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東京高等裁判所 平成9年(ウ)451号 決定

主文

本件申立てを却下する。

理由

第一本件申立て及びこれに対する相手方の意見

申立人の本件申立ての趣旨及び理由は、別紙「文書提出命令申立書」、「文書提出命令申立補充書」、「準備書面(提出命令の必要性)」、「文書提出命令申立意見書」(各写し)記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙「文書提出命令申立てに対する意見書」(写し)記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  事案の概要

1  本件文書提出命令申立事件の本案である損害賠償請求控訴事件は、昭和五〇年一二月二〇日、申立人(控訴人)運転の貨物自動車が国道四九号線を新潟市方面から会津若松市方面に向かって進行中、新潟県東蒲原郡津川町において轢き逃げ死亡事故を惹き起こしたとして、業務上過失致死の被疑事実により起訴され、第一審及び第二審でいずれも有罪判決を受けたものの、上告審で無罪の判決を受けた申立人が、検察官の公訴の提起、追行並びに第一審及び第二審の裁判官の裁判に違法があったとし、相手方に対しては国家賠償を、検察官並びに第一審及び第二審裁判官らに対しては不法行為に基づく損害賠償を、それぞれ求めた事案である。

2  ところで、本案訴訟の記録によれば、検察官の公訴提起の違法性の有無に関連して、相手方は、原審において陳述済みの平成七年八月三一日付け被告準備書面・第三の二1において、「起訴検察官であった渡邊憲介は、公訴の提起の時点における別紙証拠一覧表記載の各種の証拠資料を総合勘案し、原告には有罪と認められる嫌疑があると判断して公訴を提起した」旨を主張し、また、被控訴人渡邊憲介も、原審における本人尋問において、右の相手方の主張と同旨の供述をしたことが認められる。

3  これに対し、申立人は、当審において、右の「証拠一覧表」記載の証拠資料中、昭和五〇年一二月二一日付け司法警察員作成の「ひき逃げ交通事故事件手配に基づく検問表の送付について」〈証拠略〉外四点の証拠資料は、公訴提起前には司法警察員から検察官に対して送致、送付、追送されておらず、したがって、これらの証拠資料は、公訴提起時には起訴検察官の手許になかった事実を立証したいとして、本件被疑事実に関する送致書、書類目録及び関係書類追送書(以下「本件各文書」という。)について、本件文書提出命令の申立てをした。

4  申立人は、本件各文書は、民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる「法律関係文書」に該当し、また、同条一号のいわゆる「引用文書」にも該当する旨主張する。

二  本件各文書が民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当するか否かについて

1  民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる「法律関係文書」とは、挙証者と文書の所持者との間の当律関係それ自体、あるいは、その法律関係の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにする目的の下に作成された文書であって、当該法律関係を構成する要件事実の全部又は一部が記載されているものをいうと解するのが相当であり、したがって、文書の所持者か専ら自己使用のために作成したようないわゆる「内部文書」は、右の法律関係文書には当たらないというべきである。

2  そこで、これを本件についてみると、送致書は、司法警察員が被疑事件を検察官に送致したことを手続上明らかにするとともに、事件送致に遺漏がないようにする目的で作成される文書であり、また、書類目録は、事件送致の際に授受される捜査関係書類を特定し、その授受に遺漏がないようにする目的で作成される文書であり、さらに、関係書類追送書は、書類目録と同様に、事件送致の後に追加して授受される捜査関係書類を特定し、その授受に遺漏がないようにする目的で作成される文書であって、これらの文書は、いずれも、司法警察員と検察官という捜査機関の内部において、事件送致の手続及び内容を明確にし、事件処理の円滑を図るために、相互の連絡用の文書として作成し、授受されるものであることは明らかである。

そうであるとすれば、申立人を被疑者とする前記業務上過失致死被疑事件に係る送致書、書類目録及び関係書類追送書である本件各文書は、いずれも右の「内部文書」であって、民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる「法律関係文書」には当たらないというべきである。

この点について、申立人は、送致書や書類目録は、弁解録取や勾留理由開示手続等に利用されているから、挙証者と文書所持者その他の者の共同の目的、利用のために作成されている共通文書であって、内部文書ではない旨主張するが、検察官が司法警察員から送致を受けた被疑者の弁解を聴く機会に送致書や書類目録を利用しており、あるいは、これらの文書が勾留理由開示の手続に利用されることがあるとしても、右のように司法警察員と検察官という捜査機関の内部において、事件送致の手続及び内容を明確にし、事件処理の円滑を図るために、相互の連絡用の文書として作成される送致書や書類目録をもって、挙証者(本件においては、公訴提起の違法を理由とする国家賠償請求訴訟の原告・控訴人である申立人。)との共同の目的、利用のために作成された文書であるということができないことは明らかである。

3  なお、本件おける民事訴訟法三一二条三号後段にいう「法律関係」は、本件公訴提起の違法性の有無、すなわち、前記業務上過失致死被疑事件について、申立人に有罪と認められる嫌疑があるとして公訴を提起した起訴検察官の判断の合理性いかんに係る法律関係であるが、本件記録により明らかな送致書、書類目録及び関係書類追送書の様式に照らしても、例えば、右被疑事件に関する参考人の供述調書、実況見分調書等の捜査関係書類とは異なり、申立人を被疑者とする前記業務上過失致死被疑事件に係る送致書、書類目録及び関係書類追送書に、右の法律関係を構成する要件事実の全部又は一部が記載されているものとは認めがたいのであって、このような文書の記載内容に関する実質的観点からも、本件各文書は、民事訴訟法三一二条三号後段にいう「法律関係文書」には当たらないというほかはない(ちなみに、送致書には「犯罪事実」を記載する欄があるが、この欄は、あくまで事件を検察官に送致するに当たっての司法警察員の被疑事実に関する認識が抽象的に取りまとめて記載されるに過ぎず、証拠資料を総合勘案し、申立人に有罪と認められる嫌疑があるとして公訴を提起した起訴検察官の判断の合理性いかんに係る法律関係を構成する要件事実の全部又は一部が記載される性質のものではない。)。

4  右のとおり、本件各文書は民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当しないものというべきである。

三  本件各文書が民事訴訟法三一二条一号の文書に該当するか否かについて

1  民事訴訟法三一二条一号のいわゆる「引用文書」とは、当事者が、その訴訟において積極的にその存在及び内容に言及し、自己の主張の根拠とした文書をいうものと解するのが相当である。

2  そこで、これを本件についてみると、本案訴訟の記録を検討しても、そもそも、相手方が、本案訴訟において本件各文書の存在に言及した事実すら、これを認めることはできない。

この点について、申立人は、本件各文書が「引用文書」に当たるとする論拠として、前示一2のように、起訴検察官であった被控訴人渡邊憲介が、原審における本人尋問において、相手方指定代理人の問いに対し、公訴提起の時点において、「証拠一覧表」記載の各証拠資料が存在しており、これらの証拠資料を検討して、申立人を起訴するか否かを判断した旨の供述をし、また、裁判長の問いに対し、「送致書はあります。事件はどんな事件でも送致書を添付して必ず事件を送致しますから送致書はあります。」と供述していることを挙げ、形式的にはともかく、実質的には、相手方は本件各文書を引用しているとみるべきである旨主張するようである。

しかしながら、右の引用の有無を実質的観点から判断するとしても、本案訴訟の記録によれば、相手方は、本件公訴提起に関する検察官の判断の合理性については、原審の段階から、原審において乙号証として提出した「証拠一覧表」記載の各種証拠資料によって既に立証済みである、という立場を明らかにしているものと認められるのであり、このことに照らせば、被控訴人渡邊憲介が本人尋問において右のような供述をしたからといって、相手方において、「起訴検察官は、公訴の提起の時点における『証拠一覧表』記載の各種の証拠資料を総合勘案し、申立人には有罪と認められる嫌疑があると判断して公訴を提起したのであり、この検察官の判断には合理性がある。」旨の自己の主張の根拠とするために、積極的に本件各文書の存在及び内容に言及したものと認めることかできないことは明らかである。

3  右のとおり、本件各文書は民事訴訟法三一二条一号の文書に該当しないものというべきである。

第三結論

以上のとおりであって、本件各文書について相手方に提出義務があるものと認めることはできず、本件文書提出命令申立ては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 塩崎 勤 橋本和夫 川勝隆之)

(別紙)文書提出命令申立書

前記当事者間の頭書事件について、控訴人は、次のとおり文書提出命令の申立をする。

一、文書の表示

控訴人に対する業務上過失致死被疑事件の送致書、追送書一切

(右には、証拠の目録、標目、公判記録として提出されない文書類も含む)

二、文書の所持者

新潟地方検察庁

三、立証趣旨

起訴時における起訴検察官渡辺憲介の手持証拠資料

四、文書提出義務の原因

1 民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる「法律関係文書」に当たる。

2 民事訴訟法三一二条一号のいわゆる「引用文書」にも該当する。

(別紙)文書提出命令申立補充書

控訴人は、先に行なった文書提出命令申立について、次のとおり、「文書の表示・趣旨」「立証すべき事実」「文書提出の義務の原因」を補充するものである。

一、文書表示と文書の趣旨

控訴人に対する業務上過失致死被疑事件の送致書、追送書一切

(右には、証拠の目録、標目、公判記録として提出されない文書類も含むが、送付嘱託の申立と異なり、文書の標目のある送致書、追送書だけでよい)

右送致書、追送書には、本件刑事事件について、警察の捜査に基づき作成された証拠書類の標題が「文書の評目」として記載されている。

二、立証すべき事実

左記文書は、本件公訴提起前には送致、送付、追送されておらず、したがって、起訴時、起訴検察官渡辺憲介の手許にはなかったこと

1 乙第二九六号証「検問表の送付について・検問表添付(昭和五〇年一二月二一日付)」

2 乙第一九一号証「不審車両の聞き込みについての報告書(昭和五〇年一二月二〇日付)」

3 乙第一九六号証「実況見分調書(現場・実施 昭和五〇年一二月二四日付)」

4 乙第一八五号証「現場資料採取報告書の送付について(昭和五〇年一二月二五日付)」

5 乙第一七四号証「現場資料採取報告書(昭和五〇年一二月二四日付)」

三、文書提出の義務の原因

1 民事訴訟法三一二条三号後段のいわゆる「法律関係文書」に該当する。

民事訴訟法三一二条三号後段にいう「法律関係に付き作成された文書」とは、挙証者と文書の所持者との法律関係それ自体を記載した文書だけでなく、その法律関係に関係のある事項を記載した文書であればよく、また、「法律関係」には、契約関係に限らず不法行為等その余の法律関係も含まれるものと解されている(菊井・村松全訂民事訴訟法II六一七頁以下、兼子ほか条解民事訴訟法一〇五七頁以下など)。従前の裁判例のほとんども、このように解している。

ところで、本問題は、刑事記録を民事訴訟(国家賠償訴訟)に利用しようとするものである。「法律関係文書」該当性について先例となる裁判例がある。

〈1〉 大阪地裁昭五八(モ)第七九二三号昭六〇・一・一四第三民事部決定(判例タイムズ五五二・一九二)

〈2〉 東京高裁昭五九(ラ)第四九九号 昭六〇・二・二一第七民事部決定(判例タイムズ五六〇・一三九、判例時報一一四九・一一九)

なお、この裁判例は、法務省訟務局編「文書提出命令関係裁判例集」の二五七番に「検察庁が不起訴事件記録の一部として保管所持する捜査書類は民訴法三一二条三号後段所定の文書に該当するが、刑訴法四七条の規定により右書類の提出を命ずることはできないとされた例」として掲載。

〈3〉 東京高政昭六二(ラ)第二三七号 昭六二・六・三〇第七民事部決定(判例タイムズ六五七・二三二、判例時報一二四三・三七)

右の〈1〉の裁判例は「捜索・差押令状の請求等の違法を理由とする国家賠償請求訴訟において、右令状請求時に作成、提出された警察官調書は法律関係文書にあたる」とされた事例である。令状が発布され捜索・差押が実施されることにより、法的地位の侵害の有無を内容とする法律関係が発生した。警察官調書は、令状請求の際、被疑事実を犯したと思料される資料として提出されたものであるから、法律関係文書に該当するとした。

〈2〉の裁判例は、挙証者と文書所持者の千葉地方検察庁を含む捜査機関との間には、被疑事実による捜査法律関係、それに伴い自由などの権利が右捜査機関により制約されたという法律関係がある。捜査記録の文書の性質・作成目的に照らし、民訴法三一二条三号後段所定の文書に該当する余地があるとした。

〈3〉の裁判例は、原判決が令状発布により捜索差押が許可され、実施されることによって、権利、自由が制約されるという法律関係が形成されたのであって、右法律関係に関連のある事実を記載していると認められる捜査報告書は法律関係文書に該当するとした判断を是認している。

本件で控訴人は、起訴検察官渡辺の公訴提起を違法と主張している。被控訴人国は、起訴検察官渡辺は、本件起訴時に存在した被告国の平成七年八月三一日付準備書面(一六)添付の証拠一覧表記載の各種証拠資料を前提にし、事実認定あるいは証拠評価を行ない本件公訴を提起したものであり、違法ではないと主張する(当審の平成八年一二月一一日付準備書面(一)の一二、一三頁、原審の平成七年八月三一日付準備書面(一六)の二九、三〇、三一、三二頁)。なお、右準備書面(一六)添付の証拠一覧表は、渡辺憲介速記録の末尾に添付された証拠一覧表と同一のものである。

そうすると、右証拠一覧表記載の三二通の証拠資料のうち、乙第一六三号証「鑑定人医師茂野録良供述調書」と乙第一九五号証「控訴人供述調書」は検察官作成のものであるから、その余の三〇通の証拠資料は警察から検察庁へ送致、送付、追送されたものということになる。

よって、送致書、追送書、そして、これに添付され送付された捜査資料は、起訴時検察官の手許にあって、起訴不起訴の判断に供された資料であるということになるわけで、これらを勘案して渡辺は本件公訴を提起したことになる。そして、渡辺の本件公訴提起により、控訴人は被告人という地位に立たされ、被控訴人国と控訴人の間に、起訴にかかる法律関係が形成されたことになる。

したがって、送致書、追送書、そして、これに添付され送付された捜査資料が、民訴法三一二条三号後段所定の「法律関係文書」に該当することについては、疑いをいれる余地がない。

2 民事訴訟法三一二条一号のいわゆる「引用文書」にも該当する。

民事訴訟法三一二条一号にいう「当事者が訴訟において引用したる文書」とは、口頭弁論や準備手続において引用したものにかぎられず、準備書面などで引用されてはいないが、本人尋間中でその文書の存在・内容を積極的に引用している場合もこれに当たると解され(菊井・村松、全訂民事訴訟法II六一二頁以下)、少なくとも当該訴訟中で積極的に該文書の存在に言及したものであることを要すると解されている(兼子ほか、条解民事訴訟法一〇四九頁以下)。

本件被告本人である起訴検察官渡辺憲介は、原審尋問で次のように述べる。

(矢吹代理人の問、以下同)

本速記録末尾添付の「証拠一覧表」と題する書面を示す

今あなたに示しております別紙証拠一覧表記載の、乙第一五九号証ないし乙第二九六号証の三二通の書証は、原告の業務上過失致死被告事件の刑事裁判においてその公判廷に顕出された全証拠のうち、あなたが起訴された昭和五二年二月一二日よりも以前に作成された日付のもの三二通であございます。既にこの裁判の法廷にも顕出さけております。起訴時より既に約一六年経過しておりますが、現在の裁判となり、あなたもこのように直接出廷するということにあたり、予め今示しております書証の内容は確認してきてもらっていますね。

(被告渡辺の答、以下同)

はい。

いずれも、あなたが原告を起訴した当時にあなたの手元にあった証拠に間違いないと聞いてよろしいでしょうか。

はい、そのとおりです。

ところで、あなたが主任検察官となるまでの送致並びに捜査経緯というものはお分かりでしょうか。

私は捜査担当の主任検察官は全くしておりません、私が担当したのは先程も申し上げましたように昭和五二年一月中旬、これは仙台地検の古川支部から事件が移送されてきてその段階で初めて私が主任検察官となったものであります。したがいまして、今お示しの捜査関係書類証拠は全部、私が主任検察官となる前の時点に収集された証拠でありまして、私がこの証拠を初めて見たのは今申し上げましたように昭和五二年一月中旬以降であります。

ちょっと、私のほうから事実確認のために誘導させていただきますが、本件の犯罪地管轄警察署は新潟県の津川警察署ですので、当然、新潟地区検に送致がなされるはずであります。乙第一六三号証を見ますと、茂野鑑定人医師の検面調書を新潟地検の検察官事務取扱副検事の山本副検事が作成されておりますが、当初は山本副検事が主任であったということになるわけですね。

新潟地検で本件の捜査が行われた際の主任検察官は

山本副検事であると思います。

その後、乙第一九五号証を見ますと、原告の検面調書を仙台地検古川支部の検察官事務取扱副検事である鈴木さんが作成されております。これは当時の原告の現在地に対する事件移送の関係でそうなったんですね。

新潟地検から被疑者の現在する仙台地検古川支部に

移送されて、そこで鈴木副検事が主任検察官となって

捜査したものと思います。

その後、あなたが新潟地検検察官事務取扱副検事として主任となられたのは、検察庁内部で日頃行われておりますけど、最終的にはその事件が仙台地検古川支部から再ひ新潟地検に戻ってきたと、そこであなたが主任になられたということで間違いないですね。

はい、そのとおりです。

先程もちょっとあなたがお述べになりましたが、あなた自身が主任検察官となられてから起訴までの間に、あなた自身で原告なり参考人を取り調べた、あるいは、警察が取り調べた、あるいは、その他の格別の補充捜査で証拠を作成するということを、結論で結構ですか、なさいましたか。

全くしておりません。

そうしますと、あなたが原告を起訴するか否かの認定判断の資料となる証拠となったものは先程よりあなたに示しております各証拠であったということですね。

今、手元に出してもらいました三二件の関係書類、

これであります。

右引用の本人尋問から明らかなとおり、被告本人渡辺憲介は、起訴日である昭和五二年二月一二日よりも以前に作成された日付のもの三二通のうち、検面調書である、乙第一六三号証「鑑定人医師茂野録良供述調書」と乙第一九五号証「控訴人供述調書」以外の三〇通は、いずれも、警察から送致・送付された文書であり、起訴時手許に存在したことを自認している。すなわち、右三〇通の文書は、いずれも送致書、追送書の「文書の標目」欄にその標題がまとめて記されていることを認めているのである。

つぎに、警察の違法な捜査を理由とする国家賠償請求において、不起訴処分となった被疑事件の参考人調書を「引用文書」にあたるとして、文書提出命令の申立が認められた事例を紹介しておく。

静岡地裁昭六一(モ)第二〇八号昭六二・一・一九決定(判時一二三六・一三四)と、

これを支持して静岡県の抗告を棄却した

東京高政昭六二(ラ)第八二号昭六二・七・一七第四民事部決定(判例タイムズ六四一・八〇)である。

右静岡地裁決定の「引用文書」について述べた部分を左記に示す。

「当事者が訴訟に於て引用したる文書」とは、立法の趣旨及び規定の文言から、ひろく当事者が、訴訟を自己に有利に展開するため、その存在及び内容に言及した文書をいい、言及の目的が、主張を明瞭ならしめるためであると、立証のためであるとを問わないし、まして、言及者が現に当該文書を証拠として援用する意思を有することも必要としないものと解すべきである。けだし、当事者が、自ら所持する文書につき、訴訟を自己に有利に展開するため、その存在と内容に言及しながら、その文書自体を提出しないことは、訴訟当事者として不公正であるばかりでなく、裁判所の心証形成に事実上無用の制約を課するものというべく、かかる場合には、すべからく当該文書を開示せしめて、直接相手方と裁判所の批判にさらすのが公正妥当だからである。

このように、「引用文書」につき文書提出義務が認められる実質的根拠について、当事者が所持する文書を訴訟を有利に展開するために引用しながら提出しないのは不公正として、当事者間の公正の観点を挙げるとともに、裁判所の心証形成に対する無用の制約を挙げている。

これを本件にあてはめて述べるならば、被告起訴検察官(及び国)が、訴訟を有利に展開するために、「起訴時起訴検察官の手許に警察から送致・送付された三〇通の文書が存在した」と言明し、他方で、送致、送付、追送書を提出しないで訴訟活動を行なうことは、アン・フェアということである。その主張どおりに、証拠資料が作成され、送付された関係にあるのか否か、すなわち、真実、右三〇通の文書が起訴時までに作成されていて、しかも、送致、送付、追送されているのかどうか、送致、送付、追送書を提出させることによって、当審において控訴人そして裁判所の吟味にさらすべきだということになる。

(別紙)準備書面(提出命令の必要性)

一、提出命令を求めている送致書、追送書の文書の標目に左記文書が掲げられているのか、該当時期に、警察から検察へ送致追送されているか、これが問題である。

1 乙第二九六号証「検問表の送付について・検問表添付(昭和五〇年一二月二一日付)」

2 乙第一九一号証「不審車両の聞き込みについての報告書(昭和五〇年一二月二〇日)」

3 乙第一九六号証「実況見分調書(現場・実施 昭和五〇年一二月二四日付)」

4 乙第一八五号証「現場資料採取報告書の送付について(昭和五〇年一二月二五日付)」

5 乙第一七四号証「現場資料採取報告書(昭和五〇年一二月二四日付)」

二、事前の開示はなく遅い段階の提出

原審の渡辺憲介証言によると、国の代理人から「証拠一覧表」と題する書面を示され、記載されている三二通の書証は起訴当時手許にあった証拠に間違いないとしている(「証拠一覧表」は原審第一四回口頭弁論速記録末尾に添付された)。

前記五点の書証は、右三二点の書証に含まれている。

しかし、いずれも、弁護人に対しては、刑事公判の事前に開示されていない。

甲第三五号証「第一審公判前開示証拠(請求予定証拠)と乙号証の対照」と題する文書記載の二三点が、本件刑事事件において、公判前に開示を受けた証拠である(一から二三までの順序は、開示された記録に綴じられていた順である)。

渡辺憲介速記録に添付された「証拠一覧表」記載の三二点の書証とは、九点において食違いがある。しかし、九点のうち、乙第一七八号証任意提出書(自動車運転日報等)、乙第一七九号証領置調書(同)、乙第一九二号証伊藤力の立回り先についての報告書、乙第一九五号証控訴人検面調書の四点については、当初、証拠請求する意思がなく開示されなかったとしても不思議でなく、控訴人としても問題とするつもりはない。

問題は、前記五点の書証である。起訴時手許にあったとする右証言は、以下に各個別に述べるとおり、重大な疑問がある。

三、乙第二九六号証

第一に、乙第二九六号証「検問表の送付について・検問表添付(昭和五〇年一二月二一日付)」である。これは検察官にとって極めて重要な証拠であった。

何故なら、検問を無事に通過した控訴人にあらためて捜査の目が向けられて、事故の三日後に検挙される端緒となったのは、紛れもなく検問記録の記載だからである。もし起訴検察官の手許にあったのなら、「加害車両として適合する時間帯に現場を通過している」とする情況証拠として「いの一番」に証拠申請されていたはずのものである。

さらにいえば、右検問表に記載されている事実すなわち「控訴人車両が午後九時五五分に、次順位で佐藤芳賢車両が午後一〇時に検問を受けた」とされる事実は、刑事一審判決には違法性がないとした原判決の最大の理由に引用されている。

「本件一審判決は、先ず、物証およびその鑑定結果並びに原告の異常走行体験供述等の証拠を除いた、事故現場を通過した関係各車両の通過時間・擦れ違い地点等を中心としたいわゆる情況証拠のみをもって、原告車両が轢過車両であると認定していることが認められる」(原判決書一五二、二〇三頁)

「加害車両として原告車両の他に通過車両を想定することが困難な当時の証拠資料および情況のもとでは、経験則上、普通の裁判官の事実認定として同様の手法が採用される可能性を否定できない」(同一五八頁)

「本件一審判決のこの事実認定が、普通の裁判官が合理的に判断すれば、当時の証拠資料・情況のもとでは到底そのような認定をしなかったであろうといえるほど著しく不合理な事実認定であったとまでは認めることはできない」(同二一〇、二一一頁)

すなわち、本件刑事事件では、右情況証拠をはじめとする証拠があるために、「普通の裁判官の四分の一以上の裁判官が、本件一審裁判官らと同様に、誤って、有罪の判決をすることが十分に考えられる」というのである。その最大の根拠が右検問表に示されている検問通過時間と検問通過順序だというのである。

このような有力な情況証拠である検問表が、何故に本件刑事一審の昭和五七年に入ってからなされた補充立証の段階まで放置されていたのか。さらに、当初は右情況証拠の立証は人証即ち佐藤芳賢および佐藤賢一の両証人による立証方法が目論まれたのか。そして、弁護人の「検問原メモ(検問票)」の証拠の開示請求がなされて、初めてこれに対抗するように証拠請求されたのか。極めて不可解というほかはない。

しかも、右検問表は、一見して「転記したもの(写したもの)」であることが明らかである。そこで、弁護人は検問の現場で作成された検問原メモ(検問票)の証拠開示を求め(乙第四九号証、第二七回公判調書の主任弁護人の発言と検察官の発言)、さらに検問現場作成の検開票の存否の確認を求めた。これに対して、検察官は現在検察官の手許証拠中には存在しないと応えていた(乙第四九号証、第二七回公判調書の主任弁護人の発言と検察官の発言)。右の経緯からすると、検問表作成の元となった検問票は、検察官に送致・送付されていないことになる。

そして、刑事二審において、弁護人の求釈明に対し立会検察官は「検問表作成の元となった原メモ(検問票)はあったが、三年間の保存期間か経過したのて、廃棄処分にしている。」と応えた(甲第二五号証弁護団報告書、刑事二審判決書二一丁裏、なお、熊谷巡査作成と判示する点は誤りであることは再三指摘した)。事件から三年間といえば、昭和五三年一二月末頃であり、「右後輪付着物は血痕(人血)でない」とする船尾忠孝教授の鑑定書が出てその尋問もなされ、さらには、江守一郎教授に対する鑑定申請もなされるなど、検察側では公訴維持が苦境に陥っていたときである(甲第二二号証遠藤祐一事件経過表)。このような時期に、控訴人が犯人であるとすれば、情況証拠としては有力であり、しかも「転記したもの(写したもの)」である「検問表」に比べて、最良の証拠であるはずの現場で作成された検問原メモすなわち「検問票」を、廃棄処分にするなどということはありうるのか。現に、検問を実施した経験のある警察官証人佐藤賢一は、「検問票は検挙事件の場合は、判決があるまで保存する」と明言している(乙第二六七号証)。余りにも当然のことであろう。

刑事一審の立会検察官が「あるともないともあいまいにしていた」検問票について、刑事二審の立会検察官の釈明によると「事件から三年の経過により、廃棄処分にされている」となる。

このような経緯は、控訴人と同様「誤捜査・誤起訴」により刑事訴追を受ける可能性が常にある一般国民の誰もが、絶対に納得することはできない。

さらに指摘すべきことは、証人佐藤賢一は検問票の記載形式につき「検問時間、検問車両、車両の特徴、形状、色、運転者と同乗者の氏名、それに車両ナンバーを書き込む形になっている」とも明言した。ところが本件検問表には、検問時間、車両ナンバー、運転手の住所・氏名だけしか記載されてない(車両の特徴が記載されているのは、一台目のサニーバンのみ。乙二九六号証)。検問車両に関する情報量が極端に少なく、記載はそれ自体不自然である。

さらに、不自然なのは、「死亡ひき逃げ事件捜査に関する車両調査について」(乙第一九九号証)である。これは、当時の公判立会の赤松検事から調査依頼された警察官佐藤賢一が、陸運事務所で、控訴人車両を除く各検問車両の型式内容を調査、さらに検問車両順に車両写真の車列表を添付してあるものである。佐藤賢一は、この捜査報告書は、赤松検事の指示により検問表に基づき車両ナンバーをひろい調査し作成したと証言している。いかにも、この調査によって、初めて各検問車両の形状等が判明したかの如き立証をしようとした。しかし、そうではない。刑事一審第七回公判で、本件事故の第一発見者である中川は、最後に擦れ違った車両は冷凍車と明言した。その冷凍車が右捜査報告書の七番目の検問車両として記載されていた(そして、真犯人車両ならば順番のずれはむしろ自然)。

冷凍車が検問を通過した車両中に存在していた事実、これこそが、最良証拠である検問票が不自然にも「廃棄」されたり、この検問票から写されたとされている検問表の記載が、前記のように、検問車両に関する情報量か極端に少なく不自然だったり、さらには、控訴人車両に対する捜査の具体的端緒であるのに、昭和五七年の所謂補充立証まで検問関連の立証が回避されてきた不可解さ、しかも、弁護人から検問票の開示の請求があるまで、検問票はもちろんのこと検問表すら提出しようとせず人証により検問関連の立証を目論んだこと、等々の到底了解しがたい不自然な事態を生み出しているのである。

すなわち、検問立証は、第七回公判中川冷凍車証言を裏付けることになりかねないとされ、公訴維持のため、むしろ意図的に回避されていたとみるほかはない。

他方、本件検問表が起訴検察官の手許にあったなら、「加害車両として適合する時間帯に現場を通過したとの情況証拠として証拠申請されていたはずである」との指摘をした。これに加えて、起訴検察官の意識として、控訴人車両が検問を無事通過している事実についての認識があまりにも希薄との見方が成り立つ。

これは、当審で陳述済みの控訴人準備書面で「通常の検察官なら、タイヤ外側面上に一九×二〇センチメートル大に付着しているはずの被害者の血液か発見されず検問を通過したという事態に当面すれば、必らず補充捜査等を行なう。被控訴人渡辺には、検問時における見落とし(未発見)の問題を考慮した形跡は認められない。控訴人車両が事故直後に緊急配備検問を受けた事実についてすら認識が欠落していたか、あるいは不十分であったというべきである。」(六九頁以下)と指摘した点である。

同様に、異常走行体験をした僅か三〇分後に検問で津川のひき逃けを知らされているのに控訴人に事故認識が生じない不自然さについて、渡辺が考慮を払ってないことにも、検問を受けた事実につき認識が欠落していたとみると了解できることになる(七六頁以下)。

このような、検問時の「血痕」見落とし(未発見)を考慮しない起訴、事故の認識の欠落を不自然とみない起訴は、そもそも、起訴検察官自身に検問の認識の欠落かあったとすると、首肯できよう。この点からも、検問表は起訴前には目にすることがなかったのではないかとの見方ができる。

渡辺は、原審では「検問表の記載から控訴人車両が新潟方面から会津若松方面に向かって国道四九号線を走行してきた事実を認めた」と供述している(第一四回口頭弁論速記録九頁)。他方、渡辺は原審で「検問表は手許にあったか、起訴の決済を受けるたや記録を整理して二つに分けるが、どちらに入れたか記憶がない」とあいまいに述べている(第一五回口頭弁論速記録五五頁)。

検問票(原メモ)が送致・送付されず、検問表が送致・送付されたというのも不合理・不自然である。そして、送致・送付され手許にあったはずの検問表が、昭和五二年五月二三日第一回公判から昭和五七年二月一八日第二七回公判まで五年間もの間、証拠請求されなかったというのも不可解の極みである。

三、乙第一九一号証

第二に、乙第一九一号証「不審車両の聞き込みについての報告書(昭和五〇年一二月二〇日)」である。これは、乙第七〇号証検察官証拠請求カード八一番の立証趣旨を見ればわかるとおり、中川丈次の検面調書の法三二一条一項二号規定の特信性を立証しようとし、昭和五六年一〇月二七日第二四回公判で証拠申請がなされ採用された。その内容は「事故を発見する前最後に擦れ違ったのは四~五トンくらいのトラックであった」とするものである。

「不審車両」と題して事故当日相田博道によって作成されたようになっている。だか、この情報を控訴人車両に捜査の目を向けていく過程で活用されたとの事情はまったく認められず、その作成の経緯が記載どおりといえるものか疑問である。この点は、刑事一審弁護人最終弁論でも疑問点の指摘をしておいた(乙第六四号証、刑事一審弁論要旨二三八、二三九、二五五頁)。

他方、渡辺は原審で「乙第一九一号証報告書に出てくるトラックは控訴人車両だろうと判断して起訴した」旨の供述をしている(第一四回口頭弁論速記録一四、一五頁)。しかし、起訴時には検察官の手許にはなく、後日に作成されたものではないかとの疑いが濃厚なのである。

四、乙第一九六号証

第三に、乙第一九六号証「実況見分調書(現場・実施昭和五〇年一二月二四日付)」である。作成名義は相田博道で第三回と表示されている。二〇日の事故当夜に現場で行われた第一回実況見分の調書(乙第一五九号証、但し作成日付は二四日)、翌二一日午前に現場で行われた第二回実況見分の調書(乙第一六〇号証、作成日付は二四日)も相田博道作成名義である。

この二〇日、二一日実施の実況見分の調書は、刑事第一審第一回公判期日に証拠請求された。だが、二四日に実施されたとされる第三回実況見分の調書は、何故か第一回公判期日には証拠請求されていない。

刑事一審判決が「被告人に異常走行をしたと思われる地点を指示させたところ、実際の事故現場から僅かに約一四・七五メートルしか離れていない会津若松市寄りの地点を指示した」との認定をするには、この第三回相田実況見分調書(乙第一九六号証)が必須の証拠であること、そして、これは渡辺実況見分調書(乙第一七〇号証)の不足に気がつかれて後日に作成されたとみるほかないこと、などは当審提出済み準備書面において詳細に指摘した(一五七~一七七頁、二五六、二五七頁)。

起訴検察官渡辺は、原審で「乙第一九六号証は手許にあり見た、起訴証拠の方に分類しておいた、だから当然提出されるものと思っていた。なぜ除かれたかわからないが……公判係が……除いたのではないか)」とする趣旨の供述をしている(第一四回口頭弁論速記録二四頁、第一五回口頭弁論速記録五二~五五頁)。そうすると、起訴検察官が分類していたものを、わざわざ、公判係検察官(村山創史検察官か?)が除いたことになる。

そして、これは、昭和五六年六月一二日第二三回公判で証拠請求された。乙第一九六号証は起訴時にはなく、後日作成された疑いが極めて濃厚なのである。

五、乙第一八五号証、乙第一七四号証

第四に、乙第一八五号証「現場資料採取報告書の送付について(昭和五〇年一二月二五日付)」と乙第一七四号証「現場資料採取報告書(同月二四日付)」である。乙第一八五号証は表書きだから、重要なのは乙第一七四号証である。

これは、弁護人に対する事前の開示証拠には入っていなかった(甲第三五号証)が、第一回公判期日で証拠申請された(乙第七〇号証)。

この記載内容で特徴的なのは、一二月二三日に宮城県岩沼警察署で新潟県警技術吏員横山修一が「血痕様のもの」「毛髪様のもの」「皮膚片様のもの」を採取した記載があるのに、同日採取されたことになっている「布目痕」(乙第二〇四号証鑑定嘱託書)の記載がないことである。

これは、乙第一七四号証採取報告書の作成者が横山修一であるが、横山自らは「血痕様のもの」「毛髪様のもの」「皮膚片様のもの」を鑑定したが、布目痕の鑑定をしたのは、横山ではなく、阿部隆技術吏員であったため、布目痕の記載を失念してしまったのではないか。このような見方(乙第六四号証、刑事一審弁論要旨七四~七八頁)から、刑事一審で後日追完したものではないかと追及すると、岸川警察署の捜査の総括責任者渡辺良夫証人は、当時、すべての捜査書類に目を通していたこと及び書類の不備を訂正させていたことを自認しつつ、一二月二四日に作成されたかどうかわからないと証言した(乙第二ー九号証一三〇丁以下)。

起訴検察官渡辺は、原審で「乙第一七四号証は見た記憶がある、……だが布目痕の採取をこれで確認したわけではない……」旨の供述をしている(第一五回口頭弁論速記録五五~五七頁)。乙第一九六号証は起訴時には存在せず、後日、第一回公判期日までの間に追完作成された疑いが極めて濃厚なのである。

(別紙)文書提出命令申立意見書

控訴人は、文書提出命令申立に対する被控訴人意見書(平成九年四月三〇日付)につき、次のとおり反論する(条解民事訴訟法 兼子ほか 弘文堂、一〇四六頁以下、注解民事訴訟法(8)-第二版 第一法規、一三二頁以下 文献等参照)。

一、法律関係文書に該当すること

被控訴人の意見は、要するに、送致書、書類目録、追送書はいずれも捜査機関の内部手続のため、捜査機関相互の連絡を目的として作成された文書であるから、文書の所持者である検察官と挙証者である控訴人との間の法律関係の基礎となったり、裏付けとなる事項を明らかにする目的の下に作成された文書ではないとする点にあるようである(右被控訴人意見書七、八頁)。

しかしながら、送致書には、被疑者の被疑事実(及び情状事実)が記載されることになっていて、被疑事実は、送致当時における被疑者と文書所持者の検察官(国)を含む捜査機関との間に存在する捜査法律関係を示している。被疑事実の記載されている送致書は、被控訴人が指摘するように(右被控訴人意見書九頁)、その実質が、所持人である捜査機関(検察庁とか検察官)と挙証者たる被疑者との間の法律関係である公訴提起をするか否かを決めるための犯罪事実および情状等を明らかにする目的で作成される文書にほかならないといえよう。

そして、書類目録は、捜査機関か送致書に記載された被疑事実(及び情状事実)を構成するもととなった証拠資料の標目であり、送致書に記載された被疑事実は書類目録に記載された証拠資料を捜査機関の立場から集大成したものということになるのである。

民事訴訟法第三一二条三号後段(法律関係文書)の立法趣旨は、挙証者が立証に必要な文書を所持していないのに、これを所持している相手方が任意に提出することが期待できない場合に、挙証者の不利益を救い、ひいては、訴訟における真実の発見を期するところにある。

右立法趣旨にそい、法律関係文書の要件に関する今日の通説・判例は、緩やかに解するものであり、文書の記載が挙証者と文書所持者との間の法律関係に関係があれば足りるとされている。

送致書は、記載された被疑事実が挙証者(控訴人)と文書所持者(被控訴人国)の間に成立した捜査法律関係自体を記載内容とし、また書類目録は、そこに記載されている証拠資料としての文書の標目が、捜査法律関係と密接な関連を有する事項を記載内容とするものである。

送致書、書類目録は、弁解録取や勾留理由開示の手続等に利用されていることは明らかで、挙証者と文書所持者その他の者の共同の目的・利用のために作成されている共通文書である。被控訴人が主張するような内部文書ではない。

よって、送致書、書類目録、追送書が法律関係文書に該当することについては、疑いをいれる余地がない。

二、引用文書に該当すること

被控訴人の意見は、要するに、渡邊憲介は、その本人尋問において、送致書、書類目録、追送書の存在自体に言及したことはなく、また、原審における被控訴人の主張としても、送致書、書類目録、追送書の存在に言及したことはないとする点にあるようである(右被控訴人意見書一二、一三、一四頁)。

本件で、控訴人の刑事事件について送致書、書類目録、(さらには追送書)が存在すること自体に疑いをいれる余地はない。

そうすると、公訴提起時に存在したと指摘されている三二点の証拠資料のうち検察官が作成した二点を除く三〇点の証拠資料は、所轄の警察の捜査により作成され、検察庁に送られてきたものである。これはとりもなおさず、手続としては、必ず、警察から検察庁にあてた送致書、追送書とともに引き継がれるのであり、また、書類目録には必ず証拠資料の標目が記載されることになっているのである。

実質的にみて、渡邊憲介が引用している文書であることは否定すべくもない。

被控訴人が、渡邊憲介は送致書、書類目録、追送書の存在自体に言及したことはない等述べて引用文書に当たらないと理由づけようとすることは、単なる言葉の遊びにすぎない。

しかも、渡邊憲介はその本人尋問において、明確に、送致書の存在自体に言及している。警察捜査の結果である被疑事実と自らの構成した公訴事実とが大筋で一致していることを認めている問答(原審第一四回口頭弁論の速記録五七ないし五九頁)の中で、裁判長の問いに対して「送致書はあります。事件はどんな事件でも送致書を添付して必ず事件を送致しますから送致書はあります。」(同五八頁)と述べているのである。

もはや、送致書、書類目録、(さらには追送書)が引用文書たることに疑いをいれる余地はない。

三、文書提出命令申立ての必要性

被控訴人国は、起訴検察官渡辺が、本件起訴時に存在した被告国の平成七年八月三一日付準備書面(一六)添付の証拠一覧表記載の各種証拠資料を前提にし、事実認定あるいは証拠評価を行ない本件公訴を提起したものであり、違法ではないと主張する(当審の平成八年一二月二一日付準備書面(一)の一二、一三頁、原審の平成七年八月三一日付準備書面(一六)の二九、三〇、三一、三二頁)。

なお、右準備書面(一六)添付の証拠一覧表は、渡辺憲介速記録の末尾に添付された証拠一覧表と同一のものである。

右証拠一覧表記載三二通の証拠資料中、乙第一六三号証と乙第一九五号証は、検察官の作成したものであるが、その余の三〇通の証拠資料は警察から検察庁へ送致、送付、追送されたものということになる。

被控訴人国の主張を前提とすると、三〇通の証拠資料は書類目録の文書の標目に記載されていることになる。披控訴人国は、これを証拠として提出することにより、容易にその主張と渡辺憲介の原審供述を裏付けることができるはずである。

しかるに、被控訴人国は、これを積極的に証拠として提出することをしないはがりか、平成八年一二月一六日付で発せられた取寄の決定に対しても応じない。

貴裁判所におかれては、先の「文書取寄決定」の趣旨に沿い、その必然的帰結として、速やかに「文書提出命令」を出されるよう、強く求めるものである。

(別紙)文書提出命令申立てに対する意見書

控訴人の文書提出命令申立書による申立て(以下「本件申立て」という。)は、以下のとおり、右命令を発すべき理由及び必要性が存しないので、却下されるべきである。

一 文書提出義務のないこと

控訴人は、文書提出命令を求める文書の表示として、

「控訴人に対する業務上過失致死事件の送致書、追送書一切(右には、証拠の目録、標目、公判記録として提出されない文書類も含むが、送付嘱託の申立と異なり、文書の標目のある送致書、追送書だけでよい。)」とし(以下これらの文書を「本件文書」という。)、本件申立ての法的根拠として、本件文書は民訴法三一二条三号後段のいわゆる法律関係文書及び同法三一二条一号のいわゆる引用文書に該当すると主張する。

1 民訴法三一二条の趣旨について

民訴法は、弁論主義を基調とし、当事者が自ら所持する文書を証拠として提出するかどうかは原則として当事者の責任にゆだねている。したがって、当事者は証拠につき処分の自由を有するのであるが、同条一号ないし三号所定の場合に限り、文書の所持者に対して証拠としての文書提出義務を課し、当事者による証拠についての処分の自由の原則に対する例外としている。これは、挙証者と文書の所持者とがその文書について同条所定の特別な関係を有するときに限定して、挙証者の利益のために、当該文書の所持者の右処分権に制限を加えようとするものである。

したがって、同条一号、三号後段の解釈に当たっては、右のとおり同条が弁論主義の原則に対する例外規定である上、右提出義務の違反に対しては、同法三一六条ないし三一八条所定の不利益ないし制裁が科されることを考えると、これを安易に拡張解釈することは慎むべきである(菊井維大ほか・全訂民事訴訟法II六一一ページ)。

2 民訴法三一二条三号後段の意義について

同法三一二条三号後段は、「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書(以下、「法律関係文書」という。)については、文書の所持者に提出義務を認めているが、この場合の法律関係文書とは、法律関係それ自体を記載した文書だけではなく、その法律関係に関連のある記載をした文書でもよいとされているものの、その規定が法律関係「ニ付作成セラレタ」としてその作成行為に重点を置いて規定していることなどからすれば、単に法律関係に関連する事項が記載されているというだけでなく、少なくとも、当該文書が挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体、あるいはその法律関係の基礎となり又は裏付けとなる事項を明らかにする目的の下に作成されたものであることが必要であり、そのような目的を欠き、もっぱら文書の所持者が自己使用のために作成したにすぎない文書は、その記載事項いかんにかかわりなく法律関係「ニ付」作成された文書に当たらないというべきである(菊井維大ほか前掲書六二〇ページ、中込秀樹ほか・行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究二一一ページ)。

このような観点から、裁判例も、土地売買に関する買主たる会社内部の稟議書(仙台高裁昭和三一年一一月二九日決定・下級裁判所民事裁判例集七巻一一号三四六〇ページ)、弛制退去手続の過程で作成された稟議書(東京高裁昭和五二年三月九日決定・訟務月報二三巻三号五〇〇ページ、土地区画整理審議会の議事録(東京高裁昭和五三年五月二六日決定・判例時報八九四号六六ページ)などのように、文書所持者の内部手続や事務処理を行うために作成された文書はもとより、中学校校長が高等学校校長あてに送付した調査書(いわゆる内申書)(東京高裁昭和五一年六月二九日決定・判例時報八二六号三八ページ)、社会福祉協議会に対して福祉事務所長が意見を述べた意見書(福岡地裁平成五年一〇月二九日決定・判例地方自治一二三号六五ページ)、電力会社が財団法人電力中央研究所原子力情報センターに提出した文書(仙台地裁平成五年三月一二日決定・判例時報一四五二号三ページ)などのように、挙証者以外の者と文書所持者との間で連絡あるいは報告等をする目的で作成された文書も、法律関係「ニ付」作成された文書に当たらないと解している。

3 本件文書か法律関係文書に該当しないことについて

本件において、控訴人は、送致書、書証目録及び関係書類追送書につき文書提出命令の申立てをしていると解されるところ、送致書は、捜査機関である司法警察員と検察官との間で事件引き継ぎの手続である事件送致が行われたことを手続上明らかにする目的で作成され、書類目録は、事件送致で授受される文書を特定しその授受に遺漏がないようにする目的で作成され、関係書類追送書は、書類目録と同様に、事件送致後に授受される文書を特定し、その授受に遺漏がないようにする目的で作成された、いわば連絡文書というべきものであって、いずれも、専ら捜査機関の内部手続のため、捜査機関相互の連絡を目的として作成された文書であると認められ、文書の所持者である検察官と挙証者である控訴人との間の法律関係の基礎となったり、裏付けとなる事項を明らかにする目的の下に作成された文書でないことは明らかである。

これに対し、控訴人は、捜査報告書や供述調書等が法律関係文書に該当するとした裁判例がある旨主張する(控訴人の一九九七年三月三一日付け文書提出命令申立補充書四ページ以下)が、捜査報告書等については、報告書等の名称ではあるものの、その実質が所持人である捜査機関が挙証者たる被疑者との間の法律関係である公訴提起をするか否かを決めるための犯罪事実及び情状等を明らかにする目的で作成される文書であると解する余地があるとしても、送致書、書類目録及び関係書類追送書は、右のとおり、専ら捜査機関の内部手続のため、捜査機関相互の連絡を目的に作成されたものであるので、本件が控訴人の主張する裁判例と事案を異にすることは明らかである。

なお、控訴人は、文書提出命令申立補充書において、

「文書の標目のある送致書、追送書」を本件申立ての対象文書としているが、検事総長が刑訴法一九三条一項に基づき指示をした昭和三六年六月一日最高検指示第一号及び同指示で送致書等の書式等を定めた司法警察職員捜査書類基本書式例によれば、送致書には「文書の標目」欄は存せず、これが存するのは「書類目録」であること(同指示中の様式第五三号及び第五四号)、「送致(付)記録は、おおむね次の順序によってつづり、逮捕状及び遅延事由報告書は、送致記録の末尾に添付すること。一 送致(付)書、二 証拠金品総目録、三 書類目録、四 その他の書類(受付又は作成の順序によるものとする。)」とされ(同指示中の書式例取扱要領第三)、送致書と書類目録が別個の文書として取り扱われていることからすれば、送致書と書類目録が別個の文書であることは明らかである。このことは、実務においても、書類目録と送致書は別個の文書であることを前提に、書類目録には送致書の契印が押されないという取扱いとなっていることによっても裏付けられているというべきである。

また、控訴人は、「追送書」を本件申立ての対象文書としており、その意味するところが、事件を追送致する「追送致書」であるのか、それとも事件送致後に関係書類を追送する「関係書類追送書」であるのか、必ずしも明らかではないが、控訴人につき事件の追送致をした事実は存しないから、控訴人が主張する「追送書」とは、「関係書類追送書」を意味するものと解される。

4 本件文書が民訴法三一二条一号の文書に該当しないことについて

民訴法三一二条一号にいう「当事者ガ訴訟ニ於テ引用シタル文書」(以下、引用文書という。)とは、「当事者がその訴訟の口頭弁論期日等において積極的にその存在に言及して自己の主張の根拠ないし補助とした文書をいう」などと定義され(東京高裁平成五年五月二一日決定・金融・商事判例九三四号二三ページ)、控訴人も主張するように、当該訴訟中で積極的に該文書の存在に言及したものであることを要する。

ところで、控訴人は、送致書等が引用文書に当たる根拠として、起訴検察官渡邊憲介の尋問結果を引用し、「被告本人渡辺(指定代理人注、正確には「渡邊」)憲介は、…三〇通は、いずれも、警察から送致・送付された文書であり、起訴時手元に存在したことを自認している。すなわち、右三〇通の文書は、いずれも送致書、追送書の「文書の標目」欄にその標題がまとめて記されていることを認めているのである。」と主張する。

確かに、渡邊検察官は、その本人尋問において、起訴時に右三〇通の書類が手元に存在したことは認めており、控訴人の右主張の前段についてはそのとおりであるが、しかし、渡邊検察官が右三〇通の書類が書類目録あるいは関係書類追送書の文書の標目に記載されていたと述べたことはないし、そもそも送致書や関係書類追送書の存在自体について、何ら言及していないのであって、控訴人が主張するように、「右三〇通の文書は、いずれも送致書、追送書の「文書の標目」欄にその標題がまとめて記されていることを認めている」ということはないのである。

また、被控訴人は、原審の主張においても、「公訴の提起の時点における別紙証拠一覧表記載の各種の証拠資料を総合勘案し、原告には有罪と認められる嫌疑があると判断して公訴を提起した」(被告の平成七年八月三一日付け準備書面(一六)第三の二1)と主張したにすぎない。すなわち、被控訴人は、公訴提起時において右被告準備書面(一六)添付の別紙証拠一覧表記載の書類が渡邊検察官の手元に存在した事実しか主張しておらず、右書類が書類目録や関係書類追送書の「文書の標目」欄に記載されていた事実等を含めて、被控訴人の主張において送致書等の存在に言及したことはない。

したがって、本件訴訟において本件文書が引用文書に該当するとする控訴人の主張が失当であることは明らかである。

二 本件申立ての必要性について

1 控訴人は、前記文書提出命令申立補充書において、立証すべき事実として、「左記文書(指定代理人注、乙第二九六号証、乙第一九一号証、乙第一九六号証、乙第一八五号証及び乙第一七四号証)は、本件公訴提起前には、送致、送付、追送されておらず、したがって、起訴前、起訴検察官渡辺(指定代理人注、正確には「渡邊」)憲介の手許にはなかったこと」としているところ、右事実については、既に、渡邊検察官が証人として原審法廷に出頭し、右文書が公訴提起前に検察官の手許に存在した旨証言しているところである。控訴人は、一九九七年三月三一日付け準備書面(提出命令の必要性)において、乙第二九六号証の「検問表の送付について・検問表添付」等の五点の書証が、「いずれも、弁護人に対しては、刑事公判の事前に開示されていない(同準備書面三ページ)」ことや刑事公判の当初には検察官から証拠請求がなされなかったことを主たる根拠として、渡邊検察官の証言に重大な疑問があると主張し、それゆえ、「書類目録」及び「関係書類追送書」の提出命令が必要であると主張するもののようである。

しかしながら、刑事公判において、検察官は、捜査して収集した証拠のすべてを弁護人に開示しなければならない義務はなく、立証に必要な最良証拠を取捨選択して、弁護人に開示し、刑事公判に証拠申請するものであって、単に、弁護人に開示した時期が遅く、刑事公判に証拠申請したのか起訴から相当な年月が経過した後だったからといって、そのことが直ちに起訴前に当該証拠資料が検察官の手許になかったということにはならず、控訴人の右主張は、その前提において誤っているといわざるを得ない。

以下、控訴人の指摘する各書証ことの問題点について反論する。

2 乙第二九六号証「検問表の送付について・検問表添付(昭和五〇年一二月二一日付)」について

控訴人は、乙第二九六号証が「もし起訴検察官の手許にあったのなら、『加害車両として適合する時間帯に現場を通過している』とする状況証拠として『いの一番』に証拠申請されていたはずのものである。」と主張する。

確かに、乙第二九六号証に示されている控訴人運転車両の検問通過時間と検問通過順序が、控訴人を犯人と認定する上での有力な状況証拠の一つであることはそのとおりであるが、そのほかにも、控訴人を犯人と認定する上での有力な証拠としては、控訴人運転車両に被害者のものと思料される血痕が付着していたことを証明するための鑑定書等があること、かつ、控訴人は、捜査段階においてはもとより、新潟地方裁判所における刑事第一回公判においても、「起訴状記載の日時頃その場所で車を運転した事実は相違ありません。」と供述していたことなどを考慮すると、公判担当の検察官において、まず、この鑑定書等を証拠申請し、昭和五七年に入ってから乙第二九六号証の証拠申請をしたとしても何ら不自然とは認められない。

また、控訴人は、「検問時の『血痕』見落とし(未発見)を考慮しない起訴、事故の認識の欠落を不自然とみない起訴は、そもそも、起訴検察官自身に検問の認識の欠落があったとすると、首肯できよう。この点からも、検問表は起訴前には目にすることがなかったのではないかとの見方ができる。」と主張する(控訴人の前記準備書面一二ページ)。

しかしながら、事故態様が把握されていない段階における検問警察官の短時間の車両検査によっても当然に右後輪付着物を発見し得たとする控訴人の主張が、警察による検問の実態を理解しない一方的な見解であることは、被控訴人国の平成八年一二月一一日付け準備書面一の第二の四3で述べたとおりであり、また、控訴人」の事故の認識がない旨の捜査段階における供述を前提とする起訴が不自然でないことも、同準備書面一の第二の五3で述べたとおりであって、控訴人の主張はこの点においても前提において誤っているといわざるを得ない。

なお、控訴人は、「冷凍車が検問を通過した車両中に存在していた事実」があり、検察官が検問立証を行って、右事実が明らかになると「刑事一審第七回公判中川冷凍車証言を裏付けることになりかねないとされ、公訴維持のため、むしろ意図的に回避されていたとみるほかない。」と推論に推論を重ねた主張をしている(控訴人の前記準備書面一〇ページ)。控訴人のこの推論に基づく主張は、「刑事一審第七回公判で、本件事故の第一発見者である中川は、最後に擦れ違った車両は冷凍車と明言した」ことを前提とするものであるが、中川が刑事一審第七回公判で、前記内容を「明言」したものでないことは、被控訴人国の原審における平成四年九月二九日付け準備書面(一〇)の第一の二2で述べたとおりであり、控訴人の主張はこの点において既に破綻しているといわざるを得ない。

3 乙第一九一号証「不審車両の聞き込みについての報告書(昭和五〇年一二月二〇日)」について

控訴人は、乙第一九一号証についても、「起訴時には検察官の手許にはなく、後日に作成されたものではないかとの疑いが濃厚なのである。」と主張し(控訴人の前記準備書面一四ページ)、その直接的な根拠は、結局、弁護人に対しては、刑事公判の事前に開示されていないことのみのようであるが、それが全く根拠たり得ないことは前記二1で述べたとおりである。

しかも、乙第一九一号証は、中川丈次からの聞き込み内容についての報告書であり、同人を取り調べた供述調書を証拠申請する場合に、同人からの聞き込み内容を記載した報告書を証拠申請する必要性はなく、当初、これを弁護人に開示せず、証拠申請しないでおいて、後に右中川の検面調書の特信性を立証する必要が生じた段階で証拠申請したことは、検察官として合理的な対応であり、なんら不自然な点はない。

4 乙第一九六号証「実況見分調書(現場・実施 昭和五〇年一二月二四日付)」について

控訴人は、起訴検察官が乙第一九六号証を公判提出用証拠に分類していたものを、わざわざ、公判係検察官がそれを除いて不提出としたことが不自然であるとするもののようであり、それゆえ、「乙第一九六号証は起訴時にはなく、後日作成された疑いが極めて濃厚なのである。」と主張するが(控訴人の前記準備書面一五、一六ページ)、そもそも公判係検察官は、起訴検察官が公判提出用証拠として分類したものをそのまま証拠申請するものてはない。公判係検察官は、公判立証の責任者として、起訴検察官による右分類を参考としつつも、独自の視点から、公判立証における最良証拠は何かということを検討して、公判提出用の証拠を分類するのであるし、しかも、それは、公判の状況に応じて、その分類を変更することもあるのであって、起訴検察官が公判提出用として分類した証拠を、当初、証拠申請しなかったとしても、そのことから直ちに不自然な対応であるということにはならない。したがって、控訴人の右主張は根拠薄弱といわざるを得ない。

5 乙第一八五号証「現場資料採取報告書の送付について(昭和五〇年一二月二五日付)」及び乙第一七四号証「現場資料採取報告書(昭和五〇年一二月二四日付)」について

控訴人は、乙第一七四号証には、同日採取されたことになっている「布目痕」の記載がないことを主たる根拠に、「乙第一九六号証(指定代理人注、乙第一七四号証の誤記であると思われる。)は起訴時には存在せず、後日、第一回公判期日までの間に追完作成された疑いが極めて濃厚なのである。」と主張する(控訴人の前記準備書面一七ページ)。しかしながら、控訴人の右主張自体、根拠が極めて薄弱であることは明らかである。仮に起訴後に作成されたものたとすれば、むしろ、布目痕の記載を落とすようなことはしないはずだともいえるからである。

6 以上のとおり、乙第二九六号証、乙第一九一号証、乙第一九六号証、乙第一八五号証及び乙第一七四号証の五点の書証が、起訴当時、検察官の手許に存在したとする渡邊検察官の証言内容には重大な疑問があるとする控訴人の主張には何らの根拠がなく、渡邊検察官の証言内容に重大な疑問があることを前提とする本件申立ての必要性がないことも明らかであるといわざるを得ない。

この点からも、本件申立ては却下を免れないというべきである。

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