番先路上において、飲酒酩酊の上、普通乗用自動車を運転中、中央分離帯の鉄製の支柱に正面衝突し、胸部、腹部及び腰部を打撲した。亡誠二は、救急車に収容され、まず、荒川区東尾久の小泉病院に搬送されたが、同病院ではレントゲン検査ができないとの理由で同病院から転送されて、同日午前三時三〇分頃、岡野病院に搬入された(右のうち、亡誠二が交通事故により受傷したこと、小泉病院に搬送されたが同病院から転送されたこと、同日午前三時三〇分頃、岡野病院に搬入されたことは、当事者間に争いがない。)。

岡野病院は、ベッド数が約四〇床、常勤医師は岡野医師のみ、他に非常勤医師が数名の病院であって、午後八時から翌朝九時までは当直医一名及び看護婦二名が勤務する態勢にあり、右当日は岡野医師が当直医としての任に当たっていた。

2  初診

岡野医師は、直ちに亡誠二を診察したが、亡誠二は、アルコール臭が強く、非常に興奮しており、相当酩酊している状態であった。そこで、同医師は、亡誠二に対する問診は不可能であるものと判断し、同人に対し特に交通事故の態様や身体の状態等について問診をすることはせず、搬送にあたった救急隊員から、交通事故の態様について事情を聴取し、亡誠二が飲酒の上、乗用車を運転していて、中央分離帯の鉄製の支柱に衝突したことを知った。亡誠二は、極めて元気な様子であり(右事実は当事者間に争いがない。)、嘔吐もなかったが、しきりに腹痛と腰痛を訴えていた。岡野医師は、看護婦や救急隊員の助けを借りて、激しく体を動かす亡誠二の四肢を抑え、上半身を裸にして診察を行ったが、脈は正常で、緊張良、血圧は最高一五〇、最低八〇とやや高めであった。また、岡野医師は、亡誠二の身体の外表面について視診したが、手指に軽い擦過傷があるのを認めたほかには特段の外傷は認めず、亡誠二の腹部の触診でも、腹部の緊張、膨満、圧痛等、内臓損傷に特有の異常所見を見いださなかった。亡誠二は介助によって排尿したが、その尿量は四〇〇ミリリットルで、血尿は認められなかった。岡野医師は、深夜でレントゲン技師がいなかったことから、自ら腹部及び腰部のレントゲン撮影を行い、その読影によって、亡誠二には骨折、内臓破裂その他顕著な変化はないものと判断した。

3  経過観察及び容態急変までの経緯

岡野医師は、右初診の所見から、亡誠二の一般状態は良好であると判断し、同人について、単なる腹部打撲、腰部打撲の可能性が高いものと診断したが、他方、ショック等の異常事態の発現に備え、また、深夜でもあったことから、亡誠二を三階の個室に入院させ、数時間後の正常診察時間内に再検査を行うこととし、かつ、亡誠二が腹部及び腰部の疼痛を訴えたため、鎮痛剤としてボルタレン坐薬五〇ミリグラム一錠を投与し、止血及び血管確保のため、補液剤フィジオゾール、止血剤アドナ及びビタミンKの点滴注射を開始した。

その後、同日午前一一時二〇分の容態急変までの亡誠二の経過は、次のとおりである。

(一)  午前四時三〇分頃、亡誠二は、看護婦に対して嘔気を訴えたが、嘔吐はなく、これに対する処置は特に行われなかった。

(二)  午前五時頃、看護婦が、亡誠二の顔色が不良(ただし、チアノーゼは見られない。)であることを発見し、看護記録にその旨記載したが、これに対しても特段の処置は行われなかった。

(三)  午前六時三〇分頃、原告幸江が亡誠二の病室に到着し、以後、同人に付き添うこととなった。その際、亡誠二は、唇は白っぽかったが、普通に会話をすることができ、原告幸江は、亡誠二の状態は良好であるものと思った。しかし、亡誠二は、原告幸江に対し、腰部及び背中にかなり強い疼痛があることを訴え、胸か腹を打ったので、骨折しているのではないかとしきりに述べた。この頃、看護婦が、岡野医師の指示により(ただし、同医師の来診はなかった。)、鎮痛剤ソセゴン一五ミリグラムを注射したが、疼痛は緩和しなかった。

(四)  午前七時頃、亡誠二は水が飲みたいと訴えたので、原告幸江が看護婦に告げ、コップ一杯の水を飲ませた。亡誠二は水を飲んだ後も、特に嘔吐することはなかった。

(五)  午前七時半ないし八時頃、亡誠二は、独りで手洗いに行ったが、一〇分位たっても帰って来ないので、原告幸江が見に行ったところ、亡誠二は、手洗いの中で、足を投げ出した格好で尻餅をついていた。亡誠二は意識はあったが、自力では立ち上がれなかったため、原告幸江と看護婦が、亡誠二を抱え上げ、病室のベッドに連れて帰った。この際の亡誠二は、脂汗をかいて息苦しそうであり、次第に生気がなくなってきていた。しかし、これに対しても、特に処置はなされなかった。

(六)  午前九時頃、亡誠二は、看護婦に対し、背部から腰部にかけての疼痛を訴え、これに対し、看護婦は、湿布薬ヘルペックスを塗布し、鎮痛剤ボルタレン坐薬を投与した。

(七)  午前九時か一〇時頃、原告幸江は、亡誠二を寝間着に着替えさせたところ、同人の右腹部に二箇所くらい、赤いあざがあるのを発見した。

(八)  午前一一時二〇分頃、岡野医師の指示を受けた看護婦が、腰椎のレントゲン検査のため亡誠二をレントゲン室に連れて行こうとして車椅子に座らせたところ、同人は首が後方に垂れてしまい、既に殆ど意識不明で、白眼で引き付けたような目付きをしていた。看護婦は、車椅子に亡誠二を乗せ、エレベーターで三階の病室から一階のレントゲン室に至ったが、レントゲン室に入室した直後、亡誠二は、突然ショック状態に陥った(亡誠二が、レントゲン検査のため車椅子でレントゲン室に移動された直後、容態が急変してショック状態となったことは当事者間に争いがない。)。

4  容態急変後の措置

右容態急変当時、岡野医師は、一階の診療室で外来患者を診察していたが、知らせを受けて亡誠二の許に駆け付け、看護婦らとともに、直ちに酸素投与をした。しかし、亡誠二は、午前一一時三〇分には、チェンストーク呼吸に陥り、脈拍は触れず、冷感がプラスとなったので、岡野医師は、五パーセントブドウ糖五〇〇ミリリットルの補液剤に昇圧剤ノルアドレナリン一筒を加えて点滴注射をした。午前一一時四五分には、岡野医師が心マッサージを開始し、強心剤ボスミン二筒の心臓注射を行ったが、亡誠二は、午後零時四五分には、瞳孔が散大の状態になった。その後も岡野医師は、強心剤ボスミン、ジゴシン、呼吸促進剤テラプチック、血しょう増量剤PPF等を投与し、岡野医師及び看護婦が交替で心マッサージを続行したが、亡誠二は蘇生せず、午後四時二〇分、死亡が確認された。岡野医師は、蘇生術の施行中に、亡誠二の腹部の膨満を認めたため、死亡確認の直前の午後四時一五分頃、腹部に穿刺を行ったところ、血液が採取されたことなどから、確信を持ったわけではないものの、内臓損傷、腹腔内出血が亡誠二の直接の死因ではないかとの一応の判断をした。

被告は、岡野医師は初診後、数回にわたり亡誠二の病室を訪れ、脈拍、呼吸、顔色の診察、腹壁触診等の診察を行ったが、亡誠二には異常が認められなかった旨を主張し、証人岡野の証言中には、岡野医師は午前四時頃、午前六時三〇分頃及び午前八時三〇分頃の三回にわたり亡誠二の回診を行った(午前六時三〇分には亡誠二の身体について外傷がないかについても検査をした。)が、いずれも異常はなく、午前八時三〇分の回診時には亡誠二は原告幸江と元気に談笑していた旨の証言部分がある。しかし、右証言に係る回診の事実は、本件に関する診療録、看護記録である《証拠省略》のいずれにも記載されていないことが認められる上、証人岡野の右回診における診察内容及び当時の亡誠二の容態等についての叙述は、あいまいであり、かつ、回診の回数についても変遷していること、また、原告幸江本人尋問の結果によれば、同原告が病院に到着した午前六時三〇分頃以降亡誠二の容態が急変するまでの間、岡野医師は一度も亡誠二を回診したことがなく、同原告が同医師に会ったのは容態急変の後が初めてであったことが認められること等に照らすと、右診療録への不掲載が単なる診療録への記載漏れであったものと解することはできないから、右回診の事実に関する証人岡野の証言部分は、にわかに採用することができない。

そして、他に岡野医師が初診後容態急変までに回診を行ったとの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、被告は、看護婦が午前四時三〇分頃、五時頃、六時三〇分頃、七時頃、九時頃と頻回にわたり亡誠二の呼吸、脈拍、血圧等のバイタル・サインの検査・確認を行ったが、内出血等を疑わせる所見はなかった旨の主張をし、証人岡野の証言中にはこれに沿う部分があるが、本件に関する看護記録である《証拠省略》には、右(一)ないし(七)に記載した以外に脈拍、血圧、体温等のバイタル・サインの検査・確認がなされた事実は一切記載されておらず、かつ、これが単なる看護記録への記載漏れによるものと解するに足りる証拠はないから、結局、この点に関する証人岡野の証言も採ることができない。

そして、他に看護婦が(一)ないし(七)に記載した以外のバイタル・サインの検査・確認を行ったことを認めるに足りる証拠はない。

その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

三  亡誠二の死因について

そこで以下、亡誠二の死因について検討する。

1  《証拠省略》によれば、亡誠二の遺体については、解剖はされなかったが、東京都観察医務院の観察医である庄司宗介医師が死体検案を行い、その際、胸部については、右季肋部に一〇センチメートル×五センチメートル大の皮下出血を示す紫青色の皮膚の変色が認められたほか、右第六ないし第九肋骨に骨折が存在することが触知され、かつ、左右の胸腔から五ccの注射器で吸引したところ、いずれも注射器にほぼ一杯の血液が吸引されたこと、また、腹部については、右下腹部に一〇センチメートル×八センチメートル大の皮下出血を示す紫青色の皮膚の変色があり、胸腔におけると同様に、腹腔内から注射器にほぼ一杯の血液が吸引されたこと、庄司医師は、右所見と、警察官から聞いた亡誠二の交通事故の概要及び受傷後九時間以上経過した後の容態急変の事実とを併せ考察し、亡誠二の死因は胸腹腔内臓器損傷によるものであるとの死体検案の結果を得たことが認められる。

2  また、《証拠省略》によれば、原告代理人から本件の主要な記録を示されて鑑定意見を求められた東京慈恵会医科大学の非常勤講師である証人丹羽は、本件死体検案によって認められた前記1の右第六ないし第九肋骨の骨折、右季肋部及び右下腹部の皮膚の変色並びに胸腹腔内からの血液の吸出の各所見、亡誠二の交通事故の態様並びに容態急変に至る経緯を総合して、

(一)  肋骨骨折及び皮膚の変色はいずれも、交通事故の際、前胸部及び右季肋部を強打したことによるものである蓋然性が高い。もっとも、皮膚の変色は、事故後時間が経過するにつれて鮮明になった可能性がある。

(二)  亡誠二には死亡時において、胸腹腔内に三〇〇〇cc以上の出血があったものと考えられ、右出血は、心マッサージにより助長された可能性はあるが、基本的には交通事故による強打によって胸腹腔内の臓器(動脈等も含む。)を損傷したものと考えるべきである。

(三)  右損傷臓器の特定はできないが、可能性としては、胸腔については肺、右肋間動脈、腹腔については肝臓、脾臓、腸間膜、腹腔大動脈、外腸骨大動脈等が考えられる。

(四)  肝臓破裂の場合、受傷後相当の時間が経過した後、始めて貧血、ショック状態が発現することがあり、丹羽医師自身の経験した臨床例で、最も遅いものでは受傷後三日後にショックが発現した例もある。右のような事例においては、おそらく、受傷後直ちに、ないし早期に、大網膜が破裂部位を被覆してしまったため、その部位が限局性の血腫状を呈して一応圧迫止血されていたものが、受傷後相当の時間が経過した後に、体動等を契機に止血がはずれ、大量の出血をみて、貧血、ショック状態が発現したものと考えられる。

と順次検討した上、本件における亡誠二の死因は、交通事故により胸腹腔内臓器損傷、胸腔内出血を来して失血死したものである蓋然性が高いとの判断に至ったことが認められる(以下、右判断を「丹羽鑑定意見」という。)。

3  前記二の認定の亡誠二の交通事故による受傷及び右受傷から死亡に至る経緯に、右1の本件死体検案の結果、2の丹羽鑑定意見及び《証拠省略》を総合すれば、亡誠二は、交通事故の際、胸部、腹部等を打撲したことにより、あるいは、右打撲の結果右第六ないし第九肋骨を骨折したことにより、胸腹腔内臓器を損傷し(損傷臓器の特定はできないが、胸腔については肺、右肋間動脈等の、腹腔については肝臓、脾臓、腸間膜、腹腔大動脈、外腸骨大動脈等の可能性が考えられる。)、右損傷部位から胸腔内に出血を生じ、右出血が時の経過とともに少しずつ累積していたところ、車椅子による移動等の体動を契機に、何らかの機序により大出血が起こり、出血性ショックを経て、失血死するに至ったものと解するのが相当である。

鑑定人笠原小五郎の鑑定(以下「笠原鑑定」という。)においては、亡誠二の死因として、(1) 出血性ショック(肺、肝臓、脾臓、腎臓又は胸壁の損傷によるもの。《証拠省略》によれば、笠原医師は右「出血性ショック」を内臓損傷による失血死とほぼ同義に用いていることが認められる。)のほかに、(2) 大動脈の切迫破裂、(3) 肺動脈脂肪塞栓、(4) 心筋梗塞、(5) 心挫傷が考えられ、これらのうちいずれが可能性が高いということはできず、結局、亡誠二の死因は特定できないとしているが、既に認定した死体検案の所見、亡誠二の交通事故による受傷及び右受傷から死亡に至る経緯等の本件における具体的事情に鑑みれば、本件における亡誠二の死因としては、右(2)ないし(5)の可能性は低いものといわざるを得ないので、右鑑定部分は、前記判断に反する限りで採用できない。

4  被告は、右季肋部及び右下腹部の皮膚変色、右第六ないし第九肋骨骨折、胸腹腔内の出血は、いずれも、容態急変後の心マッサージ施行時に生じたものである旨主張し、《証拠省略》には、これに沿う部分がある。

(一)  しかし、まず、そもそも心マッサージによっては下腹部に損傷が起こり得ないことは明らかであり、また、《証拠省略》によれば、右季肋部の皮膚の変色も事故の際の外力によるものと考えるべきであるというのであるから、右季肋部及び右下腹部の皮膚変色は、いずれも交通事故の際に生じたものと解されるべきであって、心マッサージにより生じたものと解することはできない。この点について、岡野医師が初診の際右各皮膚変色を見いださなかったことは前記二に認定のとおりであるが、他方、午前九時か一〇時頃、原告幸江が右腹部に赤いあざを発見していることもまた前記二に認定のとおりであり、また、《証拠省略》によれば、皮膚変色は打撲後、時の経過によって次第に明確になることも多いことが認められるのであるから、右初診時の岡野医師の所見も前記認定と矛盾しないものというべきである。

(二)  また、右第六ないし第九肋骨骨折についてみると、亡誠二の右季肋部及び右下腹部に交通事故の際の打撲によるかなり大きな皮膚の変色が存在していることは既に認定したとおりであって、右季肋部、右下腹部の損傷が事故の際に生じたものとすると、右肋骨骨折も事故の際に生じたとみるのが自然である上、証人丹羽の証言によれば、心マッサージは心臓の直上から行うべきものであり、そのため心マッサージによる肋骨骨折は左側肋骨に発生することが多いことが認められるのであるから、右肋骨骨折が心マッサージによって発生したものとはにわかに解し難いところである。《証拠省略》において、岡野医師は、容態急変の際に患者の左側が壁であったので右側に立って心マッサージを施行したため、特に右肋骨に負荷がかかったものであると記述しているけれども、右記載部分は採ることができない。

もっとも、《証拠省略》中には、初診の際に岡野医師が撮影した亡誠二の胸腹部のレントゲン写真によっては、肋骨の骨折は認められない(笠原鑑定によれば、少なくとも右第七ないし第一二肋骨には骨折の所見は認められないという。)との部分があるが、右レントゲン写真である乙第八号証の一ないし四(ただし、《証拠省略》の診療録、同乙第三号証の看護記録及び《証拠省略》の保険診療報酬の請求書にはいずれもレントゲン写真は二枚と記載されていること等に照らすと、果たして《証拠省略》のレントゲン写真が初診時に撮影されたものか否かについては疑問の余地もある。)の映像はいずれも鮮明とはいい難く、証人丹羽の証言によれば、これらをもって右第六ないし第九肋骨骨折の有無についての正確な読影をすることは困難であるというのであるから、右レントゲン写真をもって、右肋骨骨折の存在を否定することはできないものというべきである。

また、証人笠原の証言中には、肋骨骨折が事故のとき生じたものとすると、亡誠二には呼吸するのも苦しいほどの痛みがあったはずであり、入院後の亡誠二の状態からみて骨折があったとは考えにくいとする証言部分があるが、亡誠二が相当酩酊していたことからすると、それにより痛みがある程度緩和されていたことは十分考えられるところであり、また、亡誠二自身、妻である原告幸江に対して、骨折しているのではないかと述べていたことは前記のとおりであるから、右証人笠原の証言部分のあることは、亡誠二に初診時既に骨折が生じていたものと認定することを何ら妨げるものではないというべきである。

そして、他に亡誠二の右第六ないし第九肋骨骨折が交通事故により生じたとの認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  また、胸腹腔内の血液の貯留については、証人丹羽の証言によれば、心マッサージは相当の負荷をかけるものではあるが、これによって内臓損傷を来すことはまず起こり得ないものであることが認められ、また、《証拠省略》(丹羽医師の鑑定意見書)及び笠原医師の鑑定によれば、亡誠二の死亡時において、同人の胸腹腔内には、左右胸腔及び腹腔内にそれぞれ最低一〇〇〇cc、合計最低三〇〇〇cc以上の血液が貯留していた可能性が高いと認められるのであって、これに前記3及び4(二)で述べたとおり、本件における右第六ないし第九肋骨骨折は交通事故により生じたものであると認むべきこと等を総合すれば、本件において、心マッサージが、既にあった内出血を助長した可能性はこれを否定することができないものの、心マッサージのみを原因として胸腹腔内に大量の出血が起こったものとは到底考えられないところである。

以上のとおりであって、他に右3の認定を覆すに足りる証拠はない。

四  胸腹腔内臓器損傷及び胸腹腔内出血の診断・治療について

《証拠省略》によれば、胸腹腔内臓器損傷及び胸腹腔内出血の診断及び治療については、今日の医療水準において、概ね、次のとおり認識されていることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  一般に、交通事故により胸部腹部を打撲した患者においては、外表上明らかな創傷がなくとも、閉鎖性の胸腹部臓器損傷や胸腹壁損傷が存在することはしばしば見られるところであり、しかも、その場合、受傷直後は特記すべき症状がみられなかったにもかかわらず、受傷後相当程度の時間(侵襲後二、三時間ないし一二時間)を経過してから出血性ショック等の二次ショックが発現することも少なくない。

2  胸腹腔内臓器損傷及び胸腹腔内出血の発見のために有益な検査・診察項目としては、次のようなものをあげることができる。

(一)  腹痛、嘔吐及び嘔気の有無、瞳孔、呼吸、脈拍、諸反射の状態、貧血、血圧下降、血液中の白血球増加、ヘモグロビンの減少、血尿等の有無の診察・検査

呼吸、脈拍、血圧、顔色等のいわゆるバイタル・サインの検査・確認は、患者の全身的状態を示す基本的な診察項目であるのみならず、血圧低下、頻脈微弱、顔面蒼白、口渇等は内出血の進行、ショック状態への移行を示す重要な症状である。

(二)  腹部圧痛、腹壁緊張、筋性防御、腹部膨満の有無や、腸音の停止の有無等の診察

腹部臓器の損傷のある場合、損傷部位を中心に、右のような症状を示すのが一般であるから、これらの発見、部位の特定等のためには、触診、聴診、視診が不可欠となる。

(三)  胸部、腹部、骨盤のレントゲン撮影による肋骨骨折、臓器損傷、内出血の有無の検査

肋骨骨折は、胸膜、胸腔内臓器の損傷や、肝臓、脾臓、腎臓等の上部腹腔臓器の損傷を合併しやすい。また、骨折のみならず、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血もレントゲン写真上の特有の異常陰影の存在により発見することが可能である。

(四)  そのほか、腹腔洗浄法による腹腔内の出血、漏すい液(アミラーゼ)、漏出胆汁(ビリルビン)等の有無の検査等も有効である。

3  胸腹腔内臓器の損傷及びこれによる胸腹腔内出血に対する治療方法としては、直ちに、出血に見合った輸血を行い(直ちに輸血ができないときは、とりあえず血しょう代用液の点滴注射を行い、これに引き続き可及的早期に輸血を行い)、これによって出血性ショックの発生ないし増悪を防止し、全身状態を改善し、その上で、開腹手術により、当該損傷部位について止血の処置(当該部位の縫合、切除等)を施すべきものとされており、また、開腹手術を必要とするか否かの判断については、患者の全身及び局所所見、2の諸検査、診断の結果、経過等を総合して判断すべきであるが、一般に、内臓損傷の早期確定診断は容易でないこと、手術は早期に施行するほど成功率が高いことなどから、ある程度の内臓損傷の存在する疑いが濃厚ならば、手術を施行すべきである。

五  岡野医師の過失について

そこで、以下、岡野医師の診療上の注意義務違反の有無について判断する。

1  内臓損傷、腹腔内出血を診断した医師の採るべき措置の懈怠(請求原因3(一))について

《証拠省略》の診療録には、亡誠二について、「内臓損傷、腹腔内出血」との診断の記載があるが、《証拠省略》によれば、右は岡野医師が亡誠二の死亡後につけた診断名であって初診時の診断ではないことが認められ、他に岡野医師が初診時にそのような診断をしていたことを窺わせるに足りる証拠はない。したがって、これを前提とする請求原因3(一)の主張は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。

2  胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の診断・治療をしなかった過失(請求原因3(二))について

(一)  四に認定したところからすれば、交通事故による受傷者の救急医療にあたる医師としては、(1) 外見上の創傷の有無のみにとらわれることなく、慎重に胸腹腔内臓器損傷やこれによる胸腹腔内出血の有無を探知すべく努め、(2) しかも、初診時の所見のみからこれらの不存在を断定することなく、その後も、経過的に容態の観察を行って診断に努める義務を負うものというべきであり、(3) 初診あるいは経過観察によって、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の疑いを濃厚に診断したときは、輸液・輸血により、出血性ショックの発現を防止し、患者の全身状態の改善をはかった上、開腹手術により損傷部位の止血措置をとる、ないしは、開腹手術の実施可能な病院に転院の措置を採るべき義務を負うものというべきである。

もっとも、医師において、右四の知見に基づく対応措置をそのまますべて実施することが必須であるというものではなく、当時の医療水準からみて相当といえる範囲において、当該救急患者の全身状態、当該交通事故の態様、治療の緊急性等諸般の事情に応じ、医師がその裁量で診察、検査、治療等を行うべきことは、医療行為の性質に鑑み当然であり、また、この場合、相当性の判断においては、当該医師の属する医療機関の規模・人的物的設備、患者の搬入の時間帯等の事情を参酌することが許されるものというべきである。

そこで、以下、本件において、前記二に認定の岡野医師のした診察、診断及び治療に過失があるかどうかを判断する。

(二)  亡誠二が交通事故の際に右第六ないし第九肋骨骨折及び胸腹腔内臓器の損傷を受けていたにもかかわらず、岡野医師が初診時において胸腹腔内臓器損傷や胸腹腔内出血の疑いをもたなかったことは前記認定のとおりであるところ、同医師が、初診の際、鮮明なレントゲン写真を撮影したり、触診を慎重に行う等していれば、少なくとも肋骨骨折は発見し得たはずであって、右初診時の診察には、多少不十分な点もあったことは否定できない。しかし、他方、内臓損傷の臨床所見は、早期には明確でないこともあり、その診断が困難であることは前記四に認定のとおりであり、また、前記二に認定の、初診の際、亡誠二は極めて元気な様子であったこと、飲酒酩酊して興奮し、体動が激しく、診察に協力的でなかったため、救急隊員や看護婦の助けを借りて診察したものであること、亡誠二の脈拍は正常で、血圧も高めであったこと、触診するに腹部の緊張、膨満、圧痛等を見いださなかったこと、血尿もみられなかったこと、初診時のレントゲン写真は必ずしも鮮明とはいえないものの、右も、深夜でレントゲン技師が不在であったため岡野医師が自ら撮影せざるを得なかったものであること、岡野医師も、一応、内臓損傷や内出血の可能性に備えて止血剤を含む点滴をしたものであること、岡野病院は、ベッド数が約四〇床、常勤の医師は岡野医師のみで、他は非常勤医師が数名の病院で、午後八時から翌朝午前九時までは当直医であった岡野医師一名と看護婦二名が勤務する実情であったこと等の事情も併せ勘案すれば、初診時において、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の発見ができなかったことをもって、未だ岡野医師に診断上の過失があったとまでいうことはできない。

したがってまた、岡野医師が、疼痛に対して鎮痛剤を投与し、かつ、万一の場合(胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血も含む。)に備えて止血及び血管確保のための点滴注射をした初診時の治療行為についても、岡野医師に治療上の過失を認めることはできない。

(三)  そこで以下、経過観察及び容態急変までの過程における過失について判断する。

(1) 岡野医師は午前三時三〇分頃の初診後、亡誠二が容態急変する午前一一時二〇分頃まで、一度も亡誠二を診察していないのであり、この間看護婦が午前四時三〇分から数回にわたり亡誠二の顔色等を観察し、また、亡誠二から疼痛や嘔気を訴えられたりして亡誠二の様子を見ているが、その際、血圧、脈拍等の測定やその他の検査は行われていないし、亡誠二が、午前四時三〇分頃嘔気を訴え、午前五時頃には顔色が不良であることを看護婦により発見されてこの旨記録され、また、午前七時頃には亡誠二が口渇を訴え、さらに午前七時三〇分頃ないし八時頃には手洗いで倒れるなど、亡誠二の容態がしだいに悪化していることを示す徴候が明らかになってきていたにもかかわらず、これらに対して特段の配慮も加えられることなく、その間にとられた処置が、亡誠二の訴えた疼痛に対する鎮痛剤や湿布薬の投与に尽きていたことは、前記二で認定したとおりである。

(2) そこで、さらに、右の過程において、亡誠二の胸腹腔内臓器損傷ないし胸腹腔内出血の所見がいつ頃診断可能になったかについて検討する。《証拠省略》によれば、一般に、二次ショックとしての出血性ショックが現れるのは、循環血液量の約三〇パーセント(体重六〇キログラムなら一二〇〇ないし一三〇〇cc)が失われた場合であると考えられているが、しかし、循環血液量のおよそ二五パーセント以上三〇パーセント未満の状態に至っても、収縮期血圧はほとんど低下を示さず、臨床症状も明確に現れない状態(いわゆる潜在ショック)が続くものとされていることが認められるというのであって、胸腹腔内出血、出血性ショックの早期発見はかなり困難で慎重を要するものであると解される。

前記認定の亡誠二の経過を検討するに、看護婦が、午前五時頃、亡誠二の顔色が不良であることを発見していることは前示のとおりであるが、右看護婦が、同時に、亡誠二にチアノーゼは出ていなかったことも確認していることなどからすれば、右時点において既に亡誠二の胸腹腔内出血が診断できたとまで断定することはできないといわざるを得ない(この点に関し、証人丹羽は、「顔色不良(プラス)、チアノーゼ(マイナス)」との看護記録の記載について、右は貧血のためチアノーゼにすらなり得ない状態を意味するものと判断すべき旨の証言をするが、右記載から直ちに亡誠二が重篤な状態にあったとまで考えることはにわかに首肯し難い。)。しかし、亡誠二が午前七時三〇分ないし八時頃、手洗いで倒れ、自力で立ち上がれないことが発見された時点においては、右異常事態の発現に、これに先立ち亡誠二に嘔気、顔面蒼白、口渇等の症状が発現していたことを併せ勘案すると、看護婦が、右時点で亡誠二の血圧、脈拍等を測定し、岡野医師に連絡し、同医師がこれに応じて診察していれば、亡誠二の胸腹腔内臓器損傷及び胸腹腔内出血は優に診断可能であったものというべきである。

(3) しかるに、岡野医師は、看護婦を介して亡誠二の症状悪化の諸徴候を観察し得る立場にありながら、連絡体制の不備のためか、あるいは、医師の指示の不徹底のためか、亡誠二に危険な徴候が現れているのを知らないまま、容態急変の事態を迎えているのであって、岡野医師には経過観察を適切になさなかった過失があるものといわざるを得ない。

なお、前記認定の岡野病院の規模や、深夜・早朝における経過観察という事情を考慮すれば、岡野医師において、深夜・早朝における経過観察を、第一次的に看護婦に委ねていたことをもって、直ちに同医師に経過観察上の注意義務の懈怠があると即断することはできないが、これは、看護婦において適切な経過観察をし、容態の変化、内出血の徴候等があれば直ちに医師に報告し、これに対して医師が迅速に診察するという態勢がとられていることを前提として初めていい得ることであって、右態勢が不備である場合には、経過観察を看護婦任せにしてこれを把握できる態勢になかったこと自体において注意義務の懈怠があるというべきところ、本件においては、右のごとき適切な態勢が整備されていたものとは到底認め難い。

六  相当因果関係について

1  胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血の場合の救命の方法は、まず、輸液・輸血により、出血性ショックの発生ないし増悪を防止して全身状態を改善し、さらに、開腹手術を行って、当該損傷部位について止血の措置(縫合、切除等)をとるべきものであること、前記四3に認定のとおりである。

2  そこで、午前七時三〇分ないし八時頃、岡野医師が適切な診察によって亡誠二の胸腹腔内臓器損傷を発見できたとした場合、亡誠二の救命される蓋然性があったかどうかを検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、本件において、岡野医師が経過観察上の義務を尽くしたとすれば、遅くとも午前七時三〇分ないし午前八時頃には、適切に亡誠二の診察を行い、胸腹腔内臓器損傷、胸腹腔内出血との診断に至ることができたはずであること、その場合、岡野医師としては、岡野病院には輸血用血液の備蓄はなかったのであるから、直ちに血液センターないし近隣の病院から輸血用血液を取り寄せるべきことになるが、右血液の調達は一般にかなり迅速に行われていること(しかも、その間は血しょう代用液で輸液を行うことが相当有効である。)、そして、出血に見合った輸血を行えば、亡誠二は、とりあえず出血性ショックを免れたであろうこと、右一連の作業は、本件において亡誠二が容態急変した午前一一時二〇分までにはこれを行うことが十分可能であったことが認められる。

(二)  もっとも、《証拠省略》によれば、内臓損傷の究極的な救命手段は、開腹手術をして損傷部位を止血することであって、輸血は、これに先立ち、出血性ショックの発生ないし増悪を防止し、かつ、手術に耐える体力を回復するためのものであることが認められるから、次に、右手術の成功可能性についても検討する。前示のとおり、本件における亡誠二の損傷臓器は、右肋間動脈、肺、肝臓、脾臓、腸間膜、腹腔大動脈、外腸骨動脈等の可能性が考えられるものの、いずれと特定することは困難であるというほかはない。しかし、《証拠省略》によれば、臓器損傷の場合の救命可能性については、一般に、損傷の程度が高度の場合よりは軽度の場合の方が、複数臓器の損傷の場合よりは単独臓器の損傷の場合の方が、いずれも予後が良好であることが認識されているところ、《証拠省略》によれば、亡誠二の死亡は、臓器の損傷による臓器の機能喪失に起因するものではなく、臓器損傷による出血に起因するものであるというのであり、また、《証拠省略》を総合すれば、臓器が複数あるいは高度に挫滅されたような場合には、受傷後早期から重篤な事態に陥ることが通常であるというのであるから、亡誠二においては臓器の複数損傷、あるいは高度の挫滅はいずれもなかった蓋然性が高いことが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実に、《証拠省略》により認められる各臓器の損傷の場合の救命可能性の程度や、《証拠省略》を総合すれば、本件においては、臓器(右肋間動脈等の血管も含む。)の特定が困難であること、午前七時三〇分ないし午前八時頃、岡野医師が亡誠二の異常を発見したとしても、各種診察、血液調達、輸血による体力回復を経て、しかる後に岡野病院において開腹手術を行うか、あるいは、岡野病院よりも設備の整った大病院に転院させて手術が行われるまでに相当程度の時間を要するものであることなどを勘案しても、なお、亡誠二は、手術に成功して救命される可能性の方が高かったものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

(三)  したがって、本件において、前記認定の岡野医師の診療上の過失は、亡誠二の死亡に対し、相当因果関係があるものというべきである。

七  損害について

1  亡誠二の逸失利益 二四三七万七〇一〇円

《証拠省略》によれば、亡誠二は死亡当時三八歳の男子であって、死亡当時、自営の靴職工であったこと、死亡前年の年収(専従者である原告幸江の給与分を除く。)は、二三〇万円であったことが認められる。そして、亡誠二は存命しておれば、満六七歳まで二九年間は就労可能であったものというべきであるから、生活費として三〇パーセントを控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息(ライプニッツ係数は一五・一四一〇)を控除して亡誠二の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は、二四三七万七〇一〇円となる。

算式 230万円×(1-0.3)×15.1410=2437万7010円

2  亡誠二の慰謝料 七〇〇万円

前示の亡誠二の身分関係、亡誠二の岡野病院への搬入から死亡までの経緯、岡野医師の診療上の過失の程度、亡誠二が交通事故に至った経緯等諸般の事情を考慮すれば、亡誠二の被った精神的苦痛を慰謝する金額としては、七〇〇万円をもって相当とする。

3  亡誠二の損害賠償請求権の相続による承継

右1、2の亡誠二の岡野医師に対する損害賠償請求権の合計額は三一三七万七〇一〇円であるところ、亡誠二が昭和五七年四月三日死亡し、原告幸江が当時亡誠二の妻であったこと並びに原告光晴及び同明子がいずれも亡誠二の子であることは、当事者間に争いがないから、原告らは、亡誠二の死亡により、それぞれその法定相続分に従い、右請求権を、原告幸江は一五六八万八五〇五円、原告光晴及び同明子は各七八四万四二五二円(一円未満切捨)ずつ相続したものということができる。

4  原告ら固有の慰謝料

原告幸江 二〇〇万円

原告光晴・同明子各一〇〇万円

前示の原告らと亡誠二との身分関係、亡誠二の死亡に至る経緯その他諸般の事情を勘案すれば、原告らの被った精神的損害に対する慰謝料としては、原告幸江につき二〇〇万円、原告光晴及び同明子について一〇〇万円が相当である。

5  葬儀費用 五〇万円

《証拠省略》によれば、原告幸江は、亡誠二の葬儀費用として約一二〇万円を支出していることが認められ、右葬儀費用のうち原告幸江が本訴において請求する五〇万円は、本件医療過誤と相当因果関係のある損害というべきである。

6  過失相殺法理の類推による減額

亡誠二は岡野医師の診療上の過失がなければ、救命されていたであろうことは既に認定したとおりである。しかし他方、《証拠省略》を総合すれば、亡誠二の胸腹腔内臓損傷及び胸腹腔内出血は、元来、これに対する輸血、開腹手術が適切に行われたとしても、死亡に至る可能性もまた少なからずあったであろうことが認められ、また、本件においては、亡誠二が、深夜、軽率にも飲酒酩酊して乗用車を運転し、自らの過失による交通事故を起こしていなかったならば、決してその生命を失うことがなかったということができるのである。

右のような事情の存する本件においては、亡誠二の死亡による損害を全額岡野医師の負担とするのは相当ではなく、ここに過失相殺の法理を類推するのが当事者間の公平の要請に適うものというべきである。そして、その減額の割合は、右各事実その他本件交通事故及び医療過誤に係る諸般の事情を勘案すると、全損害の五〇パーセントと考えるのが相当である。

したがって、右減額後の原告らの損害賠償請求債権の額は、それぞれ、以下のとおりとなる(いずれも一円未満切捨)。

原告幸江 九〇九万四二五二円

原告光晴・同明子 各四四二万二一二六円

7  弁護士費用 一七〇万円

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは、本件記録上明らかであり、本件訴訟の難易、経過、右認容額その他諸般の事情を勘案すれば、本件において岡野医師の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告幸江について一七〇万円をもって相当というべきである。

8  岡野医師の破産、本件損害賠償債権の届出及び破産管財人の異議

以上からすれば、原告らは、岡野医師に対し、不法行為に基づく損害賠償債権として、それぞれ、原告幸江は一〇七九万四二五二円の、原告光晴及び同明子は各四四二万二一二六円の債権を有していたものであるところ、岡野医師が昭和五九年六月二七日、破産の宣告を受けたので、原告らが昭和五九年七月二三日、本件損害賠償債権として合計四四三七万七〇一〇円の債権の届出をしたこと及び岡野医師の破産管財人である被告が同年九月二七日の債権調査期日において、右届出債権全額について異議の申立てをしたことは当事者間に争いがない。

八  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は、破産者岡野病院こと岡野巖に対する不法行為に基づく損害賠償債権として、原告幸江が一〇七九万四二五二円、原告光晴及び同明子がそれぞれ四四二万二一二六円の各破産債権を有することの確定を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田博 裁判官 大橋弘 杉原麗)

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