大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 平成4年(う)911号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人甲の控訴の趣意は、弁護人山城昌巳、同小山勲連名の控訴趣意書及び同補充書に、被告人乙の控訴の趣意は、弁護人石松竹雄、同下奥和孝連名の控訴趣意書及び同石松竹雄、同下奥和孝、同中島成連名の控訴趣意補充書に、これらに対する答弁は、検察官百瀬武雄作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  法令適用の誤りないし事実誤認に基づく法令適用の誤りの主張(被告人下原の控訴趣意第一点)について

所論は、要するに、本件各答案作成行為は、有印私文書偽造罪に該当せず、したがって、その提出行為も同行使に該当しないのに、これらに該当するとして被告人乙に対しその責任を問うた原判決には法令適用の誤りないし事実誤認に基づく法令適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判示各事実を認めることができ、原判示各答案作成行為が有印私文書偽造罪に、同各答案提出行為が同行使罪にそれぞれ該当するとした原判決に所論のような法令適用の誤りないし事実誤認に基づく法令適用の誤りがあるとはいえない。以下、所論に則して説明を付加する。

一  所論は、原判決は「本件の答案は、それに合格すれば入学許可が与えられることとなっているものであって、受験した志願者がいかなる解答をしたかという事実を証明し、ひいては受験した志願者の学力の程度を客観的に示している文書であるから、刑法一五九条一項にいう事実証明に関する文書に当たる。」旨判示しているが、受験した志願者がいかなる解答をしたかという事実は、当該答案の作成者が誰であるかという事実と全く同義であって、誰の答案であるかという事実を証明する文書であるということを意味するにすぎない、また、本件各答案は受験した志願者の学力の程度を客観的に証明する文書であるというのは牽強付会の見解である、すなわち、本件各答案は、受験した志願者の合否判定の一つの基準となるべきその総得点を算出するために、各試験科目ごとに採点者が何点の点数を与えるべきかということを判定する材料となるものにすぎず、それ自体受験した志願者の学力の程度を客観的に示している文書ではない、各問題に何点ずつの点数を配分するかは採点基準決定者の裁量であって、客観的な基準があるわけではない、本件各学部の入学選抜試験は、記号式の解答を求めるものが大半であるが、理由を述べさせたり、外国語の和訳をさせるなど記述式の解答を要求する問題もかなりあり、これら記述式の解答についての採点基準をどう定めるかについても裁量の余地が少なくない、さらに、記号式の解答を求めるものでも、出題者の正解とは別の記載であっても正解とするというような場合もあり、必ずしも常に採点基準作成者の裁量の余地のない確固不動の客観的な基準が存在しているわけではない、したがって、原判決の掲げる理由によって本件各答案が事実証明に関する文書であるということはできず、被告人乙の本件各行為について、有印私文書偽造、同行使罪が成立する余地はない、と主張する。

しかし、記録によると、本件の明治大学各学部の入学選抜試験の答案は、試験問題の各設問に対し、受験した志願者が正解と判断する意識・判断の内容を所定の解答用紙に記載した文書であるところ、これが担当者によって採点、集計され、その結果は、受験した志願者の学力を示す資料として、入学選抜試験の合否を判定する教授会に提出され、これらの資料を基に、教授会において受験した志願者に対する合否の判定が行われ、合格の判定を受けた者が入学を許可されることになっていることが認められる。そうだとすれば、本件各答案は、実社会生活にとって重要な意味を持つ事実の証明に関する文書であることは明らかであるというべきであり、これと同旨の原判決の認定、判断は是認することができる。所論は、前示のとおり、原判決は、その作成者が誰であるかを示すにすぎない本件各答案を事実証明に関する文書であるとするものであると論難するが、原判決はそのような認定、判断をしているものとは認められない。また、所論は、本件各答案は受験した志願者の合否判定の材料となるにすぎないものであり、答案の採点には採点者の裁量が働き客観的な採点基準がある訳ではないなどと、るる主張することは前示のとおりであるが、これらの点も、本件各答案が刑法一五九条一項にいう事実証明に関する文書であるとする前記認定、判断を左右するものとは認められない。所論はいずれも採用することができない。

二  また、所論は、本件各志願者は、替え玉として他の者が本件入学選抜試験を受験することを認識し、それを承諾していたものであり、また、被告人乙も各志願者がこのように認識し、承諾しているものと思っていたものであるから、被告人乙には、有印私文書偽造、同行使罪は成立しない、と主張する。

しかし、記録によると、原判決が認定、判断するとおり、本件各志願者は、本件当時、自分に替わって他の者が本件入学選抜試験を受験することを認識していたとは認められず、仮に、本件志願者のうち、替え玉受験が行われることについて何らかの認識があり、これを承諾するものがあったとしても、本件各答案は、志願者本人の学力の程度を判断するためのものであって、作成名義人以外の者の作成が許容されるものでないことは明らかであるから、名義人の承諾あるいは被告人乙のこの点についての認識が本件有印私文書偽造、同行使罪の成立を妨げるものでないことも明らかである。所論は採用することができない。

したがって、論旨は理由がない。

第二  量刑不当の主張(被告人甲の控訴趣意及び被告人乙の控訴趣意第二点)について

所論は、要するに、被告人甲を懲役一年六月の、被告人乙を懲役二年のそれぞれ実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、いずれもその刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、当時明治大学の職員であった被告人らが、平成三年度の同大学の入学選抜試験に際し、替え玉受験を企て、原審相被告人Aらと共謀の上、現役の大学生らに、同大学への入学を希望する志願者に替わって受験させ、被告人甲にあっては合計二一回(受験者延べ七名)、被告人乙にあっては合計六〇回(受験者延べ二〇名)にわたり、志願者作成名義の同大学入学選抜試験答案を偽造した上、これらを試験監督者に提出して行使した、という有印私文書偽造、同行使の事案である。被告人らの本件犯行は、右替え玉受験の発覚を免れるため、出願時には替え玉受験生の顔写真を受験者写真照合票(E票)に貼って、替え玉受験生に受験させ、合格するとこれを志願者の顔写真を貼ったE票と差し替えることにより学籍原簿の顔写真と一致させるという、E票と試験当日の受験者本人及び合格後学籍原簿に貼付される顔写真とを照合することにより入学選抜試験の不正防止を期していた同大学の入学試験手続の裏をかく、不正の発見が極めて困難な、また、大学の内部にいる者が関与してはじめて可能な、周到に用意された組織的、計画的犯行であること、被告人らは本件犯行を行うことにより、志願者の父兄らから直接あるいは原審相被告人Aらを介して、被告人甲にあっては約二三〇〇万円の、被告人乙にあっては約一四〇〇万円の、それぞれ多額の報酬を手にしていること、また、志願者の父兄らの要請に応えるという面があったとはいえ、被告人らは、E票の写真貼り替え更には本件同様E票の差し替えによる替え玉受験の方法で、以前からかなりの期間にわたって同大学の入学選抜試験に関し不正行為を敢行してきており、その際にも志願者の父兄らから報酬を手にしていたものであること、被告人甲は、このような自らの替え玉受験の関与が同大学相撲部OB会の関係者に知れるところとなり、このため平成二年三月には、その責任を取って、長年その地位にあった相撲部監督を辞任していること、それにもかかわらず、その翌年である平成三年度の本件の替え玉受験を敢えて行ったものであり、同年一月上旬には、被告人乙及びBとの本件の替え玉受験の事前の相談に自らも参加し、その際、より多くの替え玉受験の道を開くため、前年度までの二部法学部以外に、新たに一部政治経済学部及び二部商学部でも替え玉受験を行うことを被告人乙らと話し合い、そのとおりこれを実行に移していること、被告人両名とも、長年大学職員として同大学に身を置く者として、同大学の発展、社会的信用の確保に寄与すべき立場にありながら、敢えて本件各犯行を行い、伝統ある同大学の信用を大きく失墜させたものであり、その社会的影響も無視することができないこと、被告人らの直接あるいは間接の誘いに乗り、替え玉受験生となった現役の学生らは、いずれも所属の大学から退学あるいは無期停学の処分を受け、又は自主退学を余儀なくされており、そのほとんどは現在もなお復学等は実現しておらず、比較的高い報酬に釣られて自ら招いたものとはいえ、いまだ社会的経験の乏しい前途有為のこれらの青年を、おそらくその生涯にわたって容易に消し難いであろうと思われる汚点を残す犯罪に巻き込み、その将来に取り返しのつかない重大な影響を与えたという点で、被告人らには強く責められるべきところがあり、特に被告人乙は、自ら直接あるいは間接に、替え玉学生を調達する任に当たった者であり、この点での責任は重いというべきであることなどに徴すると、被告人らの本件の犯情は芳しくなく、その刑事責任を軽視することはできない。

このような事情からすれば、被告人らはいずれも本件により長年勤務した同大学職員を懲戒解雇され、また、被告人らの本件犯行への関与が大きくマスコミに報道されるなど、被告人両名とも既に厳しい社会的制裁を受けていること、被告人らは本件について深く反省し、本件犯行により手にした金員についてはその全額を関係者に返還していること、多額の金員を使ってもその子弟を同大学に入学させたいという志願者の父兄らにも被告人らの本件犯行を誘発した点があり、被告人らから志願者側に本件の不正入学を働きかけたものはないこと、被告人甲にあっては、長年同大学相撲部監督としてアマチュア相撲界に多くの貢献をしてきており、これを讃えて、原判決後もなお、多くの関係者らから同被告人の減刑を求める嘆願書が当裁判所に寄せられていること、また、被告人乙にあっても、前記のとおり現時点ではいまだそのほとんどは実現をみていないが、本件に関係して退学等となった者のために復学等が早期にかなうよう努力していること、被告人乙は、同被告人の名を冠した乙会なる親睦の会が作られていることからも明らかなとおり、その面倒見のよさなどから多くの後輩らに慕われており、日頃から同大学の多くの学生らの相談に乗るなど、後輩の指導育成に努めていたこと、また、被告人乙は、本件の発覚前から、自らの体験を踏まえて、郷里から同大学を目指す苦学生のために育英資金の制度を作るべく尽力し、その後これを発足させて、今後は、本件の贖罪の意味を込めて、この制度の充実に努力したい旨述べていること、被告人乙についても、これらのこれまでの功績を讃え、原判決後も同被告人の減刑を求めて嘆願書が当裁判所に寄せられていること、もちろん被告人らにはこれまでに前科前歴等はないこと、その他被告人らの家族の状況等、所論のうち被告人らのために斟酌することができる諸事情を十分考慮してみても、本件が被告人らについてその刑の執行を猶予すべき事案であるとは認められず、被告人甲を懲役一年六月の、また、被告人乙を懲役二年のそれぞれ実刑に処した原判決の量刑は、その刑期の点を含めてやむを得ないところであって、これが重すぎて不当であるとは考えられない。

なお、所論は、原判決の被告人らに対する量刑は、本件犯行によって得た報酬の額、本件犯行への実質的な関与の度合い、犯行後の行動状況等からしても、その刑の執行を猶予された原審相被告人A及び自らも替え玉受験に関与するとともにE票の差し替えを担当したBの刑との均衡を失するものであり、不当である、と主張するが、前記各事情、殊に、被告人らはいずれも、大学職員として長年同大学に席を置く者であって、同大学の発展、社会的信用の確保に寄与すべき立場にありながら、逆に同大学の信用を大きく失墜させる本件各犯行を敢えて行ったものであり、Aに比してより背信性が強いこと、また、Aは被告人らが同大学の入学選抜試験について不正入学の方法を行っていることを聞きつけて加わるようになり、Bも被告人らに誘われて加担するようになったものであること、前記のとおり、平成三年一月上旬被告人らとBが本件の替え玉受験についての事前の相談をしたが、Bの意見を無視して、被告人らが新たに一部政治経済学部及び二部商学部でも替え玉受験を行うことを決めたその際の状況からも窺われるとおり、本件犯行の関与の度合いに被告人らとBとの間にはおのずから違いがあることが明らかであること、被告人甲にあっては、前年、不正入学に関与したことの責任を取って相撲部監督を辞任しておりながら、敢えて本件犯行に及んだものであり、また、被告人乙にあっては、自ら直接あるいは間接多くの替え玉受験生を誘って加担させ、これらの替え玉受験生に対する指示あるいは他の共犯者との連絡、調整等、本件各犯行の中心的立場にあったと認められるところであり、被告人両名ともいずれも特に強く責められるべきところがあること等からすれば、Aが本件によって得た報酬の額が共犯者の中でも最も多額であること、Bも同大学職員であり、自ら直接一部の替え玉受験生を調達し、E票の差し替えを担当したこと等、所論の指摘するような事情が認められるとしても、被告人らに対する原判決の量刑がAあるいはBに対する量刑と刑の均衡を失するものとは認められない。所論は採用することができない。

したがって、各論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田良雄 裁判官上田幹夫 裁判官阿部文洋)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

本サイトは報道(不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること)を事業としており,掲載された全ての情報は報道等に活用することを目的としています。

©daihanrei.com