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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)3430号 判決

原告 太田行彦

右訴訟代理人弁護士 山村清

被告 株式会社 住友銀行

右代表者代表取締役 樋口廣太郎

右訴訟代理人弁護士 下飯坂常世

同 海老原元彦

同 広田寿徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

被告 株式会社 埼玉銀行

右代表者代表取締役 伊地知重威

右訴訟代理人弁護士 木村一郎

同 須藤建夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、左記の内容の約束手形四通(以下「本件手形」という)を所持していた。

(一) 金額 金五〇〇万円

満期 昭和五七年一一月二二日

支払地 埼玉県秩父郡皆野町

支払場所 埼玉信用組合皆野支店(以下「訴外信用組合皆野支店」という)

振出日 昭和五七年一〇月二二日

振出人 三和住宅株式会社(以下「訴外三和住宅」という)

受取人 中原産業株式会社(以下「訴外中原産業」という)

第一裏書人 同右

第二裏書人 星昭也(以下「訴外星」という)

(二) 手形要件及び裏書記載は(一)に同じ。

(三) 同右

(四) 同右

2  原告は、昭和五七年一一月一九日、被告株式会社住友銀行(以下「被告住友」という)田園調布支店との間で本件手形の取り立て委任契約を締結し、同支店に本件手形を交付した。

3  更に、被告住友田園調布支店は、被告株式会社埼玉銀行(以下「被告埼玉」という)皆野支店との間で本件手形につき取り立て委任契約を締結し、同支店に対し本件手形を発送した。

4  原告は、同月二二日、被告住友田園調布支店長席付武笠好次らに対し、本件手形の依頼返却を申し出て、同支店との間で、本件手形を呈示期間内に呈示場所に支払い呈示し裏書人に対する請求権を保全したうえで同手形を原告に返却する旨の委任契約を締結した。

5  しかるに、被告住友田園調布支店は、被告埼玉皆野支店に対し、本件手形を支払い呈示させるための指示をして、同支店に遡求権保全の手続きをさせるべき委任契約ないし手形交換所規則に基づく義務を有しながらこれを怠り、支払い呈示をさせないまま同支店から本件手形の返却を受け、同月末ころ、同手形を原告に返した。

6  また、被告埼玉皆野支店は、被告住友田園調布支店からの依頼返却の委任を受けたのだから、本件手形を支払い呈示し遡求権保全の手続きをなすべき信義則ないし手形交換所規則に基づく義務を有しながらこれを怠り、その事務処理に当たった同被告皆野支店の担当行員は、支払い呈示をしないまま本件手形を被告住友田園調布支店に返還した。

7  原告は、訴外三和産業及び訴外星に対して本件手形金を請求する訴訟を提起して既に勝訴判決(訴外星については欠席判決)を得ているが、両名とも支払い能力がないので本件手形金の回収が不能である。訴外中原産業は従前から資力十分であるが、同会社に対しては本件手形の支払い呈示がなされていなかったため、原告は同会社に対する本件手形金請求訴訟では敗訴し、結局本件手形金の回収が不可能となった。よって、原告は被告らの前記義務違反行為により本件手形金相当の合計金二〇〇〇万円の損害を被った。

8  原告は、昭和五九年六月二三日、被告住友に対し、右損害金二〇〇〇万円の支払いを請求した。

9  よって、原告は被告らに対し、各自右損害金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因第1ないし第3項の事実は認める(但し、被告埼玉は同1項の事実は不知)。

2  同4項の事実は否認する。被告住友田園調布支店が、昭和五七年一一月二二日、原告より、本件手形につき返却の依頼を受けたことはある。

3  同5項の事実は、被告住友田園調布支店が被告埼玉皆野支店に支払い呈示をさせることなく本件手形を原告に返却した事実は認めるが、遡求権保全の手続きをすべき義務があるとの主張は争う。

4  同6項のうち、被告埼玉皆野支店が被告住友田園調布支店から返却の依頼を受け、支払い呈示をしないまま本件手形を同支店に返却した事実は認めるが、遡求権保全の手続きをすべき義務があるとの主張は争う。

5  同7項の事実は不知。

6  同8項の事実は認める。

三  被告らの主張

本件手形の満期日当時、埼玉県秩父郡皆野町を管轄する手形交換所は存在せず、しかも訴外信用金庫皆野支店は内国為替運営機構に加盟してないため、被告住友田園調布支店としては本件手形を手形交換所に持ち出すことができず、訴外信用組合皆野支店と提携している同機構加盟銀行の被告埼玉皆野支店に対し同手形を送付して取り立て委任をしたのであるから、本件手形の返却については、内国為替取扱規則に則るべきであって、手形交換所規則の適用はない。右内国為替取扱規則によれば、手形の返却依頼の申し出があった場合、取り立て委任の取り消しがあったものとして、直ちに手形返却の手続きをなすのが正当であり、本件手形を支払い呈示することなく返却しても何ら違法でない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因第1項の事実は、原告と被告住友との間では争いがなく、《証拠省略》によればこれを認めることができる。

同第2及び第3項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  次に、請求原因第4項(依頼返却の申し出と支払い呈示の委任)及び第5項(被告住友の債務不履行ないし不法行為)について判断する。

1  《証拠省略》を総合すれば、以下のような事実を認めることができる。

原告は、群馬県でセメント製造業を営む訴外星とコンピューター導入の件で知り合うようになり、原告が本件手形金相当額を同星に対し融資した際、同人より本件手形の裏書交付を受けていたものであるところ、満期日に本件手形金を取り立ててもらうため、昭和五七年一一月一九日被告住友田園調布支店に対しその取り立て委任をしていた。ところが、原告は、満期当日である同月二二日の午前九時ころ、訴外星から電話で、「第一裏書人の訴外中原産業の社長から同星が本件手形の依頼返却を頼まれたから、本件手形につき不渡り処分を受けることを避けるため原告に本件手形の返却手続きをお願いしたい、本件手形は新しい手形に切り直す。」旨の申し出を受けた。そこで、原告は右の依頼を受けて、同日午後三時ころ、被告住友田園調布支店を訪れ、取引先課担当の武笠好次(以下「武笠」という)に対し「この手形が不渡りになっては困る。大恩ある人に頼まれたので、何とか不渡りにせず返す手続きをして欲しい。」と申し出ると、武笠は、直ちに本件手形の支払い場所である訴外信用組合皆野支店に電話をし、本件手形がまだ同支店に支払い呈示されていないことを確認した。原告が武笠に対し本件手形の返却を申し出た際には、原告自身は、支払い呈示をしないで返却する組み戻しとか支払い呈示をして返却する依頼返却とか特に意識していたわけでもなく、返却を申し出るに際し、本件手形を支払い場所に呈示したうえで返して欲しいとか、遡求権保全のための手続きをしてくれといった趣旨の申し出を殊更にせず、依頼返却の付箋のことも特に話題にしなかった。そして、武笠が営業課長の木村謙介(以下「木村」という)に対し原告から返却依頼を受けて電話確認をした旨報告をしたところ、木村は、更に被告埼玉皆野支店に電話をし、本件手形が同支店にまだ止どまっており不渡りにならずに返却できる状況にあることを確認したうえで、依頼返却と組み戻しとの違いに留意することなく、本件手形を直ちに被告住友田園調布支店に返却する手続きをとるよう要請して、被告埼玉皆野支店の了解を取り付け、その後に武笠に指示して、原告をして手形返却依頼書と題する用紙に本件手形の内容等記入させて提出させた。翌二三日は休日であったため、木村は二四日朝被告埼玉皆野支店に対し本件手形につき組み戻しを依頼するテレックスを打った。そして、被告住友田園調布支店は、同月末ころ、被告埼玉皆野支店が支払い呈示をせずに返却してきた依頼返却の付箋のつかない本件手形をそのまま原告に返した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

よって、明示的な依頼返却の申し出ないし支払い呈示の委任の合意があったことを前提とする債務不履行の主張は容認できない。

2  そこで、右認定の事実を前提にして、なお被告住友に債務不履行ないし不法行為があったか否かについて検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、本件手形の支払地である埼玉県秩父郡皆野町を管轄する手形交換所は存在せず、しかも支払い場所となった訴外信用金庫皆野支店は内国為替運営機構に加盟してないため、被告住友田園調布支店は本件手形を手形交換所に持ち出して手形金を取り立てることができず、そこで訴外信用組合皆野支店と提携している同機構加盟銀行の被告埼玉皆野支店に対し個別取り立ての委任をしたこと、内国為替取引においては、顧客から取り立ての依頼を受けた銀行が更にいったん他の銀行に取り立てを依頼した後、返却を要請するものを組み戻しとしており、手続き的に間に合う限り手形満期当日の組み戻しもなされていることが認められる。

ところで、個別取り立ての場合、手形交換所を通して決済する場合と異なり、集団的画一的処理の要請はないため手形交換所規則に則りあるいはそれに準じた処理をする必要は必ずしもない。それゆえに、手形返却の依頼があった場合は各金融機関の事務処理体系あるいは個別委任契約の当事者となった金融機関相互間で定めた処理手続きに従えばよいと解すべきである。仮に、個別取り立ての場合でも手形交換所規則に準じて手形を取り扱う金融機関があったとしても、それは当該金融機関の事務処理体系ないし個別取り立て委任契約の当事者である金融機関相互間で定めた処理手続きがそうなっているだけであり、取引通念上すべての金融機関がそのような処理手続きをしなければならないわけではない。従って、被告住友が手形交換所規則に則って手形の依頼返却手続きをしなかったとしても違法ということはできない。

(二)  《証拠省略》によると、被告住友の場合、手形の組み戻し申し出があったときも依頼返却の申し出があったときも、書類上も手続き上も違いはなく、いずれの場合も申し出があれば手形返却依頼書に当該手形の内容等を記入させ、同手形がまだ支払い銀行に呈示されていなければそのまま呈示させずに持ち出し銀行から返却を受けて依頼者に返却し、同手形が既に支払い呈示されておれば支払い銀行に不渡りにならないような手続きをとって依頼者に返却していること、金融機関によっては、手形返却依頼書と手形組み戻し依頼書とでは用紙を区別しているところもあることが認められる。

ところで、手形の依頼返却も手形の組み戻し依頼も、その本質はもともと取り立て委任の取り消しないしは解除である。交換当日に顧客から手形の返却依頼の申し出があった場合、手形が交換に持ち出されてしまうと、その時点では取り立て委任を受けた銀行としては勘定のうえからも時間的にも返却はできず、手続き的にも交換所における集団的な呈示交換のときにどの手形につき依頼返却の申し出が出ているのか一々知ることは繁雑困難であり、支払い銀行が一旦持ち帰った後で依頼返却の申し出の有無を点検するのであるから、結局手形返却の申し出があっても、直ちに返却することができず、そのため交換呈示を避けられないことがありうることは容易に推認できる。《証拠省略》によれば、金融機関の手形返却依頼書に「返却手続きを行っている間に支払い呈示され不渡りとなったときは、支払地の手形交換所規則に従って不渡り届けを出されても異議ありません」という趣旨の定型文言が記載されているものがあることが認められるが、それは手形返却の申し出が遅すぎて、不渡りを回避できる時間にさえも間に合わなかった場合を想定したものであると解される。手形交換所規則において、支払い呈示のあることを前提とする「依頼返却」の諸手続きが規定されているのは右の事態に対応するためでもあると解される。

ところが、手形交換所に回さず個別取り立てをする場合は、満期当日に手形の返却依頼の申し出があっても、手形交換所のシステムとは異なり、支払い呈示以前であれば手形を呈示させないで直ちに返却手続きをとることができ、かかる手続きを原則的にとることこそ、取り立て委任の取り消しないし解除の本来の趣旨に合致するものと解される。

一般に手形の返却依頼は、手形所持人が期日までにはまだ間があるときに、あらかじめ銀行に手形を預けておいて取り立て依頼している場合において、原因関係上の弁済等や手形書き換え等により取り立てが不要となり、取り立て委任を取り消しないし解除する場合になされるものであり、特段の指示のない限り、手続き的に間に合うときは組み戻し依頼と解すべきであり、間に合わないときは依頼返却でも可とする依頼と解するのが相当である。従って、組み戻し依頼も依頼返却も性質は同じである以上、被告住友が両者を区別する手続きをとっていないとしても違法ということはできない。

(三)  よって、被告住友田園調布支店が、本件手形の不渡りを回避することを主眼とする原告からの本件手形の返却依頼の申し出を受けて、本件手形を有していた被告埼玉皆野支店に対し、支払い呈示をさせずに直ちに返却させた行為は、原告の返却依頼の趣旨にも手形交換所規則の趣旨にも反せず、債務不履行及び不法行為となるものではないというべきである。

三  請求原因第6項(被告埼玉の不法行為)の事実について判断する。

前記二の認定事実によれば、被告住友田園調布支店の木村が、昭和五七年一一月二四日朝に被告埼玉皆野支店に対し本件手形につき組み戻しを依頼するテレックスを打ち、これを受けて被告埼玉皆野支店が支払い場所である訴外信用組合皆野支店に本件手形を呈示することなく被告住友田園調布支店に対し依頼返却の付箋も付けずに本件手形を返却したものである。右事実によれば、被告埼玉皆野支店としては同住友田園調布支店のテレックスによる要請どおり直ちに組み戻しによる手形返却の手続きをとったのは、むしろ当然というべきであり、被告埼玉皆野支店に取引上の信義則違反があったということはできない。また、個別取り立てにあっては手形交換所規則が当然には適用または準用されるものでないことは前述のとおりであるから、同規則違反を前提とする不法行為は成立する余地はないといわざるをえない。

四  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 生田瑞穂 櫻庭信之)

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