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東京地方裁判所 昭和60年(た)5号 決定

主文

本件再審請求を棄却する。

理由

(原確定判決の内容)

原確定判決は、昭和一九年七月二六日南支派遣軍軍法会議において言渡されたものであり、次の事実を認定していた。すなわち、請求人は、坂口重晴と共同経営により、自ら飼育し又は他から蒐集した牛豚(以下「生獣」という。)を波第八六一二部隊龍潭出張所に納入していたもの、都築完夫及び林玉舜は、いずれも同出張所農畜産科に軍属として勤務し、都築は、畜産係長として、林は、その助手として、現地自活用生獣の飼育、軍用達商人の納入する生獣の検査受領(以下「検収」という。)及びこれら生獣の屠殺に関する業務に従事し、特に検収に当っては、都築は、同出張所農畜産科長の助手として生獣の生態を検査して合否を決するほか、合格生獣の秤量をして上司に報告し、林は、都築の助手として右秤量実施の業務に従事していたものであるところ、請求人は、

第一  (原判示第四) 納入生獣の検収に関し職務上好意ある取扱いを受けたことに対する謝礼ないしは将来便宜ある取扱いを受けたい趣旨のもとに、前記出張所牧場において、都築に対し、昭和一八年一二月から昭和一九年四月に至る間前後数回にわたり儲備券合計一万円の賄賂を、林に対し、昭和一八年一二月から昭和一九年七月に至る間前後数回にわたり儲備券合計九五〇〇円の賄賂をそれぞれ交付し、

第二  (原判示第五) 同年四月中旬ころ、都築に対し、その任務に背き、請求人が納入した生獣を秤量する都度斤数の過当計上をしてもらいたい旨請託して同人に背任を教唆し、都築をして、請求人のため不正の利益を図る目的で、同月中旬ころから同年六月に至る間前後四十数回にわたり生豚の受領斤数を合計二万斤過当に計上させ、前記波第八六一二部隊にその代金相当の儲備券合計一九四万円を過当に支払わせ、その謝礼として、同年五月から同年七月に至る間前後数回にわたり儲備券合計一万八〇〇〇円の賄賂を交付し

たものであり、これらの同種行為は犯意継続に係るものであった。

同判決は、右の第一の事実及び第二の事実中の戦時贈賄罪の点につき戦時刑事特別法(昭和一七年法律六四号)一八条の五第一項、刑法五五条(連続犯)、第二の事実中背任教唆罪の点につき同法六一条一項、二四七条、五五条(連続犯)をそれぞれ適用したうえ、同法五四条一項前段、一〇条により犯情の重い戦時贈賄罪の刑で処断し、請求人を懲役二年三月に処した。

(本件再審請求の趣旨及び原由)

本件再審請求の趣旨及び原由は、弁護人作成の再審請求書、再審請求理由書、上申書及び意見書記載のとおりであり、その要旨は、原確定判決の認定した戦時贈賄、背任教唆の犯行は、すべて請求人と無関係であり、当時請求人の勤めていた坂口商店の経営者坂口重晴が単独で犯したものと認めるべき新証拠があり、かりに請求人が賄賂の授受に加功したことがあったとしても、右証拠によると、それは一度だけであり、しかも、請求人には賄賂の認識はなく坂口の使者として都築の許に届けたのみと認められるから、旧刑事訴訟法四八五条六号の原由に基づき、再審開始の決定を求めるというのである。

請求人弁護人が新証拠として当裁判所に提出した主要なものは、(一)都築完夫作成の陳述書及び誓約書、都築完夫及び都築康子作成の検察庁宛書面、都築完夫事情聴取録音テープ二巻、庭山正一郎作成の陳述書、(二)林玉舜作成の陳述書、(三)飯田清及び飯田美代子作成の陳述書各三通であり、請求人弁護人の請求により当裁判所が取調をし、請求人弁護人が新証拠として援用した主要なものは、請求人に対する審尋の結果及び証人都築完夫の証言である。

(本件再審請求の適法性)

一  本件再審請求事件についての裁判権

本件再審請求の対象である確定判決が昭和一九年七月二六日南支派遣軍(第二三軍)軍法会議において宣告されたものであること及び右軍法会議が陸軍軍法会議法(大正一〇年法律八五号)八条、九条に基づき当時中華民国広東市に派遣されていた南支派遣軍(第二三軍)によって設けられていた陸軍の臨時軍法会議であることは、記録上明らかである。したがって、右軍法会議の言渡した確定判決に対する再審請求事件には、当時であれば、同法四七三条以下の再審の規定が適用され、同法四七七条により、当該軍法会議がこれにつき裁判権を有していた。ところが、陸軍軍法会議法は、昭和二一年五月一八日に廃止され、本件軍法会議も、記録によれば、同日廃止されている。検察官は、右の経過をふまえ、陸軍軍法会議法廃止後の経過措置規定が昭和二七年法律八一号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律)によって廃止されているため、本件のような軍法会議の確定判決に対する再審請求事件については裁判権を有する裁判所がもはや存在しないことになり、その結果その請求が許されないことになったのではないかとの疑念を表明している。そこで、現行法制上、本件再審請求事件に関し、現在の通常裁判所に裁判権があるか否かについて、関係法令の変遷に即しながら、まず検討しておくこととする。

1  本件確定判決が言渡された当時、裁判所構成法(明治二三年法律六号)は、法律で特別裁判所の管轄としたものを除いて通常裁判所が民事刑事の裁判権を有すると定め、陸軍海軍の各軍法会議法は、陸海軍に特別裁判所である軍法会議を設けること、軍法会議に一定の刑事裁判権を付与すること、軍法会議の確定判決に対する再審請求事件の裁判権は軍法会議にあることを定めていた。

2  昭和二〇年一二月一日昭和二〇年勅令五四二号(「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件)に基づく勅令六五八号(第一復員裁判所及び第二復員裁判所令)が施行された。同勅令は、陸海軍の常設軍法会議を廃止し、後継裁判所としてそれぞれ第一及び第二復員裁判所を設け、その裁判手続に陸軍及び海軍の各軍法会議法をそれぞれ適用することを定めていたが、本件軍法会議のような臨時軍法会議については格別の規定を置いていなかった。そこで、臨時軍法会議については依然として各軍法会議法が適用されることになり、軍法会議の確定判決に対する再審請求事件の裁判権は軍法会議にあった。

3  昭和二一年五月一八日昭和二〇年勅令五四二号に基づく勅令二七八号(陸軍軍法会議法、海軍軍法会議法及第一復員裁判所及第二復員裁判所令廃止ニ関スル件)が施行された。同勅令は、件名に表示された各法令を廃止するとともに、附則五項において、復員裁判所の後継裁判所は当該復員裁判所の所在地を管轄する地方裁判所とする旨を定めた。他方、臨時軍法会議については、以後漸次廃止措置が採られることを前提として、附則二項において、同勅令施行の際現に存する軍法会議に関しては同勅令のほかなお陸軍及び海軍の各軍法会議法によると定め、附則五項において、同勅令施行後廃止する軍法会議の後継裁判所を東京刑事地方裁判所とすると定めた。その結果、現に存した軍法会議を除き、かつて常設又は臨時の軍法会議に裁判権が帰属していた事件の裁判権は、再審請求事件に対するそれを含め、すべて通常裁判所に移行することになった。本件臨時軍法会議は、既述のとおり、昭和二一年五月一八日に廃止されているから、前記附則五項にいう本令施行後廃止される軍法会議に該当し、その時点で当該裁判権は通常裁判所に移行したことになる。

4  昭和二二年五月三日、日本国憲法の施行とともに裁判所法、同法施行法及び同法施行令が施行された。しかし、これにより軍法会議に関する事件についての裁判権の帰属に変動はなく、ただ同法施行法二条及び同法施行令三条により、旧地方裁判所の所在地を管轄する地方裁判所に裁判権が移行し、東京刑事地方裁判所が有していた裁判権が東京地方裁判所に移行したにとどまる。なお、同日、昭和二二年政令五二号(昭和二〇年勅令五四二号に基き陸軍刑法を廃止する等の政令)により、残存していた軍法会議も法令上消滅した。

5  昭和二四年一月一日刑事訴訟法及び刑事訴訟法施行法が施行されたが、これにより本件確定判決に対する再審請求事件の裁判権の帰属に変更は生じなかった。

6  昭和二七年四月二八日昭和二七年法律八一号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律)が施行され、これにより昭和二〇年勅令五四二号が廃止され、同勅令に根拠を有する勅令は、同法施行の日から起算して一八〇日間に限り法律としての効力を有し、右期間の経過により失効するものと定められた。これにより昭和二一年勅令二七八号は、右期間の経過により失効するに至った。しかし、同勅令附則五項が軍法会議の後継裁判所を通常裁判所とする旨を定めたところは、その施行と同時に通常裁判所に対し後継裁判所としての権限を付与したことにより完全に効果を果し、後に同項を改正し又は失効させることによっては、既に生じた効果に変動を生じさせる余地のないものであった(後継裁判所を変更するときには、従前の後継裁判所の再後継裁判所を定める法令を制定する必要があり、後継裁判所を廃止するときには、その旨の新たな法令を制定する必要があった。)。それは、昭和二一年勅令二七八号の失効により、同勅令が廃止した陸軍軍法会議法等の廃止の効力を消滅させて同法等を復活させることがないのと同様であり、法律八一号三項が昭和二〇年勅令五四二号に基づく命令により法律命令を廃止し又は一部改正した既存の効果に影響を及ぼすものではないことを規定しているのも、右の当然の理を確認したものと解される。最高裁判所判例(昭和三六年一一月三〇日第一小法廷決定・刑集一五巻一〇号一七九五頁)も、法律八一号三項について、陸軍軍法会議法等の廃止にあたりその経過措置として昭和二一年勅令二七八号附則五項で軍法会議の後継裁判所を指定した措置は同勅令の失効により何らの影響を受けず、その効力を維持する旨判示している。そうすると、勅令二七八号附則五項が通常裁判所に対し軍法会議の後継裁判所としての権限を付与したことの効果は依然存続しており、通常裁判所は、軍法会議の確定判決に対する再審請求事件についても裁判権を有していることになる。

二  本件再審請求事件における適用法令

通常裁判所が軍法会議の再審請求事件を処理するにあたり準拠すべき手続法令についても、検討を要する問題点があるので、以下裁判権について指摘した前記法令の変遷に即し、陸軍軍法会議特に陸軍臨時軍法会議に焦点をあてつつ、右の問題点について検討を加えることとする。

1  陸軍軍法会議法には、四七三条以下に再審請求手続の規定が設けられていた。したがって、軍法会議の再審請求事件には、当然右の規定が適用されていた。

2  昭和二〇年勅令六五八号の施行後も、右の点に変更はなく、第一復員裁判所及び本件軍法会議を含む臨時軍法会議の各再審請求事件には、ともに陸軍軍法会議法の再審規定が適用されていた。

3  昭和二一年勅令二七八号により各軍法会議法及び復員裁判所令が廃止されるとともに、勅令二七八号附則五項により復員裁判所及び同勅令施行後廃止される臨時軍法会議の各後継裁判所が通常裁判所と定められ、本件臨時軍法会議も昭和二一年五月一八日廃止されるとともに通常裁判所がその後継裁判所となった。陸軍海軍の各軍法会議法には旧刑事訴訟法に対応するような訴訟手続規定が設けられており、それが適用される限りは、一般法である旧刑事訴訟法の適用はなかった。しかし、各軍法会議法が廃止され、かつ、軍法会議等を後継する通常裁判所がその事件の裁判権を行使することになったため、その事件に対しても一般法である旧刑事訴訟法が原則として適用されることになった。そして、再審原由に関しては同勅令附則九項に特別規定が設けられ、軍法会議の言渡した確定判決に対する再審原由は軍法会議法の定めるところによると規定された。

4  昭和二二年五月三日日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律が施行され、その二〇条において被告人に不利益な再審が否定され、二一条において、同法の規定の趣旨に反する他の法令の規定の適用が排除された。そのため、陸軍軍法会議法に定められていた再審原由も右の限度で変更されるに至った。

5  昭和二四年一月一日刑事訴訟法及び同法施行法が施行され、同法施行法二条において、「新法施行前に公訴の提起があった事件」については同法施行後もなお旧刑事訴訟法及び応急措置法による旨定められた。「新法施行前に公訴の提起があった事件」とは、昭和二三年一二月末日までに公訴の提起があったすべての事件をいい、その判決の確定の有無等を問わない趣旨であったから(最高裁昭和三七年一〇月三〇日大法廷決定・刑集一六巻一〇号一四六七頁)、軍法会議の再審請求事件についても旧刑事訴訟法が適用されることとなり、ただ再審原由については、応急措置法により変更された部分を除き、依然として陸軍軍法会議法に定められたところによることとなった。もっとも刑事訴訟法施行法二条には、新法施行前に公訴の提起があった事件については「旧法及び応急措置法による」と定められていて、一見再審原由についても変更がなされているようであるが、これは通常の場合を想定した文言にすぎず、その趣旨は右事件には新法を適用せず従前の法令を適用することにあったと解されるのである。

6  昭和二七年法律八一号により昭和二〇年勅令五四二号が廃止され、これに伴い勅令五四二号に基づいて制定施行された昭和二一年勅令二七八号も一八〇日後に失効し、同時に、再審原由について特別の定めをした勅令二七八号附則九項も失効した。再審原由は陸軍軍法会議法によると定めた右規定は、附則五項とは異なり、その規定が有効に存続する限り効力をもつ通常の規定であって、再審原由に関する法令の廃止あるいは一部改正の効果を有するものではなく、また、その規定の施行により直ちに効果を果すような規定ではないからである。そうすると、同項が失効した後は、軍法会議の再審請求事件の再審原由についても旧刑事訴訟法の一般規定が適用されることになる。なお、応急措置法も適用され、被告人に不利益な再審が認められないことはいうまでもない。

三  本件再審請求事件の管轄裁判所

以上のように、軍法会議の再審請求事件については、通常裁判所が裁判権を有しており、その手続には旧刑事訴訟法及び応急措置法が適用されるので、最後に、その裁判権を具体的に行使しうる裁判所つまりは管轄裁判所について考察すると、東京地方裁判所がこれに該当する。すなわち、旧刑事訴訟法四九〇条によると、再審請求事件は原判決をした裁判所がこれを管轄すると定められている。本件の場合、原判決をした裁判所は、昭和二一年勅令二七八号附則五項により、この判決をした臨時軍法会議の後継裁判所と定められた東京刑事地方裁判所とされ、現在ではこれを引継いだ東京地方裁判所である。

四  結論

本件再審請求は、旧刑事訴訟法に基づき、東京地方裁判所に対してされたものであるから、適法である。

(再審原由に対する判断)

一  原確定判決の謄本によると、同判決においては、請求人に関する前記の事実のほか、相被告人三名に関する事実、すなわち、(一)相被告人都築及び同林が、(1)請求人からそれぞれ儲備券合計一万円、同九五〇〇円の賄賂を受けた事実(原判示第一)、(2)生獣納入商山内正路の使用人であった上釜喜藤助から請託を受け、その任務に背き、自己等及び上釜のため不正の利益を図る目的で、前後数回にわたり生豚の受領斤数を合計四七〇〇斤過当計上し、波第八六一二部隊に儲備券四七万円を過当に支払わせ、その謝礼として上釜から、都築が儲備券一〇万円及びモバード丸型腕時計二個の賄賂を、林が儲備券一七万円の賄賂を受けた事実(原判示第二)、(二)相被告人都築が、請求人から請託を受け、その任務に背き、請求人のため利益を図る目的で、前後四十数回にわたり生豚の受領斤数を合計二万斤過当計上し、同部隊に儲備券一九四万円を過当に支払わせ、その謝礼として請求人から、前後数回にわたり儲備券合計一万八〇〇〇円の賄賂を受けた事実(原判示第三)及び(三)相被告人上釜喜藤助が、(1)農畜産科長陸軍技手内村輝夫に対し、納入した生獣の生態検査に関し、好意ある取扱いを受けたい趣旨のもとにモバード丸型腕時計一個の賄賂を交付した事実(原判示第四)、(2)前記(一)(2)のとおり、都築及び林に対し、その任務に背き、上釜が納入した生獣を秤量する都度斤数の過当計上をしてもらいたい旨請託して都築らに背任を教唆し、同人らをして、それぞれこれを実行させ、その謝礼として、同人らに前記(一)(2)のとおりの賄賂を交付した事実(原判示第五)が認定されており、右各相被告人に対しいずれも懲役刑の実刑が言渡され、さらに相被告人都築及び同林に対しては右賄賂として受けた儲備券等の没収、追徴が言渡されている。そして、右謄本には、請求人を含む被告人四名の判示各事実を認定した証拠として、「被告人らの当公廷における各供述」が挙示されており、これと当時南支派遣軍軍法会議の裁判官として同判決に関与した伊東秀郎の陳述(同人作成の昭和六一年三月一七日付申述書)とを併せ考慮すると、請求人及び相被告人らは、前記認定の全事実について公判廷で自白をしていたと認められる。さらに、右謄本には、判示全事実を認定した証拠として、「検察官の証人山内正路に対する証人訊問調書及び内村輝夫に対する被告人訊問調書」「波第八六一二部隊提出の生豚生牛の調弁代金支払に関する件通牒と題する書面」「同部隊長提出の食用生獣納入の検査受領業務分担区分と題する書面」「波第八六一二部隊龍潭出張所長提出の農畜産科勤務員業務分担状況と題する書面」「押収に係る腕時計三個及び儲備券二六万六三三五円の各存在」の各証拠が挙示されているから、前記認定の賄賂の種類及び金額、都築らが過当計上した生豚の斤数、波第八六一二部隊が請求人らに支払った過当支払の金額等の各事実については、これを裏付ける客観的な証拠も存したと認められる。そうすると、右謄本等による限りでは、請求人を含む本件共同被告人らに対する認定事実の真実性は高いと考えるのが相当である。

二  弁護人が新証拠として提出した都築作成の陳述書によると、都築は、自ら請託を受けて収賄したことは認めつつも、請求人が贈賄者であることは否定している。すなわち、都築は、当時牛豚等の生獣を納入する軍出入りの御用商人は坂口商店と山内商店との二店であって、そのうち坂口商店が八割方を納入しており、請求人は坂口商店の使用人として生獣を軍まで運搬してきていたこと、都築と助手の林がこれを一匹一匹計量する際に運搬役の請求人が立会っていたことなどを述べたうえ、坂口が自分の机の中へ儲備券を勝手に置いていったことが何度かあり、何とかしなければと思いつつもそのまま放っておいていたところ、その後坂口が自分に過当計上の依頼をしてきたこと、坂口の巧妙な手段にがんじがらめにされたと反省したが後の祭りであり、結局坂口の依頼を承諾し、納入された生獣の秤量に際し手心を加えて過当計上をし、その謝礼として儲備券をもらったこと、このように過当計上の依頼を受けて賄賂をもらったが、それは坂口商店の経営者である坂口からであり、使用人であった請求人からではなかったことを供述している。そこで右供述によると、都築に対する本件戦時贈賄等の犯行はすべて請求人と無関係であるとの弁護人の主張が裏付けられているようにみえる。

しかし、都築に対する当裁判所の証人尋問の結果によると、都築は、坂口商店の場合、同商店の者から賄賂である儲備券を直接手渡されるのではなく、生獣の納入があった日に自分の机の中に紙に包まれた儲備券を入れておくという方法で渡されていたこと、儲備券を机の中に入れる場面を現認したことはないけれども、当然生獣を運搬納入にきた者が納入のついでに入れていったものと思っていたこと、当時坂口商店の納入は週一回位あったが、同商店からはほとんどの場合請求人が納入にきていたので、請求人が儲備券を入れていたと思われること、ただ請求人は坂口商店の使用人にとどまるから、坂口から儲備券を渡され、同人の意を受けて持ってきていたものと考えていたこと、陳述書で坂口から賄賂を受けたと述べたのは右の趣旨であることを供述しており、この供述は、死の近いことを覚った病床でなされたものであって(同証人は、証言をした年に死亡している。)、その内容からみても、供述態度からみても、十分信用するに足りると認められる。そして、この供述によると、請求人は、都築に対する本件戦時贈賄等に無関係であるといえないばかりか、贈賄の実行行為を担当していたことになる。

もっとも、弁護人は、請求人が納入に出かけるとき一回だけ都築に渡してくれといわれて坂口から紙巻きを手渡され、牧場内の事務室で都築に渡したことがある旨の昭和六〇年一〇月二日付請求人作成の陳述書中の供述を引きつつ、かりにその中に賄賂である儲備券が入っていたとしても、請求人はその内容物が何か全く知らなかったのであるから、本件戦時贈賄等について無罪であることには変わりがないと主張している。しかし、証人都築の前記供述によると、請求人が儲備券在中の紙巻きを都築の机の中に置いていったのは複数回であったと認めるほかはないから、請求人が都築に紙巻きを渡したのは一回だけであるとの請求人の供述は措信することができない。そして、請求人が紙巻きを複数回にわたり都築の机の中に入れていたこと自体、その中に賄賂である儲備券が入っていることの認識が請求人にあったと認めるうえでの有力な証拠である。そうすると、請求人の本件戦時贈賄等の刑責は、これを否定すべくもなく、かりに都築に交付した賄賂が坂口自身の出捐にかかわるものであって、本来坂口も都築に対する戦時贈賄等の刑責を問われるべき立場にあったとしても、そのことにより請求人が刑責を免れうるものでないことは明らかである。

結局、都築の陳述書中の新供述は、請求人が都築に贈賄をしたという原確定判決の認定事実に合理的な疑いを生じさせるものではなく、かえって原確定判決の認定事実の真実性を強く裏付けるものというべきである。

三  次に弁護人が新証拠として提出した台湾在住の林玉舜作成の陳述書によると、林は、請求人からも、誰からも、賄賂は受け取っていないと供述している。しかし、原確定判決の謄本によると、前記のとおり、請求人の林に対する贈賄のほか、山内商店の使用人である上釜の林に対する贈賄が認定されており、しかも、上釜が林に贈賄したモバード丸型腕時計と儲備券とが証拠とされているのであるから、誰からも賄賂を受け取っていない旨の林の供述は、措信することができず、したがってまた、請求人から賄賂を受け取ってはいない旨の林の供述も、措信することができない。

四  さらに弁護人が新証拠として提出した請求人作成の昭和六〇年七月一日付陳述書によると、請求人は、昭和一九年七月七日、坂口から前日法務部に呼ばれたが今朝は請求人が行くようにと言われ、軽い気持で出頭したところ、訳も分からず独房に入れられて取調を受け、取調官の中尉から都築に金を渡したのはお前だと決めつけられ、身に覚えがないと否定したものの、聞いてくれず、上官の言葉に逆らえないまま、法廷で判決の言渡を受けたと供述し、次いで、広東で刑の一部に服した後内地に送還される際、坂口が面会に来て、「もうこうなったら仕方がない。自分の身代りに刑に服してきてくれ。出てきたら必ず埋合せするから」と言われたので、終戦後必ず坂口が謝りに来てくれるものと信じて待っていたが、ついに姿を見せず、自分に罪をかぶせた坂口を許せないという気持から、家業の鮮魚商をやめた昭和五七年三月以降、同人の消息を調査したところ、恨みを晴らす相手の坂口は既に死亡していたことを知り、いたく落胆したと供述している。これによると、請求人は、遅くとも内地に送還されるときに坂口と面会した際、本件贈賄の真犯人は坂口であり、自分はその身代りとして無実の罪を着せられたことを知ったが、必ず埋合せするからとの坂口の言葉を信じてそのまま服役したかのようである。

しかし、請求人に対する当裁判所の審尋の結果によると、請求人は、再審請求を思い立ち、昭和五九年一一月都築を訪ねあて、同人から話を聞いた際、都築から贈賄を受けたのは坂口からであると聞かされ、このとき初めて本件戦時贈賄等の真犯人が坂口であることを知ったというのである。そして、内地に送還されるときに面会に来た坂口から言われたことも、当時としては坂口商店の仕事に関して処罰を受けた請求人のことが気の毒であるという善意の気持から出た言葉と受け止めており、坂口が真犯人であるとは思っていなかったと供述している。また、右審尋後である昭和六一年四月二一日付の請求人作成の陳述書においては、請求人は、自分が法務部に出頭した前日坂口が法務部に呼ばれていたことから、坂口が贈賄したのではないかという疑問を心の底に残しつつも、はっきりとは分からなかったと供述を変えている。このような供述の変遷に徴すると、昭和六〇年七月一日付陳述書における請求人の供述は、にわかに措信しがたい。また、その内容自体、請求人の本件戦時贈賄等の犯行を否定しうるものでもない。

五  そのほか弁護人は、当時軍当局は、生獣の大半を納入していた坂口商店の経営者である坂口を検挙すれば軍への糧食の供給が止まることを危惧し、坂口の罪をその使用人である請求人に着せたとみるべき合理的な疑いがあると主張し、その新証拠として前記の各証拠を援用している。しかし、それらはいずれも、坂口の責任の有無はともかく、本件戦時贈賄等の行為に対する請求人の責任について合理的な疑いを投げかけるものではない。

六  以上のとおり、弁護人の援用にかかる前記各証拠は、そのいずれも、あるいはこれを総合しても、原確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせるに足りるものではなく、その新規性はともかくとして、旧刑事訴訟法四八五条六号にいう請求人に無罪を言渡すべき明確な証拠とはいえない。

七  よって、本件再審請求は理由がないから、旧刑事訴訟法五〇五条一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 出田孝一 伊名波宏仁)

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