大判例

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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5106号 判決

控訴人(原告)

向信一

ほか一名

被控訴人(被告)

吉田正孝

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人向信一に対し金一二一八万九〇四二円、控訴人向京に対し金一〇八八万九〇四二円及びこれらに対する平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを五分し、その四を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を次のとおり変更する。

(一) 被控訴人は、控訴人向信一に対し金六二八二万九一九八円、控訴人向京に対し金六一一三万〇五九九円及びこれらに対する平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被控訴人は、控訴人らのそれぞれに対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成七年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被控訴人

控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

第二事案の概要(交通事故の発生及び被控訴人の責任)

交通事故の発生及び被控訴人の責任は、原判決の第二(事案の概要)に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断(保険金以外の支払約束について)

本件の主要な争点は、被控訴人が損害賠償額以外に金銭の支払を約したかどうかの点である。

一  当事者の主張

右の点に関する当事者の主張は、次に記載するほかは、原判決の第三(争点に対する判断)の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人らの当審における主張

仮に被控訴人が保険金以外に一二〇〇万円を支払う旨の約定が認められないとしても、被控訴人は、書面(刑事弁護人が刑事裁判所に提出した同弁護人作成の報告書)により、控訴人らに五〇〇万円を贈与する旨を申し出、控訴人らはこれを受諾した。したがつて、被控訴人は贈与の申出を撤回することができない。

2  被控訴人の当審における主張

被控訴人は、「保険会社の提示が約四〇五〇万円であり、これでは足りないので別枠として五〇〇万円を上乗せし、合計四五五〇万円とするつもり」で、五〇〇万円の小切手を持参したものであり、五〇〇万円は賠償金の内金としてのものである。原審では、弁護士費用を除き、賠償額が合計四八三六万円と認定されているのであるから、そのほかに五〇〇万円を支払う趣旨のものではない。

また、仮に、被控訴人が五〇〇万円の贈与の申出をしたものであるとしても、控訴人らは直ちに小切手を返却したので、贈与の合意は成立しなかつた。また、仮にそうでないとしても、被控訴人の刑事弁護人が控訴人ら主張の報告書を提出したからといつて書面による贈与の意思を表示したとはいえないところ、被控訴人は、贈与の申出を撤回した。

二  当裁判所の判断

1  甲四、五、七、八、一二、一三、一七、一八、二一、乙六、七、九、一二、控訴人信一(当審)、控訴人京(原審)及び被控訴人(原審)の各供述並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

被控訴人は、本件事故につき、業務上過失致死罪で起訴された。

被控訴人は、対人一億円の任意保険に加入していたので、控訴人らに対し十分な賠償ができるだろうと考えていた。控訴人らと被控訴人の代理人としての保険会社との間で示談交渉が進められ、保険会社は、平成五年九月二二日ころ最終的な提示額として四〇五〇万円を提示したが、控訴人側はこれを受け入れなかつた。ところで、被控訴人は、本件事故前の平成五年五月に事業資金として七〇〇万円を借り入れていたが、まだ全額は使用していなかつたので、その中から一定金額を保険金と別枠で控訴人らに支払う気持をもち、そのことを保険会社の担当者にも話したことから、同年一〇月二八日ころ保険会社は、被控訴人から保険金と別枠で四〇〇万円が支払われるものとして、これを加えた四四五〇万円の案を提示したが、控訴人らはなおこれを受諾しなかつた。被控訴人は、刑事事件の公判中、刑事弁護人に対し「保険金をもう少し上乗せして四五〇〇万円にしてもらい、自分が別枠で五〇〇万円を負担して合計五〇〇〇万円で示談をしてくれたら(よいのだが)。」と話していた(被控訴人の原審供述は右の趣旨と認められる。)。

同年一二月二四日、刑事事件の第二回公判において被告人質問が行われ、被控訴人は損害賠償の意思について供述した。その調書には「事業資金として借りた七〇〇万円は保険会社とは別枠で支払うつもりでプールしてある。そのほかにも五〇〇万円前後の金銭を用意できる。」との趣旨か記載されているが、被控訴人としては、前記のとおり「事業資金として借り入れた七〇〇万円の中から五〇〇万円を保険金と別枠で支払いたい」と述べたつもりであつた。しかし、控訴人らは、被控訴人の刑事公判を傍聴していて、被控訴人が保険金のほかに合計一二〇〇万円を支払う気持があると受け取つた。そして、右第二回公判において、判決の宣告がなされ、被控訴人は執行猶予付きの有罪判決を受け、確定した。

被控訴人は、亡優憲の一周忌の平成六年六月二二日ころ、控訴人方を訪ねて焼香したが、その際、控訴人らにその旨を告げずに額面五〇〇万円の小切手を仏壇に置いて帰つたが、控訴人らは、前記のように被控訴人が一二〇〇万円を支払うものと考えていたこともあり、提供された金額の趣旨を測りかねてこれを返却した。

その後、平成七年一一月に至り、控訴人らが本件訴訟を提起した。ところで、被控訴人は、本件事故後、事業の経営が悪化したため、借り入れた事業資金を使用せざるを得なくなり、現在では債務を負担したままの状態であつて、資力はほとんどないとうかがえる。

2  右事実によると、被控訴人は、訴訟前に示談するためには、保険金額では低額と考え、訴訟前に示談で解決することを念頭に、保険金額と別枠で五〇〇万円を上積みして支払う意思を有していたものであるが、この点に関し、控訴人らとの示談交渉の過程で合意が成立したとは認められない。また、被控訴人は刑事公判で前記のような意思を表明したものの、その後も示談には至らなかつたものである。そして、亡優憲の一周忌に五〇〇万円を提供したが、控訴人らとしては、五〇〇万円の趣旨を測りかねて返却したものであつて、五〇〇万円の提供を辞退する趣旨ではなかつたと認められるけれども、いずれにせよ返却した以上、贈与その他の合意が成立したとみることはできない。

そして、本件訴訟に至つたものであるが、被控訴人が前記のように五〇〇万円を提供した等の行為が訴訟後どのような意味を有するかについて考えてみると、被控訴人は、訴訟前に示談することを前提に、保険金額では少ないと考えて五〇〇万円を別枠で支払う意思を表明したとみられるが、訴訟になつて、判決において適正な損害賠償額が算定される場合に、それを超えて五〇〇万円をいわば全く贈与として提供する意思を表明したものとみることは困難である(その意味では、被控訴人の主張するとおり、いずれかといえば損害賠償の内金である。)。そして、結局は、本件訴訟に至るまでは合意に至らなかつたものである。もつとも、そうとはいつても、被控訴人は、いつたんは自己負担分として五〇〇万円を出費することを申し出たのであるから、控訴人らがこれを拒絶して訴訟になつたからといつてこれを撤回するのはやや信義に反する面がないではない(判決認容額は保険で支払われるのであるから、判決になつたからといつて被控訴人の負担が増額されるわけではない。)。しかし、前記認定のように、被控訴人も、本件事故後、事業の経営が悪化したため、借り入れた事業資金を使用せざるを得なくなり、現在では資力がほとんどないとうかがえるから、被控訴人が現時点で五〇〇万円を提供しないとしても、やむを得ないといわざるを得ない。

そうすると、控訴人らのこの点に関する主張は、贈与の書面性等の点について判断するまでもなく、採用できないものである。

第四損害額の算定

一  亡優憲の損害

1  逸失利益 二九一六万八〇八四円

当裁判所も原審と同一の理由で、亡優憲の逸失利益を二九一六万八〇八四円と認める。

控訴人らは、中間利息の控除についてライプニツツ係数を用いると著しく被害者に酷な結果となるから、ホフマン係数を使用すべきであると主張するが、亡優憲のような幼児の場合は就労可能年数が長期になるので、ホフマン係数を用いるよりもライプニツツ係数を用いるのが合理的な面もあり、原審の算定は相当というべきである。

2  慰謝料 一五〇〇万円

甲二、四、九、乙六、控訴人京(原審)及び控訴人信一(当審)の各供述によると、亡優憲は、控訴人一家において三人兄妹の末つ子(二男)として、おとなしくすなおな性格で控訴人らにかわいがられて育ち、当時小学校一年に在学し、健康で将来を期待されていたことが認められる。また、甲三の1ないし10、一〇、一一、乙一ないし五、八ないし一二によると、本件事故は亡優憲が小走りに渡つていたとはいえ、横断歩道を横断中に加害車に衝突されて、幼くして貴い一命を失つたものであることが認められる。こうした本件の事情を考慮すると、亡優憲に対する慰謝料は一五〇〇万円とするのが相当である。

3  合計 四四一六万八〇八四円

4  控訴人らの相続 各二二〇八万四〇四二円

二  控訴人ら固有の損害

1  葬儀費 控訴人信一につき、一二〇万円

甲六の1ないし13及び控訴人京の原審供述によると、控訴人信一が亡優憲の葬儀費用として合計一六九万八五九八円を出費したことが認められるが、通常の葬儀費用及び損害賠償における社会的公平の理念等をも併せ考えると、本件事故と相当因果関係の認められる損害は、原審のとおり一二〇万円と認めるのが相当である。

2  慰謝料 控訴人らにつき、各二五〇万円

亡優憲の年齢、その家庭環境、亡優憲の存在によつて控訴人らが明るい家庭生活を送つていたが、亡優憲を失つて多大の衝撃を受け、それまでの生活を取り戻せないでいること、本件事故の態様、事故後の経緯その他本件の事情を総合するとき、控訴人らに対する慰謝料はそれぞれ二五〇万円と認めるのが相当である。

三  合計

1  控訴人信一 二五七八万四〇四二円

2  控訴人京 二四五八万四〇四二円

四  既払金 各一四六九万五〇〇〇円

控訴人らが自賠責保険金二九三九万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないので、控訴人らの損害てん補額は、控訴人ら各自につきそれぞれ一四六九万五〇〇〇円と認められる。

五  損害残額

1  控訴人信一 一一〇八万九〇四二円

2  控訴人京 九八八万九〇四二円

六  弁護士費用

本件訴訟の難易、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情にかんがみると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、次のとおりとするのが相当と認められる。

1  控訴人信一 一一〇万円

2  控訴人京 一〇〇万円

七  合計

1  控訴人信一 一二一八万九〇四二円

2  控訴人京 一〇八八万九〇四二円

第五結論

以上の次第で、本件請求は、控訴人信一につき一二一八万九〇四二円、控訴人京につき一〇八八万九〇四二円及びこれらに対する本件事故の日である平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払の限度で理由があり、これを超える請求は理由がない。

よつて、これと異なる原判決の変更を求める本件控訴は一部理由があるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達德 岩井俊 髙野輝久)

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