大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 平成7年(行ケ)59号 判決

アメリカ合衆国

10013-2412 ニューヨーク、ニューヨーク、アヴェニュー オブ ジ アメリカズ 32

原告

エイ・ティ・アンド・ティ・コーポレーション

同代表者

デビット アイ.カプラン

同訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

井上義雄

岡部譲

臼井伸一

藤野育男

朝日伸光

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

今野朗

吉水純子

及川泰嘉

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第18619号事件について平成6年9月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

ウエスターン エレクトリック カムパニー インコーポレーテッドは、1980年2月6日の米国特許出願に基づく優先権を主張して、昭和56年2月6日、名称を「微細デバイスの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願したが、平成元年8月23日拒絶査定を受けたので、同年11月20日審判を請求し、平成1年審判第18619号事件として審理された結果、平成6年9月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月9日原告に送達された。

なお、ウエスターン エレクトリック カムパニー インコーポレーテッド(1984年1月3日にエーティーアンドティーテクノロジーズ、インコーポレーテッドに名称変更)は、アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニーに合併され、アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニーは、1994年4月20日、その名称を原告の現名称であるエイ・ティ・アンド・ティ・コーポレーションに変更したものである。

2  本願発明の要旨

アノード電極とエッチングすべきデバイスを保持するカソード電極との間に生成されたプラズマを含み、該プラズマは該両電極間の気体雰囲気間に電界を印加することから生じたものである反応性スパッタエッチング室中でシリコン部材を非等方性エッチング処理する微細デバイスの製造方法において、該気体雰囲気が活性反応物質として塩素からなるよう塩素含有ガスを該室へ導入し、該シリコン部材上の塩素は該プラズマからの照射イオンにより励起されてシリコンと結合し該室から除去される揮発性生成物を形成し、エッチングすべき該シリコン部材部分はドープ多結晶シリコンからなり、パターン化されたマスク層がエッチングすべき表面上に配置され、そして該プラズマを生成する該電極の1つと該シリコン部材との電気的接触によってエッチング中該シリコン部材が該電極の1つの電位と実質的に等しい電位に保たれているように該シリコン部材を該電極の1つの表面に設置することを特徴とする微細デバイスの製造方法。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、IBM Technical Disclosure Bulletin Vol.21, No.7 (Dec.1978) p.2814-2815 "Reactive Ion Etching of Silicon"(以下「第1引用例」という。)には、Nエピタキシャル層とN+サブコレクタ層を貫通し、P-基板に達する深いトレンチを有する微細シリコンデバイスの製造にあたり、Nエピタキシャル層、N+サブコレクタ層およびP-基板を、塩素を含む反応性ガス雰囲気内で、パターン化されたマスク層を介して、横方向にエッチングすることなく(非等方的に)反応性イオンエッチングすること、および該エッチング中、該シリコンウエハの冷却が、冷却されたカソード電極に対してウエハの背面にグリースを裏打ちすることにより行われること、すなわち、エッチング中グリースを介してシリコンウエハがカソード電極上に設置されていることが記載されている。そして、反応性イオンエッチングとは、通常、アノード電極とカソード電極間に高周波電圧を印加して発生したプラズマによりエッチング室内の反応性気体を励起し、該気体と被処理体とを反応させて生じた揮発性生成物をエッチング室から除去して行うものであるから、第1引用例記載の発明(以下「引用発明1」という。)においても、シリコンウエハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれているものと認められる。

また、特開昭和52-127168号公報(以下「第2引用例」という。)には、ポリシリコンやシリコン基板等の被エッチング部材をハロゲン含有ガス雰囲気中で反応性イオンエッチングする半導体装置の微細加工方法が記載されている。

(3)  そこで、本願発明と引用発明1とを比較すると、両者は、「アノード電極とエッチングすべきデバイスを保持するカソード電極との間に生成されたプラズマを含み、該プラズマは該両電極間の気体雰囲気間に電界を印加することから生じたものである反応性スパッタエッチング室中でシリコン部材を非等方性エッチング処理する微細デバイスの製造方法において、該気体雰囲気が活性反応物質として塩素からなるよう塩素含有ガスを該室へ導入し、該シリコン部材上の塩素は該プラズマからの照射イオンにより励起されてシリコンと結合し該室から除去される揮発性生成物を形成し、エッチングすべき該シリコン部材部分はドープシリコンからなり、パターン化されたマスク層がエッチングすべき表面上に配置され、該プラズマを生成する該電極の1つと該シリコン部材との電気的接触によってエッチング中該シリコン部材が該電極の1つの電位と実質的に等しい電位に保たれているように該シリコン部材を該電極の1つの表面に設置することを特徴とする微細デバイスの製造方法。」である点で一致しているが、エッチングすべきシリコン部材部分が、前者ではドープ多結晶であるのに対して、後者ではNエピタキシャル層、N+サブコレクタ層、P-基板であるドープ単結晶である点で、両者は相違している。

(4)  相違点について検討する。

多結晶シリコンに対する反応性イオンエッチングは、第2引用例にも記載されているように、単結晶シリコンに対する場合と同様に実施され、同様の効果が期待されているものであり、この事実を考慮すると、第1引用例に記載されている反応性イオンエッチングがドープ多結晶シリコンに対しても非等方的に行われることは当業者が容易に予測できることである。そして、ドープ多結晶シリコンの非等方性エッチングが微細デバイスの製造に有効であることは当然のことであるから、微細デバイスの製造にあたり、ドープ多結晶シリコンのエッチングを第1引用例に記載されている反応性イオンエッチングにより行ってみること、すなわち相違点における本願発明の構成は、格別の創意工夫を要することとはいえない。

(5)  したがって、本願発明は第1、第2引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、「引用発明1においても、シリコンウエハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれているものと認められる。」との部分は争い、その余は認める。同(3)のうち、本願発明と引用発明1とは、「該プラズマを生成する該電極の1つと該シリコン部材との電気的接触によってエッチング中該シリコン部材が該電極の1つの電位と実質的に等しい電位に保たれているように該シリコン部材を該電極の1つの表面に設置すること」で一致しているとした部分は争い、その余は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、引用発明1の内容を誤認して、本願発明との一致点の認定を誤り、かつ、相違点についての判断を誤って、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

審決が、「引用発明1においても、シリコンウエハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれている」と認定し、本願発明と引用発明1とは、「該プラズマを生成する該電極の1つと該シリコン部材との電気的接触によってエッチング中該シリコン部材が該電極の1つの電位と実質的に等しい電位に保たれているように該シリコン部初を該電極の1つの表面に設置すること」で一致していると認定したことは、以下述べるとおり誤りである。

〈1〉(a) 第1引用例においては、塩素(Cl2)濃度が8%以下で、単結晶シリコンに対するエッチング速度が約700Å/min以下のときは、試料ウエハに格別な手法を採用しなくても単結晶シリコンが非等方的に垂直方向のみのエッチングが行われ、深い溝が形成されるとしている(第2図参照)。この単結晶シリコンに関する記載は、本願明細書中の「単結晶シリコン及びアンドープ多結晶シリコンは上に示した装置内で、1分当り600オングストロームの速度において、それぞれ非等方的にエッチングされた。」(甲第3号証18頁6行ないし9行)、「しかし、アンドープ多結晶及び単結晶シリコンの場合、試料の裏面が駆動カソードと電気的に接触していてもいなくても、非等方性エッチングが達成される。」(同18頁20行ないし19頁4行)との記載内容に符合するものである。したがって、引用発明1で単結晶シリコンが非等方性エッチングされているといっても、そのことをもって試料ウエハ裏面がカソード電極と良い電気的接触を保っていることを意味するものではない。

そして、第1引用例は、20%以上のCl2濃度を採用して高いエッチング速度でエッチングを行うとき、ドープ単結晶であるN+サブコレクタ層が横方向に侵食されるという問題点に関し、その場合はウエハをグリースバックしてウエハへの冷却効果を高めることでこの問題を解決したことを述べるものである。ここで注意すべきことは、グリースバックをしたということはウエハの裏面にグリースを塗りウエハ裏面とカソード電極間にグリースが介在することになるのであるから、グリースバックをしないときに比べむしろ電気的接触は低下しているということである。

したがって、引用発明1では、試料ウエハをグリースバックしている場合も、グリースバックしていない場合も、試料ウエハがカソード電極表面と良好な電気的接触をしておりカソード電極と等しい電位に保たれているとは認めることができない。

(b) 被告は、カソード電極とウエハ裏面との間に介在されるグリースは誘電率が高いものであるから、引用発明1におけるカソード電極、グリース、ウエハにより形成される容量は十分大きいものであるとして、エッチング中被エッチング部分がカソード電極と実質的に等しい電位に保たれていることは明らかである旨主張している。

しかし、引用発明1のような高真空中で用いられるグリースの誘電率はたかだか2.3倍程度である(甲第7号証)。周知のように、容量は誘電率に比例するが、一方ギャップの距離に反比例する。グリースをカソード電極とウエハ裏面との間に介在させたときに、介在させない場合よりもギャップが2.3倍程度以上に大きくなってしまえば、結果的に容量はかえって小さくなってしまうであろう。この点に関し、研究者の一つの実験的考案によると、グリースを介在させないときは通常ギャップは0.01mm程度であるが、グリースを介在させることでギャップは少なくとも0.2mm程度になっていると考えられるのである(甲第8号証)。つまり、約20倍程度ギャップは大きくなってしまうのであるから、引用発明1において、グリースの誘電率が多少高くなるからといって、グリースバックしたことでギャップ距離が大きくなっていて、容量は却って小さくなっていることが考えられ、エッチング中被エッチング部分がカソード電極と実質的に等しい電位に保たれるとはいえない。

また、第1引用例のようなプラズマ環境での極めて希薄な気体の熱伝導率はグリースの熱伝導率より5~6桁低く、グリースの冷却作用はこのような非常に低い熱伝導率と対比しての効果であるから、グリースの厚みをグリースを介在させないときのギャップに比べて同等又はそれより小さくする理由は全くない。上述したようにグリースの熱伝導率はプラズマ環境条件下の気体のそれより5~6桁も大きく、仮にギャップを10倍程度大きくしても十分に冷却効果は期待できるであろうからである。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

〈2〉(a) 引用発明1において、ウエハ裏面をグリースバックすることでN+サブコレクタ層について非等方性エッチングを達成しているのは、グリースの高い熱伝導率を利用して冷却効果を高め被エッチング物であるウエハの温度を下げて化学エッチングを抑制した結果であると考えられる。すなわち、非等方的な物理的エッチングと等方的な化学的エッチングの両方が作用する場合、温度を下げて化学的エッチングを抑制することが物理的エッチングの方を顕在化させ非等方性エッチングする方法である。このように、引用発明1のグリースバックは冷却により化学的エッチングを抑制していると考えられるもので、シリコンウエハとカソードとの間に良好な電気的接触をしてプラズマ中の正イオンにより大きな垂直方向の加速を与えて物理的エッチングを増強させている場合ではないのである。

(b) 被告は、引用発明1においては、温度の低下による化学的エッチングの減少があるにもかかわらず、全体的なエッチング速度が低下しない、すなわち、物理的エッチングが増強されることにより非等方性エッチングが達成されている旨主張している。

引用発明1のエッチングは第1図に示されているように、Nエピタキシャル層、N+サブコレクタ層及びP-基板の複数の層に対し深い溝を形成するものである。このような深い溝は、垂直方向の非等方的な物理的エッチングによって形成されるのであって、等方的な化学的エッチングは実質上作用していないのである。

一般論として、反応性イオンエッチング作用において物理的エッチングと化学的エッチング両方が混在するが、個々のエッチング条件(被エッチング材料の種類、エッチングガスの種類、濃度、電界等)によって、そのいずれか一方だけが実質上作用している場合もある。第1引用例の複数の層を通ずる深い溝のエッチングの形成については、グリースバックをしていない場合も、している場合も共に実質上物理的エッチングによって行われるものである。第1引用例で「シリコン層の全体的エッチング速度を低下させない」といっているのは、この深い溝を形成する物理的エッチングのことである。仮に化学的エッチングも実質的に作用しているのであれば、3つの層のそれぞれに横方向のエッチングが生じ深い溝は形成されないであろう。第1引用例では、Cl2濃度を8%以上に高くしたときに高くドープされたN+サブコレクタ層のみに化学的エッチングが生じ始め横方向にエッチングされると説明しているのである。この場合は、N+サブコレクタ層のみについては垂直方向のエッチングに化学的エッチングの作用も寄与しているであろう。しかし、他の2つの層であるNエピタキシャル層とP-基板には、この場合でも物理的エッチングのみで化学的エッチングは実質上作用していないのである。したがって、グリースバックによる冷却でN+サブコレクタ層への化学的エッチングを抑制したとしても、N+サブコレクタ層についての垂直エッチング速度は化学的エッチングの垂直エッチング速度への寄与分だけ多少減るであろうが、他の2つの層に対する垂直エッチング作用は変わらず、3つの層を通ずる深い溝に対する全体としてのエッチングの速度はほとんど低下しないとしているのであって、物理的エッチングがグリースバック時に増強されているわけではない。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

〈1〉 審決は、引用発明1でも電気的接触により非等方性の物理的エッチングが増強されていることを前提とした上で、本願発明と引用発明1間の被エッチング物の相違に言及しているが、引用発明1についての審決の認定に誤りがある以上、引用発明2は意味を失い、引用発明1と引用発明2に基づいて本願発明の進歩性を否定することはできない。

〈2〉 審決は、「多結晶シリコンに対する反応性イオンエッチングは、第2引用例にも記載されているように、単結晶シリコンに対する場合と同様に実施され、同様の効果が期待されている」としているが、誤りである。

引用発明2においては、ウエハが単結晶シリコンであっても多結晶シリコンであっても非等方性エッチングが期待され得るかもしれないが、引用発明2とは異なる本願発明のエッチング方法又は引用発明1のエッチング方法でも同様の効果が期待されるとするのは全く理由がない。事実、本願明細書及び第1引用例を参照しても、ドープ多結晶シリコン又はドープ単結晶シリコンの場合に非等方性エッチングを得るために、それぞれ新たな別の工夫を施しているのである。

いずれにしても、第1引用例の教示するところのものに、第2引用例によるイオン加速用電極を別途設けて単結晶シリコン及び多結晶シリコンの両方への非等方性エッチングを達成するという教示を考慮しても、本願発明のウエハ裏面をカソード電極で強く圧接し良好な電気的接触を維持し実質上同電位にすることがドープ多結晶シリコンの非等方性エッチングを行うことを示唆し得るものでないことは明らかである。

したがって、相違点についての審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は年当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉 第1引用例には、シリコンのRIE(反応性イオンエッチング)において、N+サブコレクタ(ドープ単結晶シリコン)をエッチングする際に、エッチング速度が速くて非等方性エッチングが起こりにくい高Cl2濃度の条件下であっても、冷却されているカソード電極へ被エッチング部分を含むウエハをグリースバックしてウエハをRIEの最中に冷却することにより、非等方性エッチングが達成されることが記載されている(甲第5号証2814頁3行ないし5行、2815頁6行ないし15行)。ここで、グリースバックしてウエハを冷却するということは、冷却体であるカソード電極とウエハとの間で熱伝導を良好なものとするために、カソード電極とウエハ裏面との間にグリースを介在させて両者を密着させることであり、グリースは誘電率が高いもので、その厚さはグリースバックしない場合のギャップ距離より厚いとする根拠はなく、むしろ熱伝導のためにはできるだけ薄いものであるから、引用発明1におけるカソード電極、グリース、ウエハにより形成される容量は十分大きいものである。すなわち、引用発明1においては、カソード電極と被エッチング部分を含むシリコン部材であるウエハとで形成される容量が大きい状態でシリコン部材をカソード電極の表面に設置するものであり、エッチング中被エッチング部分が該カソード電極の電位と実質的に等しい電位に保たれていることは明らかである。

〈2〉 引用発明1におけるグリースバックの効果は、「温度の低下はシリコン層の全体的なエッチング速度を低下させないが、それは高くドープされた領域への横方向の化学的侵食を防いでいる」ことであり、このことからも、引用発明1おいては、温度の低下(化学反応に寄与する熱エネルギーの減少)による化学的エッチングの減少があるにもかかわらず、全体的なエッチング速度(化学的エッチング速度と物理的エッチング速度の和)が低下しない、すなわち物理的エッチングが増強されることにより非等方性エッチングが達成されているということができる。

〈3〉 したがって、引用発明1においても、「シリコンウエハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれている」とした審決の認定に誤りはなく、本願発明と引用発明1との一致点の認定にも誤りはない。

(2)  取消事由2について

本願発明のエッチング方法は、反応性イオンエッチングにおいて、被エッチング物であるドープ多結晶シリコン部分とカソード電極との間で形成される容量を大きくして交流的に良好な電気的接触を得て、該ドープ多結晶シリコン部分とカソード電極を実質的に等電位に保った状態で、速いエッチング速度条件下でも入射イオンの速度をより大きくすることにより、非等方性エッチングを可能にするものである。そして、第1引用例記載の反応性イオンエッチング方法も、被エッチング物がドープ単結晶である以外は本願発明のものと相違がなく、シリコンウエハとカソード電極の交流的な電気的接触により該シリコンウエハは該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれて非等方性エッチングを達成しているものであるから、当然、プラズマ中のイオンに被エッチング物に対してより大きな垂直方向への加速が与えられているものであるといえる。

ところで、第2引用例に記載されたエッチング方法は、高周波電源が接続された電極間でガスプラズマを発生させ、プラズマ発生用電極とは別に、被エッチング物が設置された電極とその対向電極間に直流または交流の電圧を印加してプラズマ中のイオンを被エッチング物に対して垂直方向により大きく加速することにより、速いエッチング処理速度と少ないサイドエッチング量(非等方性エッチング)の両立を図るものであり、被エッチング物が多結晶シリコン、単結晶シリコンのいずれであっても同様の効果を奏するものである(甲第6号証2頁左下欄8行ないし3頁左下欄8行)。要するに、引用発明2においては物理的なエッチングを行うためのイオン加速用電極をプラズマ発生電極と別個に設けているものである。

してみると、速いエッチング速度を有する被エッチング物の非等方性エッチングを達成するために、プラズマイオンを被エッチング物に対して垂直方向へ加速して与えるためにイオン加速用電極上に被エッチング物を設けるという手法は、引用発明1と引用発明2において共通しており、引用発明2は上記手法により、被エッチング物が多結晶シリコンであるか単結晶シリコンであるかにかかわらず速いエッチング速度で非等方性エッチングが達成されるという効果を奏するものであるから、第1引用例記載の大きなエッチング速度で非等方性エッチングが可能な反応性イオンエッチングを、アンドープ多結晶シリコンや単結晶シリコンよりもエッチング速度が大きいことが周知であるドープ多結晶シリコンに対して行う場合においても、非等方性エッチングが同様に行えることは当業者が容易に予測できることである。

したがって、審決の相違点の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、第1引用例及び第2引用例に審決認定の事項が記載されていること(但し、「引用発明1においても、シリコンウエハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれているものと認められる。」との認定部分は除く。)、本願発明と引用発明1が、「該プラズマを生成する該電極の1つと該シリコン部材との電気的接触によってエッチング中該シリコン部材が該電極の1つの電位と実質的に等しい電位に保たれているように該シリコン部材を該電極の1つの表面に設置すること」を除くその余の点で一致していること、及び、審決の相違点の認定についても、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  上記のとおり、第1引用例には、Nエピタキシャル層とN+サブコレクタ層を貫通し、P-基板に達ずる深いトレンチを有する微細シリコンデバイスの製造にあたり、Nエピタキシャル層、N+サブコレクタ層およびP-基板を、塩素を含む反応性ガス雰囲気内で、パターン化されたマスク層を介して、横方向にエッチングすることなく(非等方的に)反応性イオンエッチングすること、および該エッチング中、該シリコンウエハの冷却が、冷却されたカソード電極に対してウエハの背面にグリースを裏打ちすることにより行われること、すなわち、エッチング中グリースを介してシリコンウエハがカソード電極上に設置されていることが記載されていること、反応性イオンエッチングとは、通常、アノード電極とカソード電極間に高周波電圧を印加して発生したプラズマによりエッチング室内の反応性気体を励起し、該気体と被処理体とを反応させて生じた揮発性生成物をエッチング室から除去して行うものであることは、当事者間に争いがない。

また、引用例1には、「Cl2/Ar混合ガス中でのシリコンのエッチング速度はCl2濃度に強く関係するが、一方マスクのエッチング速度は図2に記載されているようにそれに無関係である。Cl2濃度があまり高くなると、即ち8%以上になると、N+層は横方向にエッチングされてしまう。しかし、この方法では、ウェハがRIEの最中に冷却されていると、N+層の横方向エッチングなしに20%のCl2濃度が利用できる。ウエハの冷却は冷却カソードへそれをグリースバックすることで達成される。」(甲第5号証2815頁6行ないし13行)、「その結果、温度の低下はシリコン層の全体的なエッチング速度を低下させないが、それは高くドープされた領域への横方向の化学的侵食を防いでいる。」(同頁16行ないし18行)と記載されていることが認められる。

(2)  ところで、引用発明1におけるグリースバックがウエハの冷却を目的とするものであるとしても、ウエハの冷却効果を高めるために信ウエハの熱を効率良くカソードに逃がすことが必要で、ウエハをカソードに密着させればその効率が上がることは技術的に自明であるから、引用発明1においては、ウエハがカソードに密着しているものと解するのが相当である。そして、ウエハとカソードとを密着させれば良好な電気的接触となることは明らかであり、ウエハとカソード電極間に形成される容量は大きく、エッチング中被エッチング部分がカソード電極の電位と実質的に等しい電位に保たれているものと認められる。

(3)〈1〉  原告は、グリースをカソード電極とウエハ裏面の間に介在させようとすると、カソード電極とウエハ裏面間のギャップはグリースバックを介在させない場合の約20倍程度になるから、引用発明1において、グリースの誘電率が多少高くなるからといって、グリースバックしたことでギャップ距離は大きくなっており、容量はかえって小さくなっていて、ウエハとカソード電極との間に良好な電気的接触が形成されているとはいえない旨主張している。

甲第8号証(アビノーム コーンブリットの宣誓供述書)には、「熱伝導ガス媒体としてヘリウムを用いたときウエハと電極との間の約0.01mm(=10-3)のギャップdは1300パスカル(=10torr)のガス圧に関して約6×10-2ワット/cm2-℃の電力密度/℃をもたらす。一方、私が約7.5cm経の第1のシリコンウエハを約10.0cm径の第2のシリコンウエハに対しグリースバックする試みをした時、ギャップ(グリースで充填)が約0.05mmであるとき第1のウエハを第2のウエハからはがすことは次の3つのやり方をしなければできなかった。・・・故に、実際問題として第1のウエハを第2のウエハ(電極)から取り除くことを容易にするには、グリースバックの厚さは少なくとも0.2mmである。」と記載されていることが認められる。

ところで、第1引用例(甲第5号証)の第2図によれば、引用発明1においては、総気圧(背景圧力)が0.01torr(10μ)という低圧であることが認められるから、甲第8号証に記載の10torrのガス圧におけるギャップ距離についての考察をそのまま適用することはできず、引用発明1においてグリースバックしていないときのギャップ距離が0.01mm以下であると想定することはできない。むしろ、甲第8号証の第8図(358頁)によれば、背景圧力が低くなるとギャップ距離1mmまでは熱伝導度が一定であると認められるから、冷却のためにギャップ距離を0.01mm以下とする必要はないものと考えられる。

また、甲第8号証の上記「グリースバックの厚さは少なくとも0.2mmである」という記載は、ウエハをグリースバックして2枚重ね、第1のウエハを第2のウエハから容易にはがすことができるグリースバックの厚みについて検討した結果をいうものにすぎず、引用発明1においては、冷却効果を高めるためにウエハとカソードを密着させているとの上記認定を妨げるものではない。ちなみに、甲第8号証においては、上記のとおりグリースで充填したときのギャップが0.05mmのものも検討されているのである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  また原告は、第1引用例のようなプラズマ環境での極めて希薄な気体の熱伝導率はグリースの熱伝導率より5~6桁低く、グリースの冷却作用はこのような非常に低い熱伝導率と対比しての効果であるから、グリースの厚みをグリースを介在させない時のギャップに比べて同等又はそれより小さくする理由は全くない旨主張する。

グリースバックによる冷却効果は、シリコン部材と電極部材との間の空隙(ギャップ)に存在する熱伝導度の小さい気体を、熱伝導度のより大きいグリースで置換することにより生じるものであるが、減圧下におけるギャップに存在する気体の熱伝導度が常圧下での熱伝導度より低下しているとしても、グリースの熱伝導度が電極部材の熱伝導度より小さいことを考慮すれば、グリースの厚さを、ギャップを埋めつつもシリコン部材が熱伝導度の大きい電極部材とできるだけ小さい距離で対向するような厚さにしようとすることは、当然考慮されることであると認められ、原告の上記主張は採用できない。

(4)  上記(1)に認定、説示のとおり、引用発明1においては、グリースバックによる冷却を行い、横方向の化学的エッチングを抑制しているものであるところ、原告は、引用発明1のエッチングによって形成されるような深い溝は、グリースバックしてもしなくても垂直方向の非等方的な物理的エッチングによって形成されるのであって、等方的な化学的エッチングは実質上作用していないのであり、グリースバックによる冷却の結果、N+サブコレクタ層についての垂直エッチング速度は化学的エッチング作用の垂直エッチングへの寄与分だけ多少減るであろうが、他の2つの層に対する垂直エッチング作用は変わらず、3つの層を通ずる深い溝に対する全体としてのエッチングの速度はほとんど低下しないのであって、物理的エッチングがグリースバック時に増強されているとはいえないことからしても、ウエハとカソードとの間に良好な電気的接触が達成されているとはいえない旨主張する。

弁論の全趣旨によれば、反応性イオンエッチング(反応スパッタエッチング)は、化学的エッチングと物理的エッチングの両方が作用し、選択的(化学的)かつ非等方的(物理的)にエッチングを行うものであること、すなわち、化学的エッチングは、被エッチング物の材料に応じてエッチングガスを選択することにより特定の材料のみを選択的にエッチングできるが、エッチングは等方的に(垂直方向、横方向いずれにも同程度に)進行するものであるのに対し、物理的エッチングは、プラズマ中の陽イオンが被エッチング物との間に生じる電界により加速され、被エッチング部材を衝撃することにより行われるものであるから、エッチングが特定の方向に非等方的に進行し、被エッチング物の構成材料に左右されることがないことが認められる。

ところで、引用発明1においても、マスクから露出したシリコン領域を選択的にエッチングしてトレンチを形成しているから、Cl2濃度に関わらずトレンチ形成に化学的エッチング作用が生じていると認められる。しかも、Cl2はシリコンと化学反応する活性種となる原料物質である(例えば、本願明細書にも「純粋な塩素ガス雰囲気は、シリコンに対し比較的高いエッチング速度を与える。さらに、エッチングすべきシリコンと(たとえばマスク層及び二酸化シリコンで作られたデバイス構造中の他の層のような)他の層との間の選択性は、比較的高い。」(甲第3号証15頁末行ないし16頁6行)と記載されている。)から、Cl2濃度を増大した場合は、化学的エッチングの寄与がより増大するものと考えられる。

また、化学的エッチングは等方的に進行するから、Cl2濃度が8%を越えて横方向の化学的エッチングが生じたとすれば、当然垂直方向の化学的エッチングも生じていることになる。そして、グリースバックによる冷却によって横方向のエッチングが抑制されるとすれば、同様に垂直方向の化学的エッチングも抑制されることになる。

しかして、引用発明1が、グリースバックによる冷却の結果、高くドープされた領域への横方向の化学的侵食を防ぐと共に、「シリコン層の全体的エッチング速度を低下させない」ものであること、及び引用発明1のエッチング速度は単位時間当たりの化学的エッチングと物理的エッチングの各々によるエッチングの深さの和であることを併せ考えれば、引用発明1においては、グリースバックによる冷却により抑制された垂直方向の化学的エッチングを垂直方向の物理的エッチングが補っているものということができ、グリースバック時に物理的エッチングが増強されているものと認められる。

さらに、引用発明1においては、N+サブコレクタ層の横方向への化学的エッチングを冷却によって抑制しなければならないほど進行するわけであるから、垂直方向の化学的エッチングの寄与分も無視できないとするのが合理的であり、したがって、化学的エッチングの垂直方向エッチング速度の寄与分が無視できるものとは認め難い。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(5)  以上のとおりであって、審決が、引用発明1について、「シリコンウエハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれている」と認定した点に誤りはなく、したがって、審決の一致点の認定にも誤りはなく、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

(1)  原告は、審決が、引用発明1でも電気的接触により非等方性の物理的エッチングが増強されていると認定した点に誤りがある以上、引用発明2は意味を失い、引用発明1と引用発明2に基づいて本願発明の進歩性を否定することはできない旨主張する。

甲第3号証によれば、本願発明のエッチング方法は、反応性イオンエッチングにおいて、被エッチング物であるドープ多結晶シリコン部分とカソード電極との間で形成される容量を大きくして交流的に良好な電気的接触を得て、該ドープ多結晶シリコン部分とカソード電極を実質的に同電位に保った状態で速いエッチング速度条件下でも入射イオンの速度を大きくすることにより、非等方性エッチングを可能にするものと認められる。

一方、引用発明1の反応性イオンエッチング方法も、前記2で認定、説示したとおり、シリコンウエハとカソード電極とは交流的に良好な電気的接触を達成しているものと認められ、これによりシリコンウエハはカソード電極と実質的に等しい電位に保たれているものと認められる。このように、引用発明1も本願発明も同様に物理的エッチングの増強が認められ、被エッチング物に対してより大きな垂直方向への加速をプラズマ中のイオンに与える作用効果を奏するものと認められる。

したがって、審決の引用発明1についての認定に誤りはなく、原告の上記主張は採用できない。

(2)  また原告は、引用発明2においては、ウエハが単結晶シリコンであっても多結晶シリコンであっても非等方性エッチングが期待され得るかもしれないが、引用発明2とは異なる本願発明のエッチング方法又は引用発明1のエッチング方法でも同様の効果が期待されるとするのは全く理由がないとして、審決の相違点の判断の誤りを主張する。

第2引用例(甲第6号証)には、「対向電極もしくはコイル電極に直流、低周波もしくは高周波電源を接続することによりハロゲン、ハロゲン化合物もしくはそれらとの混合ガスのプラズマを発生させ、且つエッチングすべき試料に直流または交流の電圧を印加し金属、半導体、絶縁物をエッチングすることを特徴とするエッチング装置。」(特許請求の範囲)、「本発明の特徴はガスプラズマ中のイオンに方向性をあたえることによりレジストマスクの下のアンダーカットすなわちサイドエッチング量が大幅に減少しエッチングの形状がシャープになるとともにハロゲン化合物を用いることによりエッチング速度を増加し且つエッチングに選択性をあたえることができる」(3頁左下欄1行ないし7行)と記載されていることが認められ(なお、第2引用例に、ポリシリコンやシリコン基板等の被エッチング部材をハロゲン含有ガス雰囲気中で反応性イオンエッチングする半導体装置の微細加工方法が記載されていることは当事者間に争いがない。)、これらの記載によれば、引用発明2は、反応性イオンエッチングにおいて、被エッチング物に直流又は交流の電圧を印加し、ガスプラズマ中のイオンを垂直方向により大きく加速することにより、速いエッチング処理速度と少ないサイドエッチング量(非等方性エッチング)の両立を図るものであり、被エッチング物が多結晶シリコン、単結晶シリコンのいずれであっても同様の作用効果を奏するものであると認められる。

しかして、引用発明2が、反応性イオンエッチングにおいて化学的エッチング作用と物理的エッチング作用の両立を図り、かつ、物理的エッチングを増強する方法に関して、被エッチング物が多結晶シリコンでも単結晶シリコンでもその作用効果が変わらないことを開示するものであり、引用発明1の反応性イオンエッチングが、叙上認定、説示したとおり、やはり化学的エッチング作用と物理的エッチング作用の適正な関係を維持してエッチングする方法であることからすれば、被エッチング物をドープ多結晶としてみることは、当業者ならば容易に想到し得ることと認められる。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上あとおりであって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の定めについて、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com