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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)243号 判決

原告 イー・アイ・デュポン・デ・ニモアス・アンド・カンパニー

被告 特許庁長官 被告補助参加人 日産化学工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用及び補助参加によって生じた費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間として九〇日を定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六二年補正審判第五〇〇五三号事件について、平成二年四月一三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文一、二項と同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、アメリカ合衆国において、一九八二年六月一日、一九八三年三月三〇日、四月四日及び四月二五日にそれぞれした四件の特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五八年五月三一日、特許庁に対し、名称を「除草剤性イミダゾール、ピラゾール、チアゾール及びイソチアゾール誘導体類」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五八年特許願第九五一三七号)をし、昭和六一年八月二〇日付の手続補正書をもって願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)について補正(以下「本件手続補正」という。)をしたところ、昭和六二年三月六日、補正却下の決定(以下「本件補正却下決定」という。)があったので、同年八月一一日、審判を請求し、昭和六二年補正審判第五〇〇五三号事件として審理されたが、平成二年四月一三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(出訴期間として九〇日を附加)があり、その謄本は、同年七月四日、原告に送達された。

二  本件補正却下決定の理由とされた補正部分

当初明細書の発明の詳細な説明の項に、四-メチル-N-〔(四、六-ジメトキシピリミジン-二-イル)アミノカルボニル〕-一-エチル-一H-ピラゾール-五-スルホンアミド(以下「化合物〈1〉」という。)を製造する方法及び得られた化合物の物性を記載した実施例一二、四-クロロ-N-〔(四、六-ジメトキシピリミジン-二-イル)アミノカルボニル〕-一-エチル-一H-ピラゾール-五-スルホンアミド(以下「化合物〈2〉」という。)を製造する方法及び得られた化合物の物性を記載する実施例一三及び三-〔〔(四-メトキシ-六-メチルピリミジン-二-イル)アミノカルボニル〕-アミノスルホニル〕-一-メチル-一H-ピラゾール-四-カルボン酸エチルエステル(以下「化合物〈3〉」という。)を製造する方法及び得られた化合物の物性を記載する実施例一七を追加する補正

三  審決の理由の要点

1  本件補正却下決定の概要は、本件手続補正による実施例一二、一三及び一七の追加は、明細書の要旨を変更するものに該当するから、本件手続補正は、特許法五三条一項の規定により却下すべきであるというものである。

2  そこで、この理由の当否について検討する。

追加された実施例一二、一三及び一七は、それぞれ化合物〈1〉、化合物〈2〉及び化合物〈3〉を製造する方法及び得られた化合物の物性を記載するものである。

これに対して、当初明細書には、本願発明の化合物について、別紙一の一般式をもって記載され、この一般式に該当する化合物を約一二〇〇個、置換基の組合せ表をもって例示し、その中の約八〇余について融点を示し、同じく八〇個を選んで具体的に構造式を示し、その各々について除草活性テスト結果を示している。

そして、本件手続補正により追加された前記化合物〈1〉ないし〈3〉は、この一般式に包含され、置換基の組合せ表をもって例示された約一二〇〇個の化合物中にも該当する化合物がみられるが、融点は示されてなく、また、構造式及び除草活性テスト結果を示した八〇個の化合物中にも見当たらない。

ところで、一般に化学の分野においては、化合物の構造から反応挙動、性質、作用効果等を正確に予測することは困難であるところからみて、有用な新規化合物に関する発明、新規化合物を有効成分とする医薬、農薬等の発明においては、単に一般式が開示され、式に該当する置換基の組合せが列記されていることをもって、該発明が開示されているということはできない。

この点を考慮して当初明細書の前記記載を検討すると、

(一) その一般式は、単なる置換基ではなく、骨格に相当すると解される部分を、Q、Aのような構造を示さない記号をもって表し、その定義に一〇頁を要するような極めて広範かつ不特定なものであり、置換基の組合せによる化合物の例示も五〇頁にわたり極めて膨大である。これに対して、融点が示されている化合物、構造式及び除草活性テスト結果が具体的に示されている化合物は、いずれも八〇個に過ぎず、しかも、その中に所定の濃度で除草活性を殆ど示さない化合物が相当数含まれている。してみると、当初明細書に一般式による開示があること、置換基の組合せが列記されていることを根拠に、その中に包含される化合物のすべてについて、化合物発明及び除草剤発明が成立しているということはできない。

(二) そして、本件手続補正によって追加する化合物〈1〉ないし〈3〉は、前記一般式において、Qがピラゾール環であって、スルホニル基がその五位又は三位に置換する化合物であるのに対し、当初明細書に融点、除草活性テスト結果が具体的に示された化合物中には、Qがピラゾール環である化合物が数個包含されているが、スルホニル基の置換位置はいずれも四位であって、五位又は三位に置換する化合物は一例もない。そして、該八〇個の化合物をみると、Qに該当する部分が同一の複素環であっても、スルホニル基の置換位置の相違によって、除草活性が著しく相違する場合が示されており、してみると、ピラゾール環の四位にスルホニル基が置換する化合物が除草剤として有用であることが当初明細書に記載されていることを根拠に、ピラゾール環の五位又は三位にスルホニル基が置換する化合物も同様に有用であることが自明であるとはいえない。

(三) 更に、化合物〈1〉ないし〈3〉は、ピラゾール環に置換する置換基の種類においても、当初明細書に除草活性テスト結果が具体的に示されたピラゾール化合物と相違しており、そして、当初明細書に除草活性テスト結果が示されている八〇個の化合物を検討すると、Qに該当する複素環の種類及びスルホニル基の置換位置が同一であっても、他の置換基の相違によって除草活性が著しく相違する場合が示されており、してみると、メチル基が二個置換するピラゾール環化合物についてしか除草活性テスト結果が示されていない当初明細書の記載に基づいて、特に塩素原子とエチル基、又はエトキシカルボニル基とメチル基がピラゾール環に置換する化合物〈2〉及び〈3〉が同様に有用な除草活性を持つことが自明であるとはいえない。

3  そうすると、本件手続補正により化合物〈1〉ないし〈3〉の実施例を追加することは、当初明細書に記載された技術的事項の範囲内とはいえないものであるから、明細書の要旨を変更するものに該当する。

したがって、原決定は妥当である。

四  審決の取消事由

本件手続補正により追加した実施例一二、一三及び一七の内容が審決認定のとおりであることは認めるが、それが明細書の要旨を変更するものであることは争う。

審決は、理由(一)において、本願発明の一般式に包含される化合物の全部については化学物質発明として成立しているということはできないとして本願発明の化合物の一般的な成立性について先ず判断し、更に理由(二)及び(三)において、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が当初明細書において明らかにされていないとして、化合物〈1〉ないし〈3〉が当初明細書において化学物質発明として開示されていたことを否定しているが、審決は、前記実施例において製造方法及び物性を記載した化合物〈1〉ないし〈3〉が、当初明細書において確認することができ、また当初明細書において製造方法とその有用性が明らかにされており、当初より化学物質発明として成立しているにもかかわらず、当初明細書に記載された化合物の除草活性テスト結果に誤記があることを看過してその除草活性を誤認し、また、化合物の融点の表示等化学物質発明が成立するについて法律上要求されない要件を課す等、その成立要件の判断を誤るなどして、化合物〈1〉ないし〈3〉が当初より化学物質発明として成立していることを否定し、前記各実施例の追加を明細書の要旨を変更するものと誤って判断したもので、違法であるから、取り消されるべきである。

1  本願発明の化合物の一般的な成立性

特許庁の審査基準である「物質特許制度及び多項制に関する運用基準」のIV1ないし3においては、化学物質発明が成立するための要件として、化学物質が明細書において確認でき(成立要件1)、その製造方法が明細書に明らかにされており(成立要件2)、またその有用性が明細書に明らかにされていること(成立要件3)が必要であるとされている。

当初明細書の表Iaないし表Xには、一二〇一個の化合物について、それぞれ明確な化学構造式を示している。その構造式中の一部の置換基につき表をもって記載しているが、これは記載の煩雑を避けるためにすぎず、これらの化合物が具体的な構造式をもって示されていることを否定することはできない。

当初明細書においては、化合物一ないし八〇の八〇個の化合物について個別、具体的に構造式を示しているが、これは、続く表Aにおいてそれらの除草活性テストの結果を示すにあたり、化学構造と除草活性テスト結果との対比をしやすくするためのものにすぎない。

そして、当初明細書においては、右一二〇一個の化合物のうち一〇三個(審決は八〇余というが、正確には一〇三個である。)の化合物について融点を表示しているが、化学物質発明の特許出願において、当該物質の融点を表示することは、法律上はもとより、前記運用基準においても要求されていない。

したがって、当初明細書に具体的構造式をもって記載されている一二〇一個の化合物については、明細書において化学物質そのものの確認が可能であり、前記運用基準の成立要件1を満たしている。

また、当初明細書においては、本願発明に係る昭和五九年特許出願公開第一四八〇号公報(以下「本願公報」という。)から明らかなとおり、反応式一ないし反応式一七をもって、極めて詳細に本願発明の化合物の製造方法を示し、かつ、それぞれの反応工程に関する既知の文献を逐一掲記している(本願公報一〇頁右上欄六行ないし二六頁左下欄一〇行)のみならず、実施例一ないし実施例二六をもって、本願発明の化合物を製造した具体例を示している(本願公報二六頁左下欄一一行ないし三六頁左上欄六行)。

当初明細書において、一〇三個の化合物について融点を表示したのは、当初明細書に記載した製造方法により本願発明の目的とする化合物の製造が確かに行えることを補足的に示しているものである。

したがって、当初明細書において一二〇一個の化合物の製造方法が明らかにされているのであるから、前記運用基準の成立要件2が満たされていることは明らかである。

また、当初明細書においては、以下のとおり、一二〇一個の化合物が除草活性を有し、化合物としての有用性が明らかにされている。なお、化学物質発明において、化学物質の有用性は、ある程度の信頼性をもって認められれば十分であり、その利用そのものを構成要件とする用途発明のように厳密な裏付けまでを必要としない。

先ず、当初明細書の表Aには、化合物一ないし八〇についての除草活性テスト結果が記載されている。

審決は、この除草活性テスト結果について、八〇個の化合物のうち所定の濃度で除草活性を殆ど示さない化合物が相当数含まれていると認定している。

しかし、この認定は、当初明細書に記載された表Aの除草活性テスト結果における使用割合の記載に誤記があることを看過し、また、この除草活性テストの意義を誤解したことによるものであり、誤りである。

審決がいう所定の濃度で除草活性を殆ど示さない化合物とは、当初明細書の表A中の化合物二四、二七、三〇、三一、三五ないし三七、七〇、七八、及び八〇のように、除草活性テストの結果がいずれの植物に対しても「0」と記載されている化合物を指していると認められる。

しかし、表A中の化合物一七ないし二一及び化合物二三ないし三八の使用割合は「五〇kg/ha」と化合物二二の使用割合は「四〇〇kg/ha」とそれぞれ記載されているが、これらは、それぞれ「〇・〇五kg/ha」、「〇・四kg/ha」の誤記である。

このことは、以下のことが明らかである。

(1)  当初明細書には、本願発明の化合物の使用割合に関し、「本発明の化合物の使用割合は、選択的又は総体的除草剤としての使用、共存する作物種、駆除すべき雑草種、天候及び気降(「気候」の誤り。)、選択される処方物、施用法、存在する葉の量などを含む多くの因子により決定される。一般的に言って、本化合物は約〇・〇二~一〇kg/haの量で使用されるべきである。」(本願公報五八頁右下欄一一行ないし一七行)と記載されているが、五〇kg/haや四〇〇kg/haはこの一般的使用割合の上限をはるかに超えている。

(2)  表A中のその余の化合物は、使用割合を〇・〇五kg/ha、〇・四kg/ha又は二kg/haとして除草活性テストがされているが、これらは、すべて前記一般的使用割合の範囲内のものである。そして、除草剤について除草活性テストを行うに当たって、その使用割合と除草活性との関係を確かめるため、使用割合を段階的に設定する場合には、その対象とする化合物について均一に設定するのが当然であることからすると、化合物一七等についても、その三段階のいずれかの使用割合により除草活性テストがされたものと考えるのが妥当である。

(3)  本件優先権主張日前、公知のスルホニル尿素誘導体の一般的使用割合は〇・〇〇五ないし〇・〇六kg/haから一〇kg/haの範囲、好適には〇・〇一ないし〇・一二kg/haから一〇kg/haの範囲である(甲第六号証の一ないし五)から、当初明細書に記載された前記一般的使用割合はこれとほぼ一致し、化合物一七等の五〇kg/ha、四〇〇kg/haは異常な量である。

(4)  本件優先権証明書によれば、化合物一七等の使用割合は、五〇g/ha、四〇〇g/haと記載されている(甲第八号証)。

また、当初明細書の表Aの化合物一七等の使用割合が誤記であることは、甲第五号証の二の鑑定書によっても裏付けられている。

そして、表Aは、ある化合物が除草活性を有するか否かを表したものではなく、ある使用割合でどの程度の除草活性を示すかを表したものにすぎない。除草活性テストの結果が「0」となっているのは、単にその使用割合では除草活性がなかったことを表すにすぎず、その化合物の一切、除草活性がないことを表すものではない。

化合物を除草剤として使用するときの使用割合は一定ではなく、当初明細書に記載されているとおり、「選択的又は総体的除草剤としての使用、共存する作物種、駆除すべき雑草種、天候及び気候、選択される処方物、施用法、存在する葉の量などを含む多くの因子により決定される」ものであり、右除草活性テストの使用割合の量に限定されるものではない。

そして、化合物四三についてみると、〇・〇五kg/haの使用割合での除草活性は「0」ばかりであるが、〇・四kg/ha、二kg/haと使用割合を増やすに従って、高い除草活性を発揮している。

このような結果は、化合物四四ないし四七においても表れている。

そして、当初明細書の「化合物のあるものは試験した割合で高い活性度を示さないが、これらの化合物ではそれより高い割合では除草剤効果を示すであろう。」(本願公報五九頁左上欄一〇行ないし一二行)と記載されていることからすると、除草活性テストでは除草効果が「0」ばかりとなっていても、一般的使用割合である一〇kg/haの範囲までの使用を考えると、各化合物がいずれも除草活性を示すであろうことは容易に推測することができるものである。

このことは甲第五号証の二の鑑定書や甲第七号証の一の宣誓供述書によっても裏付けられる。

したがって、当初明細書においては、除草活性テストをした表Aの八〇の化合物のすべてが除草活性を有するものとして開示されているものである。

審決は、理由(一)において、除草活性テストをしたものの中には、所定の濃度で除草活性を示さない化合物が相当含まれていると認定しているが、以上のことからして、この認定は誤りである。

また、甲第七号証の一の宣誓供述書によれば、本件優先権主張日前、公知のスルホニル尿素誘導体の構造と除草活性については、以下の事項が公知であることが知られる。

(1)  全体の構造が一般式Iに示されるものである。

(2)  スルホニル尿素結合の一端は、四、六ジ置換ピリミジン環又はトリアジン環である。

(3)  スルホニル尿素結合の他端は、芳香族環又は芳香族複素環、例えばベンゼン環、チオフェン環、フラン環、ピリジン環、ピロール環に結合しており、それらのどの芳香族環又は芳香族複素環においても、アルキル基、アルコキシカルボニル基又はハロゲン原子が置換しうる。

(4)  ピロール環の一位の窒素原子はアルキル基で置換されてもよい。

(5)  前記芳香族環の置換基はスルホニル尿素結合に対してオルト位であると除草活性が一般に増大する。

(6)  芳香族複素環については、ヘテロ原子との関係におけるいかなる位置にもスルホニル尿素結合が結合しうる。

本願発明は、この知見を前提とし一般式IのQにイミダゾール環やピラゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環を採用したことを特徴とするものである。当初明細書に記載された化合物の数自体は大きいものであるが、前記芳香族環として採用した四種類の複素環を有するあるものについて除草活性が確認されるならば、これと置換基の種類及び置換基の位置を異にし、あるいはスルホニル尿素結合の芳香族環との結合位置を異にするものにおいても、それらが公知のスルホニル尿素結合系除草剤についてみられたものと同様の構造を踏襲する誘導体であれば、ほぼ同様の除草活性を有することが推認されるのである。

したがって、当初明細書の表Aの除草活性テストの結果をみれば、当業者とって一二〇一個の化合物のすべてについて有用性が明らかにされているということができる。

以上のことからすると、当初明細書において、本願発明の一般式に含まれる一二〇一個の化合物のすべてについて化学物質発明の成立要件を満たしていることは明らかである。

審決は、理由(一)において、置換基の組合せによる化合物の例示も五〇頁にわたり極めて膨大な一般式に包含される化合物中、融点が示されている化合物、構造式及び除草活性テスト結果が具体的に示されている化合物はいずれも八〇個にすぎず、その中に所定の濃度で除草活性を殆ど示さない化合物が相当数含まれているとして、一般式に包含する化合物のすべてについて、化合物発明及び除草剤発明が成立しているということはできないとして、一二〇一個の化合物を含めて、その成立性を否定しているが、この判断が誤りであることは明らかである。

2  化合物〈1〉ないし〈3〉の成立性

審決は、理由(二)及び(三)において、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が当初明細書から明らかではないと判断し、これを化合物〈1〉ないし〈3〉が当初から化学物質発明として成立していたことを否定する根拠の一つとしているが、前記のとおり、当初明細書において一二〇一個の化合物のすべてが化学物質発明として成立していたものであり、化合物〈1〉ないし〈3〉は、この一二〇一個の化合物に含まれているのであるから、当初から化学物物質発明として成立していたものである。

化合物〈1〉及び〈2〉は、ピラゾール-五-スルホニル尿素誘導体であって、当初明細書の表IVaに具体的な構造式が示され、また、化合物〈3〉は、ピラゾール-三-スルホニル尿素誘導体であって、表Vaに具体的構造式が示されている。

そして、当初明細書において、化合物〈1〉、〈2〉の製造方法は反応式五として、化合物〈3〉の製造方法は反応式一としてそれぞれ詳細に説明されている。

これら反応式一、五による製造方法は、当初明細書に説明されているように、本件優先権主張日前から当業者に周知の反応である。

更に、当初明細書には、「式Iの化合物類が植物生長抑制剤および/または除草剤として有用性を有することを今見出した。」(本願公報六頁左上欄八行ないし一〇行)、「本発明の化合物は強力な除草剤である。それらは、すべての植物の完全な駆除を期待する区域、例えば燃料貯蔵タンクの周辺、弾薬庫周辺、工業貯蔵区域、駐車場、野外劇場、広告板周辺、高速道路及び鉄道域における雑草の発芽前及び/又は発芽後の駆除に対し広範囲の有用性を示す。他に、本化合物は作物例えば小麦及び大豆植物畑の雑草を発芽前及び/又は発芽後に選択的に駆除するのにも有用である。」(本願公報五八頁右下欄二行ないし一〇行)等とその除草活性について記載されており、これにより化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が開示されている。

また、化合物〈1〉ないし〈3〉が当初明細書においてその製造及び存在を確認されている化学物質であり、かつ有用性をもつことは、除草活性テスト結果が示されている化合物のうち類似の化合物である化合物六七(化合物〈1〉ないし〈3〉は、化合物六七の異性体である。)と化合物一六からも明らかである。

この化合物六七は、当初明細書において、実施例八として、その具体的な製造方法が記載され、得られた物質の物性(融点二〇七ないし二一〇℃)も記載されていて、その製造が実際に可能であるとともに、その化合物の存在が確認されている。この実施例八の製造方法は、当初明細書に反応式二として記載されているものであり、当初明細書に「QがQ-2、Q-3、Q-4、Q-5またはQ-6であり、mが0または2であり、そして他の全ての置換基類は前記で定義されているような式Iの化合物類が、反応式2、5または6の方法により最良に製造できる」(本願公報一一頁右下欄一八行ないし一二頁左上欄三行)と記載されていることから明らかなように、化合物〈1〉ないし〈3〉は化合物六七と同様の反応式二の方法によっても製造することができる。

そして、化合物六七は、当初明細書の表Aにおいて、〇・〇五kg/haという少量の施用量で、しかも、発芽後及び発芽前のいずれの施用に際しても、多数の植物に対して優れた除草活性を示すことが開示されている。

更に、化合物一六は、当初明細書の表Aにおいて、〇・四kg/haという比較的少量の使用割合の発芽後の施用テストでイネ及びモロコシに対して中程度ないし小程度の除草活性を示すことが開示されている。

この化合物一六はピラゾール-三-スルホニルチオ尿素誘導体であるが、本件優先権主張日当時、一般にスルホルニチオ尿素誘導体はスルホニル尿素誘導体よりも、除草活性が劣ることが知られているので、化合物一六についての表Aの記載は、それと同様の構造を有するピラゾール-三-スルホニル尿素誘導体が該チオ尿素誘導体よりも大きな除草活性を有することを示唆する。

そして、化合物六七、一六と化合物〈1〉ないし〈3〉は、以下のとおりの共通点を有する。

(1)  これらの化合物は、すべてピラゾール環の一位の窒素原子がメチル基又はそれに類似するエチル基で置換されている。

(2)  化合物〈3〉と化合物一六とは、スルホニル基のピラゾール環に対する置換位置も同一である。

(3)  化合物〈1〉における四位メチル基と五位スルホニル基は、化合物六七においてはそれぞれ三位と四位に相対的関係を保持したまま移動した構造となっており、両者は、ピラゾール環に対する置換基の種類及び置換基の相対的位置関係が同一である。

このことは化合物〈2〉と化合物六七の関係にも当てはまる。

更に、当初明細書の表Aに示された除草活性テストの結果により、(a)イミダゾール-二-スルホニル尿素誘導体、イミダゾール-五-スルホニル尿素誘導体、イミダゾール-四-スルホニル尿素誘導体、(b)チアゾール-四-スルホニル尿素誘導体、チアゾール-二-スルホニル尿素誘導体、チアゾール-五-スルホニル尿素誘導体、(c)ピラゾール-四-スルホニル尿素誘導体、ピラゾール-三-スルホニル尿素誘導体等の化合物がすべて除草活性を有することが明らかにされている。

このことから、これらの化合物群においては、一般式のQが一定の場合、スルホニル基の置換位置間及びスルホニル基に隣接する置換基間において、除草活性の点からみて互換性の存在することが当初明細書において明らかにされているということができる。

以上のことからすると、当初明細書において、化合物〈1〉ないし〈3〉の化学構造式、製造方法の他これらが有用性を有することが明確に開示されているものである。

これに対し、審決は、理由(二)、(三)において、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が当初明細書からは明らかではないと判断しているが、これらはいずれも理由がない。

審決は、理由(二)において、当初明細書において融点、除草活性テスト結果が具体的に示された化合物で一般式のQがピラゾール環であるものは、そのスルホニル基の置換位置はいずれも四位であり、五位又は三位に置換する化合物は一例もないとするが、これは化合物一六を看過したものである。

化合物一六は、ピラゾール環の三位にスルホニル基が置換したものであり、これが当初明細書において除草効果を有することが開示されていることは前記のとおりである。

また、審決は、一般式のQに相当する部分が同一の複素環であっても、スルホニル基の置換位置の相違によって除草活性が著しく相違する場合が示されていると認定している。

これは、化合物二と二四、二六と二七の対比からいうものと思われるが、化合物二四の使用割合は五〇kg/haではなく、〇・〇五kg/haであること、その使用割合での除草活性は「0」と記載されているが、使用割合を増やせば除草活性がみられるものであることは前述のとおりである。

化合物二六と二七との関係においても同様であり、化合物二七の使用割合は五〇kg/haではなく、〇・〇五kg/haであること、その使用割合での除草活性は「0」と記載されているが、使用割合を増やせば除草活性がみられるものであることは前述のとおりである。

したがって、審決が理由(二)において、ピラゾール環その他一般式のQに相当する部分の複素環にスルホニル基が置換する位置により除草活性が相違するとして、ピラゾール環の四位にスルホニル基が置換する化合物が除草剤として有用であることが当初明細書に記載されていることを根拠にピラゾール環の五位又は三位にスルホニル基が置換する化合物である化合物〈1〉ないし〈3〉が同様に有用であることが自明とはいえないと判断したことは誤りである。

また、審決は、理由(三)において、当初明細書に除草活性テスト結果が示されている八〇個の化合物を検討すると、一般式のQに相当する複素環の種類及びスルホニル基の置換位置が同一であっても、他の置換基の相違によって除草活性が著しく相違する場合が示されていると認定している。

これは、化合物二七と三三、化合物五七と六二に着目したものと認められる。

しかし、化合物二七は、イミダゾール-四-スルホニル尿素誘導体及びイミダゾール-五-スルホニル尿素誘導体の互変異性体混合物であり、かつイミダゾール環に何らの置換基も有していない。化合物三三は、イミダゾール-四-スルホニル尿素誘導体であって、かつイミダゾール環の一位の窒素原子にメチル基が置換し、五位に臭素原子が置換している。したがって、化合物二七と三三とは、複素環(イミダゾール)は同一であるが、スルホニルウレア結合の置換位置は同一ではないから、この二つを対比して論ずることはおかしい。

そして、化合物二七は、甲第七号証の一の宣誓供述書でH-2として示した除草活性テスト結果では、〇・〇五kg/haの使用割合でも、当初明細書の表Aの化合物三三の発芽後の除草活性と大差ない除草活性を示すだけではなく、〇・四kg/haの使用割合においては、発芽後及び発芽前の除草活性においていずれも有意の結果を示す。したがって、化合物二七は、当初明細書の〇・〇五kg/haという極めて少量の使用割合による除草活性テストにおいて、たまたま化合物三三より低い除草活性が示されたというだけであって、化合物二七と三三との除草活性にそれ程大きな相違があるわけではない。

また、化合物五七と六二に関しては、表Aからは、化合物五七は〇・〇五kg/haの使用割合でオナモミ及びシルクポツトに対して6H及び5Hの除草活性を示すのみで、他の植物に対する除草活性は「0」と表示されているのに対し、化合物六二は、同じ使用割合で、低度ではあるが、化合物五七よりは良好な除草活性のテスト結果が示されている。

しかし、甲第七号証の一の宣誓供述書によれば、化合物五七は、使用割合を〇・四kg/ha、二kg/ha、一〇kg/haと増やすにつれて除草活性が増大していっているのであり、〇・〇五kg/haという極めて少ない使用割合においては化合物六二と比べて除草活性が劣るが、それ以上の使用割合、特に二kg/ha以上においては有効な除草活性を示し、化合物六二とは程度の差にすぎないものである。

そして、ピラゾール環の置換基として、化合物〈1〉はメチル基、化合物〈2〉は塩素原子、化合物〈3〉はエトキシカルボニル基を有するものであるが、Qがこれらの置換基を有していても、著しく除草活性を有することは当初明細書の表Aにおいて、メチル基については化合物四九、五〇などにおいて、塩素原子は化合物五七、五八などにおいて、エトキシカルボニル基及びそれと類似のメトキシカルボニル基については化合物四八、四九等において明瞭に示されている。

そして、当初明細書にはQがピラゾールである化合物六七、一六が除草活性を有することが開示されており、また、本件優先権主張日前の技術水準として、スルホニル尿素誘導体のベンゼン環や複素環の置換基として、メチル基、エチル基のようなアルキル基、塩素元素のようなハロゲン、あるいはエトキシカルボニル基のようなアルコキシカルボニル基等の置換基が置換しうることは公知であったこと、当初明細書にもチアゾール環、イソチアゾール環又はイミダゾール環に対して、塩素原子、メチル基、エチル基のようなアルキル基、あるいはエトキシカルボニル基のようなアルコキシカルボニル基が置換した多数のスルホニル尿素誘導体が除草活性を有することが具体的に示されているのである。

これらのことからすると、審決が理由(三)で、メチル基が二個置換するピラゾール環化合物についてしか除草活性テスト結果が示されていない当初明細書の記載に基づいて、特に塩素原子とエチル基、またはエトキシカルボニル基とメチル基がピラゾール環に置換する化合物である化学物〈2〉及び化合物〈3〉が同様に有用な除草活性をもつことが自明であるとはいえないと判断したことは誤りである。

3  以上のとおり、審決の理由(一)ないし(三)はいずれも誤りであり、化合物〈1〉ないし〈3〉は、当初から化学物質発明として成立していたものである。

したがって、本件手続補正により、化合物〈1〉ないし〈3〉の製造方法及び物性を記載した実施例一二、一三及び一七を追加することは当初明細書に記載された技術的事項の範囲内のものであり、何ら明細書の要旨を変更するものではない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  本願発明の化合物の成立性について

当初明細書の表Iaないし表Xに記載された一二〇一個の化合物の化学構造式(もっとも、その全部が原告の主張するような具体的化学構造式であることは争う。)と製造方法が示されており、その製造方法によればそれらの化合物を製造することができることは認める。

しかし、化合物の構造式とその製造方法が開示され、その製造方法によればその化合物を製造することができることと、その化合物が確認できることとは異なるものであり、化合物は現実に製造されなければ確認することはできないものである。

化合物の融点の表示は、法律上も審査基準上も必須のものでないことは原告主張のとおりであるが、融点の表示は、その化合物が現実に製造され、確認されたことを表す一つの資料となるものである。

化合物が確認できたとしてその発明の成立が認められるのは、それを同定するための物性データ等の具体的資料が明確に示されている化合物と、具体的に確認されている化合物と均等な化合物等、実質的に確認されたのと同等の化合物に限られるのである。

本願発明の一般式に包含される膨大な数の化合物のうち、化合物を確認するための客観性のある技術的な根拠が示されているのは限られた化合物に過ぎず、原告主張の一二〇一個の化合物についてさえ、その全部については化合物を確認できるものではない。

よって、原告の前記主張は理由がない。

また、原告は、当初明細書において、一二〇一個の化合物のすべてについて有用性が開示されている旨主張するが、これも失当である。

原告は、様々な根拠を挙げて、当初明細書の除草活性テスト結果には使用割合について誤記があり、審決が所定濃度で除草活性を示さないものが相当数含まれていると認定したことの誤りを主張する。

しかし、当初明細書に記載されている一般的使用割合とは、化合物を現実に除草剤として使用する場合の使用量であり、この使用量は、除草試験での結果に基づいて現実の農場などで使用する場合の量を設定するものであるから、一般的な使用割合の記載に基づいて、除草活性テストにおける使用割合の量が異常としてこれを誤記の根拠とすることはできない。

また、原告の主張するように段階的使用割合により試験をすることが妥当であるとしても、どのような試験を行うかは試験をする者の判断に基づくものであるから、特段の明白な事情がない限り、記載どおりの量で試験をしたものと見るべきである。

また、当初明細書の表Aには、使用割合は、五〇g/ha及び四〇〇g/haを表すには、〇・〇五kg/ha及び〇・四kg/haと小数点でkg/ha単位をもって表示されており、一般に同一の文献においては同じ量は同じ単位で表示するものであるから、数字が異なるということは、その量が異なるとみるほうが妥当である。

更に、原告は、従来公知のスルホニル尿素誘導体の一般的な使用割合を挙げて使用割合の誤記を主張するが、これは、本願発明のスルホニル尿素誘導体が従来公知のものと同等なものであることを根拠とするものであり、その点で既に失当である。

また、原告主張の優先権証明書は、あくまで優先権の証明書であり、明細書の一部をなすものではないから、両者の記載に齟齬があったとしても、それにより明細書の記載の誤りが治癒されるものではない。

したがって、原告の主張するように、当初明細書の表Aの除草活性テスト結果中の使用割合に誤記があるということはできない。

また、原告は、所定の使用割合における除草活性テスト結果が「0」ばかりであっても、その化合物に除草活性がないということはできないと主張するが、失当である。

表Aの除草活性テストは、化合物の除草活性の評価のためのものであり、その結果が「0」ばかりであるということは、効果なし、即ち除草活性を有しないと解する他ない。

そして、例え、原告の主張するように、表Aのテスト結果は、ある化合物がある使用割合のもとでどのような除草活性を有するかを示したものであるとしても、その結果が「0」ばかりであれば、少なくとも、その使用割合では除草活性を示さないということに他ならない。この事実から他の使用割合での除草活性の有無について明確な結論を導くことはできないことは明らかである。ある使用割合での試験結果が「0」ばかりであるにもかかわらず、他の使用割合では除草活性が現れるというためには、試験による評価が必須であり、試験を行わずして除草活性を有すると認めることはできない。

原告は、除草活性テスト結果について、使用割合を多くすれば除草活性が高くなっている化合物があることを指摘する。そのような化合物があることは認めるが、一方、化合物四三のように、いずれの使用割合でも除草活性に変化がみられないものもあるし、化合物七六、七七のように使用割合を多くすると、除草活性が低くなっているものもある。したがって、原告の主張するように、使用割合を多くすれば除草活性が高くなるということは普遍的なこととはいえず、理論的な裏付けもないものである。

甲第七号証の一の宣誓供述書は、新たな試験により、化合物二四(当初明細書では五〇kg/haの使用割合で除草活性が「0」と記載されている。)等について他の使用割合における除草活性を確認するものであるから、当初明細書の範囲を逸脱したものである。このような試験結果を基にして当初明細書に記載した事項を解釈することは、出願後に見出された新たな事項を附加することになり、失当である。

その他、原告は、本願発明の化合物が有用性を有することが開示されていることの根拠として、本願発明の化合物は、除草活性があることが知られていた従来公知のスルホニル尿素誘導体の一般式のQの部分をイミダゾール環、ピラゾール環等に変えただけのものであることを挙げる。

しかし、この主張は、従来公知のスルホニル尿素系除草剤におけるベンゼン環、チオフェン環、フラン環、ピリジン環又はピロール環と、本願発明におけるイミダゾール環、ピラゾール環、チアゾール環又はイソチアゾール環とが、スルホニル尿素系除草剤の除草活性に関して同等な機能を有する環であることを前提とするものであり、この前提が正しいことが証明されない以上、この主張は、技術的な客観性を欠く憶測又は希望的観測の域を出るものではない。

以上のとおりであるから、審決が理由(一)において示した判断に誤りはない。

2  化合物〈1〉ないし〈3〉の成立性について

当初明細書において、化合物〈1〉ないし〈3〉の化学構造式が具体的に示されていること、それらは当初明細書において開示された製造方法によって製造できることは認めるが、化合物〈1〉ないし〈3〉が、当初明細書において確認できたこと、その有用性が当初明細書において明らかにされていたことは争う。

化合物〈1〉ないし〈3〉は、現実に製造され、除草活性テストがされた八〇個の化合物には含まれていない。

そして、化合物六七は、一般式中QがQ-6であるピラゾール環に対してスルホニル基が四位に置換したVIa系列の化合物であるのに対して、化合物〈1〉〈2〉は、QがQ-4であるピラゾール環に対してスルホニル基が五位に置換したIVaの系列の化合物であり、化合物〈3〉は、QがQ-5であるピラゾール環に対してスルホニル基が三位に置換した表Vaの系列の化合物であって、化合物〈1〉ないし〈3〉は、当初明細書において、確認されている化合物六七とは化学構造からみて明確に異なる系列の化合物として表示し、認識されているのである。

したがって、化合物〈1〉ないし〈3〉は、当初明細書において確認されたものでないことは勿論、化合物六七と類似又は均等の、確認されたにも等しい化合物ということはできない。

有用性についても同様で、化合物六七は、化学構造上近縁のものとはいえないので、これから化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が明らかであると認めることはできない。

また、化合物一六は、チオ尿素系化合物であり、その結果からオキソ尿素系化合物である化合物〈1〉ないし〈3〉の除草活性について何らの知見も得ることはできない。

原告は、審決が理由(二)及び(三)で示した化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性についての判断の誤りをいう。

理由(二)については、原告は、除草活性が具体的に示された化合物中にスルホニル基が五位又は三位に置換する化合物は一例もないとしたのは、ピラゾール環の三位にスルホニル基が置換した化合物一六を看過したものである旨主張する。

しかし、チオ尿素化合物である化合物一六の記載があることのみから、本願発明の化合物であるオキソ尿素系化合物についての「ピラゾール環の三位にスルホニル基が置換する化合物」が開示されているとすることはできないのであり、化合物一六に言及しなかったとしても、何ら右認定を誤りとすることはできない。

また、表Aの除草活性テストの使用割合に誤記があり、更に、除草活性が「0」と記載されたものも使用割合を増大させれば除草活性がみられるとの原告の主張が理由がないこと前述のとおりである。

理由(三)については、審決が「Qに相当する複素環の種類及びスルホニル基の置換位置が同一であっても、他の置換基の相違によって除草活性が著しく相違する場合が示されている。」と認定したのは、原告が指摘する化合物二七と三三、化合物五七と六二のみに着目したわけではなく、他にイミダゾール環の四位にスルホニル基が置換した化合物三二と三七、イミダゾール環の二位にスルホニル基が置換した化合物六と一七等がある。そして、全体的にみて、置換基の相違により除草活性の変動がみられ、この変動は必ずしも一定の規則に従うものではない。つまり、置換基の変更により除草活性がどのように変化するかは明確に予測することができないものである。

そして、原告は、化合物二七は、イミダゾール-四-スルホニル尿素誘導体及びイミダゾール-五-スルホニル尿素誘導体の互変異性体混合物であり、かつイミダゾール環に何らの置換基も有していない旨主張するが、化合物二七は四位の置換体として具体的な化合構造式で示されており、置換位置は化合物三三と同一である。

原告は、甲第七号証の一の宣誓供述書の再試験の結果を引用するが、例え、化合物二七につきそれに記載されたH-2の値が正しいとしても、化合物三三との除草活性とに著しい相違があることは明らかである。

化合物五七についても前記宣誓供述書の試験結果を引用するが、そもそもそのような試験結果を参酌すること自体問題があり、また、〇・〇五kg/haの試験結果が当初の表4のものと異なっていて、表H-3の試験方法自体に問題がある。

そして、同じ使用割合である〇・〇五kg/haでは、両者の試験結果において著しい相違があるのであるから、審決の前記判断に誤りはない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

第一請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件補正却下決定の理由とされた補正部分)及び三(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

第二そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  当初明細書の記載について

成立に争いのない甲第二号証(本願公報)によれば、当初明細書の特許請求の範囲第一項には、「式(注-別紙一)の化合物およびそれの農業的に適している塩類」(本願公報一頁左下欄六行ないし三頁右下欄一〇行)との記載があり、更に発明の詳細な説明には次のような記載があることを認めることができる。

(技術的課題)

「本発明は新規なN-〔(複素環式)アミノカルボニル〕イミダゾールスルホンアミド類、ピラゾールスルホンアミド類、チアゾールスルホンアミド類およびイソチアゾールスルホンアミド類、それらを含有している除草剤組成物類並びに望ましくない植物の生長を抑制するためのそれらの使用方法に関するものである。

望ましくない植物の生長を抑制するために有効な新規化合物類は絶えず要求されている。最も一般的情況では、例えばワタ、イネ、トウモロコシ、コムギおよびダイズの如き有用な作物中での雑草の生長を選択的に抑制するためのそのような化合物類が探し求められている。(略)

多種の型のN-〔(複素環式)アミノカルボニル〕アリールスルホンアミド類が除草剤として知られている。そのような化合物類に関して発行されている二つの最初の頃の特許はそれぞれ一九七九年一〇月二日および一九七八年一一月二八日に発行された米国特許四、一六九、七一九および四、一二七、四〇五である。これらの特許は一般式(注-別紙二)に化合物類を開示している。その後の文献類は、R1がチオフェンまたはピロールである同様な化合物類を開示している。(略)該文献中にはN-〔(複素環式)アミノカルボニル〕イミダゾール-、ピラゾール-、チアゾール-もしくはイソチアゾールスルホンアミド類の開示または該新規化合物類が除草剤として有用であるという指示はなかった。

式I(注-別紙一)の化合物類が植物生長抑制剤および/または除草剤として有用性を有することを今見出した。

従って、本発明は、式Iの化合物類、該化合物類を含有している除草剤組成物類および望ましくない植物の生長を抑制するための該化合物類の使用方法に関するものである。」(本願公報五頁右上欄九行ないし八頁右上欄一八行)

(反応式の記載)

「本発明のスルホニル尿素類は多数の方法により製造できる。これらの方法およびそれらを記載している文献または資料は下記の如くである・・」(本願公報一〇頁右上欄八行ないし一〇行)と記載され、以下反応式一ないし一七が記載されている(本願公報一〇頁右上欄一一行ないし二六頁左下欄一〇行)。

(実施例)

「本発明の化合物類の製造を下記の個々の実施例によりさらに説明する。」(本願公報二六頁左下欄一一行、一二行)と記載され、実施例一ないし二六が記載されている(本願公報二六頁左下欄一四行ないし三六頁左上欄三行)。

そして、「実施例一~二六に記載されている方法またはそれらの変法により、表I~Xの化合物類が製造できた」(本願公報三六頁左上欄四行ないし六行)と記載され、続いて、表Iaから表Xにおいて、R1、Z等の記号をもって示された置換基等の定義を表にして示すなどして、合計一二〇一個の化合物について化学構造を示し、そのうち一〇三個について融点が示されている(本願公報三六頁右上欄一行ないし五四頁上欄)。

なお、化合物〈1〉、〈2〉は表IVaに、化合物〈3〉は表Vaにその化合構造式が示されているが、融点は示されていない。

(用途)

「本発明の化合物は強力な除草剤である。それらは、すべての植物の完全な駆除を期待する区域、例えば燃料貯蔵タンクの周辺、弾薬庫周辺、工業貯蔵区域、駐車場、野外劇場、広告板周辺、高速道路及び鉄道域における雑草の発芽前及び/又は発芽後の駆除に対し広範囲の有用性を示す。他に、本化合物は作物例えば小麦及び大豆植物畑の雑草を発芽前及び/又は発芽後に選択的に駆除するのにも有用である。

本発明の化合物の使用割合は、選択的又は総体的除草剤としての使用、共存する作物種、駆除すべき雑草種、天候及び気降(「気候」の誤り。)、選択される処方物、施用法、存在する葉の量などを含む多くの因子により決定される。一般的に言って、本化合物は約〇・〇二~一〇kg/haの量で使用されるべきである。この場合、軽い土壌及び/又は低有機物質含量の土壌に対して使用するとき、雑草を選択的に駆除するとき、或いは短期間の持続性だけが必要なときに上記範囲の低量が使用される。」(本願公報五八頁右下欄二行ないし五九頁左上欄三行)。

(試験)

「本化合物の除草性は多くの温室での試験において示される。試験法及び結果は以下の通りである。

化合物のあるものは試験した割合で高い活性度を示さないが、これらの化合物はそれより高い割合では除草剤効果を示すであろう。」(本願公報五九頁左上欄八行ないし一二行)

「用いた評価法は、0即ち効果なしから10即ち最大効果までの尺度を基準とした。随伴する文字記号は下記の意味を有する。C=黄化/頽壌、D=落葉、E=発芽阻止、G=生長遅延、H=形成の影響、U=異常な色素形成、X=葉腋刺激、6Y=膿瘍のできたつぼみまたは花

この方法によって試験した化合物の評価を第A表に示す。この試験用に選択された低い適用割合では、試験した化合物類は植物の生長改変に有用であり高活性除草剤であることがわかった。」(本願公報五九頁右上欄一五行ないし左下欄一三行)

そして、化合物一ないし化合物八〇の化学構造式が個別、具体的に示され(本願公報五九頁右下欄ないし六四頁上欄)、表Aにおいて、化合物一ないし八〇について、発芽後及び発芽前の除草活性テストの結果が示されているが、使用割合(kg/ha)は、化合物一ないし四は〇・〇四kg/ha、化合物五ないし一五、三九ないし四二、四八、五〇及び五一、五三ないし七二、七四及び七五、七八ないし八〇は〇・〇五kg/ha、化合物一六は〇・四kg/ha、化合物一七ないし二一、二三ないし三八は五〇kg/ha、化合物二二は四〇〇kg/ha、化合物四三、四六及び四七は、〇・〇五kg/ha、〇・四kg/ha及び二kg/haの三段階、化合物四四、四五、四九、五二、七六及び七七は、〇・〇五kg/haと〇・四kg/haの二段階、化合物七三は〇・〇五kg/haと二kg/haの二段階のものが記載されている(本願公報六四頁下欄ないし七六頁)。

二  本願発明の化合物の一般的な成立性について

審決は、本件手続補正により化合物〈1〉ないし〈3〉の実施例を追加することは、前記(一)ないし(三)の理由により明細書の要旨を変更するものに該当する、と認定判断し、原告はこれを争うので、まず理由(一)について判断する。

原告は、審決が理由(一)において構造式及び除草活性テスト結果が示されている化合物八〇個の中には所定の濃度で除草活性を殆ど示さない化合物が相当数含まれている、と認定した点について、当初明細書の除草活性テスト結果を示した表A中化合物一七ないし二一、二三ないし三八の使用割合が五〇kg/haと、化合物二二の使用割合が四〇〇kg/haと記載されているのは、それぞれ〇・〇五kg/ha、〇・四kg/haの誤記であり、このことを前提として当初明細書の取消事由1に摘示した記載を参酌すれば、当初明細書においては、除草活性テストをした八〇の化合物のすべてが除草活性を示すものとして開示されている旨主張する。

前記一認定のとおり、当初明細書には、「一般的に言って、本化合物は約〇・〇二~一〇kg/haの量で使用されるべきである。」と記載されており、本願発明の化合物の一般的使用割合は〇・〇二ないし一〇kg/haであることが明らかにされているが、前記の五〇kg/haの使用割合、特に四〇〇kg/haの使用割合はこの一般的使用割合に比して異常に多量のものである。

表Aに記載された使用割合のうち一般的使用割合内で最大のものは二kg/haであるが、五〇kg/haの使用割合は、それより二五倍、四〇〇kg/haの使用割合にあっては二〇〇倍もの多量のものになっている。

表Aの除草活性テストは、その内容からすると、本願発明のある化合物がある使用割合でどのような除草活性を示したかをテストしたものであると認められるが、その場合でも、一般的な使用割合即ち除草剤としての現実の使用量の範囲をはるかに超えた数値の使用割合での除草活性を知ることの合理性は少ない。そして、仮にそのような数値の使用割合での除草活性を知るとしても、その数値まで段階的に使用割合を増やしていくのが普通であると認められ、〇・〇五kg/haないし二kg/haの使用割合から、前記化合物についてだけいきなり五〇kg/ha、更には四〇〇kg/haと使用割合を増大させることに何ら合理性はみられない。

したがって、当業者が当初明細書の表Aのテスト結果をみた場合、五〇kg/ha、四〇〇kg/haは何らかの誤記であることを当然認識するものと認められる。

そして、表Aの除草活性テストにおいて、五〇kg/ha、四〇〇kg/haの使用割合以下では、〇・〇五kg/ha、〇・四kg/ha、二kg/haの三段階の使用割合でテストしているところ、同一の除草活性テストにおいては、同一の使用割合のもとにテストをしたものとみるのが合理的であり、また、当初明細書には、その三段階以外の使用割合でテストをしたことを窺わせる記載もないので、五〇kg/haは五〇g/ha、即ち〇・〇五kg/haの誤記であり、また四〇〇kg/haは、四〇〇g/ha、即ち〇・四kg/haの誤記であると認めることが極めて自然で無理のないところである。

なお、成立に争いのない甲第八号証によれば、本願発明の優先権証明書(一九八三年四月二五日出願に係るもの)には、同一の除草活性テスト結果において、化合物一七ないし二一、二三ないし三八の使用割合は五〇g/ha、化合物二二の使用割合は四〇〇g/haと記載されていることが認められ、これは前記判断の裏付けになるものである。

よって、当初明細書の表A中、化合物一七ないし二一、二三ないし三八の使用割合が五〇kg/haとあるのは〇・〇五kg/haの、化合物二二の使用割合が四〇〇kg/haとなつているのは、〇・四kg/haの誤記であると認めるべきである。

ところで、いわゆる化学物質発明は、新規で、有用、すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存するから、その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とするというべきである。

そして、化学物質発明の成立のために必要な有用性が認められるためには、用途発明で必要とされるような用途についての厳密な有用さが証明されることまでは必要としないが、一般に化学物質発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識しているところであり、このことは当裁判所に顕著な事実である。したがって、化学物質発明の有用性を知るには実際に試験することによりその有用性を証明するか、その試験結果から当業者にその有用性が認識できることを必要とする。

そこで、前掲甲第二号証により、当初明細書の表Aに記載された八〇個の化合物の試験結果について検討すると、〇・〇五kg/ha(五〇kg/haと誤記されていたものを含む)の使用割合で試験した化合物二四、二七、三〇、三一、三五ないし三七、六一、七〇、七八、八〇は、すべての植物に対し「0」と記載され、その使用割合では除草活性がないことが示されている。

もっとも、当初明細書には、本願発明の化合物の使用割合は、選択的又は総体的除草剤としての使用、共存する作物種、駆除すべき雑草種、天候及び気候、選択される処方物、施用法、存在する葉の量等を含む多くの因子により決定されること、表Aの試験に関連して、化合物のあるものは試験した割合で高い活性度を示さないが、それより高い割合では除草剤効果を示すであろう、と記載されていることは前記一認定のとおりである。

そして、前掲甲第二号証によれば、化合物四三は、〇・〇五kg/haでは、すべての植物に対し「0」であるが、〇・四kg/haではいくつかの植物に対し低度の除草活性を示し、二kg/haでは、殆どの植物に対し除草活性を示しており、化合物四七では、〇・〇五kg/haでは、すべての植物に対し「0」であり、〇・四kg/haではインゲンマメに対し一Cの除草活性を示し、二kg/haでは、試験対象のうち約四割の植物に対し除草活性を示していることが認められる。

しかし、化学物質発明の有用性は試験しなければ判明しないことは前記のとおりであり、試験の結果前記八〇個の化合物のうちのあるものについて使用割合を多くすれば除草活性が生じた、あるいは高くなったからといって、他の化合物については試験をしなくとも同様の結果が得られるとはいえない。たとえ、化学構造が類似であっても有用性も類似とはいえないから、(試験結果を必ず具体的な数値をもって明確にすることまでは要求されていないとしても)試験結果を示すことなく、当初明細書に、表Aの試験に関連して、化合物のあるものは試験した割合で高い活性度を示さないが、それより高い割合では除草剤効果を示すであろう、と記載されていても、それは単なる推測にすぎない。

このことは、化合物七六、七七を試験対象植物一四種の発芽前後に用いた試験結果は別紙三のとおりであって、〇・〇五kg/haから〇・四kg/haに使用割合を多くしても、化合物七六の場合は発芽後のイネが〇から三G、アサガオが二Cから三G、ダイズが一Cから一Hとなったほか、除草活性〇に変化はなく、かえって発芽後のオナモミでは二Gから〇となって増量により除草活性が失われており、化合物七七の場合は発芽後のコムギが〇から九C、イヌビエが三Cから九H、カラスムギが二Cから九G、イネが三Cから九H、モロコシが二Cから九Hとなつたほか、除草活性〇に変化はなく、かえって発芽後のダイズでは一Cから〇となって増量により除草活性が失われていることが認められる(化合物四六の場合も、〇・〇五kg/haから〇・四kg/ha、二kg/haと使用割合を多くした結果、発芽後のシルクポツトの除草活性は〇、二C、一Cとなり、同様の結果が示されている)ことからも明らかである。

そして、ほかに本件優先権主張日当時の技術水準等に照らし、当初明細書の前記記載事項から当業者が除草活性〇とされた前記化合物の有用性を認識し得たと認めるに足りる証拠は存しない。

なお、成立に争いのない甲第七号証の一によれば、アンソニー・デヴィッド・ウルフ宣誓供述書には、表Aの除草活性テスト結果では〇・〇五kg/haの使用割合ですべての植物に対し「0」と記載されている化合物二四は、新たに原告側で試験したところでは、〇・〇五kg/haで発芽後の植物の極く一部に対し低い除草活性を示し(なお、除草活性も様々な因子により影響されるので、この結果を表Aの結果と矛盾するものとして信頼性を否定することはできない。)、〇・四kg/haに増やせば多くの植物に対し除草活性を示し、二kg/ha、一〇kg/haと増大するに従い除草活性が一般的に高くなるという結果が出たこと、化合物二七についても発芽前の植物に対して同様の結果が出た旨の記載が認められるが、これは本件出願後に試験をした結果であり、これをもって本願発明の化合物の有用性が当初明細書に開示されていたといえないだけでなく、化合物二四、二七についていえることが、他の化合物についても当然に適用し得ないことは前述のとおりである。また、成立に争いのない甲第五号証の二によれば、石塚皓造作成の鑑定書には、前記除草活性〇とされた化合物について、これと構造類似の化合物から使用割合を増大すれば除草活性を示すものと判断されるとの部分が存するが、化学構造類似であっても直ちに有用性類似といえないことは前述のとおりであるから、採用できない。

そして、本願発明の一般式Iに包含される化学物質の数は膨大であり、そのうちの一二〇一個について化学構造式に等しい開示があっても、そのすべてについて除草活性を認めることができないこと(このことは、後記三において詳述する。)はもとより、構造式及び除草活性テスト結果が具体的に示された八〇個の化合物についても所定濃度で除草活性をほとんど示さない化合物が含まれていることは前記のとおりであるから、このことを理由に「当初明細書に一般式による開示があること、置換基の組合せが列記されていることを根拠に、その中に包含される化合物のすべてについて、化合物発明及び除草剤発明が成立しているということはできない」とした審決の理由(一)における認定判断に誤りはない。

三  化合物〈1〉ないし〈3〉の成立性について

審決は、理由(二)及び(三)において、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が当初明細書に示されていないことを挙げて化合物〈1〉ないし〈3〉が当初より化学物質発明として成立していたことを否定しているが、化学物質発明の成立性が肯定されるためには、まず化学物質そのものが現実に提供されることが必要であり、したがって明細書においてそれが確認されることを必要とするところ、被告は化合物〈1〉ないし〈3〉が当初明細書で確認されていないと主張するので、これが当初明細書において確認できるかを検討する必要がある。

すなわち、当初明細書には、本願発明の一般式で表される化合物のうち、一二〇一個の化合物については、その化学構造は、化学構造式(A-2、A-3のような元素記号以外の記号をもって表されたものを具体的な化学構造式と呼ぶことが相当か否か問題はあるが、いくつかの組合せが生ずるものの、それについての定義と相俟って、化合物の化学構造を特定することができるものであるから、この点をどのように解しようとも本件の結論には何ら影響するものではない。)により示され、その製造方法も示されている。

化合物〈1〉ないし〈3〉はこの一二〇一個の化合物に含まれるものであるが、その示された製造方法により化合物〈1〉ないし〈3〉が製造され得ることは被告の認めて争わないところである。

もっとも、この化合物〈1〉ないし〈3〉については、融点の表示その他これらが現実に製造されたことを示す根拠は当初明細書には記載されておらず、また、現実に製造したことは原告の主張するところでもない。

化学物質が産業上利用することができる発明(特許法二九条一項柱書)としてその特許が認められるためには、その化学物質が現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りない。

原告が指摘する特許庁の審査基準において、化学物質そのものが明細書において確認できない場合、その化学物質は発明として成立していないものとして取り扱うとして、化学物質発明の成立性において、化学物質が明細書において確認できるものであることを要求しているのは正にこの趣旨である。

もっとも、その確認とは、確かに発明の対象となる化学物質を提供し得たことの証明であるから、現実に製造しなくても、現実に製造され、物性データ等の具体的資料が示され、文字どおり確認された化学物質と類似のもので、提供し得たも同然のものと評価されるものであれば、それも確認されたものとして取り扱うべきである。

原告は、化合物〈1〉ないし〈3〉を含め、当初明細書に一二〇一個の化合物の化学構造式と製造方法が記載されていることをもって、これらの化合物がすべて確認できるものである旨主張するが、その主張を直ちにいれることはできない。

また、原告は、化合物〈1〉ないし〈3〉は、当初明細書において化学構造式、製造方法の他その物性として融点(二〇七ないし二一〇℃)が示され、確認された化合物である化合物六七と構造上類似するものであるとして、これらも確認されたものと評価できる旨主張するので、この点について検討する。

化合物六七と化合物〈1〉ないし〈3〉の構造を比較すると、両者は、ともに一般式IにおいてQがピラゾール環である点、そのピラゾール環の一位の窒素がメチル基又は類似のエチル基で置換されており、スルホニル基と他の置換基の相対位置はオルト位置となつている点で共通である。

一方、ピラゾール環へのスルホニル基の置換位置は、化合物六七が四位なのに対し、化合物〈1〉、〈2〉は五位、化合物〈3〉は三位であり、また、ピラゾール環への置換基が化合物六七ではその一位と三位とがメチル基であり、化合物〈1〉では一位がエチル基、四位がメチル基、化合物〈2〉では一位がエチル基、四位が塩素原子であり、化合物〈3〉では一位がメチル基、四位がカルボキシエチル基である。

以上のことからすると、化合物六七と化合物〈1〉ないし〈3〉は、ピラゾール環へのスルホニル基の置換位置とその他の置換基の種類が異なるが、前記一認定の当初明細書の記載のとおり、本願発明の化合物は、従来公知のスルホニル尿素系除草剤の一般式のQの部分として、それを用いることによる除草剤効果が明らかではなかったピラゾール環やイミダゾール環等を採用したものであるが、化合物〈1〉ないし〈3〉や化合物六七は、従来公知のスルホニル尿素系除草剤の一般式のQの部分としてピラゾール環を採用したことで従来技術と区別される特徴点を共通にするものであり、その意味では構造的に類似しているといえる。

そして、当初明細書に開示される化合物の反応式一、二及び五をみれば、Qが共通であれば、同じ反応式により目的化合物が製造されることは明らかである。

したがって、化合物〈1〉ないし〈3〉は、確認されている化合物六七と同様に製造されたも同然であると認められ、当初明細書において確認できるものであると認められる。

化合物〈1〉ないし〈3〉が当初明細書において確認できるものと認められることは以上のとおりであるが、このこととその有用性が当初明細書において明らかにされているといえるか否かは別問題である。

産業上利用できる発明としての化学物質発明が成立するためには、その化学物質が産業上利用できること、即ちその有用性がなければならず、当初明細書において、その有用性が開示されていることが必要であること、一般的に化学物質の性質をその化学構造から予測することは困難であり(ある化学構造から置換基の一つだけ異にするのみであっても、その性質を変じる可能性がある。)、一般には、実際に製造して試験をしてみなければその性質を知ることはできないこと、したがって、化学物質発明が認められるためには、当初明細書において、その性質について実際に試験がされて有用性のあることが明らかにされているか、その試験から有用性を推認できることが必要であることは、前記二において述べたとおりである。

前記一認定のとおり、当初明細書には、「式Iの化合物類が植物生長抑制剤および/または除草剤として有用性を有することを今見出した。」、「本発明の化合物は強力な除草剤である。」というように、一般式Iに含まれる化合物の性質、用途が開示されているが、そのような一般的な開示のみでは、一般式に含まれる膨大な数の化合物のすべてに有用性のあることがある程度の信頼性をもって開示されていることにはならない。

従来公知のスルホニル尿素系除草剤の一般式のQの部分をピラゾール環等に変えたことにより、その化合物の除草活性がどうなるかは、実際に試験をしてみなければ判明しないことであるが、一般式に含まれる膨大な数の化合物のすべてについて試験をしたものではなく、試験をしたのは、化学構造式を示した一二〇一個の中の僅かに八〇個の化合物のみであり、これをもって一般式に含まれる膨大な数の化合物は勿論、一二〇一個の化合物でさえそのすべてについて除草活性があると判断することは到底できるものではなく、当初明細書の前記記載は単なる推測の域をでないものであり、それをもって到底、化合物〈1〉ないし〈3〉を含む本願発明の一般式に含まれる化合物の有用性が開示されているということはできない。

そこで、原告の主張するように、本件の場合、当初明細書において有用性が明らかにされている化合物六七及び一六(前掲甲第二号証によれば、その有用性は本願公報表A六六頁上欄及び七四頁下欄の記載から明らかである。)から化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が開示されているといえるか否かについて検討する。

原告は、化合物六七、一六と化合物〈1〉ないし〈3〉についての種々の共通点を指摘する等して、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性(除草活性)が化合物六七、一六から明らかであると主張するので順次検討する。

先ず、原告は、化合物六七、一六と化合物〈1〉ないし〈3〉とは、いずれも一般式IにおけるQがピラゾール環である点で共通であり、いずれもそのピラゾール環の一位の窒素がメチル基又は類似のエチル基で置換されていること、化合物一六と化合物〈3〉はピラゾール環のスルホニル基の置換位置も同一であり、化合物六七と化合物〈1〉ないし〈3〉は、スルホニル基と他の置換基の相対位置はともにオルト位置であることを挙げる。

しかし、化合物六七、一六と化合物〈1〉ないし〈3〉とは、いずれも一般式IにおけるQがピラゾール環である点で共通するが、本願発明の化合物は従来公知のスルホニル尿素系除草剤の一般式のQの部分を、二個の異種原子を有するピラゾール環、イミダゾール環等にした点で新規なものであり、ピラゾール環にスルホニル基が置換しさえすれば、その他の置換基の種類に関係なく除草活性を有することについて納得できる根拠が示されてない以上、その点から、化合物〈1〉ないし〈3〉が化合物六七、一六と同様な除草活性を有することが明らかであると認めることはできない。

化合物六七、一六と化合物〈1〉ないし〈3〉のピラゾール環の一位の窒素がメチル基又はエチル基で置換されている点で共通するとの点、化合物六七と化合物〈1〉ないし〈3〉のピラゾール環のスルホニル基と他の置換基がオルト位置である点で共通するとの点も同様である。

化合物一六と化合物〈3〉はピラゾール環のスルホニル基の置換位置が同一であるとの点については、化合物一六はスルホルニチオ尿素系化合物である一方、化合物〈3〉はスルホルニオキソ尿素系化合物であるという相違がある。そして、成立に争いのない甲第七号証の八(一九七八年一〇月一七日発行のアメリカ合衆国特許第四一二〇六九一号明細書)によれば、本件優先権主張日前にスルホニルチオ尿素系化合物の除草活性が知られていたことが認められるが、そのスルホニルチオ尿素系化合物はピラゾール環を有するものではなく、ピラゾール環を有するスルホルニチオ尿素系化合物たる除草剤は知られていなかったと認められる。そして、このことは、前記一認定の当初明細書の発明の詳細な説明における本願発明の技術的課題に関する記載からも認められる。

このように本願発明の化合物であるピラゾール-スルホルニチオ尿素誘導体自体が新規なものであるから、従来公知のピラゾール環のないスルホルニチオ尿素系除草剤からピラゾール-スルホニルオキソ尿素系除草剤である化合物〈1〉ないし〈3〉の除草活性を推測することはできないものである。

また、原告は、当初明細書の表Aによれば、当初明細書には、一般式IのQが一定のときは、スルホニル基の置換位置とそれに隣接する置換基間において除草活性からみて互換性を有することが示されていると主張する。

表Aには化合物一ないし八〇の除草活性テスト結果が記載されているが、Qがピラゾール環であるのは、化合物一六と、化合物六七ないし七二のみであり、他はQがイミダゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環のものである。

化合物一六は前記認定のとおりスルホルニチオ尿素系化合物であるので、この点からスルホルニオキソ尿素系化合物である化合物〈1〉ないし〈3〉と対比して原告の主張する互換性をみることはできない。

また、化合物六七ないし七二は、いずれもピラゾール環にスルホニル基が置換する位置が四位のものであるが、化合物〈1〉ないし〈3〉は、それが三位又は五位のものであるから、これをもって、原告の主張する互換性をみることはできない。

そして、Qがイミダゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環の化合物について仮に原告の主張するようにスルホニル基の置換位置間に除草活性の点で互換性があるとしても、そのことは、Qがピラゾール環である場合について何らの知見を与えるものではない。

次に、スルホニル基に隣接する置換基の種類についてみると、表Aに除草活性が示される化合物の置換基は、Qがイミダゾールの環のときは置換基なしか、或いはアルキル、塩素原子、臭素原子が、Qがチアゾール環のときにはメトキシカルボニル、エトキシカルボニル、エトキシが、Qがイソチアゾール環のときには塩素原子、メトキシカルボニルが示されるが、Qがピラゾール環のときには置換基なしかメチルのみである。したがって、Qがピラゾール環以外のときはそれぞれ前記置換基相互間での互換性があると仮にいえたとしても、Qがピラゾール環のときはメチル基のみしかないのであるから、表Aから、Qがピラゾール環のときの置換基相互間の互換性を窺うことはできない。

更に、原告は、本件出願前、公知のスルホニル尿素系除草剤の一般式のQがベンゼン環や複素環等である場合において、スルホニル基と隣接する置換基間において互換性を有することは、公知のことであったと主張するが、例えそうであったとしても、そのことは、基本骨格が異なるQがピラゾール環であるものの除草活性に関し何らの知見を与えるものではない。

以上のとおり、化合物六七、一六の除草活性等から、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性が開示されているとする原告の主張は、いずれも理由がなく、また、いずれもQがピラゾール環のときの除草活性について教えるものがないのであるから、それらの主張を総合してみても、当初明細書において化合物〈1〉ないし〈3〉の除草活性があること、すなわちその有用性が開示されていたと認めることはできない。

原告は、甲第一八号証の実験報告書、甲第一九号証ないし第二一号証の鑑定意見書を提出するが、それは以上の原告の主張と何ら異なるところはなく、これらを採用することはできない。

そして、審決が理由(二)、(三)で述べていることの趣旨は、当初明細書において、ピラゾール環にスルホニル基が置換する位置と除草活性との関係、あるいはピラゾール環に置換するその他の置換基と除草活性の関係についての知見は何ら明らかにされていないから、化合物〈1〉ないし〈3〉の除草活性を他の化合物についてされた当初明細書の表Aの除草活性テスト結果から推認することはできないというにあり、この認定判断に誤りがないことは、前述したところから明らかである。

なお、審決が理由(二)及び(三)で示した判断は、基本的には、除草活性テストがされた化合物一ないし八〇のうち、所定の使用割合ですべての植物について「0」と記載されているものは除草活性がないことを前提としているものと認められるが、その前提に誤りがないことは、前述のとおりである。

また、仮に、当初明細書に、前記二認定の本願発明の化合物の使用割合は、共存する作物種、駆除すべき雑草種、天候及び気候、存在する葉の量等を含む多くの因子により決定されること、表Aの試験に関連して、化合物のあるものは試験をした割合で高い活性度を示さないが、それより高い割合では除草剤効果を示すであろう、との記載等から、当業者が除草活性〇とされた前記化合物の有用性を認識し得たと認めることができるとすれば、審決の理由(二)及び(三)はその前提に誤りが存し、その判断に至る根拠には正確でない部分を含むことになるが、当裁判所が化合物〈1〉ないし〈3〉について三において認定判断したことはそれによって何らの影響も受けないから、審決の理由(二)及び(三)の趣旨が前述のとおりである以上、審決の判断の結論に誤りはない。

以上のことからすると、化合物〈1〉ないし〈3〉の有用性は当初明細書において開示されていなかったというべきであるから、当初より化学物質発明として成立していたものとは認められない。

なお、原告は、陳述した準備書面において詳細かつ多岐にわたる主張をしているが、審決の取消事由は、本判決事実第二、四に摘示したところに尽きるものであり、これらの主張について本訴において提出された証拠に基づいて逐一検討しても、前記認定判断を左右するものはない。

したがって、本件手続補正により、化合物〈1〉ないし〈3〉の製造方法及び物性を明らかにした実施例一二、一三及び一七を追加することは、当初明細書に記載された技術的事項の範囲内とはいえないものであり、明細書の要旨を変更するものというべきであり、審決には原告主張の違法はない。

第三よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用及び補助参加によって生じた費用の負担並びに上告のための附加期間を定めることにつき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条、一五八条二項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔 成田喜達 佐藤修市)

別紙一、別紙二、別紙三〈省略〉

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