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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)12949号 判決

原告 苗代一男

右訴訟代理人弁護士 井上謙次郎

被告 坂本いね

右訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1. 被告は原告に対し、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して、同目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡せ。

2. 被告は原告に対し、昭和六〇年一一月九日から右明渡済みに至るまで一か月三万三〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び1、2項につき仮執行の宣言

二、被告

主文と同旨の判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 本件土地はもと原告の亡父苗代憲次(以下「憲次」という。)の所有であったところ、同人は、昭和三一年五月二五日、本件土地を次の約定により被告に賃貸し、被告は、本件土地上に本件建物を建築し、本件土地を占有している。

目的 堅固でない建物所有

賃貸借期間 定めなし

賃料 毎月末日に当月分を持参払

2. 憲次は昭和四九年一一月三日死亡し、原告が本件土地を相続し、本件土地の賃貸人の地位を承継した。

3. 原告は左記理由により本件訴えをもって賃貸借契約を解除した。

(一)  賃料不払

(1) 被告は昭和四一年七月分以降の賃料を供託しているが、右供託は次の理由により無効である。

ア 被告は、昭和四一年七月分から同年一〇月分までの賃料を支払のための提供もせず、受領拒絶の事実もないのに供託した(同年一〇月二四日供託)。

イ 被告は、被供託者(憲次又は原告)の住所が東京都豊島区駒込一丁目二四番六号であることを知りながら、供託金の還付請求を困難にするため、右住所を同所二四番七号と記載して供託した。

ウ 憲次は昭和四九年一一月三日に死亡し、原告が本件土地を相続したので、原告は昭和五九年七月一三日付け内容証明郵便をもって被告に対し、原告が本件土地の所有者になったことを通知した。しかるに、被告は、憲次の死亡後も昭和六〇年七月分までの賃料を憲次を被供託者として供託した。

(2) そこで、原告は昭和六〇年七月二二日付け内容証明郵便をもって被告に対し、供託金を取り戻し、これを原告に支払うよう催告したが、被告はこれを拒否した。

(二)  信頼関係破壊

被告は以下に述べるような背信的行為をしたので、原告と被告間の信頼関係は破壊された。

(1) 被告は、本件土地を住居用地として賃借し、本件土地上に、①木造瓦葺二階建(床面積一階五一・九六平方メートル、二階五一・五三平方メートル)、②木造亜鉛鋼板葺平家建(床面積二三・一四平方メートル)の各建物を建築したが、昭和四一年一〇月末ころ、右各建物の用途を店舗に変更してこれを賃貸しようと企て、憲次の増築禁止の申し入れを無視して、①の建物の一、二階床面積の合計を一二〇・八五平方メートル、②の建物を木造二階建床面積合計四六・二八平方メートルに増築し、店舗として賃貸した。

なお、土地賃借人は、特約がなくても、増改築禁止、用途変更の禁止の義務を負っているものである。

(2) 被告は、本件土地に隣接する原告所有地との境界線に接近して本件建物を増築したため、本件建物の屋根から原告所有地に雨水が流下し、また、原告は本件建物の賃借人の発するカラオケ騒音により迷惑している。

(3) 被告は、前記(一)記載のように不法な供託を続け、しかも、その供託額は被告が勝手に決めた低廉な額である。

4. 本件土地の地代相当額は一か月三万三〇〇〇円(固定資産税、都市計画税合計額の三倍)である。

5. よって、原告は被告に対し、賃貸借の終了を原因として、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び本件訴状送達の翌日である昭和六〇年一一月九日から右明渡済みに至るまで一か月三万三〇〇〇円の割合による地代相当損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1は認める。

ただし、被告は、昭和六〇年八月になって初めて本件土地の所有者が憲次であったことを知ったのであり、それ以前は、野口清治(以下「野口」という。)が本件土地の所有者(賃貸人)であると思っていた。

2. 同2は認める。

3.(一) 同3(一)のうち、被告が昭和四一年七月分以降の賃料を供託していること、被供託者は昭和四一年七月分から昭和六〇年七月分までは憲次、同年八月分以降は原告として供託していること、憲次が昭和四九年一一月三日に死亡し、原告が本件土地を相続したことはいずれも認めるが、その余は争う。

なお、被告は、本件土地の賃料として、昭和四一年七月分から昭和四二年四月分までは各月一六二五円、同年五月分から昭和四五年四月分までは各月二五〇〇円、同年五月分から昭和四七年一二月分までは各月三〇〇〇円、昭和四八年一月分から同年五月分までは各月三七五〇円、同年六月分から昭和五一年五月分までは各月六二五〇円、同年六月分から昭和五二年五月分までは各月七五〇〇円、同年六月分から昭和六〇年三月分までは各月八二五〇円、同年四月分から同年七月分までは各月一万円、同年八月分以降は各月一万二〇〇〇円を東京法務局に供託している。

憲次及び原告と被告との間には、以下に述べるように、本件建物の増改築及び賃料の増額について争いが生じ、憲次及び原告は本件賃貸借契約の解除を主張して賃料の受領を拒否していたのであるから、被告のした供託は有効である。

ア  原告は昭和四一年七月分から九月分までの賃料を各月末に憲次に提供したが、同人はその受領を拒絶した。

イ  被告が昭和四一年一〇月ころ本件建物の増改築をしようとしたところ、憲次がこれを禁止したため、憲次と被告との間に対立が生じ、賃料の授受が行われにくい状況となった。そして、憲次は昭和四二年五月一三日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、本件賃貸借契約の解除通知をなし、賃料の受領を拒否する態度を明白にした。

ウ  憲次は昭和四七年五月一日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、賃料を一か月九〇〇〇円に増額する旨を通知してきたが、被告はこれを拒否したので、憲次と被告との間に賃料額につき争いが生じ、憲次が従前の額による賃料の受領を拒絶することは明らかであった。

エ  原告は昭和五三年八月二日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、昭和四一年七月分から昭和五三年七月分までの賃料(ただし、昭和四七年四月分以降については増額した額)を昭和五三年八月一五日までに支払うこと及び右期日までに支払わないときは同日をもって本件賃貸借契約を解除する旨を通知してきた。

オ  原告は被告に対し、昭和五九年七月一四日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月二万円に、昭和六〇年七月二八日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月二万二〇〇〇円にそれぞれ増額する旨通知し、同年八月七日到達の内容証明郵便をもって昭和五九年七月一五日から昭和六〇年七月一四日までの賃料二四万円(一か月二万円)を同年八月二二日までに支払うこと及び右期日までに支払わないときは同日をもって本件賃貸借契約を解除する旨を通知してきた。

カ  憲次の死亡後、その相続人の間で遺産分割の争いが生じ、遺産分割の協議が成立したのは昭和五九年六月二二日であった。被告は、昭和六〇年八月になって初めて本件土地が憲次の所有であり、原告がこれを相続したことを知ったものであり、それまでは賃貸人を確知することができなかった(原告は本件土地につき相続登記を経由しておらず、また相続したことを証する資料を提示したこともない。)。

(二) 同3(二)のうち、本件土地に隣接して原告所有地が存在すること及び昭和四二年四月ころ原告主張の建物の一階部分が店舗になったことは認めるが、その余は否認する。

本件賃貸借契約には増改築禁止、用途変更禁止の特約はない。

4. 同4は否認する。

5. 同5は争う。

三、抗弁

仮に、被告のした供託のうちに不適法なものがあり、被告に債務不履行があるとしても、それは、以下に述べるように、原告と被告間の信頼関係を破壊するようなものではない。

1. 被告が昭和四一年一〇月ころ本件建物の増改築をしようとしたところ、憲次は増改築禁止の特約がないにもかかわらず、これを禁止したため、憲次と被告との間に対立が生じ、賃料の授受を円滑にすることができなくなった。

2. 憲次は昭和四二年五月一三日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、本件賃貸借契約の解除通知をしておきながら、昭和四七年五月一日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月九〇〇〇円に増額する旨通知してきた。

3. 原告は昭和五三年八月二日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、本件土地の管理人憲次が死亡し、原告が管理人となったので、昭和四一年七月分から昭和五三年七月分までの賃料(ただし、昭和四七年四月分以降については増額した額)を昭和五三年八月一五日までに原告に支払うよう通知してきたが、被告は、当時本件土地の所有者(賃貸人)は野口であると思っていたので、本件土地の賃料を原告に対して支払うべき理由が不明であった。また、原告は、原告が憲次の相続人であることの資料を提示しなかったので、被告は憲次の相続人を知ることができなかった。

4. 憲次の死亡後、その相続人の間で遺産分割の争いが生じ、遺産分割の協議が成立したのは昭和五九年六月二二日であった。被告は、昭和六〇年八月になって初めて本件土地が憲次の所有であり、原告がこれを相続したことを知ったが、それまでは本件土地の相続人(賃貸人)を確知することができなかった(原告は本件土地につき相続登記を経由しておらず、また相続したことを証する資料を提示したこともない。)。

5. 原告は被告に対し、昭和五九年七月一四日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月二万円に、昭和六〇年七月二八日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月二万二〇〇〇円にそれぞれ増額する旨通知し、同年八月七日到達の内容証明郵便をもって昭和五九年七月一五日から昭和六〇年七月一四日までの賃料二四万円(一か月二万円)を同年八月二二日までに支払うこと及び右期日までに支払わないときは同日をもって本件賃貸借契約を解除する旨を通知してきた。

以上のように、憲次及び被告は解除理由がないのに本件賃貸借契約の解除通知をなし、あるいは右解除通知をしながら、これを撤回せずに一方的に賃料の増額を請求したり、また、本件土地の所有者が野口であるのか、憲次であるのか、また憲次の所有であるとしても、その相続人が誰であるのかが不明であったため、被告は極めて不安定、不確実な状態に置かされたものである。したがって、被告のした賃料供託のうちに無効のものがあり賃料不払の債務不履行があるとしても、それをもって背信的行為ということはできず、被告が信頼関係を破壊したということはない。

四、抗弁に対する認否

被告が昭和四一年一〇月ころ本件建物の増改築をしようとしたので、憲次がこれを禁止したこと、憲次が昭和四二年五月一三日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、本件賃貸借契約の解除通知をなし、昭和四七年五月一日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月九〇〇〇円に増額したこと、原告が昭和五三年八月二日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、本件土地の管理人憲次が死亡し、原告が管理人となったこと及び昭和四一年七月分から昭和五三年七月分までの賃料(ただし、昭和四七年四月分以降については増額した額)を昭和五三年八月一五日までに原告に支払うよう通知したこと、憲次の遺産につき昭和五九年六月二二日遺産分割の協議が成立したこと、原告が被告に対し、昭和五九年七月一四日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月二万円に、昭和六〇年七月二八日到達の内容証明郵便をもって賃料を一か月二万二〇〇〇円にそれぞれ増額する旨を通知し、同年八月七日到達の内容証明郵便をもって昭和五九年七月一五日から昭和六〇年七月一四日までの賃料二四万円(一か月二万円)を同年八月二二日までに支払うこと及び右期日までに支払わないときは同日をもって本件賃貸借契約を解除する旨を通知したことはいずれも認めるが、その余は争う。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因1(本件土地の賃貸借契約締結)、同2(本件土地の相続)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、請求原因3(一)(賃料不払による解除)について

1. 被告が昭和四一年七月分以降の賃料を供託していること、右供託の被供託者が昭和四一年七月分から昭和六〇年七月分までは憲次、同年八月分以降は原告となっていること、憲次が昭和四九年一一月三日死亡し、原告が本件土地を相続したことはいずれも当事者間に争いがない。

なお、〈証拠〉によれば、被告の供託額は、昭和四一年七月分から昭和四二年四月分までは各月一六二五円、同年五月分から昭和四五年四月分までは各月二五〇〇円、同年五月分から昭和四七年一二月分までは各月三〇〇〇円、昭和四八年一月分から同年五月分までは各月三七五〇円、同年六月分から昭和五一年五月分までは各月六二五〇円、同年六月分から昭和五二年五月分までは各月七五〇〇円、同年六月分から昭和六〇年三月分までは各月八二五〇円、同年四月分から同年七月分までは各月一万円、同年八月分以降は各月一万二〇〇〇円であることが認められ、これに反する証拠はない。

2. 原告は、被告のした供託は無効であると主張するので、この点につき検討する。

(一)  受領拒絶の有無について

原告は、被告は昭和四一年七月分から同年一〇月分までの賃料を提供もせず、憲次の受領拒絶の事実もないのにこれを供託したと主張するのに対し、被告は、憲次は右賃料の受領を拒絶したと主張するので、検討するに、前掲乙第二号証の記載及び被告坂本いね本人の供述中には、被告の右主張に沿う部分があるが、右部分は〈証拠〉に照らすと、直ちに採用することができず、他に被告が右賃料を提供し、憲次がその受領を拒絶したものと認めるに足りる証拠はない。なお、〈証拠〉(前記採用しない部分を除く。)によれば、被告の夫勝次は、本件建物に抵当権を設定するため、地主である憲次の承諾を求めたが、憲次がこれを拒絶したため、右賃料を供託したものと窺われる。

以上によれば、昭和四一年七月分から同年一〇月分までの賃料の供託は、供託の要件を欠き無効というべきである。

(二)  被供託者の住所の誤りについて

被告のした供託のうちに、被供託者(憲次又は原告)の住所を「東京都豊島区駒込一丁目二四番七号」と記載したものがあることは、被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。なお、〈証拠〉によれば、昭和四四年一月分から昭和六〇年一二月分までの賃料の供託につき被供託者の住所が右の地番となっていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、〈証拠〉によれば、右供託期間中の被供託者(憲次又は原告)の住所は「東京都豊島区駒込一丁目二四番六号」であったこと(なお、〈証拠〉によれば、原告は「東京都豊島区駒込一丁目一四番一二号サニークレスト六義園五〇三」にも住所を有していたことが認められる。)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告のした前記供託は被供託者の住所の記載を誤ったものである。

しかしながら、証人坂本猛の証言によれば、右記載の誤りは錯誤によるものであること、右記載の誤りにもかかわらず、供託通知書はすべて被供託者たる憲次又は原告に届き、同人らが受領していることが認められ、原告苗代一男本人の供述中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、前記住所の記載の誤りは、被告の錯誤によるものであり、その誤りも軽微であり、憲次又は原告において右供託金の還付を受けようとするならば、還付請求者と被供託者との同一性を証明した上で、右供託金の還付請求を受けることが可能であると考えられる(これに反する原告苗代一男本人の供述は採用することができない。)。

したがって、前記供託に前記のような瑕疵があるとしても、これをもって右供託が無効であるとすることはできない。

(三)  死者宛の供託について

憲次が昭和四九年一一月三日に死亡したにもかかわらず、被告が憲次を被供託者として昭和六〇年七月分までの賃料を供託したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告は、憲次が死亡したことを知った後も憲次を被供託者として賃料の供託をしていたものと認められる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、憲次の死亡後、その相続財産の分割に関して共同相続人間に争いが生じ、約一〇年の間、本件土地の承継人が不明であったことが認められ、右事実にかんがみると、憲次を被供託者としてなされた前記供託は憲次の相続人を被供託者とする趣旨でなされたものと認めるのが相当である。

したがって、遺産分割により前記供託金の還付請求権を相続した者は、その相続の事実を証明することによって右供託金の還付請求を受けることができるものと考えられる。

以上によれば、前記供託は死者を被供託者としてなされたものではあるが、右瑕疵があるからといって右供託を無効であるとすることはできない。

(四)  原告が本件土地の所有者となった後の供託について

〈証拠〉によれば、原告は昭和五九年七月一四日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、原告は本件土地を相続し、昭和五九年六月二六日付けをもって所有権移転登記を経由したので今後の賃料は原告宛に持参するように通知したこと、本件土地は登記簿上野口の所有名義となっていたが、昭和三五年八月八日受付をもって憲次のため所有権移転請求権保全仮登記、次いで憲次の相続人である原告外五名のため昭和四九年一一月三日相続を原因とする所有権移転請求権移転の付記登記がなされ、さらに、昭和五九年四月二四日受付をもって同年三月二七日遺産分割を原因とする右所有権移転請求権の持分を全部原告に移転する旨の登記、同年六月二二日受付をもって「真正な登記名義の回復」を原因とする原告に対する所有権移転登記がそれぞれ経由されていることが認められ、これに反する証拠はない。

右事実によれば、被告は、原告から右認定の通知を受けた後は、本件土地の賃料を原告に対して支払うべきであったというべきである。

しかるに、被告は、昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの賃料を憲次を被供託者として供託したのであるから、右供託は被供託者を誤ったものであり無効というべきである。

以上によれば、昭和四一年七月分から同年一〇月分及び昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの賃料の供託は無効であるから、被告には右賃料の支払につき債務不履行があるというべきである。

3. 〈証拠〉によれば、原告は被告に対し、昭和六〇年七月二三日到達の内容証明郵便二通をもって、右各期間の賃料の支払を催告したこと(もっとも、右催告のうち、昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの分は増額請求に係る月額二万円であった。)が認められ、これに反する証拠はない。

三、被告の抗弁について

被告は、仮に被告に債務不履行があったとしても原告と被告間の信頼関係を損なうようなものではないと主張するので、この点につき検討する。

1. 昭和四一年七月分から同年一〇月分までの賃料不払について

〈証拠〉によれば、被告が右賃料を供託したのは昭和四一年一〇月二四日であるところ、右賃料の供託後、本件建物の増改築をめぐって憲次と被告との間に紛争が生じ、憲次は、昭和四一年一一月二五日付け内容証明郵便をもって本件建物の増改築、用途変更について憲次の許可を受けるように通告し、昭和四二年四月二二日付け内容証明郵便をもって増改築工事の中止及び原状回復を要求し、同年五月七日発信の内容証明郵便をもって増改築工事の中止、原状回復並びに停止条件付き解約の通知をなし、同年五月一三日到達の内容証明郵便をもって無断増改築を理由とする賃貸借契約解除の通知をなしたこと、憲次は右各内容証明郵便において昭和四一年七月分から同年一〇月分までの賃料の不払ないし供託の瑕疵については全く言及していないこと、憲次は昭和四七年五月一日到達の内容証明郵便をもって昭和四七年四月分以降の賃料を月額九〇〇〇円に増額する旨通知したが、前記賃料の不払ないし供託の瑕疵については全く言及していないこと、原告は昭和五三年八月二日及び昭和六〇年七月二三日に右供託に係る賃料の支払を催告したが、右各催告はいずれも昭和四七年四月分以降の増額請求に係る賃料の支払をも催告するものであり、被告が右増額分をも合わせて提供しない以上、前記供託に係る賃料の受領を期待することはできないものであったことが認められ、右事実によれば、事後的にではあるが、昭和四一年七月分から同年一〇月分の賃料についても、受領拒絶の状態が生じたものと認められるので、被告が一旦供託した右賃料を取り戻し、これを原告に持参しなかったことをもって直ちに背信的な行為であるということはできない。

さらに、原告・被告間の紛争(賃料供託の状態)は実質的には昭和四一年の増改築問題に端を発するものであるところ、後記四認定のように、本件賃貸借契約には増改築禁止の特約がないので、この点については被告に責めるべき点がないこと、その後、賃料増額の問題が発生したが、憲次あるいは原告は賃料増額の点につき法的な措置を採らなかったため、その額が確定していないこと及び本件土地については、長年の遺産分割争いのため賃貸人側の管理が必ずしも十分でなかったことなどが認められ、これらの事情を合わせ考えると、被告に対し、ほぼ二〇年前に供託した供託金を取り戻し、これを原告に支払うべきことを要求することには無理があり(なお、原告が憲次の生存中に発生した賃料請求権ないし供託金の還付請求権を相続したことについては主張立証がない。)、被告が原告の右要求に応じなかったとしても、これをもって背信的な行為ということはできず、これによって原告と被告間の信頼関係が破壊されたものということはできない。

2. 昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの賃料不払について

前記二2(四)において判示したように、被告が昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの賃料を憲次宛に供託したことは違法であるが、前記認定事実(二1、2(二)(三)、三1)によれば、憲次の死亡後、その相続人の間で長期間にわたって遺産分割の争いが継続し、そのため被告は死者たる憲次を被供託者とする供託を長期間続けてきたこと(原告は右憲次宛の供託通知書をすべて受領している。)、被告は、昭和四七年四月分以降の賃料は月額九〇〇〇円、昭和五九年七月一五日から昭和六〇年七月一四日までの賃料は月額二万円(右金額は憲次あるいは原告が一方的に増額請求したものであって確定したものではない。)の支払を求めているのに対し、被告は右期間の賃料として月額三〇〇〇円ないし一万円(右金額が賃料として不当に低額であると認めるに足りる証拠はない。)を供託しているに過ぎず、右両者間には長期間にわたって賃料の額につき争いがあり、被告が右供託額を現実に提供したとしても、原告がこれを受領することは期待することができないこと、原告は昭和五九年七月以降も憲次を被供託者とする供託通知書をすべて受領していること(原告が憲次宛の供託を不適法なものとして、その通知書の受領を拒絶しておれば、被告は供託の相手方を再検討したものと考えられる。)などが認められ、右事実に照らすと、被告が昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの賃料につき、供託金を取り戻し、これを原告に持参しなかったことをもって、直ちに背信的行為であるということはできず、これによって原告と被告間の信頼関係が破壊されたものということはできない。

3. 以上によれば、昭和四一年七月分から同年一〇月分まで及び昭和五九年七月分から昭和六〇年七月分までの賃料につき債務不履行があるとしても、本件においては、これが原因で原告と被告間の信頼関係が破壊されたものとは認め難い。

なお、右以外の賃料の供託が有効であることは前記二2(二)(三)において判示したとおりである。

よって、被告の抗弁は理由があり、原告の賃料不払による本件賃貸借契約の解除の主張は採用することができない。

四、請求原因3(二)(信頼関係破壊による解除)について

〈証拠〉によれば、被告が昭和四二年四月ころ本件建物の増改築工事を行ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、〈証拠〉によれば、本件賃貸借契約には増改築禁止、用途制限の特約は存在しないこと、憲次は、昭和四二年五月一三日到達の内容証明郵便により被告に対し、無断増改築を理由として本件賃貸借契約の解除通知をしたものの、右解除を理由とする建物収去土地明渡の訴訟を提起することを断念し、その後、昭和四七年五月一日到達の内容証明郵便により本件賃貸借の存続を前提として賃料増額の請求をなし、原告も昭和五三年八月二日到達の内容証明郵便により本件賃貸借の存続を前提として賃料支払の催告をしていることが認められる。〈証拠判断省略〉。

以上によれば、被告が昭和四一、二年ころ本件建物の増改築を行ったことをもって原告と被告間の信頼関係が破壊されたものと認めることはできない。

また、原告は、本件建物の屋根から原告所有地上に雨水が落ちる旨主張し、原告苗代一男本人の供述中には、右主張に沿う部分があるが、右供述部分は被告坂本いね本人の供述に照らすと、直ちに採用することができず、他に本件建物の存在により原告と被告間の信頼関係が破壊されるような障害が生じていることを認めるに足りる証拠はない。

原告は、被告が不法な供託を続けていると主張しているが、前記認定に係る供託額が不法に低額であると認めるに足りる証拠はなく、また、被告のした供託が原告と被告間の信頼関係を破壊するものでないことは前記二、三において判示したとおりである。

五、以上によれば、原告の主張する本件賃貸借契約の解除事由はいずれもこれを認めることができないので、本件賃貸借契約の解除は無効であり、本件賃貸借契約の解除を前提とする原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、原告の本件請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

〈以下省略〉

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