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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)115号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  平成五年七月一八日に行われた衆議院議員総選挙(以下本件選挙という。)における東京都第四区の選挙を無効とする。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、平成五年七月一八日に行われた第四〇回衆議院議員総選挙(本件選挙)の議員定数配分規定が憲法に違反するものであるとして、東京都第四区の選挙人である原告がその選挙区における選挙の無効の確認を求める訴訟である。

二  本件選挙は、公職選挙法の一部を改正する法律(平成四年法律第九七号。以下平成四年改正法という。)により改正された公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇号。以下公選法という。)の衆議院議員定数配分規定(同法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし一一項。以下本件議員定数配分規定という。)に基づいて施行されたものである。

三  争点

本件議員定数配分規定は、投票価値の平等を要求している憲法一四条一項等に違反するか。

この点に関する原告及び被告の主張の詳細は、別紙一及び二のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  選挙権の平等と国会の裁量権

議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟に関する当裁判所の基本的な考え方は、すでに示されている最高裁判所の判例の趣旨と異ならない。その要旨は、次のとおりである。

1  法の下の平等を保障した憲法一四条一項の規定は、国会の両議院の議員を選挙する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものである。

2  憲法は、国会の両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねている(憲法四三、四四条)。したがつて、投票価値の平等は、憲法上、選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さねばならない。

3  衆議院議員の選挙制度として採用されている中選挙区単記投票制の下で選挙区割及び議員定数の配分を決定するについては、選挙人数または人口と配分議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるべきであるが、それ以外にも、種々の政策的技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについては客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによつて決定するほかない。

そして、このような見地に立つて考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存在し、あるいはその後の人口異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ないものというべきである。

もつとも、制定または改正の当時合憲であつた議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数または人口の較差が、その後の人口の異動によつて拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つた場合には、そのことによつて直ちに当該議員定数配分規定が憲法に違反するとすべきものではなく、憲法上要求される合理的期間内の是正が行われないときに初めて右規定が憲法に違反するものというべきである。

二  本件議員定数配分規定の合憲性

1  本件議員定数配分規定の改正経過として、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 昭和六一年法律第六七号の公選法の改正(議員定数の配分につきいわゆる八増七減の措置をとつたもの)により、昭和六〇年の国勢調査人口による選挙区間の定数較差が最大一(長野県第三区)対二・九九(神奈川県第四区)にとどめられたが、その後の人口異動により較差が拡大し、平成二年の国勢調査人口によると、最大一(東京都第八区)対三・三八(千葉県第四区)の較差が生じた。

(二) 右昭和六一年の法改正の際に、衆議院は、「選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表をまつて、速やかに抜本改正の検討を行うものとする。抜本改正に際しては、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとする。」との決議(以下定数是正に関する決議という。)を行つた。

その後、議員定数の改正を含む選挙制度の改革について政府及び各党の検討が進められ、平成三年八月、政府は、第八次選挙制度審議会の答申に基づき、衆議院議員の選挙制度をこれまでの中選挙区制からいわゆる小選挙区比例代表並立制に改めることなどを内容とする公選法の改正案を政治改革関連三法案のひとつとして第一二一国会に提出した。この改正案では、新制度により定める選挙区間の議員の定数較差をおおむね二倍以下とするものとされていた。この国会には、日本社会党からも中選挙区制の下で定数較差を一・五六倍とする公選法改正案等が提出された。しかし、選挙制度の抜本改正等をめぐる各党間の対立は深刻であり、これらの法案は、平成三年一〇月四日、第一二一国会の閉会をもつていずれも審議未了・廃案となつた。そこで、同日、各党の合意により、選挙制度等を含む政治改革の課題となるべき事項を検討し、その実現方策を見いだすことを目的として「政治改革協議会」が設置された。それ以来、この政治改革協議会及び同実務者協議会において広く政治改革全般にわたり協議が続けられ、相当数の項目については取りまとめが行われたが、選挙制度の抜本改正については協議がまとまらず、この間に、前記のように拡大した定数較差の現状を暫定的に是正するための措置として自由民主党から提示されたいわゆる九増一〇減案も合意事項とはならなかつた。しかし、右九増一〇減案の審議入りをすることは了承され、自由民主党の提案として国会に提出されることになつた。そして、平成四年一一月二七日、第一二五臨時国会において右九増一〇減等を内容とする公選法改正案が自由民主党から衆議院に提出され、平成四年改正法として成立し、同年一二月一六日公布された。右改正法を可決する際、衆議院の公選法改正に関する調査特別委員会において、「今回の公選法の改正は、違憲状態ともいうべき衆議院議員の定数に関する現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、引き続き抜本的な政治改革に取り組み、その速やかな実現に努める。」旨の決議が行われた。

(三) 平成四年改正法の改正の趣旨は、前記のとおり最大一対三・三八にまで拡大した較差の現状と過去の最高裁判所の判例等に照らすと、この較差をそのまま放置しておくことは許されないとの認識の下に、当面の暫定措置として、議員一人当たりの人口の較差が特に著しい選挙区について、定数の増員、減員及び選挙区の区域の変更により是正を行おうとするものであり、その内容は、当分の間、議員定数について、議員一人当たり人口の多い選挙区から順に九選挙区(埼玉県第一区、第二区及び第五区、千葉県第四区、神奈川県第三区及び第四区、大阪府第五区、広島県第一区並びに福岡県第一区)において議員定数をそれぞれ一人増員し、議員一人当たり人口の少ない選挙区から順に一〇選挙区(岩手県第二区、宮城県第二区、東京都第八区、長野県第三区、三重県第二区、和歌山県第二区、熊本県第二区、大分県第二区、宮崎県第二区及び鹿児島県奄美群島区)において議員定数をそれぞれ一人減員し(いわゆる九増一〇減)、従来奄美群島区に属していた鹿児島県名瀬市及び大島郡は当分の間鹿児島県第一区に属することとし、これにより、衆議院議員の総定数は、当分の間一人減員して五一一人とするというものであつた。

この改正の結果、平成二年の国勢調査の人口(確定値)に基づく選挙区別議員一人当たりの人口の較差は最大一(愛媛県第三区)対二・七七(東京都第一一区)となつた。なお、平成二年国勢調査の人口(確定値)による衆議院の各選挙区別の人口、定数、議員一人当たりの人口の状況は、別表記載のとおりであつた。

(四) その後人口の異動により、平成五年七月の本件選挙当時においては、選挙区別議員一人当たりの選挙人数の較差は、最大一(愛媛県第三区)対二・八二(東京都第七区)であつた。

2  ところで、最高裁判所の昭和五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一二四三頁)及び昭和六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁)は、昭和五〇年改正法によつて、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差が従前の一対四・八三から一対二・九二に減少したこと等を理由として、昭和五一年大法廷判決が違憲と判断した右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右法改正により一応解消されたものと評価し得る旨判示している。同判決は、右改正の目的が専ら較差の是正を図ることにあつたことからすると、改正後の較差に示される投票価値の不平等は国会の合理的裁量の限界を超えるものと推定すべき程度に達しているとはいえないこと、国会が直近の国勢調査の結果に基づいて右改正を行つたものであることなどを挙げて、従前の違憲状態が一応解消されたと評価したものである。また、最高裁判所の平成五年一月二〇日大法廷判決(民集四七巻一号六七頁)も、昭和六一年改正法によつて、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差が従前の一対五・一二から一対二・九九に減少したこと等を理由として、昭和六〇年大法廷判決が違憲と判断した右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右法改正により解消されたものと評価することができる旨判示している。

これらの大法廷判決に示された趣旨に従うと、平成四年の法改正は、専ら違憲状態ともいうべき較差の現状を是正することを目的とした当面の暫定措置として、直近に実施された国勢調査の結果に基づいて行われたものであり、右改正法の下で生じている投票価値の不平等の程度も、大法廷判決により違憲状態が一応解消されたと認められた較差値を下まわることになるので、本件議員定数配分規定は、立法の当時もまた本件選挙の当時も憲法に反するものとはいえないと判断される。

原告は、議員の定数配分に当たつては、非人口的要素を考慮すべきでなく、全国の国勢調査人口を議員総数で除して得た議員一人当たりの人数を基準にすべきことを主張する。定数配分の本来のあり方に関する当裁判所の考えは後記3のとおりであるが、平成四年改正法は、前記のとおり、専ら当面の較差を是正するために、議員一人当たり人口が多い方の上位九選挙区につき定数増、少ない方の上位一〇選挙区につき定数減をしたものであつて、その限りでは極めて単純かつ機械的な方法によつた暫定措置である。国会がそれ以外の非人口的要素を考慮して配分を行つたというものではない。そして、昭和六一年改正の際に行われた前記の定数是正に関する決議は、衆議院が立法府としての立場で自らの適切妥当な立法権の行使についての決意を表明したものであり、重い政治的意味を有するというべきであるが、前記1(二)で認定した平成四年改正までの経過と、議員定数の配分が複雑多様な考慮要素と影響をもつという事柄の性質に照らして考えると、昭和六一年の改正から平成四年改正に至るまでの間の国会の対応が、先の定数是正に関する決議を無視して抜本改正の検討を怠りこれを放置してきたとまで断じるのは、当を得ないというべきである。右の事情の下では、国会が今後さらに抜本改正のための検討を続けることを前提として、当面違憲状態とされるまでに拡大した較差の現状を是正するための暫定措置を講じることとしたことをもつて、立法裁量権の行使として是認する余地のない不合理なものであるということはできない。

3  議員定数の配分において投票価値の平等が確保されていることは、代議制民主主義の下における国家意思形成の正当性を基礎づける中心的な要素をなすものであり、国家統治の基本にかかわるのに対して、議員定数の配分において考慮される他の要素は、その性質上このような国家意思の正当性とは直接かかわりのないその時々の社会経済情勢や政治情勢によるのである。したがつて、憲法上国家意思形成の中心機関とされる衆議院について、これを構成する議員の選挙の定数を配分するに当たつては、投票価値の平等は、他の考慮要素とは異なる本質的な重要性を有するのであつて、議員定数について、他の要素に重点をおいた配分を行い、投票価値の平等につき他の要素と同列または第二次的な考慮をしたにとどまるときは、その配分は、憲法一四条の定める法の下の平等の原則に反するばかりでなく、憲法前文及び四三条一項等の定める国家統治の基本にもとるものとして、違憲の評価を免れないものである。

このような観点からすると、衆議院議員の定数を、人口以外の他の要素をも考慮して配分するとしても、選挙権として一人に二人分以上のものが与えられることがないという基本的な平等原則をできる限り遵守すべきものであつて、このことは、議員定数の配分をめぐる世論の等しく指摘するところであるばかりでなく、これまでの公選法の議員定数の改正をいずれも緊急措置あるいは当分の間の暫定措置であるとして、その抜本的改正を必要としてきた国会自身の認識でもあつたといえる。

このような議員定数の配分の本来のあり方及びこの問題が取り上げられるようになつてからすでに相当の期間を経ようとしている現状を考慮すると、当裁判所としては、最高裁判所がこの問題について前記のような判断を従前示していたことからして、国会がこれを参考にして前記1(二)のような経過の下で暫定的に立法した本件議員定数配分規定を直ちに違憲とすることは相当とはいえないものの、今後速やかに実現すべき選挙制度の抜本改正における定数配分についても、これまでのような基準で違憲判断するのが相当であるとはいえず、基本的には前記のような世論及び国会自身の認識に即した基準によるべきものと考える。

三  結論

以上のとおりであつて、従前の経緯に鑑み本件議員定数配分規定を憲法に違反するというべきものでないから、本件議員定数配分規定の下において施行された本件選挙について、これを違憲、無効であるとすることはできない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第二民事部

(裁判長裁判官 佐藤 繁 裁判官 淺生重機 裁判官 杉山正士)

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