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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)178号 判決

原告

株式会社潮文社

右代表者代表取締役

小島正

被告

中央労働委員会

右代表者会長

石川吉右衞門

右指定代理人

福田平

高梨昌

佐藤眞之

田中貞久

溝口嘉正

被告参加人

東京出版合同労働組合

右代表者執行委員長

小山森三

右訴訟代理人弁護士

井上幸夫

上野廣元

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が中労委昭和五九年(不再)第一二号事件について昭和六〇年九月一八日付けでした命令を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告及び被告参加人

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)は、被告参加人(以下「参加人」という。)が原告を被申立人として申し立てていた不当労働行為救済申立事件(都労委昭和五七年不第五六号、昭和五八年不第二九号)について、昭和五九年二月七日付けで別紙(一)の内容の主文の救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。原告は、被告に対し、同年三月七日、初審命令を不服として再審査申立てをした(中労委昭和五九年(不再)第一二号)が、被告は、昭和六〇年九月一八日付けで別紙(二)(略)のとおり再審査申立てを棄却し、初審命令を維持する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し、同命令書の写しは、同年一一月一八日に原告に交付された。

2  しかし、本件命令は、以下に述べるとおり、事実認定が予断と偏見に満ちたもので誤っており、その結果、判断も誤ったものであって、違法である。

(一)(1) 本件命令により維持された初審命令の主文第一項にかかる事項(昭和五七年度の賃上げ及び夏期一時金に関する団体交渉における原告の対応)について

原告が昭和五七年度の賃上げ及び夏期一時金に関する団体交渉においてゼロ回答を行った主たる理由は、参加人の組合員である従業員が昭和五六年二月二四日の潮文社労働組合(以下「潮文社労組」という。)結成後、その勤務態度を極端に悪化させたこと及び参加人の機関紙上で原告に対する虚偽と悪意に満ちた中傷宣伝をする等の反会社的な行為をしたことにあるのであって、原告の経営状態が悪化したことは付随的な理由にすぎない。したがって、原告の経理内容を開示することは不必要なことであったが、原告は、団体交渉において、参加人の納得を得るため、売上高の不調、返品率の増大、増刷の減少、出版点数の激減等の事情を説明しているのであって、それ以上の経理関係資料の開示を要求されるいわれはなく、また従業員の勤務態度が悪いことについては、具体的に事実を指摘して説明しているのであって、改めて査定の項目や基準を示さなければ相手方において理解できないというものではない。以上のとおりであるから、団体交渉における原告の対応が不誠実であったとすることはできない。

(2) 本件命令により維持された初審命令の主文第二項にかかる事項(参加人組合員柴田修平及び同長尾義弘の賃金の昭和五七年四月分からの引上げ)について

参加人組合員柴田修平(以下「柴田」という。)及び同長尾義弘(以下「長尾」という。)の賃金を昭和五七年四月に引き上げなかったのは、(1)に述べたとおりの理由があったからである。なかでも参加人の機関紙に原告に対する中傷記事を掲載したことは懲戒解雇相当の不行跡である。他方、非組合員Sについて月額三七〇〇円の賃金引上げをしたのは、そのまじめな勤務態度によるものであって、原告のこの措置は、給与規定四八条四項三号(その内容は、別紙(二)の本件命令の「当委員会の認定した事実」の3の(2)記載のとおりである。)からして当然のものであり、柴田及び長尾について賃金を引き上げなかったのは、組合員であることを理由とするものではない。

(3) 本件命令により維持された初審命令の主文第三項にかかる事項(参加人組合員堀内紀子の時給の引上げ及び原職復帰)について

参加人組合員堀内紀子(以下「堀内」という。)は、原告との間の昭和五七年二月の合意に基づいて同年三月二五日にいったん退職したうえで、同年四月一日に再度臨時従業員として従前と同様の条件で新規に採用されたものである。堀内以外の継続して勤務していた二名の臨時従業員の時給を同日引き上げながら、堀内について引き上げなかったのは、右の合意に基づくものであって、同人が組合に加入したこととは何の関係もない。

新規採用か否かの点をおくとしても、堀内には、潮文社労組結成後、上司の業務上の指示に従わなかったり、原告に入社したばかりの従業員に原告の悪口を言ってその意欲を喪失させるといった言動があったので時給を引き上げなかったのであり、同人が組合に加入したこととは何の関係もない。

また、原告が堀内に対し、昭和五八年四月一日以降の雇用関係の継続を拒否したのは、同人の臨時従業員としての契約期間一年が同年三月三一日をもって満了したこと及び同人がしていた書籍管理の仕事(返品本の再生処理)がなくなったことによる。同人の後任者を採用していないこと及び同人と同様書籍管理の仕事をしていた他の一人の臨時従業員も同日以降に退職したが、その後任者も採用していないことから、同人の仕事がなくなったことは明らかである。以上のとおりであるから、堀内との雇用関係の継続を拒否したのは、組合に加入したことを理由として同人を原告から排除することを目的とするものではない。

(二) 本件命令の「第1 当委員会の認定した事実」についての認否

(1) 1の(1)は認める。同(2)のうち、組合員数は認め、その余は不知。

(2) 2の(1)のうち、組合結成の動機は不知、その余は認める。同(2)のうち、原告代表者(以下「小島社長」という。)が、昭和五六年二月二五日、同年四月に発刊を予定していた総合雑誌「鐘」につき、「労働組合ができて『鐘』が名鐘とならないことが即座に分かった」と発表したこと、潮文社労組の島内行夫委員長(以下「島内委員長」という。)に対して降格を命じ、三名の執行委員に対して編集から営業の仕事に移るよう通告したこと及び潮文社労組の結成を非難し、団体交渉に応じなかったことは否認し、その余は認める。同(3)、(4)は認める。同(5)のうち、〈1〉は否認し、その余は認める。〈1〉は、原告が、団体交渉において、就業規則五九条一号の「始業時刻前に入場し、タイムカードに記録し、就業に適するよう服装を整え、職場を清潔に整備し、安定した心身の状態のもとに就業すること」との規定及び社員勤務心得〈4〉の「時間励行のこと。始業時刻前に服装を整え、職場を清潔にしておくため余裕をもって出社すること。」との規定がいずれも従業員に対して早出を強制するものではないことを言明したものである。同(6)のうち、組合結成後、小島社長が常時編集室内で執務するようになったこと及び分会員一〇名のうち七名が順次退職し、昭和五六年一〇月末には分会員が柴田、長尾及びSの三名のみとなったことは認め、その余は否認する。同(7)は認める。同(8)のうち、小島社長の発言がSの組合脱退の動機となったことは否認し、その余は認める。同(9)は認める。

(3) 3の(1)のうち、〈3〉の具体的な資料の提示、説明を行わなかったこと及び〈4〉の原告が「嫌なら会社を辞めればよい。」と言ったことは否認し、その余は認める。〈4〉の会社の発言は、「嫌なら会社を辞めてもよい。」というものである。同(2)、(3)は認める。

(4) 4の(1)のうち、本人の希望額、中途採用者の場合に前社での賃金額を聞いて個々人の初任給の額を決定していたことは否認し、その余は認める。本人の希望額や中途採用者の場合に前社での賃金額を聞いて、原告における初任給の規定額が本人の満足できる額であるかどうかを考慮して、採否自体を決していたものである。同(2)は認める。同(3)のうち、長尾が週三日外回りに従事していたことは否認し、その余は認める。長尾は、二か月間のアルバイト期間は専ら書籍管理に従事し、その後は週二、三日外回りに従事していた。同(4)は認める。

(5) 5の(1)は認める。同(2)のうち、小島社長が堀内に対し、昭和五七年二月六日、「九月一〇日で辞めてもらいたい。」と言ったこと及び堀内が小島社長に対し、同年二月一〇日、「生活に困るし辞められない。」と答えたことは否認し、その余は認める。小島社長は、堀内に対し、同月六日、「三月に辞めてもらいたい。それが都合が悪いのなら九月でもよい。」と言ったのであり、この小島社長の退職の勧告に対し、堀内は、「私もいつまで勤められるかと思っていましたから」と述べて、勧告に応ずる旨を明らかにした。同(3)の第一段のうち、堀内が同年三月二四日に組合に加入したことは認め、その余は不知、第二段のうち、会社が団体交渉において「堀内の解雇を撤回しない。」との回答をしたことは否認し、その余は認める。堀内は、小島社長の勧告に従って退職する旨の意思を明らかにしていたのであり、原告と堀内との間に退職の合意が成立した後に原告において解雇を撤回するとかしないとかいうことは意味をなさないから、そのような回答はしていない。同(4)ないし(8)は認める。

二  請求の原因に対する被告及び参加人の認否と主張

1  1の事実は認め、2の主張は争う。

2  本件命令の理由は、別紙(二)の「理由」欄記載のとおりであり、その事実認定及び判断に誤りはない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、それらをここに引用する。

理由

一  請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  当事者

1  本件命令の「第1 当委員会の認定した事実」の1の(1)の事実は、当事者間に争いがない(以下、本件命令の「第1 当委員会の認定した事実」欄に記載の事実を単に「1 の(1)の事実」などと表示する。)。

2  (証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、参加人は東京都内の中小零細出版社に働く労働者によって結成された労働組合で、日本出版労働組合連合会に加盟していることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

三  労働組合の結成及びその後の労使関係

1  2の(1)の事実のうち、原告の一〇名の正社員全員が昭和五六年二月二四日に潮文社労組を結成したこと及び潮文社労組が同年三月三日に参加人に加盟してその分会となったことは、当事者間に争いがない。

(証拠略)によると、潮文社労組結成時の委員長が編集部主任の島内行夫、副委員長が営業担当の柴田修平(以下「柴田」という。)、書記長が編集担当の楢崎知行(以下「楢崎」という。)であったこと及び組合結成の目的が従業員の入れ替わりの激しい職場を改善して従業員の定着を図ること、賃金等の労働条件を向上させること等にあったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  2の(2)の事実のうち、潮文社労組が結成の翌日である昭和五六年二月二五日に原告に対して結成通告をするとともに、組合活動の権利に関しての団体交渉を申し入れたこと、これに対し、小島社長が、同年四月発刊予定の総合雑誌「鐘」の発刊を中止する旨の発表をしたこと及び同日午後五時一〇分ころ、潮文社労組が再度団体交渉を申し入れたところ、小島社長が「けがらわしい、やれるならやってみなさい。こうなれば戦争です。ストも一か月、二か月、一年でも打ちなさい。」などと言ったことは、いずれも当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、昭和五五年一〇月ころ、月刊総合雑誌「鐘」の発刊を企画し、その編集長及び編集員を募集し、昭和五六年一月、訴外山田五郎(以下「山田」という。)を編集長として、楢崎を編集員として採用のうえ、同年四月の創刊を目指して作業を進め、潮文社労組の結成通告のあった同年二月二五日には、相当数の原稿も集まっている状態であった。小島社長は、同日、潮文社労組の結成通告を受けるや、即座に「鐘」の発刊の中止を発表した(この事実は、当事者間に争いがない。)が、その際、山田や楢崎の意見を徴するようなことは全くしなかった。小島社長が「鐘」の発刊を中止することを決意した理由は、原告の会社内に労働組合を結成するような事情があるようでは、「鐘」が名鐘にならないというところにあり、その後発刊中止の撤回を求める潮文社労組に対してもその旨の説明をした。

(二)  小島社長は、同日、島内委員長に対し、編集部の主任から降格させることを通告し、また「鐘」の発刊中止に伴って仕事がなくなることを理由に、山田及び楢崎に対し編集から営業の仕事に移るよう指示したが、その後、潮文社労組からの抗議もあり、島内委員長については主任手当の支給を停止する等の現実的な降格措置はとらず、山田及び楢崎についても、同人らの拒絶により実際に営業の専任とすることはしなかった。

(三)  小島社長は、従業員の採用の際又は入社後に、人間的な誠実を重んずるという会社としての理念を詳しく説明し、その納得を得て会社経営をしてきたと自負していたため、従業員が同社長に何らの事前の相談もなく労働組合を結成し、その通告をしたことについて、労使の信頼を裏切る重大な行為であって、原告の理念をじゅうりんするものであると感じた。

3  2の(3)、(4)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

4  2の(5)の事実は、〈1〉を除き当事者間に争いがない。

(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、原告における始業時刻は午前九時とされていたが、就業規則五九条一号が「始業時刻前に入場し、タイムカードに記録し、就業に適するよう服装を整え、職場を清潔に整備し、安定した心身の状態のもとに就業すること」と規定し、社員勤務心得〈4〉が「時間励行のこと。始業時刻前に服装を整え、職場を清潔にしておくため余裕をもって出社すること。」と規定しており、また小島社長から始業時刻より前に出社して社内の清掃作業をするよう指示されていたこともあって、従業員は、原告から、始業時刻前の早出を強要されていると感じていたので、参加人は、昭和五六年四月中旬から七月上旬までの団体交渉において、この点を取り上げ、原告に対し、早出を強要しないよう要求したところ、原告は、右の両規定が作業員の早出を強要するものではないことを言明したことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

5  2の(6)の事実のうち、潮文社労組結成後、小島社長が常時編集室内で執務するようになったこと及び昭和五六年一〇月末までに、分会員一〇名のうち七名(編集員は六名全員)が順次退職し、分会員が柴田、長尾及びSのみとなったことは当事者間に争いがない。

6  2の(7)ないし(9)の事実は、Sの組合脱退の動機の点を除き、いずれも当事者間に争いがない。

三  昭和五七年度の賃上げ及び夏期一時金に関する団体交渉

1  3の(1)の事実は、〈3〉のうち、原告が昭和五七年四月一九日の団体交渉において具体的な資料の提示、説明を行わなかったこと及び〈4〉のうち、原告が「嫌なら会社を辞めればよい。」と言ったことを除き、当事者間に争いがなく、同(2)、(3)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  (証拠略)によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和五七年三月二九日から六月一一日までの八回の団体交渉(参加人による都労委に対する不当労働行為救済の申立て前の団体交渉)において、原告が経営状態の悪化について説明したのは、三月二九日に、返品率が増大し、重版引受部数が減少したこと等を口頭で説明した(この事実は、当事者間に争いがない。)一回のみであった。また、原告は、組合員の勤務態度の悪化について、非組合員のSは、始業時刻よりも三〇分程度早く出社して職場の清掃等をしているが、組合員の柴田及び長尾はそうしていないこと、長尾が、採用面接時(昭和五五年九月ころ)に希望した額よりも高い額の賃金を得ていながら、潮文社労組結成後、「こんな安い給料では嫁さんももらえない。」と発言したことが不誠実な行為であること及び昭和五七年二月二六日付けの参加人の機関紙「統一のひろば」掲載の記事が原告に対する悪質な中傷である等の説明をした。

(二)  昭和五七年四月二六日から五月一八日までの四回の団体交渉において、原告は、「昨年から全部話しており、あなた方の言うことにはイエスかノーかしか答えない。」、「うちのやり方についてこれないのなら、それは気の毒だ。気の毒なところにはいなくてよいでしょう。」、「生活できないところにいる必要はない。」、「あなた方は辞めてもらっていい。」などといった発言を頻繁にしたが、右の各団体交渉当時、小島社長は、参加人の態度が総会屋的であるから、そのような参加人からの要求にいちいちかかずらわってはいられないと考えていた。

(三)  東京都区部の昭和五七年三月の消費者物価指数は、昭和五五年平均と比して六・九パーセント、昭和五六年平均と比して一・九パーセント上昇していた。

四  柴田及び長尾の賃金等

1  4の(1)の事実は、新規採用者の初任給は、原告において、本人の希望額、中途採用者の場合には前の勤務先での賃金額を聞いて決定していたことを除き、当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、原告において、正社員は、「営業」、「事務」、「編集」というように職種別に募集され(この事実は、当事者間に争いがない。)、原則として二か月の試用期間を置いて採用されているところ、初任給の額は、小島社長が新規採用者から、希望額や前の勤務先での賃金額を聞き、学歴、年齢、経験等についても考慮のうえ決定していたこと及び入社後の賃金の改定は、前判示のとおりの給与規則四八条等は存するものの、それ以上に職種別の給与表が存するわけでもなく、また、勤続年数、勤務成績、職位等の項目による改定の方式が決められていたりしたわけでもないことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  4の(2)の事実は、当事者間に争いがない。

3  4の(3)の事実は、長尾の試用期間(原告はアルバイト期間と主張)中の具体的な職務の内容及びその後の具体的な職務の内容につき週三日が外回りか、週二、三日が外回りかという点を除き、当事者間に争いがない。

4  4の(4)の事実は、当事者間に争いがない。

五  堀内の賃金及び解雇

1  5の(1)の事実は、当事者間に争いがない。

2  5の(2)の事実は、小島社長が堀内に対し、昭和五七年二月六日、「九月一〇日で辞めてもらいたい。」と言ったこと及び堀内が小島社長に対し、同年二月一〇日、「生活に困るし辞められない。」と答えたことを除き、当事者間に争いがない。

3  5の(3)の事実のうち、堀内が昭和五七年三月二四日に参加人に正式加入したこと及び同月一六日と二九日の団体交渉において、参加人が堀内の解雇撤回を求めたのに対し、原告が「前非を悔いるなら従前と同様の条件で就労を認める。」、「まじめにやりますとひとこと言えばいい。」等の回答をしたことは、当事者間に争いがない。

4  5の(4)ないし(8)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

5  (証拠略)によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  堀内は、潮文社労組結成後昭和五七年三月二四日の参加人への正式加入前においても、他の臨時従業員を誘って組合の会合等に出席しており、組合員と親しく交際していた。

(二)  原告は、右の期間に、堀内に対して、二階の便所を使用しないこと、昼の休憩時間に談話室を使用して食事をしないこと、夏期に本来の作業場から冷房設備のある部屋に移って仕事をしたりしないこと等を指示したが、堀内は、潮文社労組結成前においてもこれらのことをしており、原告としてそれを知りながら何らの注意や指示をしたことがなかったことから、右の指示に対し素直には従わなかった。

(三)  昭和五七年二月一〇日に堀内が小島社長に呼ばれた際、堀内が、同年九月までは原告において働きたい旨の希望を述べたことに対し、前判示のとおり、小島社長から「九月までいるのであれば、四月からは、勤務時間は午前一〇時から午後三時までとし、土曜日は休み、賃上げ、ボーナスはゼロにするから、三月二五日で辞めたらどうか。」との退職を勧告する趣旨の発言があった。

(四)  堀内は、昭和五七年二月六日、一〇日の二度にわたる小島社長からの退職勧告の後同月二五日までの間に、柴田及び参加人の執行委員であった川合一範と相談をして、この件に関する原告との交渉を参加人に委任し、参加人は、同年三月三日付けで、原告に対し、堀内に対する解雇の理由を文書で明らかにすべき旨の要求書を交付した。

(五)  原告は、昭和五八年四月一日以降堀内との雇用関係の継続を争い、その就労を拒否している(この事実は、当事者間に争いがない。)が、同日以降昭和六一年三月までの間、堀内が従前していた書籍管理の仕事(返品本の再生処理)は、営業部長、柴田、長尾及びS(昭和五九年七月に退職)らが手分けして処理している。

六  不当労働行為の成否

1  昭和五七年度の賃上げ及び夏期一時金に関する団体交渉について

参加人の昭和五七年三月一六日の賃上げ及び夏期一時金支給の要求に対し、原告が、同月二九日、賃上げについては査定により昇給させる者を除いて原則はゼロであり、夏期一時金はゼロである旨回答したうえ、非組合員のSに対してのみ四月分賃金から三七〇〇円の賃上げを実施したこと、同年七月五日の参加人の都労委に対する不当労働行為の救済の申立てに至るまでの間に行われた八回にわたる団体交渉において、原告がゼロ回答の理由として説明したのは、会社の経営状態が悪化したこと及び組合員の勤務態度が悪化したことの二点であるが、経営状況の悪化については、返品率が増大し、重版引受部数が減少したこと等を口頭で説明したのみ(しかも、過去の各年度との比較を数字を示して説明したわけではない。)であって、それ以上の具体的な資料の提示や説明はせず、また組合員の勤務態度の悪化については、非組合員のSは始業時刻よりも三〇分程度早く出社して職場の清掃等をしているが、組合員柴田及び長尾はそうしていない等の説明はしたものの、従業員の勤務成績の査定方法、基準、その結果の昇給額への反映のさせ方等については全く説明しなかったこと及び右の不当労働行為の救済の申立て後に行われた団体交渉において、経営状況の悪化については、昭和五五、五六年度の各売上高と昭和五七年四月から七月までの売上高を口頭で述べたのみで、追加資料の提示を拒み、組合員の勤務態度の悪化については、都労委における審問の資料として昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの柴田、長尾及びSの遅刻、欠勤回数を示す資料を提出し、査定基準としては「当人の過去・現在の勤務態度、勤務成績、能力、それらをふまえた将来への期待度等を総合的に判断したものであって、就業規則に定めた服務心得や社員心得等をどれだけ忠実に守っているか、また守ろうとしているかにかかっており、それを貫くものは会社とその仕事に対する責任感であり、誠実さということに要約されるはずである。」というのみで、それ以上の説明をすることも資料を示すこともしなかったこと等は、前判示三のとおりである。

ところで、労働組合法七条二項は、使用者が正当な理由なく団体交渉を拒否することを不当労働行為として禁止する旨規定しているが、団体交渉自体は行われたが、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったと認められないような場合も、ここにいう団体交渉の拒否として不当労働行為とされるものと解するのが相当である。したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらなければならず、たとえば、交渉事項に応じて、自己の主張の根拠を具体的に説明し、その裏付けとなる客観的な資料等を示し、また相手方の提案に対して譲歩をすることができないとしても、譲歩ができないことを理由に以後の交渉を拒むことなく、その根拠を示して反論する等の努力をすべきであって、この努力を怠り、一方的に自己の主張を繰り返し、その結論を押し付けるような場合には、誠意をもって団体交渉に当たらなかったものとして、不当労働行為となることがあるものというべきである。

右の観点から本件の原告の団体交渉における態度をみるに、原告の給与規則において、賃金の改正は物価改正と考課改正の二種に分けて考えることとし、物価改正は原則として改正前に発表された総理府統計局調査の消費者物価指数の一年間の変動率を乗じた額を基準として考慮し、必要があればこれに適宜の金額を加算して決定するとされているところ、東京都区部の昭和五七年三月の消費者物価指数は、昭和五五年平均と比して六・九パーセント、昭和五六年平均と比して一・九パーセント上昇していること、原告においては過去業績の悪いときでも世間並みの賃上げを行ったこと及び参加人の団体交渉における態度や対応に特段の不都合が認められないこと等の事情を勘案すること、原告が本訴において主張するように、昭和五七年度の賃上げ及び夏期一時金の支給がいずれもゼロである旨の原告の回答の主たる理由が、参加人の組合員である柴田及び長尾の勤務態度が悪化したことにあるとしても、右に判示したような団体交渉における原告の態度は、参加人が団体交渉を求めた昭和五七年度の賃上げ及び夏期一時金の支給に関する原告の回答について、参加人の理解と納得を得るため、その根拠を具体的に説明し、その裏付けとなる客観的な資料を示すといった努力に欠けており、自己の主張を繰り返し、その結論を一方的に押し付けるものであって、到底誠意のある態度であったと認めることはできず、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ない。

したがって、この点に関する原告の主張は失当であり、本件命令には原告主張のような違法はない。

2  柴田及び長尾の賃金等について

原告は、昭和五七年四月に非組合員であるSについて月額三七〇〇円賃金を引き上げながら、組合員である柴田及び長尾について引き上げなかった主たる理由の一つとして、参加人の機関紙に原告に対する中傷記事を掲載したことを挙げ、これを懲戒解雇相当の不行跡であると主張しているので、まずこの点について検討する。

(証拠略)によれば、次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  参加人は、「統一のひろば」と題する機関紙を発行していたところ、昭和五七年二月二六日付けの機関紙において、原告の労務管理上の施策を批判したうえ、同年春闘の一環として、原告の労働組合敵視の施策をやめさせ、労働条件の改善を要求する等の分会の行動を支援する旨の記事を掲載した。当時の参加人の潮文社分会の組合員は、柴田及び長尾の二名だけであった(この事実は、当事者間に争いがない。)参加人が機関紙上で原告における労使紛争に関する記事を掲載したのは、昭和五六年二月二四日の潮文社労組結成後昭和五七年七月五日の都労委に対する不当労働行為の救済の申立てまでの間、この一回のみである。

(二)  右機関紙の記事の内容を検討する。

まず、小島社長の昭和五七年一月五日の組合員に対する「あなた方は社員と思っていない、やめてもらっても結構だ。」との発言(この事実は、当事者間に争いがない。)を右の機関紙上では、「組合員はネ!従業員と!思っとらんのだ!」との発言として掲載し、批判した。

次に柴田の賃金につき「二七歳、勤続二年、年収一九六万円」と書いて低賃金である旨及び従業員の平均勤続年数が短かすぎると論評した。

また、憲法一八条及び二八条の条文を引用したうえ、小島社長が従業員に対して始業時刻前に出社して清掃等をするよう指示していたことを、「朝は、始業三〇分前!に出社して清掃せよ!」と表現し、原告が長尾を週二、三日の外勤営業と内勤の書籍管理の仕事から昭和五六年一二月二八日以降、書籍管理専任としたことを、「組合員長尾さんを、営業から、何十万冊もある商品倉庫に配転。一人で返品本の直しから出庫、入庫までをやらせる。」と表現し、小島社長が堀内に対し退職の勧告をしたことを、「九年勤めた婦人のパート労働者を「親組合」ということで解雇。」とそれぞれ表現して紹介し、以上をまとめて「あげればキリのない使い捨てに、怒り以外の何ものもない。」と結論づけた。

以上(一)及び(二)の事実並びに前判示の原告の潮文社労組結成後の労働組合又は組合員である従業員に対する対応の仕方等を総合すると、右の機関紙に掲載された記事の内容は、基本的には事実に基づいて、潮文社労組結成後の原告の労働組合又は組合員である従業員に対する対応の仕方を批判し、参加人として分会の要求行動を支援するという趣旨のものであるということができ、内容の一部に事実を誇張した部分(「何十万冊もある商品倉庫」、「一人で返品本の直しから出庫、入庫まで」等)や労働組合としての小島社長の会社経営の方法についての論評的な表現(「使い捨て」等)は見られるものの、その内容が大部分事実に基づかず又は事実を誇張歪曲して原告を非難攻撃し、全体として原告を中傷するものであるとは到底いえない。したがって、右の機関紙掲載の記事の情報が柴田及び長尾から出たものであることは明らかであるが、両名の労働組合活動としての右の言論活動が懲戒解雇相当の不行跡であると考えることはできない。

また、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの間、柴田及び長尾の遅刻、欠勤回数がSに比較して多かったこと並びに柴田及び長尾は毎朝始業時刻ぎりぎりに出社し、Sは毎朝始業時刻の三〇分程度前に出社し、職場の整理、整頓に努力していることは前判示のとおりであるが、このことを原告の給与規則にいう「考課改正」において職務遂行能力等とどのように関連づけ、位置づけ、査定したのか、右規則にいう「物価改正」をどのように考慮したのか等について、原告は、具体的な立証を全くしていない。

他に、原告が柴田及び長尾に対し、昭和五七年四月分から賃金を引き上げなかったことにつき合理的な理由を見出すことはできず、他方、前判示二ないし五の各事実を総合すれば、原告が従業員の労働組合結成及びその後の活動を嫌悪していたことを推認し得るから、原告が、非組合員のSに対してのみ月額三七〇〇円賃金を引き上げ、柴田及び長尾に対して賃金の引き上げをしなかったことは、両名が組合員であることの故をもって不利益な取扱いをしたものと認めるのが相当であり、労働組合法七条一号所定の不当労働行為に当たるものというべきである。

したがって、この点に関する原告の主張は失当であり、本件命令には原告主張のような違法はない。

3  堀内の賃金及び解雇について

(一)  原告は、昭和五七年四月一日から従前から継続して雇用していた二名の臨時従業員の時給を引き上げながら、堀内のそれを引き上げなかったのは、堀内が原告との間の合意に基づいて同年三月二五日にいったん退職したうえ、同年四月一日に再度従前と同様の条件で新規に採用されたからであって、原告と堀内との間の合意に基づくものであり、同人が組合に加入したこととは何の関係もないと主張するので、この点についてまず検討する。

原告は、昭和五七年二月六日の小島社長から堀内に対する退職の勧告に対して、堀内が「私もいつまで勤められるかと思っていましたから」と述べたことをもって退職の合意が成立した旨主張し、また同人が原告の取引先の従業員である原田雅夫に対して、原告を辞めることになったとのあいさつをしたことがその明らかな証拠である旨主張するが、五の1ないし5に判示の各事実、特に、小島社長が堀内に対して、同月一〇日に再度退職の勧告をし、その際、同人が同年九月までは原告において働きたい旨の希望を述べていること、堀内が小島社長による退職の勧告の後遅くとも同年二月二五日には参加人に相談し、参加人も同月二六日付けの機関紙上でこの問題を取り上げ、同年三月三日には原告に対して解雇の理由を文書で明らかにすべき旨の要求書を交付し、その後団体交渉を行っていること等を勘案すると、仮に、堀内が同年二月六日に小島社長に対して原告主張のとおりの発言をしたとしても、これをもって、確定的に退職の合意が成立したものと認めることはできず、また成立に争いのない乙第一一一号証によると、堀内が小島社長から退職の勧告を受けた後に原告の取引先の従業員である原田雅夫に対して、原告を辞めることになった旨のあいさつをした事実を認めることができるが、右の乙第一一一号証によっても、堀内のしたあいさつの文言や趣旨が必ずしも明瞭でなく、退職の合意が成立したことを推認し得るに足りる的確な証拠ということはできず、他に原告が主張する退職の合意があったことを認めるに足りる証拠はない。

また、堀内が昭和五七年四月一日から再度就労することとなったのは、五の4に判示のとおり、原告が同年三月三一日に参加人に対し、従来どおりの条件で同人の就労を認める旨答えたことによるものであって、同人において同月二五日の退職及び同年四月一日の新規採用を認めたわけではないから、同日からの時給が従前と同額であったことが同人との合意に基づくものであるとの原告の主張は、採用することができない。

したがって、堀内と原告との間には、昭和五七年四月一日以降も昭和四八年九月に締結した期間の定めのない臨時従業員としての雇用契約が継続していたものというべきである。

次に、原告は、堀内には、潮文社労組結成後、上司の業務上の指示に従わなかったり、原告に入社したばかりの従業員に原告の悪口を言ってその意欲を喪失させるといった言動があったので時給を引き上げなかったのであると主張するので、この点を検討する。

(証拠略)には、右の原告の主張に沿う部分があるが、それらはいずれも具体性に欠けるものであるばかりか、上司の指示に従わないという点については、五の5の(二)に判示のとおり、潮文社労組結成前には何らの注意や指示をしていなかった事項についてのことであると認めるのが相当であり、本件全証拠によっても、非組合員である二名の臨時従業員に対しては時給を引き上げ、堀内に対して時給を引き上げなかったことにつき合理的な理由を認めることはできない。

他方、前判示二ないし五の各事実を総合すると、原告が、潮文社労組結成以来の活動を嫌悪していたこと、堀内の参加人への正式加入前から組合員との接触を快く思わず、同人に対し、潮文社労組結成前には何らの注意や指示をすることがなかった事項についてまで注意や指示をするようになり、更に退職の勧告をするに至ったと推認し得るところ、これらの事情を併せ考えると、原告が、昭和五七年四月一日から従前から継続して雇用していた非組合員である二名の臨時従業員の時給を引き上げながら、堀内のそれを引き上げなかったのは、同人が労働組合に加入したことを理由とする不利益な取扱いであると認めるのが相当であり、労働組合法七条一号所定の不当労働行為に当たるものというべきである。

したがって、この点に関する原告の主張は失当であり、本件命令には原告主張のような違法はない。

(二)  原告は、堀内に対し、昭和五八年四月一日以降の雇用関係の継続を拒否したのは、同人の臨時従業員としての契約期間が同年三月三一日をもって満了したこと及び同人がしていた書籍管理の仕事(返品本の再生処理)がなくなったことによると主張するので、この点について検討する。

堀内について、原告との間で昭和五七年四月一日以降も昭和四八年九月に締結した期間の定めのない臨時従業員としての雇用契約が継続していたことは、前判示のとおりであるから、契約期間一年が満了したとの原告の主張は理由がなく、昭和五八年四月一日以降同人との雇用関係の継続を拒否した原告の行為は、同人に対する解雇の意思表示であると解するのが相当である。

そして、(証拠略)には、堀内のしていた書籍管理の仕事がなくなったとの原告の主張に沿う部分があるが、それらは、結局のところ、昭和五八年四月一日以降堀内の後任者を採用していないこと及び同人と同様の仕事をしていた他の一人の臨時従業員についても退職後その後任者を採用していないことから、堀内の原告における仕事がなくなったことが明らかであるというものであるところ、右の各事実のみから同人の原告における仕事が昭和五八年四月一日当時なくなっていたことを推認することは困難であるから、採用することはできず、かえって、原告は、堀内に対して雇用関係の継続を拒否する旨を明らかにした当初は、昭和五七年四月一日に同人との間で期間を一年とする雇用契約が新規に成立したことを前提として期間の満了のみを理由としていたこと、参加人との団体交渉において「前非を悔いてまじめに働くのであれば、半年あるいは一年の新規契約を結んでもよい。」と述べていること等の前判示の各事実を総合して考慮すると、堀内に対して雇用関係の継続を拒否した原告の行為は、同人が組合員であることを理由に、同人を企業外に排除することを目的としてされた不利益な取扱いであると認めるのが相当であり、労働組合法七条一号所定の不当労働行為に当たるものというべきである。

したがって、この点に関する原告の主張は失当であり、本件命令には原告主張のような違法はない。

七  結論

以上の次第で、本件命令には原告が主張するような違法はなく、原告の請求は結局理由がないから、棄却することとし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今井功 裁判官 田中豊 裁判官 星野隆宏)

別紙(一) 主文

1 被申立人株式会社潮文社は、申立人東京出版合同労働組合が申し入れた賃上げ、一時金に関する団体交渉に、会社の経理関係資料および査定の項目・基準を示して充分な説明をするなど、誠意をもって応じなければならない。

2 被申立人会社は、昭和五七年四月分から申立人組合員柴田修平および同長尾義弘の賃金を三、〇〇〇円引上げ、すでに支払った額との差額を支払わなければならない。

3 被申立人会社は、申立人組合員堀内紀子に対し、次の措置をとらなければならない。

(1) 昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの時給を六五〇円とし、すでに支払った額との差額を支払うこと。

(2) 昭和五八年三月三一日付雇用契約更新拒絶の意思表示(本件においては期間満了退職と表示)を撤回して原職に復帰させ、同年四月一日から復帰までの間に受けるはずであった賃金相当額を支払うこと。

4 被申立人会社は、本命令書受領の日から一週間以内に、下記の内容の文書を申立人組合に交付しなければならない。

昭和 年 月 日

東京出版合同労働組合

執行委員長 森岡文一殿

株式会社 潮文社

代表取締役 小島正

当社が行った下記の行為は、不当労働行為であると東京都地方労働委員会において認定されました。今後はこのような行為を繰り返さないよう留意いたします。

1 貴組合が申し入れた賃上げ、一時金に関する団体交渉に、具体的な資料を示して充分な説明を行わず、誠意ある対応をしなかったこと。

2 貴組合員柴田修平氏および長尾義弘氏の賃金を、昭和五七年四月分から引上げなかったこと。

3 貴組合員堀内紀子氏の(1)昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までの時給を引上げなかったこと、(2)同氏に対し昭和五八年三月三一日付で期間満了退職の通告(雇用契約更新拒絶の意思表示)をしたこと。

5 被申立人会社は、前記各項を履行したときは、すみやかに当委員会に文書で報告しなければならない。

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