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東京地方裁判所 昭和62年(つ)9号 決定

主文

本件各請求をいずれも棄却する。

理由

(本件請求の要旨)

請求人は、昭和六二年六月一〇日、神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官及びその他の警察官を別紙(二)記載の被疑事実で東京地方検察庁検察官に告訴したものであるが、同庁検察官は、同年八月四日いずれもこれを不起訴処分に付し、その結果は同月五日請求人に通知された。しかし、請求人は、右各処分について不服であるので、右各事件をいずれも裁判所の審判に付することを求める。

(当裁判所の判断)

一一件記録及び当裁判所の事実取調べの結果を総合すると次の事実が認められる。

1  請求人Aは日本共産党中央委員会国際部長であり、東京都町田市〈以下省略〉の自宅に日本電信電話株式会社の架設した電話(加入名義は請求人の亡父B)を設置しているが、昭和六一年一〇月中旬ころ、通話中雑音の混入等があることに気づき、盗聴されているのではないかと危惧し、同党で盗聴事件の調査を担当していたCに調査させたところ、同年一一月一四日になって、請求人方から直線距離にして五十メートル程離れた同市〈以下省略〉所在のマンション「メゾン○△」付近で請求人方電話機に通ずる電話線に、線路の分岐、異物の取り付け等の異常があることが分かり、同電話線に盗聴工作が施され、同マンション内等で盗聴されている可能性があると推測するに至った。そこで、請求人は、自らはできる限り電話の使用を控える一方、日本電信電話株式会社町田電報電話局に対してその調査を依頼し、その結果同月二七日になって、請求人方電話線に対して細工が施されていることが発見された。すなわち、同マンション前の電柱に設置されている端子函内で、同マンションの二〇六号室に引き込まれている電話線が請求人方の電話線に接続され、同室内のプッシュホン式電話によって請求人方の電話による通話を聴き取ることができ、その結果を録音することができるようになっていたうえに、同室内には録音機二台、使用後消去した形跡のある録音テープ十数巻が残されていた。

2  被疑者らは、いずれも神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官であって、警備情報の収集の職務に従事し、日本共産党関係の情報収集を担当していたものであるが、右「メゾン○△」二〇六号室は、被疑者Dの長男であるE名義で昭和六〇年七月に借り受けられたものであり、以来数名の男性が同室に出入りし、相当時間同室に滞在した形跡があるが、居住まではしていなかった。なお、右賃借の際作成された賃貸借契約書のEの署名下には被疑者Dの印鑑が押捺されていた。また、右契約の際、元公安第一課所属の警察官であったFを保証人とし、後日同人の保証承諾書及び住民票等が不動産会社に提出されたが、その住民票の交付申請は被疑者Gが行っていた。被疑者H及び同Gの両名は、いずれも神奈川県内に家族と共に居住しており、同室を賃借し、これに出入りする理由は特に見あたらないところ、同Hは当初から同室に出入りしていたほか、少なくとも昭和六一年一一月六日ころ、一七日ころ、二二日ころに同室に滞在し、また同Gも同室に出入りしたことがあるほか、少なくとも同月一九日ころには同室に滞在していた。なお、そのほか被疑者I及び公安第一課の警察官Jらが同室に出入りした形跡もある。

3  以上認定の事実を総合すると、少なくとも被疑者H及び同Gの両名については、職務上の行為として、日本共産党関係の警備情報を得るため、同党中央委員会国際部長である請求人の前記自宅に設置されている電話による通話を盗聴しようと考え、昭和六一年一一月中旬から下旬にかけて、前記マンション「メゾン○△」二〇六号室において、同マンション前の電柱に設置されている端子函内で請求人方の電話線が同室に引き込まれている別の電話線に接続され、その結果同室内のプッシュホン式電話で請求人方の電話による通話を聴取できる状態にあることを利用して、請求人らの電話による通話を継続的もしくは断続的に盗聴しようとしたことを十分推認することができる。しかしながら、被疑者I及び同Dの両名については、被疑者Hらの右行為に何らかの形で関与した疑いが強いものの、その態様、程度等の詳細はいずれも不明であり、直接盗聴行為を行った、あるいは盗聴について被疑者Hらと共謀したとするには証拠が不十分といわざるをえない。

なお、E名義で同室が借り受けられたのが昭和六〇年七月であることに照らすと、公安第一課所属の警察官において、そのころから右意図のもとに、請求人らの電話による通話を盗聴しようとしていた疑いも濃厚であるが、請求人が同年秋ころ通話中に雑音が混入する等の異常があるとして前記町田局に調査させたものの何ら異常は発見されず、請求人方電話線にも工作の跡がなかったこと(右調査後請求人方の電話線が本件のものに変更された。)、本件盗聴工作がいつ誰によって行われたのか不明であること、請求人は昭和六一年一〇月中旬通話中に雑音の混入等に気づいているが、盗聴工作や盗聴行為がその原因であるとは必ずしも断定しがたいことなどからみて、盗聴行為が行われたと証拠上確実に認定できるのは、先に説示したとおり、同年一一月中旬から下旬にかけての期間中に限られるというべきである。そうすると、遅くとも、Cにおいて請求人方の電話線に異常があることを発見した同年一一月一四日ころまでには本件盗聴工作が行われていたということができるが、請求人は盗聴を警戒してそのころ以降は極力電話の利用を控えていたうえ、その後盗聴工作が発見された同月二七日までの間の請求人方の電話の利用状況を明らかにする確たる証拠もないことや被疑者H及び同Gがその間四六時中右盗聴行為に従事していたかも不明であることなどに照らすと、被疑者H及び同Gが直接盗聴に成功したとまでは認めることができない。

しかしながら、当裁判所における事実取調べの結果によっても、被疑者H及び同Gが上司の指揮命令を受けることなく、その独自の判断により本件盗聴を行ったものとは到底認められず、それが何者であるかを特定することはできないが、他の警察官と共謀のうえの組織的行為と推認することができるのであり、前記のとおり使用後消去された形跡のある録音テープが存在していたことなどからみても、具体的日時を特定することはできないが、警察官において盗聴に成功したものと推認することは十分に可能である。

二被疑者H及び同Gが他の警察官と共謀のうえ行った右盗聴行為は、電気通信事業法一〇四条所定の通信の秘密を侵す違法な行為であって、これを現職の警察官が職務上組織的に行ったことが許されるべきでないことはもとよりであり、法治国家として看過することのできない問題というべきであるが、それだからといって、それが直ちに公務員職権濫用罪に該当するということはできない。

刑法一九三条の公務員職権濫用罪の成立には、構成要件上、公務員がその一般的職務権限に属する事項につき、職権を行使する相手方に対し、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をし、その結果相手方をして義務なきことを行わせ、あるいは行うべき権利を妨害したことが必要であり、この点にかんがみると、職権の行使は、相手方に対して法律上ないしは事実上このような作為、不作為を強制するに足りる権限に基づくものであることを要するとともに、相手方において、職権の行使であることを認識できうる外観を備えたものでなければならないと解すべきである。すなわち、公務員の職務上の行為としてなされた違法、不当な行為がすべて本罪にいう職権濫用行為となるのではなく、そのうち相手方に対して作為、不作為を強制するに足りる権限に基づくもので、しかも職権行使の外観を備えたもののみが職権濫用行為に該当するというべきである。したがって、例えば、警備関係の情報を入手する目的で、秘かに、情報の記載された書類等を持ち出し、あるいは信書を開披した場合に、窃盗や信書開披等の罪に該当するのはともかくとして、それが公務員職権濫用罪に該当するとするのは相当と思われない。

そこで本件について検討してみると、前認定のとおり被疑者H及び同Gは、他の警察官と共謀のうえ、その職務上の行為として電話の盗聴をしようとしたものであるところ、右の盗聴は請求人の電話による通話を妨害することを目的としてなされたものではなく、請求人が行う電話による通話の内容を秘かに知ろうとしたものであるから、そのためには当然請求人に盗聴しようとしていることを察知されないようにして行わなければならなかったこと、また、電気通信事業法に触れる違法な行為であって公然と行いうるものではなかったこと、現に本件盗聴工作及び盗聴行為は巧妙になされていて請求人においては容易に発見できるものではなく、前記町田局の調査でも盗聴工作が発見されないよう二〇六号室内の電話のコードの先端にプラグをつけ、同室の電話線のコンセントに着脱できるように改良されていたこと、ことさら同室を警察官ではないE名義で借り、同室に出入りしていた者はできるだけ近隣の者や訪れる者とも顔を合わせないようにしていたことなどからみて、被疑者H、同G及びその共犯者である警察官は、本件盗聴行為について、請求人に察知されないよう注意を払うとともに、警察官によるものであることについてもこれを知られないよう心がけ、かつ、それにかなった行動をとっていたものと認めることができる。したがって、本件盗聴行為は、請求人はもとより何人にも覚知されないよう秘かに行われたものであるから、職権行使の外観を備えた職権濫用行為ということはできず、その余を検討するまでもなく、公務員職権濫用罪には該当しないと解すべきである。

三なお、請求人は別紙(一)記載の四名について付審判請求をしているが、不起訴裁定書中には、本件で不起訴処分を受けた被疑者として被疑者H及び同Gの両名があげられているだけであるので、被疑者I及び同Dの両名については、いまだ検察官の不起訴処分がなされていないかのようである。しかしながら、請求人は、被疑者について、その氏名を特定することなく、単に神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官及びその他の警察官であるとして告訴しており、検察官の本件不起訴処分もこのような告訴に対してなされたものであるうえ、不起訴処分とした理由中で被疑者I及び同Dの両名についても実質的な検討を加え、本件に関与したか否かについて判断を示していることからすると、その形式はともかくとして、検察官の処分は本件で告訴された者全員を不起訴にしたものと認められるから、結局、被疑者I及び同Dの両名についても本件付審判請求の対象となるものと解するのが相当である。

四以上の次第であるから、検察官が本件公務員職権濫用の被疑事実について犯罪の嫌疑がないことを理由にして被疑者らを不起訴処分にしたことは正当であり、本件付審判請求はいずれも理由がない。

よって、刑事訴訟法二六六条一号により、本件各請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官神垣英郎 裁判官播磨俊和 裁判官福吉貞人)

別紙(一) 被疑者

階級   氏名

巡査       H

巡査部長     G

警部補      I

警部補      D

別紙(二) 被疑事実の要旨

被疑者らは、いずれも神奈川県警察本部警備部公安第一課所属の警察官であって、警備情報の収集等に関する職務に従事していたものであるが、その職務の執行として、日本共産党に関する情報を得るため、同党中央委員会国際部長である請求人Aの東京都町田市〈以下省略〉の自宅に設置されている加入電話による通話を盗聴することを共謀のうえ、昭和六〇年七月から翌六一年一一月下旬までの間、同人方から直接距離で五十メートル程離れた同市〈以下省略〉所在のマンション「メゾン○△」前の電柱に設置されている端子函内で同人方の電話線に同マンション二〇六号室に引き込まれている別の電話線を接続したうえ、同室内において、同所にあった電話機を用いて、同人らが同人方の電話機により行う通話を継続的もしくは断続的に聴取し、もって、その職権を濫用して同人らの通信の秘密、思想信条の自由、言語表現の自由、政治活動の自由及び私生活を不当に他人によって探られない自由(プライバシーの権利)などの諸権利を妨害したものである。

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