大判例

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東京高等裁判所 昭和25年(う)2710号 判決

被告人

古市直

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人牛島定の控訴趣意第一点について。

(イ)  起訴状に公訴事実を記載するに当つて訴因を明示して之を為さなければならないことは、洵に所論の通りである。そして訴因を明示するには其の訴因を特定させる因子とも云うべき日時、場所、方法、目的物等の箇々についても全部之を特定することが望ましいのは謂うを俟たないけれども、その因子の或ものに不特定の部分があつたとしてもそれは必ずしも訴因の不特定を意味するとは謂い得ない。蓋し其の不特定の因子と他の特定の因子とが相待ち全体としてそれが他の訴因と識別し得る程度に達して居る場合、それは訴因として特定してゐるのであつて、此のことは刑事訴訟法第二百五十六条第三項に「訴因を明示するには『できる限り』日時場所……を特定してこれをしなければならない」と規定してゐることによつても明白である。

今本件起訴状について之を観ると、其の公訴事実(一)として記載されて居るところは論旨摘記の通り被告人が千葉市長洲町二丁目五十七番地の稲毛べん方に同居中昭和二十三年八月頃から昭和二十四年五月十日迄の間に、稲毛べん方で同人所有の錦紗黒地紋付羽織外六十四点を窃取したものであると謂うに在つて、日時其の他の点に於て明確でないと謂い得る箇所がないではないが、右はなお窃盗の訴因として他の訴因と区別し、其の同一性を識別するに足る程度であつて訴因全体としては特定してゐると認め得られるから、其の不特定であることを前提とし、本件公訴提起の手続が無効であるとの論旨は之を採用し得ない。

(ロ)  更に原判決が其の事実摘示第一として、被告人は昭和二十四年四月頃から同年五月上旬頃迄の間、数回に亘り同居先の稲毛べん方で同人所有の黒地錦紗反物一反外衣類合計約六十六点を窃取した旨記載してゐることは所論の通りであるが、原判決中法令適用の部分に於て右につき併合罪の規定を適用してゐないこと及び右判示記載自体に徴しても原審が右を数箇の独立した犯罪行為と認定し、之を併合罪として処断したものとは認め難く、却て原判決挙示の証拠によつて認め得られる、右が判示短期間内に判示稲毛べん不在の機のみを覗つて同一場所で、且凡て同種類に属する衣料品を目的物としてのみ為された同種の動作であること其の他諸般の事情からして、原審は右を単一の犯意の発現下である一連の動作であると認め之を法律上一罪として処断したものと解し得られるから右が数個の独立した犯罪であり原審は之を併合罪として認定処断したとの観点に立脚し之を前提として為す論旨は到底之を肯認し得ない。

論旨第二点について。

原審が原判示第一の事実を認定するに当つて証人稲毛べんの証言を其の罪証に供してゐること、同証言中同人が提出した同人作成名義の盗難届及び同追加届に証載された被害品目に関して言及して居ること、右、盗難届及び同追加届が原審検察官によつて右証人の訊間終了後に証拠書類として其の取調方請求が為されたけれども弁護人から之について異議の申立があり、結局之は証拠として採用されるに至らなかつたことは所論の通りであるが、本件記録によれば、前記証人の証言中右に関する部分は同証人が被害品目録の詳細を記憶して居ないと供述したので、其の記憶を喚起するため前記届書類の右に該当する部分が読聞けられ之につき供述されたに過ぎないのであつて、該書類其のものが証言の一部として引用された訳でもなく、又右証言が誘導的訊問方法によつて為されたものでもないこと、右証人の証言については原審に於て何等異議の申立も排除決定も為されなかつたことを認めるに足るから、原審が右を全部原審公判に於ける証人の供述として罪証に供したのは違法でなく此の点に関する論旨は理由がない。

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