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東京家庭裁判所 昭和60年(家)8871号 審判

申立人 ジャックホプキンス

相手方 芦川美絵子

事件本人 タケオホプキンス

主文

1  申立人は、事件本人が高等学校を卒業するまで、事件本人が通学する学校の春期及び冬期の休暇の各期間中の1日を、同じく夏期の休暇の期間中の3日間を、それぞれ事件本人の所在する場所を訪問して事件本人と面接することができる。

2  申立人は、事件本人が相手方のもとを離れて申立人と面接することを希望する場合には、相手方の監護権を侵害しない範囲内で第1項に定める期間を、事件本人の希望に従う方法で面接することができる。この場合は、相手方は申立人と事件本人との面接交渉に協力しなければならない。特に、第1項に定めるもののうち、夏期の休暇の期間中の3日間を旅行する方法で面接する場合には申立人と相手方とは旅行先及び日程につき十分協議するものとし、この場合の旅費その他の費用は申立人の負担とする。

理由

1  申立ての趣旨及びその実情は、次のとおりである。

すなわち、申立人と相手方とは昭和52年(1977年)12月19日婚姻して夫婦となり、事件本人をもうけたが、昭和58年6月28日事件本人の親権者を相手方と定めて調停離婚をした。しかるに、離婚後しばらくは申立人は事件本人と面接交渉を行うことができていたが、同年9月以降、相手方は申立人が事件本人と面接交渉を行うことを拒否するようになつてこれが円滑に行えない状況にある。

よつて、面接交渉が円滑に行えるべく審判を求める。

2  家庭裁判所調査官作成の各調査報告書その他本件記録にあらわれた各資料を総合すると、まず次の事実が認められる。

(1)  申立人はイギリス国籍を有するものであり、○○○○大学で化学を専攻して同大学を卒業し、卒業後しばらくは英国政府関係機関の研究員をしたり英国で会社勤めをしていたが、昭和51年11月に「○○○○○・○○○○○・○○○・○○○○○○○○○○」社の東京支社副社長として来日し、それ以前から時折東京に出張していた際に知り合つて交際していた日本国籍を有する相手方と昭和52年12月19日婚姻して、東京都港区内において結婚生活を始めた。

なお、申立人は相手方と婚姻する以前に2度の婚姻歴がある。

(2)  そして、昭和53年9月26日には事件本人が生まれて共に生活していたが、夫婦仲は次第に不和となつて夫婦喧嘩が絶えなくなつていたところ、申立人の勤めがホンコンを基点とするようになつたことや夫婦の再出発を期して、昭和54年5月一家はホンコンに転居したものの、転居後も夫婦喧嘩は絶えず、結局、同年11月相手方が事件本人を連れて日本に帰り、申立人がホンコンに残る形で別居となつた(なお、申立人は別居後半年ほどしてその勤務の基点がロンドンに移つたことから、ロンドンを中心としてヨーロツパ、アジア方面に出張する生活を送つていた。)。しかし、別居とは言いながらも申立人が出張で日本を訪れる都度、一家は一堂に会して旅行をしたり食事をしたりして相互の接触は図られていた。

(3)  ところが、その間相手方が申立人に対し一緒に暮したいとの申し入れをなしていたにもかかわらず、一向にこれが実現しないことから、相手方は昭和56年東京家庭裁判所に申立人との離婚を求める調停を申し立てたのであるが、第1回調停期日が開かれる前に取り下げるに至つた。ところが、昭和58年になつて再び同様の内容で話がもつれてしまい、その結果相手方が再度離婚を求める調停を申し立てたものの、この時も申立人においてイギリスで生活しようと言い出したことで取り下げることになつた。しかし、取り下げ後申立人が意を翻したことから、ついに相手方は申立人との離婚を決意して3回目の調停を申し立て(当庁昭和58年(家イ)第1212号夫婦関係調整調停事件)、昭和58年6月28日事件本人の親権者が相手方と定められて調停離婚が成立した。

(4)  上記調停離婚に際し、その調停調書には申立人と事件本人との面接交渉に関する条項は特に設けられていなかつたが、同調停の過程において、申立人と相手方との間で事件本人との面接交渉に関しては、相手方が申立人に対しこれを認める旨の合意が事実上成立していたものであつて、事実、離婚後もしばらくは面接交渉は実行されて、申立人が出張で東京に来た折りには3人で遊園地に遊びに行くなどしており、申立人も相手方も父子の面接交渉をごく自然なものとして受けとめていた。

ところが、申立人は、相手方と離婚した年の夏、日本からイギリスに遊びに訪れた泉貴子と親しく付き合うようになつたが、泉貴子と相手方とが親友同土であり、同年秋、泉貴子本人の口から同女と申立人との関係を聞いた相手方は感情を硬化させて、同年9月から事件本人を申立人に会わせなくなり、更に、相手方においても離婚後交際するようになつた竹下吉彦と昭和59年初めから同棲するに至り、事件本人を含めた3人の家族関係ができあがりつつある大切なときであるからとして、申立人に事件本人を会わせることに一層消極的となつた。このような経過で申立人と事件本人との面接が円滑に行えない状態が続くようになつたため、結局、申立人は昭和59年8月14日東京家庭裁判所に事件本人との面接を求める調停を申し立て、同事件は当庁59年(家イ)第4382号として係属し、当庁調停委員会により調停が試みられたが昭和60年8月5日当事者間に合意が成立する見込みがないとして事件は審判手続に移行したものである。

(5)  なお、申立人は、昭和58年12月上旬に東京支社に配属替えとなつてロンドンから東京の肩書住所地に移り住むようになり、それと同時に上記泉貴子と同棲し、昭和60年6月28日には同女と婚姻するに至つている。

3  以上によれば、本件は渉外事件であるから、まず、当裁判所の裁判権の存否並びに準拠法が問題となる。

本件は、未成年者の監護に関する裁判、すなわち監護者でない親と子の面接交渉に関する裁判を求めているのであるが、未成年者の監護に関する問題については未成年者の住所地の裁判所に裁判管轄権があるとするのが各国国際私法の原則と解されるところ、上記認定事実によれば、事件本人の母である相手方はもちろんのこと、事件本人の父である申立人は日本に住所を有し、事件本人も相手方のもとに居住するものであるから、本件事件本人の監護に関する裁判については日本の裁判所が裁判権を有し、かつ、その住所地を管轄する当裁判所が管轄権を有していると解される。

そして、未成年者の監護に関する問題は、親子間の法律関係に属するものと解されるから、本件の準拠法は法例20条により父の本国法によることになる。ところが、父の本国法であるイギリスの国際私法原則によると、当事者の双方又は一方が住所を有する地(法廷地)の法律を適用すべきものと解されるから、本件については法例29条により結局日本の法律が適用されることになる。

4  ところで、我が国の法律には、面接交渉に関して明文の規定はないのであるが、親権者及び監護者とならなかつた親がその子と面接することは、親子という身分関係から当然に認められる自然的な権利であるという側面を持ち、しかも、これは、監護する機会を与えられなかつた親として最低限度の要求であり、親の愛情、親子の関係を事実上保障する最終のきずなともいうことができると解すべきである。しかし、この権利が無制限に認められるものではなく、子の監護養育上相当でない場合には制限を加えられることはもちろんである。

そこで、以下この観点から本件を判断する。

そうすると、家庭裁判所調査官作成の調査報告書によると、次の事実が認められる。

(1)  事件本人は、実の父である申立人と、現在同居中の竹下吉彦との区別はその意識の中で明確になされており、また、日本人社会の中では一見して欧米人との混血であると分かる風貌を持つている。そして、家庭内においては、相手方を「マミー」と呼ぶほか申立人を「ダデイー」と呼ぶのに対して、竹下を「おにいちゃん」と呼んでいる状況にあるが、自己のサツカー仲間など家庭外の者に対しては、竹下を「僕のお父さん」と紹介して子供ながらも使い分けをしている様子である。ともあれ、事件本人は、小学生として健康で友人も多く問題なく成長している。

そして、相手方が事件本人を申立人に会わせなくなつてから以降の、事件本人と申立人との接触状況は、以下のとおりである。

すなわち、まず本件の調停が係属中である昭和60年7月28日(事件本人小学校1年時)に相手方の実父が死亡して相手方がこれを申立人に連絡したことから、申立人は相手方の実家を弔問のため訪れたが、その際事件本人と申立人が顔をあわせ、更に翌日も申立人は相手方の実家を再訪して、事件本人と1時間ほど会つていつた。このとき、事件本人は、申立人から隠れたりするなどのそぶりはなかつたが、思いがけなかつたことと久し振りのことで戸惑いがあつたのか、自分から申立人に話し掛けたり甘えたりするという様子ではなく距離を置いているような態度であつた。

そして、同年9月26日(事件本人小学校1年時、事件本人の誕生日)、申立人から事件本人に対し贈り物(ポシエツト及びブーメラン)が送られてきたが、これは事件本人の関心のあるものからはずれていた様子で、相手方が事件本人に対し申立人あてに礼状を書くよう勧めたものの、事件本人は「いいんだよ」と答え結局礼状は出さずじまいであつた。

ところが、その後昭和61年2月から3月にかけて上記貴子及び申立人から、申立人は同年4月から心臓の手術を受けるために入院することになること、生命の危険を伴う大変な手術である旨を知らせる手紙が届き(事件本人小学校1年時)、相手方が事件本人に対し、「ダデイーが具合が悪いからお手紙書いてあげたら」と勧めたところ、事件本人は絵葉書で申立人に対する見舞状を書いていた(なお、申立人の容態については竹下も心配したことから相手方ら3人で見舞いに行く話しも出たが、相手方らは結局行きそびれてしまつたという。)。そして、同年5月、申立人から事件本人あてに退院して元気になつた旨の手紙が届いたことから相手方が事件本人に「ダデイー元気になつたみたいだから会つてみる」と問い掛けたところ、事件本人の返事は「いいよ(会わなくでもよいという趣旨)」というものであつた。

そのほか、申立人は事件本人の誕生日やクリスマス等には玩具や身の回りの小物、衣類等を贈り、貴子に翻訳してもらつて事件本人あての手紙も出しているし、相手方へは、事件本人の養育費として毎月金10万円を送金している。なお、相手方は申立人から事件本人あての贈り物や手紙類が届けば必ず未開封のままこれを事件本人に渡している。

(2)  相手方が家庭裁判所調査官に述べるところによれば、相手方は事件本人に対し「ダデイーに会いたければマミーが連れていつてやるよ」とは言つているが、事件本人は「会いたくないから」「ほつといてちようだい」といつた類いの返事をするといい、日常会話の中では事件本人が申立人のことを話題にすることはほとんどないという。

なお、また、相手方が家庭裁判所調査官に対し反省しつつ述べるところによれば、相手方は事件本人を叱るとき、時に感情的になり「言うことをきかないのなら申立人のところへ行きなさい」といつた言い方をしてしまうこともあるという。

また、相手方と上記竹下吉彦とはともに婚姻する意思はあるものの、竹下の両親においては、相手方が年上でありしかも離婚歴があつて子(事件本人)もあることなどをあげて、現在のところは婚姻につき快諾は得られない状況にあるが、竹下としては将来は帰郷して両親の面倒を見るつもりでいるところから、両親の意向も無視できない立場にあり、また、相手方や事件本人との日常生活が日々流れて行く中、特に婚姻届自体を気にすることもないといつた状況にある。

そして、竹下は、事件本人と生活し始めての1年間ほどは父親役を果たそうとしてかえつて気負つてしまう風もあつたが、日を経るに従つて父親振りが板についてきた様子であり、相手方が時に感情にまかせて事件本人を叱るような場合には竹下が事件本人に叱られた理由を説明して事件本人を納得させたり、相手方が叱つても改まらないときにも竹下が叱ればなおることもあるなど、父親振りが板につくに伴つて事件本人との関係がしつくりと自然なものになつてきていることが窺える。

(3)  申立人は、事件本人とは面接交渉を保ちたいと望んでおり、相手方がいずれ将来事件本人と面接させるとの見解を表明しているとはいいながら、自己の面接交渉権は明確にしておきたいとの考えである。

一方、相手方は、現在においては相手方、事件本人、竹下との3人の生活が軌道に乗りその関係もしつくりといつていることは確かなので、当初相手方が事件本人を申立人に会わせなかつたころに自分が懸念していたような状態ではなく、拒否の理由は消失したことは認めるし、申立人が入院したことが契機となつて相手方の申立人らに対する感情的なしこりも解けたように思うと、家庭裁判所調査官に述べている。そして、更に相手方が家庭裁判所調査官に述べるには、事件本人は実父である申立人の存在を意識しており、また、誰が見ても外人の風貌をしているので将来その顔立ちを持ちながら英語を話せないのは変に思われるであろう、相手方としては事件本人が成長するにつれ日本の社会からは離れていくような気もする、したがつて、事件本人のためには、日本の社会の枠内に閉じ込めるのではなく、日英の混血であることを生かせるように養育するのが相当であり、そのためには事件本人と申立人とのつながりを維持しておいてやつた方がよいと思うとの考えを表明している。しかし、申立人と事件本人との面接交渉それ自体のこととなると、いま直ちにこれを認める心境にまでは至らず、当面は手紙の交換くらいにとどめ、自然な形で会えるようになるまで待つてほしいとの意向である。

そこで、上記2で認定した事実に、以上認定の事実を併せ判断するに、離婚当初のころに比較すれば、申立人、相手方双方とも相互への不信感は大幅に減少したものの、これをすべて払拭できるまでに至つていないことは否定できないが、特に相手方は、当初の段階で事件本人と申立人を会わせることに消極的な態度をとるについての理由が相手方自身の心の内部では現在すでに消失していることを自覚しているばかりか、事件本人の将来を考えれば申立人と事件本人との関係を維持しておく方が究極的には事件本人のためになることであるとして、自己の心情に流れた判断だけでなく客観的に事件本人のことを意識した判断をできるようになり、面接交渉を容認する心情も芽生えてきている。そして、事件本人の平素の言動から見るに、事件本人は申立人に対し殊更強い思慕の情は抱いていないかのように窺えるが、とは言いながら事件本人が申立人の存在を全く意識していないわけではなく、現在の事実上の父親たる竹下吉彦と実父たる申立人の存在を明確に区別しているとともに申立人に対し格別の悪感情を抱いてはいないのであり、事件本人の申立人に対する一見淡泊な反応は、その幼少時から申立人の出張や申立人と相手方との別居により申立人との直接的生活が経験されていないことに由来するほか、かつての葛藤激しき折りの申立人と相手方との態度を子供ながらに敏感に察知しての反応と解してよいであろう。また事件本人と申立人との直接の面接は別として、手紙や贈り物など他の方法による接触は現在においては円滑に行われるようになつており、その様子をみるに、申立人が事件本人と直接面接するについてこれが事件本人の心身の健全な成育に悪影響を及ぼすような不安定要素の存在は窺えない。

そうすると、申立人が事件本人と面接交渉することについては、基本的に不相当となる要素は見当たらない本件にあつては、相手方は事件本人の福祉に合致する限りは申立人の事件本人に対する面接交渉を認めて然るべきであるとともに、申立人、相手方とも、事件本人の福祉の向上を図ることを意識の中心に置いて面接交渉が適切に行えるよう相協力する義務があると考えられる。

そこで、本件面接交渉についての当裁判所の基本的指針は、次のとおりである。すなわち、事件本人が現在日本の小学校に在校する児童であり、相手方の事件本人の教育方針としてはおそらくここしばらくは日本において学校教育を受けさせるであろうこと、更に、事件本人が日本人と英国人との混血と一見してわかる風貌を有していることなどから、事件本人は日本の社会内にとどまらず、将来、より広く国際人として活躍し始めるかも知れないことは、相手方が考えるとおりであること、仮にそうであるとすれば事件本人が日本の高等学校を卒業するころがその将来の生き方を決定するひとつの転機となる時期であろうこと、現在は事件本人は英語の会話能力はないがその時期に至ればその能力の有無も判断できるであろうこと、その他諸般の事情を総合して判断すると、申立人としては、事件本人と面接するに当たつてイギリスにまで連れて行きたい意向を有しているであろうが、当裁判所は、とりあえず事件本人が日本の高等学校を卒業する時期までは日本においての面接交渉について定めることとし、それ以降の面接交渉については改めて当事者間において協議して定めるのを相当と判断するものである。そこで、申立人と事件本人の面接交渉の方法、程度について考えるに、申立人の職業、申立人と事件本人との過去の接触状況などからすると、事件本人の通学する学校の春及び冬の各休暇の期間中は1日、夏の休暇の期間中は3日間、いずれも申立人が事件本人の所在する場所を訪問して面接交渉をするのが相当であると判断する。また、事件本人が申立人と面接するにつき、相手方のもとを離れて面接することを希望するようになつたときには、その希望を尊重して然るべきであり、この場合には申立人は相手方の監護権を侵害しない範囲内で、面接を行うことになろうし、相手方としてもこれに協力すべきである。なお、夏の休暇の期間中には上記のとおり、3日を面接交渉にあてるが、事件本人自身が申立人とともに旅行をする方法での面接交渉を希望するなどの事情から申立人が事件本人の所在する場所を訪問する方法ではない面接交渉の方法をとることがかえつて実情に即する事態となることも予測されるが、この場合にも、申立人及び相手方は事件本人の希望を尊重し、かつ、申立人は相手方の監護権を侵害しない範囲内で事件本人との面接交渉の方法を考慮すべく、旅行先及び日程などその方法につき協議すべきことは当然である。

申立人は、その職業柄出張が多く、かつ、生活の基盤をどこに置いているかを遠い将来にわたつて確定することは困難であること、更に、申立人、相手方とも過去において互いに種々の心理的なわだかまりを抱いていたことから本件のような紛争にまで至つてはいるが、現在その多くの部分は消失しつつあり、また、基本的には、申立人、相手方両者とも良識ある社会人であることからすれば、面接交渉の方法及び程度については、上記のごとき基本的枠組みを定めることで十分対処できるものと思料され、かつ、この程度にとどめることがむしろ本件の面接交渉については相当であると考えられる。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 仁平正夫)

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