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東京地方裁判所 昭和59年(合わ)303号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、昭和五九年一〇月六日午後零時三〇分ころ、東京都板橋区〈以下省略〉の自室において、妻花子(当時二六年)に対し、殺意をもつて、頸部を両手で絞めつけて窒息状態に陥し入れた後、頭部を鉄製花瓶で数回殴打した上、更に左胸部を柳刃包丁(刃体の長さ約二七・六センチメートル)で二回突き刺し、よつて、その場で同女を左前胸部刺創による胸腔内臓器損傷に基づく失血死に至らしめて殺害したものである」というのであり、責任能力の点を除き、被告人が右公訴事実記載のとおりの行為(以下「本件犯行」という。)をしたことは、当公判廷で取調べた各証拠によりこれを認めることができる。

ところで、責任能力につき、検察官は、本件犯行当時、被告人が精神分裂病に罹患しており、自己の行為に対する抑制力が減退した状態にあつたことは否定しないものの、是非善悪の弁識能力及びこれに従つて行動する能力を完全には喪失していなかつたと主張し、その証左として、(一)被告人が当時日常の言動において通常人と何ら異なるところはなく、社会生活に適応していたと認められること、(二)被告人は、捜査段階において、本件犯行の動機として、日頃花子から自分の月収が少額であると苦情を言われていたうえ、小遣いがわずかであり、自由時間もないことなどから、このような心理的負担や束縛から解放されたかつた旨供述しており、右の動機は、被告人の当時の状況からみて了解可能であること、(三)更に、被告人は、花子を殺害した後、賊に襲われたように見せかけるために、犯行に使用した柳刃包丁を新聞紙に包んで食器戸棚に隠匿し、自己の頭部には金属製花びんで殴打して傷をつけた後、これを片づけ、ガスを充満させて一一〇番通報しており、現場に到着した警察官に対しては「賊に襲われた」旨の嘘を言い続け、警察官の説得によりはじめて自供するに至つているが、このことは、被告人に殺害についての罪の意識があり自己の罪責を免れようとしていたことを示すものであることを指摘するのに対し、弁護人は、本件犯行当時被告人が精神分裂病に罹患し、これによる妄想に支配されて本件犯行に及んだものであるから心神喪失の状態にあつたと主張するので、以下に検討する。

〈証拠〉によれば、被告人の責任能力に関連する主要な事実関係及び証拠関係は、次のとおりである。

(1)  被告人は、昭和三四年一二月一八日、都内練馬区で、会社員の父春夫、母秋子の次男として出生し、小学校六年生のときに母親が病死したため、以後は父親の手で育てられ、高等学校卒業後調理師専門学校を経て、昭和五四年九月からオタワにある駐カナダ日本人外交官公邸で住込みの調理人として働き、昭和五六年三月に帰国して一時右外交官の自宅で同人の子供の世話などをした後、昭和五七年三月から株式会社日本生活助成協会に入社し、更に翌五八年一〇月には株式会社すかいらーくに転職し、翌五九年一月から同社の中十条店に勤務し、本件犯行当時は同店のフロアー担当として働いていたが、職場における被告人の勤務評価はすこぶる良好であつた。

(2)  被告人は、日本生活助成協会に入社後、まもなくして同社に入社してきた甲野花子と知り合い、互いに好意を抱いて昭和五七年九月末ころには同女のアパートで同棲するようになり、同年一二月には都内板橋区〈以下省略〉に転居して同棲生活を続けた。ところが花子には入籍はしていなかつたものの、同年四月に結婚式を挙げた夫がおり、同女がその直後無断で家を飛び出してきたため相手から慰藉料の請求を受け、被告人は、花子に協力してその解決に努力し、昭和五九年二月には花子が相手方に一〇〇万円を支払うことで和解が成立した。その間、昭和五八年三月ころ花子が妊娠したものの、同女と話し合つて中絶したが、翌五九年三月末には、再び同女が妊娠していることを知るとともに、同月三一日同女との婚姻届を了し、同年一一月下旬に出産予定日を控え、花子の母及び被告人の父や兄等の目からは、被告人と花子の仲は睦まじく、二人は幸せに見えた。

(3)  被告人は、前記認定のとおり、昭和五九年一〇月六日本件犯行に及んだが、花子の身体には、頸部に被告人が両手で絞扼したことによる圧迫痕があつたほか、頭部に被告人が金属製花びんで殴打したことによる合計五個の挫傷又は皮下出血、胸部に被告人が柳刃包丁で突き刺したことによる刺創が二つ存在し、これらの刺創はいずれも背部まで貫通している。

(4)  被告人は、花子を殺害した後、犯行に使用した柳刃包丁をクレンザーで洗つてから新聞紙に包んで食器戸棚に隠匿し、更に、犯行に使用した金属製花びんも片づけた後、「人殺しだ、女房がやられた、ガス嗅い、男に殴られた」旨の一一〇番通報をし、現場に駆けつけた警察官や任意同行直後の取調に当たつた警察官に対して、興奮した状態で「坊主頭の男がいきなり入つてきて頭や腹を殴られたので気を失い、ガスの音と臭いで気がついてみると妻が殺されていた」旨虚偽の申立をして、あたかも花子が何者かに襲われたかのように装い、警察官に説得されてようやく自白するに至つた。

(5)  被告人は、捜査段階において、本件犯行及びその直後の状況につき、最終的には要旨次のような供述をしている。すなわち、「昭和五九年一〇月三日から五日まで三連休をもらい、久しぶりで花子とゆつたりした日を過ごし、同月六日は、午前九時ころ起床し、出勤の準備をして車のエンジンもかけたが、花子に引き止められて再び部屋に戻り、六畳間の布団の上で花子と寝転んで抱擁し合うなどしていたところ、花子から、残業までして働いているのに収入が少ないという日頃の愚痴を繰り返され、出産費用もかかるし、生活費も増え、子供のために日当りの良いアパートに替わらなければならないのにこのままでは弁護士費用も払えないなどとこぼされるに及び、これまで時間の使い方や月一万円という小遣いの額まで花子の言うとおりにして来たが、これからも自分を押し殺して生活しなければならないのかと暗澹たる気持に襲われ、同女とこれ以上苦労するより自由になりたいという気持にかられ、とつさに花子を殺して自分も死のうと考え、花子の体に馬乗りとなつて両手で同女の頸部を力一杯絞めた。自分も同女の側でガス自殺しようと同女を台所まで引きずつて行つたところ、同女が唸り声を発し胸が動いていたので、早く同女を死なせて楽にしてやろうと、更に花子の頭部を金属製花びんで数回強打したうえで、ガス栓を開け、自分も意識をなくしてしまおうと、右花びんで自己の頭部を叩いたりしたが、花子を見ると同女はまだ完全には死んでいない様子だつたため、柳刃包丁を持ち出して来て同女の両足の間に中腰になり、右の逆手に持つた包丁で同女の左胸部を狙つて力一杯二度突き刺して絶命させた。花子を殺害後、自分は死に切れずに花子の無惨な姿を見ているうち、そのまま放つておけない気持になり警察を呼ぶしかないと考えたが、一方、自分のしたことが怖くなりとても自分の手で妻を殺したなどと言えないと思つて、包丁を洗つて隠し、花びんも片づけてから一一〇番して『人が殺されている、人殺しだ』と告げ、駆け付けた警察官らに対し、卑怯にも嘘の話をしてしまつた」というのである。

(6)  被告人は、松下、市川両鑑定人に対し、おおむね次のような陳述をしている。すなわち、「オタワにある駐カナダ日本人外交官の公邸で働いていた昭和五四年の末か翌五五年の初めころから同公邸内で同性愛の体験を持つようになり、昭和五六年三月には、これから逃がれるため、日本での大学受験を口実に帰国した。昭和五六年六月ころ、国電品川駅のホームで、突如として、頭から背中にかけてビリッビリッと電気が走り、頭の中でガサガサという音がし、奴という存在から、すでに自分の体の中に入りこんでいる奴へ信号を送つているのを感じるといういわゆる電波体験に襲われ、同様の体験はその後も断続的に生ずるようになつて、次第に奴からなんとも言いようのない力で支配され操られるという感覚を持ち始めた。奴とはもともと同性愛の相手であるが、自分の中に入り込んでおり、自分に対して『お前も仲間だ』『嘘つきだ』などと言い、花子と一緒に暮らすようになつてからは、『お前は偽善者だ』『お前は女を愛せないんだ』などと言い続け、自分は、奴から監視され支配される感覚を増々強く抱くようになつていき、これから逃がれるために、花子の裁判に没頭したり、すかいらーくでの仕事に打込んで、自分の素顔を誰にも見せないように仮面を被つていた。しかし、昭和五九年一一月下旬の花子の出産が間近に迫るにつれて、一回目の妊娠のときと同様に、自分の子は、自分の中にいる邪悪な奴の子でもあるとの不安を抱き、なんとかしなければならないと焦りを感じるようになつたが、一〇月三日からの三連休は時間的な余裕ができたために、かえつていつ奴が現われて自分を支配するかという不安に脅かされ、同月六日は花子に引き止められて二人だけの時間を過ごすうち、電話のベルを放置したことで全てを投げ棄てた感じになり、奴から逃れて何もかも終わりにしたくなつた。そこで二人で死のうと思い、花子に対し『死のう』と言つたところ、花子は『何時も一緒よ』と言い、花子の首を絞めた。花子の首を絞めているうちに相手が段々花子ではないように思えてきて、まさに奴だと思い、これにとどめを刺そうと金属製花びんで殴打し、包丁で突き刺し、そして、もつと極悪人になつて死刑になり自分の中の奴を滅ぼすため、やつたのは自分ではないと嘘をついた」というのである。

(7)  松下、市川両鑑定人は、被告人の各鑑定人に対する陳述には、作為的な虚言はなくほぼ信用してよいとしたうえで(なお、松下鑑定人は、ジアゼパム・インタビューも行つている。)、本件犯行当時の被告人の精神状態につき、松下鑑定人は、「被告人の性格は分裂病質であり、もともと分裂病の素因を持つていたところ、カナダ時代に仮性同性愛に陥り、それから性同一性障害、自我同一性の障害へと発展し、更にそれが背景となつて帰国後の昭和五六年六月ころ精神分裂病(妄想型)が発病し、それに基づく自我障害、思考障害を中心とした妄想状態にあつて、一挙に飛躍した妄想的連想に支配されて本件犯行に及んだものである」旨、また、市川鑑定人は、「被告人は昭和五六年六月ころに電波体験をもつて発病した妄想型の精神分裂病に罹患しており、本件犯行は、奴が自分の頭の中にひそんでいるという妄想のほか、電波体験、両価性、幻聴、被害妄想など精神分裂病が成熟した多彩な症状を持つた時期においてなされた動機の了解不能ないし困難な殺人行為である」旨鑑定している。

(8)  検察官が指摘する(一)の点については、松下、市川両鑑定人とも、被告人が日常生活を普通に送つてきたことはそのとおりであるが、被告人の精神分裂病は妄想型であつて、意識は清明、知能は正常であり、人格の崩壊もなく、被告人が内心の葛藤を態度に表わさないように努力してきたため異常性が外見に現われなかつたという理解をしており、また、松下鑑定人は、異常性が外見にはほとんど現われないまま妄想的思考が進行し、ある種の妄想観念が起きると衝動的短絡的に行動することがあるから、被告人が日常生活を普通に送つてきたことは、一挙に飛躍した妄想的連想が起こり、この影響下において被告人が本件犯行に出たとみることの妨げにはならないとの見方を示している。

(9)  同じく(二)の点については、松下、市川両鑑定人は、本件の真の動機が被告人が捜査段階において供述するところにはなく、被告人を本件犯行に駆り立てたものは被告人の精神内界において進行していた奴に関する妄想であり、被告人は花子としばしの安楽な時間を過ごすうち、不安、苦悶の日常に戻りたくない、花子と一緒にここで死ねば奴から逃れられるとの妄想にとりつかれて本件犯行に及んだという趣旨の説明をしている。

(10)  同じく(三)の点については、松下鑑定人は、精神分裂病の患者にも自己中心的で非現実的な弁解をする者があり、本件における被告人の偽装工作も、妄想に基づく思考障害から出たものとみることができるので、必ずしも犯行に対する反対動機の存在を推認せしめるものではないとの見方を示している。

以上の事実関係及び証拠関係、とりわけ被告人が捜査段階において述べるところだけでは、本件犯行に至るまでの被告人と花子との関係からみて、被告人が花子を殺害する動機として不十分であり、特に被告人があと一月もすれば生まれてくるはずのわが子も死なせることになる行為をした点と絞扼により窒息状態に陥つている花子に対し、更に金属製の花びんで頭部を数回殴打し、柳刃包丁で胸部を二回も力をこめて突き刺した点が了解し難く、検察官のような見方は十分に納得できるものではないこと、これに対し、被告人が松下、市川両鑑定人にした陳述に現われている妄想に真実支配されていたとすれば、右の二つの点を含めて本件犯行全体の説明がつき易いこと、被告人の同性愛体験や病的体験に関する両鑑定人に対する陳述はおおむね一致しており、両鑑定人とも作為性は認められず、ほぼ信用してよいとしていること、この点の説明を含め、松下鑑定と市川鑑定が結論とその理由づけにおいておおむね一致していること、検察官が指摘する前記諸事情のうち、被告人が本件犯行直前まで、外見的には通常人と何ら異なることなく社会生活に適応してきたとの点は、両鑑定人が指摘しているように、妄想型の精神分裂病者にあつては十分ありうるところであり、分裂病による妄想的思考が進行していたことと何ら矛盾するものではないと解しうること、更に、被告人が犯行後において偽装工作をしている点も、検察官のような見方も可能であるが、他方、鑑定人が述べるような見方もこれを否定すべき事情が見当らないことを総合勘案すれば、被告人は、昭和五六年六月ころから、妄想型の精神分裂病に罹患し、これが進行した結果、昭和五九年一〇月当時は、奴から支配されているという妄想、幻聴、電波体験、自我障害、思考障害などの多彩な症状をもつ時期にあつて、本件犯行は、右妄想の著しい影響下に行われたものであると解せられ、本件犯行当時被告人に行為の是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行動する能力が多少でもあつたとするには疑問が残るといわざるをえない。

以上の次第で、被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあつたのではないかとの合理的疑いを払拭し得ないから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすべきものとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤文哉 裁判官竹花俊德 裁判官小川秀樹は転勤のため署名押印できない。裁判長裁判官佐藤文哉)

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