大判例

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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)2526号 判決

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

東京地方検察庁で保管中の現金二〇〇〇円(昭和六二年東地領第二三一六三号の一)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、常習として、昭和六二年一〇月二八日午前八時四八分ころ、公共の場所である東京都文京区後楽一丁目三番後楽園球場二二番入口前路上において、転売する目的で得た同日同球場で開催の職業野球巨人対西武試合の自由席大人券二枚を不特定の者である甲野一郎に代金二〇〇〇円(昭和六二年東地領第二三一六三号の一はその現金)。で売ったものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例八条二項、二条二項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、東京地方検察庁で保管中の現金二〇〇〇円(昭和六二年東地領第二三一六三号の一)は、判示の犯行により得た物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項三号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件の外形的事実を認めるも、被告人はもともと定価で購入した自由席大人券二枚をこれと同じ価格で甲野一郎に売ったものであるから、本件条例の予定する法益の侵害はないので、被告事件は罪とならない旨主張するので、以下判断する。

前掲各証拠によれば、かねていわゆるダフヤをしてきた被告人は、不特定の者に転売する目的で、本件の五日前に後楽園球場の入場券売場において本件と同じ試合の自由席大人券一〇枚を定価で購入し、これを所持して本件当日朝本件現場付近路上に赴き、不特定の者に転売する目的で、通行人からいわゆるケトバシと呼ばれる余り券を定価の二割ないし三割程度で購入しつつ、これらを購入価格より高価で不特定の者に売つていたが、その過程で本件と同じ試合の自由席大人券の余り券を定価の二割ないし三割程度で合計一〇枚購入し、これと前記定価購入した券一〇枚とを合わせて定価より二割程度高く不特定の者に売つていたところ、必ずしも売れ行きが芳しくないため、売れ残りが出ることを怖れて、甲野に対しては判示の自由席大人券二枚を定価と同じ価格で売つたが、右二枚の券が前記定価購入した券であるか本件当日定価の二割ないし三割程度で購入した券であるかは不明であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、本件条例は二条でいわゆるダフヤ行為を禁止し、八条でその違反者を処罰しているが、その立法趣旨は、必ずしも転売価額が不当に高いことに着目して乗車券等に関する公正な価格秩序の維持を図ることを主目的としているとは解しがたく、むしろ同条例二条一項が、不特定の者に転売し、又は不特定の者に転売する目的を有する者に交付するため、乗車券等を、公衆に発売する場所において、公衆の列に加わつて買おうとする行為を禁止し、同条二項が、転売する目的で得た乗車券等を、公共の場所において、人につきまとつて売ろうとする行為を禁止していることに徴すると、これによつて運送機関や公共の娯楽施設の利用についての一般公衆の機会等の利益を保護することを主目的とし、併せてかかる行為者が公共の場所において一般公衆に直接接触し、善良な社会環境を侵害することを未然に防止することを目的としているものと解される。

もとより、同条二項は行為者が転売する目的を有することを主観的構成要件要素としており、転売には利益を得る目的のあることを概念上必要とするけれども、主観的に右目的をもつて現実に売る行為をした以上、これによつて客観的には右目的が達成されなかつたとしても、右行為が同項に該当しなくなるものでないことはもちろん、本件条例の予定する一般公衆の機会均等の利益及び善良な社会環境という法益の侵害がなくなるものでもないことは明らかである。

以上に照らして本件を見ると、被告人は、転売する目的をもつて本件自由席大人券二枚を甲野に定価と同じ価格で売つたものの、たまたま右二枚の券が本件当日定価の二割ないし三割程度で購入した券ではなく、五日前に自ら定価購入した券であつた可能性があるため、右券そのものに関しては客観的に利益を得る目的が達成されなかつた可能性があるというにすぎないものであるから、これをもつて被告人の本件行為が同条二項に該当しなくなるということはできず、また本件条例の予定する法益の侵害がなかつたとすることもできない。

よつて、弁護人の主張は採用することができない。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、被告人が常習として、転売する目的で得た職業野球の入場券二枚を不特定の者に売つたという事案であるが、被告人は、昭和六一年一〇月から本件検挙に至るまでの約一年余の短期間に、同種事犯により三回も罰金刑に処せられながら、最後の罰金刑の執行終了後二か月足らずで本件犯行に及んだもので、規範意識に欠けており、その常習性は顕著である上、被告人は的屋姉ケ崎連合の構成員であり、同種犯行によつて得た利益の一部を上位の構成員と分配していたことを考え併せると、その刑責は重いと言わなければならない。

他方、被告人は、前記のとおり、定価購入した入場券を定価と同じ価格で販売した可能性があるため、右券に関しては利得がなかつた可能性があること、妻と二人の幼い子があり、その生計を支えていかなければならないこと、反省と改悛の情が認められ、暴力団を脱退して二度と同種の犯行を犯さない旨誓つていること、養父が将来の監督を誓つていること等被告人に有利な情状もある。

そこで、これらを総合考慮し、被告人に社会内更生の機会を与えるべく今回は特にその刑の執行を猶予することとした。

(求刑懲役四月、現金二〇〇〇円没収)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官渡邊壯)

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