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東京高等裁判所 昭和27年(ワ)8045号 判決

原告 下条義広

被告 日本専売公社

訴訟代理人 武藤英一 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告が被告日本専売公社の嘱託医師たる地位にあることを確認する。被告は原告に対し、昭和二十六年九月一日からこの判決確定の時まで毎月金五千六百円の割合の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に対して、次のとおり述べた。

原告は大正十三年一月三十一日当時の専売局より医務を嘱託され、歯科医師として東京地方専売局芝工場に勤務することになつた(月俸三十円)。そして後に同局足立工場に転じて引続き勤務してきた。昭和二十四年六月一日専売局が廃止され、被告公社が設立されたが、原告は同日付で、「医務を嘱託する(火木土曜午前勤務)。月四千二百円の手当を給する。日本専売公社足立工場勤務を命ずる。」との辞令を受けて、引続き被告公社に勤務することになつた。然るに被告は、昭和二十六年八月三十一日付被告公社足立工場長政岡庄平名義の書面を以つて原告に対し同日限り医務嘱託を解雇するとの意思表示をした。

然し右解嘱の意思表示は、次に挙げる理由によつて、無効である。

第一に、右解嘱の理由として被告の挙げるところは、全く根拠のないことである。即ち、前後二十八年間を通じての原告の勤務状態をみると、名は嘱託であつても、実質的には一般公務員と何等異なるところはない勤務振りを要求され、同様な取扱いを受けていたのであるから、原告の身分は、国家公務員法による待遇職員ないし公務員に準ずべきものであつたといえる。そして原告の勤務時間は、火水土曜午前中と定められていたが、これは歯科医師として必要な技術加工のため、他の時間は在宅勤務とするという協定があつたからであつて、在宅中と雖も仕事をすることにかわりがなかつたのであるから、実質的には常時勤務といつて差支えがなかつた。されば原告が、被告から常勤の希望の有無を問われてその希望がないから解嘱されてもやむを得ないと答えたこともなければ、答えるはずもない。かような原告に対して被告は原告に常勤の希望なしと一方的に判断して、辞職願の提出を強要し原告がこれに応じなかつたため、本件意思表示をしたのである。被告の措置は、実質的には被告公社の通常の職員と等しく身分上の保護を与えらるべき原告に対し、一方的に被告の意思を押しつけたものというべく、仮りに原告が勤務条件に関する被告の要望に応じなかつたとしたところで、これを理由に退職を勧告することは、労使対等の立場で労働条件を決定すべしとする労働基準法第二条の精神に反する違法不当の措置であるといわなければならない。

第二に、原告を解嘱する権限は、被告公社総裁にあり、足立工場長にはないのであるから、足立工場長政岡庄平名義による本件解嘱の意思表示は、権限なき者によつてなされた無効のものである。

以上の理由によつて、原告に対する本件解嘱の意思表示は無効のものであるから、原告はなお現に被告公社の嘱託医たる地位を有するものといわなければならず、従つてまた、本件解嘱の当時月額金五千六百円の給与を受けていた原告に対し、被告は右解嘱の翌日たる昭和二十六年九月一日から判決確定の時まで毎月金五千六百円の割合の金員を支払うべき義務があるわけである。

よつて請求の趣旨に掲げたとおりの判決を求める。かように述べた。〈立証省略〉

被告指定代理人は主文通りの判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告が大正十三年一月三十一日専売局より医務を嘱託せられ月俸三十円を以て東京地方専売局芝工場に勤務し、その後(昭和十四年十月三十一日付で)足立工場に転じ、昭和二十六年八月三十一日迄同工場の医務に従事していたことは認める。この間の原告の身分関係を正確にいうと、次のとおりである。即ち、原告は昭和二十三年三月十六日政令第五十六号嘱託制度の廃止に関する政令第三条によつて昭和二十三年三月三十一日付で解嘱せられ、更に同年四月一日付を以つて同第四条の規定により非常勤の臨時職員として引続き東京地方専売局足立工場に勤務を命ぜられた。そして昭和二十四年六月一日専売局が廃止され、その業務を引継いて被告公社が設立されたが、その際日本専売公社法附則第二項同法施行法第二条第一項の規定により、非常勤の専売局職員は被告公社の職員として引継がれなかつたので、原告は同年五月三十一日を以つて当然失職することになつた。そこで被告は、昭和二十四年六月一日原告主張の辞令によつて、火木土曜の各午前中だけ足立工場に勤務すべき条件で歯科医務を原告に嘱託した。その際原告の主張する火木土曜午前中以外は技工のため在宅勤務するという協定をしたことはない。かように原告の被告公社における身分は非常勤の医務嘱託員であつて、公社法にいわゆる公社の職員でないから、原告は公社法の定める職員の身分の保障に関する規定の適用を受けえないものであり原告の身分は常勤の職員とみるべきであるという原告の見解は不当である。

以上のような身分関係にあつた原告に対し、被告が様式を示して辞職願の提出を求めたことがあること、原告主張のような書面で原告に対する解嘱の意思表示をしたこと、当時の原告の給与月額が金五千六百円であつたことは認めるが、右解嘱の意思表示が無効なることは否認する。

原告解嘱の理由は次のとおりである。即ち、原告解雇の頃被告公社足立工場では、工場を従来の足立区千住旭町五二番地から墨田区横川橋一丁目三番地に移し、工場名も業平工場と改めることとなつたのであるが、当時足立工場には七百九十一名の従業員があり、火木土曜午前中勤務の非常勤医師では右従業員並にその家族の歯科診療に差支え、従業員からも非常勤を常勤に改めるようにとの要望が強かつたのに、更に業平工場に移ることになると同工場は足立工場より機械設備が三分の一程大きく、従つて人員も同程度増えることになるので、到底非常勤の医師では満足な診療が出来なくなるので、被告は非常勤の医師を廃して常勤の歯科医をおく方針を定めた。そこで昭和二十六年七月二十四日原告にその旨を告げて常勤医師になることの希望の有無を質し、若し原告にその希望がなければ医務嘱託を解嘱するの外ない旨を告げたところ、原告は常勤を希望せず従来通り勤務したいというので、被告はやむを得ず同年八月三十一日限り医務嘱託を解嘱すべきことを予告し、かくて右日付の内容証明郵便で原告に対し解嘱の意思表示をしたのである。なお当時原告のような工場勤務の嘱託医の任免権は足立工場長にあつた。

かように原告に対する本件解嘱の意思表示は、正当な理由に基き、正規の手続を経て行われたものであるから、これを無効とすべき根拠はない。

かように述べた。〈立証省略〉

理由

原告が大正十三年一月三十一日専売局より医務を嘱託されて東京地方専売局芝工場に勤務し、その後に足立工場に転じて昭和二十六年八月三十一日まで引続き同工場に勤務していた事は当事者間に争がない。そしてこの間の原告の身分関係の変動について、次のとおり認めることができる。

昭和二十三年三月十六日政令第五十六号嘱託制度の廃止に関する政令が公布施行されたが、同令第三条によれば、同令施行の際現に各庁に在勤する嘱託員は、なるべく速かに解嘱さるべく、昭和二十三年三月三十一日までに解嘱されないものは、同日を以て解嘱されたものとする旨定められていて、原告について特別の措置がとられたことを認めることができる証拠はないから、原告は同日を以つて解嘱されたものと認めるのが相当である。そして証人鈴木正亮の証言によると、原告は昭和二十四年六月一日被告会社が設立された当時、非常勤の職員として足立工場の医務に従事していたことを認めることができるから、原告は前記解嘱と同時に、前記政令第四条の規定により、非常勤の臨時職員として引続き専売局に雇用されていた。と認めるのが相当であり、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。次いで昭和二十四年六月一日専売局が廃止され、原告がその主張のような同日附辞令を以て引続き被告公社の歯科医務を嘱託されたことは、当事者間に争がなく、この事実と日本専売公社法及び同法施行法の規定とを対照して考えると、専売局の非常勤の臨時職員であつた原告は、当然に被告公社の職員たる身分を取得することなく、昭和二十四年五月三十一日を以ていつたん解職されたのであり、そのため原告に前記辞令が交付されて、原告は改めて被告公社の嘱託医たる地位に就いたものである。と解するのが相当である。

かような原告の被告公社における勤務条件は、前記辞令にあるとおり、火木土曜の各午前勤務ということであつたことは当事者間に争がなく、原告はかような条件は、右日時以外は技工のために在宅勤務するとの協定によるもので、実質上常勤というべきであるから、原告の身分は被告公社の通常の職員とみるべきである、というが、原被告間に原告主張の右協定があつたと認めるに足る証拠はないのみならず、火木土曜午前中勤務と定められている者を以て、実質的には常時勤務の職員と同視すべきであるということの合理的な根拠は、原告の職業の特殊性を考慮に入れても、なおこれを見出だすことができない。してみると、被告公社における原告の地位は、火木土曜の各午前中勤務なる非常勤の嘱託医であつた。というべきであり、日本専売公社法第二十二条の職員の身分保障に関する規定は原告に適用されなかつたものといわなければならない。

ところで昭和二十六年八月三十一日付の原告主張のような書面で、被告が原告に対し解嘱の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

甲第四号証、甲第五号証の一ないし三(いずれも真正に成立したことに争がない)と証人鈴木正亮の証言、原告本人の供述(但後記措信しない部分を除く)とを合せ考えると、右解嘱の経過について、次の事実を認めることができる。

昭和二十六年七、八月頃被告公社足立工場の従業員は七百名位おり、非常勤の医師ではこの従業員と家族の診療を十分に行うことができないので、常勤の医師にしてもらいたいと従業員からの要望があり、かつ足立工場は近く他に移転して規模を三分の一位大きくすることになつていたので、足立工場総務課では非常勤の原告を常勤医師に切りかえる計画をたてた。そこで、昭和二十七年七月十七日頃原告に右の事情を告げて、常勤になる希望の有無を尋ね、原告にその希望がなければ他に常勤の医師をおく必要があるから、被告に辞めてもらうほかない旨を告げたところ、原告は常勤を希望しないと答えたので、同年七月二十八日荒谷総務課長が口頭で原告に対し、同年八月三十一日限り辞めてもらいたいと、解嘱の予告をした。かくて原告に対し本件解嘱の意思表示がなされた。

かように認めることができる。原告本人の供述中以上の認定に反する部分は採用することができない。

非常勤の嘱託医たる原告に、被告公社職員の身分保障の規定は適用がないことさきに説明したとおりであるから、原告に対する解嘱の意思表示は原告の意にそわないものであつたところで、被告公社として相当の理由がある限りこれをなしうべきものと解するを相当とすべく、前記認定の事実に徴すれば本件解嘱の意思表示は被告公社としてはやむを得ない事由により、正当な手続を経てしたものというべきであり、原告のいうように、被告の意思を一方的に押しつけ、労使対等の原則を破つたことにならないこと、いうまでもない。

右解嘱の前後を通じて、被告公社が原告の真意を汲み取り、これをなつとくさせるに適切な処置をとつたか否かは、疑問の余地なしとしないが、そのために本件解嘱が正当な理由に基かずに行われたとすることはできない。

次に、被告公社足立工場長に解嘱の権限があつたか否かについて判断するに、証人鈴木正亮の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証(日本専売公社処務規程)及び同証人の証言によれば、本件解嘱当時足立工場長は工場勤務の嘱託医について任免の権限を有していたことを認めることができる。されば原告に対する本件解嘱の意思表示が権限なき者の名義でされたという原告の主張は理由がない。

以上のとおり、本件解嘱の意思表示が無効なりとする原告の主張はすべて理由なく、その無効を前提とする原告の請求は、他の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 満田文彦 池野仁二 石沢健)

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