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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6326号 判決

原告 並木初枝

右訴訟代理人弁護士 中村雅人

同 中村順子

被告 東京大和信用組合 (不動産登記簿上の商号 大和信用組合)

右代表者代表理事 山本達雄

右訴訟代理人弁護士 有賀正明

同 佐藤雅美

主文

一  被告と株式会社エクステリアタカラとの間の昭和五六年九月二九日付金六四〇〇万円の金銭消費貸借契約に基づく借主株式会社エクステリアタカラの債務につき、原告の被告に対する連帯保証債務が存在しないことを確認する。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき、東京法務局大森出張所昭和五六年九月三〇日付第四四一九七号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は原告に対し、貸主を被告、借主を株式会社エクステリアタカラ(以下タカラという)とする昭和五六年九月二九日付金六四〇〇万円の金銭消費貸借契約(以下本件消費貸借契約という)について、原告がタカラの債務の連帯保証債務(以下本件連帯保証債務という)を有すると主張している。

2  原告は別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

3  本件建物には、東京法務局大森出張所昭和五六年九月三〇日受付第四四一九七号をもって被告のために根抵当権設定登記(以下本件登記という)がなされている。

しかし、本件連帯保証債務は存在せず、原告は本件登記の承諾もしていないので、原告は被告に対し、本件連帯保証債務の不存在の確認を求めるとともに、本件登記の抹消登記手続をなすよう求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  抗弁

1  被告は昭和五六年九月二九日、タカラとの間で本件消費貸借契約を締結し、タカラに対し、金六四〇〇万円を貸し付けた。

2  並木徳麿(以下徳麿という)は昭和五六年九月二九日、被告との間で、原告のためにすることを示して、本件消費貸借契約に基づくタカラの債務について連帯保証する旨の連帯保証契約(以下本件連帯保証契約という)を締結するとともに、本件建物につき、本件登記の登記原因である根抵当権設定契約(極度額を三〇〇〇万円、債務者をタカラとするもの 以下本件根抵当権設定契約という)を締結した(以下徳麿が原告の代理人として本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約を締結した行為を本件代理行為という)。

3  原告は右2に先立ち、徳麿に対し、本件代理行為をなす代理権を与えた。

4  原告が徳麿に対して右代理権を与えていなかったとしても、本件代理行為は次のとおり民法一一〇条の表見代理となる。

(一) 原告は、昭和五六年九月、徳麿に対し、本件建物につき相続を原因とする原告への所有権移転登記手続をなす代理権を与え、本件建物の登記済権利証、原告の実印及びその印鑑登録証明書を徳麿に交付した。

(二) 徳麿は、当時原告の夫であり、本件消費貸借契約に基づく債務者であるタカラの従業員でもあったが、自らタカラの債務を連帯保証するとともに原告の実印及び印鑑登録証明書を持参して本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約を締結した。

(三) 被告は、(二)により、徳麿が本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約を締結する代理権を有するものと信じた。

5  仮に本件代理行為が民法一一〇条の表見代理とならないとしても、原告は、次のとおり、遅くとも昭和五七年一一月九日ころまでに本件代理行為(少なくとも本件根抵当権設定契約についての代理行為)を追認した。

(一) 原告は、昭和五七年二月ころ、本件建物につき国民金融公庫(以下公庫という)の差押を受けた際、登記簿謄本を取り寄せて本件登記がなされていることを発見し、徳麿に問い質した結果、徳麿の本件代理行為(少なくとも本件根抵当権設定契約についての代理行為)を知ったが、夫のしたことであり、また、徳麿からタカラはすごく景気がいいからちゃんと金は返せるから大丈夫だといわれて、徳麿の無権代理行為に対する追及を止めて、本件代理行為(少なくとも本件根抵当権設定契約についての代理行為)を追認、少なくとも黙示に追認した。

(二) 徳麿は、昭和五七年一〇月二五日、徳麿がタカラを辞めてエクステリア三井(以下三井という)を独立して経営することになったが、原告は、昭和五七年一一月九日ころ、徳麿が三井の運営資金として五〇〇万円をタカラから借り入れるのに本件建物を担保提供することを承諾し、その際、本件代理行為(少なくとも本件根抵当権設定契約についての代理行為)を追認した。

四  抗弁に対する認否

1  請求原因1、2は不知。

2  同3は否認する。

3  同4(一)は認める。

4  同4(二)中、徳麿が当時原告の夫であり、タカラの従業員でもあったことは認めるが、その余は不知。

被告には、徳麿の代理権の存在を信じるについて過失があり、民法一一〇条の表見代理は成立しない。すなわち、原告と徳麿は当時夫婦であるから、一般に安易に原告の印鑑が冒用される可能性があるうえ、本件は、原告が当時夫が勤務していたというだけの関係のタカラの六四〇〇万円もの借入について連帯保証し、原告が母親や子供達とともに居住していた自宅であり、原告の唯一の資産であった本件建物に対して極度額三〇〇〇万円の根抵当権を設定するというもので、原告にとって極めて深刻かつ重大な内容の契約を締結するというものであるから、原告の意思確認は必要不可欠であるというべきであるが、被告は金融機関でありながら、本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約を締結するについて原告の意思を直接確認しておらず、被告には過失がある。

5  同4(三)は不知。

6  同5は争う。原告は、次のとおり本件代理行為を追認してはいない。

(一) 原告が本件代理行為の全貌を知ったのは、本件根抵当権設定契約に基づく根抵当権の実行手続が開始された昭和六〇年八月以降のことである。原告はそのころ被告を訪れ、本件消費貸借契約の契約書(乙第二号証)を見せられ、初めて自分がタカラの被告に対する借入金六四〇〇万円について連帯保証人とされていたことを知った。本件根抵当権設定契約は、本件連帯保証契約と一体として徳麿の代理行為により成立せしめられたもので、原告は、自分が本件代理行為の全体を知らないままに、本件根抵当権設定契約だけを切り離して追認するという特別の意思は有していなかった。

(二) すなわち、本件で設定されたのは根抵当権であり、タカラと被告との継続的な信用組合取引、手形・小切手債権について包括的に一切を担保するものであり、タカラが被担保債務を完済しない限りは抹消されないものであるところ、原告は、六四〇〇万円という高額の被担保債務があったことを昭和六〇年八月ころまで全く知らなかった。

(三) 原告は、昭和五七年二月、本件登記の存在を知る契機となった公庫からの競売申立を受け、これを取り下げてもらうため、徳麿が自分の障害者年金などで滞納金額を工面して支払う有り様であったので、自宅を担保に提供する以上、万一の場合は、自ら弁済資金を用意できなければ担保権を実行されてしまう覚悟が必要なことは経験していた。したがって、タカラの六四〇〇万円もの債務については、到底原告の弁済能力の及ぶところではなく、自宅を担保に提供すればこれを失う結果になることは予想できた。

(四) 原告は一介の主婦であり、タカラは夫の勤務先というだけの関係にすぎず、自分に何の利益ももたらさない本件代理行為を追認する必要性は全くなかった。原告が本件登記の存在を知った後も、徳麿が二年間も行方不明であったりしたために、生活に追われ、弁護士に依頼する経済力もないままなす術もなくそのまま放置したものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  本件消費貸借契約の成立について

《証拠省略》によれば、抗弁1の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件代理行為の成立について

《証拠省略》によれば、①本件連帯保証契約の契約書である乙第二号証、本件根抵当権設定契約の契約書である乙第一号証は、タカラの事務所で作成されたものであるが、徳麿は、借入金額等の記載のない乙第二号証の連帯保証人欄に自分の住所氏名を記載しただけで、原告の実印、印鑑登録証明書、本件建物の登記済権利証等をタカラの経理を担当していた日暮正二(以下日暮という)に預けて右事務所から帰ったこと、②そこで、日暮ないしタカラの従業員において、右乙第一号証の根抵当権設定者欄及び乙第二号証の連帯保証人欄に原告の名前を記載して原告の実印を押印し、乙第一、第二号証を完成させたうえで被告に持参したこと、③徳麿は、日暮に原告の実印、印鑑登録証明書、本件建物の登録済権利証等を預けた際、タカラが被告から三〇〇〇万円以上の借入をし、その担保として本件建物に抵当権を設定することは知っていたが、借入金額が六四〇〇万円であり、本件建物に設定されるのが根抵当権であり、その極度額が三〇〇〇万円であることは正確には知っていなかったこと、④しかし、徳麿としては、タカラは被告に対して四、五〇〇〇万円の定期預金を有しているし、三年間で被告からの借入金を返済できる予定であったので、原告の名前の記載及び原告の実印の押印も含めて乙第一、第二号証の完成を日暮に任せたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約は、直接徳麿の代理行為によって成立したものではなく、徳麿からさらに委任を受けた日暮をとおして締結されたものというべきである。そして、日暮の地位は使者というよりは、復代理人に近いものであったと解される。

3  本件代理行為の代理権の授与について

本件連帯保証契約の保証意思及び本件根抵当権設定契約の根抵当権設定意思を確認した文書である乙第五号証、本件登記の登記申請の委任状である乙第八号証の二が原告の意思に基づいて作成されたものではないことは証人並木徳麿の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により明らかであり、本件代理行為の代理権が原告から徳麿に授与されたことを認めるに足りる証拠は何ら存在せず、かえって、《証拠省略》によれば、原告の父親である並木浅五郎(以下浅五郎という)が昭和五六年八月二三日に死亡したので、徳麿は、本件建物について浅五郎から原告への相続を原因とする所有権移転登記手続をする必要があるといって原告を騙し、原告から実印、印鑑登録証明書、本件建物の登記済権利証等の交付を受け、右2で認定したとおり、これを日暮に預けたことが認められる。

4  民法一一〇条の表見代理について

(一)  抗弁4(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  右2で認定した事実及び《証拠省略》によれば、被告は日暮から日暮によって完成された本件連帯保証契約の契約書(乙第二号証)及び本件根抵当権設定契約の契約書(乙第一号証)とともに原告の印鑑登録証明書の交付を受け、本件建物の登記済権利証も示されたことが推認されるが、右2、3で認定した事実及び《証拠省略》によれば、被告は徳麿が右各契約書を完成させるのを見たわけではなく、また、原告の徳麿ないし日暮に対する委任状を示されたわけでもなく、さらに、原告から保証意思ないし担保設定意思の確認を得ているわけでもないことは明らかであるから、仮に被告が、徳麿が原告から代理権を授与されて本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約の各契約書に原告の名前を記載し、原告の実印を押印したものだと信じたとしても、右代理権の存在を信ずべき正当な理由があったと認めることはできない。

5  追認について

(一)  《証拠省略》によれば、①浅五郎は、昭和五二年六月一三日、徳麿が代表者をしていた株式会社エールボーリングが公庫から六〇〇万円を借り受けるにあたり、公庫に対し、本件建物に抵当権を設定したが、公庫は、原告が本件建物を相続した後である昭和五七年二月、右抵当権に基づき本件建物につき競売を申し立て、同月二三日、競売開始決定がなされたこと、②原告は、昭和五七年三月ころ、右競売手続における現況調査にきた執行官から本件登記の存在を聞かされ、本件建物の登記簿を確認して本件登記の存在を知ったこと、③そこで原告は、タカラや被告に対して自分は本件登記について承諾していないと告げるとともに徳麿に対しても本件登記を抹消するよう求めたが、徳麿から「なんとかするからもう少し待て」と怒鳴られ、そのまま本件登記の抹消のための手続をとらないまま放置したこと、④徳麿は、昭和五七年一〇月二五日、タカラを辞めて札幌において三井を独立して経営することになったが、原告は、徳麿が三井の運営資金として五〇〇万円をタカラから借り入れるのに本件建物に抵当権を設定することを承諾したこと、⑤昭和六〇年八月、被告は本件根抵当権設定契約による根抵当権に基づき本件建物につき競売を申し立て、同月二二日、競売開始決定がなされたこと、⑥右競売開始決定の後、原告及び徳麿が被告を訪れ、本件根抵当権設定契約の被担保債務の弁済について話合が行われたこと、⑦日暮は、昭和六〇年一二月二六日、原告に対し、本件登記が原告に無断でなされたことに対する慰謝料の支払等を約束したこと、以上の事実が認められる。

(二)  しかし、本件全証拠によるも、原告が本件連帯保証契約あるいは本件根抵当権設定契約について、その効果を自分に帰属させることを認める明確な意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はないうえ、《証拠省略》によれば、①本件登記を抹消するための手続をとらなかったのは、本件登記を認めたわけではなく、原告は当初、徳麿ないしタカラが本件登記を抹消してくれるのではないかと考えていたし、後には徳麿の女性問題に悩んでいたため(原告と徳麿は昭和五九年一二月一九日に離婚した)、本件登記の処理にまで手が回らなかったためであること、②原告は、本件登記の存在を知った後に、徳麿が三井の運営資金として五〇〇万円をタカラから借り入れるのに本件建物に抵当権を設定することは承諾したが、これは夫である徳麿の債務の担保として抵当権を設定したもので、タカラの債務について保証し、根抵当権を設定した本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約とは性質が異なるものと理解していたこと、③被告による競売申立後、原告及び徳麿と被告との間で話し合われた弁済の話は、徳麿が本件消費貸借契約について連帯保証していることから、徳麿がどのように弁済していくかが話し合われたものであり、原告が本件連帯保証契約や本件根抵当権設定契約の効果を認めたうえでのものではないこと、以上の事実が認められ、これらの事実も併せ考えると、右(一)で認定した事実から原告が六四〇〇万円もの連帯保証債務を負担し、唯一の資産である本件建物を失うような結果となるような追認をしたと認めることはできず、原告は終始本件登録を抹消してもらいたいとの意思を維持していたことが認められる。

6  以上のとおりであるから、被告の抗弁は、本件代理行為の成立自体にも疑問がある(本件代理行為の実体は、徳麿の代理行為というよりは日暮の代理行為と解される)うえ、代理権の存在、民法一一〇条の表見代理の成立、追認のいずれも認められず、理由がないものというべきである。

三  よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福田剛久)

〈以下省略〉

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