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東京地方裁判所八王子支部 昭和36年(ワ)112号 判決

原告 中島徹

被告 株式会社 横河電機製作所

主文

原告の請求中、被告が、昭和三六年一月二六日発行した、新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)一六九〇万株のうち、訴外野村証券株式会社に対して発行した七五万株及び訴外大和証券株式会社に対して発行した七五万株の各新株の発行を無効とすべきことを求める部分を棄却し、その他の部分を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(甲)  請求及び答弁の趣旨

原告は、「被告が、昭和三六年一月二六日発行した新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)一六九〇万株のうち、訴外野村証券株式会社に対して発行した七五万株及び訴外大和証券株式会社に対して発行した七五万株の各新株の発行を無効とする。被告が前記新株のうち訴外野村証券株式会社に対して発行した五三二七株及び訴外大和証券株式会社に対して発行した四〇〇〇株の各新株の発行を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、まず「原告の請求を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、次いで本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(乙)  双方の事実上及び法律上の陳述

(請求の原因)

一、原告は、被告会社の後記新株発行にあたり訴外木島正邦が引き受け取得した新株一〇〇株を、昭和三六年三月一五日譲り受け取得し、同日株主名簿に登載を受けた被告会社の株主である。

二、被告会社は昭和三六年一月二六日新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)一六九〇万株を発行したが、そのうち各七五万株を訴外野村証券株式会社及び大和証券株式会社(以下単に両訴外会社という。)に対して発行した。

三、しかるところ被告会社が両訴外会社に右新株を発行した経過は次の如くである。

(イ) 被告会社は、昭和三五年八月二四日開催の取締役会において、右新株一六九〇万株を発行し、うち一五四〇万株を株主に割り当て、残一五〇万株を公募する旨決議した。

(ロ) 次いで被告会社は、昭和三六年一月九日開催の取締役会において、(イ)の公募分一五〇万株を一株三二〇円の発行価額を以て両訴外会社に七五万株宛買取引受させることを決議した。

(ハ) 右(ロ)の決議は、両訴外会社に対して各七五万株宛の新株引受権を与えることをさらに決議したことである。なんとなれば新株引受権とは他の者に優先して新株を引受できる権利であり、買取引受させることによつて、当然右権利が与えられているからである。

(ニ) 右の如く新株引受権を与えられた両訴外会社は、申込期日たる昭和三六年一月一六日までに各七五万株宛の新株申込証を取扱銀行に提出し、同月二六日の支払期日に引受価額の払込をして被告会社の新株各七五万株の株主となつたのである。右一五〇万株の新株発行において公募のなされたこともなく、また両訴外会社は新株発行上の募集もしくは売出のための被告会社の代行者でもなく、また売出の事務を分担したものでもない。

四、ところで被告会社が、両訴外会社に対する右新株発行について、その引受権の目的たる事項中の、額面株式、発行価額一株三二〇円及び両訴外会社に対して七五万株宛を買取引受させて、その引受権を与えることを決定したについては、取締役会で決議したのみで、商法第二八〇条の二第二項(以下単に条文数のみを掲げるものは商法のそれを指す。)に規定する手続を経ていない。しかし新株発行会社が新株発行について証券会社に新株を買取引受させて、その引受権を与えることは、株主以外の者に新株引受権を与えることであるから、右の手続をとらねばならぬことはいうまでもない。

五、被告会社が両訴外会社に対し前記の如く新株合計一五〇万株を発行したことによつて、被告会社は、株主と会社に対して次の如き損害を与えた。

(1)  株主に与えた損害

(イ)取締役会の決定した両訴外会社に発行した新株の発行価額は一株三二〇円であり、(ロ)新株発行の翌日たる昭和三六年一月二七日現在の被告会社の株式は旧株三九九円、新株三七八円、(ハ)約半ケ月後の同年二月九日現在のそれは、旧株四一九円、新株四〇四円であり、(ニ)従つて被告会社が右一五〇万株を株主に割り当てたなら一株につき七九円計一億一八五〇万円の差額があり、それだけ株主に損害を与えたことになる。

(2)  会社に与えた損害

(イ) 被告会社が公募によつて新株引受人を募集したら右(ロ)、(ハ)の値上りの状勢から一株三九九円で全部引き受けられた筈ですなわち一株につき七九円、計一億一八五〇万円だけ資本準備金が増す計算であつた。

(ロ) 被告会社は前記の如く両訴外会社に時価より一株七九円安く引き受けさせながら、これら会社に手数料一株につき九円計一三五〇万円を支払つている。

右(イ)、(ロ)の計一億三二〇〇万円が会社に与えた損害である。

六、以上の如くであつて、被告会社が前記両訴外会社に対して発行した七五万株宛の新株発行は、第二八〇条の二第二項の規定に違反したものであり、株主と会社に損害を与えたものであるから、右新株発行の無効の確定を求める。

七、次にまた被告会社の取締役会は前記三(イ)の如く一六九〇万株の新株発行を決議し、そのうちの一五四〇万株を株主に割り当て、なおその分の申込期日を昭和三六年一月一六日、払込期日を同月二六日と決議したが、右申込期日までに引受申込をしない失権株式九三二七株(一株未満の割当不能株式一二三一株を含む。)を生じ、右は当然未発行株式であるのに、被告会社は改めて発行の決議をなすことなく、訴外野村証券株式会社に対して五三二七株、訴外大和証券株式会社に対して四〇〇〇株を各一株三二〇円の割で買取引受させ、両訴外会社は、払込期日たる同月二六日に取扱銀行に引受価額の払込をして同日株主となつた。右新株の発行は、発行の決議なくしてなされたものであるから無効であつて、本訴で併せてその確定を求める。

(以下請求原因第二項ないし第六項による請求を第一請求と、同第七項による請求を第二請求という。)

(被告の本案前の主張)

(1)  第二八〇条の一五第二項の株主とは、「新株発行前の株主及び当該新株の発行を受けた株主」を意味し、新株発行の効力発生後株式を譲り受けて株主となつた者を含まないと解すべきであるから、原告はその請求原因一において主張するところ自体によつて本訴提起の適格がなく、本訴請求は却下さるべきである。右の如く解する理由は次の如くである。

すなわち、右規定の定める株主または取締役の新株発行無効の訴を提起する権限は、直接に株主の個人的利益保護を目的とするもので、自益権的共益権とでも称すべく、このことは第二八〇条の一〇の規定する株主の新株発行差止権と関連して考えれば明白である。すなわち、同条は、新株発行前においては株主(すなわち旧株主)たるものは、その所定の場合に株式発行の差止を請求できるものとしており、そして、もし新株が発行されてしまつたなら前記二八〇条の一五第二項の規定で右の株主すなわち旧株主はその無効を提訴できる旨定めているのであるが、この場合新たに新株の株主(原始株主)が出現しているので、その者が新株発行により不利益を受けている場合を考慮し、右規定の株主のなかにはさらに新株の原始株主に限り含まれると解するのが法意に適する。これを実質的に考えても、新株発行の無効が確定することにより利益、不利益を受けるのは新株発行当時の旧株主並びに新株の原始株主、取締役なのであり、その後の承継人は取引により株式を取得したものであるから右新株発行無効について法律上利害関係を有しないのである。

(2)  なお、原告は、本件第一請求と同様の訴訟を訴外大成建設株式会社その他三訴外会社に対して他の裁判所に提起している次第で、原告の株式取得は、訴訟を主たる目的とした無効のもので、この点でも本訴は却下さるべきである。

(3)  原告の第二請求は、昭和三七年九月二八日の本件口頭弁論期日において、第一請求に付加してなされたものであるが、第一請求と第二請求とは請求の基礎を異にするから訴の変更は許されない。

(本案についての、被告の答弁及び主張)

第一、答弁

請求原因一及び二の事実は認める(但し、被告会社の両訴外会社に対する新株の発行は公募のためのいわゆる買取引受に基くこと後記のとおり。)三の(イ)(ロ)の事実は認めるが(ハ)の主張は否認する。同(ニ)のうち両訴外会社が各七五万株につき申込証拠金をそえて新株申込証を取扱銀行に提出し(その日は昭和三六年一月二五日である。)、同月二六日引受金額の払込を了したことは認める。四のうち被告会社が両訴外会社に新株引受権を与えた事実を否認し、原告主張の手続をとつていないことは認める。五のうち被告会社の株式の時価の点は認める。七のうち原告主張の失権株が当然未発行株式であるとの点及びその発行につき発行の決議にあたるものが全然存しなかつたとの点を否認し、その他は認める。

第二、第一請求についての主張

一、仮りに被告会社が両訴外会社に買取引受させたことが第三者に新株引受権を与えたことになるとしても、第二八〇条の二第二項の規定違反は、新株発行の無効の事由とならない。

その理由はまず次の如き取引安全の要請である。

(一)一たん新株発行の効力が生ずると、会社の人的物的組織が拡大されて活動するものであるのに、その後その無効により第二八〇条の一八に定める結果を生ずることは、実質上資本の減少がなされたと同結果を生じ、第三者の信頼を裏切ることになり、(二)新株券が流通におかれた後無効とされると、その株主は自ら欲しなくても株主としての権利を失うに至り、(三)一度新株の無効を生じ未回収株券が存すると、その後の取引において取引の都度対象株券の有効、無効を調査しなければならず、かくては株式の流通は甚だしく阻害されるに至る。

その理由の第二は次の商法諸規定にある。

すなわち、第二八〇条の一〇は、その規定する場合に株主に株式発行差止権を与え、第二八〇条の一一は、発行後における引受人の責任、その追及を規定して公正なる、特に公正価額による株式の発行を期しており、そして、第二八〇条の二第二項の目的も、取締役会の恣意により株主以外の第三者に有利な条件で新株引受権を付与し、これによつて株主に不当な損害を与えることを防止するためにある。そこに株主総会の特別決議が要求されているのも、新株の公正なる発行を確保するための一方法にすぎず、株主総会の特別決議なくして公正な価額で適当な第三者に新株引受権を与えた場合にもなお新株発行を無効とすべき理由はない(なお、被告会社が(取締役会で)前記の如く両訴外会社に買取引受させる旨決議し、これに基き後記の如く買取引受契約を結んだ昭和三六年一月九日現在の被告会社の株式の時価は一株三七〇円である。)。

第三者に新株引受権を付与するか否かはもともと取締役会の決議により決定さるべき事項であつて、かかる権限を取締役会に付与するための新株発行についての会社内部における意思決定手続の一つとして株主総会の特別決議を要するものとされているにすぎない。従つて取締役会の決議に基いて代表取締役が新株の発行をした以上、第二八〇条の二第二項の手続を経ていなくても、右違反は会社の内部における意思決定手続の違反たるに止まり、新株発行を無効ならしめるものではない。

二、仮りに右主張が理由がないとしても被告会社が両訴外会社に公募分新株各七五万株を買取引受させたことは、新株引受権の付与とならないこと次のとおりである。

(一) 買取引受は、証券業者に公募手続を委託する一つの方法で証券業者が発行会社との引受契約に基き、自己名義で新株の申込をして全募集株を引き受けた上一般に分売する方法であつてそれは残株引受すなわち発行会社が証券業者に株主募集を委託するとともに業者が発行会社に代つて新株申込の勧誘を行い、一般公衆に申込証を交付して申込をさせ、申込期日に応募が発行予定数に達しないとき業者が残株引受の義務を負う方法を徹底したもので、その存在理由は、引受証券業者名で売買単位毎の株券の作成が可能で事務手続上も株券印刷上も簡便な点にある。

(二) そして現行の大多数の買取引受は、証券業者が株式を一般公衆に売り出すことを約して発行株式の全部または一部を業者名で一括引き受け、その売出価額は業者の引受価額と同額とし売出期間の終期を払込期日前とし、業者は引受手数料として一定額を発行会社から取得する、という内容である。(なおここに付言するに、買取引受契約に違反した場合の法律関係については特に定めがなく、民商法の一般原則によつて処理することになるものである。)。

右の如き買取引受においては、証券業者は、自己名義で株式引受をするとしても、自ら株主たる意思で自己のために引き受けるものではなく、買受人のために自己の名で引き受けるもので、株式引受人は買受希望の一般公衆であり、業者の株式引受は、発行会社に代つて株式を広く分売するための形式的な手段にすぎない。従つて、買取引受は証券取引法上の引受(公募の消化の保証)であつて、買取人は買取引受義務の履行として形式上商法上の引受人となるにすぎず、実質上の株式引受人は一般公衆であるから、それは証券業者に新株引受権を付与したことにはならない。

(三) 右の如く売出期間が必ず新株払込期日前に定められている関係上、買取引受による売出は、証券取引法上売出でなく募集に当るものとして取り扱われている。

右買取引受により証券業者は引受及び売出(募集)、しかも買取引受価額と同額による売出を義務づけられているので、契約上その間に利得をなす余地はない。実際においても、契約の誠実な履行のために、発行会社はその能力のある引受証券業者を厳選し、相互の信頼関係によつて新株発行手続を行つているもので、業者が義務違反をすることなく、すべて新株は他に引受価額同額で分売されているのであり、また証券取引法第六七条により設置される証券業者の団体たる証券業協会は各地に存し、ここに売出の委託をすると全会員に取り次がれ、そして東京地区では東京証券業協会の定める統一慣習規則六号の「株式公開に関する規則」により、株式の売出募集または売出の取扱を行う場合は共存共栄の見地から協会員が共同して行うべきことを強制しており、証券業者が一社で売出を独占して自分の思うように処分することは不可能であり、今日の如く一社の発行総額数十億円に達し、公募会社が多数存する状態では、証券会社といえどもこれを投機のために保有するが如きことはできないのである。そして本件においても証券業協会への委託がなされたのである。

(四) 買取引受が第二八〇条の二第二項に規定する第三者に対する新株引受権の付与にあたらないことは次の点からも明らかである。

(1)  第三者の新株引受権は、株主以外の者に与えられる、新株を他に優先して割当を受け得る権利で、この権利は取締役会の新株発行決議及び株主総会の承認決議のみによつては発生せず第三者との間に新株引受権付与契約があつて始めて発生するものである。

(2)  ところで買取引受契約なるものは、前記の如く、公募分の新株発行の方法として、発行会社が証券業者をして一定の条件の下に、一般公衆に売り出すことを約させて、業者名義で一括引受させることを約すもので、証券取引法第二条第六項の引受(公募の保証)であり、右契約上の義務の履行の方法として、証券業者は申込期日に自己名義の株式申込証を提出し(これをしなければ買取引受契約の義務違反となる。)、発行会社から割当があつて、払込期日に買取価格と同額の株金払込をするのであつて、この場合証券業者が発行会社から割当を受けるのは取締役会の割当自由の原則による割当権限の行使の結果であり、証券業者に他に優先して新株の割当を受ける権利があるわけではない。発行会社は買取引受契約上の公募分をその証券業者に割当しないで、他の者に割当することも割当権限の行使としてもとより可能であつて、ただ買取引受契約の義務違反となるにすぎない。

(3)  もしこれが発行会社が証券業者に対し新株引受権を与えたものであれば、それは権利であつて義務ではないから、証券業者に引受の義務はなく、株式の申込、払込をしなくても発行会社は責任を問い得ないと共に、申込に対し発行会社が割当をしなければ、新株引受権の侵害として発行価額と時価との差額相当額を賠償すべき責任があることになるが、本件のものを含め現在一般に行われている買取引受契約にはかような要素はない。

(五)(1)  公募は新株引受権を与えないでする新株の発行であるが右の如く買取引受契約は株主以外の者に新株引受権を与えるものではないからひとしく公募であつて、すなわち特定の証券業者と相談の上新株の申込をさせ、これに割当するのも公募たるにかわりなく、不特定多数に対し新株の募集をするというのが公募の本質的要素ではない。

(2)  仮りに公募たるには、不特定多数の株主を募集する必要があるとするも、買取引受契約により新株払込期日以前にすでに、証券業者が、払込期日に株主となり株券を取得した場合に直ちにその地位を取得すべき権利を有する不特定多数の買受人が存し、新株の効力が発生するや直ちに証券業者の株主としての地位はこれに移転するのであつて、証券業者が一時的に商法上の引受人、原始株主となるのも形式的なことで、実質的にみれば右買受人たる不特定多数人が引受人となつたものといいうるので、全体的にみて公募である。

(六) そして本件においても、被告会社と両訴外会社との間の昭和三六年一月九日付買取引受契約には、(1) 両訴外会社は被告会社から、その発行する新株のうち一五〇万株を、一株につき三二〇円の割合で買取引受の上後記(3) の要領で売り出すこと、(2) 買取引受株数は両訴外会社各七五万株とする、(3) 売出要領は、(イ)売出株数一五〇万株、(ロ)売出価額一株につき三二〇円、(ハ)売出株数単位五〇〇株またはその倍数、(ニ)売出期間昭和三六年一月二〇日から二四日まで(期間内に分売ができなかつた場合の残株は、買取引受の内容上当然両訴外会社が引き受ける趣旨である。もつとも本件では残株を生じなかつたこと後記のとおり。)(ホ)株券受渡期日を同月二八日とする、(4) 両訴外会社は売出にあたり、その一部を他の証券業者に委託することができる、(5) 両訴外会社は、株式に対する払込金として同月二六日までに被告会社と協議の上決定する払込取扱場所へ一株につき三二〇円払い込むこと、(6) 引受手数料は一株につき九円とし、被告会社は払込後遅滞なく支払うこと等約定し、そして両訴外会社は右契約による義務を履行し、一五〇万株は両会社及び他の証券業者を通じて一般に分売されたのである。すなわち、両訴外会社は、新株引受申込証の提出、引受価額の払込により昭和三六年一月二六日一時的に株主となつたが、売出期間の終期たる同月二四日までにすでに不特定多数の新株取得希望者が存在し同月二八日にはそれらの不特定多数人が現実に株主となつたのである。

第三、第二請求についての主張

(1)  株主が申込期日までに申込をしなかつた株式は払込期日をまたずして未発行株式(新株発行決議のない株式)になるものではなく、第二八〇条の五第四項は、第一項、第二項の通知、公告がされた場合に株主割当分について株主が申込期日までに申込をしなかつたときは、株主がその分について新株引受権を失うことを意味するにとどまる。従つて原告主張の失権株につき改めて新株発行の決議をする必要はなく、取締役会は当初の取締役会(昭和三五年八月二四日)で決議された「払込期間内に引受のない株式、切捨てた端数株の処理、公募の方法及びその発行価額その他新株発行に必要な事項は今後の取締役会に於て決定する。」というのによつて失権株についての再募集の細目を決議するを以て足り、そして被告会社は昭和三六年一月二五日開催の取締役会において、原告主張の失権株式九三二七株につき、さらに一般より募集することとし、発行価額一株につき三二〇円、募集方法両訴外会社に各原告主張数の株式を買取引受させる、払込期日を同月二六日と定める等決議しているのである。

(2)  仮りに失権株なるものが払込期日をまたず未発行株式となり、その分につき新株発行の決議を要するものとしても、被告会社の昭和三六年一月二五日の取締後会の失権株式等処分に関する右決議は、新株発行の決議の趣旨をも含むものというべきであるから、原告の主張は理由がない。

(3)  さらに右主張も理由がないとしても、新株発行において取締役会の決議がないということは、その無効を来すものではないから原告の請求はこの点においても失当である。

(被告の主張に対する原告の答弁及び主張)

一、本案前の主張について。

その(1) について

新株発行無効の訴は株主権中の共益権に属するもので、第二八〇条の一五第二項にいう株主とは、提訴当時株主であれば足り、旧株主及び新株主のいずれをも含む趣旨である。仮りに右条項にいう株主とは、被告主張の如く「新株発行前の株主及び当該新株の発行を受けた株主」を意味するものとするも、原告は訴外木嶋正邦が昭和三六年一月二六日被告会社から発行を受けた株式を、同訴外人から前記の如く同年三月一五日に譲渡を受けたものであるが、株式の譲渡は株主権を共益権を含めて包括的に移転するものであるから、右株式譲受により原告は右訴外人が昭和三六年一月二六日の本件新株発行日以降被告会社に対して有していた株主権を共益権を含めて承継したのであり、かように適法に取得した共益権が第二八〇条の一五第二項の場合に限り行使できない理もなければ、またこの場合共益権の承継ができない理もない。原告は本訴提起の適格者である。

その(2) について

原告が被告主張の如き訴を提起していることは認めるが、原告の本件株式取得が訴訟を主たる目的としたものであることは否認する。原告はいわゆる法の裏をくぐつて不正をはたらく者に対し常に反省を求め、その効果を発揮して来たもので、原告が全生活を打ち込んだ本訴の提起も、ひたすら会社のため、株主のためであり、ひいては法治国家の国民の義務として、愛国の至誠に出るものである。

二、第二の主張(第一請求についての主張)について

その一について

商法は新株引受権の付与を取締役会の専権事項としたが、株主の不利において第三者に新株引受権の付与がなされないよう第二八〇条の二第二項において、株主以外の者に新株引受権を与える場合、これに有利な新株発行を認める場合には、これに関する一定事項につき取締役会が決議する権限を株主総会の特別決議をもつて付与することにし、この場合取締役は株主総会において株主以外の者に新株の引受権を与えることを必要とする理由を開示することを要することにして厳重な手続を定め、同条第四項に右総会の決議の効力を制約する規定を設けて、第三者に新株引受権を与える場合を極力抑制し、いやしくも包括的にこれを与えるおそれを除去する措置を講じているのである。右の法の趣旨からすれば、第二八〇条の二第二項の手続を経ないでなされた新株の発行は明らかに無効というべきである。

取引の安全の要請は、正しい根拠の上に行われた新株の上にこそ存在し、主張さるべきもので、右の手続を経ないというが如き極めて不健全に行われた新株発行に取引の安全の要請を主張するが如きは、基礎工事なき建物の安全を希求するに等しい右手続を経ないという無効に値するかしある新株発行を取引の安全の要請の故に有効視する被告の主張は、自らの誤を取引の安全によつて相殺しようとする奇弁である。すでに商法は、第二八〇条の一五第一項によつて、新株発行後六ケ月内は無効の訴の提起あるべきことを警告すると共に、その反面右期間を経過すればかしある新株発行も完全に有効となることにしており、第二八〇条の一六第一〇五条第四項によれば、右訴の提起があつた場合にはその旨を公告して利害関係人に知らせるべきことにし、以て損害を排除、予防する機会を与えており、第二八〇条の一七には無効判決の非遡及効を、併せて、無効判決確定の場合にこれを遅滞なく公告、通知すべき旨を規定しており第二八〇条の一八は新株発行無効の場合における会社の払込金額支払義務を規定し、その他第二八〇条の二第二項に違反したため新株の発行が無効となつた場合当然第二六六条及び第二六六条の三各所定の取締役の損害賠償責任も発生すべく、以上によれば取引の安全は法律上正当に保護されているのである。仮りに、取引の安全の必要を二八〇条の二第二項違反の新株発行の場合にまで持ち来るとしても、その対象は純粋の善意の第三者に限定さるべきであつて、本件両訴外会社の如く、元来被告会社の従来の株主であり、かつ本件新株発行上専門的立場にあつてこれを指揮したというが如く、当然二八〇条の二第二項の手続欠缺について悪意なる者はその対象とならない。

のみならず少くとも本件においては、被告が取引安全の要請の内容として主張するもののうち(一)は軽微であり、(三)は当らない。すなわち、被告会社の払込済資本額は二〇億円で本件新株発行無効による実質上減資額は七五〇〇万円に過ぎず、また、被告会社の株主名簿はIBM方式による電子計算機によつて処理されており、両訴外会社に対して発行された本件新株は右各会社が原始株主となつて一貫連続番号によるカード式記載であつて、これを他の新株と区別するための会社への照会の煩の如きは凡そ夢想もされないことである。

被告の取引安全の要請を理由とする有効の主張の理由なきこと右の如くであるが、第二八〇条の二第二項の手続が新株の公正なる発行価額の決定を担保するためのもので、右手続を欠くも公正な価額でなされた新株発行は有効であるとする趣旨の被告の主張も、公正なる発行価額なるものが実際にはとらえ難いものであること及び右手続の欠缺が株主の議決権の剥奪になることからすれば、その失当なことは明白である。

その二について

被告会社が昭和三六年一月九日両訴外会社との間に被告主張の如き条項による買取引受契約なるものを結んだことは認めるが、その他は原告が請求の原因ですでに主張しているものに合致する部分を除いてすべて争う。

被告の主張(一)は新株発行においては矛盾である。新株発行において残株なるものは存せず、従つて残株引受すなわち証券取引法第二条第六項にいう「他に当該有価証券を取得する者がない場合にその残部を取得する」というのを主体とした買取引受方法による公募の実施などあり得る筈はないのであつて、残株引受は会社設立の場合に限らるべきことである。被告はその主張(四)(2) において、いわゆる買取引受人が証券取引法の右条項の引受人であるとするが(そして「残株引受」を本体とするとか、あるいは「公募の保証」であるとか「公募の消化の保証」であるといつているが、)、それは右条項にいう引受人のうちで「有価証券の発行に際し、これを売り出す目的を以て当該有価証券の発行者からその全部若しくは一部を取得する者」にあたるのである。またそこで割当自由の原則を援用してなす被告の主張も会社設立の場合と新株発行の場合とを混同し、後者の場合には前者の場合と異り、すでに会社が、そしてまた利益を保護しなければならない株主が存在していることを忘れたものであつて失当である。そもそも被告は買取引受人なるものを、あるいは一般応募者の代理であるとなし、あるいは発行会社の代理であるとして主張しているのであるが、かようにその地位につき民法第一〇八条違反のものを主張していること自体被告の主張が真実にそわないことを裏書するのである。被告はその主張(五)(2) において、証券業者が一時的に原始株主となるのは形式的なことで、実質的にみれば買受人たる不特定多数人が引受人となつたものといい得るから、全体的にみて買取引受による新株発行が公募であると強弁するが、そうすると右の買受人は第二〇一条第二項により単に連帯払込の義務を負うにすぎないで買取引受人が株主となるという結果に終る外ないことになるのであつて、結局買取引受が公募であるとする被告の主張の失当であることを示している。また被告は、買取引受が新株につき株主を求める公募の方法であつて、いわば便宜上発行株式の全部または一部を証券業者名で一括引き受け、その売出期間を払込期日前の一定期間としたものであつて、かように売出期間が新株払込期日前に定められている関係上買取引受による売出は証券取引法上売出でなく募集に当るものとして取り扱われているというが、法的にも、実際界の現実からいつても、単なるこじつけの論である。すなわち、いわゆる買取引受契約なるものに付されている売出期間の定めが直ちに公募の原因となるものではなく、払込期日前に売出期間を定めたのは、証券業者に払込資金不足の場合の資金調達上の特別の便宜を与えたものに外ならないのである。

証券取引法第二条第六項には有価証券の発行に際しての発行者からの買取引受と発行者のための募集の取扱とを区別して規定し、同条第八項第四号は有価証券の引受、第五号はその売出第六号はその募集又は売出の取扱と区別して規定しているのであるが、被告主張(六)の買取引受契約のどこにも右第六号の趣旨は存在せず、そしてその主張の契約条項(1) に、両訴外会社は、「一株につき三二〇円の割合で買取引受の上……」とあるのは正しく新株引受権の付与を裏書するもので、右条項によれば、両訴外会社は独自の価額で、しかも何人に売り捌くのも、その権利に属し、被告会社としては公募に関し両訴外会社に何ら指図する権限はないことになるわけで、両会社は前記の如く正に証券取引法第二条第六項の規定中「有価証券の発行に際し、これを売り出す目的を以て当該有価証券の発行者からその全部若しくは一部を取得する者」というのにあたり、現に両訴外会社は買取引受契約によつて取得した新株を自己の権利として保有し、あるいは引受価額や時価より高価額で売却している次第である。両訴外会社が買取引受によつて原告の主張する如くすでに現実に原始株主となつた以上、一般公衆の株式取得は両会社の売捌によるべく、現に被告において引受をなしたと主張する一般公衆は商法上必要とされる株式申込証によつてではなく、株式譲渡によつて株主となつているのである。両訴外会社の地位を事務取扱ないしは公募または売出の代行などということはとうていできない。のみならず被告会社が両訴外会社に対し新株引受人の募集を代行させたものでないことは次の点からも明らかである。すなわち本件新株発行日は前記の如く昭和三六年一月二六日なるところ、被告主張の買取引受契約上の売出期は同月二〇日から二四日までなのであるから、売出の対象となつたものが株式そのものであるとすれば、第二一〇条に違反する自己株式の取得であつて、しかも払込未済の発行前の株式であるから無効であり、また新株引受権であるとすれば、新株発行会社としてはこの権利は付与するものであつて売出の対象にはならないからである。右の売出なるものは、両訴外会社が自己の権利として、証券取引法第二条第一項第六号所定の証書に基いて発行日決済取引またはこれに準ずる取引をすることを意味するのである。

三、第三の主張(第二請求についての主張)について。

(1)  のうち被告会社の昭和三五年八月二四日の取締役会の決議の一内容として被告主張の如き条項が存すること及びその昭和三六年一月二五日の取締役会の決議として被告主張の如き条項内容のものが一応存することは認めるが、その他の被告の主張は争う。株主割当分の失権株九三二七株は、昭和三五年八月二四日の取締役会の決議によつて決定された新株としてはすべてが失われたのであつて、「失権株式の処分その他については、取締役会で決議する。」というの法律的解決は、右失権株が未発行株式となつたのだから、これを再募集するか打ち切るかの何れかを決議決定するというにあるとなすべきであつて、もしも再募集を決定した場合には失権株に相当する新株を新たに発行することを決議することを要するのである。この場合この新決議により発行する分の払込期日を従前の決議による発行新株のそれと同一にするためには、いきおい後者の新株の発行条件たる申込期日と払込期日との間を長期にしなければならないのであるが、それでは申込株主に対する新株券の交付がおくれその受ける不利益が大きいから、かようなことは実際上は許されず、そこで結局未発行株式を再募集する場合の払込期日は従前の決議による新株のそれの後にされるというのが第二八〇条の九の立法理由にかなうのであるのに、本件においてそのことなきは、以て新たなる発行決議のなかつたことを裏書するものといえる。しかも被告において新発行の決議の趣旨を含むとまで主張する昭和三六年一月二五日の取締役会の決議なるものもその決議の日の翌日を払込期日として公募する旨の不自然、不相当な決議なのであつて、そのこと自体右決議なるものも形ばかりのものであることを露呈しているといえる。

(丙)証拠〈省略〉

理由

第一、被告の本案前の主張(1) 、(2) について。

(1)について。

原告が被告会社の本件新株発行にあたり訴外木嶋正邦が引き受け取得した新株一〇〇株を昭和三六年三月一五日同訴外人から譲受取得し、同日株主名簿の書換を了したものであることは当事者間に争なく、第二八〇条の一五第二項の株主は提訴当時における新旧の株主を指すものと解するのが同条の訴の趣意にてらして相当であるから、原告は本訴につき適格を有するといえる。

(2)について。

原告の本訴提起の動機が、その主張の如く、自己の個人的利益を追求するためではなく、会社のため、株主のため正当な法益を保持し、国民として法秩序を維持するの熱意に出るものであつても、そのことが直ちに、原告の前記株式取得を信託法第一一条の関係で訴訟行為をなすことを主たる目的としたものであるとなすの妨げとなるものでもなく、訴訟信託を正当化する特別の事情ともなり得ないことは、濫訴を防止しようとする右規定の趣旨からいつて当然のこととせぬばならぬ。そして前記の如く、原告は昭和三六年三月一五日に被告会社の新株を一〇〇株訴外木嶋から譲受取得したものであるが、本件記録によつて明白なこの一〇〇株の取得当日被告会社の登記簿抄本の発布を受け、右抄本その他書類をととのえて株式取得後八日目の同月二三日に第一請求にかかる訴を提起している事実、当事者間争なき原告はすでに右訴訟と同様の四訴訟を提起している事実に、本件口頭弁論の全趣旨、特に原告の訴状、準備書面の記載自体によつて明りように看取できる。原告はかねてから買取引受をめぐる証券業者、会社理事者らのやり方には許し得ないものがあつて、是正の必要があると痛感していた事実を合せ考えると、原告の株式取得は少くもその第一請求にかかる訴訟をなすことを主たる目的とするの意図に出たものとなすべきであるが、譲渡人側が譲渡にあたり意図したところにつき、その原告との関係その他特に徴すすべき資料のない本件において、株式なるものの性質からしても、右列挙の事実のみからたやすく推断判定することもできないから、結局訴外木嶋から原告への株式譲渡は全体として信託法第一一条に違反する行為であつて無効のものと断じ難く、従つて原告は第二請求についてはもとより第一請求についても原告適格を有することになる。

第二、第一請求について。

一、請求の趣旨の特定性について。

原告の主張の全趣旨によれば、被告会社が昭和三六年一月二六日両訴外会社に対して発行した新株中には、第一請求にかかる各七五万株の株式の外に、第二請求にかかる各株式及び両訴外会社が被告会社の株主として株主割当により発行を受けた各株式が存する筈であるから、請求の趣旨第一項(第二項も同様)は、その表示のみでは請求の特定性を欠く疑があるが、右各発行が発行の経過、態様において相互に特異のものがあることは原告の主張し、ないし主張の趣旨とするところであつて、右主張にかかる特異性を合せ考えれば、法律上は、ここで無効確定を求める新株発行は特定しており、従つて請求の趣旨に欠けるところはないといえる(もつとも実際問題としては、いずれの新株が右のいずれの発行にかかる株式であるとなすべきかの判別につき、――殊に株式発行の実際を想察すれば――大きな困難があるであろう。)。

二、本件新株発行は両訴外会社に新株引受権を与えて発行したことになるか。

本件主要の争点たる右の点についてここに判断しておく。

当事者間に争のない事実関係によれば、被告会社は、昭和三五年八月二四日の取締役会で原告主張の如き新株一六九〇株を発行し、うち一五〇万株を公募する旨決議したが、次いで昭和三六年一月九日の取締役会で右一五〇万株を一株三二〇円の発行価額で両訴外会社に買取引受させる旨決議し、同日これに基き両訴外会社との間に被告主張の如き条項内容の買取引受契約なるものを締結し、両訴外会社はこれに従つて各その名義の新株申込証を提出し、同月二六日の払込期日に一株三二〇円の払込をして、右新株の原始株主となつた、というのである(被告は、買取引受人は、「形式的な株式引受人、原始株主である」とか、「自ら株主たる意思で自己のために引き受けるものでなく、買受人のために自己の名で引き受けるもので、引受人は買受希望の一般公衆である。」とか、一見右と矛盾するかの如き主張をしているが、これは買取引受なるものについての被告の主張する実際的意義を強調しての比ゆ的表現たるにすぎないで法律的には、買取引受人は引受により株主となるが、そのまま株主としてとどまるために引き受けるものでないという趣旨を表明しているものとみるべきは、その主張の全趣旨からしても要式行為たる新株引受において「買受希望者」の株式申込証によらない引受の法律上の許容は被告のあえて主張しないところであるのによつても明白である。被告はまた、買取引受人の「引受」が証券取引法第二条第六項の引受にあたる旨強調するが(もつとも同項所定の引受のいずれにあたるかは明かにしない。)、それは右証券取引法上の引受なるが故に商法上の引受にあらずとする趣旨において述べられているのではない。証券取引法上の引受にあたればそれが同時に商法上の引受にもあたる場合であつても後者の性格を失い、商法の適用から除外される、とは被告もあえて主張しないところであるから。)。

原告は要するに、争なき前記事実によれば被告会社は第三者たる両訴外会社に新株の引受権を与えてその発行をしたものであると主張するのであるが、当裁判所もまた、右事実により、被告会社は買取引受契約の締結により、両訴外会社に七五万株宛の新株引受権を与え、同時にその引受義務を負わせた上、新株の発行をしたものであると判定する(従つて右契約条項(争なき事実中の被告主張のもの)の(5) の払込義務なるものは、現実に引受がなされた上で発生するものと解すべく、また条項(3) (ニ)の売出期間内に成立した売買なるものは、両訴外会社に対しての現実の新株の発行を条件としていることになろう。)。

以下この点についての被告の主張の主なるものについて検討する(買取引受なるものの実態は被告主張の如きものであるとして。)。

被告は、買取引受人は引受の義務があるだけで、新株の割当を受けるのは取締役会のいわゆる自由なる割当権限の行使の結果なのであり、買取引受人に他に優先して割当を受ける権利があるからではなく、新株発行会社はこれに約定新株を割当しないで他に割当することも割当権限の行使として可能であり、ただ買取引受契約の義務違反となるにすぎない、というが、ここに買取引受契約の義務違反となるというのはいかなる意味であろうか。右契約により発行会社が、その本来有する自由なる割当の権限を自ら制約して、買取引受人に対して優先割当すべき義務を負つているが故にその義務違反となるという以外に合理的には考える余地のないことであり、また右契約によつて発行会社に右の義務が生ずるのでなければ、被告主張の如き機能を果す買取引受契約なるものは実際には存在しなくなるであろう。そして右発行会社の義務を裏からいえば、買取引受人が被告のいう優先割当を受ける権利すなわち新株引受権を買取引受契約によつて取得したというに外ならないのであつて、新株引受権なるものが被告主張の如く、付与する者とされる者との間の契約によつて発生するとしても、それのみを目的とする独立の契約である必要はない筈である。ここで発行会社が他に割当することも割当権限の行使として可能であるが、買取引受契約の義務違反となるというのは、割当権限の権利としてのそのような特異な性格が明かにされていない以上、例えば契約に違反するのは自由であるが、契約違反の責任がある、というに等しく無意味でなければ矛盾である。なお被告は、買取引受人には引受の義務があつて新株引受権はないとか、さらに前者があるから後者はないと主張するが、新株引受の義務があり、同時に新株引受権があることは矛盾したことではなく、被告主張の買取引受の実態、機能からすれば、それは両者を併有するものとなすべきである。従つて新株引受権と引受義務との背反を前提とした上で、買取引受人が新株引受権をもつとすれば、(イ)引受の義務はないから、これに対し発行会社は引受義務の違反を責め得ないことになり、これは実際に反するとか、(ロ)その申込に対し発行会社が割当をしなければ、新株引受権の侵害として発行価額と時価の差額を賠償すべき責任があることになるが、現行の買取引受契約にかような賠償責任の要素はない、としてこれらの実際から買取引受人が新株引受権者でないことを論証しようとする被告の所論中(イ)の実際は前記の如く買取引受人に新株引受権に併せて引受義務が存するがためであり、(ロ)の実際は買取引受人が発行会社に対し引受価額と同額で株式を他に売り出すべき義務を負つている以上当然のことであることをそれぞれ指摘すべく、以て右の実際はいずれも被告の右論証の資料にはならない。

なお被告は、買取引受人は買取引受契約によつて発行会社に対し引受価額と同額で一般公衆に引受株式を売り出す義務を負つているから、その間利得する余地もなく、買取引受は公募の一形式たるに止まるという。買取引受と新株引受権付与との関係で重要なのは直接買取引受人が利得するかどうかの点にあるのではなく、買取引受人の利得、従つてこれに利得させるための配慮が発行価額の決定に影響を及ぼすおそれのあることが本質的なことなのである。ところで買取引受による引受と引受価額による売出との間に必至の関係があるならば、買取引受の故の右の危惧は一おう解消し、それは実質において新株引受権の付与として遇するに値しなくなるといつてよかろう。しかし被告主張の右契約上の義務について、その履行の確保のため特段の措置が講ぜられていないことは被告の主張によつて明かであつて、その主張によれば買取引受契約に違反した場合の法律関係については、民商法の一般原則によつて処理することになるというのである。ところで例えば買取引受人が引受株式の売出をしなかつたとか、あるいは引受価額より高価で売つたという揚合に、民商法の一般原則により買取引受契約そのものを解除し得るとなすべきかは全体としての右契約の本旨から著しく疑問であり、仮りにそれが可能であるとしてもこれがためすでに完了した買取引受人の新株引受そのものが失効するとは考えられず(引受の効力の維持をはかる商法の各規定の精神)、また発行会社としては、買取引受人の引受価額の払込によつて資金調達という本質的目的を達成している以上、右のような契約違反によつて蒙つた損害の賠償を求めるとしても、いかなる利益が害されいかなる損害を蒙つたといえるであろうか。民商法の一般原則による法的措置の実効性右の如くであるに加え、重要なのはかかる不充分な法的措置もその採否は発行会社の一存に任されているということである。以上のように観察すると、単に買取引受契約上買取引受人が発行会社に対し引受価額で株式を売り出す義務を負つているという一事だけで(それを必至ならしめる実態が存しないのに)、右契約に新株引受権の付与として遇するに値しない要素が備わつているとすることはとうていできないのである。

ところで本件が第三者たる両訴外会社に新株引受権を与えて新株を発行したことになり、これに反する被告の主張の理由なきこと以上の如くであるが、第二八〇条の二第二項の適用の必要なき第三者に対する新株引受権の付与があるかどうか、あるとして本件はそれにあたるかの点について次に判断する(被告の主張第二、一の公正なる発行ないし、公正価額による発行の問題。)

第三者に対する新株引受権の付与は、いわゆる新株引受権者に対する有利発行の許容の故に、公正に行われない、すなわち、会社に不利益に行われるおそれがあり、そしてこの場合に会社がこれによつて受ける不利益はひつきよう株主に帰することになるので、右の付与を公正にして株主の利益を保護するため第二八〇条の二第二項はその掲記事項を個々の場合に株主総会の特別決議で定め、取締役会はこの枠内でのみ新株引受権を与え得るにすぎぬことにしたのである(同条第一項第五号)。株主総会の特別決議を要求する趣旨が右の如くである以上、新株引受権の付与が公正である場合には実質的には第二八〇条の二第二項を適用する必要はないといつてよかろう。そして右の新株引受権の付与が公正である場合というのは、当該の場合に、第三者に引受権を与えることを必要とする理由(引受権付与の代償にあたるものがあればこれをも含めて、)を勘案し、会社の現況その他一切の事情を考慮した上で、取締役会の決議した第二八〇条の二第一項第五号掲記事項についての決定内容が全体として公正と見られる場合を意味するのであり、(特別決議が拘束するのは右条項所定の取締役会の決議なのであり、直接には現実の発行――新株引受権の現実の付与を含めて――を対象としていない。取締役会の決議と相違した現実の発行の問題はこの場合に限らぬ別個の問題である。従つてここで特別決議に代るものとしての「公正付与」を考えるに当つても標準となるのは取締役会の決定した発行条件であるべく、現実のそれではない筈である。なおここに付言するに、第二八〇条の二第二項の趣旨が前記の如く不公正な引受権の付与による会社の不利益は結局株主の分担に帰するのでこの株主の損失なからしめようとするにあり、従つて現在の株主が株主としてもつ議決権比率の利益の如きは同条項の特に関知しないところとなすべきであるから、右条項が決議を要する事項とするものの中に株数を含んでいても、それは経済的配慮の面から株数をも含めて掲記事項を決議すべきことにしたまでのことで、右の議決権的配慮から特別決議そのものの定める数に独自の意味をおいているとなすべきではない。)、もしこれを発行価額の一点に集中させるならば、前記同様の理由を勘案し同様の事情を考慮した上で、取締役会の決議した新株の決議した数の引受権を与えるとすれば、取締役会の決議した発行価額は公正と見られる場合というに帰するであろう。右説示のような付与の公正ないし発行価額の公正が存する場合には実質的には第二八〇条の二第二項を適用する必要がないこと前記の如くであるが、かかる事情の存在は被告の全立証によつてもこれを確認することができない。もつとも新株引受権の付与を伴う新株発行の決議の当時における時価(旧株)を発行価額とするその付与の決議は(株価が上昇した場合、発行当時の時価による方がより公正であるにちがいないが法は発行前になさるべき決議において発行価額を具体的に決定すべきことをたて前としており、そして将来の時価を予測することは不可能である。)、新株の客観的価値は旧株の時価以下と見るのが相当であるから、それ自体で会社に不利益なきすなわち公正な発行価額によるものといえるが、本件において右の新株引受権の付与を伴う新株発行の決議がなされたのは、当事者間争なき事実関係によつて昭和三六年一月九日となすべきところ、当時における被告会社の株式の時価が一株三七〇円であつたことは被告の自ら主張するところであるのに、本件新株発行価額が一株三二〇円と定められたことは争のないところであるから、本件新株引受権の付与を時価によるものとして公正価額によるものとすることもできない。

以上要するに、本件新株引受権の付与を株主総会の特別決議を要しない場合にあたるとすることはできない。

三、株主総会の特別決議なくして第三者に新株引受権を与えてした新株の発行は無効であるか。

被告が本件新株引受権の付与につき株主総会の特別決議を経ていないことはその認めるところであるから、以下右の点について判断する。

株式会社が資本団体としての社会的存在であることから法はそのいわゆる資本の充実、拡大について多くの特別の措置を講じているのであるが、この資本の充実、拡大をはかる精神は一たん完成した充実、拡大をそのままに維持する精神に通じ、両者はむしろ表裏の関係にあるものというべく、すでに完成した資本の充実、拡大は一おうそれとして保護するというのが法の精神である。従つて、原告の強調する如く、自ら違法になした資本の充実、拡大は保護に値しないということは一おういえるにしても、すでに資本団体たる株式会社がその存立の基礎を充実、拡大し、それによる活動を開始し、一般第三者も充実、拡大されたものとして取引すべき段階において、その保護に値しない違法は、単なる取引行為の違法において保護に値しないとなすべき違法とその質、程度において差異があるのは当然のことで、多くの利益、大きな利益の関するところその利益をも考慮せねばならない。次に新株発行後においてその有効を信じて取引し、またはしようとする第三者のため取引の安全を保護して一たん外観上有効に発行された株式をそのまま有効なものとして取り扱う必要の大きいことは、特に株式の性格にかんがみ言をまたないところで、法が新株発行の無効に関して若干の警戒、保護の措置を構じているからといつて、それは株式が無効とされることによる不利益、不便を減少するものではあつても補填するものではないのである(原告は、両訴外会社は悪意であるから保護に値しないというが、取引の安全の必要はこれに相次ぐ取引関係者のために存するのであり、また原告は、本件において無効株券は容易に識別し得る旨主張するが、両訴外会社に発行された株式中に無効のものが存することを知ること自体故なき負担であり、仮りにこれを知つた上でも具体的にどの株式が無効であるかを確知するの至難なことは前記「請求の趣旨の特定性について。」の項の末尾で指摘したとおりである。)

右の諸点を考えると、一たん新株の発行が効力を生じ、いわゆる対第三者関係が生じた後においては、右の各法益を守るため、これを無効とすべき違法を強度のものに限るのが相当である。ところで商法は授権資本制を採用し、新株の発行を定款変更の一場合とせず、その発行権限を取締役会に委ねるというのを基本構造とし、この基礎の上に、新株発行にあたり新株引受権を第三者に与えることに関連しての株主の利益保護のためには、前記の如く総会の特別決議による右の取締役会の発行権限の制約という措置を講じているにすぎないのであるから、前記法益保護の必要と右の法の構成からすれば、新株発行にあたつての右の株主の利益保護が絶対的なもの、換言すれば右の手続の違背が新株発行の無効を来す意味における違法性を有するとするのは相当でなく、右の特別決議はいわゆる対内的意思決定の要件たるにすぎないで、その欠缺は新株の発行そのものを無効ならしめる意味における違法性を有するものではないとするのが相当である(昭和三六年三月三一日最高裁判決は、取締役会の新株発行権限そのものを業務の執行に準ずるものとしてとらえているのであり、この見解によれば右の判断は一そう支持されることになろう。)。すなわち、新株発行が効力を生じる前ならば、すべての法令、定款違反をとりあげて発行の差止の請求ができるが(第二八〇条の一〇)、その発行後においては第二八〇条の二第二項の違反は新株発行の無効の原因とはならず、これに対する救済は別の定めるところにまつべきであろう。

よつて原告の第一請求は結局棄却を免れない。

第三、第二請求について。

第一請求とは別個の新株発行の無効の確定を求める第二請求が当裁判所に係属したのは右第二請求を記載した原告の昭和三七年九月二八日付「請求の趣旨並に請求原因の変更申請」書の受付印によつて同月一八日であることが明白であり、原告が右請求によつて無効の確定を求める新株発行がなされたのは、その主張によれば昭和三六年一月二六日であるから、右第二請求は第二八〇条の一五第一項の提訴期間の制限に違反する不適法のものとなすべきところ、右第二請求については、訴変更の許否につき争があるが、もともと本案審理のための右許否をなすまでもなく、不適法な右請求が現に係属している本訴においてこれを却下すべきものとする。

よつて民事訴訟法第八九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄)

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