大判例

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東京高等裁判所 平成6年(ラ)1442号 決定

抗告人

安藤フミ子

右代理人弁護士

田邊昭彦

山口紀洋

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を浦和地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告状」記載のとおりである。

二  そこで、抗告理由について判断する。

一件記録によれば、抗告人は、平成四年三月二六日、本件強制競売申立ての対象となっている不動産について、債務者を船津博之とする仮差押決定(東京地方裁判所八王子支部平成四年(ヨ)第一四〇号)を得て、同日その登記がされたこと、抗告人は、船津を被告として、売買代金の支払を請求する訴えを提起し、平成五年三月一二日、訴訟上の和解をしたこと、その和解条項の一項は、「被告(船津博之)及び利害関係人船津良一は、原告(抗告人)に対し、各自連帯して、本件売買代金債務として金四〇〇万円の支払義務のあることを認め、これを、原告が当庁平成四年(ヨ)第一四〇号不動産仮差押命令申立事件を取り下げるのと引換えに、平成五年四月末日限り、原告代理人の預金口座(口座名等は省略)に振り込む方法で支払う。」というものであること、右和解条項中には、抗告人が右仮差押命令申立てを取り下げる旨の給付条項は存在しないこと、右売買代金の支払と仮差押命令申立ての取下げとを引換給付としたことについては、船津博之が仮差押えにかかる不動産を売却して、右売買代金の支払をするという前提があったこと、以上の事実が認められる。

仮差押えは被保全債権の実現を保全するものであるから、被保全債権の満足があった後にその取下げがされるのが通常である。前記認定のとおり、本件においては、仮差押えの対象となった不動産の売却によって、和解上の売買代金債務の弁済をするという事情があって、当事者の合意により売買代金の支払と仮差押命令申立ての取下げとを引換給付とすることにしたものであるから、当事者の意思としては、強制執行により売買代金債権の実現を図るような事態はおそらく生じないであろうとの想定の下に、任意にその支払をすることを前提に、右引換え給付条項に合意したものと推認することができる。すなわち、当事者の合理的意思は、売買代金債権の強制執行手続に至るときは、仮差押命令申立ての取下げは、本則に帰って被保全債権の満足が得られた後にこれをするという趣旨であったと解釈するのが相当である。そう解釈しないと、民事執行法三一条の解釈上、抗告人は強制執行の開始前に仮差押命令申立てを取り下げざるをえないのであるから(仮差押えの取下げについては相手方の協力は必要ないのであるから、単なる履行の提供では足りず、現実に取下げをすることを要すると解するほかはない。)、特に、仮差押えの対象となった不動産が仮差押えの登記後に第三者名義に所有権移転登記がされたときは、抗告人は右不動産に対して強制執行ができないという不合理な結果となる。そのような、抗告人にとって著しく不利益な内容の合意を、抗告人がするとは到底考えられない。

そうすると、前記和解調書の売買代金の給付条項は、本件強制競売においては、無条件の債務名義であると理解することができるので、反対給付の履行又はその提供の有無について審査することなく、開始決定をすることができる。

三  よって、抗告人の抗告理由4は理由があるので、その他の抗告理由について判断するまでもなく、原決定は不当であるから、これを取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 及川憲夫 裁判官 浅香紀久雄)

別紙執行抗告状〈省略〉

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