大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 平成9年(ラ)1159号 決定

抗告人

冨森正弘

右訴訟代理人弁護士

武井共夫

同復代理人弁護士

野呂芳子

相手方

市田嘉兵衛

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件移送申立てを却下する。

理由

一  抗告人は、主文同旨の決定を求めるものであり、その理由は、別紙「抗告の理由」のとおりである。

二  一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  抗告人は、相手方に対する貸金債権八〇万円(以下「本件貸金」という。)とこれに対する遅延損害金の支払を求めて、平成八年、相手方の住所地を管轄する木津簡易裁判所に支払命令の申立てをし、同裁判所は、同年一一月一一日、その支払を命ずる支払命令を発した。これに対して、相手方は、同月二〇日、右支払命令に対し、抗告人から金銭を借りたことも受け取ったこともなく、抗告人主張の貸借は捏造であるとの理由を付して異議の申立てをしたので、右事件について、支払命令の申立ての時に遡って訴えを提起したものとみなされた。抗告人は、相手方が支払命令に対して異議の申立てをしたことを知り、平成八年一二月一一日、訴えを取り下げた。

2  抗告人は、抗告人訴訟代理人を選任のうえ、平成九年二月一七日、相手方を被告として、前記貸金債権とこれに対する利息及び遅延損害金のほか、相手方の右異議申立ての際に貸借が捏造であると記載したことが抗告人の名誉を侵害する等の不法行為に当たるとしてその損害賠償金二〇万円の支払を求める訴訟(以下「本案訴訟」という。)を抗告人の住所地を管轄する横浜地方裁判所に提起した。

3  これに対して、相手方は、本件貸金の事実がないこと、相手方との間に管轄の合意がないこと、横浜まで出向く体力、時間、費用等がないことを理由として、本案訴訟を相手方の住所地を管轄する地方裁判所へ移送することを求める本件申立てをした。原審は、相手方の申立てを認め、本案訴訟を京都地方裁判所へ移送するとの決定をした。

二  相手方の本件移送申立ては、本案訴訟について横浜地方裁判所の管轄を否定する趣旨ではないから、民事訴訟法三一条に基づく移送の申立てであると解される。

そこで、同条に基づく移送の可否について検討するに、一件記録によれば、本案訴訟の争点は、主として本件貸金における貸借の事実の有無にあるところ、抗告人は、その請求原因事実を立証するため、貸主抗告人、借主相手方の作成名義の金銭消費貸借契約書を提出すべく訴状にその写を付属書類として添付しているから、証拠調べとしては、専ら右書証の成立の真正を巡り、その作成に関与したと主張されると思われる横浜市在住の抗告人と京都府在住の相手方の各本人尋問を行う必要があると思われるが、それ以外の証人等の尋問その他の証拠調べを行う必要があるかどうかは明らかでない。このように、互いに遠隔地に居住する当事者間の貸金等請求訴訟において、双方当事者の尋問を行う必要がある場合には、通常はいずれかの住所地を管轄する裁判所で審理を行うことになるが、そのことの故に、訴訟について著しい損害又は遅滞が生じるものと解することはできない。したがって、「本案訴訟における審理のために、双方当事者の尋問が不可欠であり、抗告人は横浜市に、相手方は京都府にそれぞれ在住しているからといって、それだけでは、本案訴訟を横浜地方裁判所で行うと、著しい損害又は遅滞が生じるとはいえないことは明らかであり、他に著しい損害又は遅滞を避けるために本案訴訟を相手方の住所地を管轄する裁判所に移送する必要があると認め得る証拠もない。

三  なお、前記のとおり、抗告人は、本案訴訟の提起に先立ち、相手方の住所地を管轄する木津簡易裁判所に支払命令を申し立て、相手方の支払命令に対する異議の申立てにより訴えが提起されたとみなされた後、その訴えを取り下げているけれども、そのような事実があるからといって、本案訴訟について民事訴訟法三一条に定める要件が充足されたことにはならないし、もとより未だ施行もされていない法律の規定の趣旨を忖度して右要件を緩和する余地もない。また、抗告人が、一旦、簡易な債務名義を得るための手続である督促手続を選択したからといって、支払命令に対する異議の申立てに伴い、督促手続について法の定める専属管轄である相手方の住所地の裁判所における訴訟追行を当然に予定し、これを甘受すべきものであるなどと解することはできない。さらに、前認定の経緯に照らすと、抗告人が、本案訴訟を横浜地方裁判所に提起し、相手方の移送申立てに反対することが、訴訟上の信義則に反するものとも解することはできない。

四  以上の認定判断によれば、相手方の本件移送の申立ては理由がなく、これを却下すべきものであるから、これと結論を異にする原決定を取り消したうえ、本件移送の申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官清永利亮 裁判官滝澤孝臣 裁判官佐藤陽一)

別紙抗告の理由〈省略〉

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com