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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)10000号 判決

原告 山田一良

右訴訟代理人弁護士 今登

被告 株式会社第七三経観光

右代表者代表取締役 木山靖浩

右訴訟代理人弁護士 松本健二

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物部分を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原、被告間の賃貸借契約の成立・引渡

原告は、被告に対し、昭和五二年六月四日、別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)中の別紙物件目録(二)記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を賃料一か月一三万円、期間昭和五二年六月四日から昭和五七年六月四日までとの約定で、賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という。)、これを引き渡した。

2  火災の発生による履行不能

(一) 被告は、本件建物部分を昭和五二年六月四日より店舗として利用してきたところ、昭和五九年五月一四日午後一一時ごろ、被告が、本件建物部分中被告従業員の更衣室兼休憩室として利用していた占有部分(以下「更衣室」という。)から出火して本件建物部分が焼損した(以下「本件火災」という。)。

(二) 本件火災の結果、本件建物部分の相当部分が焼毀し、そのため、全く使用収益できない状態となり、本件建物部分を再度、使用収益可能な状態に回復させるためには、本件建物部分を越えて本件建物自体の一部鉄骨取換えや鉄骨補強工事をする必要があり、このためには、多額の費用を要する。したがって、賃貸借契約終了時に、原状に回復してなすべき被告の賃借物返還義務は、履行不能となった。

3  賃貸借契約の解除の意思表示

原告は、被告に対し、昭和五九年五月二二日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

よって、原告は、被告に対し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物部分の明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(原、被告間の賃貸借契約の成立・引渡)の事実は認める。

2  請求原因2(一)(本件火災)の事実、及び、同2(二)(本件建物部分の使用不能・返還義務の履行不能)の事実中、本件建物部分が使用できない状態にあることは認め、その余の事実は否認する。

3  請求原因3(賃貸借契約の解除の意思表示)の事実は認める。

三  抗弁(帰責事由の不存在)

1  本件火災は、原因不明の不審火である。

2  被告は、従来より、火の用心に万全を期し、火災発生防止のために、通常要求される以上の注意義務を払ってきた。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(賃貸借契約の成立・引渡)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(火災の発生による履行不能)について

1  請求原因2(一)(本件火災)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(二)(本件建物部分の使用不能・返還義務の履行不能)について

(一)  被告が、火災発生以来、本件建物部分を使用できない状態にあることは当事者間に争いがない。

(二)  本件火災による被害の程度

《証拠省略》によれば、以下の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1) 本件建物部分中の更衣室部分の被害

更衣室西側部分に存する通路との間仕切り壁(石膏ボード製)が焼失して全く開放状態になり、東側と北側の壁は表面の石膏ボード(モルタル)の大半が剥落して、ブロックが露出している。更に、更衣室の天井は、全面的に焼毀落下し、金属の野縁が交差しているのが、更衣室内から見分でき、更衣室の中央付近に存する野縁は、彎曲している。

(2) 本件建物部分中入口付近の被害

本件建物部分入口(更衣室の北西側)の厚さ二センチメートルのアクリル製ドアーの上部が変形しているほか、入口付近の天井も焼毀落下している。

(3) 本件建物部分中、通路部分の被害

本件建物部分中、更衣室から、客席(更衣室の西側)に通じる通路部分では、天井が、焼毀落下して、天井内の野縁、及び、各種パイプが露出している。又、側壁面部分は、更衣室に近い部分で床から天井まで焼毀している。

(4) 本件建物部分中トイレ部分の被害

本件建物部分中トイレ部分(更衣室の西側)は、木製ドアの上半分が焼失しているほか、内部のタイル張りの壁は、黒色に煤け、天井も焼毀している。又、トイレの西側に隣接する厨房部分も、周囲の壁の上部や天井が黒く焼毀している。

(5) 本件建物部分中客席部分の被害

本件建物部分中、客席部分については、前記通路部分との境から、約二・五メートルの範囲の天井が焼失しているほか、天井のほぼ中央部から吊り下げられたミラーボールが熱のため変形し、焼失した天井の周囲のクロスは焼毀、剥離している。

(6) 本件建物部分を除く部分の被害

本件建物部分の東側に隣接する「スナック和喜愛愛」占有部分中、南側の更衣室に接する部分から東へ約三・五メートルにわたって通路の天井が焼失し、二階から三階に至る階段室の天井が真黒に変色し、一、二階の天井は、消火のための水が廻って水びたしの状態となった。

(7) 足立消防署の判断

足立消防署は、本件火災は、更衣室から出火して、更衣室の西側の客席方向及び、更衣室の東側に隣接する「スナック和喜愛愛」占有部分方向及び、北側の、本件建物部分入口(階段)方向の三方向へ延焼したが、火勢は、かなり強いものであったと判断している。

(三)  被害の修復に要する費用

《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(1) 足立消防署では、本件火災の損害額を一〇七二万円余と認定していた。

(2) 本件建物の三階部分の鉄骨は、本件火災によって、かなり傷んでいるため、本件建物部分を再使用可能な程度に修復するためには、その外部構造自体の修復、すなわち、彎曲するなどして極度に悪化した部分の鉄骨を取り換えるとともにその余の鉄骨についても補強工事をする必要があり、また、本件建物部分を除く部分にも、天井を張り換えるなどの修理の必要な個所がある。

(3) 本件建物部分の修復にあたっては、電気配線工事及び撤去工事並びに給排水工事が必要である。

(4) 本件建物中、消防署の指導に従い、又、耐用年数一五年と見た場合、三階部分のみを修復するには、約一五〇〇万円の費用を要し、本件建物全部では、少なくとも二二〇〇万円の費用を要する。

もっとも、乙第一号証の見積書には、修復に要する費用は、一一一万九一六〇円と記載されているが、同号証には、鉄骨工事の項目が存しないほか、全体的に修理に要する費用を極めて低額に見積っており、右見積書記載の費用では、到底、消防署の許可が得られる程度の修復工事はできないことが明らかであるから、乙第一号証は、右認定を左右する証拠とはいえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  右(一)ないし(三)の各認定事実を併せ考えると、本件火災は、その火勢がかなり強く、本件建物部分は多大の被害を受け、その結果、本件建物部分を再使用するための修復であっても、本件建物部分を越えてその外部構造自体、すなわち、本件建物の鉄骨の一部取換え、鉄骨の補強工事等が必要であり、消防署の指導に従ってその修復工事をするならば、相当高額の費用を要し、結局、本件建物部分を使用することは不可能な状態に至ったものというべく、したがって、賃借人である被告の賃借物返還義務は履行不能になったものといわなければならない。

3  思うに、賃貸借契約において、賃借物が完全に焼失した場合には、解除の意思表示を要せず、賃貸借は当然に終了するものと解されるが、本件建物のような耐火造のビルの一区画の賃貸借契約においては、当該区画内の内部装飾等が焼毀しても、外部構造が焼毀せずに残存するときは、賃借物は焼失したとはいえないから、賃貸借契約は当然に終了するものとはいえない。

しかし、その火災の結果、外部構造にも被害が生じ、原状回復のためには、右賃借部分を越えて外部構造自体にも修復工事が必要な程度に被害が及んでいるときは、賃借人の返還義務が履行不能になったものというべく、賃借人がこの火災につき帰責事由のないことを主張立証しない限り、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができるものと解すべきである。

三  抗弁(帰責事由の不存在)について

1  まず、《証拠省略》によれば、本件火災原因の調査を担当した足立消防署は、発火源としては、煙草、電気、放火等が考えられるものの、煙草については可能性は弱く、電気については可能性は少なく、放火については否定できないが、肯定する理由も得られず、結局、不明火として処理したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

2  しかし、本件火災の出火個所が、被告の占有使用していた更衣室であったことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、出火時刻も、被告の営業時間中であったことが認められるので、被告が本件のような火災の発生を防ぐ善良なる管理者の注意義務を尽していたか否かについて検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、更衣室の、被告の従業員が通常利用している南西側の入口の戸には鍵がかかるが、施錠はしていなかったこと、更衣室の南東側の「スナック和善愛愛」との境にある戸は、下足箱等でふさぎ通常利用していなかったが、本件火災の一週間位前から、更衣室が臭いという理由で店長の近藤義夫(以下「近藤」という。)が開けていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  《証拠省略》によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 本件建物部分については、従前、年二、三回消防署によって立入検査が行われていたところ、被告は、消防署から、本件建物部分の入口付近にある配電盤に手が加えられていて、危険な状態にある旨の注意を受け、また、本件建物部分中客席部分の天井に大型のシャンデリアが吊してあったところ、その周囲に可燃性の造花が貼布され、これらの造花は熱を帯びていて、やはり、消防署より是正の指示を出されていた。

(2) 原告が、たまたま、更衣室のテーブル上の脱衣籠の中に被告会社の男性従業員の脱いだ衣類が積まれていて、テーブル上のそのそばの灰皿に、灰の部分が四センチメートル位になった火の付いた煙草が置いてあるのを発見して、被告従業員に対し、注意したことがあった。

《証拠判断省略》

(三)  《証拠省略》によれば、本件火災発生直後、近藤が更衣室の火災を発見し、レジ室付近から消火器を持って来て消火しようとしたが、安全ピンを抜かなかったため薬剤が出ず、そのまま更衣室に投げ込んだので初期消火の機会を失したこと、近藤は安全ピンを抜かなければ薬剤が出ないことを知らなかったことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(四)  一方、《証拠省略》中には、近藤の許可がない限り、従業員は、営業時間中、更衣室への出入りができず、煙草の火の始末については、吸殻は、必ず、水を張った罐に入れるなどして、火の元の管理を厳重にしていた旨の供述部分があるが、《証拠省略》と比較すると、たやすくこれを信用することはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  右2の(一)ないし(三)の各事実を併せ考えるに、被告は、本件出火当時、更衣室に不審者の立入りを防ぐため施錠する等の管理を十分にしておらず、平素から本件建物部分内の火災発生の危険に対する注意に不十分なものがあり、かつ、火災発見時の初期消火の準備、訓練に欠けるところがあったといわなければならず、したがって、本件火災につき、被告に帰責事由がなかったとは到底いえない。

したがって、被告の抗弁は理由がない。

四  請求原因3(賃貸借契約の解除の意思表示)の事実は、当事者間に争いがない。

したがって、本件賃貸借契約は、昭和五九年五月二二日限り終了したものといわなければならない。

五  結論

以上の各事実によれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小倉顕)

〈以下省略〉

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