大判例

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東京高等裁判所 平成3年(ネ)3452号 判決

控訴人(被告)

井上節見

被控訴人(原告)

原絵里子

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金七八一万三〇三〇円及びこれに対する昭和六〇年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

四  この判決の第一の1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  本件控訴について

1  控訴人

(一) 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人

(一) 原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金九二八万九〇三〇円及びこれに対する昭和六〇年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

2  控訴人

(一) 附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件事案の概要は、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおり(ただし、原判決二枚目表一〇行目の「本件路上」を「本件道路」に改める。)であるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  損害額

証拠(甲二の1ないし4、六の1ないし12、九の1ないし17、一二の1ないし4、一三、乙七ないし九、被控訴人法定代理人原敏明)によると、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、本件事故により、鼻出血、顔面口唇・両膝打撲、右膝挫創、右足関節・右足部広範剥皮欠損創、右拇指伸筋腱部分断裂、右栂趾MP関節包断裂の傷害を受け、次のとおり入通院した。

昭和六〇年二月一八日から同月二六日まで世田谷中央病院入院

昭和六〇年二月二七日から昭和六一年四月一日まで同病院通院(実日数二九日)

昭和六〇年四月一日から昭和六一年四月一八日まで国立東京第二病院通院(実日数一五日)

昭和六〇年八月一四日から同月一五日まで及び同年一〇月一六日から同年一一月六日まで同病院入院

昭和六一年六月一六日から昭和六二年九月八日まで順天堂大学医学部附属順天堂医院通院(実日数一一日)

昭和六一年九月二七日から同年一〇月一七日まで同病院入院

このうち、順天堂大学医学部附属順天堂医院における入院は、右足関節瘢痕性拘縮を治療するためにした、右臀部から五センチメートル×一五センチメートル大の皮膚を移植する手術の施行(拘縮形成植皮術施行)のためであり、昭和六一年一〇月一日、これを実施した。

(二)  本件事故による右傷害及びその治療のための手術の結果、

被控訴人は、次の後遺傷害を有することとなつた。

症状固定日 昭和六二年九月八日

後遺傷害の内容 右足関節を中心とした瘢痕部のつっぱり感と掻痒感及び同部外貌における五センチメートル×一五センチメートル大の醜状並びに右臀部採皮部の肥厚性瘢痕による五センチメートル×一五センチメートル大の醜状及び同部の掻痒感

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

次に、被控訴人が右の傷害の結果被つた具体的損害を検討する。

1 積極損害 一六万三〇三〇円

証拠(甲九の1ないし17、一〇の1ないし19、一一の1ないし5)によれば、被控訴人は入通院費のほかに本件事故と相当因果関係のある次の支出をしたことが認められる。

国立東京第二病院の治療費 一二万八一一〇円

薬代 一万六六三〇円

通院交通費 一万八二九〇円

被控訴人は、右治療費等のほか、植皮手術によつて生じた右臀部の肥厚性瘢痕を改善するための手術等の費用として一四五万六〇〇〇円を予め請求する。そして、証拠(甲一三)によれば、被控訴人が右手術を受けるとすれば手術費用、麻酔費用及び入院費用を合わせて一四五万六〇〇〇円を要することが見込まれることが認められるが、他方、同証拠及び弁論の全趣旨によれば、右手術の施行の結果、状態の改善が認められる例もあればケロイド箇所が拡がつて増悪する場合もあり、実施してみなければ改善効果は不明であるところから、未だ被控訴人法定代理人らにおいても被控訴人に右手術を受けさせるかどうか決定できる状況に至つていないことが認められ、現時点においてこれを現在の損害として請求することは理由がない。

2 逸失利益 〇円

被控訴人は、前示の後遺傷害は自動車損害賠償保障法施行令別表等級表の七級一二号に該当し、その労働能力の五六パーセントを喪失したとして、一五〇五万円余りの逸失利益を請求する。そして、右後遺傷害のうち右足関節を中心とした部分に関するものは、右等級表の一四級五号に、右臀部のそれは、証拠(甲一二の3、4)により認められる肥厚性瘢痕の醜状の顕著さに照らし、同等級表備考六により一二級一四号ないしは一四級五号に該当すると評価し得るものである。

しかし、前認定の被控訴人の後遺傷害は右足関節を中心とした部分と右臀部との瘢痕が主なものであり、顔面などと異なり人目につきにくい部分であること、その大きさは何れも五センチメートル×一五センチメートル程度であること、その他の後遺傷害の内容は、右各部位におけるつつぱり感又は掻痒感であり、これらの後遺傷害は、身体的な機能障害として物理的に労働能力の喪失をもたらすものではなく、被害者の職歴・職種等具体的事情を考慮して逸失利益を考慮すべき性質のものであること、被控訴人は、昭和五四年八月一八日生まれの女子であつて、就労可能年齢である一八歳に達するのは平成九年のことに鑑みると、現在において、被控訴人の右各後遺傷害が労働能力に影響を及ぼし、将来逸失利益が生じるものと断定するのは極めて困難である。

もつとも、被控訴人が将来右年齢に達したときに右各後遺傷害が現在と同一の状態で残存し、選択すべき職種が限られるとか、婚姻をはじめとする諸々の社会生活上の何らかの不利益が生ずる可能性をまつたく否定できず(現に、被控訴人法定代理人原敏明の供述によれば、被控訴人は、プール設備のない私立学校に通学していることが認められる。)、その不安は、現在の心理的苦痛として評価し、右各後遺傷害の慰謝料算定にあたり充分斟酌すべく、これをもつて足りるものと解するのが相当である。

3 慰謝料 七六〇万円

前認定の被控訴人の入通院の期間、右足関節を中心とした部分の治療のため右臀部からの植皮手術を施行せざるを得なかつたことを総合すると、被控訴人の傷害による慰謝料は、一六〇万円が相当である。

また、被控訴人の前示後遺傷害の部位、内容・程度、被控訴人は女性であること、前示のとおり被控訴人に逸失利益が認められないこと、将来手術によつて右後遺傷害の範囲の縮小の可能性があるものの、これによりケロイド箇所が拡がつて増悪することも考えられ、その選択に逡巡を余儀なくされていること、その他本件審理に顕れた一切の事情を総合して考慮すると、前記各後遺傷害に基づく被控訴人の精神的苦痛に対する慰謝料は六〇〇万円とするのが相当である。

二  過失相殺

1  証拠(乙三ないし五、六の1ないし6、証人砂金秀雄、被控訴人法定代理人原敏明)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件道路は、渋谷方面と砧方面とを結ぶ世田谷通りと、砧方面から経堂方面に向かう一方通行道路を結ぶ、通称ボロ市通りの西側の延長線上にある長さ約二〇メートルの舗装された道路である。制限速度は時速三〇キロメートルと指定され、歩車道の区別はないが、道路際から約一メートル幅の路側帯が設けられており(白ペンキにより区分されている。)、歩行者は右路側帯を通行することにより車両との接触事故を避けることができる道路である。もつとも、本件事故現場付近には路上に電信柱が立つて、路側帯の半分位を塞いでおり、歩行者は路側帯を多少はみ出て通行しなければ、その通行が困難である。

また、本件道路と右の一方通行道路とのT字形交差点には、各道路上に(一方通行道路上は、その交差点南側に)横断歩道がそれぞれ設けられている(別紙図面参照)。

(二) 被控訴人は、本件事故当時満五歳であり、事故当日、近所の友人と連れ立つて、被控訴人の父の経営する会社(別紙図面の「藤バス」の真裏に所在)に行くため、事故現場付近にさしかかつた。

他方、矢部は加害車を運転してボロ市通りを西進し、世田谷通りを横断したが、前示T字形交差点の本件道路上にある横断歩道上の歩行者等の有無に気を取られ、左方路側帯を通行中の歩行者に対する注視が不十分のまま時速約二五キロメートルの速度で進行した過失により、被控訴人が路側帯をはみ出して通行していることを発見するのに遅れ、このため、急ブレーキをかけたが間に合わず、加害車の左前方車輪で被控訴人右足を轢いてしまつた。その後、矢部は気が動転し、加害車を後進させたこともあつて、被控訴人の右足甲の部分がかなりえぐられた状態となつた。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  証拠(乙四、証人砂金秀雄)によれば、矢部は、本件事故当時、砂金秀雄に対し、被控訴人が左方路側帯から急に飛びだしてきたと供述していることが認められるが、前認定のとおり、被控訴人は、被控訴人の父の経営する会社に行くために事故現場付近にさしかかつたところ、被控訴人の父の経営する会社に行くためには、前示の一方通行道路を横断しなければならないが、このためには、本件道路を横断せず、左方路側帯を直進し、一方通行道路上の横断歩道を渡るのが合理的であること、路側帯上にある電信柱のため、歩行者は路側帯を多少はみ出て通行しなければその通行が困難であるところ、被控訴人は近所の友人と連れ立つて歩行したことから、右電信柱を避けるため、路側帯を相当はみ出して歩行したことも充分に考えることができることに照らし、右矢部の供述のみによつては、被控訴人が本件道路を横断するために左方路側帯から道路中央部分に飛び出そうとしたことを認定するのは困難であり、他に被控訴人に何らかの過失があり、これが本件事故に寄与していることを認めるに足りる証拠はない。

仮に、矢部の供述どおり被控訴人が本件道路を横断するために道路中央部分に飛び出したとしても、矢部は、前認定のとおり、前方不注視であるうえ、被控訴人右足を轢いた後に加害車を後進させたこともあつて、被控訴人に傷害を与えたのであつて、重大な過失があるといわざるをえず、被控訴人の事故当時の年齢も斟酌すると、過失相殺を認めるのは相当でない。

そうすると、控訴人の過失相殺の主張は理由がなく、控訴人が被控訴人に対して賠償すべき損害額は、七七六万三〇三〇円となる。

三  損害の填補

右損害額から既払額七五万円を控除すると、残存する損害額は七〇一万三〇三〇円となる。

四  弁護士費用 八〇万円

弁論の全趣旨によれば、被控訴人法定代理人らは、本件訴訟の提起及び遂行(当審の分も含む。)を被控訴人訴訟代理人らに委任し、相当額の報酬を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、認容額、審理の経過等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、八〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、七八一万三〇三〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和六〇年二月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

よつて、本件控訴に基づき、右と異なる原判決を右のとおり変更し、附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩佐善己 小川克介 南敏文)

別紙 〈省略〉

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