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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)8917号 判決

主文

一  被告は原告に対し金三万円及びこれに対する昭和六二年五月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五万円及びこれに対する昭和六二年五月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京拘置所に拘置されている死刑確定者である。

2  事実の経過

(一) 原告は、昭和六二年三月二四日、爆発物取締罰則違反被告事件で、死刑判決を維持する上告審判決を言渡され、右判決は同年四月二一日に確定した。

東京拘置所長は、同年四月二七日、原告に対し、死刑判決の確定を理由に原告の外部交通の取扱いについて、外部交通の相手方を原則として事前に許可を得た親族及び訴訟に関係のある弁護士に限定し、右以外の相手方に対して発信しようとするときは、その都度手紙の下書きを提出し、発信の必要性を疎明することに変更すると告知した。原告は、同年四月二八日、外部交通の相手方として原告の妻である益永英子を申請した。しかし、東京拘置所長は、同日、「拘禁目的に反する」との理由で右申請を不許可とし、以後原告と妻英子との間の交通(文通及び面会のほか、差入れを含む。)を一切禁止した(以下この一連の外部交通不許可措置を以下「本件外部交通不許可処置」という。)。

(二)(1) そこで、原告は、本件外部交通不許可処置について、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の人権擁護委員会(以下「人権擁護委員会」という。)による救済を求めるため、同委員会宛の「人権救済の申立」と題する書面の下書きを作成したうえ、同年五月六日、東京拘置所長に対しこれを提出して発信の許可を申請した。ところが、東京拘置所長は、同月二七日、「拘禁目的に反する」との理由で右の発信を不許可とした(この発信不許可処分を以下「本件第一不許可処分」という。)。

(2) さらに、原告は、本件外部交通不許可処置について、司法救済を求めるため、行政訴訟を提起することとし、この行政訴訟に対する法律扶助を申請するため、財団法人法律扶助協会(以下「法律扶助協会」という。)宛の法律扶助申請書の下書きを作成したうえ、同年五月六日、東京拘置所長に対しこれを提出して発信の許可を申請した。ところが、東京拘置所長は、同年六月一九日、「拘禁目的に反する」との理由で右の発信を不許可とした(この発信不許可処分を以下「本件第二不許可処分」という。)。

(3) 原告は、昭和五九年一〇月一七日、図書「世界は忘れない」について、東京拘置所長から五か所の報道写真の抹消処分を受けた。ところで、右図書は、昭和五七年九月にレバノンで起きたパレスチナ難民虐殺事件を取扱った書籍「アラブ・トピックス」昭和五七年一〇月号とほぼ同内容のものであるところ、同書籍については、宇賀神寿一及び中川孝志が、東京拘置所長から同書籍中五か所の報道写真について抹消処分を受けたとして、右処分の違法性を主張し、東京地方裁判所に対し国を被告とする損害賠償請求訴訟を提起し、昭和六二年六月一七日、三万円の請求を認容した勝訴判決を得た(同判決は国が控訴を断念して確定した。)。そして、原告が抹消処分を受けた五か所の写真のうち三枚は、右「アラブ・トピックス」において抹消された写真と全く同一のものであった。

そこで、原告は、国には原告に対しても前記宇賀神及び中川に対するのと同額の賠償義務があると考え、昭和六二年九月四日、東京簡易裁判所に対し国を相手方とする民事調停を申し立てた。そして、原告は、東京拘置所長が原告本人が右調停期日に出頭することを妨害する可能性があることから、あらかじめ代理人を選任しておく必要があると考えたが、弁護士を依頼する資力がなかったため、原告の友人であり、前記「アラブ・トピックス」に関する訴訟の当事者であって、「世界は忘れない」の抹消の事情に通じている前記中川孝志を調停の代理人として選任することについて裁判所の許可を得るため、同年九月八日、東京簡易裁判所調停委員会に代理人選任許可申請書及び疎明資料各一通を発信するため許可を申請した。ところが、東京拘置所長は右発信を「拘禁目的に反する」との理由で不許可とした(この発信不許可処分を以下「本件第三不許可処分」という。)。

3  違法性

本件第一ないし第三不許可処分(以下これらを併せて「本件各不許可処分」という。)は、いずれも監獄法四六条一項に基づいてされたものである。ところで、監獄法は、原告のような死刑確定者の処遇については、刑事被告人に準ずるとの原則を定めている(同法九条)。そして、信書の発受については、同法は、四六条及び四七条で受刑者及び被監置者にかかる信書の発受を制限する規定を置いているが、刑事被告人と死刑確定者については、これを制限する規定を設けていない。確かに、同法四六条一項は、受刑者及び被監置者以外の在監者の信書の発受についても所長の裁量でこれを制限できることを定めたものと解する余地がないわけではない。しかし、仮に、そう解するとしても、もとよりその裁量は無制限のものではありえない。基本的人権を保障した憲法の各条文、とりわけ表現の自由を保障し、検閲を禁じた同法二一条の下では在監者の通信の自由の制限は、合理的で必要最小限のものでなければならない。右の原則に照らせば、監獄法四六条一項に基づき、所長の裁量で行われる信書の発受の制限は、在監者の拘禁目的を達成する上で真にやむをえない範囲でのみ許されるのであり、この範囲を超える制限は、所長の裁量権を超えた違法なものというべきである。

また、そもそも、死刑確定者は、有罪が確定した者であるから、無罪の推定を受ける刑事被告人と法的地位は異なるが、自由の剥脱それ自体が拘禁の目的とされる受刑者や被監置者とも法的地位は異なっているのであり、有罪が確定している者であるが、その拘禁は刑の執行ではないという点で、その法的地位は、刑の執行猶予中に別の事件で勾留された刑事被告人に近いというべきである。そして、このような執行猶予中の刑事被告人が有罪確定者であるために、一般の刑事被告人と異なる「受刑者並み」の処遇を受けなければならない理由は全くないから、死刑確定者もその拘禁が刑の執行でない以上、刑事被告人と異なる処遇を受けなければならない理由はない。しかも、通常、刑事被告人は、逃走防止と罪証隠滅防止という二つの目的で拘禁されるが、死刑確定者の拘禁は、逃走防止が唯一の目的である点からしても、死刑確定者は、刑事被告人よりも自由な立場にあるというべきであるから、信書の発受に関して、死刑確定者がその拘禁目的から受忍しなければならない制限は、刑事被告人よりも大きいことはありえない。

以上、いずれにせよ、死刑確定者の拘禁目的は、死刑の執行に至るまで身柄を確保することであり、かつ、それに尽きるから、本件各不許可処分の理由としては、原告の身柄の確保を阻害するということ以外にはありえないというべきであるところ、本件各不許可処分は、その処分の対象となった各発信内容が以下に述べるとおりいずれも原告の身柄の確保を阻害するものではないにもかかわらず、東京拘置所長がその裁量権を濫用し、これにより監獄法四六条に基づく原告の発信の権利を違法に侵害し、本件第二不許可処分においては、間接的に憲法三二条が保障する原告の裁判を受ける権利を侵害し、本件第三不許可処分においては、民事調停法に基づく原告の調停手続上の権利を侵害した。

(一) 本件第一不許可処分の対象となった発信の相手方である人権擁護委員会は、弁護士法一条の定める弁護士の使命の実現のために日弁連に設けられた機関であり、日弁連の公益活動の中心を担う機関として、公的な性格を有している。人権擁護委員会を構成する弁護士が同会の委員として行う人権活動は、弁護士の職務として行われ、弁護士法による規律を受けるから、弁護士倫理に反するような違法、不当な活動が行われることは通常ありえない。従って、人権擁護委員会に宛てて「人権救済の申立」を発信することには、原告と相手方との関係、発信の内容・目的等において、原告の拘禁目的を害する具体的・現実的危険は全くない。

(二) 本件第二不許可処分の対象となった発信の相手方である法律扶助協会は、日弁連を中心に設立された財団法人で、我国唯一の裁判上の経済的援助を行う団体であって、公的性格の強い団体であり、法律扶助申請の審査に当たる審査委員会は、弁護士、裁判所、法務局の上級職員で構成され、申請者の秘密は守られる。従って、原告と相手方との関係、発信の内容、目的等において、原告の拘禁目的を害する具体的・現実的危険は全くないものである。

(三) 本件第三不許可処分の対象となった代理人選任許可申請書は、裁判所に対するものであり、裁判所が原告の拘禁目的を害する行為をする可能性は、もともと皆無である。また、原告が代理人にしようとした中川は、現在東京拘置所が交通を認めていない人物であるが、中川を原告の代理人として調停期日に出頭を許可するかどうかの判断は、専ら裁判所の権限に属する事項であり、東京拘置所長の権限に属する事項ではない。

4  損害

(一) 原告は、本件第一不許可処分によって日弁連人権擁護委員会による迅速な人権救済を求める機会を奪われ、本件第二不許可処分によって法律扶助協会の法律扶助を得て迅速な司法救済を求める機会を奪われ、本件第三不許可処分によって民事調停法に基づく代理人選任の機会を奪われた。

(二) 本件各不許可処分により原告が被った精神的損害を金銭で慰藉するとすれば、それぞれにつき金五万円を下らない。

5  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、右慰藉料の合計金一五万円の内金である金五万円及びこれに対する違法行為の日(本件第一不許可処分の日)である昭和五七年五月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実は認める。

なお、東京拘置所は、本件訴訟の係属後、原告と原告の妻英子との間の外部交通を一定の制限の下で許可するようになった。

(二)  同2(二)(1)(2)の事実は認める。

同2(二)(3)前段の事実は求める。ただし、原告主張の判決は、請求を全部認容したものではなく、一部認容したものである。

同2(二)(3)後段の事実のうち、昭和五九年一〇月一七日書籍「世界は忘れない」に掲載された写真五か所につき原告の同意の下にこれを抹消して交付したこと、原告が昭和六二年九月四日右処分について国を相手方とする民事調停を東京簡易裁判所に対し申し立て、同月九日同裁判所の調停委員会に宛てた「代理人選任許可申請書」と題する書面及び「上申書」と題する書面の発信の許可を申請したこと、東京拘置所長が同月一一日これを不許可としたことは認め、その余の事実は不知ないし否認する。

3  請求原因3の主張は争う。

4  請求原因4の事実は否認する。

三  被告の主張

1(一)  死刑確定者の拘置について

(1) 死刑確定者の拘置(刑法一一条二項)は、固有の意味の刑罰ではないが、未決拘禁とは異なり、死刑の執行行為に必然的に付随し、死刑執行手続の一環をなす一種独特の拘禁である。

この拘置は絶対であり、最も厳格であって、未決拘禁及び自由刑による拘禁と異なり、いかなる場合にも拘禁そのものを停止して死刑確定者を釈放することはない。このように、死に至るまで中断されることのない絶対拘禁は、その拘禁の必要性が未決拘禁又は自由刑拘禁よりもはるかに重大であることを示すとともに、死刑確定者が社会にとって極めて危険な存在であるが故に、社会から厳重に隔離されるべきであり、従って、その拘禁確保にも多くの危険をはらむものであることを意味する。

(2) また、死刑確定者の中には、その執行を免れるためには、命がけで逃走するなど手段をも選ばない者がいるうえ、死刑確定者においては、その特異な心理状態から、常人においては何らの影響もないような事象が全く異なった重大な結果を招くおそれが多いため、死刑確定者を扱う現場では、他の種類の在監者に比して、より個別的にしてより内面に立ち入った処遇、すなわち、死刑確定者の千々に乱れるその心情を細密に把握してこれを安定させ、また、安定した心情が再び撹乱されることのないようにする処遇が必要となる。

さらに、死刑の執行は、できる限り正義・人道に適った方法で行われる必要があるが、そのためには、その執行に連なる拘置の段階においても、この理念に適するように、拘置所には、死刑確定者が一人静かに罪の自覚や被害者に対する贖罪の観念を起こし、死そのものを安らかな気持で迎えられるように指導するという大きな責務が条理上負わされているのであり、このため、拘置所は、死刑確定者の内面及び環境(外部接触)の両面にわたり、強力な指導と調整をする必要がある。このことは、死刑執行制度及び執行前の拘置制度を実質的に有意義なものとするための国家の行政的義務である。

(二)  死刑確定者の外部交通の許可について

(1) 監獄法は、死刑確定者に適用すべき法規について、別段の規定が存しない場合で、未決拘禁者に関する特別の規定があるときには、これを準用すると定めている(同法九条)。しかし、その趣旨は、死刑確定者を未決拘禁者と同様に取扱うというものでなく、その執行に至るまでの拘置が刑罰そのものではないことから、前記の死刑確定者の拘禁の絶対性に由来する社会からの厳格な隔離等に支障のない範囲内において、未決拘禁者に関する規定を準用すべきことを定めたものと解すべきである。

そして、死刑確定者の外部交通については、監獄法は特別の規定を定めていないので、在監者の接見に関する監獄法四五条一項及び信書の発受に関する同法四六条一項が適用されることになるところ、これらの規定は、それぞれ、「・・・・之ヲ許ス」という形式で規定されているが、いずれも、各種の在監者につきそれぞれの法的地位に応じて外部交通の制限が行われることを基本的趣旨とし、その外部交通の許否を監獄の長の裁量的許可にかからしめているものと解される。

そして、右に述べた死刑確定者の拘置について要求される厳格な隔離と心情の安定等を図る責務等に鑑みれば、死刑確定者について、監獄の長がその外部交通の許否を決するに当たっては、監獄における拘禁の確保及び社会不安の防止等の見地のみならず、死刑確定者の心情の安定に資するか否かも考慮しなければならないと解するのが相当である。

(2) 東京拘置所の扱い

東京拘置所においても、右に述べた考えに基づき、死刑確定者の外部交通については、未決拘禁者の場合と異なり、一般的にこれを制限し、本人の親族(ただし、死刑確定後の外部交通を目的として未決拘禁中に外部支援者と養親族関係を結ぶに至ったと認められる場合など、死刑確定者の法的地位に照らし、許可すべきでない者を除く。)、本人について現に係属している訴訟の代理人たる弁護士、その他本人の心情の安定に資すると特に認められた者についてのみ、外部交通を許可することとし、それ以外にも、訴訟の提起、告訴など、裁判所その他権利救済等について法律上の権限を有する官公署に対する不服申立てを行おうとする場合の発信、再審請求準備のため必要と認められる弁護士宛て行う発信など例外的に必要かつ適当と判断される場合には、個別に外部交通を許可する運用をしている。なぜなら、一般的にいって、親族との外部交通を許可することは、前述の死刑確定者の拘置の本旨に資すると認められ、また、現に係属している訴訟の代理人たる弁護士の当該用務に限っての外部交通の許可及び権利救済について法律上の権限を有する官公署に対する不服申立ての場合の許可については、本人の正当な権利保護のためにはやむを得ないと考えられ、特に本人が違法に権利を侵害されたとしてその回復を求めることを真摯に希望しており、その権利の侵害が監獄の長の処分により発生していると主張する場合には、法律上の救済手段を全く奪ってしまうことは適当でないと認められるからである。

なお、原告は、死刑確定に伴い、外部交通の許可範囲が狭められたこと、その他東京拘置所の処遇内容を不満として、死刑確定者としての処遇開始を告知した昭和六二年四月二七日から同年六月三〇日までの六五日間に限ってみても、別紙一覧表のとおり、一七回にわたり各種の不服申立てを行っているが、東京拘置所においては、前述した基準に従って、同表記載のとおり、その許否を適正に行っている。

(三)  原告の日常の動静及び原告をめぐる外部の状況について

(1) 原告は、爆弾による武闘組織「東アジア反日武装戦線」を結成し、海外進出企業等に対して継続して爆弾による爆破闘争を行うことを企図し、昭和四九年八月三〇日の三菱重工爆破などいわゆる連続企業爆破事件を起こした事件の被疑者として、昭和五〇年五月一九日逮捕され、その後爆発物取締罰則違反・殺人・殺人未遂等の罪名で起訴され、昭和六二年四月二一日死刑判決が確定して現在に至っている者である。

(2) 原告は、右事件の公判において、再三にわたり出廷を拒否し、裁判長の訴訟指揮に従わず退廷させられて監置の制裁を受けるなどし、また、東京拘置所においても職員に暴行を加えるなどして、再三にわたり懲罰処分を受けていた。

(3) 原告は、「日帝支配打倒」をスローガンに「監獄解体」を標榜する「獄中者組合」と「監獄解体及び獄中者解放」を標榜する「獄中の改善を闘う共同訴訟人の会」の両組織を統合して獄中者及び出獄者の権利の確立と拡大を活動目的に昭和六〇年一月六日結成された「統一獄中者組合」の一員であり、その運営委員として規約作りを行うなど積極的にその運営に参画し、また、死刑制度廃止と監獄法改正反対闘争に積極的に取り組んでいる「麦の会(=日本死刑囚会議)」の会員となり、これらの組織に加入している在監者及び外部の支援者らと呼応して、施設の処遇の改善を求めると称して各種の不服申立てを累行するなど、いわゆる対監獄闘争を行っていた。

(4) 原告の支援者らも、原告の前記刑事裁判についての最高裁判所における最終弁論の日程が決まって判決確定の見通しがたってからは、「死刑攻撃阻止」や「判決粉砕」等のスローガンを掲げ、ビラや信書によって死刑執行阻止に向けて共に闘う旨の意思を原告に伝えたり、東京拘置所に対する抗議行動等をたびたび行っており、また、原告の死刑が確定してからは、「死刑制度撤廃」、「死刑執行阻止」、「生きて身柄を奪い返す」といったことをスローガンに、マスコミへの投書、国会議員や関係機関への陳情なども行い、なかにはテロ行為をほのめかす者もいる。これら支援者らの中には、右判決確定の直前の昭和六二年四月七日に原告と婚姻した益永英子も含まれている。

(5) 原告は、死刑判決が確定する直前には、死刑確定者になることを意識してか、その動静に落着きがみられず、心情が不安定となり、死刑確定者として処遇する旨の言渡しを受けてからしばらくの間は、その心情が特に不安定となり、また、東京拘置所が原告の突発的な行動に備え、特別の警備体制を敷くようになったため、様々な方策によって外部との連絡手段を確保しようと腐心するようになり、内容を限定して外部交通を許可された相手方である複数の弁護士宛ての発信に、当該弁護士が受任している用務とは何ら関連のない事項を記載して発信しようとしたり、実父との面会時においても、実父宛てに書く信書が実父に宛てたものであると同時に他の者に宛てたものであるというように、実父を窓口として他の支援者との交通を画策するという趣旨の発言をしていた。

(6) さらに、日本赤軍等の不法集団が原告を含むいわゆる連続企業爆破事件の関係者の身柄奪取を狙っているとの情報もあり、原告の身柄確保については予断を許さない状況にあることから、原告の死刑判決確定以来一環して、東京拘置所は、原告が外部支援者等と情報のやり取りをすることについては、細心の注意を払っている状態である。

2  本件各不許可処分の適法性

(一) 本件第一不許可処分について

人権擁護委員会に宛てた「人権救済の申立」と題する書面については、申立てに対して同委員会が執りうる措置の中には、直接行政庁に対し法的な強制力を有する措置はないこと、原告の不服の内容が面会の許否という監獄の長の裁量権に属する事項であり、訴訟その他法律上の権利救済制度により救済を求めることが可能であること、日弁連から調査が行われた場合に、拘置所の職員は公務員の守秘義務との関係から原告と他の者との外部交通の状況を明らかにすることができず、十分な対応を行うことができない可能性があったことからすれば、前記1(三)で述べた原告の動静及び周囲の動向等諸般の事情を勘案して、右書面の発信を不許可とした処分には十分合理性がある。

(二) 本件第二不許可処分について

法律扶助協会に宛てた法律扶助申請書については、法律扶助を求めることは訴訟の提起という法律上の権利救済制度と不可分のものではなく、また、真に権利救済を求めるのであれば、訴訟を提起してから扶助を求めることも可能であるのに、訴訟を提起せずに申請しており、前記1(三)で述べた原告の動静及び周囲の動向等諸般の事情を勘案して、現に訴訟が提起された段階で右のような書面の発信を認めるべきであると判断したことには十分合理性がある。

(三) 本件第三不許可処分について

東京簡易裁判所調停委員会に宛てた代理人選任許可申請書については、もともと右民事調停事件の請求自体がその内容において本来調停制度になじまないものであったこと、代理人として申請された中川孝志が原告の前記1(三)(3)で指摘した活動の支援者であり、右の代理人選任許可申請書が裁判所に受理されて仮に許可されたとしても、右中川との外部交通を認めることはできないこと、代理人を選任しなくとも民事調停を行うことは可能であることからすれば、右1(三)で述べた原告の動静及び周囲の動向等諸般の事情を勘案して、右書面の発信を認めることは相当でないと判断したことには十分合理性がある。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1(一)  被告の主張1(一)の主張は争う。

(1) 被告の主張(一)の(1)に対する反論

被告は、死刑確定者の拘禁の必要性は未決拘禁や自由刑拘禁よりもはるかに重大なものであると主張するが、法執行の確保という観点からは、死刑確定者の拘禁も、軽罪の被告人・受刑者の拘禁も同じように重要なものであって、本来その拘禁の確保に軽重の差はないはずである。また、被告は、死刑確定者の拘禁を絶対拘禁と表現するが、死刑確定者の拘禁が重要であるからといって、その拘禁の性質が「絶対的」であるとはいえない。

被告は、死刑確定者は、極めて危険な存在であるが故に社会から厳重に隔離されるべきであると主張するが、死刑確定者の危険性とは、死刑確定者が犯罪性を有したまま社会に復帰した場合の危険性なのであって、監獄に身体を拘束された状態でもなお社会にとって危険であるということまでは意味しないのであるから、死刑確定者の拘置に社会保安の機能が期待されていることは否定できないとしても、その機能のために、通常の身体拘束以上の厳重な隔離が要求されているとまで考えなければならない理由はない。

被告は、死刑確定者の拘禁確保は多くの危険をはらむと主張するが、実際には、刑が確定した者は、重刑の者はその刑なりに、覚悟を決めて拘禁生活を送るようになるものであるから、他の在監者に比べて死刑確定者の戒護が特別に困難であるとはいえない。

被告は、法令に死刑確定者の拘置の執行停止に関する規定がないことを死刑確定者の拘禁の絶対性の根拠としているが、刑事訴訟法四四八条二項、四七九条一、二項によって死刑執行停止がされた場合に、拘置の執行も停止できると解する余地は十分あるうえ、仮に、被告のように拘置の執行停止はできないと解するとしても、このことからは、拘置の期間の絶対性は導けても、拘禁の内容の絶対性は導き出せないというべきである。

拘置所が死刑確定者の身柄の確保という法の要求する目的を超えて「自由刑拘禁よりも強度にわたる絶対的拘禁」を死刑確定者に科すことは、死刑確定者に死刑のほかに事実上の自由刑を科すことにほかならない。刑法四六条は、死刑に処せられた者に対し他の自由刑や財産刑を科さないと定めているが、この規定の趣旨は、死刑に処せられる者に他の刑を科すのは無意味であるとか不可能であるとかいう趣旨ではなく、死刑に処せられる者にさらに他の刑を科すのは過酷であるという人道的理由によるのである。そうである以上、刑法一一条にいう死刑確定者の「拘置」が懲役刑や禁固刑よりも拘禁の度合が高い「絶対的隔離」「絶対的拘禁」を意味するとは、とうてい解し得ない。

また、死刑確定者が恩赦により無期又は有期の自由刑に減刑された場合には、刑法二八条により仮出獄の可能性が生じるのであるが、当該受刑者が仮出獄の資格を得るのに必要な期間には、死刑確定者としての拘置期間は含まれないと解されている。他方、刑法二一条は、未決拘留日数の全部又は一部の刑期算入を認めている。刑法上、未決拘禁と死刑確定者の拘置にこのような取扱いの違いが生じるのは、両者の拘禁の強度の違い、即ち自由剥奪の程度の違いによると考えるべきである。すなわち、死刑確定者の「拘置」は未決囚の勾留よりも自由の制限の度合が小さいか、少なくとも同程度であることを予定しているからこそ、刑法は死刑確定者の拘置期間を仮出獄の要件期間に算入する必要を認めなかったのである。従って、死刑確定者の拘置は自由刑拘禁よりも強度にわたる絶対的拘禁でなければならないとする被告の主張は刑法の諸規定の趣旨に反するというべきである。

(2) 被告の主張1(一)(2)に対する反論

被告は、死刑確定者においては、心情の乱れが逃走やその他の重大な結果に結びつきやすいから、拘禁確保のため心情安定を図る必要が大であると主張するが、死刑確定者は、無実の者を除き自ら人の生命を奪うことを経験しており、長い裁判の過程でその経験を何度も反芻し、反省することによって深浅の差はあれ、自己の境遇について一定の悟りともいうべき境地に達していることが多いから、その心情が特別不安定であるとはいえない。

また、被告は、死刑の執行はできる限り正義・人道に適った方法で行われる必要があることを根拠に、死刑確定者に対する心情安定等を図る積極的な処遇が要請されると主張する。しかし、正義とは人の道が正しく行われることであるから、死刑の正義・人道性の確保とは、死刑の人道化あるいは死刑の人間化ということにほかならない。そして、死刑の人道化のためには、死刑確定者を可能な限り人間的に処遇し、死刑確定者に死刑執行によるもの以外の精神的・肉体的苦痛を与えないことが要請される。死刑囚の精神的苦痛に対しては、その解決のために必要な指導や援助を行うことも、人間的処遇の一環として必要であるが、この指導や援助は、死刑確定者本人の希望に応じ、死刑確定者本人の利益のためにされるところに、死刑の人道化のための人間的処遇としての意義があるのであって、本人の意思に反し、本人にかえって不利益をもたらすような「指導」や「援助」は死刑の人道化どころか、より一層の非人道化・残虐化しか意味しないのである。被告は、死刑確定者に「罪の自覚」と「贖罪の念」を持たせることが本人の利益のように主張するが、死刑確定者にやみくもに「罪の自覚」を要求することは、出口のない罪悪感を増大させ、死刑確定者の苦悩をかえって大きくするだけであって、本人の利益に反する結果しか生み出さない。また、罪と罰、罪と許し等をどのように考えるかは、すぐれて個人の内心の自由に属する事柄であって、国家はいうまでもなく、何人もこの個人の内心の自由に介入することは許されない。個人の内心の自由を奪う国家は、原告のいう文化国家ではなく野蛮国家である。

(二)  被告の主張1(二)は争う。

被告の主張する死刑確定者の外部交通の許可基準は、外部交通を原則として禁止し、一定の要件に該当する者についてのみ例外的に交通を許可するものであるが、このような取扱いは、法令が死刑確定者の外部交通について定めている「原則」と「例外」との関係を逆転するものであり、到底認められないというべきである。刑事被告人と同様、死刑確定者の外部交通の相手は原則として無制限であり、当局は、施設の安全、秩序又は本人の身柄の確保を害する具体的危険がある場合に限り、その危険を避けるために必要最小限の範囲内で例外的に外部交通の相手を制限できるにすぎないのである。

被告は、一般的に親族との交通は「死刑確定者の拘置の本旨に資する」もの、すなわち「心情の安定」に資するものであることを認めながら、他方で、「死刑確定後の外部交通を目的として未決拘禁中に外部支援者と養親族関係を結ぶに至ったと認められる場合など」は、親族でも交通を許可すべきでないと主張する。しかし、死刑確定後は親族と弁護士以外交通が認められないという実状の下で、死刑確定者や死刑被告人が愛情関係や友情関係の維持のため、または心の支えや生活の支えを得るため、あるいは再審請求の準備を進めるなど正当な目的のために、信頼に値する相手方と親族関係を結ぶことは、何ら不当なものではないばかりか、その交通が死刑確定者の福祉と精神的安定に資するものであることは明らかであるから、親族をかかる基準で差別することは合理的理由を欠く恣意的取扱いであるといわざるをえない。

(三)(1) 被告の主張1(三)(1)の事実は認める。

(2) 被告の主張1(三)(2)の事実のうち、原告が刑事公判第一審において何度か出廷を拒否し、また退廷させられたことがあること、退廷命令に従わずに抵抗して監置一五日の制裁を一度受けたこと、東京拘置所において規則違反があったとして昭和五三年暮頃までしばしば懲罰処分を受けたことは認める(なお、東京拘置所ではその後稀にしか処分を受けていない。)。

(3) 被告の主張1(三)(3)の事実のうち、次の点は否認し、その余の事実は認める。

第一に、「獄中者組合」及び「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会(「獄中の改善を闘う共同訴訟人の会」ではない。)」が組織として、すなわち全構成員の意思として、「日帝支配打倒」「監獄解体」を標榜したことはない。また「共同訴訟人の会」の規約中に見られる「獄中者の解放」という文言は、獄中者に対する当局の違法、不当な抑圧からの解放という趣旨である。

第二に、「麦の会」は死刑廃止を目的としており、その目的との関連で死刑囚の処遇にも関心を持っているが、監獄当局を相手方とする積極的・継続的な活動は行っていない。

(4) 被告の主張1(三)(4)の事実は不知ないし否認する。

(5) 同(5)の事実は否認する。

(6) 同(6)の事実は不知。

2  被告の主張2は争う。

(一) 被告の主張2(一)に対する反論

被告は、人権擁護委員会の活動は法律上の権利救済制度ではなく、行政庁に対する強制力を有していないと主張する。しかし、法律上の強制力がないということは、事実上の強制力ないし影響力がないということではない。日弁連は在野法曹の最高機関として、相当の権威を有しており、日弁連が正規の機関決定として発する勧告等は、行政庁に対する相当の影響力を有している。また、人権侵犯事件に対して日弁連がとりうる救済措置としては、単なる勧告等にとどまるものだけではなく、事件の性質によっては、被害者の希望により訴訟事件へと移行させてその弁護活動に組織として取り組むという方法を講ずることもありうる。要するに、人権擁護委員会に対する救済申立ては、原告にとって、訴訟も含めた様々な救済手段に接近するための入口にほかならない。従って、日弁連のとりうる措置には法律上の強制力がないから、この発信を禁止しても、原告の権利救済手段を奪うことにはならないという被告の主張は失当である。

また、被告は、原告が被った権利侵害については訴訟その他の法律上の救済手段により救済を求めることが可能であるとも主張するが、訴訟などの法律上の救済手段制度があるといっても、費用や救済が得られるまでの期間その他多くの問題があり、司法救済だけが救済手段として適切であるとは必ずしもいえないのであるから、いかなる救済制度を利用するかは原告の自由でなければならず、当局がその選択に介入することは許されない。

被告は、守秘義務を理由の一つに挙げるが、当局が調査に応じられないときは、人権擁護委員会は、在監者本人やそれ以外の関係者からの事情聴取、その他独自の事実調査に基づいて必要な救済措置をとることもできるし、当事者から法律事件としての依頼があれば、弁護士法二三条の二に規定に基づき公務所照会の手続をとることもできる。

そもそも、在監者の人権救済申立てに基づく人権擁護委員会の調査に対して、当局が本人の申立ての範囲内で処分の理由等を明らかにすることは、秘密の漏せつには当たらないのである。従って、守秘義務の存在は、本件第一不許可処分の正当な理由とはなりえないというべきである。

(二) 被告の主張2の(三)に対する反論

被告は、本件第三不許可処分については、本件の調停請求自体が内容において本来調停制度になじまないものであると主張する。しかし、調停を開始するかどうかは、裁判所が判断することであり、拘置所長が調停請求の内容に立ち入ってその適否を判断することは許されない。本件第一、第二処分についても共通することであるが、死刑確定者が人権救済を外部の機関に求める場合に、その救済手段が有効か否かを所長が判断し、有効でないと所長が判断したものはその発信を禁止できることが認められるとすれば、やがて所長は、訴訟についても、不適法または勝訴の見込みがないと判断した訴訟事件における訴状やその他の訴訟書類について、発信を不許可とすることができると主張しかねない。死刑確定者の権利救済にかかる発信について、その有効性を許可条件とすることは、死刑確定者の裁判請求権自体を否定することにつながるのである。

のみならず、原告は、本件の調停を申し立てるに先立ち、弁護士に依頼して「アラブ・トピックス」一〇月号の完全本(抹消されていない本)を差し入れて貰ったところ、東京拘置所長は、右図書を全く抹消せずに原告に交付した。このことにより、所長は、右図書について、宇賀神及び中川の両名に対してだけでなく原告に対しても抹消が許されないことを自ら承認したことになるから、原告が右図書と同内容の「世界は忘れない」をかつて抹消されたことによる損害について、当事者の互譲により条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする調停手続で解決を図ろうとしたことは十分合理性があった。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1及び2(一)、(二)(1)(2)、(3)前段の事実、同2(二)(3)前段の事実のうち、原告が昭和五九年一〇月一七日書籍「世界は忘れない」に掲載された写真五か所につき東京拘置所長から抹消処分を受けたこと、このため原告が昭和六二年九月四日右処分について国を相手方とする民事調停を東京簡易裁判所に対し申し立て、同月九日同裁判所の調停委員会に宛てた代理人選任許可申請書及び上申書の発信についての許可を申請したが、東京拘置所長が同月一一日これを不許可としたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、東京拘置所長の本件各不許可処分の違法性の有無について判断する。

1  死刑確定者は、執行の時まで監獄に拘置するものとされる(刑法一一条二項)が、右規定による拘禁は、自由刑の執行の内容としての拘禁とも、未決勾留による拘禁とも、その目的及び性格を異にするものであることはいうまでもない。すなわち、自由刑確定者の拘禁は、それ自体が自由刑たる刑罰の執行であり、その拘禁に将来の社会復帰を前提にした教育的効果を期待し、かつ、要求すベきものであるが、これに対し、死刑確定者の拘禁は、生命刑たる刑罰そのものではなく、また、将来の社会復帰を前提にした教育的効果を何ら目的としないものである。そして、未決勾留による拘禁は、いわゆる無罪の推定を受ける者を専ら逃走及び罪証湮滅の防止を目的として身柄を拘束するものであるが、死刑確定者の拘禁は、罪証湮滅の防止は再審請求の場合を除き考慮する余地がなく、刑法が死刑執行の必然的な前提手続として定めたものである。

拘禁とは、そもそも一定の場所に身柄を拘束することであるが、限られた物的・人的設備をもって被拘禁者の身柄拘束を確保・維持するためには、被拘禁者の移動の自由を制限するだけで事足りるものではなく、施設管理上移動の自由以外の各種の自由にも一定の制限を加える必要性も否定することができず、その制限が拘禁確保のために必要かつ合理的なものと認められる限りは、拘禁そのものに必然的に伴う自由の制限として、被拘禁者は、これを甘受せざる得ないというベきであり、さらに、前記のとおり、三種の拘禁は、それぞれ法的な目的及び性格を異にするものであり、その相違点がそれぞれ拘禁に付随する具体的処遇の局面に反映することも、必要かつ合理的な限度で是認されるべきであるから、移動の自由以外の自由に対して、いかなる内容の制限をいかなる程度まで許容しうるかは、各拘禁の法的な目的及び性格を考慮して決定すべきである。従って、監獄法は、死刑確定者には、特段の規定のない限り、刑事被告人に関する規定を準用すると定めている(同法九条)が、前述のとおり未決勾留と死刑確定者の拘禁とは、その法的な目的及び性格を異にするものである以上、同法は、死刑確定者の処遇に関する別段の規定がないときに、死刑確定者の処遇について、刑事被告人に関する規定をそのまま適用して刑事被告人と同一の扱いにすることを要求しているわけではなく、死刑確定者の拘禁と刑事被告人の拘禁との法的な目的及び性格の差異に応じた修正を施したうえで、刑事被告人に関する規定を適用して、死刑確定者に対しその拘禁の目的及び性格に応じた適正な処遇がされるべきことを要求しているものと解すべきである。

そして、以上のうち死刑確定者の拘禁について特に注意すべき性質としては、死刑の生命刑として有する特質である。すなわち、死刑確定者の他の被拘禁者との顕著にして最大の相違点は、死刑確定者には、社会復帰はもちろん、生への希望さえも断ち切られている点である。このために、死刑確定者は、あるいは、絶望感にさいなまれて、自暴自棄になり、あるいは、極度な精神的不安定状態を招来し、あるいは、自己の生命・身体を賭して(死刑確定者に対しては、既に死刑という極刑が科せられている以上、新たに重罪を犯すことに関し新たな重罪を科することによる威嚇効果は期待されず、その負担する危険は逃亡時における自己の生命・身体に対する危険である。)、逃亡を試みるなどして、拘禁施設の現場担当者の管理に支障・困難が生ずる危険性が他の被拘禁者に比すべくもなく高いものであることは、容易に推察されるところである。そのため、死刑確定者については、その管理の必要上、精神状態の安定について、格段の配慮を行う必要性がある。

2  監獄法は、在監者の信書の発信については、これを監獄の長の許可に委ねると規定し(同法四六条一項)、その許否の基準については、受刑者及び監置に処せられた者に関してのみ規定を設けているが、死刑確定者に関しては、法令上明文の規定を設けていない。しかし、明文の規定を欠くからといって、その許否が全くの自由裁量に委ねられると解することも、あるいは、反対に無制限に許可されると解することも、相当ではなく、死刑確定者の信書の発信は、移動の自由に対する制限と同じく、その拘禁の法的な目的及び性格並びに特質性に照らして、必要かつ合理的な範囲において制限しうるものというべきである(端的な例としては、監獄外の者に対して逃走援助を要請する信書や被害者の遺族に対するその遺族の心の安寧をおびやかす内容の信書の発信が挙げられよう。)。なお、このことは、本件第一及び第二不許可処分の発端となった原告と妻英子との外部交通全般(信書の発信以外に面会、差入れを含む。)を制限した本件外部交通不許可処置に関しても妥当するものである(監獄法四五条は、接見に関し死刑確定者についての制限の基準を定めておらず、同法五三条は、差入に関し、全般的に制限の基準を定めていない。)。

3  そうすると、監獄の長が死刑確定者の信書の発信を制限すべきか否かを決するに当たっては、一方で当該自由を制限する必要性の程度を検討し、他方で制限される自由の内容・性質、その制限の程度・態様、当該自由を制限される被拘禁者がそれによって被る具体的な不利益、すなわち信書の発信を制限されることによってその精神状態の安定性に対する影響を慎重に比較衡量しなければならない。なお、右の必要性の程度の判断に当たっては、刻々変化しうべき死刑確定者の動静と微妙な精神心理状態に対する迅速かつ適正な認定が不可欠であるから、当該死刑確定者の動静及び心理状態を常に総合的にして、かつ、個別的に把握しうる状況にある当該拘禁施設の長に相当程度の裁量権が与えられているものと解すべきである。

三1  そこで、本件各不許可処分に至るまでの原告及びその周囲の状況について検討する。

当事者間に争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、爆弾による武闘組織「東アジア反日武装戦線」を結成し、海外進出企業等に対して継続して爆弾による爆破闘争を行うことを企図し、昭和四九年八月三〇日発生の三菱重工爆破などいわゆる連続企業爆破事件の被疑者として、昭和五〇年五月一九日に逮捕され、その後爆発物取締罰則違反・殺人・殺人未遂等の罪名で起訴され、昭和六二年四月二一日死刑判決が確定した。

原告は、右刑事事件の公判において、数回にわたって、出廷を拒否したり、裁判長の訴訟指揮に従わずに退廷命令又は監置の制裁を受けたりし、東京拘置所においても職員に暴行を加えるなどして何度となく懲罰処分を受けていた(この事実は当事者間に争いがない。)。

(二)  また、原告は、「日帝支配打倒」をスローガンに「監獄解体」を標榜する「獄中者組合」と「監獄解体及び獄中者解放」を標榜する「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」の両組織を統合して獄中者及び出獄者の権利の確立と拡大を活動目的に昭和六〇年一一月六日結成された「統一獄中者組合」の一員であり、その運営委員として規約作りを行うなど積極的にその運営に参画し、また、死刑制度廃止と監獄法改正反対闘争に積極的に取り組んでいる「麦の会(=日本死刑囚会議)」の会員となり、これらの組織に加入している在監者及び外部の支援者らと呼応して、施設の処遇の改善を求めると称して各種の不服申立てを累行し(この事実は一部当事者間に争いがない。)、ときには、房内で、「共に闘うぞ」などと大声で叫んで懲罰を受け、あるいは、「ハンガーストライキ」をするなど、いわゆる対監獄闘争を行っていた。

原告の支援者らも、原告の前記刑事事件の最高裁判所における最終弁論の日程が決まって判決確定の見通しがたった頃からは、「死刑攻撃阻止」や「判決粉砕」等のスローガンを掲げ、ビラや信書によって死刑執行阻止に向けて共に闘う旨の意思を原告に伝えたり、東京拘置所に対する抗議行動等をたびたび行ったりして、また、原告の死刑が確定してからは、「死刑制度撤廃」、「死刑執行阻止」、「生きて身柄を奪い返す」といったことをスローガンにして、マスコミヘの投書、国会議員や関係機関への陳情なども行い、なかにはテロ行為をほのめかす者もいた。これら支援者らの中には、右判決確定の直前の昭和六二年四月七日に原告と婚姻した益永英子も含まれている。

(三)  原告は、死刑判決が確定する直前には、その動静に落着きがみられず、精神状態が不安定となっていたことが看取されるようになり、死刑確定者として処遇する旨の告知を受けてからしばらくの間は、その精神状態が特に不安定となり、また、東京拘置所が原告の突発的な行動に備えて、特別の警備体制を敷くようになったために、様々な方策によって外部との連絡手段を確保することにことさら積極的になり、内容を限定して外部交通を許可された相手方である複数の弁護士宛の書面に、当該弁護士が受任している用務とは関連のない事項を記載して発信しようとしたことや、実父宛てに書く信書の内容が実父に宛てたものであると同時に支援者に宛てたものであったことがあった。さらに、東京拘置所は、本件各不許可処分の当時、日本赤軍等の不法集団が原告を含むいわゆる連続企業爆破事件の関係者の身柄奪取を狙っているとの情報も得ていた。

2  右の事実関係によれば、原告には対監獄闘争の外部支援者が相当数おり、原告自身も、監獄内においてこの闘争の一環としての意思表明等を行い、ときには、暴力を用いて反抗行為を行っていたものであり、加えて、昭和六二年四月二七日に死刑判決が確定してからは、精神状態が特に不安定な状態がしばらく続いていたうえ、原告の身柄を奪還しようとするような監獄外の動きもあり、本件各不許可処分当時、東京拘置所としては、原告の処遇について極めて慎重細心にならざるを得ない状況にあったと推認することができる。

四  本件第一不許可処分について

1  人権擁護委員会は、日弁連の会則により、同会に設置された委員会の一つであり、「基本的人権を擁護するため、人権侵犯について調査をなし、人権を侵犯された者に対し、救済その他適切な措置をとり、必要に応じ本会を通じ、又は、本会の承認を経て官公署その他に対し、警告を発し、処分若しくは処分の取消を求め、又は問責の手段を講ずることを任務とする」(日弁連会則七二条一項)ものであり、その調査、勧告などの活動は、確かに直接法的な根拠を有せず、従って、人権侵害者に対する法的な強制力もないが、日弁連ないし人権擁護委員会の高い知名度、勧告に至るまでの公正かつ厳重な手続、その活動に寄せる国民の信頼、期待並びに従前の実績によって、強力に支えられており、事実上のものながら強い強制力を有するに至っていることは、公知の事実である。

ところで、人権擁護委員会は「行政庁に対し警告を発し、処分若しくは処分の取消を求め又は問責の手段を講じようとするときは、あらかじめ、関係行政庁の説明又は資料の提出を求めなければならない」(日弁連人権擁護委員会規則九条)とされているから、本件第一不許可処分の対象となった書面が人権擁護委員会に送付されると、同委員会は、東京拘置所に対し説明や資料提出を求めることが予想される。人権擁護委員会の構成員たる委員は、現に弁護士である者に限定されており(日弁連会則七九条一項)、同委員会の議事は非公開とされ(日弁連人権擁護委員会規則一一条)、委員会と委員には、事案の調査に当たって知り得た秘密を保持すべき義務が課せられている(日弁連人権擁護委員会規則八条、刑法一三四条)から、人権擁護委員会から東京拘置所に対して調査が行われたとしても、その調査内容等が直ちに拘置所外部の対監獄闘争の団体に伝播し、その動きが活発化し、あるいは、原告の身柄奪還工作を図る謀略につながるとはとうてい認められない。また、被告は、人権擁護委員会が東京拘置所に対し調査をした場合に、東京拘置所の職員は、公務員の守秘義務との関係から十分な対応ができないことを不許可の理由として主張するが、当該職員は公務員として法的に許された範囲で調査に応ずれば足りるのであって、対応の困難性はなんら発信不許可の理由とすることができないことは明らかである。もっとも、人権擁護委員会に対する十分な対応を欠いたために、同委員会から東京拘置所に対して勧告が行われる可能性は考えられないでもないが、勧告が行われたとしても、当該勧告が著しく不当な内容でない限り、原告の処遇に悪影響が及ぶとは考えられない。当該勧告が実体に即しないなど不当なものであれば、日弁連ないし人権擁護委員会が社会的な非難・制裁を受けるであろうし、当該勧告が実体に即し法律的にも正当なものであれば、拘置所としては謙虚に受け止めるべきものである。いずれにしても、拘置所が不当な調査・勧告が行われることを未然に防止するために、人権擁護委員会宛の発信を不許可とすることは許されないことは明らかである。

前判示のように、人権擁護委員会は、法的強制力のある措置を講ずることはできないが、行政訴訟の場合と異なり、厳格な法律上の要件が要求されることもなく、簡便な救済措置として人権の被侵害者としては利用価値が高く、しかも、行政庁に対し勧告を行った場合の事実上の効果及び影響力は決して小さいとはいえず、拘置所の措置による人権侵害の権利救済を求める相手方としては、それが拘置所を管轄する法務省から離れた第三者的機関である点で、類似の名称の下に同種の活動を行う法務省人権擁護局、人権擁護委員ないしその団体と異なり、申立人にとって、調査及び勧告が比較的厳しく行われることを期待することができ、また、実際にもより効果的であることも十分考えられる。従って、本件の発信を不許可とすることは、原告にとってこのような権利救済措置ないし少なくともその前提としての調査活動を受ける機会を全く奪われることであり、その不利益は大きなものがあるから、これを制限するに当たっては、制限すべき高度の必要性が存する場合でなければならない。しかしながら、本件において、右の必要性として認められる事由は、原告の申立てに基づいて人権擁護委員会の調査又は勧告が行われたとすると、熱心に対監獄闘争を続けてきた原告としては、これによって闘争意欲が昂揚し、精神状態が不安定になることが予想されることから、これを防止することが考えられるにすぎず、右のような事由からでは、原告の当時の動静を考慮し、かつ、死刑確定者の自由制限について有する拘置所長の裁量権を斟酌しても、なお本件発信を不許可とした処分に合理性を見いだすことはできない。

従って、本件第一不許可処分は東京拘置所の発信許否の裁量の範囲を逸脱した違法なものというべきである。

2  原告の人権擁護委員会宛の発信は、単に自己の意思を表現伝達することのみを目的とするものではなく、人権救済の手段としての目的を含むものであるところ、本件発信不許可処分によってその道が閉ざされたものであるから、その精神的苦痛を慰藉するには、金三万円が相当というべきである。

五  本件第二不許可処分について

法律扶助協会が、経済的理由等で弁護士費用や裁判費用(訴訟費用や保全処分の保証金等)を負担できず、かつ、権利行使しようとする内容が勝訴等の方向で解決の見込のある者に対して、訴訟提起の前後を問わず、右諸費用を立て替え、弁護士を紹介するなどの援助活動を行っている法人であることは、当裁判所に顕著である。〈証拠〉によれば、東京拘置所では、在監者の法律扶助協会宛の申立書の発信は、当該訴訟に関し、訴状を提出するまでは不許可にする扱いをとっており、本件についても右取扱いに従って不許可にしたものであることが認められる。ところで、前記のとおり法律扶助協会は、訴え提起前から、弁護士の紹介、着手金の立替払、保全処分の保証金の代納等の援助を行っているのであるから、右のような措置は、法律扶助協会の援助のうち、訴え提起前の段階での援助の申出の道を閉ざすものであり、かつ、一般的に、いかなる訴訟、調停等をいかなる裁判所に提起するか、また、訴状の作成にしてみても、いかなる請求をいかなる法律構成で主張するかなどは、いずれも専門的な知識及び技術を要求されるものであるから、訴え提起前における弁護士の紹介を一律に排除する取扱いには問題があるところではある。しかし、訴状の提出自体は、理論的には印紙を貼らなくとも受け付けられうるし、裁判所に対して訴訟救助を求めるなどして行うこともできること、前記のとおり訴え提起後であっても法律扶助協会の援助は受けられ、提起後に同協会から紹介してもらった弁護士の助言によって、事後に訴状の内容をその後に提出する準備書面等により、訂正変更することも可能であること、そして、本件に限っていえば、原告は、本件訴訟のみならず、それまでにも、本人訴訟によって、訴え提起、訴訟維持を行った経験が少なからずあり、自己の権利闘争に関する限り、その訴訟活動を行う法的技術等に関しては極めて高い水準にあり、法律専門家でさえ凌ぐ法理論を展開する能力を有するに至っており(この点は当時裁判所に顕著である。)、訴え提起前の弁護士の紹介については、本件当時原告には他の係属訴訟の関係で接触していた弁護士が数人存在し、容易に助言を求め得る立場にあり、右のいずれの観点からみても、発信不許可により受ける原告の不利益は決して大きいものとはいえないのであるから、第三項で認定したような当時の原告の言動等を参考に東京拘置所長が原告の精神安定に対する配慮に基づいて、安易に発信を許可し、これにより、原告の対監獄闘争の意欲を増幅させるなど、精神状態を不安定なものにしないために、訴え提起後に許可する前提で、その発信を不許可とした本件第二不許可処分は、同所長の裁量権の範囲を逸脱したものとは認めることができない。

してみると、その余の点について、判断するまでもなく、本件第二不許可処分に関する請求は理由がない。

六  本件第三不許可処分について

民事調停は、本人自らが出頭するのが原則であり、やむを得ない事由がある場合に限って、代理人を選任して出頭させることができ、その代理人が弁護士でないときには、調停委員会の許可を要することになっている(民事調停規則八条)ところ、本件において、原告本人が自ら調停に出頭することを許容するつもりのない東京拘置所が原告のした本件代理人選任許可申請書の発信を不許可とすることは、原告の申し立てた民事調停の進行を事実上否定するに等しいといわざるを得ず、現に右調停事件については、証人富山聡の証言によれば、担当の調停委員会がその後まもない昭和六二年九月二二日民事調停法一三条に基づき「調停をしない」として事件を終了させた措置をしていることが明らかである(その理由が何であったかは不明である。)が、その真意は、被告の主張にも一部現れているように、右調停申立ては民事調停には適当でないとの見解の下に、拘置所としては、右調停事件が右のように終了したとしてもやむを得ない又は望ましいと考えていたものと推察される。

しかしながら、民事調停は、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的として、国が設けた紛争解決制度であって、判決手続による紛争解決制度の下位にあるものではなく、当事者双方が相互に相手方の法律上及び事実上の主張に対し、予断偏見を捨てて耳を傾け、自己の主張の適否及び真否について謙虚に検討することをつづけるならば、判決手続による場合と異なり、多くの事件において紛争発生の基盤及びその周辺を含め、かつ、今後の紛争発生の防止を兼ねた根本的な解決を図ることができるのであって、確立した見解又は先例的な判例・裁判例があればそれに準じた解決ができ、それがなくてもそれがないなりに柔軟な解決を図ることができるのであって、原告が申し立てた右調停事件のように国家賠償法に基づく損害賠償請求であろうと、また、事件の解決上法律上の困難な問題があったとしても、まずは調停制度がある限り当該調停委員会の指揮判断を尊重すべきであって、事件の一方当事者である国の一行政機関が民事調停事件の結論を事実上先取りするような措置に出ることは、国が設けた民事調停制度の軽視につながるものといわざるを得ない。本件についてこれをいえば、拘置所としては、原告が代理人として許可申請した中川が原告の外部交通の相手方とならず、たとえ代理人になったとしても、代理人としての活動ができないことなど(〈証拠〉により、原告が代理人として許可申請した中川孝志は、公安事件関係者であり、かつ、原告の対監獄闘争の支援者であったことが認められる。)を記載した上申書を添えて又は別途発信すれば足り、発信不許可とする合理的な必要性はなかったものというべきである。

そもそも調停委員会が代理人許可申請についてする許否の判断は、積極的には、当該代理人が調停手続において本人の権利・利益を適正に擁護することができるだけの法的な素養・資質、あるいは適度の利害関係・親族関係等を有しているか、消極的には、当該代理人の代理人としての活動が弁護士法七二条の定める趣旨に違反しないか、などの見地からされるべきものである。これに対し、在監者が弁護士でない者を代理人として選任することは、当然のこととして在監者が当該代理人と調停事件の進行に応じて親密かつ頻繁に外部交通することを必要とするのであるが、拘置所が代理人として選任された者との外部交通を許可するか否かの判断には、右のような見地は含まれず、当該在監者の処遇上の見地からのみ判断されることになる。そうすると、東京拘置所が原告の代理人許可申請書の発信をその主張するような理由で不許可としたことには、原告の民事調停法に基づく権利の行使を妨げた違法な行為である疑いがあるものというべきである。しかしながら、拘置所が原告の右代理人許可申請の発信を許可して発信させたとしても、担当の調停委員会が選任許可を与えたであろう合理的可能性は、拘置所が適切に判断資料を提供する限り、ほとんど考えられないばかりか、拘置所は、たとえ中川が代理人として選任許可されたとしても、原告が中川と事件の内容・進行について外部交通することについて、許可する余地はなかったといえるから、原告が中川のみを代理人として選任することに固執していた本件においては、拘置所が右代理人許可申請書の発信を許可していたとしても、原告は、右民事調停を進行させることできず、右調停事件が「調停をしない」との措置により現実に事件を終了したとほぼ同じ頃に終了したであろうことは容易に推察されるところである。さらに、当時、原告は、他の係属訴訟の関係で、接触していた弁護士が数人おり、それらの弁護士に代理人となってもらう余地があったことも認められる(なお、弁論の全趣旨によれば、本件第三不許可処分のあと、原告は、船木友比古弁護士と相談のうえ、同弁護士を代理人とする委任状を作成して、東京拘置所の許可を得て、これを調停委員会宛に発信したことが認められる。)。これらの事情を考慮すると、本件第三不許可処分によって原告が実害を被ったとはとうてい認められないから、本件第三不許可処分を理由とする請求もまた結局において理由がない。

七  以上によれば、本訴請求は、本件第一不許可処分を理由とする損害賠償請求のうち、金三万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年五月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 阿部則之、同 芦澤政治は、いずれも転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 塚原朋一)

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