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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10487号 判決

甲事件原告乙事件被告 日総リース株式会社

右代表者代表取締役 根本勝

山野一郎

甲事件被告乙事件原告 ホーヤ株式会社

右代表者代表取締役 鈴木哲夫

右訴訟代理人弁護士 飯塚計吉

同 飯塚英明

甲事件被告乙事件被告 株式会社アイサイト

右代表者代表取締役 東條強

主文

甲事件原告乙事件被告日総リース株式会社の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

甲事件被告乙事件原告ホーヤ株式会社と甲事件原告乙事件被告日総リース株式会社、甲事件被告乙事件被告株式会社アイサイトとの間で甲事件被告乙事件原告ホーヤ株式会社が別紙供託金目録記載の供託金還付請求権を有することを確認する。

訴訟費用は、甲乙両事件を通じ、これを三分し、その二を甲事件原告乙事件被告日総リース株式会社の負担とし、その余を甲事件被告乙事件被告株式会社アイサイトの負担とする。

事実

第一、求める裁判

(甲事件)

一、請求の趣旨

1. 甲事件原告乙事件被告日総リース株式会社(以下原告という。)と甲事件被告乙事件原告ホーヤ株式会社(以下被告ホーヤという。)、甲事件被告乙事件被告株式会社アイサイト(以下被告アイサイトという。)との間で、原告が、別紙供託金目録記載の供託金について、還付請求権を有することを確認する。

2. (被告ホーヤに対する予備的請求)

(一) 被告ホーヤと被告アイサイトとの間において昭和五九年二月二八日なされた、被告アイサイトが訴外株式会社千足屋(以下千足屋という。)から山形市七日町一丁目二番三六号所在第三千足屋ビル一階店舗を賃借するに際し、千足屋に差入れた敷金三〇〇〇万円の返還請求権を目的とする質権設定契約を取消す。

(二) 原告と被告ホーヤとの間で、被告ホーヤが、別紙供託金目録記載の供託金について、還付請求権を有しないことを確認する。

3. 訴訟費用は、被告ホーヤ、被告アイサイトの負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告ホーヤ、被告アイサイトの答弁

1. (被告ホーヤ)原告の主位的及び予備的請求を棄却する。

2. (被告アイサイト)原告の請求を棄却する。

3. 訴訟費用は、原告の負担とする。

(乙事件)

一、請求の趣旨

1. 被告ホーヤと原告、被告アイサイトとの間で、被告ホーヤが、別紙供託金目録記載の供託金還付請求権を有することを確認する。

2. 訴訟費用は、原告、被告アイサイトの負担とする。

二、請求の趣旨に対する原告の答弁

1. 被告ホーヤの請求を棄却する。

2. 訴訟費用は、被告ホーヤの負担とする。

第二、主張

(甲事件)

一、請求原因

1. 原告は、昭和五七年一〇月二九日、被告アイサイトとの間で、山形市七日町一丁目二―三六所在店舗「メガネのアイサイト」の内装、設備一式について、割賦代金二六九八万八〇〇〇円、右売買代金の支払い方法は、契約と同時に頭金八九万九六〇〇円、残金を昭和五七年一一月から昭和六二年八月まで毎月末日限り四四万九八〇〇円あて、右支払を一回でも怠ったときは当然期限の利益を失う、との約定で売買契約を締結し、右物件を直ちに引き渡した。

原告は、昭和五八年九月二七日、被告アイサイトとの間で、山形県鶴岡市本町一丁月八番四〇号所在の店舗「メガネのアイサイト」の内装、設備一式につき、割賦販売代金一三五六万円、右売買代金の支払い方法は、契約と同時に頭金四五万二〇〇〇円、残金を昭和五八年九月二七日限り二二万六〇〇〇円、同年一〇月から昭和六三年六月まで毎月末日限り二二万六〇〇〇円あて、右支払を一回でも怠ったときは、当然期限の利益を失う、との約定で売買契約を締結し、同日右物件を引き渡した。

2. 原告は、昭和五七年一一月三〇日、被告アイサイトとの間で、原告を権利者、被告アイサイトを質権設定者とし、1の各債権を担保するため、被告アイサイトが、千足屋から山形市七日町一丁目二番三六号第三千足屋ビル一階店舗を賃借するに際し千足屋に預け入れた敷金三〇〇〇万円の返還債権について、被告アイサイトが支払いを怠った場合、原告は、質権の実行として右敷金の返還を受けてこれを右被担保債権に充当することができる旨の約定を含む質権設定契約をした。

3. 右質権設定契約の際、右敷金にかかる債権証書である被告アイサイトと千足屋との間の右店舗賃貸借契約書、領収書は、被告アイサイトが占有していたところ、原告は、右質権設定契約の際、同被告に対し、右債権証書を以後原告のために所持するべき旨告げ、同被告は、これを約して、原告に右債権証書のコピーを交付し、もって、原告は、占有改定により、右債権証書の引き渡しを受けた。

4.(一) 被告アイサイトは、昭和五九年一〇月以降の1の債務の支払いを怠っている。

(二) 同被告は、同月一五日、手形不渡を出して倒産し、同月三〇日山形地方裁判所酒田支部より破産宣告を受けた。

5. 原告は、同月から昭和六〇年一月一四日までの間に、千足屋に対し、右敷金の支払いを求めたところ、千足屋は、被告アイサイトから、被告ホーヤのために右敷金返還債権につき更に質権を設定した旨の通知を受けたため、真の権利者を確知できないとして、昭和六〇年一月一四日、山形地方法務局酒田支局に供託番号昭和五九年度金二〇七号をもって、被供託者を原告、被告アイサイト及び被告ホーヤとして右敷金のうち一三〇〇万円を弁済供託した。

6. 被告ホーヤは、昭和五九年二月二八日、被告アイサイトとの間において、被告ホーヤを権利者、被告アイサイトを質権設定者とし、2の敷金返還債権を目的として、被告アイサイトが手形、小切手の不渡りを発生させた場合等は質権の実行として右敷金の返還を受けてこれを被告ホーヤの被担保債権に充当することができる旨の根質権設定契約をした。

7. 被告アイサイトは、右質権設定当時も現在も右敷金返還債権を除いては他にみるべき財産がないにもかかわらず、しかも既に原告との間において右債権につき質権設定契約をしていたのに、原告ら他の債権者を害することを知りながら、あえて右質権設定契約をした。

8. よって、原告は、主位的には、被告アイサイト及び被告ホーヤとの間で、右供託金の還付請求権が原告にあることの確認を求め、予備的には、被告ホーヤに対し、詐害行為取消権に基づき、被告アイサイトと被告ホーヤとの間の右質権設定契約の取消及び5の供託金につき被告ホーヤが還付請求権を有しないことの確認を求める。

二、請求原因に対する被告アイサイトの認否

1. 請求原因1のうち、昭和五七年一〇月二九日、原告が、被告アイサイトに対し、山形市七日町一丁目二番三六号店舗「メガネのアイサイト」の内装、設備一式を割賦販売したことは認める。

2. 同2の事実は認める。

3. 同4、5の事実は認める。

4. 同8については、原告が、供託金の還付請求権を有することは争う。

三、請求原因に対する被告ホーヤの認否

1. 請求原因1、2の事実は不知。

2. 同3の事実は否認する。

原告は、質権設定契約の際、被告アイサイトから債権証書を見せられたことも、そのコピーを交付されたこともない。原告の提出したコピーは、それより前、原告が被告アイサイトに店舗内装資金を融資する前、右融資の前提として、右店舗につき、被告アイサイトを賃借人とする賃貸借契約が成立していることの確認のため原告に渡されたものである。

また、質権の留置的機能、民法三四五条の立法趣旨、本件のように、質権設定者の過失ないし不誠実な対応により二重に質権が設定された場合を考えると、指名債権の場合といえども、債権質権設定の成立要件としての債権証書の交付は、現実の交付を必要とし、占有改定では代用できないと解するべきであるから、仮に債権証書の占有改定が認められるとしても、原告主張の質権は不成立である。

3. 同4の事実は不知。

4. 同5のうち、千足屋が原告主張の弁済供託をした事実は認めるが、その余の事実は不知。

5. 同6の事実は認める。

6. 同7のうち、原告との間の質権設定契約については不知、その余の事実は否認する。

被告アイサイトは、自己振出の約束手形の書き替えによる弁済猶予を受ける代わりに被告ホーヤのための質権設定に応じたのであり、被告ホーヤが自己の債権保全の重点を右質権に置いていたこと、本件敷金は、被告ホーヤの債務保証によって訴外中小企業金融公庫から被告アイサイトが借り入れ、かつ被告ホーヤが返済している金員によるものであるから実質的に被告ホーヤの金員であること、原告は、他にも数多くの人的物的担保を保有していること等を併せ考えれば、後に設定されたとはいえ、被告ホーヤの質権設定を有効と考えるべきである。

四、被告ホーヤの抗弁

1. 乙事件請求原因1ないし3のとおり。

2. 被告ホーヤは、次のとおり、昭和五九年二月二八日当時、その質権設定が被告アイサイトの債権者を害するべき事実を知らなかった。

(一) 被告ホーヤは、右当時、本件敷金に原告の質権が設定されていることを知らなかった。

(二) 被告アイサイトは、その後、昭和五九年一〇月まで営業を続行したが、同年二月二八日当時は、被告ホーヤを初め他の債権者が協力しあえば、その後も充分に営業続行の見込みがあった。

五、右抗弁に対する認否

1. 抗弁1については、乙事件請求原因に対する認否のとおり。

2. 抗弁2の各事実は否認する。

被告ホーヤは、根質権設定時、被告アイサイトに対し、多額の売り掛け金債権を有していたが、同被告は、約定どおりその弁済ができず、被告ホーヤはやむをえず支払いの猶予に応じていた。しかし、被告ホーヤは、被告アイサイトには格別の資産はなく、同被告の経営が破綻に瀕していて自己の債権の回収が危ういことを知り、その債権保全のため、根質権を設定した。特に被告ホーヤは、原告が被告アイサイトとの間で昭和五七年一一月に本件敷金返還債権に質権を設定したことを知っていたのにあえて根質権を設定した。従って、被告ホーヤは、自己の根質権設定により、原告ら被告アイサイトの債権者を害することを十分知っていた。

六、再抗弁

原告は、昭和五七年一二月一一日、請求原因2記載の質権設定につき、千足屋から確定日付ある承諾を得た。

七、再抗弁に対する被告ホーヤの認否

再抗弁事実は不知。

(乙事件)

一、請求原因

1. 被告ホーヤは、昭和五七年九月一六日、被告アイサイトとの間で、眼鏡用レンズ・フレーム及び機械器具等の継続的売買並びに保証委託の各取引基本契約を締結し、その中で、被告ホーヤから被告アイサイトに売り掛ける代金の支払いは、毎月末日締めの翌月末日払いとする旨約した。

被告ホーヤは、被告アイサイトに対し、昭和五八年二月一日から昭和五九年二月二九日までの間に継続的にレンズ・フレーム等を売り渡し、その代金は九四六五万〇七七〇円となった。

被告アイサイトは、昭和五七年一〇月四日、訴外中小企業金融公庫から店舗開設資金として七五〇〇万円を、利息年八・二パーセント、弁済方法昭和五八年九月二〇日を第一回とし、以後隔月二〇日に各元本のうち二四一万円、昭和六三年九月二〇日に残額を完済する旨、利息については、昭和五七年二月二〇日を第一回とし、以後隔月二〇日にそのときまでの利息を支払う約定で借入れたが、被告ホーヤは、前記保証委託に基づき、右借入につき連帯保証した。被告ホーヤは、昭和六〇年二月一四日、右借入金につき元本のうち七二五九万円及び利息一六二万六八〇七円、遅延損害金一七一万六四三五円を弁済し、被告アイサイトに対し求償権を取得した。

被告ホーヤと被告アイサイトとは、2の根質権設定契約の際、被告アイサイトが手形、小切手の不渡りを出せば当然被告ホーヤに対する債務につき期限の利益を失う旨約した。

2. 被告ホーヤは、昭和五九年二月二八日、被告アイサイトとの間で、被告ホーヤを権利者、被告アイサイトを質権設定者とし、1の債権等を担保するため、甲事件請求原因2の敷金返還債権を目的として、極度額三〇〇〇万円、被告アイサイトが手形、小切手の不渡りを発生させた場合等は質権の実行として右敷金の返還を受けて被担保債権に充当することができること等を内容とする根質権設定契約をした。

3. 被告ホーヤは、右質権設定契約の際、被告アイサイトから右敷金返還債権の債権証書の引き渡しを受けた。

4.(一) 被告アイサイトは、昭和五九年一〇月一五日、手形の不渡りを出した。

(二) 同被告は、同月三〇日山形地方裁判所酒田支部より破産宣告を受けた。

5. 被告ホーヤは、同月一九日、千足屋に対し、右敷金の支払いを求めたところ、千足屋は、既に原告のために三〇〇〇万円の質権が設定済であるので真の債権者を確知できないとして支払いを拒み、後に別紙供託金目録のとおり弁済供託をした。

6. よって、被告ホーヤは、原告及び被告アイサイトに対し、被告ホーヤが別紙供託金目録記載の供託金の還付請求権を有することの確認を求める。

二、請求原因に対する原告の認否

1. 請求原因1の事実は不知。

2. 同2の事実は認める。

3. 同3の事実は不知。

4. 同4の事実は認める。

5. 同5のうち、千足屋が被告ホーヤ主張の弁済供託をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

三、抗弁

1. 甲事件請求原因1ないし3のとおり。

2. 甲事件請求原因1、6、7のとおり。

四、抗弁に対する認否

1. 抗弁1については、甲事件請求原因に対する認否1、2のとおり。

2. 抗弁2については、甲事件請求原因に対する認否1、5、6のとおり。

五、再抗弁

1. 被告アイサイトは、昭和五九年三月六日、千足屋に対し、確定日付ある内容証明郵便をもって、請求原因2の根質権設定の通知をした。

2. 甲事件抗弁2のとおり。

六、再抗弁に対する認否

1. 再抗弁1の事実は不知。

2. 同2の事実は否認する。

反論は、甲事件抗弁に対する認否2に記載のとおりである。

七、原告の再々抗弁

原告は、昭和五七年一二月一一日、甲事件請求原因2記載の質権設定につき、千足屋から確定日付ある承諾を得た。

八、再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実は不知。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、甲事件主位的請求について

1. 〈証拠〉によると、請求原因1の事実のうち、期限の利益喪失の約定を除く事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右期限の利益喪失約定を認めるに足りる証拠はない。

2. 被告アイサイトが昭和五九年一〇月三〇日、山形地方裁判所酒田支部より破産宣告を受けたことは当事者間に争いがない。

従って、1の原告の被告アイサイトに対する割賦販売代金債権は、全額期限が到来したものとみなされる。

3. 請求原因2の事実は、〈証拠〉によって認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4. そこで、原告が、右質権(根質権)設定の際、被告アイサイトから債権証書の交付を受けたかどうかを検討する。

(一)  〈証拠〉によると、原告と被告アイサイトとの間の右質権設定の目的であった敷金返還債権の債権証書としては、被告アイサイトと千足屋との間の、千足屋を賃貸人、被告アイサイトを賃借人とし、敷金を三〇〇〇万円とする約定の記載ある山形市七日町一丁目二番三六号第三千足屋ビル一階店舗の昭和五七年一〇月四日付賃貸借契約書及び千足屋名義被告アイサイトあての右敷金(以下本件敷金という。)の同月五日付領収証が作成されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告が、右質権設定の際、債権証書を被告アイサイトから、現実に交付を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  原告は、右質権設定の際、原告が、右債権証書につき、被告アイサイトにたいし、以後原告のために所持するべき旨を告げ、同被告はこれを約して、原告に右債権証書のコピーを交付し、もって原告は占有改定により右債権証書の引き渡しを受けた旨主張するところ、証人蜂屋利美の証言中には、原告の担当者訴外蜂屋利美は、右質権設定の際、被告アイサイトの常務取締役訴外土田武士から、前記賃貸借契約書及び敷金の領収書につき、原本を見せられ、これを原告のために預かる趣旨を告げられ、右コピーの交付を受けた旨の供述があるが、右供述は、証人土田武士の証言に照らして措信しがたい。

また、被告アイサイト代表者本人尋問の結果中には、被告アイサイトの代表取締役東條強は、右質権設定契約の際、原告の担当者訴外蜂屋利美に右債権書のコピーを交付するとともに、右蜂屋からその原本を預けておくといわれてそれに応じた旨の供述部分がある。しかし、右コピー交付の点はともかく、原本を右原告の担当者から預かったとの点については、右尋問結果の別の部分にあるこれを否定する旨の供述に照らして措信しがたい。

他に、右質権設定の際、原告主張のような、被告アイサイトが以後原告のために敷金の債権証書を所持する意思を表示したことを認めるに足りる証拠はない。

従って、右債権証書につき、原告が占有改定による引き渡しを受けたものということもできない。

5. よって、原告が、質権設定の際、債権証書の交付を受けたものということはできないから、原告の質権設定は、その効力を生じたものとはいえない。

そうすると、原告の甲事件主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

一、甲事件予備的請求について

1. 原告の被告アイサイトに対して有する債権については、一1、2に述べたとおりである。

2. 被告アイサイトが、千足屋から山形市七日町一丁目二番三六号第三千足屋ビル一階店舗を賃借する際、千足屋に本件敷金三〇〇〇万円を預け入れ、その返還債権を有していたことは一3のとおりであり、千足屋が、昭和六〇年一月一四日、右敷金のうち、一三〇〇万円を、山形地方法務局酒田支局に供託番号昭和五九年度金二〇七号をもって、被供託者を原告、被告アイサイト及び被告ホーヤとして弁済供託したことは当事者間に争いがない。

3. 請求原因6の事実は、原告と被告ホーヤとの間に争いがなく、被告アイサイトとの間においては、同被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

4. そこで、被告ホーヤの右質権設定の詐害性について検討する。

(一)  〈証拠〉によると、被告アイサイトは、眼鏡等の販売を業とする会社であり、昭和五九年二月当時、山形県内に五店舗を有していたところ、資産としては、右各店舗の内装設備等の営業権、差し入れ敷金等を有していたものの、金融機関に約一億円もしくはそれ以上の多額の債務を負担していた他、原告に約五〇〇〇万円、被告ホーヤにも昭和五八年二月以降の買掛金として九〇〇〇万円以上の債務を負担しており、債権者の援助なしには、同月末日期限の到来する手形の決済の見込みが立たないという資金繰りの苦しい状況にあったこと、被告アイサイトは、昭和五九年一〇月一五日、手形の不渡りを出して倒産し、同月三〇日破産宣告を受けたが、昭和六一年五月二七日、破産財団をもって破産手続費用を償うに足りないため、山形地方裁判所酒田支部から破産廃止決定を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によると、被告アイサイトは、昭和五九年二月当時、既に弁済資力が不足の状態にあったのではないかとの疑いがあり、従って、被告ホーヤのための前記敷金を目的とする質権設定は、原告等債権者の一般担保を減少させる結果を生ずる行為であった疑いがあるものと考えられる。

(二)  そこで、右被告ホーヤの質権設定の目的、動機等について進んで検討する。

〈証拠〉によると、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告アイサイトは、昭和五七年九月頃、自己の取り扱い商品である眼鏡用レンズ・フレーム及び機械器具等について、爾後、被告ホーヤから仕入れることとし、かつ取引量の拡大を目指し、その一環として前記山形市内の店舗開設を予定していた。そこで、同月一六日、被告ホーヤとの間で、眼鏡用レンズ・フレーム及び機械器具等につき、被告アイサイトの負担する買掛金の弁済期は毎月末日締めの翌月末日払いとする等の内容の継続的売買並びに保証委託の各取引基本契約を締結し、同年一〇月四日、被告ホーヤの連帯保証を得て訴外中小企業金融公庫から、金七五〇〇万円を利息年八・二パーセント等の約定で借入れ、右借入金を本件敷金三〇〇〇万円の全額にあてた他、運転資金に使用した。被告アイサイトは、その後、被告ホーヤから継続的に前記商品を仕入れ、多額の買掛代金債務を負担するに至り、その支払いのため、月々末日満期の到来する約束手形を被告ホーヤに対し振り出していた。

ところが、被告アイサイトは、昭和五八年八月頃、山形県鶴岡市に新たに店舗開設をすることにした関係上、一時的に資金繰りに困り、被告ホーヤに対し、同年八、九、一〇月の各月末日に満期の到来する自己振出の約束手形額面合計約三〇〇〇万円の書き替えによる弁済猶予を要請し、被告ホーヤから右猶予を得たが、その代わりに、同月二二日、自己の被告ホーヤに対する債務を担保する趣旨で本件敷金三〇〇〇万円の領収証を被告ホーヤに交付し、かつ自己が支払い不能、債務超過又は山形市店舗撤退等の状況に陥った場合につき、本件敷金返還債権の処分を被告ホーヤに一任する旨約した。

被告アイサイトは、その後も被告ホーヤから商品を仕入れ、その代金支払いのため、月々末日に満期の到来する約束手形を振り出していたが、昭和五九年二月資金繰りに窮し、同月末日満期の到来する被告ホーヤの所持する被告アイサイト振出の約束手形額面合計二〇〇〇万余円の決済が不能の状態となり、被告ホーヤに対して、右満期の手形の書き替えによる弁済猶予を懇願するとともに、同月以降の資金繰りについても援助を要請した。右申し出に対し、被告ホーヤからは、弁済猶予を認めるとすれば、二度めとなり、しかも、前回猶予した債務の弁済も未だなされていなかったことから、前回よりも厳しい態度で、本件敷金に質権を設定し、被告アイサイト代表者所有不動産に根抵当権を設定することの他、以後被告アイサイトとの取引を、商品売買から商品委託に切り換えることが条件として提示され、かつ被告ホーヤが被告アイサイトの経営に関与してその立て直しをはかることが被告ホーヤと被告アイサイトの代表取締役東條強らとの間で協議検討され、その目的をもって被告ホーヤにより被告アイサイトの経理内容の調査にかかることにした。その際、被告アイサイト側からは、被告ホーヤが爾後被告アイサイトの経営に関与してその立て直しをはかることに異存がない旨の意向が示された。また、右東條は、本件敷金につき原告への質権設定がなされていることを隠して右被告ホーヤに対する質権設定に同意し、自己所有不動産への根抵当権設定にも同意した。そこで、被告ホーヤとしては、同月末日までには、被告アイサイトの経営の見通し等についての調査を未了ではあったが、自己の被告アイサイトに対する債権が多額であったことから、これを猶予しておれば、被告アイサイトは事業を継続しうるとの見込みで被告アイサイトの資金繰りに協力することを決めた。そこで、被告アイサイトは、同月二八日、本件敷金返還債権を目的として、被告アイサイトが被告ホーヤに対し現在負担し、及び将来負担する一切の債務を被担保債務として根質権を設定し、右東條所有不動産に根抵当権の設定を経たうえ、被告ホーヤから同月末日の約束手形の書き替えによる弁済猶予を得た。被告ホーヤは、同年三月一三日、千足屋からの通知により初めて、右敷金返還債権につき、自己の根質権設定より前に原告に質権が設定されていることを知った。

被告アイサイトは、その後も被告ホーヤから、同被告に対する買掛金債務につき振り出した約束手形決済を見合わせる方法で昭和六〇年一〇月の倒産に至るまで弁済猶予を受け続けていた。昭和六〇年一〇月の被告アイサイトの倒産により、被告ホーヤとしては、被告アイサイトに対する売掛金債権の未回収分として、昭和五八年二月から昭和五九年二月迄分合計九四六五万〇七七〇円を抱える結果となった。

被告アイサイト代表者本人尋問の結果中には、被告アイサイトの代表取締役東條強は、被告ホーヤに対する質権設定の前、同被告に対し、本件敷金につき、既に原告の質権設定がなされていることを告げていた旨の供述がある。しかし、右供述は、右尋問結果中には、右東條は、被告ホーヤに質権を設定した頃、千足屋に対し、原告への質権設定の事実を内密にしてほしい旨告げたとの供述があること、及び〈証拠〉に照らして措信しがたい。他に右各認定を覆すに足りる証拠もない。

(三)  右(一)、(二)の認定事実によると、被告アイサイトは、昭和五九年二月二九日当時、同日を満期とする自己振出被告ホーヤを権利者とする約束手形の決済猶予を得られなければ、倒産必至の状況にあり、その後の事業運営、資金繰りについても商品の供給者で大口債権者でもある同被告の協力が不可欠であったこと、しかし、同被告からは、その前年にも、多額の債務の弁済猶予をしたこともあり、本件敷金に質権を設定すること等を必要条件として提示され、これに応じなければ同被告の協力を得られなかったこと、他方、右質権設定等をすることにより、被告アイサイトの経営及び資金繰りに対する被告ホーヤの全面的な協力も見込まれ、これにより、被告アイサイトの再建策を立て得たことからして、右質権設定はその動機ないし目的において正当であり、また、右敷金額は、三〇〇〇万円であり、満期の到来している被告ホーヤに対する約束手形の金額は約二〇〇〇万円であるが、その他に、被告ホーヤにより、以前弁済猶予を受け、決済していない手形金が三〇〇〇万円、近々満期の到来する手形金も多額存したから、これらが被担保債務となることを考えると、右質権の目的たる敷金額よりも、被担保債権額の方が遥かに多額であったことからすると、右質権設定はその手段においても妥当であって、右両面からすると、前述のように、債権者の一般担保を減少させる結果を生ずる疑いがあったとはいえ、やむを得ない行為であったと考えられる。

もっとも、被告アイサイトとしては、既に右敷金につき、原告に質権を設定していたのであるから、右質権設定に伴う債権証書の交付がないため、無効であったとはいえ、設定者として右債権証書を原告に交付し、これを補完すべき義務があったというべきであるから、被告ホーヤに対し二重に質権を設定することは右義務に反しており、被告アイサイトの行為としては相当性を欠くものとの見方も有り得る。しかし、この場合にも、被告ホーヤは、右原告への質権設定の事実を知らなかったのであるから、少なくとも、被告ホーヤは、自己への質権設定が他の債権者を害するべき行為であることを知らなかったものというべきである。

5. 従って、被告アイサイトと被告ホーヤとの間の右敷金についての質権設定行為を被告ホーヤの関係で詐害行為として取り消すことはできない。

よって、甲事件原告の予備的請求も理由がない。

二、乙事件について

1. 〈証拠〉によると、乙事件請求原因1の事実(うち一部の事実については甲事件について認定したところである。)が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2. 請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

3. 請求原因2の事実は、被告ホーヤと原告との間では争いがなく、被告アイサイトとの間では、同被告において明らかに争わないから自白したものとみなされる。

4. 〈証拠〉によると、被告ホーヤは、本件敷金の債権証書である千足屋と被告アイサイトとの間の賃貸借契約書及び本件敷金の領収証のうち領収証を昭和五八年九月二二日に被告アイサイトから受け取り保管していたが、自己の質権設定の際、被告アイサイトからそのまま預かり、また、右賃貸借契約書については、右質権設定の際被告アイサイトから交付され、以後右二つの書面を所持していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

5. 〈証拠〉によると、被告アイサイトの代表取締役東條強は、昭和五九年三月六日、同日の確定日付のある内容証明郵便をもって、千足屋に対し、本件敷金にかかる被告ホーヤの根質権設定の通知をし、右通知は、同日頃千足屋に到達したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

6. 本件敷金については、被告ホーヤに先立ち、原告の質権設定があったものの、これは債権証書の交付の伴わないものであるので、効力を生じないことは前述したとおりであるので、右質権の確定日付ある承諾が、被告ホーヤの質権設定の通知より先行しているとしても、このことは、被告ホーヤの質権の効力を左右しないものというべきである。

7. 被告ホーヤの質権設定が詐害行為といえないことは前述したとおりであり、原告の右詐害行為を理由とする取消の主張も理由がない。

8. 従って、被告ホーヤは、本件敷金に請求原因1の被告アイサイトの債務を被担保債務として根質権を有したものというべきところ、被告アイサイトが手形不渡りを出したこと及び破産宣告を受けたことにより、右債務の全てにつき履行期が到来し、右質権の実行をしうる状態になったというべきである。

9. 請求原因5のうち、千足屋が、本件敷金のうち一三〇〇万円を別紙供託金目録のとおり弁済供託したことは当事者間に争いのないこと前述のとおりであり、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第四号証、弁論の全趣旨によると、右供託は、被告アイサイトが本件敷金返還債権の権利者であるところ、右敷金には、原告のために質権設定がなされ、更に被告ホーヤからも質権実行の通知がなされたため、千足屋において過失なくして債権者を確知できなかったためなされたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

10. そうすると、被告ホーヤは、本件敷金につきなされた右供託金について、質権者として還付請求権を有するものというべきである。

四、よって、甲事件原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却し、乙事件被告ホーヤの請求を認容することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項但し書きを適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田泰治)

〈以下省略〉

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