大判例

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東京地方裁判所 昭和61年(ヨ)2327号 決定

申請人

小林義雄

右代理人弁護士

原周成

加藤芳文

林秀信

被申請人

帝都自動車交通株式会社

右代表者代表取締役

片倉盛秋

右代理人弁護士

大原誠三郎

小田切登

平岩正史

主文

1  申請人の申請を却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

申請人は、「1 申請人が、被申請人に対して労働契約上の権利を有することを仮に定める。2 被申請人は、申請人に対し、昭和六一年七月一日から本案判決確定に至るまで金三八万二八六一円を毎月二七日限り仮に支払え。」との裁判を求め、被申請人は主文と同旨の裁判を求めた。

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実

1  被申請人は、資本金五億円で東京都特別区、武蔵野市及び三鷹市を事業区域としてハイヤー、タクシー業を営み、従業員約二八〇〇名(うち運転手二三一五名)、営業所二三か所を有する東京の四大タクシー会社の一つに数えられる株式会社である。申請人は、昭和五〇年八月二一日に被申請人の臨時運転手となりタクシー部池袋第一営業所に配属され、昭和五一年一月二一日に本採用となって、昭和五九年九月二一日からはタクシー部墨田第二営業所に配属となって現在に至っている者である。

2  被申請人は、昭和六一年七月一七日付けで、(1)申請人が同年六月二八日午前一時四八分ころ、千代田区永田町二丁目一三番地先路上(以下「本件現場」という。)において乗車拒否行為をしたこと、(2)その際、これを現認した東京タクシー近代化センターの職員が指導のため申請人を道路の端に誘導しようとしたのにこれを無視したこと、及び(3)右(1)及び(2)の事実について上司に対してそのような事実がなかった旨の虚偽の申告を行ったことを理由として、申請人を解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)を行った。

二  申請人は、本件解雇において解雇の理由とされた事実は全く根拠が無いものである旨主張するので、以下検討する。

1  本件解雇の理由となった事実の存否について

(一) 本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の事実を一応認めることができる。

申請人は、昭和六一年六月二八日午前一時四八分ころ、空車の状態で赤坂見附方面から山王下方面に向かって進行していたものであり、途中数人の客が手を挙げて乗車意思を表していたがこれを乗車させることなく、道路の中央車線よりを走行していた(この事実は申請人も自認するところである。)。そして、停止信号により本件現場において先頭から三台目の位置に停車したところ、男女五人連れの客の内の一人が申請人のタクシーに近寄り助手席の窓をノックしたが、申請人は前方を向いたまま何らの応対をしないでいたので、その客は申請人のタクシーを離れた。東京タクシー近代化センター(以下「近代化センター」という。)の指導員三名は本件現場においてタクシー業務についての街頭指導に当たっていたが、この状況を見て、そのうち一名が客からの事情聴取を行ったところ、その客は、「五反田まで行きたくて窓をノックしたのですが、前を向いたまま乗せてくれませんでした」旨申告した。また、指導員のうち一名が申請人のタクシーに近付き、申請人の進行方向右側から申請人に対して停車を求め、その上で道路左側に誘導しようとしたところ、申請人のタクシーは、前方の信号が青信号となったので、指導員を避けるようにして急発進し、幾分蛇行しながら山王下方面に走り去り、本件現場からしばらく行った先で別の客を乗車させて船橋まで運送した。

申請人は、この件について格別被申請人に対して報告をしないでいたところ、同年七月一日近代化センターからの連絡をもとに墨田第二営業所の松尾所長や本社の小松タクシー部管理課主事から事情を聞かれたのに対して、そのような事実はない旨答えた。そして、申請人は、同日、右両名とともに近代化センターに赴いて同センター調査課に出頭し、高野課長代理から事情聴取を受け、その結果、申請人は銀座方面で無線の仕事をとりたかったので本件現場において乗車拒否を行ったことを認め、その旨の弁明書を作成して同センターに提出した。被申請人は、申請人の行為がタクシー運転手としての適格を欠くものであり、解雇を行うことが相当であると考え、同月三日、申請人に対して、申請人の立場を考慮した上で任意退職をするよう勧めたが、申請人はこれには応じなかったので、同月一七日申請人を解雇した。なお、申請人は、右退職の勧告をうけた後の同月四日に、被申請人からはその必要がないとされたのにもかかわらず近代化センター運転者研修所の自主研修を受講した。

(二) 以上の事実によれば、申請人は、本件現場において客の乗車申込みを受けたのにこれを拒否し、その際に行われた近代化センターの指導員の指導に従わなかったものであると推認することができ、さらにこのような事実について被申請人に対して虚偽の申告を行ったものということができる。

これに対して、申請人は、本件現場において客から助手席の窓をノックされたことには全く気付かなかったもので、近代化センターの指導員の指導も警備員らしい者が酒によってふざけているのではないかと思ったにすぎないのであり、申請人は乗車拒否をしたり近代化センターの指導に対して服従しなかったのではなく、従って、被申請人に対する虚偽の申告ということもない旨主張し、これに沿う疎明資料を提出している。しかしながら、前記認定のように、申請人は、本件現場にいたる直前においても空車状態であったにもかかわらず他の客の乗車申込みに応じず中央車線を走行しており、当初から本件現場付近で客を乗車させようとの意思を有してはいなかったのではないかと考えられること、申請人は約一一年の経験を有するタクシー運転手であり、本件現場が繁華街であって当時は客も多数いる時間帯であり、しかも当時空車の状態であったのにもかかわらず、客からのノックを気付かないものとは通常考え難いこと、近代化センターの指導員が自車の右前方、しかも中央車線付近にきて誘導するような仕草をしているのに、これを自分とは関係がなく、単に警備員が酒に酔ってふざけているとだけ認識するとは合理的でないこと(申請人においても本件現場を青信号に従って発進した後すぐにこの者が近代化センターの指導員ではないかと考えたことはその自認するところである。)、申請人が車を発進させた後の走行状況及び申請人がその直後に他の客を乗車させていること、近代化センターにおける調査の際には、申請人は乗車拒否及び指導不服従の事実を認めて弁明書を提出し、研修を受講していることからすると、申請人の主張及びこれに沿う疎明資料は合理性を有するものではなく、到底採用することができない。なお、申請人は、近代化センターにおいて乗車拒否の事実がないのにこれを認めるような応対をしたのは、小松主事らから事実を認めれば処分は軽く済むなどといわれたからであるとも主張するが、乗車拒否の事実は前記のように明白であると考えられることや、申請人自身においても被申請人からその必要はないとされているのにもかかわらず乗車拒否を行ったことを前提として研修を受講していることからして、措信することができない。

2  そうすると、申請人の行った行為は、被申請人が定める就業規則六条の「会社の信用と名誉を傷つける行為をしてはならない。」(一号)、「虚偽の報告または申告をしてはならない」(四号)及び同条七号において守るべきことを定めている運転者服務規定七条の「誠実に勤務すること。会社の信用と名誉を重んじ従業員として不名誉になる行為をしないこと。虚偽の報告、申告をしないこと。故なく乗車拒否をしないこと。」(以上の各規定が被申請人において定められていることは疎明資料からこれを認めることができる。)に違反するものであるということができる。

三  本件解雇の効力について

1  申請人は、申請人が所属する被申請人の墨田第二営業所においては、運転手の違反内容に応じて罰則を定めた「告示」が存在し、乗車拒否については始末書提出と三出番の下車勤務とし、期間中大塚教習所で再教育を受けるものとされており、現実に運転手の違反行為に対してはすべてここでの定めに従って処分が決定されていたのに、本件解雇はこの告示が定める基準を超えるものであり、他の同種事案に対する処分と比較しても不当に重い処分であって、被申請人がした本件解雇は解雇権を濫用したものである旨主張する。

そこで、この点について検討するのに、疎明資料によれば、被申請人の墨田第二営業所においては、昭和五四年一一月ころから運営委員会及び操車会議においてタクシー運転手の違反行為に対する罰則規定を定めることについての検討が行われて、同年一二月一七日付けで同営業所の所長名で乗車拒否など五項目の違反態様についての罰則(その乗車拒否についての内容は申請人の主張のとおりである。)を定めた告示を作成し、これを同営業所の仮眠室兼集会室に掲示していたこと及びこれ以降の乗車拒否事案についてはかなりの数の事例について告示が定める基準の範囲内で処分が行われていたことが一応認められる。しかしながら、他方で、疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、この告示のようなものは被申請人の他の営業所においては定められているものではないこと、この告示についてはその後の墨田第二営業所内において運転手の違反行為に対する処分を決する運営委員会の席上その効力を否定する会社側と告示に従って処分を行うべきであるとする従業員側とで見解が対立していたこと、この告示においても、違反については即時に罰則を適用するのではなく運営委員会に計って内容を検討して決定する旨定められていること、被申請人においては乗車拒否等の違反行為に対しては、その違反態様の軽微なものはともかくとしても、重大なものについては被申請人のタクシー運転手としてふさわしくないものとして当初申請人に対してされたのと同様に退職の勧告を行っていて、これまで退職の勧告を受けた者はこれに応じて退職しており、当該運転手がこれに応じないため被申請人が解雇を行ったのは申請人が初めてであること、以上の事実を一応認めることができる。

そこで、これらの事実をもとに考えると、申請人が主張するような告示がかつて制定され墨田第二営業所において掲示されていたことは確かであり、通常の違反行為についてはおおむねこれに従って処分が行われていたものであろうと推測することができる。しかし、他方で、この告示が所長名での罰則規程として掲示されたという形式、体裁及び違反については即時にこれを適用するのではなく運営委員会で内容を検討して決定するとされていること、これまでの重大違反事例に対する被申請人の処分の内容、また、乗車拒否等の違反行為といってもその態様や違反の程度及び違反者の違反理由や違反に対する態様等はすべて異なるものであって一律の評価を行うことは困難であると考えられることなどを考え併せると、この告示は、墨田第二営業所所長が違反行為に対して処分を決するに当たって、通常の違反行為に対する処分の程度を同営業所の従業員との協議の上であらかじめ一応定めて、従業員に対してタクシー運転手として禁止されている違反行為を行うことがないよう注意を喚起したものであるにすぎず、この告示が営業所所長が違反行為に対して行う処分の程度をそこでの定め以上に重く行うことを禁止するものとしての労働協約の性質を有するものであるとか違反行為に対する処分が告示の範囲内でしか行われないとの労使慣行が成立していたとかとまでは解することができないものというべきである。そうすると、申請人に対する本件解雇が告示の定める基準を超えていることをもって直ちにこの解雇が被申請人の解雇権を濫用したものであるということはできない。

2  そして、申請人については前記のように解雇の理由とされた事実があるところ、この事実の態様や違反の程度、申請人のこれに対する対応状況、更にタクシー会社及びタクシー運転手が運送事業に従事する者として乗車拒否等を行わないことが社会的な要請とされていることその他一切の事情をしん酌すると、申請人が行った右の行為について、被申請人が被申請人の就業規則五八条六号に定める「その他やむを得ない必要がある時」に該当するものとして解雇したことは、他の同種違反事例における違反態様や処分内容に照らしてみても不当に重い処分であるということはできないというべきである。そして、他に被申請人が行った本件解雇が解雇権を濫用したものであることをうかがわせるに足りる疎明資料はない。

第三結論

以上のとおりであるから、申請人の本件申請は被保全権利の疎明がないものであり、また、保証をたてさせてこれに代えるのも相当であるとは認められないから、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 星野隆宏)

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