大判例

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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13752号 判決

原告

日種顕彰

右訴訟代理人

寺嶋芳一郎

被告

株式会社長谷川工務店

右代表者

水上芳美

右訴訟代理人

川越憲治

井上展成

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の昭和六〇年八月三〇日に開催された第六八期定時株主総会における第六八期(昭和五九年六月一日から昭和六〇年五月三一日まで)利益処分案を承認する旨の決議を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告の株主である。

2  被告は、昭和六〇年八月三〇日に開催された第六八期定時株主総会において、第六八期利益処分案を承認する旨の決議(以下「本件決議」という。)をした。

3  しかしながら、本件決議には次のような取消事由がある。

(一) 本件決議の決議の方法は、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「監査特例法」という。)一六条一項及び商法二八三条一項の規定に違反する。すなわち、監査特例法一六条一項の規定により貸借対照表及び損益計算書について商法二八三条一項の規定の適用が排除されるためには、各会計監査人の監査報告書に貸借対照表及び損益計算書の適法正確性に関する記載があり、かつ、各監査役の監査報告書にその事項についての会計監査人の監査の結果を相当でないと認めた旨の記載がないことが必要であるが、その前提として監査役の適格性に疑いがあつてはならないことは当然である。

(二) 本件決議の前提となつた貸借対照表及び損益計算書に関与した監査役は、新美東、長谷川五郎及び菊地太郎の三名であるが、このうち長谷川五郎は、昭和五九年八月三〇日就任したものであり、就任直前まで被告の取締役の地位にあつた。つまり、監査期間である第六八期のうち、昭和五九年六月一日から同年八月二九日までの期間についてはいわゆる自己監査となるから、監査適格がなかつたものといわざるを得ない。他の二名の監査役にはこのような疑念はないけれども、監査特例法一六条一項に「各監査役の監査報告書」と記載されていることからも窺われるように、本来監査は各監査役が独立して個別に行うべきものであり、その趣旨から考えれば、長谷川五郎監査役の監査報告書については少くとも前記不在任期間を除外する旨の留保が必要であつた。しかるに、被告は、これを欠く監査報告書の不完全性を看過し、漫然と監査特例法一六条一項の規定の適用があるものとして貸借対照表及び損益計算書について定時総会の承認を求めることなく、本件決議をした。

4  よつて、原告は、被告に対し、本件決議の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2記載の事実は認める。

3  同3記載の事実中、本件決議の前提となつた貸借対照表及び損益計算書に関与した監査役が新美東、長谷川五郎及び菊地太郎の三名であること、このうち長谷川五郎は、昭和五九年八月三〇日に就任したが、就任直前まで被告の取締役の地位にあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  原告の主張は、長谷川五郎が昭和五九年八月三〇日に被告の監査役に就任する前被告の取締役であつたことから、監査対象期間である第六八期のうち取締役であつた昭和五九年六月一日から同年八月二九日までの期間は監査適格がなかつたというものであるが、右主張は、監査役が在任する期間の問題と監査の対象となる期間の問題を混同するものである。商法は、監査役に就任する者の資格につきそれまで取締役であつた者を除外していないし、監査役は、その立場において営業の報告を求め、会社の業務及び財産の状況を調査する権限を有するから、自己の就任前の事柄についても、事後的に十分監査をすることができる。したがつて、原告が主張するように、監査報告書に「不在任期間を除外する旨の留保」を記載する必要はない。

2  被告の株主総会は、長谷川五郎の経歴を充分に承知した上で同人を監査役に選任する旨の決議をした。また、被告の第六八期の監査は、新美東、菊地太郎によつても行われており、その内容は長谷川五郎によるものと同一であつた。

3  以上のとおり、本件決議には全く瑕疵がないから、原告の請求は理由がない。

第三  証 拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2記載の事実並びに同3記載の事実中、本件決議の前提となつた貸借対照表及び損益計算書に関与した監査役が新美東、長谷川五郎及び菊地太郎の三名であること、このうち長谷川五郎は、昭和五九年八月三〇日に就任したが、就任直前まで被告の取締役の地位にあつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、原告の法律上の主張の当否について判断する。

原告が本件において問題とする点は、次の二点である。

1長谷川五郎は、監査対象期間のうち昭和五九年六月一日から同年八月二九日までの間(以下「未就任期間」という。)は未就任であるから、この点を監査役の監査報告書に付記すべきである。

2長谷川五郎は、未就任期間中被告の取締役であつたから、同人にとつてこの間の監査はいわゆる自己監査となり、監査適格を欠く。

第一の点については、商法二七三条の規定自体が監査対象期間と監査役の在任期間とが完全に一致しないことを容認している上、監査役は、監査のため、取締役等に対して営業の報告を求め、又は会社の業務及び財産の状況を調査する権限を有する(同法二七四条)から、その未就任期間についても監査をすることが十分に可能である。そうだとすると、商法は、監査対象期間の途中で選任された監査役がその未就任期間についても適宜の方法で監査することを許容し、かつ、期待しているものと解されるから、未就任期間を特に区別してその旨を監査役の監査報告書に付記する必要はないといえる。

第二の点については、いわゆる自己監査は望ましいとはいえないけれども、商法自体が取締役であつた者を監査役に選任することを禁止していない以上、このような者を監査役に選任するかどうかは株主総会の判断に委ねるべき事項であり、株主総会においてこのような者を監査役に選任した以上、右選任が違法であるとはいえない。そうだとすると、長谷川五郎に未就任期間中監査適格がなかつたとはいえないから、この点に関する原告の主張も理由がない。

以上のとおり、本件決議の前提となつた監査役の監査報告書には原告主張のような瑕疵はないから、本件決議には取消事由がない。

二よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官高柳輝雄)

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