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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)14850号 判決

原告

甲野一郎

甲野守

甲野花子

右三名訴訟代理人弁護士

黒田純吉

山内容

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

野崎守

外三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野一郎に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告甲野守及び同甲野花子に対し、それぞれ金五〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)(原告甲野一郎)

原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)は、昭和五二年五月七日、殺人等の罪名で起訴され、昭和五三年三月八日、前橋地方裁判所において殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、横領、詐欺の罪により死刑判決(以下同判決により認定された原告一郎の犯行を「本件犯行」という。)を受け上訴したが、昭和五五年二月二〇日、東京高等裁判所において控訴棄却の判決を受け、更に昭和六〇年四月二六日、最高裁判所において上告棄却の判決を受け、同年五月一七日、右死刑判決(以下「本件死刑判決」という。)が確定した者である。

原告一郎は、昭和五三年六月六日、前橋刑務所から東京拘置所に移管された後、昭和五四年一一月二八日、東京拘置所から前橋刑務所に移管され、更に同年一二月四日、前橋刑務所から東京拘置所に移監され、昭和六〇年五月二七日以降は同拘置所において死刑確定者として処遇を受けていた。

(二)(原告甲野守及び原告甲野花子)

原告甲野守(以下「原告守」という。)と原告甲野花子(以下「原告花子」という。)は、夫婦であり、原告一郎と接見及び信書の発受等をして交流していたが、昭和六〇年五月一四日、原告守を養父、原告花子を養母として原告一郎との養子縁組届出をした。

2(東京拘置所長の措置)

(一)  東京拘置所長は、原告一郎に対し昭和六〇年五月二七日、同原告の拘置中、原告守及び原告花子との外部交通を一切許可しないことを決定し(以下「本件処遇方針」という。)、その旨を告知した。

(二)  原告一郎は、東京拘置所長に対し、昭和六〇年六月三日、「親族との接見交通禁止処分解除願」と題する書面を提出し、原告守及び原告花子との接見、信書の発受及び差入れを許可するように申し入れ、右願は受理されたが、東京拘置所長は、同月一〇日、右願を不許可とした。

(三)  原告守は、東京拘置所長に対し、昭和六〇年六月一三日、同月一〇日付けで本件処遇方針に対する抗議の信書を送付するとともに、これに原告一郎宛の差入れとして現金二〇〇〇円及び信書を同封した。

(四)  原告守は、東京拘置所長に対し、昭和六〇年六月一三日、東京拘置所において原告一郎との接見の申出をなすとともに、現金三〇〇〇円の差入れをすることの許可を求めたが、同拘置所長はいずれも不許可とした。

(五)  その後、原告守及び同花子は、東京拘置所に赴いたうえ、別紙一記載のとおり原告一郎との接見等を求めたが、東京拘置所長はいずれも不許可とした。

(六)  また、原告守及び同花子は、原告一郎に対し、年賀状を毎年出し、はがき等を年に二、三回程度発信したが、東京拘置所長はいずれの信書の受信も不許可とした。

(七)  そこで、原告一郎は、東京拘置所長に対し、昭和六三年一月一一日、「外部交通許可申請書」と題する書面を提出して、原告守及び原告花子との接見、信書の発受及び差入れを許可するよう申し出たが、東京拘置所長は、原告一郎に対し、同月二三日、右申出を不許可とした。

(八)  なお、原告らから依頼を受けた原告ら訴訟代理人弁護士黒田純吉は、東京拘置所長に対し、昭和六〇年一一月二日付け弁護士法二三条の二に基づく照会方申出書により、右(一)、(三)及び(四)についてその理由を明らかにするよう求めたが、東京拘置所長は、同月二〇日付け回答において何ら具体的理由を明らかにしなかった。

3(違法性)

(一)(1)  死刑確定者は、その執行に至るまで監獄に拘置されるが(刑法一一条二項)、右拘置は刑の執行ではないから、刑事被告人以上の自由な処遇が認められる。

しかして、およそ人間は社会的存在であり、他者との関わりのなかではじめて自己を発展させ自己を実現することができるものであるから、他者が存在することは人間として存在するための最低条件である。また、人は、面会、通信等により自己の思想を表現し、他者の思想に啓発されるものである。そして、死刑確定者といえどもその執行に至るまでは人間としての自己表現を追及する権利を奪われないはずであるから、死刑確定者が拘置所の外部の者と接見し、通信する権利は日本国憲法(以下「憲法」という。)一三条、二一条によって保障されているというべきである。

また、死刑確定者が一定の身分的関係を有する者と面会して話し合い、手紙を交換したいと思うことは、人間の最も自然な感情に基づくものであるから、死刑確定者がその家族と接見し、通信する権利は、憲法二四条によっても保障されているというべきである。

さらに、死刑確定者が、再審請求等の訴訟上の必要性から家族その他の者と接見、通信する権利は、憲法三一条、三二条、三七条によって保障されているというべきである。

(2) 加えて、右と同様の権利は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権規約」という。)六条、七条、一〇条、二三条によって保障されている。一九五七年国際連合経済社会理事会で採択された「被拘禁者処遇最低基準規則」三七条は、被拘禁者が自己の家族及び友人と面会することを権利として認めるよう加盟各国に求めている。わが国は、憲法九八条で条約及び確立された国際法規の誠実な遵守を宣言しており、右基準規則は、わが国の死刑確定者に対する処遇に関しての指針として法的拘束力を有する。

(3) したがって、死刑確定者の外部交通権は、憲法上の諸規定及び国際法規により保障された権利というべきである。そして、死刑確定者には監獄法四五条一項、四六条一項が適用されるが、死刑確定者の拘禁の理由は刑の執行とは本質的に異なるものであるから、その接見、信書の発受及び差入れは本来的に自由であり、右各条項は死刑確定者の外部交通の自由を原則として保障した規定であると解すべきである。しかも、受刑者のように制限規定(同法四五条二項、四六条二項)がないことに鑑みれば、死刑確定者との外部交通を認めるか否かについて、拘置所長の自由裁量権はないというべきである。

よって、本件処遇方針に基づいてなされた前記一連の東京拘置所長の措置は違法である。

(二)  仮に、死刑確定者と外部の者との接見、信書の発受及び差入れの許否について、拘置所長に裁量権が与えられているとしても、その裁量権は全くの自由裁量ではない。死刑確定者の外部交通権の制限は、死刑確定者の拘禁の目的に照らして必要最低限と認められる範囲においてのみ許されるものというべきである。

ところで、死刑確定者の拘禁の目的は、受刑者のように、その改善、更生を図って社会への適応性を回復させるというような積極的な目的はなく、刑の執行確保のために居住の場所を拘置監という一定の場所に定めることのみであり、自由刑の執行のための拘禁とは本質的に異なる。すなわち、死刑確定者の拘禁は、刑の執行、つまり絞首を待つまでの間、その執行確保のために身柄を拘束しておくというもので、刑の執行そのものではない。このため、死刑確定者は拘置中、積極的、義務的処遇を受けず、この点において死刑確定者の拘禁は、刑事被告人の収容と質的に類似する。それ故監獄法九条は、「本法中別段ノ規定アルモノヲ除ク外刑事被告人ニ適用スベキ規定ハ…死刑ノ言渡ヲ受ケルタル者ニ之ヲ準用」するものと規定している。

したがって、死刑確定者は、刑の執行の確保のために居住の場所を拘置監という一定の場所に制限され、施設の管理運営のためにやむを得ない制限を受けること、つまり死刑確定者の自由、権利は、死刑執行のための身柄確保と関連のある必要最小限度の制限を受けるに止まるべきものである。そして、具体的には、逃亡の防止のみがその制限理由となるべきものである。

よって、本件処遇方針に基づいてなされた前記一連の東京拘置所長の措置は、原告一郎の拘禁目的を害する具体的かつ現実的危険がないのになされたものであって、その合理的制約を超えているから、裁量権の逸脱又は濫用があり違法である。

4(損害)

(一)  原告一郎は、その不幸な生立ちからも明らかなように肉親の愛情に飢えている人間であって、子が親を思う情愛には切実なものがある。前記一連の東京拘置所長の措置によって原告一郎が人との交流を求める当然の欲求を禁じられたことの精神的苦痛は著しいものがあり、これを慰謝するには一〇〇万円を下回らない金額をもって相当とする。

(二)  原告守及び原告花子は、親として何時子である原告一郎の死刑が執行されるかわからないという不安定な心情にあった。前記一連の東京拘置所長の措置によって原告守及び原告花子が被った精神的苦痛は著しいものがあり、これを慰謝するには各五〇万円を下回らない金額をもって相当とする。

よって、原告一郎は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、原告守及び原告花子は、被告に対し、同様にそれぞれ五〇万円及び訴状送達の日の翌日である昭和六三年一一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)及び(二)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)、(二)、(四)及び(七)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち、原告守が東京拘置所長に対し、昭和六〇年六月一三日、同月一〇日付けで本件処遇方針に対する抗議の信書を送付するとともに、これに原告一郎宛の信書を同封したことは認め、その余は否認する。

(三)  同(五)の事実のうち、原告守及び原告花子が、東京拘置所に赴いたうえ、別紙二記載のとおり原告一郎との接見等を求めたが、東京拘置所長においてこれを不許可としたことを認め、その余は否認する。

(四)  同(六)の事実のうち、原告守及び原告花子が、別紙三記載のとおり原告一郎宛に信書等を郵送したが、東京拘置所長において原告一郎が同信書を受信することを不許可としたことを認め、その余は否認する。なお、郵送差入れの現金五〇〇〇円は東京拘置所長において郵送返戻した。

(五)  同(八)の事実は認める。但し、原告らの依頼があった点は知らない。

3  請求原因3の主張はすべて争う。

4  請求原因4(一)及び(二)の事実は否認する。

三  被告の主張

1  東京拘置所長の裁量権について

(一) 死刑確定者の外部交通等については、法は何ら特別の規定を定めていないので在監者の外部交通等に関する規定、すなわち監獄法四五条一項、四六条一項、五二条、五三条一項が適用される。そして右各規定は、「之ヲ許ス」「之ヲ許スコトヲ得」という形式で規定されており、各種の在監者につきそれぞれの法的地位に応じて外部交通等の制限が行われることを基本的趣旨とし、その外部交通等の許否を監獄という特殊な集団的拘禁施設に関し責任を負うとともに、所内の事情に精通し、しかも専門的な知識と経験を有する監獄の長の裁量的許可にかからしめているものと解される。

(二)(1) そして、拘禁とは、一定の場所に身柄を拘束することであるが、限られた物的、人的設備をもって被拘禁者の身柄拘束を確保、維持するためには、被拘禁者の移動の自由を制限するだけで事足りるものではなく、それ以外の各種の自由にも制限を加える必要性を否定することはできず、その制限が拘禁確保のために必要かつ合理的なものと認められる限りは、拘禁そのものに必然的に伴う自由の制限として、被拘禁者は、これを甘受せざるを得ない。

(2) いかなる内容の制限をいかなる限度まで許容し得るかは、各拘禁の法的な目的及び性格を考慮して決定すべきであるが、死刑確定者の拘置は、死刑執行行為(絞首)に必然的に付随する前置手続として刑罰の内容を定める刑法自体によって定められた一種独特の拘禁であり、死刑を言い渡した確定裁判自体の効力として執行される。その拘禁は、拘禁の対象者たる死刑確定者が社会にとって極めて危険な存在であるが故に、身柄を確保してこれを社会から絶対的に隔離することにより一般社会を防衛するという目的のほか、死刑確定者の逃走、自傷行為を防止してその執行を確保すること及び死刑の執行が正義人道に合致したものにするために死刑確定者をして一人静かに罪の自覚や被害者に対する贖罪の観念を起こさせ、死そのものを安らかな気持で迎えられるよう指導することによって、その心情を安定せしめ、安定した心情を持続せしめること等の目的を持つものである。

このように、死刑確定者の拘禁の目的は、死刑確定者を一般社会から厳に隔離し、その心情の安定を図ること等にあるから、そのために必要な範囲及び限度において、拘置所長は、死刑確定者の基本的人権を制約することができるものというべきである。

そして、拘置所長が死刑確定者の外部交通を制限すべきか否かを決するに当たっては、一方では施設の管理運営上、当該自由、権利を制限する必要性の程度を検討し、他方ではその制限の程度、態様、当該自由を制限される死刑確定者がそれによって被る具体的な不利益、すなわち外部交通を制限されることによってかえってその精神状態の安定性を害する事態を生ずるか否か等の影響を慎重に比較衡量しなければならない。その必要性の程度の判断に当たっては、刻々変化し得べき死刑確定者の動静と微妙な精神心理状態に対する迅速かつ適正な認定が不可欠であるから、当該死刑確定者の動静及び精神心理状態を常に個別的に把握し得る当該拘置所長に、相当の裁量権が与えられているものと解すべきである。

(3) ところで、監獄法は死刑確定者には、特段の規定のない限り、刑事被告人に関する規定を準用すると定めているが(同法九条)、その趣旨は、死刑確定者を未決拘禁者と同様に取り扱おうとするものではなく、その執行に至るまでの拘置が死刑執行に必然的に伴う前置手続であるとはいえ、刑罰そのものではないことから、死刑確定者の拘禁の絶対性に由来する社会からの厳格な隔離等に支障のない範囲内において、未決拘禁者に関する規定を準用すべき旨を定めたものと解される。

しかして、未決勾留と死刑確定者の拘禁とは、その法的な目的、性格を異にする以上、同法は、死刑確定者の処遇に関する別段の規定がないときに、死刑確定者の処遇について刑事被告人に関する規定をそのまま適用して死刑確定者に対し、その拘禁の目的及び性格に応じた適正な処遇がされるべきことを要求しているものと解すべきである。

(三) 死刑確定者の接見及び信書の発受に関する法的準則の一つである昭和三八年三月一五日矯正局長依命通達矯正九六「死刑確定者の接見及び信書の発受について」(以下「本件通達」という。)は、右の立場を踏まえて各拘禁施設の長以下の職員に対し、死刑確定者の外部交通についての取扱指針を明らかにしたものであって、死刑確定者の拘禁を、刑事訴訟法上当事者たる地位を有する未決拘禁者のそれとは全くその性格を異にするとの前提に立ち、死刑確定者は死刑判決の確定力の効果として、その執行を確保するために拘置され、一般社会とは厳に隔離されるべきものであり、拘置所等における身柄の確保及び社会不安の防止等の見地からする外部交通の制約は、死刑確定者の当然に受忍すべき義務であるとし、さらに、心情の安定を害するおそれのある外部交通も制約されなければならないとして、具体的には、①本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合、②本人の心情の安定を害するおそれのある場合、③その他施設の管理運営上支障を生ずる場合には、おおむね許可を与えないこととするという一応の基準を示したものであり、右死刑確定者の拘禁目的に照らせば本件通達に基づく制限には十分に合理性がある。

2  東京拘置所長の措置の正当性について

(一) 東京拘置所長は、本件通達に従い、死刑確定者の外部交通についてこれを制限し、本人の親族(但し、主として死刑確定後の外部交通の確保を目的として未決拘禁中に外部支援者と養親族関係を結ぶに至ったと認められる場合など、死刑確定者の法的地位に照らし許可すべきでないものについては、親族といえども許可しない。)、本人について現に係属している訴訟の代理人たる弁護士、その他本人の心情の安定に資すると特に認められた者についてのみ外部交通を許可することとし、それ以外にも、訴状提出等権利救済について法律上の権限を有する官公署への不服申立てを行う場合など例外的に必要と判断される場合には個別に外部交通を許可する運用を行っているものである。

なぜなら、一般的にいって、親族との外部交通を許可することは、既に述べた死刑確定者の拘置の本旨に資すると認められるからであり、また、現に係属している訴訟の代理人たる弁護士との当該用務に限っての外部交通の許可及び権利救済について法律上の権限を有する官公署への不服申立ての許可については、本人の正当な権利保護のためにはやむを得ないと考えられ、特に本人が違法に権利を侵害されたとしてその回復を求めることを真摯に希望しており、その権利の侵害が監獄の長の処分により発生していると主張する場合には、法律上の救済手段を全く奪ってしまうことは適当でないと認められるからである。

(二) ところで、原告守(昭和二〇年生)は、昭和五二年三月三一日、東京地方裁判所において爆発物取締罰則違反の罪により懲役五年の実刑判決を受け、昭和五三年一二月九日、右判決確定により府中刑務所で服役し、昭和五六年六月二四日出所した。

原告花子(昭和二四年生)及び原告守は、統一獄中者組合の獄外メンバーとして、東京拘置所在監中の同組合員等に接見等を通じて積極的に支援や働きかけを行うなどして接触を図っていた。また、原告守は、統一獄中者組合の組合員の多数とともに、東京拘置所周辺に押しかけたうえ、拡声器で「死刑確定者と養子縁組した者との面会不許可、信書の検閲、面会内容による中止などに抗議する」などのいわゆるアジ演説を行うなどの行動をとっている者である。

そして、原告一郎(昭和二五年生)は、本件死刑判決の確定前、獄中の改善を闘う共同訴訟人の会(昭和五一年一一月発足)、死刑廃止の会(昭和五五年一月発足)等の関係者と頻繁に交通するようになったほか、昭和五五年一一月には同じく死刑判決の言渡しを受けていた乙、丙(同所在監刑事被告人)らと「権力の行う死刑囚の孤立分断を粉砕し、人権抑圧に断固たる反対を貫く態勢を築き、死をかける死刑囚同志の結束を実現する」ことを表明し、死刑制度廃止運動の拡大を目的として「麦の会(日本死刑囚会議=麦の会)」(以下「麦の会」という。)を結成し、原告一郎がその代表委員となった(但し、昭和五六年一一月一六日脱会している。)。さらに、原告一郎は、未決拘禁当時帝国主義支配体制を打倒して、監獄を解体し獄中者を解放することをスローガンとし、階級闘争の戦列の強化ないし一斉の規則違反を活動方針とする「獄中者組合」の獄内、獄外組合員及び同組合の支援組織である「救護連絡センター」の関係者と信書、接見等を通じて積極的に接触を図っていた者である。

しかして、原告一郎と原告守及び原告花子との養子縁組は、本件死刑判決確定後も接見交通を通じて統一獄中者組合との外部交通を確保し、所定の手続によらない抗議闘争、助命運動等の非合法組織活動を活発に行うことによって、接見制限を潜脱することを目的とするものであるといわなければならない。そして、原告ら主張の外部交通を許可した場合、東京拘置所在監中の死刑確定者及び一審又は二審において死刑の判決を受けて現在審理中の刑事被告人にも、今後、本件類似の養子縁組が少なからず発生することが予想されるほか、同拘置所在監者と養子縁組をなした外部の支援者等に対していずれも戸籍上の親族であるという形式上の理由から、死刑確定後の外部交通を容認せざるを得ないこととなり、このことは、同拘置所の死刑確定者等に対する処遇に少なからず影響を及ぼす結果となり、ひいては同拘置所の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるものというべきである。

以下のとおり、原告一郎は、死刑確定者の外部交通を確保する方策として原告守及び原告花子と養子縁組をなしたものであり、右養子縁組の目的、原告らの行状、経歴、活動状況等具体的事情を総合勘案すれば、死刑確定後において原告らの外部交通(接見、信書の発受、差入れ等)を許可した場合は、以後も原告守から所定の手続によらない抗議闘争、助命運動等の非合法の組織活動に関する種々の情報等が頻繁に原告一郎に伝達されることが容易に予想され、結果的に原告一郎の心情安定を害するおそれがあり、また、東京拘置所の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められると判断されたため、同拘置所においては本件通達に従って原告一郎と原告守及び原告花子との外部交通を不許可としたものである。なお、死刑確定者の外部交通については、具体的な許可申出(願)がなされた段階において、個別具体的な事情を総合勘案してその許否が判断されるものである。

したがって、東京拘置所長のなした措置は、合理的なものであって、その裁量権の逸脱又は濫用はないものというべきである。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  東京拘置所長の裁量権について

(一) 被告は、死刑確定者の拘禁の目的の一つとして死刑確定者の心情の安定を上げるが、以下のとおり心情の安定を死刑確定者の拘禁の目的とすることはできない。

(1) 東京拘置所に拘禁されている死刑確定者は受刑者ではない。したがって、その者の意思に反して積極的、矯正的処遇を受ける義務は一切ない。また、心情の安定という概念は、極めてあいまいな主観的な概念で、通信、接見の許否の判断基準とはなり得ない。なぜなら、かかる基準は、外から見ることのできない内心の状態を問題にするものであって、何ら客観性がなく、これを死刑確定者に対する権利の制限根拠とすることは、恣意的な権利制限を容認することとなるからである。しかも、どのような措置を施そうとも、死刑確定者の心情が安定するといったことは本質的にあり得ない。

(2) また、被告が「心情の安定を図る」というのは、死刑確定者に贖罪観念を起こさせ、死を安らかに迎え入れる心境に至らしめることであると主張するが、そのような内心の状態を強制するための「積極的処遇」は死刑確定者の拘禁の目的から到底導き出すことができないことである。

(二) 本件通達は、上位規範である監獄法の規定の解釈を誤り、実質的にも違法な結論を導いているものであって、無効といわざるを得ない。

(1) 本件通達は、死刑確定者には被告人に対する特別の規定が存する場合、その準用があるとされているところ、接見及び信書の発受については被告人に関する特別の規定は存在しないこと並びに死刑確定者は刑事被告人とは全くその性格を異にするから、接見及び信書の発受に関する制限は専ら拘置の目的に照らして行われるべきであると規定する。

しかしながら、監獄法九条の趣旨は、死刑確定者が受刑者と異なり、その執行を待つだけの身であって、その処遇も比較的自由な刑事被告人のそれに準ずるものであることを意味する。そのため死刑確定者の処遇が、刑事被告人に準じ、在監者一般に比してより自由で緩和されたものであるべきことを示している。他方、死刑確定者を含む在監者は、監獄法四五条一項、四六条一項の適用を受けるが、受刑者及び監置者に関しては同法四五条二項、四六条二項にそれぞれ制限規定が置かれているのに対し、受刑者及び監置者以外の在監者(刑事被告人及び死刑確定者を含む。)についてはかかる制限規定は存在しない。これらの監獄法の規定の趣旨に鑑みれば、死刑確定者は、刑事被告人と同様に、受刑者及び監置者に課せられる制限以上の制限を受けることがあってはならないということが導かれる。

したがって、本件通達が右のように規定するのは、かかる監獄法の規定の趣旨に反するものである。

(2) また、本件通達は、死刑確定者の拘置につき、死刑の執行を確保し、一般社会とは厳に隔離されるべきものであるから、身柄の確保及び社会不安の防止等の見地からする交通の制約は当然受忍すべき義務であること及び死刑確定者は罪を自覚し安定した精神状態の下で刑が執行されるよう配慮されるべきであるから、心情の安定を害するおそれのある交通の制約が認められると規定し、さらに、①本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合、②本人の心情の安定を害するおそれのある場合、③その他施設の管理運営上支障を生ずる場合にはおおむね許可をしないのが相当である旨規定する。

しかしながら、確かに死刑確定者の拘置の目的が死刑執行のための身柄確保にあることは疑いないとしても、それ以上に死刑確定者を一般社会から「厳に隔離」させなければならないと強調することは、通常の一般社会とのコミュニケーションを断つかあるいは著しく制限することにほかならず、死刑確定者の拘置に右のような目的を持たせることは、拘置自体に新たな刑罰的機能あるいは保安処分的機能を付加することとなり、現行刑事司法制度上到底容認することはできない。

加えて、「罪を自覚し安定した精神状態の下で刑が執行されるよう配慮すること」は、拘置の目的にはなり得ない。なぜなら、死刑確定者には、罪を自覚し安定した精神状態の下で刑の執行を受けるべき義務はないからである。

さらに、右の外部交通を制限することが相当であるとする「社会不安の防止」「心情の安定」といった制限基準は曖昧、不明確で、恣意的制限が介入することを防止することができず、かかる基準で重大な権利を制限できるとすることは、権利そのものの否定につながりかねない。

(三) したがって、本件通達が外部交通を制限することが相当であるとする事項のうち「身柄確保を阻害するおそれのある場合」以外の事由にはいずれも合理性を認めることができないから、死刑確定者の拘禁目的は、刑の執行のための身柄確保、すなわち逃亡の防止のみである。右拘禁目的以外の目的を付加して死刑確定者の自由、権利の制約を認めている本件通達は、監獄法の趣旨に反する違法かつ無効なものであるから、本件通達に従った前記一連の東京拘置所長の措置は違法というべきである。

2  東京拘置所長の措置の不当性について

(一) 東京拘置所長が原告一郎と原告守及び原告花子との接見、信書の発受及び差入れを認めたとしても、何ら不都合な事態が起こる蓋然性は存在しない。

すなわち、原告守が原告一郎と出会い、通信、接見を開始して以降一度として問題が起こったことはなく、むしろ原告一郎と他の在監者との間の紛争を原告守が収め、原告一郎をして安定した状態に導いたこと、原告守は、本件死刑判決確定後わずかの期間ではあったが原告一郎と接見したが、不都合な事態が起きたことはない。

(二) 死刑確定者は、監獄に拘禁されることによって外部との交通を遮断され、接見、信書の発受及び差入れという方法によってのみ外部との交通が確保されるだけである。親族であってもその交流の手段は、右方法に限定されるのである。

原告守及び原告花子は、外部の人間との交流を一切遮断された養子である原告一郎の身辺の世話をし、再審請求の援助をするという目的のため原告一郎との人間的交流、外部交通を求めたのである。

(三) 被告は、原告らが死刑の廃止、獄中の処遇の改善という考えを持っているというだけで原告との接見を拒否する措置を講じたが、死刑廃止、獄中処遇の改善という考え方を持った人間がなぜ死刑確定者に会いに行ってはいけないのか、前記一連の東京拘置所長の措置は、まさに思想、信条を理由とする差別である。

(四) 現在拘置所においては、接見には職員が立会い、信書は検閲を受け、差入れについても厳重な審査がなされているのであるから、このような実情の下においては、原告守及び原告花子が原告一郎に対して所定の手続によらない抗議闘争、助命運動等の非合法の組織活動に関する種々の情報等を伝達することはできず、これによって原告一郎の心情を害することとなる危険性はない。

(五) 養子縁組は、原告一郎には外部交通し得る親族がおらず、原告一郎に対し、親子の関係を創設するほど親身になって考えている人間がいたという事情があってはじめて成立したものである。抽象的に今後死刑確定者との養子縁組が少なからず発生することが予想されるなどと簡単にいい得る性質のものではない。

(六) 原告一郎と原告守は、養子縁組前から接見等を行っており、その間被告の危惧する「管理運営上の障害」は全く生じていない。

(七) したがって、本件処遇方針に基づいてなされた前記一連の東京拘置所長の措置は、前記拘禁目的以外の目的による権利、自由の制限であって、その裁量権の逸脱又は濫用が明らかである。

五  抗弁

1(時効消滅)

(一)  本件訴えは、昭和六三年一〇月二六日に東京地方裁判所に対し提起されているが、昭和六〇年一〇月二五日以前における原告ら主張にかかる東京拘置所長の措置については、同措置から既に三年が経過しており、右損害賠償請求権は時効により消滅した。

(二)  被告は、平成元年二月二一日の本件第二回口頭弁論期日において右時効を援用する旨の意思表示をした。

2(権利の濫用)

原告一郎(養子縁組当時三五歳)と原告守(同三九歳)及び原告花子(同三六歳)との間の養子縁組は、原告一郎の本件死刑判決確定後の外部交通を確保するためにのみ行われたものであって、一般社会の未成年養子の監護教育、財産管理等親権の獲得を目的とする養子縁組とは到底認められないものであるから、民法が規定する養子制度を濫用したものである。

したがって、原告守及び原告花子が東京拘置所に対し、原告一郎の養親であることを理由に外部交通の許可を求めることは許されないから、本訴請求は失当である。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は否認する。本件処遇方針に基づいてなされた前記一連の東京拘置所長の措置は、一連の行為として把握することができるから、右措置が解除されない限り時効の進行という事態はあり得ない。

2  抗弁2の事実は否認する。原告一郎と原告守及び原告花子との間の養子縁組は、民法上有効に成立しており何ら問題はない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件当事者及び東京拘置所長の措置について

1  請求原因事実中、原告一郎が、昭和五二年五月七日、殺人等の罪名で起訴され、昭和五三年三月八日、前橋地方裁判所において殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、横領、詐欺の罪により死刑判決を受け上訴したが、昭和五五年二月二〇日、東京高等裁判所において控訴棄却の判決を受け、更に昭和六〇年四月二六日、最高裁判所において上告棄却の判決を受け、同年五月一七日、右死刑判決が確定した者であり、昭和五三年六月六日、前橋刑務所から東京拘置所に移管された後、昭和五四年一一月二八日、東京拘置所から前橋刑務所に移管され、更に同年一二月四日、前橋刑務所から東京拘置所に移監され、昭和六〇年五月二七日以降は同拘置所において死刑確定者として処遇を受けていたこと、原告守及び原告花子が夫婦であり、原告一郎と接見及び信書の発受等をして交流していたが、同月一四日、原告守を養父、原告花子を養母として原告一郎との養子縁組届出をしたこと、東京拘置所長は、原告一郎に対し、同年五月二七日、本件処遇方針を決定し、その旨を告知したこと、原告一郎が東京拘置所長に対し、同年六月三日、「親族との接見交通禁止処分解除願」と題する書面を提出し、原告守及び原告花子との接見、信書の発受及び差入れの許可を申し入れ、右願は受理されたが、東京拘置所長は、同月一〇日、右願を不許可としたこと、原告守が東京拘置所長に対し、同月一三日、同月一〇日付けで本件処遇方針に対する抗議の信書を送付するとともに、これに原告一郎宛の信書を同封したこと、原告守が東京拘置所長に対し、同月一三日、東京拘置所において原告一郎との接見の申出をなすとともに、現金三〇〇〇円の差入れをすることの許可を求めたが、同拘置所長はいずれも不許可としたこと、原告守及び原告花子が、東京拘置所に赴いたうえ、別紙二記載のとおり原告一郎との接見等を求めたが、東京拘置所長においてこれを不許可としたこと(以下前記東京拘置所長の同月一三日の不許可処分と併せて「本件不許可処分(一)」という。)、原告守及び原告花子が別紙三記載のとおり原告一郎宛に信書等を郵送したが、東京拘置所長において原告一郎が同信書を受信することを不許可としたこと(以下後記東京拘置所長の現金五〇〇〇円の郵送返戻と併せて「本件不許可処分(二)」という。)、原告一郎が東京拘置所長に対し、昭和六三年一月一一日、「外部交通許可申請書」と題する書面を提出して、原告守及び原告花子との接見、信書の発受及び差入れを許可するよう申し出たが、東京拘置所長が原告一郎に対し、同月二三日、右申出を不許可としたこと、なお、弁護士黒田純吉が東京拘置所長に対し、昭和六〇年一一月二日付け弁護士法二三条の二に基づく照会方申出書により、本件処遇方針等についてその理由を明らかにするよう求めたが、東京拘置所長は、同月二〇日付け回答において何ら具体的理由を明らかにしなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  しかして、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証によると、原告守及び原告花子の郵送差入れの現金五〇〇〇円については、東京拘置所長においてこれを郵送返戻したことが認められる。

また、原告ら各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、前記弁護士黒田純吉が東京拘置所長に対して照会方申出書により、本件処遇方針等についてその理由を明らかにするよう求めたのは、原告らの依頼に基づくものであることが認められる。

3  しかしながら、原告守が東京拘置所長に対し、昭和六〇年六月一三日、本件処遇方針に対する抗議の信書を送付した際、これに同封した原告一郎宛の信書に現金二〇〇〇円を同封していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、別紙一記載の接見等申出のうち、別紙二記載の接見等を除く申出については、原告ら各本人尋問の中にこれを肯定するかのごとき供述部分があるものの、それ自体あいまいであって客観的裏付けを欠くものであるから直ちに採用することはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。さらに、原告ら主張の原告一郎宛の信書の発信等のうち、別紙三記載の信書の受信等を除くその余の信書の受信等に対する東京拘置所長の不許可処分の存在については、これを認めるに足りる証拠がない。

二  違法性について

1  死刑確定者の外部交通権の制限について

原告らは、死刑確定者は、その執行に至るまで監獄に拘置されるが、右拘置は刑の執行ではないから、刑事被告人以上の自由な処遇が認められ、その執行に至るまでは、拘置所外の者と接見し、通信する権利が憲法一三条、二一条によって、また、死刑確定者がその家族と接見し、通信する権利が、憲法二四条によってそれぞれ保障されているというべきであり、さらに、死刑確定者が、再審請求等の訴訟上の必要性から家族その他の者と接見、通信する権利は、憲法三一条、三二条、三七条によって保障されているというべきであるし、加えて、右同様の権利は人権規約六条、七条、一〇条、二三条によって保障されており、また、一九五七年国際連合経済社会理事会で採択された「被拘禁者処遇最低基準規則」三七条は被拘禁者が自己の家族及び友人と面会することを権利として認めるよう加盟各国に求めているから、右基準規則は、わが国の死刑確定者に対する処遇に関しての指針として法的拘束力を有するものであり、右のように、死刑確定者の外部交通権が、憲法上の諸規定及び人権規約等の国際法規により保障された権利である以上、接見、信書の発受及び差入れは本来的に自由であり、死刑確定者との接見交通を認めるか否かについて、拘置所長の自由裁量権を認める余地はないから、本件処遇方針に基づいてなされた前記一連の東京拘置所長の措置は違法である旨主張するので検討する。

(一)  ところで、死刑確定者の監獄における拘置は(刑法一一条二項、監獄法一条一項四号)、死刑執行の必然的な前提手続であって、自由刑の執行としての拘禁及び未決勾留による拘禁とはその目的及び性格を異にするものである。すなわち死刑確定者の拘禁は、死刑確定者を厳重に社会から隔離し、その刑の執行までの間の逃亡、自殺等を防止するとともに、死刑の適切な執行を確保することにあるものと解せられる。

このことは、憲法一八条、三一条、三四条の規定自体が在監関係の存在とその自律性を憲法的秩序の構成要素として認めていることからも明らかであり、死刑確定者の表現の自由を含む基本的人権は、その地位の特殊性から生ずる制約を受けざるを得ないものというべきである。したがって、在監目的を達成するために必要かつ合理的な権利、自由の制限も憲法の許容するところであるから、死刑確定者の外部交通権の制限が直ちに原告ら主張のごとく憲法及び人権規約等の国際法規違反を来すものではないといわなければならない。

しかも、拘置所は、死刑確定者のほかに未決、既決の多数の囚人を収容し、これを集団として管理する施設であるところ、これらの多数の被拘禁者の身柄拘束を維持、確保するためには、その規律、秩序を保持する必要性があることはいうまでもない。そのため、被拘禁者は移動の自由が制限されるほか、拘置所の規律、秩序を保持する目的から移動の自由以外の各種自由にも一定の制限を加える必要性を否定することはできない。したがって、被拘禁者の自由、権利に対する制限も、拘禁確保の目的のために必要かつ合理的なものと認められる限りは、拘禁そのものに必然的に伴う自由の制限として許容されるものというべきである。

(二)  また、監獄法九条は、死刑確定者には特段の規定がない限り、刑事被告人に関する規定を準用するものと定めており、死刑確定者の外部交通については、監獄法は特別の定めをせず、他の法令にも右特別の規定は見当たらない。

しかしながら、刑事被告人については、憲法上無罪の推定が働き、有罪の裁判が確定して、それによって身柄の拘束をされるまでは、本来拘束されないのが原則であり、その拘束は、逃亡等のおそれがあり、刑の執行が不能となるおそれがあるなど法の定めた一定の要件の存する場合にやむを得ずなされるものであるのに対し、死刑確定者のそれは、死刑判決の確定力の効果として拘束され、死刑の執行という処分を受けるべきものとして処遇されているものである。したがって、同条は、死刑確定者の処遇に関する別段の規定がないときに、死刑確定者の処遇について、刑事被告人に関する規定をそのまま適用して、刑事被告人と同一の取扱いをすることを要求しているわけではなく、死刑確定者の拘禁と刑事被告人の拘禁との法的な目的及び性格の差異に応じた修正を施したうえで、刑事被告人に関する規定を適用して死刑確定者に対しその拘禁の目的及び性格に応じ適正な処遇がなされるべきことを要求しているものと解するのが相当である。

(三)  さらに、監獄法四五条一項は「在監者ニ接見センコトヲ請フ者アルトキは之ヲ許ス」、同法四六条一項は「在監者ニハ信書ヲ発シ又ハ之ヲ受クルコトヲ許ス」、更に同法五三条一項は「在監者ニ差入ヲ為サンコトヲ請フ者アルトキハ…之ヲ許スコトヲ得」とそれぞれ規定し、在監者の外部交通について許可制度を採用している。

しかして、在監者の外部交通を許すか否かの判断に当たっては、当該目的、在監者と外部の者との人的関係、当該監獄における人的、物的戒護能力その他諸般の事情のもとで、外部交通を許すことが拘禁目的を阻害し、又は監獄の規律、秩序の保持等正常な管理運営に支障を来すおそれがないかどうかといった諸点を考慮したうえで決せられる必要がある。しかも、右外部交通許否の判断については、監獄という特殊な集団的施設において、所内の実情に通暁し、かつ、専門的技術、知識、経験を有し、死刑確定者の動静を常時的確に把握できる立場にある拘置所長の判断が尊重されるべきものである。

(四)  以上によると、拘置所長の判断にある程度の裁量権を認めざるを得ないものというべきであって、その裁量権の行使が客観的にみて拘禁の目的に照らし合理的な範囲内である限り、それによる自由、権利の制限は法の許容するところであり、拘置所長は、死刑確定者の外部交通について、その拘禁の目的を達するために必要な限度で、刑事被告人の拘禁におけるのと異なった合理的な制約を課することもできるものと解するのが相当である。

したがって、外部の者も死刑確定者が自由、権利の制限を受忍することの結果として、右在監者との接見、信書の発受及び差入れなどをする権利について同様の制限を受けるものといわなければならない。

2  死刑確定者に対する拘禁の目的と外部交通の制限について

原告らは、死刑確定者の外部交通の制限が許容されるとしても、刑の執行確保のため身柄を拘束すること、すなわち逃亡防止のみが拘禁の目的になるのであるから、心情の安定を死刑確定者の拘禁の目的とすることはできず、右逃亡防止の目的以外の理由による外部交通制限を定めた本件通達は違法かつ無効であり、本件通達に従った東京拘置所長の一連の措置は裁量権を逸脱又は濫用した違法な処分である旨を主張するので検討する。

(一)  死刑確定者の拘禁は、死刑が生命刑であり、死刑確定者の社会復帰を目的としていないという点において、他の拘禁とは大きく異なる。そのため、死刑確定者は、絶望感にさいなまれ、あるいは自暴自棄となり、さらには極度の精神的不安定状態を招来し、自己の生命、身体を賭して逃亡を試みるなど、拘禁施設の現場担当者の管理に支障、困難が生ずる危険性が他の被拘禁者に比べ著しく高いことが推察される。そこで、死刑確定者については、拘禁施設において管理運営の必要上、心情の安定について格別の配慮を行う必要性があることも否定することはできない。

したがって、外部の者と当該死刑確定者との外部交通を認めることによって、死刑確定者の心情が不安定となるなどして、その身柄確保に支障が生ずる相当の蓋然性がある場合又は拘禁施設における管理運営に支障、困難が生じ、拘禁施設の規律及び秩序を維持するため放置することができない障害が生ずると認められる相当の蓋然性があると判断した拘置所長の認定に合理的な根拠があり、その防止のために当該制限措置が必要であるとの判断に合理性があると認められる限り、拘置所長の措置は適法として是認されるものと解するのが相当である。

もっとも、右心情の安定を図る必要性については、拘置所長が死刑確定者の身柄確保の必要性又は拘禁施設の正常な管理運営、規律及び秩序の維持という拘禁目的を達成するために死刑確定者との外部交通の許否を判定する際の一要素となるに止まるものであって、それ自体が死刑確定者に贖罪観念を起こさせ、死を安らかに迎え入れる心境に至らしめることなどの積極的な拘禁目的を形成するものであってはならないことはいうまでもないところである。なぜなら、死刑確定者が自ら罪を自覚し、被害者に対する贖罪観念を起こすことはもとより望ましいことではあるが、これを目的として拘禁施設の現場担当者が死刑確定者を指導することを許容することになれば、国家が死刑確定者の内心の自由を侵害するおそれがあるからである。

(二)  本件通達は、「本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合」、「本人の心情の安定を害するおそれのある場合」、「その他施設の管理運営上支障を生ずる場合」にはおおむね許可を与えないのが相当である旨規定している。右「本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合」に外部交通を制限するのは、まさに身柄確保の必要性という死刑確定者の拘禁目的に合致するものであるし、右「その他施設の管理運営上支障を生ずる場合」に外部交通を制限するのも、拘置所の正常な管理運営、規律及び秩序の維持を図るという拘禁目的を達成するために必要である。

しかして、主観的に死刑確定者の心情の安定を害するおそれがあるからといってそれのみで外部交通を制限することはできないが、外部交通を許可することにより、死刑確定者の心情の安定が害され、もって死刑確定者の身柄確保の目的又は拘置所の管理運営、規律及び秩序の維持の目的が害される相当の蓋然性がある場合には、なお右拘禁目的を達成するためにかかる外部交通を制限することができるものと解するのが相当である。

してみれば、「本人の心情の安定を害する場合」という文言は、死刑確定者の心情の安定の確保について格段の配慮を要するというものであって、「本人の心情の安定」のみを独立に取り上げて死刑確定者の自由、権利を制限することを認めた趣旨ではないが、右のような意味に限定的に解釈、運用される限りにおいて、本件通達に基づく外部交通の制限が監獄法の趣旨に違反するものではないというべきである。

(三)  したがって、本件通達の内容は、死刑確定者の外部交通に関する一般的取扱基準として合理性に欠けるところはなく、監獄法の趣旨に違反するものではないといわなければならない。また、本件通達に基づく拘置所長の措置についても右のとおりの運用がなされている限り、拘置所長の裁量権の範囲内にあるものとして適法であるというべきである。

3  東京拘置所長としての職務上の義務違背の有無について

(一)  そこで、本件不許可処分(一)及び(二)のなされた経緯及び理由について検討する。

前記乙第一〇号証に加えて、成立に争いのない乙第四号証、第三〇号証及び第三一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九号証、第一一号証及び第一二号証、証人吉野和博及び同米谷光藏の各証言、原告ら各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、東京拘置所長は、死刑確定者の外部交通について、本人の親族、本人について現に係属している訴訟の代理人たる弁護士、その他本人の心情の安定に資すると特に認められた者についてのみ外部交通を許可するが、死刑確定者の親族であっても、親族となるに至った経過等から死刑確定者が判決確定後の外部交通の確保を目的として未決拘禁中に外部支援者と養親族関係を結ぶに至ったと認められる場合など、死刑確定者の法的地位に照らし許可すべきでないものについては、右許可しないとの運用をしていること、東京拘置所長の原告一郎に対する本件処遇方針の告知は、右運用方針をあらかじめ同原告に一般的に教示する趣旨で行われたこと、本件不許可処分(一)及び(二)は、原告一郎が死刑確定後の外部交通の確保を目的として未決拘禁中に外部支援者と養子縁組をするに至ったものであり、かつ、原告守及び原告花子は監獄の解体及び在監者の解放等を目的としたいわゆる監獄闘争に積極的に関与していたものであって、かかる立場にある原告守及び原告花子と原告一郎との外部交通を認めた場合、原告一郎の心情の安定が害され、ひいては東京拘置所の管理運営、規律及び秩序が害される蓋然性があるとの個別具体的な判断に基づきなされたことが認められる。

(二)  次に、前記認定にかかる東京拘置所長の措置が、その裁量権を逸脱または濫用しており、東京拘置所長としての職務上の義務違背があるか否かについて検討するに、前記乙第四号証、第九号証ないし第一二号証、第三〇号証並びに第三一号証に加えて、成立に争いのない甲第一八号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし三、第一八号証ないし第二〇号証、第二三号証ないし第二九号証、第三三号証並びに第三四号証、証人吉野和博及び同米谷光藏の各証言並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第七号証及び第一五号証、証人吉野和博及び同米谷光藏の各証言並びに弁論の全趣旨により原本の存在及び成立につき真正に成立したものと認められる乙第二一号証、第二二号証、第三五号証及び第三六号証、証人吉野和博及び同米谷光藏の各証言、原告ら各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告守は、昭和五〇年三月ころ、Jとともに天皇訪米阻止闘争の一環として爆弾使用の武力闘争を企て、これに備えて埼玉県川口市の廃工場において手投げ爆弾を製造し、同年九月一五日、東京都赤羽の陸上自衛隊武器補給所に右爆弾を投げ込むべくレンタカーに爆弾を積み、起爆装置を付けて前記施設付近を運転中のところ、同日午前三時ころ、助手席の右Jが保持していた右爆弾が突然爆発し、同人が爆死した。

(2) このため原告守は、右爆発物取締罰則違反被疑事件で逮捕され東京拘置所に拘禁されたが、昭和五一年一一月一一日、民事訴訟を一つの手段として、獄中者の団結を図るとともに、獄中闘争及び対監獄闘争を発展させて、監獄を解体し、在監者の開放を図ることを目的として発足した「獄中の処遇改善を闘う共同訴訟人の会」(以下「共同訴訟人の会」という。)の訴訟部の部長に就任し、その機関誌に投稿するなどして同会発足当時から活動した。

(3) 原告守は、昭和五二年三月三一日、東京地方裁判所において爆発物取締罰則違反の罪により懲役五年の判決の言渡しを受け、昭和五三年一二月九日、右刑が確定し、府中刑務所に服役した。

(4) その後原告守は、昭和五六年六月二四日、府中刑務所を出所したが、共同訴訟人の会の訴訟部長として活動を続け、昭和六〇年一一月一六日、同会と「獄中者組合」との統一に関与し、これによって結成された「統一獄中者組合」の運営委員に就任した。

(5) 原告花子は、昭和五七年ころから、共同訴訟人の会の獄外メンバーとして活動し、統一獄中者組合結成後は同組合のメンバーとしてその機関誌に投稿するなどしている。

(6) ところで、東京拘置所長は、原告一郎が本件犯行の当時心中等を含め自殺を決意していたことから、置かれている環境いかんによっては再び自殺を計画する懸念があったため、入所当初原告一郎を自殺要注意者に指定して処遇することとした。

(7) 原告一郎は、昭和五五年二月二〇日、本件犯行について、東京高等裁判所において控訴棄却の判決の言渡しを受けた後、強いショックを受けて落ち着きがなくなり心情が激しく揺れ動き、同月二三日、東京拘置所職員に対し、死ねるものなら死んでお詫びをしたいと口走るなどした。

(8) しかし、その後、原告一郎は、落ち着きを取り戻し、昭和五五年三月一四日、外部支援者戊から来信を受けて以来、同人が所属する死刑廃止の会(昭和五五年二月ころ発足)等の関係者と外部交通をするようにより、昭和五六年九月二二日、原告守から共同訴訟人の会のメンバーとの交流問題について来信があって以来、同原告と外部交通をするようになった。

(9) 他方、原告一郎は、昭和五五年一一月ころ、死刑判決の言渡しを受けていた乙、丙とともに麦の会を結成し、右代表委員となったが、右乙と対立し、昭和五六年一一月一六日、麦の会を脱退した。

(10) その後、原告一郎は、昭和五八年八月ころに外部支援者己からの来信を、また、同年一二月ころに外部支援者庚から差入れを受け、同人らと外部交通をするようになった。

(11) 原告一郎は、本件死刑判決が確定すると外部交通ができなくなるのではないかとの不安を抱き、昭和六〇年一月ころ、右己及び庚に対し養子縁組の申入れをしたが、いずれも断られた。

(12) しかし、原告守が原告一郎に対し、昭和六〇年二月一三日、養子縁組をしてもよい旨連絡した結果、原告守及び原告花子と原告一郎は、同年五月一四日、原告守及び原告花子を養親、原告一郎を養子とする所定の養子縁組届をするに至ったが、原告一郎は、本件犯行について、同年四月二六日、最高裁判所において上告棄却の判決を受けており、同年五月一七日、本件死刑判決が確定した。

(13) そして、原告一郎は、昭和六〇年六月一〇日発行にかかる「救援連絡センター」の発行する機関紙「救援」(第一九四号)に「死刑判決が確定」と題して、「…最近の東京拘置所における死刑確定囚の処遇です。死刑囚処遇の反動化がちゃくちゃくと進められている中で、当局が私に対してどのような処遇をするのか、私自身不安がある一方で、一度処遇の形が決められてしまうと、その後の人達の処遇も規定してしまうのではないかと思うのです。その意味で、私にはトップバッターとしての大事なつとめがあると思うのです。このことは、今後の死刑廃止運動にとって極めて重大な問題であり、私一人の問題では決してないと思います。さいわい、ある方のご尽力のおかげで、刑確定後も私の様子を皆様に伝えることができるようになりましたので、できうる限り、私の様子をお知らせいたします。少しでも不当な処遇を受けたらただちに民事訴訟をおこすなどして闘っていきたいと思います。」という記事を投稿した。

(14) 東京拘置所においては、昭和五〇年以降平成二年末までの間、死刑確定者の自殺した事例が二件あったほか、これを含めて外部に報道されただけでも在監者の自殺事例が八件発生した。

(三)  しかして、以上の認定事実を総合すれば、原告守及び原告花子は監獄の解体及び在監者の解放等を目的としたいわゆる監獄闘争に積極的に関与していたものであり、したがって、東京拘置所長が、かかる立場にある原告守又は原告花子と原告一郎との接見、信書の発受又は差入れの申出を許可した場合、原告守及び原告花子からの監獄闘争等の情報が原告一郎にもたらされ、その結果、原告一郎の心情の不安定を助長し、自暴自棄になるなどして、原告一郎の自他殺傷の危険性が助長されるなど、拘禁施設の管理運営に支障、困難が生じ、また規律及び秩序の維持のため放置することのできない障害が生ずる相当の蓋然性が認められると具体的に判断したことには合理的な根拠があるといわなければならない。

してみると、東京拘置所長の措置には合理的な理由が備わっているものというべきであり、その裁量権を逸脱したり、濫用したものではないことが明らかであるから、東京拘置所長としての職務上の義務に違背があると認めることはできない。

三  結論

以上の次第で、東京拘置所長の措置の違法を前提とする原告らの請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福井厚士 裁判官河野清孝 裁判官小濱浩庸は、転官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官福井厚士)

別紙〈省略〉

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