大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 昭和25年(ネ)21号 判決

控訴人(原告) 伴壽男

被控訴人(被告) 栃木県農地委員会・佐野市植野地区農地委員会

一、主  文

原判決を取り消す。

被控訴人栃木縣農地委員会が昭和二十三年十二月三日別紙目録記載の建物の買收計画に関する訴願につき爲した裁決はこれを取り消す。

被控訴人佐野市植野地区農地委員会が、同年八月十二日右建物につき定めた買收計画はこれを取り消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人等指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、控訴代理人において、(一)本件建物は、元田村トク、田村博、田村孝治、田村音治の共有にかかり、控訴人は昭和二十三年四月十日これを同人等より買い受け、同年七月十七日その旨所有権取得登記を経由したものである。(二)本件建物の賃貸價格は金八十八円であり、買收対價七千九百二十円はその九十倍に当り、佐野市植野地区における買收基準の最高限であることは認めるが、これが爲めに本件買收対價が時價を参酌して定められた正当な價格とはならない。(三)控訴人の前主と訴外腰高利一郎、大木慶三等との間の賃貸借が合意解除又は解約申入によつて終了したとの点は、本訴に関する限りこれを主張しない、と述べた外は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

当事者双方は亦原判決事実摘示に記載してあるのと同一に、証拠の提出認否援用をしたので、ここに再録を避けてこの部分につき原判決を引用する。

三、理  由

本件建物は、元控訴人の所有に属したところ、被控訴人佐野市植野地区農地委員会は、訴外腰高利一郎、大木慶三の申請に基き、昭和二十三年八月十二日右建物につき自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第十五條第一項の規定により買收計画を定め、控訴人はこれに対し法定の期間内に異議の申立をしたが却下され、更に被控訴人栃木縣農地委員会に訴願したけれども、同年十二月二日これ亦棄却の裁決を受けたこと、右建物の買收対價が金七千九百二十円で賃貸價格金八十八円の九十倍に当り、佐野市植野地区における買收の最高基準であることは、本件各当事者間に爭がない。

控訴人は、本件買收計画はその対價を定めるに当り全然時價を参酌せずして、中央農地委員会の定める基準に從い且つ買收申請の適格を有せぬ大木慶三の申請に基いて爲されたる点において違法であり取消を免れぬと主張するので、以下これにつき審究する。

(一)  自創法第六條には、農地の買收價格は賃貸價格に対する一定の率を乘じたる額の範囲内において定むべき旨規定されているのに対し、同法第十五條に掲げる土地建物を買收するに当つてはかかる一率の基準によらず、その物件の時價を参酌して対價を定めなければならないのである。時價とは勿論自由なる取引における客観的相当の價格をいうのに外ならないから、これ等物件を買收せんとするときは、その時價を調査し、これを買收價格決定の重要資料に供すべきであり、仮令自創法施行令第十一條の規定により中央農地委員会が定めた一定の買收基準に從つたときと雖も、その基準が現実の時價とかけ離れ、右基準によることは時價を参酌した結果とならぬときは、その対價の決定は自創法第十五條に違反するものといわざるを得ない。ところで成立に爭のない甲第四号証によれば実際の取引價格より幾分低きことを通例とする登記所認定の價格によるも、本件物件の買收時期における價格は賃貸價格の四百倍であることを認めうるにかかわらず、本件買收計画において定めた対價は中央農地委員会の告示に從い、右登記所認定價格の四分の一にも達せざる賃貸價格の僅か九十倍であり、現実の取引價格の如きは、一片の調査すら爲した形跡も存しないのであるから、右対價の決定は違法たること明かであり、その額の著しく不当であることも多言を俟たぬところである。

然しながら自創法は買收事業の迅速なる処理を図る爲めに、対價に関する爭は対價の不当が対價決定の手続上の違法に由來すると否とを問はず、挙げてこれを同法第十四條の対價増額請求の訴訟に讓り、対價の不当は一切買收手続の効果に影響を來さしめぬことと定めたものと解すべきであるから、本件買收対價の不当を理由としてこれが買收計画の違法を鳴らす控訴人の主張は、右計画取消の事由としては遂にこれを採用するに由なきところである。

(二)  自創法第十五條は、自作農となるべき者の農業経営上の利便を増大し、農業生産力の発展に寄與せんとするものであるから、農業経営の規模が零細で、しかも一家のうち稼働能力高き者が他の業務に從事して相当の收入を得、実際営農の事に当る者は高齢者であつて、その者が將來農業に從事し得ざるに至つた場合これに代り主となつて農業に精進する後継者なく、從つて永続的な農業経営を期待し難い場合には、農業生産の増強を図らんとする同法の目的を達することができぬので、物件所有者の犧牲において強制的にその所有権を剥奪する買收処分を爲すのを相当とせず、政府は買收を爲し得ざるものというべきである。ところで成立に爭のない乙第五号証の四、六、同第十一号証、同第十六号証の四と原審証人大木慶三の証言を綜合すれば、訴外大木慶三は大正十二年より昭和二年まで警察関係に勤務し、その後今次終戰に至るまで工場の事務員を務め、終戰後更に農業に轉じ、現に田三反四畝十四歩を耕作しているが、本件買收計画の定められた当時年齢既に五十三才に達し、家族には妻キヨシ(当五十一才)、長男進(当二十九才)、その嫁及び孫二人があつて、本人共六人暮であるが、長男は東武鉄道運輸部に勤務して農業に從事せず、收穫米十五俵のうちから、一家の保有米を差引き僅かに二俵を供出するいわゆる飯米農家に過ぎないことを認める。それ故右認定の如く大木方の営農規模が零細であり大木自身は既に壯齢を過ぎて農業に精進せんとする後継者を有せざる点等よりすれば、同人の本件物件の買收申請は相当でないものと認む。被控訴人等の挙げる立証資料によつては以上の認定を覆すことはできない。然れば被控訴人佐野市植野地区農地委員会において、右大木慶三が腰高利一郎と共同して爲した本件物件の買收申請に基き、これが買收計画を定めたのは違法と断ずべく、本件建物が各自の居住部分に区分せられぬ一棟の建物として一個の所有権の目的であり、これが分割買收を爲し得ないものたる以上、右買收計画は全体としてこれを取消す外はなく、被控訴人栃木縣農地委員会が右計画に対する異議却下決定につき爲された控訴人の訴願申立を排斥したのは失当であり、その裁決は取消を免れない。

よつて右と異る認定の下に控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当にして本件控訴は理由ありとすべきであるから、原判決を取り消して被控訴人の請求を認容すべく、民事訴訟法第三百八十六條、第八十九條、第九十三條、第九十六條を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奧野利一)

(目録省略)

原審判決の主文および事実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として一、栃木縣佐野市大字赤坂五六三番地家屋番号同所第二二〇番一、木造瓦葺平家住家一棟建坪三十四坪二合五勺の建物の買收計画に関し原告が爲した訴願に付被告栃木縣農地委員会が爲した裁決は之を取消する。二、右建物に付被告佐野市植野地区農地委員会が定めた買收計画は之を取消する。三、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求めその請求原因として、原告は請求の趣旨記載の建物の所有者であるところ被告佐野市植野地区農地委員会は訴外腰高利一郎及同大木慶三の申請により昭和二十三年八月十二日右建物に付対價金七千九百二十円を以て買收計画を定めた。原告は之に対し異議申立及び訴願をなしたところ、被告縣農地委員会は昭和二十三年十二月二日棄却の裁決をなし、原告は同二十四年一月六日その謄本を受領した。自作農創設特別措置法第十五條第三項によれば建物の買收対價は時價を参酌して之を定むることになつている。而して建物の時價が坪当り七千円以上で賃貸價格の三千倍以上であることは一般の常識である。ところが被告植野地区農地委員会の定めた買收対價は七千九百二十円で賃貸價格の百倍に過ぎない。で之を坪当りに計算すると一坪当り僅に金二百五十円で時價の三十分の一見当にしか過ぎないから到底時價を参酌したということはできない。そこで被告地区農地委員会が右金額を対價として定めた買收計画は違法の処分である。自作農創設特別措置法施行令第十一條によると建物の買收対價を定めるには中央農地委員会の定める基準によらなければならないとし、昭和二十二年農林省告示第七十一号は中央農地委員会が決定した処として「其賃貸價格に財産税法に定める倍率(一〇〇)を乘じて得た額の範囲内とすること」を示しているが、時價が賃貸價格の三千倍以上なる時に於て百倍を買收價格とするという中央農地委員会の決定そのものが法律に違反せるもので効力のないものといわざるを得ない。又本件買收計画は訴外腰高利一郎、大木慶三の申請に係り右両人は現在同建物内に居住するも、右両人に対しては建物の前所有者田村音治等に於て昭和二十二年一月十三日賃貸借の解約申入をなしたもので同人等は右解約を承諾し昭和二十三年四月十一日原告名義に所有権移轉登記後は原告に家賃の支拂をしない。仮に承諾がないとするもその後六ケ月の経過により賃貸借は終了したものである。從つて同人等は買收請求権がない。なお大木慶三は高齢者のみの隠居世帶であり耕作の業務を営む後継者が全然ないのであつて、同人は買收資格がないのであり又買收宅地とは全然別の所にある養魚池を月一円、池の使用に必要な周囲の土地を月一円で賃借していた。その地代を本件建物の敷地たる宅地二筆計百十二坪七合五勺の地代であると主張しているのである。從つて同人等の行動は信義に反するものであるから右自作農創設特別措置法の精神により買收請求ができないものである。よつて右両人の請求を認めて被告植野地区農地委員会が買收計画を定めたころは違法であり、被告縣農地委員会がこれについて訴願を棄却したのは違法であるから右買收計画及び裁決の取消を求むるため本訴請求に及んだ次第であると陳べた。(立証省略)

被告指定代表者は主文掲記の判決を求め、答弁として原告が本件建物の所有名義人であること、右建物につき訴外腰高利一郎、大木慶三の申請により買收計画があり、之に対し異議訴願及び裁決のあつたこと、建物の買收対價が時價を参酌して定むることになつて居り、右対價は中央農地委員会の定むる基準によらなければならないとし、同会の決定した処として賃貸價格に財産税法に定める倍率を乘じて得た額の範囲内としておること、前記腰高、大木の両名が現在本件建物に居住しておることは認めるがその他は爭う。原告の本件建物買受行爲は大木慶三、腰高利一郎が昭和二十二年二月十九日買收申請をした後の同年七月十七日の登記に係り右は買收を免れんがため訴外田村音治等と共謀してなした虚僞の法律行爲であるから無効である。なお大木及び腰高には賃料の未拂はない。昭和二十三年一月より同年七月十七日迄の分は供託してあり同月十八日より同年十二月三十日迄の賃料は新所有者と称する原告が催告書記載の住所に居住せず賃料支拂についての協議はもとより回答もすることができないため支拂ができない状態にある。よつて同人等に信義に反した行爲ありとなすことはできない。又原告主張の買收対價は賃貸價格に財産税法に定むる倍率を乘じて得た額とすることについては、現在の租税賦課基準額算定の爲の倍率とはその基本法を異にしておるが、農民奴隷化の経済的要素の拂拭、農業生産力の発展、経済民主化の爲の基盤形成という自作農創設特別措置法の目的を考えそれを急速廣汎に実現する要求とその実現により経済的混乱を來さぬよう即ちインフレーシヨン阻止の要請との調和点を同趣旨の精神を持つ財産税法の定むる倍率に求め、定められたのは適当であるから原告の主張は理由がないと陳べた。(立証省略)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com