大判例

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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2391号 判決

控訴人

甲野マツノ

右法定代理人後見人

乙川邦子

右訴訟代理人弁護士

大日向節夫

被控訴人

甲野鉄男

被控訴人

株式会社富士銀行

右代表者代表取締役

山本惠朗

右訴訟代理人弁護士

大森惠一

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人甲野鉄男は、控訴人に対し、別紙物件目録(一)記載の土地についてされた千葉地方法務局市川支局平成元年四月四日受付第一六八三八号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  被控訴人甲野鉄男は、控訴人に対し、別紙物件目録(一)記載の建物についてされた千葉地方法務局市川支局平成元年四月四日受付第一六八三九号甲野マツノ持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。

四  被控訴人株式会社富士銀行は、控訴人に対し、被控訴人甲野鉄男がする二、三項の各抹消登記手続を承諾せよ。

五  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人甲野鉄男

1  原判決を取り消す。

2  控訴人の請求を認める。

三  被控訴人株式会社富士銀行(以下「被控訴人富士銀行」という。)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決三頁一〇行目の「別紙物件目録(一)」を「本判決別紙物件目録(一)」と改める。

二  原判決五頁一〇行目の「別紙物件目録(二)」を「本判決別紙物件目録(二)」と改める。

三  原判決六頁一行目の次に行を改めて

「四 控訴人の再主張に対する被控訴人甲野鉄男の認否

右主張事実を認める。

五  控訴人の再主張に対する被控訴人富士銀行の認否

右主張は争う。」

を加える。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  甲第一ないし第八号証、乙第一ないし第四号証、丙第一、第二号証、原審における証人丙村郁子、同丁山節子、同佐々木行夫の各証言(証人丙村郁子、同丁山節子の証言中一部措信しない部分を除く。)、当審における証人式場隆史の証言、原審における控訴人法定代理人乙川邦子本人尋問の結果、原審及び当審における被控訴人甲野鉄男本人尋問の結果(原審の本人尋問の結果中一部措信しない部分を除く。)、鑑定人式場隆史の鑑定の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

1  控訴人は、明治三九年三月に生まれ、昭和六年四月に夫甲野鉄三郎(以下「鉄三郎」という。)と結婚して、長女丙村郁子、長男甲野汎一郎、二女乙川邦子、三女丁山節子及び二男被控訴人甲野鉄男の五子をもうけ、昭和二七年ころから千葉県市川市に居住していたが、昭和五五年一二月、鉄三郎が死亡した。

控訴人は、鉄三郎の死後、本件建物に一人で暮らし、時折、長女丙村郁子や三女丁山節子が顔を出して面倒をみていた。被控訴人甲野鉄男は、昭和四二年からドイツに居住して店を経営しており、二女乙川邦子もかねてからドイツに居住していた。

2  鉄三郎は、本件土地(一)及び本件建物並びに本件土地(二)を所有していたが、昭和五七年一月、相続人間で遺産分割協議が成立し、これにより、本件土地(一)を控訴人が、本件土地(二)を被控訴人甲野鉄男が各取得し、右両土地上に建っている本件建物を控訴人と被控訴人甲野鉄男とが共有持分二分の一ずつで取得することとなり、同年六月一五日、その旨の各所有権移転登記がされた。

3  二女乙川邦子は、昭和六一年ころから母である控訴人の様子がおかしいと思うことがあったが、昭和六三年六月二〇日、一時帰国した際に、控訴人を浜松市にある県西部浜松医療センター脳神経外科に連れて行って受診させたところ、中等度の老人性痴呆の状態にあると診断された。

4  控訴人は、平成元年一月二一日、ドイツから一時帰国した被控訴人甲野鉄男とともに市川の公証役場へ行き、その所有する財産の全部を二男の被控訴人甲野鉄男に相続させる旨の公正証書遺言をした。

5  被控訴人甲野鉄男は、その事業が思わしくなく、資金借入れの必要があったため、角地でない自己所有の本件土地(二)と角地である控訴人所有の本件土地(一)とを交換し、かつ、本件建物についての控訴人の共有持分二分の一を自己名義にして銀行から融資を受けようと考え、一時帰国した際の平成元年三月一五日ころ、控訴人に対してその旨を申し入れたところ、控訴人は、そのころは被控訴人甲野鉄男の言うなりであって、被控訴人甲野鉄男に指示されるままに、本件土地(一)について交換を原因として被控訴人甲野鉄男に所有権移転登記手続をするため、及び本件建物について売買を原因として被控訴人甲野鉄男に控訴人の共有持分二分の一の移転登記手続をするために必要な委任状に署名捺印した。

6  被控訴人甲野鉄男は、右書類を用いて、平成元年四月四日、本件土地(一)について、控訴人から被控訴人甲野鉄男への千葉地方法務局市川支局平成元年四月四日受付第一六八三八号所有権移転登記を、また、本件建物について、同支局同日受付第一六八三九号甲野マツノ持分全部移転登記を了し、次いで、同月二八日、本件土地(二)について、被控訴人甲野鉄男から控訴人への同支局同日受付第二一九四三号所有権移転登記を了した。

7  被控訴人甲野鉄男は、被控訴人富士銀行から本件土地(二)の買取資金名目で七〇〇〇万円を借り入れて、これを一部事業資金に充てることとし、一時帰国した際の平成元年九月二〇日、控訴人に対し、本件土地(二)を被控訴人甲野鉄男に売り渡す旨の売買契約書を示してこれに署名捺印するように言い、控訴人は、言われるままにこれに署名捺印し、次いで、控訴人は、同席していた司法書士佐々木行夫に対しても、同人からの売買意思の確認に対してこれを肯定し、同人の求めに応じて、本件土地(二)の所有権移転登記に必要な委任状及び受託調書(立会調書)に署名捺印した。

8  司法書士佐々木行夫は、右書類を用いて、平成元年九月二二日、本件土地(二)について、控訴人から被控訴人甲野鉄男への千葉地方法務局市川支局同日受付第四七九四五号所有権移転登記を了し、次いで、被控訴人富士銀行は、右同日、被控訴人甲野鉄男から、本件土地(一)、本件土地(二)及び本件建物について、千葉地方法務局市川支局同日受付第四七九四六号をもって債務者を有限会社齋藤弘事務所、極度額を一億三〇〇〇万円とする根抵当権設定登記を受け、被控訴人甲野鉄男に対し、七〇〇〇万円の融資を実行した。

被控訴人甲野鉄男は、同月二五日、右七〇〇〇万円を控訴人の預金口座に振り込み、その後、控訴人の預金口座から右金員の一部を引き出して、事業資金として使用した。

9  控訴人は、平成元年九月二六日ころ、被控訴人甲野鉄男とともに、ドイツに渡ったが、異国になじめず、同年一一月三日ころ、被控訴人甲野鉄男の知人に連れられて帰国した。

10  控訴人は、帰国後、千葉市に居住する三女丁山節子方に同居していたが、平成二年三月二五日ころ、それより以前にドイツより帰国して横浜市に居住していた二女乙川邦子と同居するようになり、同年四月から、再び県西部浜松医療センター脳神経外科に通院するようになった。

11  控訴人は、昭和六一年ころから、身内の者がお布施をとったと言ったり、昭和六三年ころには、身内の者が夜中に来てたんすの中を掻き回して物をとってしまうと言ったりし、平成二年八月ころには、夜中に服を脱いで家の中を徘徊することもあった。

12  なお、控訴人の心神の状態について、次の事実が認められる。

(一)  県西部浜松医療センター脳神経外科の医師金子満雄作成の平成二年四月九日付け診断書には、病名として「老人性痴呆(中等症)」との記載があり、「昭和六三年六月二〇日に外来、診断し、前頭葉機能(より高次な機能)の中等度の低下、MMS20/30(中等度の低下)がみられ、右の診断をした。」旨の記載がある。

(二)  千葉県市川市所在の式場病院の医師式場隆史作成の診断書には、診断名として「アルツハイマー型痴呆症」との記載があり、「平成二年八月一三日当院初診。初診時に行った神経心理テスト長谷川式簡易知能評価において一六点(32.5点満点中、31.0以上が正常)と中等度の異常を示した。同様の知能評価検査であるミニメンタルステート検査において二一点(三〇点満点)と中等度以上の痴呆状態である。以上の検査結果及び臨床症状からアルツハイマー型痴呆症と診断した。」旨の記載がある。

(三)  平成三年に入り、二女乙川邦子は、控訴人に対する禁治産宣告の申立てを千葉家庭裁判所にしたところ、医師高橋啓は、平成四年五月三一日、「控訴人はアルツハイマー型老年痴呆に罹患しており、現在記憶障害を中心とする高度の痴呆状態にある。」旨の精神鑑定書を作成した。

千葉家庭裁判所は、同月一八日、控訴人を禁治産者とし、その後見人として乙川邦子を選任した。

(四)  前記医師金子満雄作成の平成四年七月六日付け診断書には、「昭和六三年六月の神経心理テストの結果から判定すれば、平成元年四月以降、土地家屋の贈与、売買の判断は極めて難しかったと思われる。」旨の記載がある。

(五)  鑑定人医師式場隆史は、平成六年五月二〇日、原審における鑑定人として、「(1)昭和六三年六月二〇日の金子満雄医師による中等度痴呆症という診断は正しい。(2)控訴人が平成元年一月から同年九月までの間にした土地の売買行為及び遺言について、財産の所有権移転にかかわる行為の意味は正確に理解し得ず、結果を判断することのできる正常な認知能力及び予期力は有していなかった。」旨の鑑定書を提出し、当審において証人として同旨の内容を述べた。

二 以上認定の事実からすると、控訴人は、平成元年三月一五日ころ、被控訴人甲野鉄男との間に、本件土地(一)と本件土地(二)とを交換する旨の本件土地交換契約及び本件建物の共有持分を譲渡する旨の本件建物持分譲渡契約を締結したものと認められる。

しかしながら、この点につき、控訴人は、当時意思能力を欠いていたと主張するところ、被控訴人甲野鉄男との間では、右事実は争いがない。また、被控訴人富士銀行との間では、前記認定事実によれば、右各契約が締結された平成元年三月一五日ころ当時、控訴人は、これらの契約の意味を正確に理解して結果の是非を判断する能力を有せず、意思能力を欠いていたと認めるのが相当である。

なお、原審における証人丙村郁子及び同丁山節子は、控訴人におかしな言動はなかった旨証言しているが、前記認定のとおり、控訴人を診察した複数の医師の診断結果は、控訴人は昭和六三年ころには中等度の痴呆症の状態にあり、平成元年三月にされた本件土地(一)等の売買等の意味を正確に理解して判断することは極めて困難ないし不可能であったとする点においてほぼ一致していて、右診断結果は十分に信用することができるから、右各証言は、採用することができない。

また、被控訴人甲野鉄男は、原審において及び当審においても当初、控訴人の意思能力を欠いていた旨の主張について争っていたが、当審においていったん口頭弁論が終結された後、控訴人の右主張を認める旨主張を変更する書面を提出して口頭弁論の再開を求めたのであって、その態度について不審な点は否めないけれども、前掲各証拠によれば、このことを勘案しても、控訴人が意思能力を欠いていたとの右認定を覆すには至らない。

三  よって、控訴人の本件請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、これと異なる原判決は失当であるから、これを取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官関野杜滋子 裁判官杉原則彦)

別紙物件目録(一)(二)〈省略〉

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