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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)342号 判決

控訴人(原告) 瀬下成功 外四名

被控訴人(被告) 松崎建設株式会社

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人瀬下成功に対し金四万九千七百八十三円六十銭、控訴人佐藤直一に対し金六万三千二百九十六円、控訴人太田芳太郎に対し金三万八百七十円、控訴人石原那哉に対し金三万五千六百九十六円、控訴人稲葉忠夫に対し金三万四千八十円をそれぞれ支払うべし、訴訟費用は被控訴人の負担とするとの判決を求めた。

被控訴人は合式の呼出を受けながら当審における本件口頭弁論期日に出頭しない。

控訴代理人において原審口頭弁論の結果として、当事者双方の事実上の主張として原判決の事実摘示に記載してある通り陳述したから、これを引用する。なお、控訴代理人において仮に被控訴会社が昭和二十四年八月二日以降休業したとしても同会社は控訴人等に対し労働基準法第二十六条により同日以降同年十二月三十一日までの間の平均賃金の六割に相当する別紙目録記載の(一)の金額を支払わなければならない。また仮に控訴人等が昭和二十四年八月二日被控訴会社から解雇されたとしても同会社は労働基準法第二十条により控訴人等に対し三十日分以上の平均賃金に相当する別紙目録記載の(二)の金額を支払わなければならないと述べた。

(証拠省略)

理由

控訴人等がかねて被控訴会社の従業員であつて、被控訴会社扇橋工場の従業員を以て組織する松崎商会扇橋工場従業員組合の組合員であつたことは当事者間に争がない。しかるに被控訴人は控訴人等と被控訴会社の雇傭関係は昭和二十四年八月二日に終了した旨を主張するを以て案ずるに、同日被控訴会社と右従業員組合との間に(一)、従業員組合は同日限り全員退職すること、(二)、被控訴会社は同月九日までに未払給料を従業員に支払うこと、(三)、従業員退職手当は給料の二十日分と定め、被控訴会社は同月十五日までにこれを従業員に支払うこと、等の趣旨の労働協約が成立したことは当事者間に争のないところである。しかるに控訴人等は右協約は右組合の組合長加世田勝実が組合の総会に諮ることなくその権限を濫用してなしたものであるから無効である旨を主張し、右協約は右組合の当時の組合長加世田勝実において被控訴会社と折衝の結果その成立を見たものであることは成立に争のない乙第一号証の一、原審証人加世田勝実の供述によりこれを認めることができる。しかしながらその際加世田勝実がその権限を濫用し組合員の総意を無視して右協約を締結したということについては、これに符合する原審における控訴人瀬下成功、当審における控訴人太田芳太郎の各供述は原審証人加世田勝実、同小林保英の各供述と対比し採用し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。却て右証人加世田勝実、同小林保英の各供述によれば、加世田勝実は右協約締結に当り組合員に対し諸般の情勢を考慮し協約の内容を前示の如くなすも止むをえない旨を説明したところ当時の組合員の総数二十数名中控訴人瀬下成功外一名はこれに同意しなかつたけれども同人等を除く、その余の全員の諒解を得たので右協約の締結に努力したものであつてその際何等その権限を濫用した事実はないことを窺いうるから控訴人等の右主張はこれを採用しない。また控訴人等は右協約は被控訴会社代表者松崎弘幸が他に工場を処分することを仮装し組合員をしてこれを締結せしめたものであつて、右協約は詐欺または強迫によるものであるからこれを取消す旨を主張し、前記証人加世田勝実、同小林保英の各供述によれば、被控訴会社は右協約成立当時既に経営困難な情況にあつたため金岡進三にその援助を請うに至つたことを認めうるけれども、控訴人等のいうように、松崎弘幸において詐欺または強迫により前記組合をして右協約を締結せしめたことは、控訴人等の提出援用に係る証拠によつては到底これを認めることができないから、控訴人等の右主張も理由がない。従つて右協約は被控訴会社と上記組合間に有効に成立したものというべきところ、控訴人瀬下成功を除く他の控訴人等は右協約の趣旨を諒解しこれに同意したものと認められることは上述のとおりであるから、これにより右控訴人等は被控訴会社から退職することを承諾したものというべく、右協約成立と同時に右控訴人と被控訴会社との間の雇傭関係は終了し、右控訴人等は被控訴会社に対し昭和二十四年八月三日以後の賃金の請求をなしえないものといわなければならない。而して労働組合が使用者との間に労働協約を締結するに当つては使用者と労働者との間の労働条件の維持向上を計ることを目的とするものであつて、労働条件の一般的基準となるべきものを内容とする労働協約については労働者においてその拘束を受くることは勿論であるけれども、専ら労働者個人の利害に関する事項についてはその労働者においてなおその処分権を失うことはないものというべく、従つて解雇の如き労働者のため重要な事項についてはその受諾の意思がない以上たとえその属する労働組合において使用者との間に全員退職を内容とする労働協約を締結しても右労働者はこれに拘束されることはないものというべきである。本件においても、控訴人瀬下成功は被控訴会社と松崎商会扇橋工場従業員組合との間の前示協約締結については終始不同意を表明し退職を肯じなかつたことは前述のとおりであるから、同控訴人は前示協約締結によつては当然退職の効力を生ずることなく、被控訴会社との間に引続き雇傭関係が存続していたものといわなければならない。よつて控訴人瀬下成功の賃料請求につき案ずるに、原審における控訴人瀬下成功の供述(但前記措信しない部分を除く)によれば同控訴人は昭和二十四年八月二日以後においても被控訴会社に対し労務を提供しうる状況にあつたものと認められるところ、成立に争のない甲第一号証、甲第四、第五号証、原審証人加世田勝実、同小林保英、同小川正水(但後記措信しない部分を除く)、原審における控訴人瀬下成功(但前記措信しない部分を除く)、当審における控訴人太田芳太郎(但前記措信しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴会社は昭和二十四年三月頃からその経営する自動車工業が漸次不振の状態となつたので、経営者においても極力回復に努めたが、金詰りの経済事情のため資金を得る方法に窮し、従業員に対する賃金の支払をも怠るに至つたので、従業員も組合を組織した上被控訴会社に対し経営方針の改善と賃金の支払を要求し、その結果同年七月十五日には右組合と被控訴会社との間に右に関する協約を締結すると同時に従業員においても経営に協力することを約し、被控訴会社及びその従業員において極力頽勢を挽回することに協力したが、その努力も空しく経営を継続することは益々困難となり、同月三十日には従業員の多数はこの事情を諒解し退職の已むなきことを観念するに至つたので、前記組合も被控訴会社との間に退職手当の支給を内容とする協約を締結し、次いで同年八月二日には更に被控訴会社の事情をも斟酌し前示内容の協約を締結したこと、及び爾後被控訴会社は殆んど工場閉鎖の状態となつたことを認めることができる。右認定と牴触する前記証人小川正水、及び控訴人瀬下成功、同太田芳太郎の供述は措信しない。右認定の事実に徴すれば、控訴人瀬下成功の労務の履行不能は被控訴会社の責に帰すべからざる事由によつて不能となつたものと解するを相当とする。従て同控訴人は被控訴会社に対し昭和二十四年八月三日以降の賃金を請求しえないし休業手当についてもこれを請求し得ないものといわなければならない。然らば控訴人等の本訴請求は失当たるを免れないからこれと同趣旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十三条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)

(別紙目録省略)

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